第百四十四話
「ユウキ……やはり私もこっそり飛行機に忍び込むというのは……」
「……さすがにダメですよ。大丈夫です、今度は何カ月も会えないなんて事にはきっとなりませんから。今月中には絶対戻って来ます」
「……分かりました。では、せめて今日くらいはまた一緒に寝ましょう。ベッドなら既に二つくっ付けておきましたので」
「ぐ……分かりました」
イクシアさんの気持ちは俺もよーく分かるので、今回も……。
断じて俺の欲望じゃあないです。
二つ並べたベッドで互いに手を繋ぎ眠りに落ちる。
大丈夫……いつか必ず、俺の、俺達の行動が正しかったのだと世界に認めさせる。
そしたら、また二人で帰ろう、地球に。
リフォームした実家だってどうなってるかまだ見てないんだ。このままグランディアで逃亡生活なんて御免だ、俺だって。
「ユウキ……おやすみなさい」
「おやすみなさい、イクシアさん」
翌日、別館に併設されているドックに呼ばれた俺達は、そこに用意されていた、なんとも変わったデザインの飛行機の前に並んでいた。
「ええ……これ本当に飛行機なんですか?」
「普通そういう反応よね……なんというか、ほぼ魔法で強引に飛行機としての体裁を保っているそうよ。一応、地球でも問題なく飛行は可能だから……」
なんというか、ドラゴンっぽい。これR博士が作ったのか……。
「へー! かっこいいじゃん! でも目立つよね、地球だと」
「そうよね……とりあえず地球でも数分はステルスを展開出来る程度には魔力も貯蔵しているみたいだから、ステルスでゲートを潜ったらそのままリョウカさんのプライベートドックに着陸。そこから海上都市に潜入してもらう事になるわ」
潜入の流れを再確認していると、イクシアさんが何やら大きな荷物を手渡してきた。
「ユウキ、リオさん、ニシダ主任。飛行機内で食べてください、お弁当です」
「わ、ありがとうユウちゃんのお母さん」
「私の分まで……有り難うございます、イクシアさん」
「おお……イクシアさんのお弁当……すっごく久しぶりだ……」
「道中、どうかお気をつけて。リオさん、ニシダ主任。ユウキの事、お願いしますね」
もう都合半年ぶりくらいじゃないですかね、イクシアさんのお弁当なんて……。
飛行機に乗り込んだ俺達は、主任の操縦に任せ、ここセシルの雨靴別館のドックから、大空へと飛び立つのであった。
「ねぇ、これってもうステルスなの?」
「ええ、そうですよ。内側からでは分からないと思いますが」
「へぇ……凄いな魔法、こんな事まで出来ちゃうんだ」
「いやいやユウちゃん……こんなのグランディア出身の私からしても異常だよ? 静止体を透明化する術その物は、難しいけれど存在する。でも、それですら膨大な魔力と複雑な術式が必要なんだ。でも飛行機をって……ねぇ、これ作ったR博士って何者なの?」
「トップシークレットです。ですが……まぁ正体がどういう人間かは、想像に難くないと思いますけれど」
まぁ、イクシアさんと同じく神話時代の古代エルフ……だろうな。
見た感じあんなぽややんとした女の人なのになぁ。
そしてこの発言で確信が持てた。ヨシキさんはR博士を召喚して、それで結婚したんだ。
つまり召喚した存在と結婚する事は可能だと言う事だ。ちょっと嬉しい発見だぞこれ。
「……なんとも、未だに古代に勝てないのも釈然としないけどさ。でも……それを思えば、地球で発見されたっていう『召喚術』も大概だよね。これ、捉えようによっては時空を超越した術式だし、さらに地球の科学と組み合わせたら、ほぼ死者蘇生だし」
「それはまぁ……うん、俺もそう思うよ」
「ごめん、別に責めてる訳じゃないんだ。ユウちゃんもお陰で家族が出来たんだもんね」
そう。その通りだ。
そして物品ならともかく、魂となると……必ず偉大な存在が現れる事になっている。
つまりこの世界に再び生を受けた存在は必ず神話時代に名を馳せた存在だ、と。
きっと、R博士もその一人なんだろうな。
「……私も受けてみようかな、召喚術式。召喚実験だっけ?」
「あ、リオちゃんまだ受けていなかったんだ」
「うん。地球の術っていうのがどうしてもひっかかってさ。でも、地球への不信感なんて……正直もう薄れてきているしさ。私がやったらどんな結果になるんだろうね」
「ちょっと気になるかも、それ。あ、そうだ」
操縦席のニシダ主任に話しかける。
「主任も召喚実験って経験済みなんですか?」
「え゛!!?? えと……」
「あ、気になる気になる。確か主任さんって秋宮の研究部門の偉い人なんだよね? どんな物召喚したの?」
「ええと……なんというか……」
あっ(察し)。
もしかしてかなりしょぼい物だったってオチですか……?
「……なんの効果もないただの古い刀と、ものっすごいボロボロのマントよ。こっちの方で調べたけれど、詳細不明。恐らく過去のガラクタだと思うわ」
「あー……いやでもほら、刀ってかっこいいですし」
「ボロマントって、何かのマジックアイテムじゃないの?」
「もしかしたらそうかもだけど、私が調べた結果はただのぼろ布よ。刀も美術的な価値がかろうじてある程度。どうしてこんな物が出たのか意味不明よ」
いやー……でも俺の高校の担任も革の小手だったし、武器なだけマシですよ?
「ただ、何故か兄だけは私の刀とボロ布を見て『なるほど、納得だ』なんて言ってたけど。どういう意味よって話よね」
……子供の頃、タオルケットでも被って玩具の剣を振り回していたとか?
主任の子供の頃ってどんな感じだったんだろう。
とりとめのない、けれどもそれなりに楽しい話題で時間を過ごしながら俺達の行軍は進む。
気持ち的に、来た時に比べると随分と楽だ。
やっぱりイクシアさんに会えた事が、そして待っていてくれる事が大きいんだろうな。
二日目。初日は遠海にある無人島で一晩過ごし、再び空の旅へ出発。
曰く、グランディアは圧倒的に陸地より海の方が広く、まだ未開の海域が海の大半を占めているという。
以前、ファストリアからノースレシア大陸に直接向かう事が出来ないのかとアラリエルに聞いたら、順路よりも逆方向で海を進む方が、遥かに距離が遠いとも言っていたな。
グランディア……どんだけでっかい星なのだろうか。
というかここって星なのか? 地球と同じ宇宙に存在しているのか?
ちょっと謎が多すぎるな。
「ユウちゃん、向こうに着いたら一度小さくなって、その後女装というか、変装するんだっけ?」
「……小さくなるって言わないでよ」
「えー……じゃあ元に戻る?」
「う……まぁうん。一度地球での姿になってから、秋宮に用意してもらった変装道具一式を纏う感じかな」
「なるほど。で、そしたら私はユウちゃんの事なんて呼べばいい? ユキ?」
「ん-、その辺りは任せるかな。俺はとりあえずユキの性格というか、キャラ付けに殉じてリオって呼び捨てにするつもりだけど、大丈夫?」
「うん、問題なし。……っていうか、大丈夫? ユウちゃんそんな演技とか出来るの?」
いやぁ、ああいうキャラ演じるのって結構慣れてるんですよね。
元の世界でネトゲとかいっぱいやってたし。何かのロールプレイはお手の物で御座います。
「大丈夫よリオさん。ユウキ君の演技は正直専門的な訓練でも積んだのかってくらい完璧だから。一種の特技とも言えるんじゃないかしら?」
「え、そんなにですかね?」
「言えるわよ。普通、異性になりきってあそこまで違和感なく別人格を演じられる人間なんて、ちゃんと訓練を積んだ人間くらいな物よ。自覚なかったの?」
「えー……いやぁ正直ないですね」
役者以外になりきりって文化が存在しないんですかね……この世界だと。
結構色々再現したり出来るのも、こういう前の世界での慣れとか関係しているのだろうか。
「へー! ちょっと楽しみかも。私はなんて呼ぼう。うっかりユウちゃんって呼びそうだから……名前じゃなくてお姉ちゃんとか?」
「照れるなそれ……普通にユキでなんとか」
「えー。まぁ実際に見てみてから決めるよ」
この日も問題なくグランディアの遠海上を飛行し、もうまもなくどこか無人島に着陸する予定だ。
グランディアは未開の海域が多い関係で、当然細々とした無人島が各地に点在している。
無論、そこに先住民がいるという事もなく、動物も住んでいる事も稀なのだとか。
が、たまに水棲の魔物が進化したと思われる、両生類系も魔物が生息していたり、今では珍しい竜種の魔物が繁殖地に使っている事もあるのだとか。
なので、着陸する島は慎重に選ばなくてはならない。
今回は事前に、ジョーカーことヨシキさんがニシダ主任と移動中に利用した島の場所をチェックしてあるので、そこを使う事になっている。
そうして、夕日が沈み始める頃には、俺達も目的の島に到着したのだった。
本当はもう地球に突入している頃なのだが、時差の関係でこのまま突入しちゃうと面倒な事になるんだとか。
その隠しドック周辺、時間帯によってはかなり厳重なセキュリティに守られているんだそうな。
「ふぅ……一応野営の準備は機外にしておくけど、ユウキ君、料理出来る?」
「あー……昨日はイクシアさんのお弁当でしたもんね。正直、アウトドアでちゃんと食べられる料理とか作れる自信ないです」
「右に同じく。こんな事なら兄さんも一緒に地球に帰ったらよかったのに」
いやぁ……ジョーカーにご飯の準備頼むとか畏れ多いんですが。
ていうかあの人料理出来るのかよ……あ、そういえば元料理人なんだっけ?
「えー、二人とも料理くらい出来るようにならないと。じゃあ今日は私作ろっか?」
「おお! リオちゃん料理出来るのか! じゃあお願いしていいかな」
「うん、いいよ。ただ携帯食料とか缶詰とか、保存食くらいしか持ってきてないから大した物作れないからね?」
「あ、じゃあ俺がなにか釣って来る。さすがに島の周りなら魚も釣れるでしょ」
「……じゃ、じゃあ私は何か食べられそうな貝でも探してくるわ……流石に何もしない訳にもいかないもの」
主任、結構負い目を感じている模様。いやぁレーションとか用意しておくべきだった。
そうして、俺が一人島の浜辺で釣り糸を垂らしながら、徐々に落ちていく日を眺めていた時だった。
浜辺に迫る波が、俄かに大きくなり始めた。
「なんだ……風が強くなってきたのか……?」
その時、飛行機の方からリオちゃんの鋭い呼び声が上がる。
「ユウちゃん、戻って来て! ニシダさんも!」
「え、なになに?」
「っ! まさか……!」
飛行機の前で、リオちゃんが青い顔をして空を見上げていた。
「……ねぇ、本当に空飛んでよかったんだよね?」
「……そのはずよ。まさか……来たの?」
「うん、もう見えてくると思う」
「え? なになに、なんの話?」
空は、段々と日の高さを落としているだけにしか見えない。
何が見えてくるというのだろうか?
「“魔神龍”だよ。ノースレシアに住む……グランディアの神様。私達が飛行機使ってるから様子を見に来たんだと思う。ううん、違う……仕留めに来たのかも」
「……そんな、でもちゃんと許可は取ってあるって……」
「あ、あの……なんでしたっけ? 証みたいなのがあるって言ってませんでしたか?」
「っ! そう、そうよ! ユウキ君、貸してあげたあの刀は?」
「え? あの刀ならとりあえずリミッターの中に収納してますけど……」
「それよ! それを出して! きっと別空間に保存していたから感知出来なかったのよ! 今すぐあの刀を――」
その瞬間だった。
世界が夜に変わる。
周囲の景色が闇に包まれる。
星も何も見えない、本当の漆黒。
けれども、その闇の中に、何かを感じた。
「なんだ……これ……鼓動……何か聞こえる……」
息吹のような、鼓動のような。何か大きな気配に包まれているかのような。
身動きが取れない。呼吸が苦しい。プレッシャーを感じて、身体が強張る。
すると、暗闇から直接脳に声が響いて来た。
『何者だ。何故我が領域を侵そうとする。既に盟約は交わされている筈だ』
低く、暗く、重い。そんな声が伝わる。
「ユウキ君! 早く出して!」
「は、はい!」
俺はリミッターの中に収納していた、あの刀を取り出す。
『……そうか、お前達が』
「すみません! 分かりにくい所に保管していました!」
『ん……お主、名前は』
すると、俄かに暗闇が晴れていく。
いや、違う。これ暗闇なんかじゃない。
日の光が差し込み、闇の正体があらわになる。
……身体だ。島全てを覆う身体、翼の影だ。
今目の前にいる魔神龍の、その途方もない大きさの身体が、島をすっぽり覆ってしまっていたんだ。
「ユウキと言います。ササハラ・ユウキと」
『……ユウキ、その名、気配を覚えておこう。懐かしい、とても懐かしい気配を幾つも感じる。そして……』
何やら、魔神龍様から放たれるプレッシャーが急激に収まるのを感じる。
『……そうか、お前達は……皆主の系譜に連なる者であったか』
「……え?」
「それってどういう?」
「……はい」
『驚かせてしまったな。お主たちならば空を駆る事を許そう。だが、無暗に他の翼を招く事は許さぬ。努々心に留めておく事だ』
そう最後に言い残し、魔神龍がまるで消えるかのように島から離れていく。
羽ばたきの気配すら感じさせずに。
あれはもう、生き物じゃない……そう感じさせるには十分過ぎる動きだった。
「じゅ……寿命が縮まった……!」
「ユウちゃん、その刀しっかり装備しておいて!」
「ええ、そうね。……でもまぁ、覚えて貰ったみたいだからもう平気だと思うわ……」
「あの……主の系譜ってなんです? なんとなくニシダ主任がそう呼ばれるのは分かるんですけど」
たぶん、ヨシキさんの事なんだと思う。
ならその妹である主任が『主の系譜』っていうのも分かる。
っていうかヨシキさんさっきの魔神龍の主なんですか????
……今度聞いてみよう。
「ん-? むしろそう呼ばれるのって私くらいじゃない? 地球人のユウちゃんとニシダさんがそう呼ばれる理由ないと思うんだけど。もしかしてそれが証による効力なんじゃない?」
「あ、そうよそう。きっとそういう事だと思うわ」
「あ、なるほど」
たぶん、ジョーカーが元魔王だって事は秘密なんだな。
「リオちゃんが系譜って?」
「ああ、エンドレシア家って大昔に、ノースレシアの王族をお嫁に貰った事があるんだ。ちなみに私の髪が水色なのはその名残。極稀に生まれるんだってさ。私は違うけど、エルフの血が濃いとさらに色が薄くなって、一番珍しいホワイトエルフが生まれるって訳」
「へー!」
って事はもしかしたらアラリエルとも遠い親戚かもしれないのか。
ふむ……。
「リオちゃん、じゃあエンドレシア家ってセカンダリア大陸のシェザード家と関係あったりする?」
「ああ、髪の色? うん、関係ある。シェザード家にも大昔にノースレシアの王族が嫁いだ事があるんだってさ。けど、あっちはそもそも、国民に結構原初の魔王の血が混じってるらしいから、シェザード家では結構水色の髪が生まれるんだよ。確か今の当主も、その奥さんもうっすら血を引いてるんじゃないかな」
「……元魔王ってどんだけ子供いたの」
ヨシキさん……世界中に子孫がいるんですか?
「そりゃあ二千年以上前なら血だって薄く広く広まるでしょ? ただ、原初の魔王の血って特性が特別残り易い、強い血脈だったって事なんだけど」
「なーるほど。血の遺伝っていうよりむしろ魔法的な遺伝が強いって事なのかな?」
「たぶんね。地球でも昔の貴族は近親交配が続いて遺伝子異常が増えたって歴史があるみたいだけど、こっちは血そのものは薄いからその心配はないみたい。代わりに、魔法的な遺伝が強く伝わったセカンダリア大陸は、国民の殆どが戦闘に秀でているって訳」
……この話を聞いて俺が一番強く思ったのは、歴史についてではなく、ただ単純に『あれ、リオちゃんってこんなに賢い子だったんだ』でした。
俺、てっきりこの人アホの子なんじゃないかなって思ってました。
舐めてました。ごめんなさい。
あと、ニシダ主任がなんとも複雑な表情をしておりました。うん、そりゃそうだ。
実の兄の前世がなんか凄い子だくさんみたいな話、複雑ですよね。