第百五十話
SSクラスの生徒達の主な基地での活動は、戦闘訓練の相手と、魔力を使った戦闘の指導となる。
元々、ゲートに近い場所で過ごした人間程魔力との親和性が高く、戦闘能力も育ちやすいと言われている中、この基地に集まったゲートから遠い国出身者は、日本やグランディア出身のSSの生徒に、自分達では中々つかめない魔力の扱いを学んでいるという訳だ。
で、少なくともさっき食堂で俺が言われたような『講釈垂れてるだけ』とかそういう事はなく、しっかり教導、それに戦闘訓練の相手となり、関係もそんなに悪くない、というのがカイ達を見ていて分かった事だ。
が、同時にさっきのような感情を抱いている人間も少なからずいる。
『厳しい訓練を受け、本国ではエリート軍人であった自分が、こんな子供に手も足も出なく、立場も下なのは納得出来ない』という理由だ。
……知らねぇよだったら帰れ。もしくは死ね。というのが俺の率直な意見だ。
『魔力の適正が高いだけ』ただそれにかまけて偉そうにしているだけだとでも思ってんのか。
「着きました。ここが第二演習場、一応ダメージを魔力や体力の損失に変換させる術式が使われていますが……ここではさらに五感の鈍化や筋肉の硬直、まぁ完全に動けなくなるまでダメージを肩代わりさせるようになっているんです」
「なるほど、軍事訓練用ですか。……では、ここでやりますか?」
カイの再戦の申し出を受け入れ、連れてこられたこの場所。
野外に建造された訓練場ではあるが、かなりギャラリーも集まってきている。
「……お願いします。この一年で俺はどこまで変われたのか。他でもない……きっかけをくれたユキさんに確かめて貰いたいんです」
「……良いでしょう。リオ、すみませんが貴女の部屋から大剣を持ってきてもらえますか?」
「え? ユキさんあれで戦わないの?」
「去年、私は大剣で戦いましたから。同じ条件の方が良いでしょう」
「ん-了解」
さて……あの剣で最後に戦ったのはいつだったか。それこそフロリダの任務だったか。
こっちの訓練さぼってたもんな。ただ……主に重点的に鍛えたのは魔導、魔法関連。
なら大剣でもある程度は応用が利くか。
「あの、ユキさんって大剣使いじゃないんですか?」
「元来、私はユウキと同門。当然同じ武器を使いますよ。ただ、最近まで私が扱っても耐えられる刀がありませんでしたから。それで、グランディア産の頑丈の大剣を使っていました」
「なるほど……じゃあ、今は刀が見つかったんですか?」
「ええ、ある人から借り受けています。ですが、貴方は大剣を使う私と戦った。その方が都合も良いでしょう」
俺の離反から、きっとみんなはさらに訓練を重ねて対策を立ててきているはず。
なら、油断はしない。慢心もしない。手心も加えない。全力で……潰す。
ましてや、今ここの周りには大勢の軍人が集まっているのだから。
『理解させてやる』には丁度良いだろ? おおかた、クラスメイト同士で全力の戦闘とかしていないんだろ? 中途半端に力を使って教導なんてしてるんだろ?
だから……舐められるのだ。カイも、カナメも、セリアさんも。
本当なら舐められるような事なんてあってはならない実力者なのに。
「ユキさーん! 持ってきたよー」
「ありがとうございます、リオ」
「パシらせたから後でコーヒー奢ってね?」
「ブラックで?」
「飲めるわけないじゃん。カフェオレで」
自信満々に可愛いなこの合法ロリ。
大剣を携え戦闘場の中央に進む。既に対面する位置にはカイも自分の召喚した剣を構えている。
分かる。いつもとは違うその様子は、確実に緊張している。
いや、これは緊張じゃない……隙なく慎重に、気を張っているんだ、
明らかに格上の相手に挑む為、全神経を集中しているのだ。
「……リオ、開始の合図を」
「おっけー。じゃあ……開始!」
基地内にいる非番の隊員の主な時間の過ごし方は『スポーツか訓練』。
そこに娯楽的な意図はなく、身体を鍛える事を目的としている。
だがこの日は違った。
『自分達を教導する人外めいた強さを持つ学生』と『噂に名高い秋宮の魔剣』の本気の勝負が繰り広げられようとしていたのだ。
当然、時間の空いている人間は戦闘場に集まり、また基地上層部の人間ですら、その貴重すぎる一戦、戦闘データを取る為に、戦闘場に設置されているカメラを総動員し、その様子を基地内に中継していた。
『開始!』
場にそぐわない少女の開始の合図と共に、カイは初手で自分の剣の力を解放し、一瞬で最大限距離を取る。
序盤は『見』に徹する算段なのだろう、ユキの全ての動きを観察するように視界を広くとる。
対するユキは、すでに大剣を振り抜き終わっていた。
『グッ――ああ!』
そう認識した時にはもう、カイは放たれたユキの斬撃の圧力に苦しみの声を上げ、自身の剣を弾かれながらも、かろうじてその一撃を防いでいた。
距離など関係ないのだ。ユキの放った一撃は、戦闘場全てを範囲に収めた極大の一撃。
ただの一撃で、一歩出遅れたカイを大きく怯ませ、致命的な隙を生んでいたのだ。
次の瞬間、ユキはカイが構え直すよりも先に接近、そのまま胸倉を掴み上空へと投げる。
初動も軌道も分からないその移動速度に、ギャラリーは混乱する事しか出来ないでいた。
しかし、カイだけはすぐに自分が『今自分は狩られる間際なのだ』と理解し、すぐに空中での姿勢制御を行い、更に自ら雷光を纏い、文字通り光速で軌道を変えてユキの迎撃から逃れる。
そしてそのまま、カイは雷を纏いユキの背後へと回り込み、剣による一撃を叩きこむ。
『残像だ』
まるで、その言葉を言ってみたかったかのようにユキはそう漏らすと、文字通りそのユキの身体が掻き消える。
ユウキとして習得した風の魔導『分け身風』を戦闘中に気付かれずに駆使していたのだ。
文字通り残像に剣を振り抜いていたカイのさらに背後には既にユキが回り込み、背後からチョークスリーパーのように首に腕を回し、締め上げていた。
カイの放つ雷のダメージを受けながらも、このまま勝負を決めようとさらに力を入れる。
ここは空中。故に雷と共に落下の速度をさらに上げ、ユキは締め上げたままカイを地面へと叩きつける。
すさまじい衝撃に意識を飛ばしかけたカイ。だが、ユキは執拗に追い打ちをかける。
すぐさま地面に出来たクレーターに埋まるカイめがけて、大剣を突き立てる。
ダメージの肩代わりが行われているこの戦闘場の中とはいえ、地面への衝突と追撃という攻撃は、体力、気力、五感、筋力、全てに十分過ぎるダメージを与えていた。
『……今回は遊び抜きで最初から仕留めにいかせてもらいました。誇って良いですよ、カイ君』
結果、カイは意識がある『だけ』の状態で、試合の終わりを迎えたのだった。
時間にして三分に満たない短時間での決着。それは、それだけユキがカイを警戒していた証でもあり、余裕のなさを証明する内容でもあった。
そして同時に――恐怖、畏怖を周囲に広めさせる結果となる。
「あれがダーインスレイヴ……秋宮の魔剣か。もしもあれが件のテロリスト、ササハラユウキと同等の力だとすると……確かに我々では足手まといにしかならないか」
「人力であれを狙撃する事は不可能だ。やはり同じだけの機動力を持つ人間が必須、か」
「現状、日本とハワイの二強状態だ。やはりゲートとの距離で戦闘力の生育具合に大きな差が生まれる。……つくづく、世界樹の喪失の痛手を実感する結果になったな」
基地の上層部の人間は、魔力との親和性の高い土地出身の若者達をモニタ越しに見つめながら歯噛みする。
自分達では決して到達できない高みにいる者をただ眺める事しか出来ないのだから。
同時に思う。もしも世界樹が地球の隅々まで魔力を行き渡らせる事が出来ていたならば、この状況を改善出来たかもしれないのに、と。
「……戦闘場に加えられた負荷はどれくらいだ」
「通常重力の五倍。さすがに彼女達に暴れられたら戦闘場が持たないから、と。ですが……」
「ハイスピードカメラでも残像しか収められない速度での移動速度、か。負荷をかけてこれなら……本当に昨夜や今朝、ダーインスレイヴが言っていた事は事実なのであろうな」
「……基地の人間、全員を殺す事も可能だと」
改めて植え付けられる。『自分達は恐ろしい兵器を、自分達もろとも破壊しつくす爆弾をその身に抱えてしまった』という認識を。
いやぁ……マジで油断出来ないなカイ。もう大剣で仕留めるのに拘っていられなかったよ。
なりふりかまわず締め落としたり叩きつけたり、魔導まで使う羽目になっちゃったよ。
だいぶ動きも良くなっていたし、確かにかなり成長しているな、本気で。
「お疲れ様、カイ君。失礼するよ」
「――ぁ、はぃ……」
地面からカイを引き起こし、抱き上げて外に運んでやる。
「リオ、回復をお願いします」
「はいはい。ここに降ろしてね。……凄いねぇユキさん、ここまでやるなんて」
「ここまでする必要があった、とも言えますけれどね」
「そだね。見た感じセイメイの妹より潜在的な強さは上じゃないかな?」
「ええ、そうでしょうね。アーティファクトの力も使いこなせているようですし」
「うんうん。セイメイの妹はまだその辺りが出来てないもんねー」
え、一之瀬さんの刀にもなにか特殊な力とかあるの?
……マジかよ、今でもかなり強いのにあの人。
「う……勝てるとは思っていませんでしたけど、こんなにあっさりと……」
「前回はイベントとしてある程度盛り上げる必要もあった上、君の説得もあったからある程度試合をコントロールしたに過ぎない。が、今回は割と最初から本気で戦わせて貰いました。試合のコントロールが容易ではなくなった分、成長していますよ」
紛れもない本心だ。カイは確実に強くなっている。
俺が異常な速度で成長しているだけで、もしかしたら最終的に到達出来る位置だけなら、カイの方が上なのかもしれない。
……俺に武器のブーストとかないし。
「良い試合だったよ。カイ、凄いよ。ユキさんがなりふり構わずに仕留めにいったのは僕も見ていて分かったし。まぁ逆に言うと……それだけ手札を沢山持っているって事なんですよね、ユキさんも」
「魔導、あれってアイツも使ってた魔導ですよね……ユキさんの方が上手に使っていましたけど」
「そうですね。アレは大技の為に使っていたと聞いています。ですが、これは小技にこそ向いている魔導ですから。極限の状態、互いに高起動で戦っている最中なら、効果的です」
ぶっちゃけ初めて試したんですけどね。いやぁ……分身っぽい事出来るなら一度はああいう事してみたいじゃないですか。
かなり安定して使える様になったし、これならもっと他にも応用が利きそうだ。
「いいなぁカイ。ユキさん、僕とも試合してもらえませんか? 出来れば本来の武器で。大剣じゃなくて刀を使うんですよね、ユウキ君と同じく」
……それはだめだ。たぶん手のうちを探りたいんだろうけど、カナメはちょっと油断出来ない。
ここで手札を晒すのはちょっと避けたいな。
「……自惚れを。私が本来の得物で戦えば勝負にすらならない。君がカイ君よりも強いのだとしても、試合にならない。それとも君は大剣を使う私になら勝てると言っているのかな?」
少しだけ、威圧を。困ったときの氷の微笑と威圧。
「……失礼しました。好奇心にかられた失言です」
「分かってくれましたか。本来、私は依頼以外で武器を取る事はありません。今回は……去年の依頼の続き、事後処理として戦ったにすぎません。きっと、私が貴方達にこの剣を向ける事は今後ないでしょう」
嘘は言っていない。次に剣を向ける時は、あの刀で。
再びみんなを裏切り、世界の敵となるその時だ。
「ん-……カイだっけ? 具合どう? もう感覚とか戻った?」
「あ、ああ……ありがとうございます」
「いいよ敬語なんて。ところで……背中の感触どうだった?」
「は?」
「だから、ユキさんに絞められた時。おっぱいぎゅーって押し付けられてたじゃん」
スパーン! リオちゃんの後頭部にダイレクトアタック。
あんまりからかうなよ! 俺までなんか気まずくなるじゃん!
こっちはなんか厚手の衣装の上から押された感覚しかないわ! これ肉襦袢みたいなもんだから!
「変な事を言うのはやめなさい」
「いだい! あ、大剣そのまま持っておく?」
「お返しします。もう私が使う事もないでしょうから」
ふとカイの方を見てみれば、なにやら座り込んだまま呆然としていた。
なに、お前はお前でどうした。
「……何も覚えてない……戦いに夢中で……なんてもったいない事を……」
「カイサイテー」
「うん、さすがに本人の前でそれはないよ」
ないな。いやこいつが空気読めないのは今に始まった事じゃないけど。
「……今回は役得とはいかなかったな」
「あ! いや、すみません!」
しかしまぁ……これでとりあえず基地の保有戦力の大体の目星はついたかな。
後はグランディアから魔導具の回収が来るのを待ち構えるだけか。
「では、施設の案内をお願い出来ますか? 出来れば護衛対象である植樹地の確認もしておきたいのですが」
「分かりました。カイ君もそろそろ立って準備してよ」
「ああ、了解した。はぁ……やっぱり強いなぁユキさん」
「ま、私もミコトちゃんと二人がかりでウォームアップに付き合った事あるけど、全然敵わなかったもん」
さて……じゃあ後は施設の確認と魔導具のありかを確かめておくとしようか。
こうしてふれあい交流をしているというのに、自分は刻一刻と裏切る為の準備を進めていると思うと、僅かに胸が痛む。
その思いが顔に出てしまったのだろうか、意外にもそれを指摘してきたのが――
「ユキさん、少し顔色がよくないですね。このまま案内を始めても大丈夫ですか?」
「え? いやユキさんが俺と戦ったくらいで調子を落とす訳ないだろ?」
カナメ……お前本当油断出来ないな。
「あー、ユキさんも私と同じで深夜に移動してきたんだもん、まだ多少は身体が疲れてるんじゃないかな? ね?」
「……そうですね、きっと疲労が残っていたのかもしれません。もう大丈夫ですよ、行きましょう」
リオちゃんありがとう。
すると、出発した三人から少し離れてリオちゃんが小声で話しかけてきた。
「……大丈夫?」
「はい。あの程度の試合でダメージは負いませんよ」
「ん-ん、違うくて。精神的な方。ユキさん、ちょっと気が滅入って来てるでしょ?」
「お見通しですか、さすがプロですね」
「……後で部屋割り変えて貰って私と一緒にしようね」
……本当、この子には敵わないな。