第百六十七話
「皆さん、食事の用意が出来ました。もう夜も遅いので軽めの物にしましたよ」
「そういえば、到着した段階でもう六時過ぎでしたもんね」
完成した料理がテーブルに運ばれてくる。
こうして大人数で一緒に食事をするのって初めてじゃないか? ましてや、ノルン様や先生、サトミさんやリョウカさんまでいるなんてレア中のレアだ。
「サーモンがあったので、串焼きとマリネにしました。付け合わせはカナッペ風のラスクです。果物はシャーベットにしています」
「……私、本当に野菜しか切ってないけど……イクシアさん、料理上手なんですね」
「ええ、驚きました。お魚を捌くのを手伝った程度で、殆どイクシアさんが一人で」
「BBチャンネルの力です。かれこれ一年以上、あのチャンネルで勉強していますから」
いやぁ……それでも相当器用ですよ、イクシアさん。
「それにしても、本当に料理が上手です、イクシア様」
「いえいえ、まだまだです。お口に会いましたか?」
「はい、とても」
ノルン様とイクシアさんが、隣り合って凄いイチャついてるというか……仲睦まじいというか。
やっぱりノルン様、母親が恋しいんだろうな。
「このパン美味しい。サクサクで凄く食べやすい大きさだし」
「カナメって前からパンばっかり食べてるよな?」
「うん、僕パン派人間だから」
「おい、同じ米どころ出身だろお前」
「いや、だからこそだよ。実家にいた頃はパンなんて家で食べなかったから、その反動だよ」
「あれ? カナメさんも私とユウキ君と同じ出身なんですか?」
「そうだよ。そういえば花火大会、君達は一緒に行ったんだったよね? 僕は姉と一緒にあの場にいたよ」
あ、そういえば向こうでサトミさんとカナメって顔合わせしていなかったっけ。
「……私も多少は料理が出来た方がいいだろうか」
「そりゃ出来た方がいいんじゃないか? 野外活動でも役立つだろうし」
「……そういう方面以外でも披露する機会が出来ると嬉しいんだが」
はい、カイ君減点。そうじゃない、そうじゃないんだよ一之瀬さんの求めている答えは。
「……誰かの手料理を食べるのは久しぶりですね。行きつけの店で出されるのは基本的に『おつまみ』ですし。……ふふ、久しぶりにあの人の手料理を食べたくなりました」
「あら、理事長にもそういう相手がいるんですの? これは中々のスキャンダルではなくて?」
「ふふ、茶化さないで下さい。古い友人に、バーレストランを経営している人間がいるんです。レストランメニューでなく、気取らない料理を久々に振舞って貰いたいと思っただけですよ」
「あら残念。折角理事長の弱みに繋がるかもしれないと思ったのですけど」
「ふふ、弱みでしたら教えますよ? たとえば……私は過去に大きな失恋をしたので、もう誰かと恋をしたいとは思っていない、とか」
「……中々反応に困る嘘をつきますわね」
リョウカさんのは嘘か本当か分からないなぁ。
でも、この人の告白を断るような男なんてさすがにいないだろ……。
「あ、あの! 恋とかそういうのは難しいと思うのですが、ノルン様はやはり婚約者、というのはいるんですか?」
「私ですか? 一応、そういうお話もありますが、私は王位継承権も低く、跡継ぎの事を考える必要がないので、そういうしがらみは第一王女の姉の方が多いと思いますよ」
「な、なるほど」
『いない』とも『いる』とも言わないあたり、ノルン様はしっかりと『政治家らしい王族』って感じだ。
「恋人かー……考えた事なかったなー」
「サトミさん、学院で結構人気あったように見えたけど」
「えー? 委員長だからそう見えただけだよ」
そうかねぇ……? かなり可愛いと思うけど。なんというか庇護欲をくすぐられるというか。
「そういうユウキ君は恋人とかどうなの? 前にセリアちゃんに聞いたけど……ええと、キョウコさんと婚約したって噂が……」
「ただの噂だよ」
「……ええ、ただの噂です」
そういえば、あの一件って、俺の評判が落ちた今だと、逆にキョウコさんの迷惑になるんじゃないかな……企業イメージも絶対悪いよな、なんかCMに戦闘中の映像も使っていたって言うし。
その事について聞いてみると――
「元々、映像は顔に加工をして特定が出来ないようにしていましたから。まぁ、それでも家の人間は色々と言ってきましたわね。まぁこれらが終われば、どうせ手のひらを反すのでしょうけど」
「なるほど」
まぁ恋人は……将来イクシアさんに告白するので……。
「ふふ、ではイクシアさんはどうです? そろそろ自分の将来について考えてみるのはどうでしょう?」
「リョウカさん……私にそういう話は不要だと分かりませんか?」
「まぁ、確かにユウキのお母さんである以上、新たに父親も……となるとユウキも複雑だよな?」
「二人ともイクシアさんが誰かと結婚するとか付き合うとか、そんな仮定の話せんで下さいよ」
「ふふ、そうですよ? 私はユウキの母親であり、誰かの妻になる事なんてありませんから」
いや、そこは将来俺の妻に……。
「さて、そろそろデザートを食べて片付けましょう。明日から、秘密裏に準備を進める必要がありますからね」
「そうですね。私はシュヴァインリッターの支部に向かうので、皆さんは暫くこの場所で待機となります。ノルン様はファストリア発の長距離便の到着に紛れて、正式に登城して頂く事になります」
「分かりました。では、護衛はジェン様にお願いしますわね」
「は、畏まりました」
楽しいだんらんは一先ずここで終わり。明日から、いよいよ本格始動だ。
そうして、俺達は大量に用意されている部屋を、一人一部屋ずつ借りて、この敵地とも呼べる場所での最初の夜を過ごしたのであった。
この首都に来てから、三日が経った。
俺達はこういうところで待機するのに慣れていた手前、特に問題もなかったのだが、やはりノルン様とサトミさんはこういう任務に従事した事がないので、時間を持て余し退屈そうに過ごしていた。
が、今日この日、首都ではなく港町シーダスに、ファストリア大陸からの長距離船が到着するというので、早朝からノルン様とサトミさんは、ジェン先生に連れられて港町の方に出かけていた。
まぁつまりそこで初めて公に姿を晒し『今この大陸に着きましたよ』ってアピールだ。
サトミさんも招待されたって体で、今日からは大腕を振って過ごせるという訳だ。
「ある意味、こっちの気も緩むよね。王族と一般人を交えての潜入待機から解放されると思うと」
「確かにな。だが、あの二人の安全が心配だな……サトミさんは本当に非戦闘員のようだし、ノルン様も言わずもがな。ジェン先生が付いているとは言え、こちらに戻って来るまでに襲撃がないとも限らない」
「なぁ? 今目の前にあるのは港だよな? シーダスからこっちの港に来る船はないのか?」
「カイ君、ここの港淡水だからね? つまり海と繋がってないんだ。いや、正確には運河で多少は繋がってるけど、主に山岳地帯に流れてる川と繋がる為の港だよ」
「そうだったのか……俺はてっきりシーダスにも船でいけるのかと」
「小型の商船ならもしかしたら通れるかもね。けど、むしろ危ないよ、逃げ場がないし」
なるほどな。カナメ、しっかりこの辺りの地理も調べて来たみたいだ。
「……しかし、そうなると単独で行動中の理事長が心配ですわね。中継ネットワークの調整の為、都市から離れた中継地点も全て見て回っているそうですし。それこそ、彼女はこの作戦の肝。何かあっては計画が破綻するのではなくて?」
「ん? あれ? みんな知らないんだ。理事長ってめちゃくちゃ強いんだってさ。俺は直接見たことないし戦った事もないけど、ジェン先生よりは確実に強いって聞いたよ」
ロウヒさんも言ってたし。ううむ……ちょっと想像出来ないんだよな。
どうやらみんなもこの事実を知らなかったのか、めっちゃ驚いてました。
「本当なのか……ササハラ君」
「うん、そうらしい。俺が匿われてた組織のトップ……まぁロウヒさんなんだけど、証言はとれてるよ」
「え、ロウヒ選手と一緒にいたのユウキ君! いいなぁ……」
「……そんなに良い物ではありませんよ、カナメ君。あの人に入れ込むのは少々危険だと思います」
が、そこに待ったをかけるイクシアさん。
ですよね、たぶん今イクシアさんが最も敵愾心を抱いているのがロウヒ選手だから。
「……彼は、目的の為なら犠牲を出しても良いと考える、正義の狂人です。悪人でなくとも狂人は周囲の人間を危険に晒す。着かず離れず、適切な距離を保った方が良いでしょう」
「ふむ……イクシアさんは彼からそういう物を感じた、と」
「ええ。詳しくは私の口からは言えませんが」
「ああ、まぁそうだなぁ……俺が苗の破壊しなきゃ、みんな100%死んでたからなぁ不意打ちで」
たぶんこれはガチ。後から聞いたんだけど、あの人ら植樹地を文字通り『不毛の大地』にする準備をしていたみたいだし。手段は推して計るべし。
リョウカさんも国王陛下に言っていたように、地球には禁断の力が存在する……からな。
「……それすら、ジョーカーは黙認してたんだもんな……」
「あ、そうだそれ! 俺達、最初はユウキがあいつに脅されてああいうことしたんじゃないかって思ってたんだよ!」
「まぁ……得体のしれない存在である以上、そういう可能性はどうしても浮かんでしまうな……」
「ん-その話題NGで。あの人は少なくとも私欲で絶対そういう事はしない。俺も詳しい事は分からないけど、それだけはありえない。だってあの人が私欲に駆られたら……今頃地球もグランディアも、まとめて独裁されてるよ。そういう強さが世の中には存在するって事。滅多な事は言わない方がいいよ」
「そ、そうなのか。触らぬ神に祟りなしってヤツだな」
でもなぁ、あの人がチセさんのお兄さんで、シスコンっぽくてさらに重婚してるって知ってる身からしたら、かなり俗っぽいんだよなぁ……元魔王ってマジなのかね。
「……この議会が無事に終わって、映像が世界中に流れたら、どうなるんだろうな」
「正直なところを言うと、私にも予想は難しいですわね。ササハラ君の容疑は晴れるでしょうが、それでも必ず『破壊以外の手もあったはずだ』と糾弾する人間も現れるはず。さらには国家間のパワーバランス、世界間のパワーバランスも大きく崩れてしまうでしょう。……それでも、少なくとも私達だけはササハラ君の味方ですわ」
「ああ、そうだ。ササハラ君、君がした事は正しかったと私達は主張し続けよう。これでも、一応私の発言力は同年代に比べると大きい方だと自負しているからな」
「それなら僕も、元アマチュアチャンプとして主張しようかな」
友人達の言葉が嬉しくて、ちょっとウルっときた。
が、どうやら俺以上に感激している人がいるみたいです。
「ユウキ……良いお友達ですね……本当に、良い子達です……こんなお友達が出来て、私は凄く嬉しいです。大切にするんですよ……!」
「……はは、イクシアさん泣かないで下さいよ。当然です、これで、俺はまたみんなと一緒にいられるんですから」
「だな! アラリエルとコウネにも教えてやりたいけど、現状連絡手段がないからな。この中継がうまくいけば、なんとか連絡は取れると思うんだけど」
まぁ、あの二人は立場が立場だもんな。
片や大貴族の御令嬢。片や次期魔王候補で先代魔王の息子。
うん、地球どころの話じゃないよな。こんな時世じゃ。
その時、俺達が使っている宿に、来客を知らせるベルの音が鳴る。
「今日の食材が届いたのかな」
「今日は甘いものがあるといいね、一之瀬さん」
「む……いや、別に私は……」
だが入り口にいたのは、配達の兵士ではなくリョウカさんだった。
用事が無事に終わったのだろう。
「ただいま戻りました。皆さん、吉報です。臨時国議会の開催が、正式に発表されましたよ」
「おお! おかえりなさいリョウカさん&本当にいい知らせですね!」
「理事長、おかえりなさい。して、正確な日時は?」
「三日後、都市の裏手にある祭祀場で執り行われます。過去の大陸術式が入り組み、外部へと通信が容易な場所です。完全に中継を行うのに適した場所が選ばれました」
「それって逆にセシリアに怪しまれませんか? 議会には当然アイツも呼ばれてるんでしょう?」
「いえ、逆に『今後の我が国のスタンスを国民にいち早く知らせるためにも、今回は異例だが中継をしながら議会を進める』と国王が通知したので、研究院側が最も適した場所をわざわざ用意してくれました」
「……なるほど。あわよくばそのまま、自分に有利な流れ、つまり地球と断交すべきだって理由を国民に語るつもりなんですね、セシリアは」
「恐らくは。イクシアさん、後程私の部屋へお願いします。当日の役割についてご相談がありますので」
「了解しました。……いよいよ大詰めですね、皆さん。最後まで気を抜かないよう、頑張りましょうね」
ノルン様も無事に登城出来たようだし、恐らくそれにタイミングを合わせて発表したんだろうな。
そうして三日後。ついに議会が開かれる事になったその日、俺達は王族の護衛としてその祭祀場へと向かうのだった――