第百六十五話
それからの行動は早かった。
その日の夜には調査団の制服が用意され、さらにジェン先生のお父さん、ファリル卿とリョウカさん、及びノルン様の面会が実現。
今回の一連の作戦の説明がされ、全面的にファリル家でも協力すると申し出てくれた。
そうして次の日、つまり今日、俺達は既にファリル家の高速船に乗り込み、カイ達が降り立った港『シーダス』へと向かっていた。
「なんていうか、結局とんぼ返りなんだよな、俺達」
「仕方ないだろう。ブライトネスアーチへ最も早く到着する方法がシーダスからの魔車なのだから。理事長、すでにあちらの港に魔車が手配されているのですね?」
「はい。明日の昼には到着しますので、そこからそのままブライトネスアーチへ向かいます。他にも必要な機材、道具の手配がありますが、それらは登城が無事に済んでから、になります」
「……手回しの良さは相変わらずですわね。今思うと、確かにリョウコさんは理事長に比べて少々対応の遅れ、余裕のなさが垣間見えていました。……経験の差、ですわね」
確かに。俺も今にして思うと、あいつに酷使されていた時代、俺以上にリョウコ自身が焦っていたように思えた。
一定の評価、成果を期待されていたのだろうか、賛同した国々の上層部に。
「ササハラ君、もう一人理事長の付き添いの人間がいたはずだが、あの人の素性は明かせないのだろうか?」
「ん、まぁ一応ね。隠す様な事じゃないけど、今回の作戦上、出来るだけ隠せる場所は隠しておきたいんだよ。俺も今こうしてフードをかぶっているしね」
そう、現在俺を含めて、全員が調査団の制服に着替えているのだが、俺だけは今もフードで顔を隠している。
無論、みんなにも向こうの港に着き次第隠してもらうのだが。
イクシアさんの場合はまぁ、髪や瞳の目の色がこの大陸じゃ目立つから仕方ないけど。
「……これが終わったら、ササハラ君も地球に、日本に戻ってこられるのですわよね?」
「どうだろうね。真実が地球で報道されるかどうか分からないし、今更手のひらを返す事が出来ない国だってあるのかもしれない。正直楽観はしていないよ。地球に戻れたとしても、隠居生活って可能性も勿論あるし」
「それは悲観しすぎだよ。僕達が地球にいた時ですら、ある種の陰謀論信者みたいな感じでユウキ君の行動について考察している層はいたよ。真実が広まれば、そこから再熱、一気に広まると思うけどね」
「そうですわよ。我が社の方でも真実を広める為に尽力します。勿論理事長、貴女も秋宮の総帥に返り咲くおつもりなのでしょう? そのあかつきには当然、ユウキ君の名誉回復に努めて貰えると思ってよろしいのでしょう?」
「……そうですね、ユウキ君の生活だけは元通りになるよう働きかけます。ですが……総帥職はどうでしょうね。私が復帰するのを拒む人間があまりにも多い、というのが現状です」
「俺、難しい事はよく分からないんですけど、今の秋宮は信用を失っています。このままだと本当にただの一メーカーになってしまうんじゃないんですか?」
「それも時代の流れ、なのかもしれません。ただ、完全に秋宮が消えてなくなるという事態にはならないよう動くつもりですよ」
たぶん、リョウカさんはその気になれば返り咲く事なんて簡単なんだろうな。
まだそこまで長い付き合いではないけれど、なんとなくこの人を見てるとそう思えてしまうのだ。
そんな互いの近況、これからの事について語りながらも船は順調に進み、翌日には予定通り港町シーダスに到着したのであった。
「ではここからは魔車での移動となる。私の家の私兵団でも使う大型の物だから全員で乗り込んでくれ。リョウカさん、ノルン様も中へどうぞ。御者は私が勤めます」
「部隊長自らが御者って違和感ありません?」
「いや、私だからな。納得する人間の方が多いさ。幸いこの魔車にもファリル家の紋章が彫ってある。問題はない」
港町は、本当に港としての機能プラス最小限の宿や飲食店があるだけの、そこまで大規模な町ではなかった。
つまり、それだけ首都に近いという訳だ。
俺達は魔車に乗り込み、足早に港町を出発する。夕方には首都に着き、そのまま登城、研究院の横やりが入る前にすぐにジェン先生が王様と謁見する予定だそうだ。
「上手く行きますかね?」
「ジェンの家は、武門の名家。調査団の任務で知りえた情報を、ジェンが『まずは王にだけ伝えたい』と言い張れば、研究院も口出しは出来ないでしょう。幸い、セシリア様は既に王家を自ら外れた人間ですから」
「はい。それにセシリア様はほとんどの時間を研究院内でお過ごしですし、王……つまり私の父上とは極力顔を会わせないようにしていますから」
なるほど、じゃあこのまま首都についたら、面会の邪魔は入らない、と。
今回はジェン先生が異界から帰ったばかりと言う事実がうまく働いてくれている。
運がこちらに味方してくれた形だ。
「……なぁユウキ」
車内で大人しく考え事をしていると、カイがこちらを見ながら神妙な顔で話しかけてきた。
なんだ? 何か考え事でもしていたのか? そっちも。
「ユウキが今差してるその刀、もしかしてユキさんとお揃いなのか?」
「あ、これ? いやだって俺のデバイス――ってあの時はみんな気絶してたか。俺のデバイス、折られちゃったんだよ。だから今回の任務、戦闘の可能性があるからってユキに刀を貸してもらったんだよ」
「な、あの刀型のデバイスが折れたのか? なんでだ?」
「お前の剣とカナメの斧槍、一之瀬さんの刀がナシアの力で物凄い勢いで射出されてきてさ、防いだら折れちゃったよ。流石に神話時代の武器三本同時は防げなかったよ」
いやぁ、それでもよく持ってくれたよ俺のデバイスは。
さすが秋宮の技術の粋を結集した一品ですな。
「そっか、そうだったのか。そういえばナシア後輩はどうなったんだろうな……」
「ま、今のところ確実に俺に敵愾心は持ってるだろうな。そういう意味でも暫くはフードかぶってないとダメそうだ」
「あの、お話に出て来たユキさんというのはどちら様なのでしょう?」
すると、ノルン様が興味を待ったのか話しかけてきた。
「今回、フェアウェルの瞳を奪取してきた人間ですよ。リオちゃんとユキが奪って来たんです」
「まぁ、ではユウキ様ではなかったのですね? その方にも是非お礼をしなくてはなりませんね」
「ん-……たぶん暫くは表舞台に出てこないと思いますよ。ユキは本来影に徹するのが仕事ですから」
「そうなんですか……」
「なぁ、あのリオって子もユウキの仲間なんだよな? 今回はいないのか?」
「今回は俺が今お世話になってる組織の拠点防衛。ロウヒさんも六光もそっち担当。結構用心深いみたいだよ」
「へぇ、今度会う機会があったらお手合わせ願いたいな。僕、あのリオって子に負けちゃったから」
「む、それなら私も負けてしまったな。正直、まだ彼女に勝てるビジョンが見えてこないが私も再戦希望だ」
「ま、そのうち機会があればだね。先の事はまだ分からないから」
「先の事……と言えば。ササハラ君、海上都市に戻れたら、是非お連れしたいお店があるのですけど」
「お、なになにキョウコさん」
「実は、私と一之瀬さんは海上都市でユキさんと一緒に食事をする機会があったんです。その時立ち寄ったのが、以前休業していたササハラ君の故郷の郷土料理を出してくれるお店だったんです。ササハラ君が気に入りそうなメニューだとユキさんも言っていたので是非、と」
ああ、あのお店か。確かにもう一度いきたいなぁ……今度は焼き鳥が食べたい。
「な……ミコト、ユキさんと食事に行ったのか……! なんて羨ましい。ユキさんは何を頼んでいたんだ?」
あ、一之瀬さんの機嫌が少し悪くなった。俺には分かるぞ、気になる相手が別な異性に興味津々なのは面白くないですよね。
「……釜めしだ」
「そうか、なら俺も今度食べてみよう。ユウキ、一緒に行こうぜ!」
「そういえば、ユキさんおでんも好きだって言っていたね。屋台にも行きたいね、ユウキ君」
「あ、それは興味あるな俺も」
道中、妨害される事もなく、順調に首都へと向かって行く魔車。
勿論警戒はしているのだが、それでも和気あいあいと話す俺達を見ながら、心なしかイクシアさんが笑っているように見えた。
……全部終わったら、もちろんイクシアさんも一緒に行きましょうね。
「私は親子丼を食べました。一之瀬さんもそうでしたよね?」
「ん、ああ。私は特に好きな料理や贔屓の店はないが……あの店で食べた親子丼は正直、もう一度食べたいと思った」
「ええ、とても美味しかったですわ。是非ササハラ君も食べてみてください」
「小学校にいた頃、苦手だったんだよね。勿論今は好きだけど」
「へぇ、珍しいなユウキ。丼物の中でも知名度はトップクラスだろ?」
「あ、確かに。僕は天丼派かな。有名な丼だと牛丼とか」
他愛ない話を、またクラスメイトとする。ちゃんと、ユキではなく俺として。
今はセリアさんやコウネさん、アラリエルはいないけれど、いつの日か必ず……。
密かにそう誓い、俺達は王都ブライトネスアーチを目指すのだった。
夕方。俺達はブライトネスアーチ王城、謁見の間の外、待合室にいた。
無事に辿り着いた訳だが、俺達がさすがに入る訳にはいかず、今ジェン先生が王様、無論他の宰相や宮仕えの貴族様がいる中で話している。
うっすら漏れ聞こえる話を要約すると『王様以外全員外に出てくれ、とても重要な話がある。現段階で他の者には決して聞かせる事が出来ない物だから』と。
ここまで上手く事が運んできていただけに、最後の最後で台無しになってしまわないかと、内心ハラハラしていた。
「……ここはもう敵地の中です。研究院も併設されている以上、いつセシリアが現れてもおかしくはありませんからね」
「ええ、我が家のような場所ではありますが、現状はそう言わざるを得ないですね」
ノルン様とリョウカさんが小声でそう語る。
ジェン先生の話が通り次第、まずはノルン様が中へ入り、俺達を中に入れる許可を取り付ける、という流れだ。
ここさえ乗り切れば、きっと……。
「……安心してください。城内の魔力に異常はありません。なんらかの術式で内部の様子を盗み見る、諜報活動をしている様子もありません」
「イ……さすがですね、もう調べたのですか」
今一瞬、イクシアさんの名前を呼びそうになりましたねノルン様。
すると、謁見の間の扉が開かれ。中から衛兵や貴族と思われる人間がぞろぞろと、若干の不満そうな表情を浮かべながら退出してきた。
それから程なくして、ジェン先生がノルン様だけを入るように招く。
ノルン様が入室してすぐに、中から驚きの声が上がった。
『ノルン……! なぜ、ここに……いや、どうやって……』
『今はその謎は置いておいてください。今すぐ、外にいる者達を中に呼び寄せたいのですが』
『……危険はないのだな?』
『はい。お父様もすぐに納得して下さるはずです。なによりも……この国、いえグランディアと地球の未来を左右するお話になりますから』
『……お前がそこまで言うのなら、本当なのであろうな』
『……ええ。まずはお父様だけに、全てのお話をしたいと思っています』
その会話が途切れると、すぐにジェン先生が扉から現れ、俺達を呼び寄せる。
謁見の間の中は、俺がイメージしていた通りの、まさしく王様のいる広間って印象だった。
ただ、このお城そのものが大樹の中に作られた物だから、壁なんかは木の内部って印象が強い。
なんというか、本当に『エルフらしい』と言えばしっくりくるというか……。
「陛下。この者達の正体をまずは明かしたいと考えています」
「ジェン、お前が言うのなら、信の置ける者達なのだな?」
そう言うと、まずはリョウカさんがローブを脱ぎ顔を出す。
「お久しぶりです、セリュミエル王。直接お会いするのは七年ぶりですね」
「リョウカ殿……! まさか、貴女がお忍びでこちらに来られていたとは」
「私だけではありません。皆さん、フードを外してください」
カイとカナメ、一之瀬さんにキョウコさんがフードを外す。
「陛下、私がシュヴァインリッターで受け持っていた教え子たちです」
「む、其方達が……いつぞやは、我が国の使節団、ノルンの身を守り抜いてくれた事を心より感謝する」
「お父様。私が今契約している従者見習いとして、同じ学院に通うサトミさんも同行しています」
完全に借りてきた猫状態のサトミさんも、震えながらフードを外す。
たぶん、この中でマジの一般人ってサトミさんだけだもんな……特別な事なんて本来なにもしてないんだし。
「そうか君が……娘の為によく尽くしていると聞いているよ」
「いえ! 私こそノルン様にはとてもお世話になっています」
本題に入るノルン様。
「お父様。昨今のグランディアと地球の関係が冷え切っている事について、新たに分かった事実を今回、ご用意してきました。魔導学院長のグウェンダル様と協力して得た調査結果です」
「おお、グウェンダル殿は壮健であったか? 彼とはもう何十年も会っていないからな」
「ええ、元気です。……お父様。私は、あるお方に『世界樹の植樹地に魔力調整用として埋め込まれていた魔導具』を受け取り、その解析に追われていました。その魔導具がこちらです」
そう言いながら、ノルン様は懐に入れた小箱を取り出し、中からフェアウェルの瞳のコア、つまり本体部分を見せた。
元々もう少し大きかったが、あれこそがセシリアがあとから追加した仕組み、仕掛けがほどこされた部分だったそうな。
「ノルン! それは本物か!? すぐにこちらに渡しなさい」
「既に、封印処理をしてあります、ご安心ください。お父様、問題はこれが地球に持ち込まれ、世界樹を植樹する場所に仕掛けられていた事です」
「……それがなにを意味しているか、分かって言っているのか」
「魔力の完全枯渇誘発。及び苗を中心に徐々に生命力が衰退。果ては地球の活動が極端に低下、です」
「……その魔導具をお前の元に持ち込んだのは何者だ。我が国から盗み出し、お前をたばかったその人物は。ノルン、お前はまだ若い。得体のしれない相手の口車に乗せられたのだろう」
失礼な。
「今、この場に魔導具を持ち込んで下さった人間がいますが、もう一人いたのです。『リオステイル・K・エンドレシア』様です。そしてもう一人が『ササハラ・ユウキ』様です」
そこで、俺もようやくフードを外す。
はっきりと初めて見る王様の姿は、見た目は四〇かそこらの中年のエルフの男性だった。
「お初にお目にかかります、国王陛下」
「……君が、ユウキ君か。話に聞いていたよりも……」
あっ、(察し)何が言いたいのか分かっちゃいました。
「魔力による変質でございます。俺についてでしたら、セシリア様に聞くとはっきりすると思います。一度、こちらの研究院でお会いしましたから」
「分かった。……して、リオステイル様が本当に現れたと?」
「はい。学院長様がしっかりと証明してくださいました。確かに旧エンドレシア王家最後の生き残り、リオステイル様だと」
「……さすがに、かの家の人間を疑るような真似は出来ない……か。ましてやノースレシア王家の血を色濃く引いた才女と謳われた彼女なら……」
やはり、リオちゃんは特別な立場にいるようだ。
旧エンドレシア王家は、かつてノースレシアに攻め込んだって言っていたし、結構好戦的で野蛮な家だと思っていたのだけど……リオちゃんに悪いけど。
ただ、さらにノースレシア王家の血を色濃く引いている、という部分で、リオちゃんが特別視されているように俺は感じた。
「分かった。我が国に安置されていた瞳が地球に持ち込まれていたのだな? そこは……認めたくはないが、納得しよう。それで、その瞳を調査したというのだな?」
「……はい。この瞳を調整、地球に埋め込んだ人間を特定するに至りました。その事についてご相談する為に、今回私は秘密裏に国に戻って来たのです」
そして、ついにノルン様の口から、黒幕の正体が語られたのであった。




