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第百四十九話

「ここが食堂です。今の時間はまだ隊員の皆は集まっていませんが、七時ジャストにほぼ基地の全員がここに集まります。一応、俺達は別な食堂も用意されているんですが、別に一緒でもいいかなって思ってここで食べる事も多いです」

「なるほど。ところで、他の二人のクラスメイトの方達は?」

「カナメとセリアももうそろそろ起きてくると思いますよ」

「そうですか。では、暫くここで待ちましょうか。どの道、今日は皆さんに基地の案内をお願いするのですから」


 早朝。まだ人のいない食堂でカイと二人で席に着く。

 ……そうだな、カイだけの方が都合もいいか。色々聞いてみるとしよう。


「現状、あの愚弟を討伐するにはSSクラス全員の力が揃っていてもまだ不足でしょう。ですが、何故その状況であえて戦力を分ける事、一之瀬さんを海上都市に残す選択をしたのでしょうか?」

「っ! ユキさんは……やっぱりユウキを倒す為にここに来たんですか」

「当然です。今のアレを倒せるのは私しかいません。本来であれば見敵必殺のつもりでしたが、どうやらアレと話したいと考えている人間も多いようですからね。半殺しで確保するつもりですよ」


 俺がそう答えると、カイは目に見えてがっかりしたような表情をこちらに見せた。


「……残念です。ユキさんならもしかしたら……ユウキの事をまだ信じてくれていると思ったのに……」

「……あれはこの地で貴方達に剣を向け、世界を敵に回し、世界樹の苗を破壊した。その事実はどうあっても変えられない。逆に聞きます、どうして貴方はまだあの愚弟を信じる事が出来るんですか?」


 疑問。そうだ疑問だ。一之瀬さんもキョウコさんもそうだ。どうして俺をそこまで信じられる。


「そんなの簡単ですよ。彼は僕達の中の誰よりも強く、頭が良い。この場合は機転が利く、判断力に優れているって意味ですけどね。そんな彼がここまでの事件を起こした背景にこそ、重大な真実が隠されている。そう思ったんですよ、少なくとも僕は」


 その時だった。カイに代わり、他の人物が俺の問いにそう答えた。


「カナメ……! ああ、そうだよな! ええ、そういう事です、ユキさん」

「……なるほど。ですが、彼女はそうではないようですね?」


 けれども、カナメと共にやって来たセリアさんだけは、どこか暗い表情で、言い難そうに口を開く。


「私は……ユキさんと同じ。出来れば……殺してやりたい」

「ええ、それが正常な反応です。特に貴女の場合は」

「私の事……知っているんですか?」

「伊達に裏の世界に生きていませんよ。貴女の出自もしっかり把握しています」

「……そうですか。ユキさんは、逆にユウキを殺せるんですか?」

「ええ、殺せますよ。幼年期を共に同じ地で過ごし、競い、戦い、同じ釜のご飯を食べ、同じ物を見て、同じ道を志して生きて来た、大切な家族を殺せますよ。弟のように思っていた弟弟子を、何の躊躇もなく殺せますよ。だから、貴方達だってただ一年いただけのクラスメイトなんて簡単に殺せますよ、きっと。そうでしょう? セリアさん」


 ……煽る。これは八つ当たりだ。セリアさん。

 悪いのは俺だけで、これは八つ当たりだよ。


「……どうして、殺せるんですか?」

「さぁ、それは私がこういう世界の人間、プロだからでしょうか。貴女達も今こうしてプロの世界にいる。『前回』のような学生の授業の一環ではなく、軍に属する人間としてここにいるのでしょう? 殺せないと話になりませんよ」

「……そう、ですよね」


 まだ……まだ迷ってくれる? まだ、俺を殺す事に迷いを抱いてくれるかな?

 セリアさん。君にとっての世界樹がなんなのか、まだ俺にはよく分からない。

 でも……もし、まだ迷ってくれるなら。そこに希望はあるのかもしれない。

 ……凄くムシのいい話だけど。


「……少なくとも、ユキさんは生け捕りにするつもりなんですよね。だったら……今回は殺しません」

「そうですね、その方が助かります」


 それから、互いの近況報告……もちろん俺の方は嘘の報告をしていると、食堂に人が増え始めた。

 すると、案の定昨日の俺の到着、即ち噂に聞く魔剣にして猟犬、ダーインスレイヴの基地到着の話題に溢れていた。

 無論、昨夜の威圧や、これまで俺が行って来た任務に尾ひれがついたような噂話も。



「……去年、ハワイのテロで島のテロリストを皆殺しにしたらしいからな」

「例のササハラユウキ同様、秋宮の奥の手の一つらしいな」

「あんなレディにそんな事が出来るのかね……」



 居心地が悪い!


「そろそろ朝食の時間ですね。流石にリオを起こしに行った方がいいですか」

「あ、それなら俺が行ってきます!」


 すると、再びカイが立ち上がり、あっというまに食堂から消えてしまった。

 ううむ……なんという忠犬ぶり。友人として少し複雑だぞ俺。

 カイを見送ると、今度はカナメが静かに話しかけて来た。


「さっきの話、僕達も途中から聞いていたんですけど。秋宮から正式な依頼としてユウキ君を捕縛しに来たんですか?」

「元々は私の意思で断罪する為に来たのですが、ユウキの話を聞きたいと願う人間が思ったよりも多いので方針を変えました。どの道、殺そうと思えばいつでも殺せますから」

「凄い自信ですね。ユウキ君、凄く強くなっていますよ」

「ふむ……それは楽しみですね」

「……確かにアイツ、凄く強かった。私達全員で挑んでも……勝てなかった」


 そうだ。そして俺は改めてそこで認識した。俺が異常だという事を。

 異なる世界から来たから? フィクションの光景を明確にイメージ出来るから?

 理由はよく分からないけど、ただ俺は強いという事は分かってしまった。

 リオちゃんも言っていたではないか『化け物は人の世界で生きられない』と。

 もしかすれば、俺の今の状況は元々運命づけられていたのではないだろうか?

 ……いや、そんなわけあるか。これは……この世界で暗躍する人間達が生み出した結果だよ。

 少しだけ自分の運命を呪う、なんて逃避にも似た考えが脳裏を過ぎる。


「ユキさん?」

「失礼、少し考え事を。さて……ここの食事はどういう形式なんですか?」

「ああ、それならバイキング形式ですよ。ほら、あそこで器を受け取って――」

「なるほど、把握しました」


 よし、飯食って頭をリセットしてこよう。

 リオちゃんを待たずに、俺は隊員の列にそのまま加わる。

 ほら、露骨に恐がらない!


「お……おはようございます、ミス・ユキ」

「おはようございます」


 あ、でも話しかけてくれた。

 うんうん、さすが軍人。変な委縮されるよりよっぽど良い。


「……軍の食事は質素だというのは噂に過ぎなかったのか……」


 料理のテーブルを見ると、そこにはスタミナの付きそうな肉や魚、なんだかおいしそうなジャガイモの料理や、山盛りのゆで野菜が用意してあった。

 さすがにジャンクフードな感じのメニューはないが、非常に美味しそうだ。

 とりあえず欲望のまま肉を山盛り持って行きたいところを、グッと我慢して魚と野菜をバランスよく持ち帰る。

 ユキのキャラじゃないからな、さすがに肉の山盛りは。




「おい、アンタ本当にダーインスレイヴなのか? シュヴァ学の生徒なんじゃないのか?」


 戻る途中で一つのテーブルを貸し切っている、ややちゃらい印象を受けるグループに話しかけられた。

 そういえばこの人達……普通に日本語話してるな。やっぱグランディアと関わる事が多い軍人はみんな習得してるって認識でいいのかね。


「いいえ、違います」

「んじゃなんだ? 秋宮のお使いか? アンタらはいいよな、特別待遇だ。今食おうとしてるそれだって、本来なら毎日厳しい訓練を積んでる俺達の為にあるもんだ」

「そうですか」


 え、なに。カイ達って嫌われてんの? 基地での待遇が良いのが妬まれてんの?


「偉そうに講釈垂れてるだけのガキが、俺達の憩いの場でデカい顔すんなって話だ。それ持って専用の部屋に引っ込んでてくれないか?」


 こういう時、きっとジェン先生がいれば最初に立場を分からせて、みんなが過ごしやすい状況を作ってくれるんだろうな。

 ……どうせ、荒事になればこいつらだって俺の敵だ。なら――


「ほう、そうか。なら――」


 貫手で男の膝と肘、手首を一瞬で完全に破壊してやる。


「ぎゃああああああああああああ!」

「喉は残してやる。良い宣伝になってくれよ、雑兵。お前達が今生きていられるのは私がここで丁重に扱われているからだと自覚しろ」


 階級なんて存在しない立場。が、少なくともここの責任者が俺に傅いている以上、こう動く。

 下手に出るって事はこういう事をされるかもって事だよ。

 こういう言動に出る人間がいるって事は教育が行き届いてないって事なんだよ。

 ユキはあくまで猟犬、ダーインスレイヴなんだって、ちゃんと分からせないといけないんだよ。


「聞こえるか。これが立場を弁えない人間の末路だ。以後、私相手にふざけた口を開く人間は全員こうなると知れ」


 どうせ、ここを去るんだ。敵として。

 どうせ、仮の姿なんだ。ユキというのは。

 どうせ、猟犬と呼ばれているのだ、今の自分は。

 だから尊大に、傲慢に、冷徹に、好きに振舞ってやる。


「私がここに来た段階でもうお前達にはなんの存在意義もないと知れ。マイナスになるようなら、ここで全員終わらせてやるがどうする」


 宣言してやる。全員、もう出番はないのだと。

 無駄な存在なのだと。

 戦力として期待なんてされていないのだと。

 俺はリミッターを調整し、そのままダーインスレイヴのスーツに身を包む。


「ヒ! ホンモノだ……ホンモノのダーインスレイヴ……!」

「なんだ、疑っていたのか? ほら、朝食だがこれが最後の晩餐だ。味わって食べろ」


 食堂に集まっていた数多の兵隊が皆、動かず俯いていた。

 ……これで、いいか。


「……リオ、来ているのならこの馬鹿な隊員に治癒の魔法を」

「あー、バレた? もっと見ていたかったのに」


 いつの間にか食堂の端、カイと共にテーブルについていたリオに向かいそう声をかけると、なんだか楽しそうに駆け寄って来た。


「うーわ……これ素手でやられたの軍人さん?」

「ひっ!」

「大丈夫、治してあげるから。傷口綺麗だからね、これなら私でも綺麗に治せるよ」


 素手でやったのに、まるで砲弾が高速で貫通でもしたかのように、綺麗に抉られている傷口。

 そこが見る見るうちにリオちゃんの魔法で復元、治癒していく。

 それを確認したところで、ダーインスレイヴの装備を解除し、元の部屋着バージョンユキに戻る。


「……以上、新入りの小娘によるデモンストレーションでした。以降、くれぐれも言動にはお気を付けください」


 そう最後に締めくくり、テーブルに戻るのであった。




「……なにも、あそこまでやる必要はなかったんじゃないですか」

「何を言っているんです。兵力としてここに来た立場ですよ、私も貴方達も。ユウキ相手に肉の盾にすらなれないような役立たずの為に私や貴方達がここにいる。それは紛れもない事実。プロなら自分の立場に責任を持ちなさい。自身を過小評価する相手に委縮してどうするんです」


 カイが苦言を呈する。が、今回のこれは必要経費なんじゃないか?

 たぶん、ユキじゃなくてユウキとしてこの場所にいたとしても、似たような事はしたと思う。


「仕方ないよユキさん。この子達はまだ一応名目上は学生、つまり素人なんだから」

「プロの戦場にいるのならそれは言い訳になりませんよ。リオ、貴女だって同じ事をしたでしょう?」

「うーん……私器用じゃないから素手だと普通に焼き殺しちゃうね。そういう意味だとあの軍人さん運がいいねー」


 やだこの幼女恐い。


「っ! あの、昨日から気になっていたんですけど……この子は一体……?」

「私の相棒ですよ。今回は面倒な戦いになりそうでしたので」

「あ、相棒!? ユキさんの!?」

「そ、相棒。ユキさんの相棒なんて私くらいじゃないと務まらないからねー」


 ふむ? リオちゃんちょっとこれカイの事煽ってるな?

 さすが中身は大人の女性。カイの感情を読み切ったと見た。


「お、俺だって前より強くなったんですよ。それこそユキさんと並べるくらいにはなれたと……足手まといにならないくらいには」

「いえ、それはないでしょう。だって……貴方達は愚弟に敗北したのでしょう? リオは、少なくともユウキと互角以上に戦えるはずですから」

「まーユウちゃんと互角かはどうか分からないけど、ほらええと……セイメイの妹。あの子程度なら思いっきり手を抜いた状態でも勝てたし」


 あ、ちょっとそれカイに言うのはどうかと。同門だし……。


「なんだと!? ミコトを馬鹿にするなよ……子供とは言えユキさんの言葉を借りるならここは本物の戦場だ、口には気を付けろ」

「いえ、事実です。リオの実力を測る為リオと一之瀬さんは模擬戦を行いました。……残念ながら、現段階の彼女の技量ではリオにかすり傷すら与えられませんでした」


 フォロー……のつもり。


「……嘘、ですよね?」

「流石にちょっとそれはショックなんですけど、僕も」

「……リオちゃんって言った? 貴女、人間じゃないよね? 魔力が普通に子供のそれじゃないの、分かるよ」


 カイとカナメが疑る中、セリアさんだけはリオちゃんの異質さに気が付いたようだ。


「さっすが元聖女候補。隠すつもりはないけど、魔力の質に気が付いたんだ? 一応、魔族とかエルフの血も混じってる一族の出なんだ。だからまぁ、キミと同じくらいは生きてるよ、これでも」

「……へぇ、ユキさんの相棒だからてっきり地球人なのかと思った」

「ざーんねん、グランディア人でした。ちなみにユウちゃん、今回のターゲットとも昔戦った事あるよん。まだ高校生だったけど。私の圧勝」

「え? ……あ! もしかして君が訓練施設でユウキ君を倒したっていう子供?」

「ありゃ? ユウちゃんから聞いてたんだ? そ、私がユウちゃんを倒した子供です。まぁ見た目だけの話だけどさ」


 おいおいリオちゃん随分とオープンだな……。


「……世界は広いんだな……カナメ、やっぱりグランディアって凄いな」

「そうだね。これは僕も地球に拘ってる場合じゃないかも」


 そうして、他のみんなも朝食を取りに向かう。

 先程のやり取りの所為で、もう食堂中お葬式ムードで、もうこちらに絡んでくる人は一切いなくなったから大層静かな朝食になってしまいましたが。


「リオ、バランスが悪いですよ。お肉でお腹を満たそうとするんじゃありません」

「えー……だってこのベーコン凄く美味しそうなんだもん」

「お芋と野菜も食べなさい。昼食からは意識するんですよ」

「はーい」


 なだろう、ちょっとイクシアさんの気持ちが分かったような気がする。

 これが……母性? いやいやいや! 俺男だから! 父性だからこれ!


「……いいなぁ」

「カイ君、心の声漏れてる。けど、ちょっとギャップが凄いよね」

「まぁ面倒見が良さそうだとは前から思ってたけど、私は」

「いえ、リオは特別です」


 ちょっとカイ。さすがにあんまり慕うのはやめた方良いぞ。この後敵対するんだから。


「あの、今日は俺達の教導ってないんですよ。施設の案内があるので。それで……その、ユキさんに折り入ってお願いがあるんですけど」

「どうしたんですか?」


 すると、先に食事を食べ終えたカイが遠慮がちに提案してきた。


「その……もう一度、俺と戦って欲しいんです。俺への教導として、そして……以前と俺は変われたのか。それを確かめる為にも」


 再戦の、申し出だった。

 ……そっか。そうだな、俺だって同じ立場なら挑んでいただろうな。

 それこそ、リオちゃんに俺が勝負を挑んだのと同じ気持ちだろう。

 こりゃ、首を横に振る訳にはいかないか。

 俺は、その熱い視線を真正面から受け止め、しっかりとこう答えた。


「良いでしょう。あれから一年、どこまで強くなったのか、私が確かめてあげます」


 ――と。


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