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第百四十七話

「本気ですか?」

「ええ。正直、総帥もSSの生徒だけであの愚弟を止められるとは考えておいでではないでしょう。私は姉弟子の責任を果たすべく戻ってまいりました」

「同じくユキさんに協力を要請されたのが私だね。ユウちゃん強いもんねー」

「こちらにいるリオの実力は、私と同程度です。恐らくあの愚か者、ユウキが現れた場合、確実に捕縛する事が出来るでしょう。処遇は……私としてはその場で処分してしまいたいところではありますが、身柄が必要でしたらお渡しします」


 最もリョウコが言って欲しかったであろう言葉を告げる。


「……しかし、関係者故の情が湧いてしまっては満足に戦えないのではありませんか? 貴女がユウキに手を貸す可能性も捨てきれません」

「それはありえる話です、塵ほどの可能性ではありますが。血は繋がってはいませんが、同門のよしみです。ですが……私が裏切る可能性と、現状の戦力でユウキを捕えられる可能性。それら考えた上で、総帥の決断に私は従いましょう」


 最終決定を委ねる。

 少なくとも、ユウキとして俺は他のSSクラスの人間全てと、ジェン先生を相手に逃げ切った。

 さらにはあの時、聖女としての力を振るうナシアもいた。

 今回はあの時以下の戦力。いくら軍事関係者が増えたとしても、SSクラスの人間に届かない戦力がいくら増えても、俺の相手じゃない事くらい、こいつも分かっているはずだ。


「……良いでしょう。ユキさんのオーストラリア派遣を認めます。そちらのリオさんの実力はこちらで今一度計ってみたいところですが、どうでしょうか?」

「リオ、お願い出来ますか?」

「ん-、了解。それが私も派遣してくれる条件なんでしょ? 何したらいいの?」

「では……そうですね、一之瀬さん、協力をお願いしても宜しいでしょうか?」

「……了解しました。つまり、彼女と戦って見せろ、ということですか」


 ふむ。これは俺も興味があるな。少なくとも俺はリオちゃんが戦っているところ、昔俺と戦ってくれた時の一戦しか見たことがない。

 一之瀬さん相手にどれほど戦えるか非常に興味深い。


「お、セイメイの妹と戦えるの!? へー! 楽しみ!」

「む、君は兄を知っているのか?」

「名前だけはね。あっちで活動してる人間で一之瀬の名前を知らない訳ないじゃん。確か、一之瀬って昔シェザードから別れた流派なんだよね? 興味深いなー」


 そういえばそんな話もあったような。

 あれ? って事はあれか、一之瀬さんにも僅かにシェザードと同じ血が流れてるって事か。

 で、そのシェザードにも微かに魔王……ヨシキさんの前世の血が……?

 俺のクラスってヨシキさんの関係者多すぎない?

 いや、逆か。ヨシキさんの血に関係してる一族は強い力を宿しやすいって訳か。

 リオちゃんと戦える一之瀬さんを羨ましいと思いながら、俺達は研究所内にある戦闘場へ向かうのだった。




 そこは、懐かしい場所だった。

 以前はニシダ主任の研究区画だった場所にある戦闘場。

 かつて、俺が坂田研究員と模擬戦をしたり、俺のデバイスを開発する為に戦っていた場所だ。

 今ではニシダ主任の研究区画は丸ごとなくなり、ただの訓練施設のようになってしまっていた。


「おや? ここは以前ニシダ研究主任のラボだったと記憶していますが、配置換えですか?」

「いえ、ニシダ主任は一身上の都合により休職なさるそうです」

「……なるほど」


 それでラボが消えるわけがないでしょ。こりゃマジで辞めたんだな。

 早速控室に向かい、リオちゃんが背負っていた大きな包みから、俺が使っていた大剣を取り出す。


「な……それはユキさんの剣では」

「ええ、以前は私が使用していました。ですが、今回は私も本気で挑む為に本来の武器を使う事にしました。故に、大剣はリオに譲りました」

「本来の……ですか」

「ええ。それに……リオは恐らく私よりも大剣の扱いに秀でています」

「……分かりました。胸を借りるつもりで挑ませて貰います」


 リオちゃんも、どこか懐かしむように大剣を構え、一足先にフィールドへと向かう。

 それに続き、一之瀬さんも召喚した武器を携えフィールドに。


「では、我々はここからモニターで観戦と行きましょうか」

「はい」

「……どちらもデバイスではないのは少々惜しい気がしますわ」

「リオは、元々はデバイス使いでした。ただ、彼女程の使い手に耐えられる物がなく、結果的に私が剣を譲る事で解決しました」

「……なるほど。やはりグランディアの実力者に耐えうるデバイスを生み出す事がこれからの地球のメーカーの課題になりそうですわね……」


 キョウコさんはどこででもキョウコさんだな。ちょっと安心した。

 そんな中、二人の対決が始まる。

 開始の合図と同時に、リオちゃんと一之瀬さんが同時に駆けだす。


『速いねお姉さん!』

『君もな!』


 一瞬で詰まった間合いの中、先に剣を抜き放ったのは一之瀬さんだった。

 かつて、進級試験で見せた、ほぼ目に見えない速度での連続抜刀。

 超近距離で、どうやって鞘から刀を抜いているか分からない程の動きだが、確かにそれを――


『うーわ器用過ぎ』

『……君が言うか』


 リオちゃんが、まるで剣を盾の様に構え、全て凌いで見せていた。

 ただ構えて防いでいるだけじゃない。微かにリオちゃんの大剣がブレて見える。

 まるで、刀が触れた瞬間、大剣をブレさせて弾き返しているかのようだ。

 が、次の瞬間、大きな金属音が響き、今まで攻めていたはずの一之瀬さんが、大きく刀を弾かれのけ反ってしまっていた。

 すかさずリオちゃんの大剣が一之瀬さんの首に突きつけられ、それにて――


『試合終了。お二人とも戻ってきてください』


 ……攻撃らしい攻撃なんてしてなかったぞ、リオちゃん。

 あの技量の高さは……ちょっと常軌を逸したレベルだ。

 かろうじて見える程度の一之瀬さんの連撃を、完全にインパクトの瞬間まで見極めていたって事だよな。


「……有り難うございました」

「こちらこそありがとね。刀の使い手と戦う事なんて滅多にないからいい経験になったよ! 凄いねぇ……まだ一九かそこらなのに」

「ははは……君に言われると皮肉や冗談に聞こえてくるよ」

「あ、そっか。安心して、私こう見えて結構歳とってるから。特異体質ってヤツ」


 あ、それ言っちゃうのか。……まぁ若返っているとか縮んでいるって言わなければ問題ないのか?


「む、そうなのか……ユキさん、本当ですか?」

「はい。リオは恐らく私よりも長く生きているでしょう。先祖にエルフの血が流れているのかもしれませんね」

「なるほど……エルフの身体特徴を持たないハーフも稀に生まれると聞いた事があるが……失礼した、リオさん。私はてっきり……」

「いいよいいよ。自分でも子供だって特権活用してるとこあるし。んじゃま、総帥さん? 私もユキさんと一緒に派遣されるって事でいい?」


 今の戦いぶりを見たリョウコは、こちらでも簡単に心を読める表情を浮かべていた。

 ……取らぬ狸のなんとやら。絶対に今『良い手駒、戦力が一気に二つも手に入った』とか考えているんだろうな。顔半分をあのお面で隠している癖に、あまりにも表情を読みやすい。

 ……リョウカさんとは大違いだ。


「ええ、勿論お願いします。二人には……そうですね、既にオーストラリアに派遣している私の私兵団に追加人員として派遣させて頂きます。先に派遣されたSSの人間にも伝えておきましょう」

「感謝します。必ずや、ご満足いただける結果を残して見せましょう」


 よし! これで第一の目的は達成されたか……!

 じゃあ次は……。


「総帥。ユウキの住んでいた家の捜索はもう済みましたか?」

「ええ。ですが、特に外部との繋がりを示唆するような手掛かりは見つかっていません。よほど周到に計画していたか、はたまた突発的な物なのか。私は、恐らくどこか他の場所に別な拠点があるのかと考えていましたが、残念ながら彼の実家も当時はリフォームで業者が立ち入っていた関係で、不審な動きはまったく見られていませんでした」


 よかった。実家まで荒されていたらと思うと……咄嗟に感情が爆発していただろうな。

 けどそうか。裏山の家の方はもう捜索されてしまっていたのか。


「総帥。もしかすれば私だけが気が付けるようなサイン、ユウキの違和感を見つけられるかもしれません。一度、私にもあの家を捜索させて頂けないでしょうか?」


 さぁ、次は鞘の回収だ。


「なるほど……そうですね。では、念のため監視を付けさせてもらいますが、それでよければ」

「了解です」


 そう簡単にはいかないか。

 監視の目を盗んで鞘の回収……いけるだろうか?


「では、監視として一之瀬さんと香月さん、同行して頂けますか?」

「分かりました」

「構いませんわ」


 あ、この二人ならいけそうだ。






 家に向かうには学園の敷地内を通り抜けるのが手っ取り早い。

 が、なんだろう。またこうしてこの敷地の中に入ってこられるのが、嬉しいというか……でも同時にこんな立場じゃないと入れない事が、少しだけ悲しい。


「では、ササハラ君の家の鍵は私が預かっています。案内致しますわ」

「いや、ユキさんは一時期あの家に泊まっていたそうだ」

「ええ、場所は知っています」

「そうだったのですね。……やはり、分かる事があると思っているのでしょうか」

「……あれは方便です。逆に、私がユウキだけが気が付ける、何かメッセージでも残そうかと」

「と、いうと」

「……いきなり殺されるのは可哀そうでしょう。少なくとも、私が敵に回ったと先ぶれを出しておこうかと。一之瀬さんの読みでは、ユウキは一度ここに戻るかもしれないと考えているのでしょう?」

「……はい。必ずとは言いませんが、可能性は高いかと」


 うん、正解。たぶん、今回は鞘の回収が目的だけど、それがなくてもここに立ち寄れないか試そうとはしていたと思う。

 家の敷地に辿り着くと、そこには枯れた作物が広がる畑が野ざらしになっていた。

 雑草も伸び、誰も手を入れていないのが分かるその光景は、やはりこちらの胸を少しだけ抉るようで。

 キョウコさんが家の鍵を開けると、今度はとても懐かしい、家の匂いがした。


「私、ユウちゃんの家に入るの初めてだよ」

「……そういえばそうですね」


 前は玄関先だったしね。

 一通り家の中を探索する。

 冷蔵庫の中は、元々からっぽ。俺が一人で過ごすようになってからというもの、料理なんてしなくなったし。

 多分秋宮の人間が探索したのだろう、多少物の配置が変わっている。だが、荒らされている様子はなかった。


「……何か、ありましたか?」

「いえ、仏壇を見ていました。お線香だけ上げておこうかと」


 仏壇も、無事だ。水も花も変えられないけど、お線香だけはあげておこうかな。

 爺ちゃん、婆ちゃん、父さん。暫く戻ってこられないけど、許してな。


「お知り合いだったのですか?」

「……まぁ、私もユウキも幼い頃からの付き合いでしたから」

「……何か、メッセージを残すという話でしたが、ササハラ君と本当に敵対出来るんですの? 私には、ユキさんがとてもササハラ君を大切に思っているように見えます」

「大切ですよ、半身と言っても差し支えありません。しかしそれとこれとは別問題ですから」

「……私にはやはりまだ割り切れません。ササハラ君にはきっと何か事情が――」

「キョウコ。……それくらいにしておくんだ。ユキさんはきっと全てを正しく理解した上でこの結論を出したのだろう」


 いやぁ……なんか思ったよりも空気が重いっすね……。

 キョウコさんも一之瀬さんも……思いのほか俺の事をまだ信じているみたいで……ちょっと意外というか、申し訳ないというか。


「ねー! ユキさん冷蔵庫の中にあった缶ジュース飲んでもいいと思うー?」


 あ、空気ぶっ壊れた。


「結構あるよー、他に何も入ってないけど。……なにこれ、秋宮コーヒーサイダーだって」

「……良いのではないでしょうか」


 あ、それ去年映画館で飲んで結構おいしかったから俺が注文したヤツだ。

 そういや冷蔵庫の中に放置していたな。思いのほか量が多くて。


「皆さんはここで一服していてください。私はユウキの部屋を見てきます。せめてもの姉心です、さすがに同級生の女子に男子の寝室を無断公開するのは可哀そうですから」

「む、そういうものなんですか。ではお待ちしています」

「ええ、きっとその方がよろしいでしょうね」


 さてはリオちゃん、これを見越して! ……んなわけないか。


「うげ……不味くも美味しくもない……」

「ふむ……私はそこまで嫌いじゃないな」

「私は……もう少し炭酸を弱めた方が良いと思いますわね」


 あれ? 案外不評? 俺あれ好きなんだけど。




「……なるほど、この部屋が一番念入りに探られたか」


 寝室だけは、明らかに人の手が入ったのが一目でわかる有り様だった。

 学園の教本や俺のノート、そして私物のノートパソコンも根こそぎ持ち去られている。

 なんらかのメモや暗号、秘密の通信を疑うなら、これらの物品が一番怪しいもんな。

 だが、俺は潔白だ。何も後ろめたいことなんてない。ノートPCの検索履歴だって問題ないぞ。

 いかがわしい物は家では絶対に調べないから。


「……あった。ただの鞘だもんな、気にするはずもないか」


 机に残っていた、相変わらず重たい鞘を回収し、俺のリミッター内部の空間に収納する。

 ここ、そこまで沢山物が入らないから、たぶんこれ以上は物が入らないだろうな。

 ……何かイクシアさんの私物でもお土産に持って帰りたいところだけど。


「階段下の物置……また入ろうかな」


 なんだか、知らない人が見たらまるで俺がイクシアさんを虐待してるみたいだよな……。

 もしもこの家に戻ってこられたら、今度こそイクシアさんにはちゃんとした部屋で過ごして貰わないと。




 居間に戻る途中、階段下物置を覗いてみると、以前はあったイクシアさんの走り書きやメモ、壁を埋め尽くしていた紙片がすべて回収されてしまっていた。

 それに日記まで。……ちょっとイラっときたぞ、これは。


「……あ、これ」


 そんな中、手付かずある物が壁のハンガーにかけられていた。

 俺が、去年母の日にプレゼントしたエプロンだ。これくらいなら持っていけるかな……?


「よし、いけた」

「なにがいけたの? ユキさん何か見つかった?」

「……リオ、驚きました。ええ、必要な事は全て済ませましたよ」

「そっか。じゃあ、一度秋宮の研究所に戻ろっか」

「そうですね」


 鞘も、ついでにエプロンも回収した。もう、次にここに戻って来る時は全てが解決した時……だよな。


「二人とも。私がすべき事は全て終わりましたよ。どうやらユウキの何かしらのメッセージはどこにもないようです」

「そうでしたか……あの、ユキさんはユウキになんと残したのでしょう」

「少し、気になってしまいますわ」


 そうだな……うん。


「『……また戻って来る』と。その一言だけです」

「……なるほど。それで充分、ササハラ君への警告になるのですね」

「私と一之瀬さんはこの先も海上都市にいます。ユキさん不在の中彼が現れたら、何か伝言はありますか?」

「いいえ、大丈夫です。……さぁ、戻りましょうか。総帥に報告に向かわねば」


 そうして、海上都市で俺がやるべき事は全て終わった。

 後は……カイ達のいるオーストラリアに向かうだけ……か。


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