第百六十六話
「お父様。今から言う事は事実です。学院長もリオ様もお認めになりました。これを聞いたのち、すぐに動き始めなければ間に合いません」
「……そうか。そこまでの者が関わっているのだな」
ノルン様が、口を開く。その名を、告げる。
「セシリア・アークライト様です。我が叔母であり、お父様の義理の妹にあたる、現研究院最高責任者である彼女こそが、一連の工作を主導した人間です」
沈黙が場を支配する。
だが、意外にも王様は取り乱したり、驚くような様子は見せなかった。
「……薄々、そんな予感はあった。お前がそこまで追い詰められていた事、そして瞳を手にする事が出来た人間……それを考えれば、黒幕は限られてきてしまうからな……」
「ここから先の展望、作戦については秋宮リョウカ様が考えて下さっています。どうかお話をお聞き下さい」
「……国王陛下、心中お察しします。ですが、ここからは更にセシリア様を追い詰め、地球との関係を完全に回復させる為、非情の手段に出る必要があります」
そこから、リョウカさんは作戦を語る。
「現在、グランディアに普及しているネットワークや電波という通信手段は、魔素や魔力の濃度により、地球の様に広域に拡散、通信する事が敵わず、中継地点を経由した、いささかタイムラグ……いえ、もはや時差と呼べる程の遅れがある代物です。ですが、それでもこの通信を使い、可能な限り早く全世界に向けて告発、本人が断罪される瞬間を中継する必要があると私は考えています」
「……国の二大勢力の衝突、いやもはや汚点、稀代の犯罪者とも言われかねないこの件を公表する、と申すか?」
「はい。これは譲歩です。脅す様な真似になりますが、ここで正しい選択を取れなければ、まさしく開戦前夜となります。この情報を先に地球に知らせれば、確実に地球は戦争に備え動き始めます。しかし恐らく地球は負けるでしょう。ですが……この世界を不毛の大地に変えてしまう程度の力は、確かに地球には存在しています」
知っている。だって、ゲートが現れて地球とグランディアが繋がったのは第二次世界大戦戦後、つまり『存在してはならない兵器が日本に使われた後』なのだから。
この世界ではもしかしたら、盛んに研究されてはいないのかもしれない。でも理論がある以上、魔法と組み合わせてもっと恐ろしいものが出来るかもしれないのだ。
「地球は、応用の世界です。そして私はその事を誰よりも知っている。私はどちらにも付きはしませんが、開戦を止める力はありません。なによりも……『国がすれ違い争う』という事は……歴史を紐解けば、ありふれた事。ある意味『正しい動き』ですからね……」
その言葉の意味を、俺は理解してしまった。
ジョーカーの存在だ。ジョーカーは起きてしまった戦争を止める気はないと明言しているような物じゃないか。
「王様。一時の醜聞はあれど、それは正しき行いの為、身内に蔓延る膿を出す為です。どうかご決断下さい」
大国が揺るぎかねない大スキャンダル。地球側からのバッシングも覚悟する必要があるだろう。
けど、両方の世界を巻き込む戦争になりかねないと言うのなら。
いや、この事実を地球側が信じないとこの条件は成立しないか?
まさか、ノルン様は既に地球にこの事実を告発するつもりなのだろうか。
今この場で握りつぶされる可能性もあるのではないか……?
「……詰み、か。そうだ、確かにこの世界での情報伝達能力は低い。故に、一時的に保存、魔力に妨害されにくいエネルギーに変換の後に発信している。つまり、ここまでのやり取りはもう、この都市の中継地点に記憶されている、そうだろう?」
そう言いながら、国王は謁見の間の柱に設置されている、明らかに監視カメラと見られる装置を指さした。
あんなものがあったのか……グランディアにそういう物は無縁だと思っていたけど……そうだよな、地球がグランディアの技術を使っているのに、こちらの世界が地球の文明の利器を使わない道理なんてない、か。
「昨年、謁見の内容を正確に記録した方が良いからと、取り付けさせた。進言したのは……妹君であった」
「ええ、彼女ならば将来自分が利用する為に、そういう根回しくらいするでしょうね」
「……中継地点には既に手を回しているのであろうな?」
「はい。既にシュヴァインリッターに指示を出しておりました。今は彼等の監視下にあるでしょう」
イクシアさんは『諜報の気配はない』と言っていた。つまり、あれは国が認めたカメラだと。
正式な記録として、外部に謁見記録として保管されている、という訳か。
「以前より、貴殿がシュヴァインリッターとただならぬ関係にある事は分かっていたよ。……いや、貴女の正体にも多少は心当たりがある。貴女がそれを望むなら、断る事なんて端から出来ないでしょうな」
「……私は、ただのどこにでもいる陰険な女にすぎませんよ」
……? リョウカさんの正体?
「分かった。臨時国議会を近々開催しよう。議題は『今後の地球との在り方をどうするか』とでも銘打っておけば誰も怪しむ事はないだろう。中継の手筈等はこちらでも手配しよう。だが、貴女なら知っているかもしれないが、我が国には大陸紋章と呼ばれる物が刻まれ、遠隔でこちらの妨害も可能かもしれない。相手は稀代の魔導師にして研究院の長だ。そこは……どうするつもりだね」
「簡単な話です。より強力な魔導師の協力により妨害を無効化します。幸い、こちらにはそれが可能な人材がいますから」
リョウカさんが、チラリとフードを被ったままのイクシアさんの方を見る。
さすがにここで顔は出せないよな。だって、今の王様の奥さんが前王、そしてイクシアさんのそっくりさんなんだから。
……もし一目ぼれなんかされた日にはこっちの心が穏やかじゃいられない。
「そこまで既に用意していましたか。……ノルン、お前がどのようにしてファストリアからここまで来たのかはもはや聞くまい。しかし、今姿を現してはセシリアに警戒される。今は暫く王城の外で過ごすと良い。無論、気付かれぬように護衛はつけよう。リョウカ殿やジェン、生徒の皆もそちらに待機して欲しい」
「そうさせて頂きます。場所はどちらにしましょうか。すぐにでも向かいます」
「貴族街では目立ってしまうであろうな。……商業区の港付近に、国営の商会があるので、そこで管理している宿を一つ、貸し切りにしておこう」
「感謝します、国王陛下」
「現在、研究院に目立った動きはありません。リョウカ様、このままジェン様の家の魔車を使っては不審がられるかもしれません」
「リョウカさん、ノルン様の言う通り、ここは徒歩で向かわれた方が良いでしょう。代わりに私はこの後、他の人間に嘘の異界調査の報告をしておかなければ不審がられるでしょうし城に残ります。生徒達の事、お願いします」
「分かりました。ジェン、苦労をかけます」
これで、道は繋がった。後はその議会が開かれるのを待つだけだ。
けれども、セシリアの目がどこにあるかもわからない首都の中、決して油断は出来ないのだ。
「私が先導します。SSの皆さんは周囲の警戒を怠らないようにお願いします。皆さん、再びフードをお願いします」
王城を抜け、街の中を行く。
前回は城の地下にある地底湖とその周辺しか散策出来なかったが、こうして街の中を歩ける日がこんなに早く来るとは思ってもみなかった。
まして、イクシアさんも一緒だとは。
こうして街中で改めて周囲を見渡すと、確かにエルフの中でも『金髪』は少ないように見える。
うっすら緑がかっていたり、赤みがかっていたり。目の方は……遠目からじゃ分からないな。
でも、王様はしっかり金髪碧眼だった。
「こうして見ると、結構自動車もこっちで走ってるんだな」
「ええ。とはいえ、ガソリンの比率は極めて低く、最初のスターターにしか使いません。主に電気と魔力で走っています」
「我が社では、スターターも電気で賄うエンジンを開発中ですわ。ただ、そうなるとどうしてもバッテリーの消費が激しく、長期運用には向かないんですの」
「おや、私の横でそんな話をしても良いのですか?」
「ええ。秋宮はエンジンの開発よりもガソリン使用時の排ガスの分解に力を入れているでしょう? なので、技術的競合はありません」
「ふふ、そうですね」
うむ、さすが日本を代表するデバイス、魔導具メーカーですな。
「当日は、議会の様子を記録、リアルタイムでエンコードし、可能な限り早く各大陸のシュヴァインリッター支部に転送。その後、準備が整い次第、各大陸の都市部で放送する手筈になっています。ユウキ君、これで少なくとも、グランディアは貴方の味方になります」
「後は、その情報と映像が地球に渡るようにするだけ、ですわね。ノルン様、その事について何か懸念事項等はあるのでしょうか?」
「……そうですね、ファストリアまで順調にデータが渡れば、すぐにでも学院側にも放送されるはず。そうすれば、魔導学院の長が地球側に働きかけるでしょう。問題はありません。ですが……逆に、国内、いえこの都市部の外にデータを出すとなると、確実に研究院からの検閲が入ります。もしも忠誠心の高い研究院の人間が、セシリア様が不利となる情報を外部に出さんと工作をすれば、何かしらの問題は起きるかと」
「ですが、私が既に中継地点をシュヴァインリッターに抑えさせています。好き勝手にさせる事はありません」
「……それでも、です。セシリア様は、誰よりもこの国、この大陸の魔導に深く関わり、研究を続けて来ていました。それは神話時代にすら届くほど……そもそも、使われなくなった大陸紋章を現代に蘇らせたのはセシリア様です。神話の時代、なにかしらの目的で使われていた術式を、現代の情報伝達、魔力供給に利用しようとしてくれたのがセシリア様ですから」
うーむ……よく分からないけど、神話時代にあった電線や水道の跡を復旧、メンテナンスして、現代でも使えるようにした……って感じなのかね? イメージ的には。
「……どうしたんですか?」
俺は、その会話中ずっと俯いている様子のイクシアさんに小さく話しかける。
「……過去の術を蘇らせる。それは立派な行いではありますが……同時に大きな危険も孕みます。特に……この大陸では」
「何か、知っているんですか」
「私は当事者ではありません。ですが……国が亡ぶ寸前だった、とは聞いています」
……は? 恐すぎないですかそれ……。
「私も、本腰を入れて準備をする必要がありそうですね」
用意されていた宿は、元々港で作業する人間の為のものであるため、広さ的には問題なく、快適そうに見えた。
が、元々使われていない場所を急遽こちらの拠点にする為に準備した所為か、食事の用意等は出来ないとの事。
今回の作戦の都合上、あまり外に出歩くことが出来ない為、俺達は外から食事を持ってきてもらう事になった。
それで、ジェン先生が後から合流してきたのだが――
「……で、持ってきてもらったのがこれですか」
「はい。リョウカさん、やっぱりアタシだけでも外に行って何か料理を買って来ましょうか」
「……いえ、この人数の食事を貴女が買うとなると悪目立ちします。食材そのままの方が『異界調査に必要な食料物資』という体で目立たないですし、これが最善……なのでしょうね」
用意された食材の山。いや、十分だと思いますよ? リョウカさんは軽食か何かの方がよかったと思っていそうだけど。
「リョウカさん。そろそろ私もローブを脱いでも構わないのではないでしょうか」
「……そうですね、ここに到着した以上、そこまで警戒する必要もないでしょうね。ブライトエルフはこの都市にも何名かいますし、この建物内に人が来ることはありませんから」
「では……」
すると、話を聞いていたイクシアさんが、ついにみんなの前でローブのフードを外す。
「ユウキのお母さんでしたか! 一緒だったんですね」
「ええ、私の外見はこの大陸では目立ちますので、姿を隠していました」
「特に、王城ではそうした方がいいです。イクシア様は……」
「ええ。ですが、疑問もあります。私は過去、セリアさんとも顔を会わせたことがありますが、その時はそこまで大きな反応はありませんでした」
あ、そうだ。っていうかジェン先生だってこの国出身だし、イクシアさんが前王のノルン様のお母さんに似ているって気がつきそうなものなのに。
「前王であるお母様は、国母とも呼ばれていましたが、同時に酷く病弱な方でした。城の中でも、お母様のお顔をしっかりと見たことがある人間は限られているんです」
「ええと……ササハラ君のお母さまがいることに驚いたのですが、いまいちお話がよく分かりませんわね」
とりあえず先生とクラスメイトに説明中。それと驚いた事に、リョウカさんも知らなかったそうだ。
「……まさか、そこまで似ていらしたとは。……いえ、それも当然なのかもしれません……」
「リョウカさん?」
「いえ、こちらの話です。そうですね……この国の王家は、過去に他大陸の血も取り込んできていますし、どこかで似た顔の祖先、関係者がいたのかもしれません。遺伝とは本当に不思議なものですから、ね」
「ええ。私達ブライトエルフは基本的に、他種族と交わる事はありませんが、過去には他種族、他大陸の王族と婚姻を結んだこともあると言います。ですが、我々ブライトエルフは遺伝される確率が極めて高く、他種族の特徴が身体に現れるのは非常に稀なんです」
ふむ? つまり優性遺伝ってやつなのかな?
「ま、まぁ私の祖先にもしかしたらノルンさんのお母様の祖先と近い人間がいた可能性があるのでしょうね」
この話題はこれで終わりましょう。イクシアさんの出生は一応極秘事項だから……。
そもそも召喚実験で人間が呼び出されると言う事象は、存在しない事になっているのだから。
「話を戻します。食材があるのなら私が食事の用意をしようと思うのですが、どうでしょうか」
「……すみません、それはとても助かります。私も簡単な物なら作れるのですが、皆さんに振舞う事が出来るような品は……」
あ、リョウカさんって少しでも料理出来るんだ。
「ふふ、天下の秋宮総帥と言えども、さすがに万能ではないのですわね?」
「お恥ずかしい。して、香月さんはお手伝いして頂けるのでしょうか?」
「和食でしたら基本技能は習得しています」
あ、リョウカさんが露骨にへこんだ。そうか、キョウコさん料理出来たのか……。
コウネさんがここにいたらなぁ……色々はかどるんだけどなぁ……。
ところで、他の面々は……。
「む……こちらを見るなササハラ君。自慢ではないが私は肉を直火焼きする事しか出来ないからな」
「ミコト、男らしすぎるだろそれ。俺は目玉焼きとサンドイッチなら作れるぞ!」
「小学校の調理実習レベルだよね、それ。ちなみに僕も似たような事しか出来ないよ」
男子ーズはダメだ! え、俺? 聞いて驚け、カレーと炒飯なら素無しで作れるようになったぞ。
すげぇなBBちゃんねる。トマトとスパイスと玉ねぎがあればカレーって作れるんだぜ。
とりあえずカイとカナメに自慢、ドヤってみる。
「うそ……だろ……ユウキがインドカレーを作れるなんて……」
「ユウキ君、嘘は良くない。君はこっち側の人間のはずだ!」
「そうだそうだ、こっち側の人間のはずだ」
ジェン先生も男子ーズに混じらないで下さい。
「ジェン先生は作れるようになるべきでは?」
「アタシはお嬢様だからな、自分で作らない」
「お嬢様のキョウコさんとコウネさんは?」
「…………私だって一応袋麺は自分で茹でられるぞ」
ダメだった。
「では、お料理は私とキョウコさんで準備しますね」
「あ、あの……私も一応包丁の扱いは出来ますから、お手伝いを……」
すると、名乗り出る第三の人物、サトミさん。
凄くおそるおそるだけど、きっと実家が農家だからな、慣れているのだろう。
「ではサトミさんも。三人で食材を見て、作れる料理を考えましょうか」
「はい、分かりました」
「は、はい!」
結構緊迫した状況ではあるが、なんだかみんなの肩の力が抜けて、一気に緊張がほぐれたな。
ああ、うん。こういう日常がもうすぐ帰って来るんだよな……!