第十三話
「なるほど……ユウキが危険な目に遭うかもしれない以上、私としては諸手を挙げて賛成する訳にはいきませんが……貴方がそれを許容し、将来に繋がると考えているのなら、私も反対はしません。……くれぐれも、気を付けてくださいね、ユウキ」
「はい。勝手に決めてしまってすみませんでした。ただ……働いたらしっかり報酬も出るらしいので、少しずつ二人で自立していく為の足掛かりになればな、と」
帰宅後、先に戻っていたイクシアさんに先程の話を伝えると、彼女は少しだけ難色を示したが、最後には認めてくれた。そうだよな、俺だってイクシアさんと立場が逆なら心配するよな。
「それにしても……ユウキはそこまで強かったのですね。私は制限をかせられた貴方しか見たことがありませんでしたが……そのうち、私にも見せてくださいね」
「機会があれば。そうですよね、少しでも心配が晴れるかもしれませんし」
「ふふ、どこまで強くても心配はしますよ? 親は子を心配して当然ですからね」
そう微笑みながら、イクシアさんが手を伸ばし、こちらの頭をそっと撫でる。
……まさか俺はこういう扱いに飢えていたのだろうか? なんかこう……グッときます。
もう一八なのに、たまりません。これが世にいうバブみってヤツなのか!?
「ところで――凄く良い匂いがしますね? お店で何か料理を買って来たんですか?」
そしてもう一つ気になる。家のドアを開けた瞬間、中華料理店のような良い香りがしたのだ。そういえばこっちに来る前に食べたおにぎりしか今日は腹に入れてなかったからなぁ。
「ふふ、私が作ってみましたよ。お店には料理に使う調味料がまとめられていたり、中には既にある程度食材が入っている、簡単に料理を作れる商品があったのです」
「おお! いつも眺めるだけで買わなかったあれですか! どうでした? あれって簡単なんですか?」
「ええ、簡単です。今回は少しアレンジされた物を作ってみました。さ、手を洗ってきてください、一緒に食べましょう。ご飯も先程炊けましたから」
アレンジとな。いつの間にそんな調理スキルを。
出された料理は、どうやらエビチリの海老を鶏肉に変えた物だった。
美味しいな……お惣菜よりも断然こっちの方が美味しい。俺ももっと早くこういう物に手を出せばよかったかもしれない。ついつい、ご飯を二回もおかわりしてしまった。
「美味しいですね。ですが、品数が足りませんね。もう少し勉強をしたいのですが……そうだ、ユウキに聞きたいことがあるのですが『ぶうつべ』なる物を知っていますか?」
「ぶうつべって、確か動画サイトですよね。気になる動画でもあるんですか?」
ぶうつべ。ふざけた名前だが、本当に存在する動画サイトだ。元々は元の世界と同じ〇ーチューブという名前だったらしいのだが、異世界グランディアの投稿に特化したサイトを作るべく、枝分かれして新たに生まれたサイトだそうな。ちなみにサイトの権利を購入して運営しているのは、もはやどことは言うまでもなく、あのグループだったりする。
俺自身、あのサイトでは『向こうの技』と呼ばれている剣術や魔法を見て参考にしていたりするのだが、どうやらあれは『特別な血筋』やら『特別な師』がいないと習得不可能だそうな。……もしかして学園で学べるのだろうか?
「良かった、知っているのですね。そこの『びーびーくっきんぐ』というちゃんねるを知りたいのです。大変参考になる映像でしたので、それで勉強をしようかと」
「なるほど……うわすげぇ、登録者数が四〇〇万越えなのかこれ」
そんなに評判が良いのなら、きっとイクシアさんの勉強にも役立つだろう。
俺も勉強しようかね? いつも作ってもらうのも申し訳ないし。
彼女に教えると、早速チャンネル登録をし、いつでも見られるように操作方法を紙に書いて渡しておく。最近ではメールやメッセージアプリでのやり取りにも慣れてきている様子なので、きっとそのうちなんでも自分で調べられるようになりそうだ。
「ふぅ。洗い物は俺がやりますね。といってもこの家の家電は最新なのでほぼ一瞬ですけど」
「ふふ、ありがとうございます。終わったら先にお風呂に入ってくださいね」
新居での生活は、案外簡単にこちらになじんでくれている。生活の不安がなくなった以上、後は入学式を待つのみ、か。なんだかワクワクしてきたな。
ちなみに、お風呂は実家の三倍はある浴槽だったので、久しぶりに長湯をさせて頂きました。いやぁ……手足を伸ばしても余裕があるって素晴らしい!
なお、イクシアさんもお風呂から上がった後に、平然と笑顔で『これなら二人でも入れますね。明日は一緒に入りましょう。背中を流してあげますよ』ととんでもない事を言ったので、丁重にお断りさせて頂きました。……さすがに子供ではいられなくなりそうなので。
こちらでの生活に慣れ、近隣の地理もある程度覚え、学園のパンフレットも読み込み、いよいよ制服も届けられたある日、久しぶりにニシダ主任から連絡があった。
『迎えを寄越すので、研究所に来て欲しい。イクシアさんと一緒に』と。
チョーカーのリミッター機能について知ってから、少しだけ気まずいような気持ちになっていたのだが、これをきっかけにまた前のように気軽に連絡がとれるようになるといいな、なんて考えていた。
「研究所ですか? 構いませんよ。迎えは……学園正門ですね。正午までまだ時間はありますが、学園の様子も見てみたいので早めに行きましょうか」
「ですね。じゃあ行きましょうか」
敷地内の施設について説明をしながら正門へ向かう。
途中、学園の職員と思しき人間ともすれ違い、軽く会釈していたのだが、どうやら彼らの興味はイクシアさんに向いているようだった。そして中には、彼女同様エルフの男性、恐らく研究者だろうか? 白衣姿の人間が、興味深げに話しかけてきたのだが――
「申し訳ありません。とても田舎から来たものでして、そのような都市の名前すら聞いた事があるかないかあやふやでして……」
「なるほど……こちらこそ突然申し訳ありませんでした。では、これにて」
『出身はどちらですか』や『もしやセリュミエルアーチの出身では?』と聞かれていたが、彼女はその国の名前も都市の名前も知らないのだそうな。確か、前にきていたお姫様、ノルン様の国の名前だったかな。
「こちらの事ばかり学ぼうとしていましたが、グランディアの知識も学ぶ必要がありますね。恐らくですが、私が生きていた時代から千年以上は確実に経過していますから……」
「そんなに……地球以上に歴史の長い世界なんですね、きっと」
「ええ。私が知る限りですと、私が生きていた時代ですら、千歳を越えるエルフもいましたからね。まぁ……その方は特別寿命の長い方でしたが」
ここで『イクシアさんは何歳まで生きたんですか?』と咄嗟に聞きそうになったのだが、これはNGだ。さすがに分かるぞ、女性に歳の話題はNGだって。
「ちなみに私は享年六四三才でした。これですらかなりの長寿になるのですよ、エルフでも」
「そ、そうなんですね。なるほど……」
俺の気遣い返して!
正門に着く頃には正午となり、到着と同時に迎えの車がやってきた。
早速乗り込み、久々に研究所へと向かう。
既に受験対策で訪れる全国の学生の姿がなくなっているとはいえ、それでも召喚実験を行いたいと言う人間が多いため、今日も研究所は混雑していたのだが、俺達が向かうのは更に深部、関係者以外は立ち入れない区画だ。
「しかしどういった用向きなんでしょうか。次の実験協力は暫く先と以前言われましたよね?」
「ですね。うーん……入学にあたって最後の調整とかですかね」
チョーカーとかデバイスの機能調整とか。
そんな予想を立てつつ、ニシダ主任が任されている研究区画へと辿り着くと、区画のロビーにニシダ主任が既に待機しており、こちらの姿を見とめると同時に歩み寄って来た。
「ユウキ君。この度は本当に申し訳ありませんでした。貴方への封印処理は、上からの指示だけではなく、私の意思も確かに存在しています。無断でこのような行いをした事に対し、私を始めとした研究チームはどんな要求にも応える所存です」
「開口一番謝罪ですか? 大丈夫ですよ、そんな怒り狂って暴れる訳でもないんですから」
「……それは、分かっています」
ニシダさん、目の下の隈が酷いことになっているのだが、まさか眠っていないのだろうか。
「ちょっとだけショックでしたが、理由を考えれば納得も出来ますからね。そこまで怒ってないですよ。それに……結局は俺が調子にのって鍛え過ぎたのが原因ですし」
「……本当に怒ってない? 本当の本当に?」
「畏まられる事の方がもっとショックなので。とりあえず今まで通りでお願いしますよ」
そして、隣で静かに佇むイクシアさんの様子を覗う。彼女も特別不満そうな顔はしていない様子だが――
「ユウキだけでなく、多くの子供を預かる以上、こういった対策を取る事は理解出来ます。ですが、やはり予めユウキにも相談をすべきだと思いました。総帥という方がどうかは私にはわかりませんが、少なくともニシダ女史は心から謝罪している事は私にも分かります。ユウキも気にしていないと言っている以上、私からもこれ以上追及する事はありませんよ。ですから、これまで通りの関係を築いていけると、私もユウキも助かります」
「……はい。寛大なお言葉、感謝します」
……怒っている訳ではないのに、迫力が凄すぎでは?
イクシアさんがかつて園長を務めていたという孤児院……きっと子供達は良い子に育った事だろうな。
「……では、今日の呼び出した理由の話に入らせてもらってもいいかしら、ユウキ君」
「あ、それですよそれ。謝罪の為じゃないんですよね? どうしたんです?」
「これは総帥からの依頼でもあるのだけど……貴方『USM』候補生になるそうじゃない」
なんぞ? 何かのコードネームですかね? やだ、ときめいちゃう。
「顔に『なにそれ』って書いてるわね。総帥直属の戦闘部隊の事よ。SPを含む戦闘のエキスパート。まぁ……貴方の場合はそれ以上を求められていそうだけれど」
「あー、例の護衛みたいな話ですね? もしかして専用の装備についてですか?」
「ええ。一応、貴方自身も機密扱いだもの。素性を隠しつつ戦う為の装備を用意したから、その試運転がしたいの。だから今回は……全ての制限を解除、武器も無理に慣れていない刀タイプのデバイスでなく、全力を使える物を新たに用意するわ」
「おお……でもせっかくデバイス貰ったのにもったいない気もしますね」
刀でシャキシャキンして戦いたいですマム。『ダァイ』とか口走りたいです!
「あれ使ったら貴方だってバレるでしょ? いっその事全然違う武器種を使いなさい。複数の種類を使いこなせるようにしておいて損はないわ」
「あー確かに……」
「なるほど。ユウキの装備の調整ですか。では私が呼ばれたのは――」
「はい。ユウキ君がどの程度戦えるのか、イクシアさんにもお見せした方が良いと考えました。私達大人が何故、彼にここまで関わりを持とうとしているのか。そしてこのような扱いをしているのか。他の受験生の戦いを見てきたイクシアさんに彼の力を見せる事で、ご納得頂けるように、と」
そういえば、イクシアさんは俺と一緒に実技試験の会場に来ていたっけ。
これは良い所を見せるチャンスが早速来ましたな。
ニシダ主任に導かれ、その戦闘用装備が用意されているという研究室へ向かう。
するとそこには、人型のスタンドに取り付けられた、まるでライダースーツをSFチックな鎧に改造したかのような、例えるなら日曜の朝に放送しているヒーローのようなデザインのスーツが用意されていた。……ただし、カラーリングは子供受けしないであろう黒一色。
後、見逃さないからな、小さく蹄のマークが描かれているの。
「対衝撃、斬撃に優れた強化繊維で編み込まれたスーツ部分と、物理、魔力攻撃に強い障壁を局地的に発生させるプロテクター部分。また、全身を治癒フィールドで覆い持久力を飛躍的に上げているわ。これが貴方に支給されるコンバットスーツよ」
「おお、なんか凄そうですね」
「これがこの世界の鎧ですか。なるほど、動きやすそうですね」
「ちなみにサイズは制服を買う時に測った数値を参考にしているから、ぴったりのはずよ。それにある程度伸縮性もあるから、これから身長が伸びても大丈夫。貴方、まだ少しだけ背が伸びているみたいだし」
はいそうです。クラスで背の順に並ぶと前から三番目というポジションでしたが、幸い周りと比べてまだ少しずつですが伸びています。それでも一五七センチですが。イクシアさんとほぼ同じですが。というか少し低いですが。
「早速これを装着して欲しいのだけど、ちょっと待ってね。これ、瞬間装着の為に対象の全身データを覚え込ませる必要があるの。向こうの更衣室で裸になって、プロテクター部分を身体に触れさせてみて頂戴」
「え? なんですその素敵そうな機能。一瞬で着替えられたりするんですか?」
「ええ。一応、これがこの技術が組み込まれた世界で四着目のスーツになるわね」
着るのが恐くなってきた。武器も鎧も最高級品じゃないですか俺。
なに、全身コーデで億越えたりするの、将来。
ともあれ、更衣室へと向かい、服を脱ぐ。そして平然とついて来ようとするイクシアさんをニシダ主任が引き留める。ナイスです。
「イクシアさん……ユウキ君はもう大人の男性になる手前なんですから……」
「むぅ……そういうものですか。寂しいものですね」
そうしてスーツの初期設定として全てのプロテクターを全裸の状態に装着して姿見で確認すると、とても変態チックな野郎の姿が目の前に映し出されました。
これは酷い。これで設定は済んだはずだろうと、速攻で取り外して服を着直す。
「終わりましたよ。これで後はどうすれば良いんですか?」
「終わったみたいね。じゃあチョーカーにスーツを収納する方法を教えるわ」
「そんな機能まであるんですか……」
「ええ。これはほぼグランディアの技術になるのだけどね」
「ああ。術式空間に物質を保存するのですね。私の時代にも、貴重でしたが存在していましたよ」
「そうだったんですか? ほぼ失伝術式でしたので、少量しか保存できないのですが……もしかしてイクシアさんは知っているのですか?」
「いえ、残念ながら私はそちらの分野には疎いですね……」
……四次元ポ〇ット? そんな物もあったんですか、古代のグランディアには。
スーツを収納する方法を教わり、今度はそれを一瞬で身に纏う方法を教えて貰う。
単純に、チョーカーの設定で制限を全解除し、さらに制限を下げようとすると装着された。
すげえ、着ていた服が消えて戦闘スーツ姿になった。しかもヘルメットつき。
「フルフェイスヘルメットなのに視界が広いですね。デザインは……なんか凄い悪者っぽいですね」
「そう? 私はかっこいいと思うわよ。少なくとも総帥がデザインした物よりは」
そう言いながら、ニシダ主任は一枚の紙を取り出して見せた。
……あの豚じゃん! ちょっとメカニカルなあの豚じゃん! しかも色ピンクだし!
「ふむ……可愛らしいですね。しかし戦うのなら今の方が良いでしょうね」
「か、かわいいですか? 私には分かりませんが」
俺もやだよ! 誰が好き好んで『(´・ω・`)』こんな顔して戦うか!
軽く身体を動かしてみると、身体強化が行われていない状態だというのにいつもより体が動かしやすい。これもスーツの効果なのだろうか。
楽しくてついつい跳んだりしていると、今度は大きな棚が壁から現れた。
「今度は武器ね。近接戦闘用の武器を取りそろえたから見て頂戴。補助用の短銃タイプも一応用意してみたわ」
「これは……これって俺が全力で使っても壊れないんですか?」
「ええ。特別な性能なんて何もない。ただ振るう為だけの機能しか持たされていない物だからね、頑丈さだけが売りかしら。一部はグランディアで見つけた武器もあるわ」
確かに確認すると、カーボンか何かのような黒い武器たちに交じり、明らかに金属製に見える、近代的と言うよりは中世時代に見られるようなデザインの刀剣類もある。
……かっこいいな、こういうのも。
「これとかも、俺が使っても壊れないんですかね?」
俺は、この中で一番大きな大剣、全長が自分の身長と変わらない剣を手に取る。
「ほう……ニシダ女史。これをどこで見つけたのでしょう? 相当な業物とお見受けしますが」
「分かりますか? グランディアのさる貴族が取りつぶされた折に回収された品で、一説では神話時代に生み出されたとも言われています。ただ、魔法的な効果も一切なく……」
「いえ、ありますね。恐らくこれまではその効果が発揮される事がなかったのでしょう。これは破損修復の魔法が込められています。材質に何か魔物が使われているのでしょう」
おお、マジか! 壊れないどころか修復機能があるとな! カッコいいしこれで決まりなのでは? 少々重たいが、身体強化を使い全力でぶん回すなら関係ないし、刀とは対極にある武器だし、丁度良いのではないでしょうか?
「ニシダ主任、俺これが良いです。ちょっとスーツとは合わないかもですが」
「そうね? 後で殺傷能力を封じる処理をしておくから、それで少しは見た目も馴染むはずよ」
「あ、なるほど。じゃあ今日のところはこれでおしまいですかね?」
「ええ、装備合わせは終わりね。ここからは実戦。またフィールドで組手をしてもらうのだけど……今回はうちの助手じゃない。本物の戦士を集めたわ」
すると、室内のモニタに訓練所の様子が映し出され、そこでは俺が今着ているのと似たデザインのスーツを着た大人達が、それぞれの得物を手に戦闘を行っていた。
明らかに、違う。俺が今まで見てきた受験生や坂田助手とは次元の違う動きを見せていた。どちらかというと……リオちゃん、に近い気がする。
「USMではないけれど、彼等は秋宮財閥で運営している異界調査隊の第二部隊よ。一線で戦ってる連中程じゃないけれど、その強さは折り紙付き。バトラーとは比べ物にならないわ」
「さっきから気になっていたんですけど『USM』ってなんですか?」
もしかしてウルトラサン――違うか。ああ、もう最新のゲームで遊べないんだな……。
「『Unknown Sword Master』正体不明の剣の達人。まぁ私を含めて一部の人間だけはその正体、存在を知っているの。前に話したと思うけど、この人物が『抑止力』として存在し、秩序を大きく乱すような勢力、存在を沈黙させるの。ただ、命令は出来ない。あくまでその人物が必要だと判断した場合のみ動くの。だからある意味、貴方は『私達の要請に応えてくれる切り札』になってもらいたいんじゃないかしら、総帥としては」
「……絶対に使える訳でも自由に使える訳でもない切り札ですか。なんだか少し不安ですね。で、俺を融通の利く切り札として将来使えるようにしたい……と」
カッコいいと思う反面、不安でもある。USMさんとやらがもし、俺を敵とした場合、どうなってしまうのだろうか? 強い力を持つが故に、ほいほい人の言う事を聞くわけにはいかない、という考えなんだろうけれど。
「ちなみにその人って過去にどんな仕事したんですか?」
「そうねぇ……召喚実験で邪龍やら手の付けられない悪霊が呼ばれた時とかは来てくれて倒すわね。他にもグランディアと極秘裏に兵器の取引をしていた国と一晩で無力化したり」
「国を一晩でって……さすがにそんな仕事未来の俺に投げないでくださいね?」
なにそれ恐い。逆に言えばそこまでの危険じゃなきゃ動かないのか。
なら俺は大丈夫だな!
「質問は以上で良いかしら? なら早速あの部隊の皆さんと戦ってみてくれるかしら? 一対一二。たぶんこれまでの貴方の人生における最強の相手になるはず。勝てとは言わないから、その装備と貴方の全力でどこまでやれるか、見せて頂戴」
「え?」
「だから、見せて頂戴」
「勝ち抜きとかじゃなくてですか?」
ヤダ、この人めっちゃ無茶言うんだけど。モニタの中の動き見るだけでもヤバイのが手に取るように分かるのだが? 槍の穂先見えない、剣がぶれて見える。狙撃早すぎ。
さすがにこの無理難題にはイクシアさんも苦言を呈してくれるだろうと彼女を見る。
「相当な練度です。あの相手を全員相手どれるのですか、ユウキは……」
そんな期待を込めた眼差しで見つめないでください。
「ユウキ、貴方の全力を見せてください。ただ、無理はしないでくださいね?」
「わ、わかりました。じゃあ行ってきます」
やってやるよチクショー! いいとこ見せてやんよー!
フルフェイスソードマン、ユウキいきまーす!
集められた部隊。異界調査隊第二部隊、通称『シュヴァインツヴァイ』。
名前の響きこそ様になっているが、その意味するところは『第二の豚』。
だが今更自分達のオーナーのネーミングセンスに不満を持つメンバーはいなかった。
しかし、自分達が今日ここに呼ばれた理由については、大いに不満を抱いていたのだった。
「新開発の装備の性能テストっすか。しかし二分隊も使うってどんな装備なんですかね」
「さてな。だが、いくら第二部隊とはいえ我々がテストに付き合わせられるとは、やはり我らは主戦力としては見てもらえていないのだろうな。精々、このテストでその認識を改めて貰えるよう、ベストを尽くすのみだ」
本来であれば適当な戦闘員があてがわれる性能テスト。そこに、仮にもエリートに類される自分達があてがわれた事に対し、小さくない不満が生まれていた。
そして――戦闘の準備に入ったところに現れた相手が、たった一人の人間だという事が、その不満に更なる拍車をかけてしまったのであった。
尤も――不満だけで終わるのなら、今の部隊に所属出来るはずもないのだが。
『これより新装備のテスト、及びそこにいる人物の戦闘能力の測定を目的とした戦闘を開始します』
アナウンスと同時に、今回の分隊長を任されている男が、すぐに人員に指示を出す。
決して舐めてはいけない、気を抜いてはいけない、と。
(一人か……嫌な予感がする。得てしてこういう場に出てくる人間は――普通じゃない)
一人の為にこのような場を作られたのだとしたら、相応の理由がある。
すぐに予め決めてあるフォーメーションを取るメンバー達。
遠距離武器を扱う人間を後方に配置し、さらにその動きを悟らせないように、遊撃を走らせ、前衛で距離を詰めていく形。だが――その陣形が一瞬で崩される。
現れたのは、少々体格の小さな人物。全身を黒の装備で覆い、不釣り合いな大剣を構えている。それが開始と同時に、展開を始めたメンバーに向かい猛烈に駆け出し、一瞬で一人を沈め、持っていた銃を奪って見せたのだ。
「陣形C! 銃撃に備え――」
そして銃が奪われた事に、すぐさま守りの薄い装備の者を守ろうと動いたのもつかの間、奪った銃をありえない速度で投げつけ、そのまま――
「……デタラメだろ……」
銃を盾で受けた瞬間、盾の内側、即ち自分のすぐ隣にその人物が立っていた。
そして――それを確認したと同時に彼の意識は暗転したのだった。
結果だけ言ってしまえば、セオリーや戦法もなにもない。ただの暴力、力押しだけで二分隊が五分と掛からずに戦闘不能に陥ってしまっていた。
それが果たして装備の力によるものなのか、彼の常軌を逸した身体強化によるものなのかは定かではない。だが、確かに彼は『未来の切り札』その片鱗を見せたのだった――
『……テスト終了。待機メンバーは気を失った人間を医務室に搬送して。そして――貴方は戻って来て頂戴』
ペースを握られたら負ける。初見殺しと常識を覆す戦法を繰り返して『わからん殺し』に徹して思いっきり荒して回る。初心者がジャイアントキリングをする時っていうのは大抵がそういう状況なんです。なので、今回は剣を使ううんぬんでなく、ただ全力で叩き潰す、余裕があったら適当に剣を振り回し、とにかく攻撃し続けるという戦法を取らせて頂きました。うん、お陰で勝てたわ。もう相手だけ遠距離武器も近距離武器も全部そろってるんだもん。だったらそれぞれが仕事をする前に潰すしかないじゃないですか。
「緊張感が違いますね、プロの集団と戦うっていうのは。いやぁ……あらかじめ相手の装備が確認出来てよかった」
控室に戻り、ヘルメットを外しながら肩をぐりぐりと回す。
今回は本当にただの戦力分析だろうからと剣の使い方を試したりはしなかったが、一先ずこれが今の俺に出来る全力だ。この結果にニシダ主任は満足しただろうか?
「……体質的に貴方は魔法が使えない。それは貴方の最大の弱点であり、対集団戦においても貴方は素人だからと、銃使いを含めた部隊を用意したのだけど……」
「まぁさすがに武器種見たらとられる作戦くらい予想出来ますよ。相手がプロで、しかもここが限られたフィールドですしね」
ゲーム脳万歳。アクション要素の入ったPVP形式のFPSゲーム流行ってたからなぁ……懐かしいなぁ……その経験がまさかこんな形で生かされるとは思ってもみなかったが。
「……忘れていた。貴方の戦闘力ばかりに気を取られていたけど、戦術や用兵理論の成績も良かったのよね……それにしても、本当に速いわね。私じゃ目で追う事も出来なかった」
「ええ、かなりの速度でしたね。かなり我流ではありましたが、訓練された相手をねじ伏せるだけの力は確かにあるようです。ユウキ、強いですね」
面と向かって言われるとですね、照れます。頑張った甲斐もあります。内心今も心臓がバクバクいってるんですよ。負けない為に全力で戦うのって凄い緊張するんですよ。
「確かに現状、あの学園に入学予定の同年代の子達と比べるとユウキは……強すぎますね。これまでの措置やニシダ女史、それに総帥さんが慎重になるのも頷けます」
「ええ、私も今回改めて思い知らされました。ユウキ君、貴方前よりも動きの隙が減ってきているわね。ほら、これ見て。以前の映像と比べると全然違う」
「これはあれです、強化を抜くタイミングとか、入れる瞬間を見極めてるって感じです」
何かで見た気がする。もううろ覚えだが、攻撃や切り返し、方向転換のような力が加わる瞬間にこそ最大の強化をほどこしたりなんだりしてみました。手探りだけど。
「本当に魔力運用の強化に力をいれているのね。末恐ろしいわ」
「自分でもちょっとびっくりしてます。ここ最近全力で動いていなかったので。それにこのスーツ凄く動きやすいですし。なんなんです? 全裸より動きやすいって」
「ふふ、まぁ一応最新技術の粋を極めた作品だもの。そう言ってもらえてなによりよ」
そんな物貰って本当に大丈夫なんですかね。一先ずスーツを解除し、一瞬で元の服装に戻る。凄いな、この機能も。マジで変身ヒーローみたいじゃないですか。
「さて、じゃあ装備の方は問題ないみたいだし、剣の方は一度こちらで預からせてもらうわね。殺傷能力の切り替え、収納の機能も持たせておくわ」
「ありがとうございます。じゃあ今日の予定は終わりですか?」
「ええ。予定はこれで終わりね」
「あの、私も以前頂いたコレを使った訓練を行ってみたいのですが」
その時、イクシアさんがポケットから小さな腕輪を取り出しそう言った。
あれは以前、俺のウェポンデバイスと一緒に届けられたイクシアさんようのデバイスだ。
たしか術式リンカー? 魔術や魔法の発動を手助けし、コントロールを高めてくれる物だ。つまり俺には関係ない物ですね、分かります。もう諦めました。
「なるほど、構いませんよ。私としても実際にイクシアさんが運用した場合のデータがどうなるか気になっていました。そうですね、ならユウキ君が相手として――」
「申し訳ありません、それはお断りします。私が自分の子供に魔法を向けるなんてありえませんので。何か標的のような物を用意して頂けないでしょうか」
「……ええ、そうですよね。すみません、私の配慮が足りませんでした」
徹底していますねイクシアさん。いや嬉しいんだけども、ちょっと恐いです、目が。
「安心してくださいユウキ。私が貴方に手を上げるとすれば……それは人の道を外れた時だけです。貴方はそんな事はしない。それは私がよく分かっていますから」
「……ちょっと逆に緊張しますね、そう言われてしまうと」
なんだかんだ言って、三ケ月程度一緒に過ごしただけでここまで言ってもらえるのは、嬉しい反面、少し照れるというか……申し訳ないと言うか。
そうこうしている間に、訓練場に機械仕掛けの大きな人形が三体設置された。
そして、イクシアさんが珍しく身体をほぐすようにストレッチし、そこへ向かう。
「……実際、私達もイクシアさんが魔法を行使する姿を見た事がないのよ。一応、魔力運用の理論とか、現代の魔法についての知識は教えておいたのだけど……」
「……イクシアさんってたぶん、元々は戦う人間だったと思うんです。彼女の過去については俺も聞いたりはしていないんですけど……そっちでは何も分かっていないんですか?」
「正確な年代は分からないのだけど、本当にグランディアの神話時代に生きていた人なのよね、彼女。神話といっても地球とは違い、グランディアの神話って実際に起きた事件が神格化して生まれた物だから、その時代は確かに存在していたのよ」
「そうなんですか……」
神話時代の人物は皆、常軌を逸した伝説を持っている。俺が調べた限りでは、たった一人の人間が広大な森を永久に凍らせ封じた、やら。大陸を剣の一振りで分断した、やら。それこそおとぎ話のような逸話が残されていたが……さすがにそれはないだろう。
だがイクシアさんがどんな魔法を使うのか、その好奇心だけは今も大きく膨らみ続け、今脳裏を過った伝説ほどではないにしろ、何か凄い物を見せてくれるのではないかとワクワクしてきた。
『では訓練を開始します。そのデバイスを使い任意の魔法を発動。その標的三体を攻撃してみてください』
『了解しました。では、参ります』
ううむ、佇まいが綺麗だ。カッコいいし。……いいなぁ、彼女の隣で戦いたいなぁ。
イクシアさんが腕輪をした手を顔に掲げ、そのまま前へと勢いよく振るうと、まるで手から伸びるように青い光飛び出し――
「うおおお! なにあれかっこいい! あんな魔法あるんですか」
「酸素と魔力、本人の資質による炎色反応ね。あれは……かなりの高温よ」
「青い炎……ですね。でも、炎ってあんな形になりましたっけ?」
「さぁ……あれが神話時代の魔法なのかしら」
彼女の右手には、青い炎が剣の形を成して存在していた。剣の形……むしろ物質としてそこにあるような存在感を放っている。正直、羨ましくてもんどりうってしまいたいくらいです。ええ……俺ああいう魔法こそ使いたかったんですけど……。
すると彼女の姿が消えた。青い火の粉だけが微かに残り、気が付くと炎の剣を持ったイクシアさんが、標的から離れた場所で自分の魔法の調子を見ている様子だ。
『終了しました。どうやら、最低限の魔力でもある程度安定して出力を維持してくれるようですね。ただ、今回選んだ術では殺傷能力を抑えきれないみたいです』
『は? いえ、ですから――』
その時、三体の標的の手足から炎が吹き上がり、こちらまで届く異臭と共に床に転がる。
「ええ…………やっぱり俺が切り札とかおこがましいんじゃないですか……?」
「……速度だけ見ると、ユウキ君、貴方の方が上よ。今後は動体視力や感覚面の強化にも力を入れるべきね。ただ……あれ、魔法じゃないわね。魔導よ、魔導」
「魔導と魔法って違うんですかね? 実は魔術と魔法の違いすら分からないんですよね」
「単純に威力の差みたいなものよ。実際には術式の構成が違うのだけど。ただ、魔導っていうのは酷く複雑な術式を編み込んで発動させる大規模な範囲に効果を及ぼす物なのよ」
「ん? じゃああれって魔法なんじゃないですか?」
「……解析の結果、使われている術式の数、密度が知られている魔導と比べても遜色のないレベルで組まれている。……広域破壊兵器を一か所にまとめた感じと言えばわかるかしら」
ヒェッ! あの剣そんな物騒な物なんですか! なにそれめっちゃ恐い。
「一瞬であれ程の術式を組める知識に魔力量……神話の時代というのは、みんなあれ程の強さを持っていたのかしらね……」
たぶん、それは違う気がする。そんな強い人間がごろごろしていたら、きっと現代だってそういう人間がごろごろしているはずだろう。
色々考えているうちにイクシアさんが戻り、腕輪を外しニシダさんに手渡す。
「申し訳ありません、外見上は破損していないのですが、やはり使用した術に問題がありました。内部の構造が熱でやられてしまったみたいです。魔力の流れで壊れる事のないように加減はしていたのですが、どうやら温度にまで気が回っていなかったみたいです」
「い、いえ……こちらとしても課題が見つかり助かります。調整しておきますので、後日自宅にお届けしますね」
「はい、お手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。ユウキ、どうしましたか? そんな顔をして」
はい。正直羨ましすぎてつい。ない物ねだりしたいお年頃なんです。
いや本当に……本当になんで俺は魔法が使えないのでしょうか……。
その気持ちを素直に言える程、僕のプライドは小さくないので黙っておきます。
いいんだいいんだ……いつかそれっぽいオーラとか出せる様に頑張るから!
そうして、思いのほか早く自分の全力をイクシアさんに披露する機会に恵まれた俺は、いよいよ二週間後に控えた入学式に向け、今からでは遅いかもしれないが、予習復習に入るのであった。なお、さすがに高校までとは違い勉学としての色が濃くなってきたので、徐々に僕のモチベーションも下がりつつありましたとさ。
「さてユウキ、今日は揚げ物に挑戦してみましたよ。大好きな鶏肉をから揚げにしてみました。さ、温かいうちに食べましょう」
「おお! 今行きます!」
が、日々の生活が幸せ過ぎるので、モチベーションなんて毎日全快まで回復するんですけどね。
イクシアさんが毎日色んなものに挑戦するので一緒にいて楽しすぎる。
(´・ω・`)今回で第一章はおしまいです
次回更新は二章が完成してからになりますので、今しばらくおまちくださいませ