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第百四十八話

「カイ君、理事長の秘書さんから連絡来てるよ。追加の人員だってさ」

「ん-? なんでまた。正直一般の兵士が増えてもユウキの相手にならないだろ?」

「うーん……それが今回は『二人』だけの追加だってさ。もしかして一之瀬さんと香月さんもこっちに合流するんじゃないかな」

「なるほど、香月さんも一緒なら護衛も出来るね。アイツが来てもみんな一緒なら安心だね」

「……そうか、ミコトとキョウコが……」


 オーストラリア、エアーズロックの姿を見ることができる元植樹地周辺には、急造の軍事基地が建造されていた。

 各国の軍人、私兵団が集められている、現在地球上で最も軍事力が集中しているその場所で、元SSクラスの生徒達は、最大の兵力として基地に詰めていた。

 近いうちにグランディアから客人が来ると知らされていたメンバーは、その際襲撃に現れるで刺客に備え、日夜訓練に明け暮れ、時には他国の軍人にも教導を行っていた。


「空港の出迎えは必要ないかな?」

「基地の方で手配してくれるだろ? こっちも一応予定は空けておくけど。もしかしたら基地の発着場に直接来るかもしれないし」

「大丈夫かな? こっちに移動中にアイツが飛行機落としたりしないかな?」

「……セリア、流石にユウキは一般人の被害者は出さない。今まで一人でも出した事があったか?」


 相変わらず、セリアはユウキに対して『人でなしの犯罪者』のように扱う発言を繰り返している。

 が、カイもその言葉には少々腹をすえかねたのかそう反論する。


「……あったに決まってるでしょ。世界樹が失われて一般の人の未来がどれだけ失われたと思ってるの? いい加減にしてよカイ。犯罪者の肩を持つような人間、ここにいないほうがいいと思うけど」

「っ! なんだと!? ……分かった、もういい」

「うーん……まぁ現状は『苗が失われただけ』なんだけどね。セリアさんごめんね、地球の大半の人間にとってはその程度の認識なんだよ。こればっかりは文化の違いだから、そこを突いて文句を言われるのはちょっとね?」

「……そう。そうだね、違う世界なんだもんね。言い過ぎた」


 確実の摩擦が生まれ始めていたSSクラスの生徒達。

 それは、まとめ役でもあったミコトやキョウコの不在も無関係ではないのかもしれない。

 そして何よりも……生徒達を導く存在がこの場にいない事。ジェンが学園を去った事が一番大きいのだろう。

 そうして、生徒達は本日も基地の軍人相手に教導と言う名の訓練を行い、一日のスケジュールをこなしようやくの憩いの時間を得るのであった。

 基地内での立場は高くとも、あくまで学生であるカイ達には、しっかりと勉学に励む時間、休憩時間、そして休日も用意されており、夜には生徒だけで固まり、夕食を摂る事も出来ていた。

 ……ただし、ユウキの話題だけは諍い、争いの元になるとお互いに理解している為、極力口には出さないのだが。


 そんな暗黙の了解の中、少し遅い夕食を摂る一行。


「日本のカレーって海外でも人気なのか? 月に二回はカレー出てくるよな」

「たしか、海上自衛隊でもカレーの日があるらしいよ」

「……私は美味しい物が定期的に出るなら満足だけど」

「まぁ俺も不満はないんだけど、不思議でさ。……コウネがいたら大変だったな」

「確かに。コウネならきっと他の軍人さんの分足りなくなるくらい食べそうだし」

「今頃何してるんだろうね、コウネさんもアラリエル君も」

「コウネはたぶんグランディアで情報を集めているんじゃないか? 俺はよく知らないけど、有名な家なんだよな?」


 この場にいない他のクラスメイト。

 グランディアに戻ったという二人について語る。


「コウネの家は私の大陸でもたまに名前を聞くよ。私は行った事がないけど、大陸南にある旧都の式典にも呼ばれたりするんだ。たぶんだけど、ジェン先生とコウネは顔見知りだったんじゃないかな」

「へぇ、僕はグランディアには研修以外だと……そうだね、僕が召喚した武器に所縁のある町に一度呼ばれた事があるけど、それっきりかな。本当に行ってすぐ戻って来ただけ」

「俺はセリアが今言った旧都方面にある街に行った事があるぞ。大きなコロシアムがあって、しょっちゅう闘技大会が開かれてるんだ」

「へぇ、僕も興味あるな、そこ」

「ああ『ヴィオズガーデン』? 有名だよ、神話時代から戦士の聖地として語られてる。カイの髪がそうなったのも、あそこで戦ってた時だっけ」

「今となっちゃ黒歴史だけどな」


 しばしの無言。

 分かっているのだ。この話が続けば、どうしてもユウキに繋がってしまうと。

 かつて、己が道を踏み外しそうになった事。それを身を挺して正そうとしたユウキ。

 カイはそれを全てしっかりと胸に刻んでいるからこそ、今もユウキを信じたいと思っているのだ。


「あ、そういえば。現状、秋宮の主戦力である僕達を含む私兵がこの基地に集められているのに、あのお姉さん、ユキさんはここに呼ばれていないんだね」

「確かに……ユキさん、今どこにいるんだろうな? 最後に会ったのは……たぶん、アメリカの実務研修だよな」

「……うん、そうだね」

「ユキさん……俺達、あの時随分と迷惑かけたからな。もし会えたら……謝らないとな」


 同時に思い出す。『あの時、何故自分達はあんな無茶な事をしたのか』を。

 セリアですら、押し黙る。自分が憎いと思い、今も憎しみを向け続けている相手を、自分がどう思っていたのか。自分達はユウキを心から大切に思っていた事を思い出して。


「あ、ここにいましたか、ミスタヤナセ! 確か貴方がSSクラスの代表者だったはずですよね? 追加人員の方々が基地に到着なされたので、顔を出してもらえませんか!」


 少ししんみりした空気が流れ始めたその時だった。

 軍の人間がカイ達を呼びにやって来た。


「結構早いな。たぶんミコト達だよな。二人も出迎えに行こう」

「そうだね」

「うん、二人の事案内しなくちゃだね」




 発着場では、既に小型機が着陸し、基地の責任者達が総出でその人物が降り立つのを待ち構えていた。

 その物々しさに、カイ達は『たかが生徒二人を出迎えるのにこんなに人が集まるのか』と疑問を抱く。

 だが事実は違う。

 基地の人間に伝えられていた報告はこうだ。


『秋宮の猟犬ダーインスレイヴが派遣される。失礼な態度を取れば、フロリダで起きたという大惨事の二の舞になるかもしれない』。


 そう、フロリダで起きたジョーカーの暴虐の一部は、ダーインスレイヴの物として各国の情報部には伝わっている。

 いや、むしろ『人的被害を出したのはダーインスレイヴの方だ』とも言われている。

 事実、あの実験施設にいた人間の大半はダーインスレイヴことユウキに殺されている。

 ジョーカーは死体の散乱する施設を海とゲートごと破壊しただけなのだ。

『だけ』というのも語弊がありそうではあるのだが。


「な、なんだ……ミコト達じゃないのか……?」

「ふむ……ちょっと僕も想像つかないかも」

「理事長が直接来たのかも」


 飛行機のドアが開き、その第一歩が踏み出される。








「……なるほど、随分と大仰なお出迎えですね」

「うわ、すっごい立派な基地」


 いやまぁ、俺ことユキがダーインスレイヴなのは既に通達済みだとは聞いていたんですけどね、俺ってこういう扱いなの?

 立派な衣装きた軍人さんやらが整列して待ち構えていたんですけど。


「し……失礼を承知でお伺いします。貴女が……秋宮から派遣されて来た……ダーインスレイヴ殿で間違いないのでしょうか」


 その立派な軍人さんが、戸惑うようにしてこちらに声をかけてくる。

 ううむ……ここは威圧しておくべきか。そうだよな、しておくべきだ。

 こんな小娘相手に夜遅くに集められたってんじゃ今後の対応も変わってきそうだ。


「なるほど。こんな小娘だとは思っていなかったと。――七秒といったところですか」


 身体強化を。威圧を。敵意を。周囲全てが敵なのだと。

 実際、この先俺はここにいる全てと敵対するのだから。


「は……七秒……とは?」

「ここにいる全員を殺すのに必要な時間ですよ。――ダーインスレイヴは抜き身の私。折角鞘に収まってここに来たのに、その名で呼んではもらいたくありませんね。どうか『ユキ』とお呼びください」


 溜めに溜めた全ての気を解放するようにしてそう言い切ると、瞬時に全ての軍人の身体が僅かに蠢いた。

 たぶん銃でも構えようとしたのかな。でもそれを寸前で止めた。

 俺も、業腹だけど秋宮の人間として沢山の組織を潰して来たからかな。こういう威圧、殺気を出す事が出来るようになったんだ。

 ……ちょっと複雑だけど。


「失礼……しました……ようこそ、植樹地防衛基地へ……」

「はい。失礼ですが、まずは先に部屋へ案内してもらえないでしょうか。連れが疲れてしまったようですので」


 リオちゃん、時差の為とはいえ結構睡眠時間削って調整してくれたから、かなり眠そうだ。

 たった二時間の時差でも、お子様には辛いんだろうな。こっちじゃもう二三時だし。


「分かりました。既にこちらで活動しているシュヴァインの生徒の皆さんに案内を任せております」

「分かりました。感謝します……軍人さん」

「あ、失礼しました! 私はこの基地の責任者――」

「いえ、必要ありません。もしもの時は敵対するかもしれない相手ですから。多国籍の連合軍……地球でまさかそのような物が生まれるとは思ってもみませんでしたよ。どうか再び、私の標的にならない事を祈っています」


 たぶん、ロウヒさんの組織だけじゃない。俺が潰して来た組織には、当然どこかの国の軍関係者だってまぎれていたのだろう。

 潜入任務は連携が大事。その連携を全て無視し、手あたり次第潰して歩いたのがユウキなのだから。

 まぁ、ユウキとして活動していた時の事だから、ユキやダーインスレイヴとしては無関係なんですけどね。

 でも、今はそれでいい。『ユウキ同様の事をしてきた人間』と思わせる事が出来たらそれでいいのだ。


「さて……お久しぶりですね、柳瀬君にセリアさん。そちらの君は初めましてですね、吉田君」


 案内役として連れてこられていたのは、やはりSSのみんなだった。

 ……怪我とか後遺症はなさそうだな。あの一戦、いくら術式の中とはいえ、本気で戦ったから心配していたんだ。


「ま、まさかユキさんが来るなんて……! お久しぶりです!」

「お久しぶりです」

「初めまして……という事なんですか?」

「『ユキ』としては」

「……その節はご迷惑をおかけしました」

「あ……俺も、すみませんでした」

「……ご迷惑をおかけしました」


 そっか。そうだよな、あの時の実務研修でもユキ、ダーインスレイヴと顔を会わせてるって認識なんだよな。


「……私の先程のやり取り、聞いていたのならその話はなしです」

「あっ、すみません。じゃあ……案内しますね」

「よろしくー……めっちゃ眠い……」

「リオ、もう少しの辛抱です」




 基地内の様子は、やはり急造という事で独特の空気が充満していたが、同時にこの場所が重要な場所だという自負を基地そのものが持っているような、緊迫した物だった。

 時刻は二三時。基地内を行く人間は少なく、既に殆どの通路や施設は消灯時間となり本格的な案内は明日以降という話になった。

 俺とリオちゃんはそれぞれ別な部屋に通され、一先ずは就寝……という事らしい。

 明日は六時に起床、軽いミーティングをした後にカイ達と今後についての打ち合わせと基地の案内、と。


「……部屋に監視の類は無しか。はぁ……それでもしばらくはこの姿のままだろうなぁ」


 そうして、まずは基地への潜入を完遂させた俺は、そのままベッドに横たわり瞳を閉じる。

 案外、敵地の中だというのに図太いのかね……ちゃんと眠くなってきた。






 控えめなアラート音に目を覚ます。

 どうやら、ベッドに内蔵されている目覚まし時計か何かのようだ。

 もしかしたらこれで兵士は全員決められた時間に起こされたり、緊急招集されたりするのかもしれないな。

 身支度を整えていると、部屋に控えめなノック音がした。


「どうぞ」

「失礼します!」


 入って来たのはカイだった。うーん……目に見えて緊張しているように見える。

 やっぱお前あれか、ユキになんかこう、言いようのない感情でも抱いているんですかね?


「まだ朝食の時間には早いんですけど、食堂の場所を案内した方が良いと思いまして!」

「……なるほど。しかし先に言うべき事はこっちでしょう。『おはようございます』カイ君」

「あ! おはようございます、ユキさん!」


 とりあえず挨拶を。しかしみんな毎日こんなに早くに起きてるのかね、やっぱり軍隊って規則正しいんだな。


「それで、リオ……私の連れはもう起きているんですか?」

「あ、いえ、流石に子供をこんな時間に起こすのは……昨日は夜遅くに到着したので」

「なるほど。お気遣い、感謝します」


 リオちゃんにはもう少し眠っていて貰いましょうか。

 そうして俺は、既に基地全体が目覚めを迎え、慌ただしく活動を始めている朝の中、カイと共に食堂へ向かうのであった。


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