第百六十四話
「来客……誰だ?」
「それが、お嬢様の生徒だ、と名乗る『カヅキキョウコ』という女性が」
やってきた家令さんから、キョウコさんが訪ねて来たという知らせが入る。
「んな!? リョウカさん、まさかアイツらも連れて来ていたんですか!?」
「いえ、私は関与していません……そんな、どうやって……」
「ここに、呼んでも構いませんね?」
「……これも、丁度良い機会なのでしょうか、ね」
まさか、どうやってここに来たのか。クラスメイトが今このタイミングで俺達と同時にここを訪ねて来たという事実に、心臓が強く脈打っていた。
「……予定を変え、ここで姿だけでも見せるべき……でしょうか。真実を知る権利が彼等にはあるのではないですか?」
その時、リョウカさんが小声でそう語りかける。
「……話を聞いてからです。リョウコの手先である可能性もまだあります」
「私がここにいる以上、真実を話すしかないでしょう。……どうするかの判断は貴方に任せますよ」
本当に、本当にアイツらは自分達の意思でここまで来たというのだろうか。
俺の進む道に、自らの意思で合流出来る場所まで歩いて来たというのだろうか。
このタイミングで、俺が姿を現すのがベストなのだろうか。
「失礼します。お嬢様、お客人をお連れしました」
葛藤の中、キョウコさんが通される。
いや、キョウコさんだけではなかった。そこには、カイとカナメ、一之瀬さんの姿もある。
「な! 理事長! 貴女自らが捜索にあたっていたと!?」
「……でも、俺達は今休学中です。そちらの指示に従うつもりはありません!」
だが、突然キョウコさんとカイが声を上げる。
これはなんだ? どういう事なんだ?
「お前達、まずは落ち着け。今、ここに来たのはお前達四人だけなのか?」
「……はい。ここには今この場にいる四人だけです」
「何故、ここに来た。リョウカさんの事は一先ず置いておいて、お前達の話を聞かせろ」
どうやら、カイ達はリョウカさんと今理事長を務めているリョウコの存在を混同しているようだ。
つまり、まだそこまでの真実には至っていない……と。
だが、少なくともリョウコの手先、という線はなくなったか?
「……分かりました。俺達は、学園の指示に従って実務研修、植樹地の事件の後、植樹地に建造された基地の防衛に回っていました」
「私とキョウコは、海上都市で失踪したササハラ君が再び現れる可能性を考慮して待機していました」
「まだ、こちらには情報は出ていないかもしれませんが、僕達はオーストラリアの基地で――」
そこから語られたのは、俺が少し前にユキとして、リオちゃんと一緒に行った潜入、魔導具奪取の為の任務についてだった。
「ユキさんは、テロリストとはまた別口の組織に雇われているのではないか、という結論に至りました。なら同時に、ユウキもテロリストとは違った理由で動いているかもしれない。だから、今本当に起きている事を自分達の目で確かめる為、ここに来たんです」
「今聞いた通りです。理事長、残念ですが私達は学園に戻る事はありません。武力行使が出来る相手ではないという事はそちらも知っているでしょう? そちらも、ササハラ君の身柄は欲しいはず。ここで私達を泳がせた方が都合が宜しいのではなくて?」
真実にはまだ遠い。でも、確かに真実に向かい自分達で歩き始めている。
たぶん、リョウカさんはジェン先生と同じく……。
「……及第点、いえ状況を考えれば十分すぎる結果。この場所に、自分達の意思と力で辿り着いたのなら、こちら側に踏み込む資格は十分でしょうね……」
リョウカさんは、カイ達を認めた。生徒ではなく、真実を追う人間として。
「ジェン。一昨年撮影した写真はありますか? 空港で、ノルン様を出迎えた時の集合写真。決して表には出せないからと闇に葬ったあの写真を」
「……良いんですね?」
「なんの話を……いえ、そもそもなぜノルン様がこの場所にいるのでしょう? 秋宮とセリュミエルの関係は、もはや冷え切っていると言っても過言では……」
「キョウコさん、今は大切な局面、口を出さないように。上に立つ事を望むなら、盤面を読むことです」
「っ! 申し訳ありません」
ジェン先生は、部屋の戸棚から一枚の写真を取り出して見せた。
そこには、ノルン様と関係者、そして一緒に出迎えに来ていたであろう、リョウカさんと……仮面をつけていない方のリョウカさん……いや、リョウコが映し出されていた。
これは、つまり一昨年の誘拐未遂の一件、あの頃に撮影されたものだ。
……そうだ、確かこの時、ノルン様はリョウコと一緒に観光を楽しんでいたってニュースで見た記憶がある……!
「同時にメディアに出る事のないようにしていました。ですがあの日、グランディアから来た報道の人間は、それを知らず私達を一緒にカメラに収めてしまった。すぐにデータを削除させましたが、何かに使えるかもしれないと一枚だけ、この家に保管させていました」
「……リョウカさん、貴女はどこかで、今の状況に陥る可能性を?」
「さぁ、そこまでは。ですが、今この場で最も説得力のある手札になったでしょう?」
キョウコさん、そしてカイやカナメ、一之瀬さんはその写真を見つめながら、それに気が付く。
リョウカさんとよく似た背格好の人間に。
そして、最後の決め手として、リョウカさんは自分の仮面を外して見せた。
「仮面を外す姿を貴女達に見せるのは初めてですね」
「写真のこの人は……これは一体……」
「秋宮姉妹は知っているだろう。リョウカさんとその妹のリョウコさんだ。見ての通り、顔も体格も、声すらも全く同じだ。キョウコ、この事実から考えられる推論を立ててみろ」
ジェン先生が、まるで試すようにキョウコさんに告げる。無論、それに協力するのは他の三人。
「……貴女が今ここにいて、ジェン先生と一緒に……ならば貴女が秋宮理事長ですわ」
「なら、いつからか入れ替わっていた……? という話になる。なら今学園を収め、秋宮グループを動かしているのは……!」
「代表の交代なら大々的に発表すればいい。でも、あの人は理事長の名前を語っていたよね。なら、後ろ暗いなにかがある」
「……植樹式だ。あの一件ですぐに理事長はジェン先生を更迭した。でも今一緒にいる。ならあの時既に理事長は変わっていたんだ。だからジェン先生を迎えに来たんですよね? 偽の理事長に更迭された先生を」
着実に真実に向かうクラスメイトが、誇らしかった。
「……本当は最後の最後まで隠しておこうと思っていたのです。ジェンにも黙っておこうと思っていたのですが、ここで開示しても良いかもしれませんね。そうでしょう?」
すると、リョウカさんが後ろに控えていた俺にそう語りかけて来た。
今、ここで姿を現せ。そう言っているのだ。
「今から見せるヒントで、真実を導けなければあなた達はこれから先も大人に使い潰される。SSクラスとして、一騎当千、戦闘だけでなく、あらゆる局面で真実を導き出せる一流の人間になるのなら、これで答えを導きだしなさい」
そう言ったリョウカさんに俺は――フードをはぎ取られた。
「……まぁ、ここまで来るのは俺もリョウカさんも想定外だったなぁ……一応、隠し玉だったんだけどな、今回の」
バツが悪い。でも同時に誇らしく、嬉しい。
「な……ユウキ、お前だったのか……リョウカさん、ではやはり戦いは起きると……?」
「盤面は着実にチェックメイトに近づいています。勝ちの目があるとすれば、盤外戦、つまり武力行使しかないでしょう。ユウキ君は、現在私が行使出来る最も強い手札ですから」
既に俺の真実を聞いているジェン先生はそこまで驚いているようには見えなかった。
が、クラスメイト達は……。
「これは……どういう……ササハラ君が……理事長と共に……」
「……なるほど。ササハラ君が『シュヴァ学を裏切った』という考えがそもそもの間違いだったのですね?」
「ユウキ、おいユウキこれはどういう事なんだ!? なんで、なんでお前が……ノルン様と一緒に――」
「正当なセリュミエルアーチ王族が、苗を破壊したユウキ君と行動を共にしている。つまりは、あの苗の破壊は『正当な行為だった』って事なんだね? ユウキ君」
ここからは、先程ジェン先生に聞かせた説明に加え、さらに俺がどうして裏切り、いや『直前で苗の破壊に協力したのか』をも含めて全て説明する。。
植樹地の大規模爆破と引き換えに起こした裏切り。
苗に仕組まれていた本当の効果。
魔導具の回収の為に現れたユキ。
植樹を推し進め、リョウカさんを追い落としグループを乗っ取ったリョウコ。
理事長の名を語り、俺を嘘の情報で使って来た偽の総帥。
そのリョウコをも利用し、地球の未来を閉ざそうとしていたセシリア。
全部、全てを最初から話す。
「全員、逃れようもなく殺されるくらいなら俺の手で戦闘不能にするしか助かる手段がなかった。いや、そもそもイクシアさんの事で俺を騙した以上、真実はどうあれ俺は秋宮を潰す為に動いていたと思うよ。結果として、そもそも秋宮が乗っ取られていたんだけどさ」
「俺達に相談する事は出来なかったのかよ……!」
「いや、どう考えても無理だと思うよ。あの時僕らの泊まっていたホテルは厳重に警備されていた。にも関わらずロウヒさんが潜入したって事は……だいぶ深い場所までもうそっちの勢力は潜り込んでいたんだろうね?」
「だろうね。でもさっきも言ったかもしれないけど、俺にとって一番はイクシアさんだった。みんなには申し訳ないけど、優先すべきはイクシアさんだったから、あの要求を断る選択も、誰かに漏らすなんて選択も俺には存在しえないんだよ」
そうだ。もしも、ロウヒさんに話を持ち掛けられたあの夜、誰かにあの話を漏らしていたら。
一度は要求を飲んだふりをして、密かに皆に相談、対策をたてられたのではないか?
答えは『NO』だ。イクシアさんに繋がるただ一つの道を、閉ざすかもしれない行動を俺が取れる訳がないのだ。
逆にその場で要求を蹴っていたらどうなる。考えられるのは『リオちゃんの力で俺の記憶を操作される』か、最悪ホテルそのものを爆破、全員を亡き者にしていたかもしれない。
「ユウキ、じゃあお前は……今までずっとこっちで……」
「ま、大義がこっちにあるって分かったし、何よりもリョウカさんがここにいて真実を知った。いずれ、世間に真実が知れ渡る事があればまた日本に戻れるって思ってたし」
口では軽く言っているけど、こうして一部とはいえクラスメイトに真実を告げる事が出来たのは、本当に気持ちが楽になる。
もしかしたら、それでも受け入れてもらえない、許してもらえないかもしれないって。
でも……真実を知ろうとしてここまで来てくれた。その事実が何よりもうれしいのだ。
「ところで、セリアさんはどこに? 一緒に地球にいたってユキから聞かされていたんだけど」
「セリアは、私達よりも早くこの大陸に向かったはずだ。恐らくは今、研究院にいると思われる。彼女も、彼女なりに今回の事件に裏があるのではないかと疑っていたからな」
「……今の研究院に、か。リョウカさん、どう思います?」
「最悪、人質にされる可能性や洗脳される可能性も考えられますね」
「ありえますね、十分。彼女は強いですが、向こうはそもそもセリアさんに昔魔法を教えていたという話ですし」
正直俺はもう、研究院を微塵も信用していない。
今この場に研究院の進学も考えていたサトミさんもいるが、これは紛れもない事実だ。
「それで、理事長やユウキ達はこれから何をするつもりなんですか。真実を知った以上、俺達もただ黙っている訳にはいきません」
「そうだね。それにセリアさんも危ないかもしれないなら、動かない訳にはいかないよ」
「私達は、ジェン先生と共に首都ブライトネスアーチへ向かうつもりです。ノルン様が登城するのを妨害される可能性を考え、専任警護として実績のあるファリル家の協力を取り付けるつもりでした」
でも、ジェン先生はこの間まで異界に行っていたという話だし、今なら……。
「リョウカさん。そうなるとノルン様の存在を公表する、少なくとも一般人には知られますよね? それで直接の手出しはされなくとも、セシリアになんらかの準備をされてしまう可能性はありませんか?」
「そうですね、十分ありえます」
「なら、このままノルン様には変装、姿を隠してもらいましょう。そうですね、俺達やカイ全員で、異界調査団の恰好をしてフードで顔を隠せば、ジェン先生の部下か何かと思われるでしょうし、登城の動機も『異界調査でどうしても国に報告しなければいけない事がある』って言い張れます。ジェン先生なら、国に対してそういう要件なら融通も利くんじゃないですか?」
折角、まだノルン様がこの大陸に来ていると思われていないのだ、ならばこのまま隠し通した方が良いじゃないか。
幸い、カイ達がいてくれるお陰でこちらの戦力はさらに増強されたのだし。
「なるほど……リョウカさん、ユウキの案に私も賛成です」
「確かに大勢で動く言い訳も出来ますね。ジェン、調査団の制服は用意出来ますか?」
「すぐにでも可能です」
「ノルン様。軍人のような恰好をして頂くことになりますが、構いませんか?」
「はい、私も問題ありません」
「決まりだ。みんな、当分は私の家で待機していてくれ。私は制服や魔車の手配をしてくる」
これで、ようやく反撃の準備が出来た訳だ。
さらにこちらの戦力も増えた。これで……本当にチェックメイトだ、セシリア。