第百四十六話
気まずい! 空気がもう死んでる! なんでこんなに広い海上都市なのにピンポイントでエンカウントするん!?
「……では、この親子丼を」
「私も同じ物で」
二人が注文を終え、再び場を沈黙が支配する。
いや、いいんだ。ユキは積極的に話しかけるキャラじゃないから……!
「ねーねー、二人はユウちゃんの友達だったんでしょ? ユウちゃんって学園でどんな感じだったの?」
リオちゃん!? そこ話振るとこなの!?
「っ! ん、まぁ……そうだな。友人だ。しかし、君は一体」
「私? 私はユキさんの相棒だよ。今回の任務はきっと大変だろうからって、ユキさんに頼まれたんだ」
「はい。今回はどうにかして愚弟を誅する事を目的とし、現在最も警戒されていると言われているオーストラリアの植樹地へ向かおうと考えています。ですが、さすがに一人では心もとないと思い、リオを相棒としています」
方針変更。こちらの目的を二人にも伝えておく。
この二人なら、リョウコに連絡を取る事も出来るはずだ。
「ユキさんの相棒……?」
「ええ。少なくともリオは……SSクラスの人間よりも強いでしょう。何よりもユウキと顔見知りでもあります。虚をつくことも可能では、と考えました」
「ま、私小さくて可愛いもんね?」
自分で言うかこの人は。いや、可愛いけど。イクシアさんあたりが見たら本当にメロメロになりそうだけど。
「……本当ですか?」
「シュヴァインに入学する以前の話になりますが、リオ相手にユウキは手も足も出なかったという事実があります。そして……恐らく、私とリオが戦った場合、勝負はどうなるかわかりません。ユウキを仕留める以上、出し惜しみはしません」
「……本当に、ササハラ君を殺すつもりなのですわね?」
「多少の言葉は聞きましょう。ですが、納得しようがしまいがあの愚弟には相応の報いを受けさせるつもりです」
対面する二人が喉を鳴らす音と、料理が運ばれてくるのはほぼ同時だった。
「比内地鶏釜めしご注文のお客様ー」
「あ、私のだ!」
「私もです」
「比内地鶏親子丼をご注文のお客様ー」
「私だ」
「私です」
さぁ、まずは一度ランチタイムにしましょうか。
これは、なんなのだろうか。
私が今見ている相手は、一人の剣士、戦士としての、ある種の極地にいる相手なのだろうか?
「リオ、まずはこのしゃもじでご飯をよく混ぜるんですよ」
「へー。あ、底の方焦げちゃってるよ?」
「そこが美味しいんですよ。鶏肉はユウキの好物でもあります。ユウキ自身、鶏の炊き込みご飯や親子丼は好物だったんです」
「へー! ユウちゃんもったいないね、こんなお店が近くにあったのに」
「存在は知ってはいたのでしょう。……んむ、美味しいですね。これを味合わずにこの世を去るのはいささか不憫ではありますが」
「お墓にお供えしたらいいよ、きっとユウちゃん喜ぶよ」
異常。平然と、楽し気に、当たり前に、その人物の名を出しながら、その口でその死を絶対の物として語る。
そんなもの……そんなもの……異常だ。
だが同時に、私はその片鱗が彼、ササハラ君にも確かにあった事を思い出していた。
……一年前。実戦戦闘理論の研究室に入る為の試験。
あの時見せた彼の行動は……今目の前にいる二人とどこか似た物ではなかったか?
無感動に人の命を奪う。何の迷いもなく人の命を奪う。感情を殺すでもなく、人としての当たり前を損なわずに人を殺す。
そう、目の前にいる二人と、彼は同じ……なのではないのか?
「先程の続きですが、お二人はまだ日本にいたという事は、やはり秋宮はSSクラスをオーストラリアに派遣するつもりはないという事でしょうか」
「……いえ。私が辞退しました」
「……なるほど。見たところそちらの香月さん、でしたか? 貴女はどちらかというと戦闘員ではないようにお見受けします。つまり、一之瀬さんは彼女の護衛……という事でしょうか?」
「結果的にはそうなりましたわね」
彼女も、ササハラ君がキョウコを害する為に海上都市に戻って来ると考えているのだろうか。
先程の考えで気が付いてしまった。
私の中でササハラ君を『平然と人を殺す化け物』ではないかと思い始めている事に。
……聞いても、良いのだろうか。だがもし肯定されてしまったらどうすれば……。
「もし、私がササハラ君を警戒して、キョウコを護衛しているとしたらどう思いますか?」
好奇心ではなく、私は自分の精神衛生の為、その問をしてしまった。
「ふむ……それは随分と愚弟を低く見積もりましたね、としか」
「……私では相手にならないという意味ですか?」
胸が、痛む。
否定して欲しかったのに……!
「いえ? 愚かな選択をした愚弟ではありますが、あれは己が見出した正義の為にしか動かない。そしてあの愚弟は……どんな立場になろうとも、己の友の命を奪うという事は決してしない。貴女は、あの愚弟が香月さんの命を奪う可能性について私に問うたのでしょう? さすがに、それでは愚弟が哀れです。あの愚かな弟は、それでも忠義と正義は失ってはいないでしょう。故に……『愚弟の心意気を低く見積もるな』と言っています」
……そうか。
そういう意味か。
良かった……そうだ、彼は殺戮者などではないのだ。
「……そうですか。ええ、私も本気でそうは思っていません。ですが、私は仮にササハラ君が地球に戻るのなら、この場所に必ず立ち寄ると考えました。故に、ここに残っています。彼ともう一度……話す為に」
ユキさんは……ササハラ君を殺すと言っている。でも……それはきっと、全てが真意ではないのかもしれない。
彼女もまだ信じているのだ。彼の行動には、私達には知りえない何か正義があったのだと。
……信じよう。私も今一度信じよう。
「……良い読みです。ええ、きっとあの愚弟はここを訪れる。もし、あれと出会ったら何を聞きたいのですか? もしも、私が先に出会った場合、代わりに聞いておきましょう」
あ、焦ったー……もうちょっとで心折れそうになったんだけど今。
俺がキョウコさんを殺しに来る? いやいやいや! それは絶対にありえない!
俺は敵対しても絶対に命を奪ったりしませんから!
……でも、あの時セリアさんだけは……いや、ナシアも……。
「……私は、ササハラ君にただ一言『私達の為なのか?』と聞きたいです。きっと様々な事情、条件、環境が重なったのだとは思います。ですがその中に……たとえ敵対してでも、私達の為という気持ちがあったのではないかと思えてならないのです。……彼は、いつだってそうだったので」
「そうですわね。半ば希望ではありますが、私もそうであって欲しいと考えていますわ。……どうか、彼の事を宜しくお願い致します。命を奪うではない……何か他の道を見つけてくださいまし。貴女ならきっと、それが出来るのでしょう?」
そっか。少なくともこの二人は……まだ俺の事を信じてくれているのか。
嬉しいな、凄く嬉しい。
「ユキさん笑ってるねぇ? やっぱりユウちゃんは自慢の弟だもんね?」
「……まぁ、自慢ではありませんが良き愚弟ですよ。伝言、確かに頼まれました。ところで話が変わるのですが、現在、総帥との直接のやり取りを担っている専用回線が使用不能に陥っています。どちらか、総帥にアポイントを取って頂けないでしょうか?」
「それは構いませんが……専用回線が使用不能とは」
「総帥は機密性を維持する為、通常は自身の直通の連絡先を定期的に変えています。ですが、私だけは専用の回線があったのです。しかし、植樹の前から直通回線が使えなくなっていました」
布石だ。
今、直接総帥が偽物だと二人に告発しても、絶対に通らない。
それどころか日本を含め、一部の国はリョウカさんを更迭、リョウコを総帥に据える事を良しとして動いていた。
ここで直接真実を伝えたら、二人も国にとっての敵になる可能性もある。
……だからいつか、真実を自ら追い求める時、そのとっかかりになってくれたらいい。
もうみんなだって慎重に事を運ぶ大切さ、クライアントが大きければ相応の危険もあると知っている。
だから、いつか自分で見つけて欲しい。
「そうですね、大体七月の後半から総帥とは連絡が取れないでいました。故に、今回は植樹の事件を知るのが遅れてしまいました。ですので、再び秋宮の懐刀として動くため、総帥と連絡を取ってもらいたいのです」
「……分かりました。私はラボと直接やり取りが可能な立場にいます。理事長と連絡を取ってみますわね」
さて、ここからは俺が頑張らないと。
リョウコを騙し、俺を信用させオーストラリアに派遣させる……リョウカさんは『今なら騙せる』みたいな事を言っていたけれど。
二人は食事を済ませたら、元々秋宮の研究所へ向かう予定だったらしく、理事長はここ最近学園に顔を出してはいないそうだ。
ならば丁度良いと、俺も二人に同行する事になったのであった。
海上都市内をこうしてまた歩けるとは思っていなかったな。
周囲を観察しながら研究所を目指していると、リオちゃんが話しかけてきた。
「……何とは言わないけど、ユキさんよく我慢したね。やっぱり凄いよ」
「……まぁ、そうですね」
俺に言っているのだろう。自分が、友達を殺しに戻って来るのではないかと思われた事について。
一之瀬さんは冗談だと、本心ではないと言っていたけど、たぶん誰かしらがそういう懸念を抱いていたのだろう。
そしてそれは……きっとセリアさん、なんだろうな。
あの時、本気で俺を殺そうと向かって来たセリアさんの表情を思い出し、少しだけ胸を刺す痛みが奔る。
……でもそれは仕方のない事なんだよな。
気が付くと、俺は研究所の前に到着していた。
そのまま、最深部へと通される。
随分と不用心というか……一応『ユキ』の存在は知られているのなら、実はまだ『ユキ』がリョウカさんと繋がっているとは思わなかったのだろうか?
「失礼します。ユキさんをお連れしました」
『入ってください』
一之瀬さんに先導され、総帥の部屋に入室する。
「お久しぶりです、総帥。連絡を取る手段がなく、帰還の報告も出来ず申し訳ありませんでした」
開口一番、こちらから謝る。さも『元々戻るつもりだった』とでも言うように。
「ええ、お久しぶりです。少々立て込んでいたため、こちらも連絡が取れない状態が続いていました。後程、新しい通信手段を渡しておきます」
「感謝します。それで……今回、急遽帰還したのは、地球で起きた例の事件に対応する為です。現状、総帥はどのような対策を進めているのでしょうか?」
どう取られても問題のない質問。まぁこの場合は世界樹の事と受け取るだろうな。
「世界樹の件ですか。目下、グランディア側に今回の実行犯を引き渡す為に作戦行動中です。今はSSクラスの生徒の一部を派遣しています」
「一部、ですか?」
キョウコさんと一之瀬さん以外、という意味だろうか。
「既にシェザード家長女であるコウネさんは、ご実家からの要請により学園を休学、本国へ帰還されました。またアラリエル君は保護者である幸田家からの要請もあり、同じくグランディアに帰還。ですので、柳瀬カイ君と吉田カナメ君、セリアさんの三名がオーストラリアで任務にあたっています」
……そうか、あの二人はグランディアに戻っているのか。
つまり俺とリオちゃんは……カナメとカイ、セリアさんを警戒すべきと。
「つまり、再びオーストラリアに件のテロリストが現れると総帥もお考えなんですね?」
「ええ。ユキさん、貴女もそう考えているからこそ、戻って来たのでしょう? 今までどちらにいたのです」
「……? 総帥の御命令通り動いていただけですが」
はい揺さぶり。ユキは元々存在しない。だからリョウカさんは『平常時ユキは地球にいない』という事にしている。
つまりユキの所在なんて元々どこにも存在しない。だからこの質問に意味はない。
さぁ、自分でぼろを出すといい。ここには一之瀬さんもキョウコさんもいるのだから。
「っ……そうですか。では、今報告をして頂いても良いでしょうか?」
やっぱ無理か。
俺は一先ず嘘の報告を並べる。
「はい。グランディアの諸国の動きについての報告ですね。現状、ファストリア大陸では政府の主導を握る魔導学園理事長が、地球との交流に関して、否定的な立場を一貫して通していますね。今回の事件以前から、学業以外での交流には積極的ではありませんでしたが、今回の件でどう動くかは未定です」
これは、元々リオちゃん達の組織が調べていた事をちょっとアレンジして語っただけだ。
「詳しくはこちらのリオにお尋ねください。現状、もっとも水面下で動いているのはセリュミエルアーチの研究院でしょう。リオ、報告をお願いします」
はい。そこ露骨にめんどくさそうな顔しない。
ちょっとは協力してくだされ。
「少し待ってください。私はそちらの少女とは初対面だったと記憶していますが? 紹介して頂けますか?」
「そうでしたね。以前よりグランディアでの活動をバックアップしてくれていた情報屋、のような組織の用心棒を勤めています。今回、どのような任務であれ激戦は必須と考え、協力を要請してきました」
「なるほど、そうでしたか」
そうなんです。納得してください。
まぁ……薄々感じていたが、この女は相当に今参っているのだろうな、というのは分かった。
もう、ひしひしと伝わって来るのだ。『この戦力に私は指令を下す事が出来るのか?』という、まるで目の前に玩具を置かれた子供のような気配が。
「ん-、初めまして総帥さん。一応、研究院に怪しい動きはずっとあったけど、たぶんそれは秋宮の人間、総帥さんの方も承知の上の事なんだよね? ずっと接触してたし」
「っ! ……ええ、そうです」
「けどま、今回の事件で決裂したのかなーって思ってたんだけどさ、なんだか研究院側はそこまで焦ってるようには見えないっていうか、他に何か目的でもあるみたいな動きがあったね。で、たぶんもう連絡来てると思うけど、近々魔導具の回収に来るみたい」
揺さぶるというか、結構攻めるなリオちゃん。
恐らくリョウコは最初からセリュミエルアーチとグルだったのだろう。
少なくとも、世界樹の植樹に関しては裏でセシリアと共謀していたはずだ。
が、自分が実は利用されていた立場だとは夢にも思っていなかったのだろう。
リオちゃんが『セリュミエルアーチと秋宮が元々関わっていた』と発言した時、一瞬リョウコの表情が強張ったのを見逃さなかった。
そしてたぶん……キョウコさんも気が付いたはずだ。
「報告は以上です。我々は、来たるセリュミエルアーチの魔導具回収に立ち会い、万が一魔導具を奪う為に乗り込んでくるかもしれないテロリストに対処する為に戻って来ました」
「ユキさん曰く、テロリスト側は魔力が潤沢なグランディアでエルフ相手に勝負を挑むような愚策はしないだろうってさ。だから、もしも魔導具を奪うなら地球だって考えてるんだって」
「はい。ですので、今回総帥に、私とリオをオーストラリアに派遣して貰いたく直接伺いました」
さぁ、これが聞きたかったんだろう、リョウコ。
……こいつは、リョウカさんとは違う。逆境に……弱い。