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第百三十七話

 山道は、針葉樹より広葉樹が目立つ山の中を通る、思ったよりも険しい物だった。

 けれども、今の季節は紅葉が美しく、元々観光地として有名だったという事もあり、同じ方向へ向かう魔車や自動車の魔力版、魔導車が目立っていた。

 しっかりと舗装されつつも、景色を楽しませるのを前提にしたであろう山道は、確かに走っているだけで目を楽しませてくれるのだが、やっぱりね、もう俺は景色よりもこの先にいるイクシアさんの事ばかり考えていた。


「もうすぐだね、ユウちゃん」

「……うん。会ったらまず何を話そうかな……」

「……まぁ、私が以前言っていた説得うんぬんはまずは忘れてくれ。存分に再会を喜び合って欲しい。何せ、私が君を彼女に会わせたいというのは、紛れもない本心なのだから」


 移動五日目。正午に差し掛かる前にはもう、その山村『カーヴェントリ』に到着するそうだ。

 正直、心臓の音が外に聞こえるのではないか、そんな心持ちの俺は、もう待ちきれないからと、御者席の隣に座り、リオちゃんと共に道の先をずっと見据えていた。

 そして――


「ほら、見えてきた。あそこが『山間の里カーヴェントリ』だね。観光名所としては、山頂にある湖と渓流、滝。それに湖周辺の湿地帯と遊歩道として張りめぐされた木製の橋。まるで蜘蛛の巣みたいに縦横無尽に木橋の遊歩道が渡されていてさ、あそこを歩くとなんだか可愛い音がするんだ。木琴みたいに」

「へぇ……イクシアさんと行ってみようかな」

「……本当にお母さんが大好きなんだね」

「ん-……お母さんだから好きなんじゃないよ。イクシアさんだから好きなんだ」

「そっか」


 なんだか微笑ましそうに見つめないで下さい。


「じゃ、とりあえずセシルの雨靴に向かうね。ロウヒ、それでいい?」

「ああ、まずは何よりも彼を彼女に会わせるのが優先だ」

「色々話を聞いてると、俺も気になって来るな。後で一応顔合わせくらいはしておいた方がいいか」

「私はまず秋宮リョウカと会わねばなるまい。今後について打ち合わせが必要だ」


 山村とは名ばかりの、規模も人の多さも町と呼べるカーヴェントリの中を、俺達の魔車が進む。




 大きな建物、ロッジを大きくしたような建物には、ちょっと可愛い感じの字体で『セシルの雨靴』と彫られた木の大きな看板が掲げられていた。

 昼食時、沢山の人間でひしめく店内に入ると、ロウヒさんはその足でカウンター席の向こう側にいるマスターと思しき人に声をかける。


「マスター、今戻った。別館に向かわせて貰うぞ」

「おお! 『オーナー』じゃないか。お仕事お疲れ様。中に入ってくれ」


 そのマスターと呼ばれた男性が、ロウヒさんをオーナーと呼ぶ。

 表向きの肩書、だろうな。

 そのまま俺達はカウンター横にある扉を開き、何やら紋章の描かれた床の上を通り、狭い通路を渡っていく。


「この別館と呼ばれる場所が我々の今のアジトになる。VIP用の別館という扱いで呼んでいるからそのつもりで対応してくれ」

「了解です」


 辿り着いたのは、先程までの暖かな印象を受ける建物ではなく、木製なのにどこか冷たい印象を受ける建物だった。

 綺麗に加工された板で全面形作られた、まるで新築の木造校舎のような、どこか背筋が伸びてしまうような印象だ。

 建物内を進むと、ちらほらと人の姿をみかけるようになった。

 そして、一様にこう言うのだ。

『おかえりなさい、ロウヒリーダー』と。


「やっぱりリーダーなんですね」

「まぁこの部隊のリーダーではあるからな。組織全体の首魁ではないさ」

「へぇ……部隊って扱いなんですか」

「言っていなかったか? USMとは聞いた事がないか?」

「あ、あります。秋宮の部隊だと思っていましたけど……」

「いや、我々の組織が貸し出している部隊の名前がUSMなのだよ」


 なるほど。って事は母体になる組織はもっと大きい……と。

 俺達はそのまま、別館と呼ばれている施設の最深部へと辿り着く。

 そこは、本来ならロウヒさんが使う部屋であり、そして現在は――


『どうぞ』


 ロウヒさんがその扉をノックすると、すぐに聞き覚えのある、けれどもそのイントネーションの細部が、つい二カ月程前まで聞いていた物とは微妙に違う声が返って来た。

 そう、俺の知るリョウカさんの声だ。


「おかえりなさい、ロウヒ。そしてお久しぶりです、ユウキ君、六光。最後に……はじめまして、ですね“リオステイル・K・エンドレシア”さん」

「ああ、ただいま帰還した。私が不在の間、部隊の面倒を見てくれた事、心より感謝する」

「いやぁ、正直俺としてはつい最近まで別方面に雇われてたんで、ちっとばかし会わす顔がないんですがね」


 二人がそう語る。そして最後の一人、リオちゃんが――


「やっぱりいけ好かないね、アンタ。私の事、最初から正体知ってたんじゃない」

「いえいえ、地球での貴女の動きや正体は掴めていませんでした。ですが――ここに来てその姿を見て、確信しました」


 何やら、因縁めいたやり取りをかわす二人。

 あ――そうだ、俺も挨拶をすっかり忘れていた。


「お久しぶりです、リョウカさん」

「……はい、お久しぶりですユウキ君」

「はい。本当にお久しぶりです。あの……」


 けれども俺の頭をしめる事柄が、そんな当たり前さえを忘れさせていた。


「あの……あの! イクシアさんは……どこですか?」


 まるで絞り出すように要件を伝える。

 けれども、何故かリョウカさんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 え……?


「ユウキ君。残念ですがイクシアさんは今この村にはいないんです」

「は!? なんで!? なんでだ!!!!」


 気が付けば、俺は室内に木霊する程の大声を上げていた。

 ただ――


「いえ、てっきり私は貴方達が来るなら海路だろうと思っていたんですけどね? その様子だと直接この村に来たようですし、ちょっと計算違いでしたね。イクシアさんならてっきり貴方達が海から来る物だとばかり思っていたので、苦手を我慢して麓にある漁村の港にいますよ。ここ一月半以上、毎日です」

「……へ? あ、あの……じゃあ漁村へは……」

「そうですね、一時間後にトラムウェイ、所謂ロープウェイが来ますから、それに乗って下山してください。三〇分程下れば到着しますよ」


 その言葉を聞き、心の底から安堵の声を出そうと思ったんだけど、それに先んじて――


「よかった……本当によかった……! ユウちゃん直ぐ行きな! 秋宮リョウカ、言い方が悪い。もしもユウちゃんがお母さんに会えなかったらどうしてくれようかと思ったんだけど」

「うん……! 本当に、本当に……! ロープウェイ乗り場ってどこですか!?」

「それなら宿出て右手側、すぐ分かるよユウちゃん。早く行きなよ」


 退室の挨拶も忘れ、俺は全力でこの場を立ち去った。








「……どうやら、かなりユウキ君に入れ込んでいるようですね。……私は、貴女が地球人嫌いだとばかり思っていましたけれど」

「私が嫌いなのは秋宮の関係者だけ。そして私がユウちゃんと出会ってお気に入りにしたのは秋宮と関わるよりも前。だから何もおかしくはないよ」

「……なるほど。しかし、まさかとは思いましたが、本当に貴女が――朽ちた王家の末裔がこの組織に参加しているとは思いませんでしたよ」


 ユウキが立ち去った後の室内に、俄かに剣呑な空気が立ち込める。


「朽ちた王家とは言い草だね。朽ちた原因を作ったのはアンタでしょう」

「ええ、そうですね。私は前エンドレシア王国王家に終焉をもたらした。地球との関りに際し、真っ先に侵略を考えた貴女達の王家を」

「……アンタの手なんて必要なかった。お前みたいな過去の亡霊に、今を生きる私達の道を好き勝手されたくなかった。身内の不始末くらい、私が自分でつける事が出来た。なのにお前は……秋宮の名を騙り、その力で私の国を封殺した。その結果が苦し紛れのノースレシアへの侵攻だ」

「ええ、あの国は他大陸との絆を失い、手近な場所から奪おうと考えた。そして貴女はいつからかおかしくなった王家を自らの手で終わらせようとした。ですが――」


 リョウカは、どこまでも平坦に、平静に、何の感情を乗せるでもなく、ただ言葉を舌にのせる。


「それでは時間がかかり過ぎる。だから私はエンドレシア王家を滅ぼし、力のない家にエンドレシアを任せた。結果、無謀にも考え無しに前王家の真似をしてノースレシアへ侵攻、順調にその力を落としている」

「……本当、嫌な女だよアンタ。やり方が卑怯くさい」

「ええ、そうでしょう。貴女が『自身の才能を王家打倒程度に使うのが惜しい』と思いましたから。偉大な魔導師の血を色濃く継いだ貴女は、一生に一度生み出せる大魔導を、そんな争いの為に使おうとした。それが勿体ないと思ったんですよ」

「……私は、私の意思で力を使いたかった。振るいたかった。でもアンタはそれを私から奪った。だから、私はアンタが嫌いだ」


 それきり、二人の間を沈黙が支配する。

 が、その空気を壊すように、六光が口を挟む。


「でもお嬢はリョウカの姐さんが自分の為に動いた事、自分と同じ目的を持っていた事も知っていた。だから間接的に助けになるよう、そして同時にいつでも寝首をかけるように俺達のところに来た。そうですよね?」

「煩いろっくん! 余計な事言わない!」

「……ええ、私は貴女に随分と助けられました。そして何よりも――今、私がユウキ君と知り合えたのも、どうやら貴女がいたからこそ。だから、今度は私が恩返しをする番、ですね」

「私は恩返しなんてした覚えはないけどね。……で、ユウちゃんのお母さんは本当に漁村にいるの? もしも嘘だったらマジで殺す。ユウちゃんはね、もう思いっきり、それこそ私よりも苦しんだんだ。使われ、利用され、そして自分の手で友達を傷つけた。これ以上ユウちゃんを苦しめるような真似だけは絶対にさせない」


 リオは、強く強くリョウカを睨みつける。

 それに対して、リョウカはただ小さく呟いた。


「……ええ、私もそれを願います」








 ロープウェイが来るまで三〇分。俺はロープが伸びる先、山の麓を見つめる。

 小さな漁村、そしてそこから広がる広大な海。

 青い海と紅葉に染まった山肌のコントラストが綺麗だなと一瞬思うも、すぐに『ここを全力で駆け下りた方が早いだろうか?』と考えを巡らせる。


「……きっと遅いよな、ロープウェイその物も」


 だったら走るしかないだろ。

 乗り場から離れ、近くの藪から山に入り、頭上に見えるロープを辿るようにして全力で駆け下りる。

 木々を、葉を、何もかもを蹴散らすように全力で駆け抜ける。

 濃厚な山の匂い。嗅ぎなれた自然の香りに混じる、微かな潮の香。

 足に入る力が増す。疲れなんてない、ただ、心が大地を蹴る足よりも強く跳ねている。


「やっぱこっちの方が速い! それに――見えてきた」


 村、というか小さな町だろうか。

 門が、観光客向けの駐車場が、出入りする住人の姿が見える。

 藪から飛び出した俺は、そのまま息を整え、静かに漁村を訪れた。

 ここも、山村程じゃないけど人が多い。そりゃ観光地からロープウェイで繋がっているんだ、こっちに来る人だって多いだろうさ。


「港は……海の方だよな、当然」


 歩く。騒がしくはないが、それなりに人気のある、景気のよさそうな呼びかけの声が行き交う町の中。

 魚介を焼いた匂い。昼食なのか、何やら串物を食べ歩く人間。

 そんな人の流れに逆らうように、俺は観光客が少なく、地元住人であろう、体格の良い漁師風の人間が多い場所を目指す。


「……船、沢山あるな」


 広く、多くの船が停泊している場所。

 俺は辺りを見回しながら、イクシアさんの姿を探す。


「もしかして……港近くに休めそうな場所でもあるのかな」


 船が来るまで、見晴らしの良い喫茶店かなにかにいるのかもしれないからと、俺は食堂風の店へと足を運ぶ。


「いらっしゃいませー」


 店内に、イクシアさんの姿がない。が、さすがにこのまますぐ出るのも悪いからと、情報収集も兼ねて、温かな紅茶を頼みながら、お店の人間に訊ねてみる。


「すみません、初めてこの町? に来たんですけど、何か名物とか、変わった物ってあります?」

「ん-……アタシ達にとっちゃ当たり前の光景だけど、午前中なんかは朝の漁で上がった魚介の販売が活発だったり、夜になると屋台が沢山出たりするねぇ、お客さんみたいな人の為に」


 なるほど……。

 するとこちらの会話に、常連と思しき男性が加わって来た。


「最近はもう一つ目玉があるだろ? 兄ちゃん、最近はちょっと見ものと言うか、名物があってな。恋人を待ち続ける美女ってのが話題になってる。んで、そんな美女に勇気を出して誘いをかけて、撃沈していくサマを見るってのが流行って――」

「すぐ戻ります!」


 もう、座ってなんていられなかった。


(´・ω・`)次回、じょうのう(略

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