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第百四十五話

「ここからは時間との勝負よ。地球上でのステルス展開は最長で二〇分。それまでに海上都市周辺海域に突入、そのまま海上都市の空港から少し離れた場所……丁度秋宮のリゾート施設にある理事長のプライベートドックへ向かうわ」

「騒音とか大丈夫なんですか?」

「大丈夫、隠密性も重視しているからこそ飛行機本来の駆動部分を極力減らして、ほぼ魔力で動いているのよ。まぁ……義姉も元々『こっそりグランディアに行く為』っていう理由で作った物だから」

「リゾート施設ってアレでしょ? 遊園地みたいなの。私行った事ないんだよね」


 無人島で魔神龍との邂逅を果たした翌日、地球時間の午前十一時に現地入りを果たす。

 元々海上都市は、その性質上外部からの侵入に極端に厳しく、それは水中、空中も同様らしい。

 なので、本来人が立ち入れない時間帯に侵入するのはほぼ不可能だそうだ。

 案の定、そのセキュリティ面もR博士の協力により作られたシステムが担っているそうだが。

 故に、人の往来の激しい時間帯に、堂々と侵入を試みたという訳だ。

 その作戦でもやはりもたもたしていては自衛隊や秋宮の私兵に見つかってしまう。

 俺達はステルス効果が残っている間に、そのアミューズメント施設に併設されたドックに着陸を果たしたのだった。




「私は暫くこのドック……というか基地に待機しておくわ。貴方達は変装、身体の変化が終わり次第……そうね、ここからは二人に任せるわ」

「……うん、私は終わったよ。はー……身体が軽いけど、やっぱり手足短いなー」

「すみません、こっちはもう少し待ってください」


 貨物室で懐かしの肉体、身長一五〇台の世界に戻ってしまいました。

 さて……ここから素足にしか見えないシークレットブーツと変装魔導具、そして香水、女物の私服……下着含むを身に着け、意識を切り替えないと。

 いやぁ……ユキになるのはどれくらいぶりだろうか。


「最後にもう一度確認。まずはユウキ君の家に赴き、初期兵装の鞘を回収。もう一つ、どうにかして現秋宮総帥、リョウコさんとの接触。可能ならばオーストラリア派兵を勝ち取る。以上、質問はあるかしら?」


 大丈夫、ない。リョウコとの接触は直接研究所や本社ビルに向かうよりも……本来ならいつもの流れ通り、学園に向かうのがベストか。


「問題ありません。まず初めにシュヴィンリッター本校舎へ向かいます。いきなり我が家に行くのは相手方に不信感を与えてしまうでしょう」

「……ええ、そうね。ではここからは行動は貴女にお任せします“ユキ”さん」


 意識を切り替える。

 今の俺は……『弟弟子の離反に静かな怒りを秘めた姉弟子』を演じる『裏切る事を前提に帰って来たエ―ジェント』だ。

 二重の演技……いける。


「リオ、準備が出来次第外へ向かいますよ。ニシダさん、ここの外はそのまま遊園地の敷地内という事で良いのでしょうか?」

「ええ、丁度ショップエリアの搬入口に出るわ。今の時間なら人の出入りも少ないはず」

「へー……本当に別人だ。身体も顔も声も……」


 飛行機から降り基地の外に出ると、そこはコンテナの沢山積まれたエリアの非常口だった。

 そのまま人目を避けつつ、観光客が犇めくショップエリアに合流。


「おー……凄いねユキさん。時間があったらお買い物したいくらいだよ」

「そうですね、いずれ自由に動ける日も来るでしょう。その時が来たら是非」

「……うん、なんか調子狂う。じゃあこれからどうしよっか?」

「そうですね、今の時間はスクールバスの時間からも外れていますし、一度どこかで昼食を摂りましょうか」

「え? いきなりご飯?」

「ええ。今日は日曜日です、スクールバスが次にこちらに来るのは午後からとなっています。効率を考えても、今のうちに栄養を補給しておいた方が良いでしょう」

「そっか、了解」


 そうして、リオちゃんと二人、ここから一番近い飲食店がひしめく区画、港区へと向かう。

 目指すは……うん、そうだな。郷土料理が食べられる場所にしようか。肌寒いし。

 我が県は鍋料理が名物なのだよ。たぶん食べるの五年ぶりくらいだと思うけど。


「案内宜しくね、ユキさん」

「ええ。くれぐれもはぐれない様に、リオ」








 シュヴァインリッター総合養成学園。

 約三か月前に起きた植樹式襲撃事件により、各国の軍人や政府関係者が監視する事となり、同時に全教員の身元の再調査、人員の入れ替えも行われ、以前よりも遥かに『軍事的』な色が強くなってしまったその場所で、日夜生徒達は勉学、訓練に明け暮れているという。

 だが実際、SSクラスに所属している生徒以外にとっては、学園での生活に大きな変化はなく、しいて言うならば学園を去った講師が受け持つ研究室の生徒が、新たな教育、教導の変化を感じている程度であった。

 だが、シュヴァ学のブランドイメージが低下したのは事実であり、同時に秋宮の権力が失われ始めた事もあり、生徒達は在学中にも関わらず、積極的に企業や他国からの勧誘を受けるようにはなっていた。

 そんな中、SSクラスはその生徒の殆どが学園を去ってしまい、現在学園に通っているのはキョウコとミコトの二人だけになってしまっていた。

 故に、二人はSSクラスではなく、Sクラスに編入される、という形で学園生活を送っていた。

 そんな二人がSクラスに馴染む事は難しく、自然と二人が一緒に過ごす時間も増えていった。

 故に、今日は日曜日であるにも関わらず、そんな二人が共に秋宮の研究所に向かう為に行動を共にしていたのだった。


「いつも申し訳ありません、ミコトさん。休日なのに私に付き合わせてしまい」

「いや、構わない。どの道私も秋宮の研究所には用事があった。それに……セリアの言ではないが、君の護衛も兼ねているんだ。ここ海上都市も、以前に比べて外部からの人間が増えているからな。……私も君も、元SSクラスという肩書は、人を寄せ付けてしまう」

「……そう、ですわね。ふふ、でも本当にササハラ君が私を暗殺に来ると思っているのでしょうかね? セリアさんは」

「……どうだろうな。彼女は……誰よりも世界樹を愛していた。だが同時に……とても、とても優しく賢い人だと思っている。だからあの有り様は……少々違和感を覚えてしまう」

「……そうですわね」


 二人は、遠くに見えてきた本土と海上都市を結ぶ橋を見つめながら、去年初めて行われた実務研修の事を思い出していた。

 ユウキの自己犠牲とも呼べる活躍。そして報道された……犠牲になった生徒という誤報。

 あの時、人目も憚らずホテルで大泣きしたセリアとサトミの二人。

 その時の気持ちが、本当に全て消えてしまったのか。そう、考えずにはいられないのであった。


「……今でも、私は信じられないんですの。私達は誰も命を落とさなかった。いくら術式に守られた中での戦闘とはいえ、こんな甘い結果を残すとは考えられない。少なくともあの時、私達が戦ったササハラ君は、私達とは隔絶した力を振るっていたというのに。そこに、何か意味があるのではないかと思わずにはいられないんです」

「そう、かもな。だがそれは希望的観測が多分に含まれている事くらい、キョウコも分かっているだろう?」

「……はい」


 二人は、初の実務研修で歩いた道を行きながら、それぞれの胸のうちを語る。

 橋の手前の港区。当時は一緒に行動こそしていなかった二人だが、それぞれ思い出を、ユウキと共に過ごした時の事を語り合う。


「……そういえば、確か私達の班はこの港区で昼食を摂ったのだったな」

「そのようですわね。実は私も――私も、後日ササハラ君と一緒に来た事があったんです」

「ほう……二人はそこまでの仲だったのか」

「……ふふ、違います。彼のデバイス、鞘の換装の為に我が家の経営するデバイスショップへ行った戻りの事です」

「なるほど。……そうだ、少し昼食をここで摂っていかないか?」

「そうですわね、丁度良い時間ですし、今ならまだそこまで混んでいないでしょう」


 少しだけしんみりした空気を打開しようとミコトがそう提案する。

 すると、どの店にしようかと辺りを見回していた二人が、ある一件の店で視線を止めていた。


「“熊あります”とな。……ふふ、そういえば以前はこの店、営業していなかったな」

「というと、実務研修のお話ですか。……ふふ、彼の故郷のお店、郷土料理ですか」

「ああ、ここにしようか。丁度……彼の事を考えていたのだしな」


 そうして、二人はその店へと向かう。

 それは偶然なのか、運命なのか。そこには丁度……噂の種となった人物が訪れていたのだった。








「ユキさん、私この『豚巻ききりたんぽ定食』にするね」

「……正直に言うと、郷土料理というよりは創作料理ですね、それは」

「えー……じゃあどれなら一番郷土料理っぽいの?」

「そうですね……やはりここは『比内地鶏の釜めし』でしょう。私はこれにします」

「むむ……釜めしって響きが食欲そそるね……!」


 やってまいりました我が故郷の郷土料理を堪能できる店。

 いやぁ、自分の地元の料理を出す店とか初めて来たよ俺。

 店内には炭火の香りと焼き鳥の香りも漂い、定食屋というよりも、むしろ居酒屋チックなのでは? と思ってみたり。

 いや行った事ないけど居酒屋。

 あと鍋は三人前からじゃないと注文出来ないみたいです。今回は諦めました。


「あ、凄いお酒の種類沢山ある……今の私じゃ飲めないけど」

「……私も来年まではお預けですね」

「あ、そうなんだ。じゃあ……うん、いつかまた来ようよ、絶対」

「……ふふ、そうですね。ですがリオが大人になるのは、一体いつになるんでしょうね?」

「むー! いいよ、その時は薬に頼るから」


 なんか、凄く新鮮だ。そうして料理の注文を終え、釜めしは時間がかかるからと、しばしリオちゃんと歓談タイム。

 今回のお題は、ずばり『ユウキが爆発に巻き込まれた件』についてだ。

 自分の事件を客観的視点で語るのは難しいが、良い練習にもなる。

 さてはリオちゃん、俺の事試しているな?


「まぁ、正直無謀ではありますね。恐らく潜在能力的に可能だと判断しての事でしょうが、あの件は装備によるところが生存に大きく関わっていたと報告が上がっています。同門でありながら、あそこまで未熟とは思ってもみませんでした」

「……厳しい意見だね?」

「事実です。リオ、貴女も直接その目で見てきたのではないですか? あの愚か者の惨状を」

「うーん……私が会った時はもう意識も回復してたからね。そんなに気にならなかったよ」


 確かに。イクシア印の魔剤(薬効アリ版)の効果は絶大ですな。


「はー……良い匂いしてきたー……ユキさん、食べたらどうするの?」

「まずはシュヴァ学へ向かいます。不在だった場合は……そうですね、連絡が難しいようなら直接秋宮の研究所へ向かうとしましょうか」

「おっけー」


 うん、問題なし。我ながら慣れた物だなぁ。

 ぼんやりと窓を眺めながら、半分反射する自分の顔をしみじみと眺める。

 ……美人だな本当。リョウカさんとイクシアさんを足して二で割った感じだ。

 そんな事を考えていた時だった。突然、店内に女性の声が響き渡る。


「ユキさん!? ユキさんではないですか……!」


 振り返ると、そこに立っていたのは……一之瀬さんとキョウコさんだった。

 うっそ……なんでここに……。


「……お久しぶりです」


 心臓が早鐘を鳴らす中、かろうじて口からスムーズに出てきた一言。

 次の言葉をどうするか一瞬迷いが生まれたその時、リオちゃんが助け舟を出してくれた。


「ユキさん、このお姉さん誰? 知り合い?」

「……ええ。あの愚か者と同じクラスに通っている方です」

「へぇ、そうなんだ。初めまして、リオと言います」

「む……初めまして、一之瀬ミコトと言う。……ユキさん、一緒の席に座っても良いだろうか」


 さすがにここで断る訳にもいかないよなぁ……。


「……どうぞ。正直、身内から犯罪者を出してしまった以上、会わせる顔がないと思っていたのですが」

「……はい」

「……なるほど、貴女がユキさん……きっと初めましてではないのでしょうが、初めまして……ですわね」


 ダーインスレイヴとしての俺と会った事がある、という上での挨拶だろう。

 キョウコさんと一之瀬さんがボックス席の向かい側に座る。


「ユキさん……一体今までどこに……」

「それは極秘事項です。ですが、今回は総帥に面会に来ました。どういう訳か以前まで使えていた直通回線が使えなくなっていましたので」

「なるほど……任務ですか。ではこちらに戻って来たのは……ササハラ君の件ですか?」

「ええ。愚弟とも呼べる人間が犯した罪。同門である私がけじめをつける必要があるでしょう。……確実に仕留めるのなら、必ず私が必要になる。そう考えた結果です」


 一応、筋は通るよな?

 だが、俺の言葉に反応したのは、意外にも――


「貴女は、その弟とも呼べる人間の事を微塵も信用していないのですわね?」

「ええ。あの愚弟がしでかした事は揺るぎない悪です、少なくとも今の世において。当然しかるべき報いを受けるべきでしょう。そしてそれには……必ず私の力が必要になる」

「……ササハラ君を殺すんですの?」

「必要があるのなら。私としては、貴方達が今も海上都市にいる事の方が驚きです。やはり元クラスメイトではあの愚弟に手心を加えてしまうのではないか? と判断されたのでしょうか」

「っ! ユキさん、それは……私や他のクラスメイトへの侮辱と取られかねない物言いです」


 今度は一之瀬さんが声を上げる。

 ……ごめん、二人とも。でも……これでいい。

 これで、俺がユウキと繋がっているとは微塵も思わないはずだ。

 この先の事を考えても……今はもう少しだけ、このスタンスを貫く。


「ん-……それよりちょっと声のトーン落とそうよ。ここ、お店の中だから」

「っ! 失礼した」

「……そうですわね」

「そうですね、そろそろお客も増える頃合いですし、お二人もお料理を決めた方が良いでしょう」


 またしてもリオちゃんの助け舟。

 そうだな……こっちもあまり二人を煽り過ぎるのも控えないと、な。

 そうして、奇妙で気まずい沈黙が場を支配する中、ありえない取り合わせの四人でのランチタイムが始まった。


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