第十五話
「なるほど……本格的なお寿司屋さんというのは、あまり大きくなく物静かで独特の趣があるのですね。それに、お皿が回っていません」
「そ、そうみたいですね……思い切って凄く評判の良いお店って事で調べてみたんですけど、まさかここまで本格的だとは……」
エルフ&若輩者、ガチの高級お寿司屋さんを前に若干ビビり中。しかし予約している時間が迫ってきているため、意を決し店内へ。
すると、店内に何かBGMや放送が流れてなんている訳もなく、ただ控えめな照明と、黙々と作業をしている板前さんの出す作業音だけが店内を支配していた。
「ようこそお越し下さいました。ご予約のお客様でしょうか」
「は、はい。予約していたササハラです」
「本日はありがとう御座いますササハラ様。では、カウンター席へご案内致します」
いつの間にか現れた着物姿の店員さんに導かれ、カウンター席へ。
すげぇ……ドラマとかで見た事あるぞ、こういう席。めっちゃ緊張する。
ナイスミドルな板前さんが、明らかに場違いであろう学生の俺にも分け隔てなく、静かに『何を握りましょう』と尋ねてくれる。大丈夫、予習はしてきたんだ。
「え、ええとお任せで……予算は五万円でお願いします」
「五、五万円ですかユウキ。確かにおめでたい日ではありますが……良いのですか?」
「良いのです。一応、契約金も振り込まれていましたので……」
そう。総帥からの提案を受けた俺は、早速専用の口座を作らされ、そこに報酬が振り込まれるようになっていた。で、入学にあたり、まずは挨拶がわりなのか結構な額が。
具体的に言うとバイト半年分がポンっと。
「了解致しました。では、握らせて頂きます」
イクスさん、ちょっと珍しく墓穴と言うか、恥をかいてしまったみたいですな。
自分でも気が付いたのか、耳が少し赤くなっています。
「静かで良い雰囲気ですね。木の質感を感じられて、とても居心地が良いです」
「ですね。今日は入学式だったから、もしかしたら他の生徒とか親御さんもいるかもって思ったんですが」
すると、お水を注いでくれている店員さんが、静かに教えてくれた。
「シュヴァインの学生さんでしたら、今月に入ってからすぐにご予約を頂き、奥の個室にいらっしゃっていますよ。ただ昨日になって一組キャンセルが入ってしまい、ササハラ様は丁度そのタイミングで予約して下さったので、私どもとしましても嬉しい限りなのです」
「あ、そうだったんですね。ここ凄く良いお店みたいですから、きっと偉い人とか沢山くるんですよね」
「ふふ、そうかもしれませんね。では、どうぞごゆるりとお寛ぎください」
接客が俺の知っている接客と違う。これが高級店ってやつなのか!
イクスさんの方を見ると、彼女は熱心にお寿司が握られる様子を見ていた。
やがて、握り終えた最初の一貫が差し出され――
「コハダです。必要でしたらスプーンやフォークもご用意出来ますが」
「大丈夫です。お箸は使えます。お気遣いありがとうございます」
「おお……知ってはいるけど初めて食べるかも」
「これは、お魚をマリネした物、でしょうか。頂きます」
なるほど、シメサバみたいな物なのだろうか? よく分からない。
一口で口に入れると、確かに爽やかな香りと魚の味だろうか? 微かに甘くうまみのある味とともにシャリが口の中でほどける。うん、美味しい。握り方で変わるのだろうか?
「……美味しです。ユウキ、とても美味しいですね」
「うん、美味しいですね。これがコハダか……」
その後も板前さんが握ってくれるお寿司はどれも美味しく、初めて食べる魚も問題なく美味しく頂くことが出来た。そして――
「次はマグロを握ろうと思うのですが、ヅケと赤身、どちらに致しましょう」
「マグロですか。では……両方はいけませんでしょうか……?」
「はは……板前さん。彼女はマグロが好物なので両方お願いします。あ、勿論僕も」
ウッキウキである。少し背筋が伸び直したように見えます。また耳が赤くなっています。
こういうお店のマグロは、回転寿司のマグロとはまったくの別物を使うと聞くし、正直俺もわくわくしてきた。そしてそのお値段も……考えるのを止めよう。
そして、いよいよ完成したマグロ二貫が差し出され――
「では………………」
「俺も赤身の方から……」
……よくわからないが美味い! なんで美味しいかは分からないが美味い、明らかに!
味が濃い? くそう、こういう時自分の語彙力や美味しい物を食べた経験の少なさが嫌になる。とにかく美味しい! たぶん一皿五〇〇円の大トロより美味しい!
「……はぁ……美味しいです、板前さん。材料が違うだけじゃないのですね……ここまで美味しいとは思いませんでした」
「お褒め頂き恐縮です」
「凄く美味しいですねイクシアさん」
その後もヅケや中落とかいう部位を頂き、隣で静かに感動して震えているイクシアさん。
こちらも満足しつつも、やはり緊張していたのか、お手洗いに行きたくなってきた。
「お手洗いでしたら奥の廊下の突き当りです」
教えられ向かうと、どうやらここは個室が並ぶ廊下のようだ。
そうか、きっとこの中でセレブリティー溢れる皆さまが舌鼓を打っている訳だ。
用を足し、席へと戻ろうとする。すると通りかかった個室の戸から、聞き覚えのある声が。
『こんな高そうな店大丈夫なのかよお袋。別に入学祝いなんていらねぇんだぜ?』
『気にしなくていいの。甲田さんがね、折角だから美味しい物を食べなさいって』
『……あの野郎の施しかよ。アイツ、お袋の事狙ってるに決まってる。俺達は誇り高い北方魔族なんだぞ、なんでこんな田舎の金持ちごときに面倒見られなきゃいけねぇんだ』
『……甲田さんは別にそんな下心で私達を引き取ったんじゃないわ。あの人……お父さんに報いる為なの。だからそんな風に言わないで頂戴……』
『じゃあ、なんで俺に元の名前を名乗らせてくれねぇんだよ! アイツは勝手に俺に――』
……なんか聞いちゃいけないヘヴィな内情が聞こえてきたのでここらでお暇したいと思います。アラリエル……そっちも複雑な環境なんだな。強く生きてくれ。俺も生きるから。
「おかえりなさい、ユウキ。先にカマトロという部位を頂きましたが、感動で涙が流れるほどでした。板前さん、この子にも是非握ってあげてください」
「かしこまりました」
イクシアさんの表情がどんどん赤く! そうか、興奮すると赤くなるんですね。
可愛い。最近ようやく家族として慣れて来ていたのだが、また心が揺らいでしまう。
ええい、じゃんじゃんトロをもてい! このまま全身まっかっかにしてくれる!
まるで夢の様なひと時を過ごした次の日、今日から本格的に行われるオリエンテーションに参加すべく、時間通りに教室に到着し皆を待っていた。
相変わらず近くに座ってくれるのはヤナセカイ、もといカイだけ。
そして次に近いのが、昨日偶然にも少々ヘヴィな事情を抱えていることを知ってしまったアラリエル。あれ? 生徒全員集まってね? ジェン先生が来ていないだけなのでは。
大丈夫、まだ時間的にはセーフ。果たして今日は間に合うだろうか。
「うお! なんだ全員もう来ていたのか。じゃあ出席は取るまでもないな、八人全員揃っているし。それじゃあこれから各研究室、まぁより高度な講義を受ける為の各教授の開いているサークルみたいなものだな。それの確認と、希望者は参加可能な講義の説明を聞きに行く。だがまぁ、自分の興味のある分野だけでいい。全部を見て回る必要はないぞ。スケジュール的にも回り切れないだろうからな」
すると、座っている席に付属しているPCに似た端末が一人でに起動し始め、そこに今日開かれる予定の研究室、講義の内容や場所が表示された。
「ユウキ、知ってるか? ここって大学と違って必修単位みたいなのがないらしいんだ。本当に興味のある分野だけ学んで、最低限必要な単位の数だけ満たせば良いらしい」
「ほー。けどどれもこれも興味津々なんですよ俺は。どうしよう、一日じゃ全部見れそうにない」
「なら、俺が見たい研究室と講義を見に行かないか? ほら、これとこれ」
今日も気さくに話しかけてくれるカイが、ある二つの研究室を指し示す。
『剣術学研究室 ロストアーツの再現と実戦運用について』
『魔力応用学研究室 身体能力の基礎能力向上と人体限界を超えた運動について』
これは『剣術学』と『魔力応用学』の講義の、さらに高度な内容を収める為の研究室だ。
確かに俺も最優先で参加したい分野でもあるのだが――
「いいね、俺も見学にいくつもりだよ。ところで『実戦戦闘理論研究室』の実技講習には興味ないのか?」
「俺はバトラー志望だから、実際に殺す為の勉強は、そこまで高度な物を必要としていないんだよ。ユウキは実戦……異界探査とかに興味があるのか?」
「んーまだ何とは絞っていないかな。ただ面白そうだからって」
本当は絶対にそのうち誰かを……何かを殺す事になるだろうから学んでおきたいのだが。
護衛という事は、護衛対象の為に相手を殺す事だって当然あるのだろう。
なら、今から少しでも慣れておかないと……絶対にいざという時に動けなくなりそうだ。
「そっか。じゃあ途中まで一緒に行こうぜ。予定だと実戦戦闘理論は午後からだし」
「だな。じゃあ先に剣術学見に行こうぜ」
最初に向かった剣術学の研究室では、当然のように大勢の新入生が詰め掛けてきており、恐らく二年や三年の生徒達が広い講堂の前の方で教授の解説を聞いていた。
俗にいう『向こうの技』グランディアで伝わっているという、限られた人間だけが使える技を、現代の人間が疑似的に再現する方法や、実際に習得している人間との手合わせや、もしも素質のある者がいれば伝授出来るかどうかテストもさせてくれるという、大盤振る舞いな内容であった。
「今日は見学の新入生も大勢いるようですが、予め言っておきます。この研究室に通えるのは試験を受けて、見込がある者だけとなります。二年、三年ともに同じ試験を受けていますが……自分で言うのもなんですが大変狭き門です。そこのところだけは覚えておいてください」
「そりゃそうだよなぁ……ロストアーツを習得出来るかもしれない貴重な機会を得られるかもしれないんだし、みんな受けたがるよな」
「ロストアーツってグランディアにある魔法の剣術版って認識でOK? そんなに覚えるのが難しいのか」
「ああ。見て覚えても、身体がついていかないんだよ普通は。けど技をもしも身体が覚えてくれたら、自然と超人的な動きが出来る。実は……俺も一つだけ覚えてるんだ」
まじかよ羨ましい。なにどんな技? 剣からなにか出すのか? それとも剣が分身するとか……後で見せてくれ。
「試験は来週か……内容はたぶん実技だろうな。今日は戦闘訓練もないみたいだし、次に行こうかユウキ」
「ん、もういいのか? じゃあ次行こうぜ。ええと『魔力応用学』の研究室だ」
「考えてみたんだけど、そっちは正直普通の講義受けるだけで充分だと思うんだ。 身体強化にだって限度もあるんだし、専門的に学ぶのにも限度があると気が付いたんだ」
もしかして、身体能力の強化というのはそこまで重要視されていないのだろうか。
いやいや、でも現に俺の強さはこれのお陰だしなぁ。
カイはもうこちらの研究室一本に狙いを定めつつあるようだが……せっかくだし行こうぜ。言い出したのはそっちなんだから。
次にやって来たのは講堂ではなく、数ある訓練用施設の一つで、屋内訓練場でかつ、ダメージを実際に受けるタイプの実践的な訓練場だった。
まぁ尤も、当然ダメージを防ぐスーツやプロテクターも使う上に、使用する武器にもセーフティー効果のある術? のような物をかけるようだが。
「ほう、ササハラも来たか。それじゃぼちぼち始めるとするかね。意外かもしれないが、魔力応用学の研究室を仕切っているのは私だ。魔術師、魔法師のような後衛志望者には申し訳ないが、私は根っからの接近戦畑の人間でね。ただ、私が研究している分野は身体強化の可能性、決して後衛の人間の損になるような話しじゃぁないんだ」
訓練施設で多数の生徒を前に話していたのはジェン先生だった。
ジャージではなく、しっかりとした戦闘用のスーツを着込んでいる姿は、やはり戦士として厳しい訓練を積んできたことが分かる程凛々しいものだった。
スタイルが良すぎる。筋肉の付き方が作り物っぽいくらい完璧だ。
「カイ、知ってるか? ジェン先生はこの学園で二番目に強いらしいぞ」
「へぇ、じゃあこの研究室も期待出来るかもしれないな? 身体強化の研究って、どんな事をするのかな?」
「ほらそこおしゃべりすんな。私は担当クラスの子を贔屓なんてしないからなー。まぁ、実際身体強化は基礎中の基礎だからな、これ以上どう発展させるのかって言いたい気持ちは分かる。まぁ百聞は一見に如かずだ、少し見ていると良い」
ジェン先生がフィールド中央へと歩き出す。
すると、彼女はおもむろに駆け出し、そのままジャンプし、天井へと到達し、今度は手のひらで天井を押し込み、その反動で猛烈な速度で床へと向かう。
これくらいなら、たぶん俺でも出来る。だが凄いのはそこからだった。
着地からまるで流れるような動きで速度を維持したまま床を駆け、そして壁に触れると、まるでボールが反射するようにタイムラグなしで壁を蹴り飛翔する。
俺も出来る。出来はするが――タイムラグなしであの速さで切り替えしは出来そうにない。さらに驚いた事に――
「まぁこれも結構驚かれるんだが――ここからが本番だ。おいササハラこれ使え」
「うわっと」
空中にいるジェン先生が、小銃のようなデバイスを投げ渡して来た。
「訓練用スタンデバイスだ。空中にいる間は基本的に回避不能。それで私を撃ってみろ」
「俺はじめてつかうんですけどこれ」
「いいから撃て、ほらほら」
こちらが撃つまで何度も空中へむかい飛び跳ねる姿がシュールではあるが、とりあえず撃たせて貰いましょう。
「往生せいや! なんて言ってみたりして」
引き金を引くと、猛烈な速度の光弾が発射され、空中にいるジェン先生の足へと向かった。
てっきり足で蹴り返したり、避けるのかと思っていたのだが、次の瞬間先生は――
「っと! 目の錯覚じゃないぞ? 高度はあげられないが、このように――」
空中で不思議な動きをし、軌道を変えて見せた。しかもそれを繰り返し、まるで滑空でもするようにあり得ない程離れた場所へと降り立ったのだった。
「空中での姿勢制御だけじゃない。起動を変え、予測不可能な軌道をえがく事も出来る。その気になればビルとビルの間くらいなら渡り歩く事も出来るんだ」
「うおお……すげえ、二段ジャンプみてぇ……」
何あれ凄い。高度はあげられないと言ったが……生身であんな風に動けるのならそれだけで凄い武器になるのでは? どうやら俺と同じ事を思ったのか、周囲の生徒もジェン先生に羨望の眼差しを向けていた。
「けどま、例に漏れず私の研究室も人気でな、募集する生徒も一〇人に限らせてもらう。最低限、身体強化適正がB以上でかつ、私の出す課題に合格できる人間だけが対象だ。が、そもそも普通の講義でもこれに似た事は教えるつもりだけどな」
座学ではなく、目に見えて自分達の想像を超える実技を見せられ、それを教えるという先生の言葉は、少しだけ大人ぶっている集まった生徒達を興奮させていた。
それは勿論俺もだが、当然どこか期待していない様子だったカイもまた――
「す、すげえ……ユウキ、凄いなこれ……戦いの幅が広がるぞこれは……」
「だなぁ。まだ余裕ありそうに見えたし、きっとまだまだ何かありそうだ」
「お、俺もこの研究室に入れないか試験を受けてみるよ」
「俺もだな。受かると良いな、お互い」
恐らく、この場に集まった生徒は同じことを思ったのだろうな。
あ、よく見たら隅の方にアラリエルもいるじゃん。さては先生の力量でも確かめに来たな? やめとけ、たぶん強いぞあの先生。
「どうだササハラ。私の研究室を見た感想は。驚いたか?」
「コンセプトのはっきりした良い研究室だと思いました」
「なんだその感想は……それで、興味はもったか?」
「そりゃ勿論。身体強化は俺の唯一誇れる得意分野なので」
「やっぱりそうか。お前、昨日私をかばう為に動いただろ? あれは見事な身体強化だった」
いやー照れるっす。そしてこのタイミングで話しかけてくれたお陰で微妙に周囲から注目されて悪い気はしないっす。昨日のあんまりすぎる扱いをチャラに出来るくらい気分がよろしゅうございます。
「んじゃ俺達は次行きますね。たぶん試験受けると思いますんで、宜しくお願いします」
「よろしくっていわれても贔屓はしないからな」
想像以上に楽しくなってきたな、ここでの生活が。目指せ二段ジャンプ。目指せ垂直壁走り。
どこぞの忍ばない忍者よろしく、超人的な動きをもっと極めたいと思います。
『本日は、いよいよ始まった新学期や新しく子供が入学したお母さん、お父さんの為の、お弁当レシピを紹介したいと思います。勿論学食や給食もあるでしょうが、学校とお弁当は切っても切り離せませんからね、子供が喜ぶメニューを幾つか紹介したいと思います!』
スマート端末をテレビに繋げて、教えて貰った『びーびーちゃんねる』なる物で取り上げられていた映像を映し出す。
今日も不思議な仮面をつけた男性が、懇切丁寧に料理の紹介を始めました。
お弁当……生前もピクニックの引率などで食べた事がありますが、携帯食料や保存食でもなく、子供達が喜ぶ料理やサンドイッチを入れたランチボックスのことですね。
あれは、確かに良い物です。作り方を私も学んでおくべきでした。
「ほほう……サンドイッチにも種類が……なんとかわいらしい」
なんとサンドするのではなく、パンと具をくるくると巻き込み、可愛らしいロールに仕上げるBBと呼ばれる男性。良いですね、これはきっとユウキが喜びます。
『栄養のバランスを考えて、しっかりと野菜もとらせましょう! やはりおすすめは、細かく刻み、濃いめの味付けにしたあと、ポテトサラダに混ぜ込む手法ですね』
『それは子供を騙す事になるんじゃないかい? 私もピーマンは苦手だよ?』
『君が今朝食べたポテサラにもばっちり入っていたんだけどね? とまぁ、こんな風にRお姉さんも気が付かずに美味しく食べられる野菜たっぷりポテサラを紹介します』
アシスタントのRと呼ばれる女性の言葉に感心する。なるほど……子供を騙すのではなく無意識に納得させて食べさせる程のレシピですか……。
「……しかし、ユウキは最初からピーマンが好物でしたね」
ああ、こんな貴重な知識を際限なく得られるとは、この世界はなんと恵まれているのでしょう。さて、では早速私も作ってみましょう。お弁当、是非ユウキに持たせてあげなくては。
「研究室で学ぶのはほぼ教授クラスの人間の個人的な研究成果って事なんだな。こうなるとどの講義を受けるか先に決めて提出する方が先だな」
「そうなるね。ユウキは随分と沢山受けるつもりなんだな。俺は殆ど午後に二つ三つ受ける程度なのに」
「色々気になる物が多くてさ。実技の多い分野は思い切って全部受けてみた。元々高校の頃は朝から学校に通っていたんだ、これくらい慣れるって」
「案外真面目なんだな、ユウキは。俺は少しくらい羽を伸ばしたいよ」
オリエンテーリング一日目、終了。残念ながら午後に予定されていた『実戦戦闘理論』は、実技担当の教員が急遽学園を離れなくてはならなくなり潰れてしまった。
まぁ明日以降は既に講義を受け始める生徒もちらほらいるという話だが、そういう生徒は入学前から既に進む道がガチガチに固まっていたり、親の意向で受ける講義があらかじめ学園に伝わっている生徒だけなのだとか。
で、俺達も一先ず体験という訳ではないが、それぞれきになっている講義を受ける予定だ。
「俺は寮に戻るけれど、ユウキは違うんだよな?」
「うん、俺は学園の近くに家を借りて保護者と一緒に暮らしてるんだ」
「なるほど。じゃああまり遅くまで遊びに歩けないな」
「まぁな」
それに一緒にいると楽しいからね。最近、少しずつイクシアさんの性格が掴めてきた。
『目新しい物が好き』『好奇心旺盛』『努力家』そして最後に……子供が大好き。
そしてその子供に俺が含まれているので、一緒にいると色々とダメになってしまいそうなのだ。が、癒されるのです。抗えないのです。
という訳でカイと別れ、学園の裏にある我が家へと帰宅するのであった。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ユウキ」
玄関を開けると、すぐにパタパタと足音をさせイクシアさんが出迎えてくれた。
嬉しそうなその表情に、やはり未だ俺の心臓は高鳴ってしまうのです。三角巾で髪を纏めたエルフのお姉さんがお出迎え……ここは天国かな? 俺は明日死ぬのかな?
「何かお料理中だったんですか?」
「はい。明日のユウキのお弁当の準備をしていました。練習で沢山作ってしまったので、一緒に食べませんか?」
「もちろん、実はまだお昼食べてないのでお腹がすいていたんですよ」
『お弁当と同じ物を前の日に食べてしまうのはどうなんだ』という考えが浮かぶも、それを一瞬でボコボコにしてやりました。うるせぇ、毎日だって食べてやる! イクシアさんが作ってくれたんだぞ! たとえ焦げた目玉焼きだろうが味のしないスープでも食べるわ!
ちなみに実際に出された事があったりします。いいんです、俺が作るよりマシだから。
早速食卓に上るのは、サンドイッチのような何か。恐らくお洒落に作る為にロールサンドのようにしたかったのだと思われるものが幾つも並んでいた。
うむ、進歩の痕が見て取れる。マヨネーズがはみ出して具が横から逃げてしまっているロールされた食パンが一つ、そして残りは綺麗にロールされ一口サイズにカットされている。
一度失敗すれば、次は絶対に失敗しないという、執念を感じる一品だ。
「それは、力加減がわからなくて失敗してしまいました。私が食べますね」
「あ、わかりました。じゃあ俺はこれを一つ……」
「ふふ、お口に合うと良いのですが」
あ、パンそのものが美味しいやつだこれ。ふわふわしてる。具は……ハムとトマトソース? 少し豪華な味がする。美味しいな本当に。
「美味しいですね、こっちはまた違う色ですね、中身」
「そっちはええと……アボカドのソースとチーズですね。すごいですね、サンドイッチがここまで美味しいと感じたのは初めてです。恐るべしBBチャンネルですね」
「あ、あのチャンネル活用してくれていたんですね」
「ええ、今晩のご飯のメニューも既に下準備はしておきましたので、楽しみにしていてくださいね」
サンドイッチを飲み込みながら、この幸せを噛みしめる。
現状、学園の講義や研究室ですら面白そうと思えている状態なのに、家に戻ってもこんなに幸せとか、俺だけ少々ずるいのではないだろうか。それとも――俺がまだ、学園の辛さを知らないだけ、なのだろうか?
「どうかしましたか、ユウキ。表情が優れませんが」
「いえ、ちょっと学園で今日見た事を考えていました」
「まぁ、なにかあったのですか? 話してみてくれませんか?」
咄嗟の誤魔化しに食いつかれてしまったので、とりあえずジェン先生の見せた動きの説明でも。
「自身の体、および装備全体の重さ以上のエネルギーを魔力による強化で身体から生み出す事により、空中での体の制御を得るのですね。なるほど、足場もない状況で咄嗟にそれを発生させるとは、その先生は強靭な肉体を有しているのでしょう」
「分かる物なんですか……」
「ええ。食べ終わったみたいですし、外で試してみましょうか」
「あ、じゃあ食器片づけておきますので、着替えた方がいいですね」
イクシアさん、フォームチェンジ。三角巾とブラウスを脱ぎ去り、畑仕事の為の作業着へ。
実は最近家の裏に畑を作り始めているのだ。ちなみに俺も手伝いました。
結構年期入っているんですよ俺。伊達に田舎で一人暮らししていません。
早速庭に出ると、イクシアさんも似合っていない作業着でやってきた。
……どこで買ったんですかそれ。サイズこそ合ってはいるものの、とてつもなく似合わない……本当にただの作業着だ。どこの現場監督ですか。
「私の身体は一般的なエルフと同じなので、そこまで深度の深い身体強化は出来ません。ですが――」
「お、すげぇ出来てる!」
「体重が軽いので、少ない力で可能となります。それに私の場合は魔法を身体に纏わせているのですよ」
「う……魔法ですか。俺、使えないんですよね魔法」
「……以前から思っていたのですが、身体強化も魔法の一種です。使えないという訳ではないんだと思いますよ。恐らく極端に外に放出出来ないだけだと思います」
まぁそうなのだとは思う。一応武器に魔力を纏わせて強度を上げる事も出来るのだ。
恐らく、魔力という状態は粒子が細かく、小さな穴からも出てこられるのだろう。
が、魔術や魔法ともなると粒子が大きく、穴から出てこられない、と。
まぁ勝手な想像なのだが、きっとそんな理由なのではないだろうか。
「――という理由なんじゃないかって思う訳なんです」
「ふむ……確かにありえますね。生前、ユウキと同じようなエルフと出会った事があります。その方も魔法が使えませんでしたが、とても強い方だったのを覚えています。ただ、彼女は少しずつ魔法が使えるようになっていったのですが……もしかしたら穴を広げたのでしょうか」
なんと、それ凄く気になる話なんですが。穴を広げるとな?
「じゃあ俺も毎日魔法を使おうとしていたらいつかは……?」
「どうなのでしょう、身体に負担がかかりますし、もしかしたら反対に、外から穴を広げていったのではないでしょうか? 内側からよりは負担も小さいですし」
すると、おもむろにイクシアさんが近づいてきて――身体を密着するように抱きしめられた。
いいにおいやわらかいいいにおいやわらかい。
「魔力を流してみましょう。少しだけやってみますので、苦痛を感じたら言ってください」
「ワカリマシタ」
じんわりと、体温が伝わってくるような感覚。
少しだけチリチリとするような、不思議な感覚。
そして……本当に体温が伝わって来る。やばい、本当にやばい、興奮してきた。
耳元で『痛くないですか?』『我慢しなくていいですからね』なんてささやかないで下さい、鼻血出そう。頭くらくらしてきた。
「ちょ、ちょっとここまでにしましょう。なんだか変な気分になってきたので……」
「そうですか、やはりやり方が違ったのでしょうか。ごめんなさい、ユウキ」
「いえいえいえ、こちらこそなんというか……」
『これから毎日少しずつやってみましょう』なんて提案、さすがに断るという選択肢はありませんでした。
けど……そうか、穴を広げるのか。ちょっと色々試す価値はありそうだな。