第百五十二話
セリュミエルアーチの術師団の来訪予定を知らされたその日の夜。
相部屋になったリオちゃんと、二人きりで作戦を煮詰めていく。
「……うん、大丈夫。この部屋に盗聴の類の仕掛けはないよ。一応、魔術で外部との干渉も妨害中。普通に話して大丈夫だよ」
「はー……いや結構肩凝るよこれ。物理的にも精神的にも」
「おっぱいおっきいもんね。それに、いくら慣れてても敵陣のど真ん中で常時その人格演じるのだって大変そう」
「まぁねぇ……結構頑張ってた方だと思うけど、リオちゃんから見てどこか違和感あったりした?」
「ううん、まったく。本当大したもんだよユウちゃん。正直ここでこっち側の人間だってネタばらしするのがもったいないくらいだよ」
「まぁ……これも魔導具に仕掛けられている術式を発見して、セリュミエルアーチの研究院の悪事が証明出来たら解消されるでしょ。俺達は間違ってなかったって……」
だが同時に考えてしまうのだ。『本当に俺達は正しいのか?』と。
『騙されているだけなのではないか』とか『良いように利用されているのではないか』と。
「たぶん、今ユウちゃんが考えてる事が分かるよ。潜入任務ってそういう疑心暗鬼との戦いだもん。ましてやユウちゃんは……私達の組織に潜入してるような状況だもん。条件を突きつけられて、それで言われるままについてきた。そういう意味だと二重の潜入だもん、精神的にも疲れて当然だよ」
「……まぁね。でも少なくとも俺はリオちゃんの事は信じてるし、ずっと憧れていた相手っていうのもあるし。一緒にいるだけでかなり救われてるよ?」
それにやっぱり見た目子供だとなんだか癒されるし、自分がしっかりしないとって思えるし。
「……照れるね。ありがとユウちゃん」
「で……今日ドームの調査もしていたみたいだし、具体的な作戦ってもう決めてるの?」
「うん、それなんだけどさ。術師団がなんらかの儀式で魔導具を取り出すのは確定。私も試しに内部を探ってみたんだけど、取り出し方が全然浮かばなかったんだ。だからまずは連中に魔導具を取り出して貰う。その時点で奪取するのがいいかなって思ったんだ。セリアちゃんも言ってた通り、確実にドームの外は防備が堅そうだし。でも、内部からドームを破壊しても、結局は外で待機している人間からの妨害が予想されるよね? だから、あくまで陽動としてドームを破壊、その混乱の中、術師団がどう動くかでこっちの動きを決めようかと思うんだ」
「って事は、脱出目的じゃなくて、外部からなんらかの方法でドームを破壊、テロリストが現れたって思わせる為に爆破するつもりなんだ?」
「うん、そういう事。今日のうちにドームの内側に炸裂術式を仕込んでおいたから、遠隔でいつでも爆破は出来る。で、その混乱に乗じて術師団がどう動くかによるかな。魔導具を渡してくれるならそれでもいいし、護衛して逃げるって形で術師団もろとも外に出す事も出来る」
……やっぱりプロなんだな。俺がおでんの話題で盛り上がってる間に、リオちゃんはもう作戦の為に動き出していたのか。
「……ただね、懸念事項もある。今回私達は『もう一つの勢力が過剰な被害を出してでも魔導具を奪い、新たな火種を地球に残す』事を避けたくて、先に奪取する為に来た。でも……」
「そのもう一つの勢力が、現れるかもしれないとか?」
「うん、そういう事。連中かなり過激派だし、癪だけど組織の規模も私達以上だからね。たぶんだけど、この連合軍にも内通者は既に潜り込んでると思う。前回の苗の破壊作戦の時だって、ロウヒ達の最終手段である『植樹地一帯の全爆破』はあっちの勢力の事前準備の上での事だったし。セリアちゃんの言っていた『兵器の配備』だって、連中なら既に済ませていてもおかしくないんだ」
マジかよダブルブッキングかよ。っていうかそういう協定みたいなのは結んだ上での今回の作戦じゃなかったのか。
「もしかしたら、私達が動くのを待ってから、連中も動き出すかもしれない。そうなった場合は、私は一時的に連中に協力する……って形で、術師団や軍隊を襲う」
「……人的被害を出す、って?」
「ううん、あくまでふり。私の事は向こうも知っているし、あっちに協力しても違和感は全然ない。こう見えて私って地球人嫌いの過激派だって思われてるから。程よく攻撃して、人命だけは助かるように立ち回るよ」
……それはなんとなく分かる。秋宮への疑念も凄かったし。
「そうなればこっちの物。ユウちゃんはユキさんとして、術師団を護衛しながらドームの外に退避、そのまま基地空港に向かう事になる。私はそれを追い掛けながら、程よくあっちの勢力を妨害。そのタイミングで、基地空港に待機させておいたあの主任さんの飛行機に私とユウちゃんが魔導具と一緒に乗り込んで離脱。うまい具合にあっちの勢力を囮に使うって寸法」
「……でも、それはあくまで第三勢力が現れる事を前提とした作戦だよね。そうじゃない場合はどうする?」
「その時は私がドームを爆破、その混乱に乗じてユキさんが術師団を護衛。基本的な流れは同じだよ、この場合は私も護衛に回るけど」
「……SSの生徒は?」
「迎撃に向かわせる。こういう時最大戦力を護衛に回すのが定石だからね。ましてや絶対に奪われたくない物を守る任務だもん、さすがに私達の方が優先的に護衛に回るでしょ」
「その辺りもSSのみんなを交えて作戦を立てておこうか」
「うん。術師団がこっちに来るのは三日後っていう話だから、明日のうちにSSの三人に話して、その後基地の責任者に提案しよっか」
「……そっか、三日後か」
「そう、三日。だからユウちゃん」
リオちゃんが、真剣な表情から少しだけ、こちらを憐れむような、そんな表情に変化する。
「もう、あの三人と親しくするのはやめた方が良い。心が持たない。前回みたいに突発的じゃない。明確に目的を持って最初から裏切る為に動いてるんだもん。そんなの、私だって嫌だ。出来るだけ関わらないようにする。私はユウちゃんが苦しむのは嫌だよ、最初は来てくれて嬉しいと思った。でも……そうじゃなかった。ユウちゃんは絶対に重荷を背負う事になる。本当は私一人でも頑張るべきだったんだ」
小さな子供なのに。まるで、こちらに言い聞かせるように彼女は語る。
それはまるで、謝っているかのようだった。
「……ううん、リオちゃんは悪くない。それこそ、俺がいた方がリオちゃんも動きやすいし、クラスメイトもリオちゃんも欠けずに済む可能性も高くなる。俺がちょっと耐えたら、みんなが助かる可能性が高くなるなら喜んで我慢するよ」
「ユウちゃん……」
リオちゃんは、何故俺の為にそこまで考えてくれるのだろうか。
どうして、そんなに俺を気にかけてくれるのだろうか。
もし、責任を感じているのなら。
俺が東京に進むきっかけを与えたのが自分だからと、そう思っているのなら。
「リオちゃん。勝手な俺の独り言だから黙って聞いて欲しいんだけど……俺は恨んでいないし、誰かに何かの責任を押し付けたりもしない。広い世界に連れ出してくれたとすら思ってる。リオちゃん、これがどういう意味か分かるよね? 俺の為に、リオちゃんが悩まなくても良いんだよ」
「……違うよ。私はね、自分が勝手に友達だって、仲間だって思った子の為になりたいだけ。ユウちゃんってさ、なんだか異質に見えたんだ私。どうしてか分からないけど……『ああ、この子はなんだか孤独に見える』って、勝手に思った。私も孤独だったからさ、ほっとけなくて」
俺が初めて訓練施設で彼女と会った時、既に俺を孤独だと思っていた……?
……いや、確かに孤独だった。イクシアさんもまだいないし、一人で暮していた。
何よりも……この世界に来てまだ間もない頃だ。
「やっぱりリオちゃんのカンって凄いね」
「まぁね。……ユウちゃん、これからも私はユウちゃんに世話を焼くよ。だから、今回も私の言葉を聞いて。もう……あの三人と親しくしないで。親しくするのは『ササハラユウキ』の役目。任務の為に裏切りに来た『ユキ』の役目じゃないんだから。ね?」
「……そうだね。ありがとう、リオちゃん」
そうだな。あんまりにも嬉しくて、懐かしくて、ついついあの陽だまりのような関係に戻りたくて、近づいてしまった。
でもそれは間違いなのだ。だから、俺も腹をくくろう。ユキは、ダーインスレイヴはどこまで行っても任務に生きる存在なのだ。
「ふぁー……眠い。ユウちゃん寝よ。明日から忙しくなりそうだし」
「うん、そうだね。あ、そうだリオちゃんの部屋、やっぱりもう一度借りてこよう。ベッド一つしかないし」
「ん-ん、私小さいから一緒に寝られるよ。ほらユウちゃん、私あったかいから抱っこしていいよ。この基地空調効き過ぎてるしさ」
あのあの、それはそれで照れるのですが。
だって……中身があのお姉さんだって分かってるので……。
「ほら早く。抱っこして抱っこ」
……自分が抱っこする側になるのは初めてでした。
朝、胸元でもぞもぞと動く気配に目が覚める。
「あ、起こしちゃった? おはよ、ユウちゃん……ユキさん」
「おはよう、リオちゃん」
「ん-……昨日は色々言ってごめんね。後少し、頑張ろうねユキさん」
「そうだね。……うん、そうですね、リオ」
内心、やっぱり子供でも美人なものは美人だなとドギマギしたのは内緒です。
寝起きのトロンとした表情が妙に色気があってびっくりしました。
「それにしても……私寝つき悪い方なんだけど、ユキさんに抱っこされるとすっごいぐっすり眠れたんだけど」
「同じく、なんというか……抱き枕よりもさらに寝心地が良かったです。温かくて」
アニマルテラピーみたいな? ちょっとイクシアさんが俺に抱き着いて眠る理由が分かったかもしれない。安心感が凄いのだ。
「んじゃ、起きたらあの三人を誘って打ち合わせをしていこうか。なるべく三人を遊撃に回す様な感じで」
「分かりました。では昨夜の打ち合わせを踏まえて提案してみますね」
俺とリオちゃんは、二人でSSクラスの三人に後程時間を作るように頼む。
俺達と違って三人にはこの基地での仕事があるからだ。
教導と装備のテスト。軍人というよりは外部からの協力者という形をとっているようだ。
一方、俺とリオちゃんは完全にお客様という状態だった。
教導に参加する義務もなく、何かの作業に従事する事もない。完全に有事の際の戦力、術師団の護衛という役割しか持たないのだ。
だから、三人が暇になるまで俺とリオちゃんは二人、基地内をぶらぶらと見て回る事しか出来ないでいた。
まぁリオちゃん曰く『有事の為に中の構造を把握しているんだよ』とのことだが。
が、俺とリオちゃんが別れて見て回っていると、案の定リオちゃんは基地の人間に盛大に可愛がられているのだった。
俺が見かけた時なんか、カフェテリアで女性の軍人さんに餌付けされていたり、昨日の自動販売機エリアで、強面の軍人さんにジュースを奢ってもらったり。
可愛いからね。この殺伐とした基地にあんな小さなかわいい子が現れたらそりゃアイドル扱いですわ。
それに、俺と違ってリオちゃんは『ダーインスレイヴに傷つけられた兵隊を癒してくれた術師の少女』って扱いだし。
で、俺はと言うと――
「……」
「し、失礼しました……」
「どうぞ……」
食堂に昼食を食べに行くと、料理を取りに来た列が全員俺の後ろに並び直す。
テーブルに向かおうとすると、周囲のテーブルからみんないなくなる。
いや、そうなるのは分かっていたんですけどね? ただこうも露骨だと傷つきます。
あと食堂、こんなに広くて人も沢山いるのに、完全に無音状態になるんですよ。
もう食べるの中断してみんな息を潜めてんの。だからさすがに申し訳ないので、料理を持ってとっとと別な場所に移動するようにしてます。
「……足りない」
ユキのキャラ的に少ししか食べないようにしているとどうしても足りない。
こちとら健康体の青少年なんです。もうちょっと肉とか芋とかとってきたらよかった。
全部食べ終わってもまだ満たされないお腹をさすりながらそう漏らすと、誰もいなかったはずの自販機置き場に何者かの声が聞こえて来た。
「でしたらこれどうぞ。基地内の売店で売ってるパンです」
振り返ると、そこにはカナメとカイ、セリアさんの姿があった。
……なんか昨夜のリオちゃんの話の手前、あんまり慣れあうのも良くない気がするんだが……うん、やめよう。
「必要ありません。足りないと言ったのは食事の量の話ではありませんから。この基地全体の緊張感の話です」
「あ、すみません勘違いして……」
「あの、緊張感が足りないって……?」
「兵隊が大人数で食堂に集まり同時に食事を摂ったり、貴重な戦力を教導に割き疲労を溜める。食事はまるでビジネスホテルのように丁寧に用意され、快適なテラスやカフェまで用意されている。これを緊迫した、現在もっとも地球上で警戒すべき場所の姿だとは思えなくてつい」
咄嗟の言い訳ですごめんなさい。やっぱりベークドポテト二つとスクランブルエッグ、ウィンナー二本とコンソメスープじゃ足りないんです。
もっとこう、ソーセージ山盛りケチャップとマスタードドバー!
コッペパン三つもってきて適当に挟んでがっつくくらいしたいのです。
「……確かに。そうですね、ちょっと緩んでるなとは思います」
「……貴方達もですよ? 私は任務として殺す……いえ、今回は捉える為に派遣されて来た。ですが貴方達はまるで知り合いが遊びにきたかのように気安く話しかけ、どこか浮かれている。学園ならそれでもいいでしょう。ですがここは、いつ誰が死んでも誰も責任を取らない。決して庇護もされない。そういう世界です」
突き放すように。遠回しに、気安く話しかけるなとでも言うように。
「……失礼しました」
「申し訳ありません」
「そう……ですね」
「今晩、術師団が訪れた際のフォーメーション、有事の際の役割について煮詰めます。基地の責任者も同席させますので、正装で出席するように」
そう言い残し、俺は食器を乗せたトレイを持ちその場を立ち去る。
これでいい。これでいいのだ。
そうして、俺は多少の胸の痛みを飲み込み、夜の作戦会議に臨むのだった。




