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第百五十三話

「な……! ドーム内の防備人員を無くせと……!」

「そうです。周囲を気遣う余裕なんてありません。有事の際、私は全てを殺戮するつもりで戦います。私に言わせればこの基地の兵隊も一般人も変わりません。巻き込まれて死ぬ。そもそもの話ですが、術師団そのものがここの人間よりも戦力的には上ではないですか?」

「ま、セリュミエルの研究院から派遣されてくる以上、ここにいるセリアちゃん並には術師としての腕はあるんじゃないかな?」


 夜、会議室にて。

 基地の司令とSSクラスの三人、それに各部隊の部隊長を交えた会議が始まる。

 俺は極力ドーム内部の人員を減らすようにと提案をしていた。


「兵隊は一律、発着場の防備に回した方が賢明でしょう。足の破壊を防ぐ事は、術師団の護衛の次に大切な事ですから。魔導具の護衛については私とリオが担当します。術師団もろとも、ですけれどね」

「ただ、私は確実に外部からの攻撃が来ると踏んでるんだよね。そうなると、迎撃を優先するか、護衛を優先するか。それが争点になるよね? 司令さんの見解を聞かせてよ」

「……我々の目的は植樹地の死守。それは勿論魔導具もです。その回収にやってきた方々を守る事こそ優先事項……ですな」

「了解しました。相手方にもしもササハラユウキがいた場合は、さすがに私が前線に出ますが、そうでないのならSSクラスの三名を迎撃に向かわせ、私とリオが護衛に専念、という形にしたいと考えています。これについて何か意見はありますか?」


 一同を見渡す。

 各部隊の隊長は『自分達が邪魔だ』と遠回しに言われたにもかかわらず、それを納得しているように見えた。

 まぁそうだろう。SSクラスに教導を受け、そのSSクラスを歯牙にもかけない人物の発言だ。

 ましてや、相手にも同等の力を持つ存在がいるかもしれない以上、自分達では力不足なのだと、はっきりと理解している様子。


「俺はそれで問題ありません。カナメ、セリアはどうだ?」

「……そうだね、ユウキ君が現れた際は感情的に僕らも戦いたい。でも、そうなった場合はユウキ君だけが敵とは限らない。なら……僕達よりユキさんが戦った方が良い」

「何か起きた場合、真っ先に私達が先見として出ます。悔しいですが相手方にユウキ……それに六光やロウヒが確認された場合、私達は戻ります。そうでないなら、迎撃は私達が担当します」

「……当日の大まかな動きはこれで良いでしょう。後はそうですね……発着場の防備についてです。リオ、何か意見はありますか?」

「そうだね、まずは滑走路付近の再調査と、当日の警備の強化。術師団は飛行機で直接ここに来るんだよね? 飛行機の整備班にも気を付けて欲しいかな。炸裂術式の発見は地球の機材じゃ難しいから、出来ればそういう方面に強い魔術師を整備班に混ぜて欲しい」


 リオちゃんはさらに語る。

 それは、俺達の本来の作戦を成功に導くための、大切な要件だった。


「最後にもう一つ。私とユキさんは、術師団が無事にゲートを抜けるまでしっかり守り切る事を考えてる。基地から出たらもう知らない、なんて事はないよね?」

「それは当然です。当日は我々の軍用ヘリも術師団に同行します」

「ううん、それじゃダメ。ゲートまで直接迎えるような速度の出る機体が欲しい」

「……ですが、そんなものを短期間で手配する事は……」

「大丈夫、あるよ。ユキさんはダーインスレイヴとしてグランディアと地球を頻繁に行き来するからね、専用の飛行機を所有してるんだ」

「……私の飛行機をここに配備すると?」

「そ。パイロットの人も信頼出来る人でしょ? ここに配備しておいたらもしもの時も安心かなって」


 あらかじめ、こういう流れになるようには打ち合わせていた。

 どうしてもこの基地にニシダ主任とあの飛行機を配備しておきたかったのだ。


「……ミス・ユキが宜しいのでしたら、その飛行機をこの基地に配備させて貰えますか?」

「構いません。そのまま、術師団の飛行機に追従する形でゲートまで護衛しましょう。最悪、飛行機が墜落しても魔導具だけは回収するとお約束します」






 こうしてニシダ主任をこちらに呼び寄せる事も可能となり、会議が終わると同時にすぐこちらに向かうように連絡を入れる。


「こちらの基地の場所は先程送った通りです。秋宮を介さず直接私が配備したという形ですので、総帥に貴女の事は漏れません。ですが、可能であれば変装をお願いします」

『了解、一応私も変装道具はあるけれど……基地で調べられたら不味いかもしれないわね。総帥やイクシアさんが持っているようなR博士作の物じゃないから』

「問題ありません。私の所有物を無断で調べようとする程愚かではないですから、この基地の人間は」

『……何かしたのね』

「少々挨拶を。ところで、主任は今どうしていますか? まさかずっと飛行機の中にいるわけではないでしょう?」

『それなら安心して。もう一人の義姉と一緒に行動中よ。身の安全は確保されていると思って頂戴』

「……R博士ではないもう一人のヨシキさんの奥さんですか。それ程の使い手なのですか」

『あら……そういえばまだ紹介していなかったかしら? 兄に次ぐ強さを持っているから安心して』


 は? 何それヤバくないですか。ジョーカーの次って……。


『とにかくそちらに向かうわ。護衛の為今回は義姉も同行するけれど、彼女は基本的に部外者だと思って頂戴ね』

「了解しました。本来であれば部外者をこの作戦に参加させたくはありませんが……ジョーカーの妻であるのなら、問題ないでしょう。基本的に我々には干渉しないのですね?」

『ええ、あくまで私の護衛よ。じゃあそうね……明日の夜には到着するから、食糧だけお願い出来るかしら? シャワーは機内にあるから』

「了解しました、手配しておきます。作戦の決行は二日後。ニシダ主任が到着した翌日となっています」

『……いよいよね。頑張ってね……ユウキ君』

「……はい」


 いよいよ、か。

 果たして本当に襲撃者は現れるのか。

 今回もカイ達と戦闘になってしまうのか。

 人を、また殺す事になってしまうのか。

 その全ては、作戦決行のその時までは誰にも分からない。


「本当……どこに行ってもエージェントだなぁ自分」


 今なら分かる。普通って尊い物だったんだなって。

 そうして、残り僅かな基地での夜を過ごすのだった。






「ユウちゃんおはよ……」

「おはよ、リオちゃん。まだ眠そうだね?」

「うん……でも今日のうちに基地全体の最終チェックしないとだから……早く起きた」


 腕の中で眠そうな声を上げるリオちゃん。

 可愛い。これが古事記にある『妹萌え』ってヤツなのか。


「……よし、気合い入れていこう。今日はニシダ主任がやって来ますが、彼女は秋宮を辞職した身。変装はして来るように言いましたが、詳しく調べられる訳にはいきません。出迎えの際には私が立ち会います」

「了解。私は滑走路の再調査の名目で……まぁ色々仕掛けておくよ。……作戦の決行でもし、最後に立ちはだかるのがSSの三人なら、私が仕掛けで一気に戦闘不能に出来るようにするけど、どうする?」

「術師団の飛行機の離陸を妨害する仕掛けを優先してください。有事の際は私が対処します。元より、その為に同行したのですから」

「……大丈夫?」

「はい。心配してくれてありがとう、リオ」


 演技だとしても、それは心からの言葉だった。




 それから、俺は食糧の手配や飛行機への立ち入りの拒否、その他打てる手を全て打ち、ニシダ主任の来訪に備える。

 一方でカイ達は、明日やってくる術師団の為に最後の現場調査、隊列や配備の最終確認を行っていた。

 リオは空港の整備班に指導という名の仕込みを行っているし、いよいよ大詰めだ。

 そんな中、俺は一人台車に大量の食糧を積み、基地内を移動していた。

 地味が過ぎる! 俺が行くとみんな恐がるから仕方ないとはいえ、この姿はシュールだ。

 かといって、飛行機に食糧を積むのは人に任せられない。これは仕方がない事なのだ。


「……しかしさすが同盟軍でしょうか、各国のレーションや携帯食料がこんなに……」


 噂では美味しくないという話だが、少なくとも日本とイギリスのは美味しそうだ。

 もしかしてこの世界だと魔法の影響で進歩していたりするのだろうか?


「五目釜めしの缶詰に……バタースクランブルエッグのフリーズドライ……ステーキまであるんですか」


 一つを摘まみ上げまじまじと眺めていると、そんな姿を基地の人間に見られてしまった。

 恥ずかしい! そっちも信じられない物見たみたいな顔すんな!


 空港に着くと、それとほぼ同時にこちらのスマート端末から直通アプリの着信音がした。

 ニシダ主任と表示されているその通話に応えてみると――


「こんにちは、ニシダ主任。どうかしましたか?」

『こちらニシダチセのスマート端末です。貴女はユキさんでよろしいでしょうか?』


 だが、聞こえてきたのは知らない、涼やかな女性の声だった。

 聞き覚えがあるような気もするが、通話越しじゃちょっと分からないな。


「はい、ユキは私です」

『現在、チセは飛行機の操縦で手が離せない為、代理で連絡をさせて頂きました。予定よりも早くそちらに到着する事が出来そうなので、ご連絡を差し上げました』

「そういうことでしたか。では、後どれ程で到着するのか、大体の目安などは分かりますか?」

『残り三時間程、との事です。着陸地点についてのデータを早めに送信して頂けますか? 管制等の必要はありません』

「了解しました。管制室に話しを通しておきます。ご連絡感謝致します」

『いえいえ、どういたしまして。……では、後程』


 通話を終える。今のがニシダ主任の義理の姉、ジョーカーの奥さんの一人なのだろう。

 なんかこう、知ってる人の身内相手に話すのって緊張するよね。

 そうして、管制室に連絡を入れ、着陸用のスペースのデータを送信して到着を待つ事にした。

 いやぁ……管制室の隣に結構立派な待合室があったんですよ、しかもコーヒーおかわり自由。

 すみませんね、恐いかもしれないけどここで休憩させてください。


「ふぅ……案外美味しい物ですね……」


 イクシアさんの所に戻ったら、ちょっとコーヒー豆とかに拘った美味しいコーヒーとか飲んでみたいな。


(なんでダーインスレイヴがここで寛いでいるんだ?)

(知らないわよ……あちらの国の諺に『触らぬ神に祟りなし』という物があるの。静観しておきましょう)

(……俺もコーヒー飲みたかったんだが)

(自販機で買ってきてあげるわよ)


 ……いや、なんか本当すみません。ここなら平気かなって思ったんです。






 夕日が沈みつつある滑走路。

 が、すかさず全ての照明が点けられ、昼間と変わらない程の明るさになるその場所で、今まさに空に現れた、少々飛行機とは呼びづらいデザインのそれが着陸する。

 完全に動きの止まった飛行機の後方部が開くと、そこから一人の女性が現れた。


「やはり飛行機は恐いですね。本当なら船がよかったのですが」


 その人物の姿を見て思い出す。そうだ、俺はこの人を知っている。


「貴女がユキさん『ということになっている』方ですね? ……お久しぶりです」

「まさか……貴女が?」


 それは、以前一度だけグランディアで会った事のある人物。コウネさん曰く『有名釣り系ブゥチューバー』の『マザー』と呼ばれている人だった。

 あの美人過ぎる人だ。美人過ぎて威圧されてしまう人だ。


「チセは外に出ない方が良いと考えました。食糧の運搬や基地の人間との顔つなぎは私が行おうと思っていたのですが……どうやらそちらで問題のないように取り計らってくれたのですね」

「はい。極力この飛行機に人は近寄らせません。すぐに飛行機の待機所に案内しますので」


 たぶん、この人は俺がユウキだと知っている。

 しかもジョーカーの奥さんともなると……もしかして、コウネさんと俺が船で移動する時に居合わせたのも……偶然じゃない?


「では、私が先導します。この台車は全て食糧ですので、このまま積んでしまいますね」

「ありがとうございます。お手伝いしますよ」


 ……人妻、これがヨシキさんの二人目の奥さん。

 ヨシキさん、尊敬します。たとえ奥さんでもこんな人が傍にいたら緊張しっぱなしです、俺なら。

 あ、でもイクシアさんも相当な美人だけど、なんだかんだで今はもう緊張してないし……慣れる物なのか?

 あれ? そういえばこの人……少しイクシアさんに似てるな。エルフではないけど。

 頭に蝙蝠っぽい羽がついているし、背中にもついている。たぶん上位の魔族なんだろうな。

 魔族ってもう殆ど角も翼も、特殊な部位は発現しないって言うからかなり珍しい人種なのだろう。

 アラリエルですら小さな角だけで羽も生えていないはずだ。

 ううむ……やっぱりジョーカークラスの奥さんともなると、かなり上位の魔族なんだなぁ。


「私の顔に何かついていますか?」

「あ、いえ……少し、知り合いに似ていたので」

「……あなたのお母さんに、ですか?」

「え……いやまぁ……はい」

「……ふふ、会ってみたいものですね、心から」

「でしたら、グランディアでそのままこちらの拠点に――」

「いいえ。残念ですが私はファストリアで離脱します。……私が彼女と会うのは『正しくない』と、夫にも強く言われていますから」


 そう、マザーさんが話す。

 会う事が正しくない……? ヨシキさんには一体何が見えているんだ……?

 その後、飛行機を所定の場所に移した俺は、基地の人間にくれぐれも飛行機に近づかないように念を押す。

『秋宮の機密の塊であり、これの防衛も私の契約に入っている。無断で近づく勢力は殲滅対象だ』という言葉と共に。

 さぁ、明日は運命の一日となる。俺はリオちゃんと合流し、明日に備えて最後の打ち合わせをし、この基地最後の夜を過ごすのであった。








「ユキさ……いえ、ユウキ君と何を話していたんですか?」

「ふふ、少し彼のお母さんのお話を。……どうやら、少し私と似ているという話でした」

「そういえば……義姉さんとイクシアさんは顔つきが少し似ていますね。恐らく偶然だとは思いますけどね」

「身体はイメージが強く反映され生成される。R博士はより自分の理想に近づこうと考え、今の姿に。私は……限りなく『生前の姿に近づく』ように思い、今の姿になりました。……偶然ではなかったら、それはとてもとても光栄で嬉しい事です……」

「は、はぁ……」

「気にしないで下さい、チセさん。ご飯、用意しますね」


 飛行機の中、マザーは一人ユウキの言葉を噛みしめながら、微かに頬を緩める。

 まるで、とても嬉しい話を聞いたように。

 明日、大きな作戦が決行されようとしているのにも関わらず。

 その余裕は、まさしくジョーカーの妻に相応しい物であった。


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