第百三十三話
イクシアとリョウカが山村を目指している頃、さらに言うとユウキ達がファストリアから海を渡っていた頃、地球ではどんな変化が訪れていたのか。
全世界に世界樹の苗を破壊されると言う前代未聞の事件を放送された関係者達は、その責任を誰に押し付けるべきなのか、日夜秘密裏に会談を交わしていた。
だが、あくまで戦力として配備されていただけの若者、学生であるSSクラスの生徒達は、そんな権力者達の会談とは無関係に、一先ず秋宮の研究所に『保護』という名目で『隔離』されていた。
無理もない。生徒の一人が稀代の犯罪者となったのだ、その同じクラスに所属している人間が自由にされるはずがない。
既に秋宮を始めとして各国の軍人、警察組織により、生徒達は監視されていたのだった。
だがそれでも、学生である以上、ある程度の自由は約束され、こうして今日も生徒達は集り、彼等も話し合っている訳なのだが。
「……今日で一週間になる。やはり、我々への疑いは中々晴れないのであろうな……」
「仕方ない……だろ。ユウキが……ユウキがあんな事をした以上、俺達が拘束されるのは当然だ」
「その名前を出さないで! あんな奴……ただの犯罪者だ。私達が出ないでどうするの……アイツを殺せるのは私達だけなのに……こんなところに閉じ込められたままなのっておかしいよ」
「セリア……」
「落ち着けよ。だったらお前もあのチビ聖女様と一緒にグランディアに戻ればよかったじゃねぇか」
「……たぶん、戻ったら私は故郷に帰される。アイツの捜索に加わる事なんて出来ない。でもここに残れば……少なくとも地球でアイツに対抗出来る戦力は私達しかいない。直接……私が仕留められるチャンスもあるかもしれない」
クラスメイト達は、そのセリアの変貌に何も言えずにいた。
それも仕方のない事だ。エルフ、中でもセリュミエルアーチに属するエルフにとって、世界樹やその苗というのは、何よりも尊い物なのだ。
ましてや、セリアは聖女候補でもあった人間。その思い入れの強さは、他の人間では理解が及ばない程。
「……私達は恐らく、そこまで長く拘束される事はないと思いますわ。現在は私達全員の身元の確認、そして事件の責任追及についてどうすべきか議論されているのでしょう。……これは、多くの政府が合同で行っていた作戦です。恐らく秋宮だけが責任を追及される事も、ましてや私達に責任をとらせるような事態にはならないはず……ですわ」
「そうだろうね。けど、ユウキ君がテロリストだった事の問題はそれとは別だよ。たぶん僕達はこの後、散々取り調べを受けるんだろうね。もう話せる事は話したつもりだけど……まだ足りないんじゃないかな」
「俺は……俺はまだ信じちゃいない。きっと何か理由があったはずだろ……! だってユウキだぞ? ユウキがテロリストな訳がない。あの苗だって……本人の意思じゃないかもしれないじゃないか!」
カイは未だ、ユウキの無実を信じる様に話す。
だがそれが我慢ならなかったのだろう、セリアが低い、怒りを滲ませた声で語る。
「……理由があったらいいの? 理由があったら自分達の家族が目の前で殺されても、その犯人を許すの? ……そういう事をしたんだよアイツは……」
「……カイ、今回ばかりは簡単に擁護出来ないんだ……。私はグランディアで過ごした時間が長いから分かる……彼は、それほど重い罪を犯したんだ」
議論は振出しに戻る。『ユウキは重い罪を犯した』という結論にして始まりへと。
「……善悪を問えば間違いなく悪です。しかし悪でも理由が知りたい。少なくとも私達にはその権利がある。そう、思いませんか?」
「コウネ……そうだな……理由くらい、知っておきたいな」
「理由なんて! アイツが異常者だっただけだよ! 私達を騙してただけだよ! ただの狂ったテロリストだよ!」
「セリアちゃん……ごめんね、今は少しだけ冷静になろ。どんな悪人でもその本人だけが持っている動機があるはずです。たとえただの快楽、異常行動だったとしても、それを本人の口から聞けてないならただの妄想と同じ。私は……直接本人の口から聞きたい、そう言っているだけなんです」
「……でも……」
極めて冷静にコウネは語る。それでも怒りが収まらない様子のセリアだが、少なくとも今自分が『クラスメイトの話を遮った』『自分の怒りを周囲に放出している』という事を自覚したのか、口を噤む。
「……私は部屋に戻るね。たぶん、冷静に議論なんて出来ない。私は最初から最後までアイツを殺したい。それだけだから」
そう最後に言い残し、セリアは自分にあてがわれた部屋へと戻る。
「……境遇的に仕方ないのかもしれないな……。コウネ、お前だって彼が、ササハラ君が私達を欺いていた事実に怒りを覚えているのではないのか?」
「正直、私は彼が私達を欺いていたとも、ずっとテロリストとして潜入していたとも思っていません。苗を破壊した事は、今の状況からすれば確実に悪ではありあますけど……」
ミコトの問いに、コウネは応える。
今の状況でもまだ、ユウキを悪人だとは思っていないのだと。
「今の世界情勢、常識、環境を考えればユウキ君がした事は明確な悪。ですが私は彼自身が『悪人』だとは、一切思えません。……セリアさんには申し訳ないんですけれど」
「……何か、我々の知らない事情があると? 何故だコウネ、何故お前はササハラ君の肩をそこまで持つんだ」
「……詳しいお話は出来ません。ですが彼は……心の底から善人です。自身に関係のない、一個人ではどうしようもない巨大な問題に身一つで挑み、私を……私の家を救ってくれました。あまりにもリスクが大きい事件でも、彼は『クラスメイトの為』ただそれだけでそんな危険を冒す、そんな人です」
コウネは、自身を救い、もしかしれば国の行く末にも大きな影響を与えたかもしれないユウキを、心の底から信じていた。
妄信ではなく確信。彼は決して悪ではないという。
「……彼が善人である事くらい、私だって分かっていたさ。少なくとも私とカイ、私達は彼に救われた。正確にはユキさんの協力もあった訳だが……」
「そうです。だから……私は、私のやり方でユウキ君を調べます。今の状況、そしてこの先に私達を待ち受ける境遇を考えれば、恐らく本格的に世界間の移動が制限される。その前に私はナーシサス様同様、グランディアに呼び戻されるでしょう、公爵家の人間として。……私はそれに応じます。グランディア側で私はユウキ君を探ります。そして……話すんです。どうしてこんな事になってしまったのか。それを全て」
「……分かった。我々は秋宮預かりとなるだろうが……恐らく彼に対抗する戦力として扱われるだろうな。私は、まだ彼の行動を全て許している訳ではない……戦いになれば迷わず剣を取る。だが……それでも、彼との対話を諦めないと約束する。コウネ、お前はあちらで彼を追うと良い。私も……こちらで彼を待ち構えるさ」
ミコトとコウネは、それぞれ別な道を進み、ユウキへと至る事を目指す。
それに触発されたのだろうか、他の面々も自分がどう動くべきか決め始めていた。
「……ま、俺もコウネと同じ事になりそうだな。どうせこのままじゃグランディアには渡れなくなりそうだし、精々俺も自分の立場を利用して全面禁止される前に向こうに渡るとするか」
「アラリエル……俺は……たぶん、ミコトと一緒に行動する事になると思う」
「私は残念ながら皆さんのように戦う術がありません。ですが……少なくとも彼が今回の事件を起こした背景を探るのに、秋宮について調べる必要があると考えています。そうですわね、私は暫く秋宮に協力する形で内部から探ってみますわ」
「僕はそうだね……一応企業所属だけど、今回の件でどうなるかは分からない。でも、一先ずはカイ君と一之瀬さんと一緒、になるのかな。それにたぶん……セリアさんも」
「セリアはきっとササハラ君を許しはしないだろう。だが、私達が彼女を抑える意味でも、一緒にいたほうがいいだろうな……」
歩んだ時間は、共に過ごした日々は、そう簡単に断ち切る事は出来ない。
別離の道を選んだユウキを、それでも追いかけようとするクラスメイト達。
それは憎しみからくる物だってあるのかもしれない。
だがそれでも、縁は縁。
その縁を辿り、きっと彼らはいつの日か、彼へと、ユウキへと至るだろう。
そう信じる一同が決意を新たにしたのだった。
その頃、自分の思惑が外れ、最悪に近い状況に陥っていた現秋宮財閥総帥、リョウカを名乗る『リョウコ』は、これからの展開を考え思い悩んでいた。
本社ビルにて、自分が負った責任をどう返済し、同時にその責任を他者に分散するべきか。
神経をすり減らす思いで考えを巡らせる。
「……あの少年がテロリストだった……? それは考えられませんね。香月家の娘から解析の協力を得られたら……少なくとも前日のあの少年の動きを調べられる……ダメですね。今更彼の行動を調べても意味がない……一般への中継が止まっていたのが幸いしましたが……」
実は、あのテロが起きた時、最初に起きた爆発により、各国の中継班は退避、一般人はほぼあの場から退却していた関係で、ユウキが犯した罪の決定的な瞬間は映っていなかったのである。
だが……音声だけは、放置されたカメラに僅かに拾われていた。
それは、ユウキがテロリストと思しき人間と言葉を交わし、そしてクラスメイトと敵対する発言。
そして、聖女による訴え。
『ユウキが世界樹の苗を殺した』と。
映像こそ映っていないものの、言い訳が難しい状況であるのは変わらない。
現に、今回の植樹に関わっていた国からは、学園の責任者であるリョウコに責任追及がなされていた。
「……テロに屈しろと? 冗談じゃない……ここで秋宮の力を削がれる訳には……SSの直接的な指導者の更迭だけではまだ足りませんか。やはり……意味はなくとも追跡する人間を派遣すべき、ですね」
未だ具体的な展望が定まらない中、総帥室にノックの音が鳴る。
「誰です」
『私です。兵器研究開発部主任のニシダです』
「入ってください」
それは、かつてリョウカの右腕になるかもしれないと密かに目され、そして現在は『ユウキに近すぎるから』と警戒され、研究所に軟禁も同然の状態で隔離されていたニシダ主任だった。
「珍しいですね、何か報告でしょうか」
「はい。現在、私が受け持っているプロジェクトですが、全工程を助手の坂田に引き継ぎ、またプロジェクト完遂の目途が立った事を報告に来ました」
「それは良い知らせです。最近、あまりにも悪い知らせが多くて辟易としていたところですよ」
そう力なく笑うリョウコを目の前にし、ニシダ主任は微かに表情を曇らせる。
「……そして、今プロジェクトの終了を以って、私は秋宮カンパニーを退社する考えです。こちらを受け取り下さい」
続いて、主任は懐から『辞表』を取り出し、リョウコの机の上に置く。
「……なんの冗談です? もしや……あの少年の凶行に対しての責任ですか? 貴女は彼の秋宮入学に対して世話をしていましたね」
「……いいえ。元々、今プロジェクトが終わり次第提出するつもりではいました」
「どこです」
「はい?」
「どこに引き抜かれたのですか? 報酬ならそちらの倍は出しましょう」
「いえ。少なくとも向こう数年はどこかの企業に属する事はしません。ただ純粋に……一身上の都合です」
ここに来て、兵器開発のブレーンとも言える人材の流出。
直接今の問題に関りはないとはいえ、ここで彼女が抜けるのだけは避けたい。
故に、リョウコは……大きな、大きすぎるリスクを負いながら圧力をかける。
そのリスクを知らないからこそ出来る暴挙ではあるのだが。
「許しません。貴女の才能を無駄にするのは世界の損失。どうしても辞めると言うのなら、それなりの覚悟をしてもらう必要がありますよ」
「……やはり、そういう事でしたか。その言葉で確信が持てました。貴女はリョウカさんではない。恐らく妹さん、リョウコさんですね?」
「何を突然……」
すると、どこか緊張していたニシダ主任が、唐突に背筋を伸ばし、明確に宣言する。
「貴女は、私にだけは強く出る事は出来ないはずでした。それは『真実を知っているから』。そしてその真実を知っているのは、私と……貴女だけでした。もう分かりました、これで失礼します」
「待ちなさい! 覚悟は出来ているんでしょうね! ニシダチセ!」
「私はどこにもこの情報を漏らしません。ですから……どうか私にはこれ以上関わらないで下さい。お互いの為になりません。さようなら、秋宮総帥」
立ち去るニシダ主任を、最後まで引き留める事が出来なかったリョウコ。
一瞬、自分の権力を使い、強引にでもニシダ主任を手元に置く事も考え、指示の電話をしようと腕を伸ばしかけるも、それを途中で思い留まる。
「く……さすがに今は周囲の心証が悪すぎます、か。何故……何故私には優秀な手勢がこうも少ない……!」
かつて、リョウカが使っていた力の数々。
『USM』と呼ばれる武装組織に、言わずと知れた『ジョーカー』。
そして『ダーインスレイヴ』と『ユキ』。
そのいずれとも連絡を取れずにいるリョウコは、唯一自分が動かすことが出来た人間『ユウキ』の離反により、いよいよ追い詰められていた。
故に――
「もう、なりふりかまっていられませんね。SSの生徒を利用するしかありません……か」
こうして、ユウキ捜索、そして次代の手勢として、本格的にSSの生徒を利用する為の算段を整えていくのだった。
その直後、密かに部屋の様子を盗聴していたニシダチセの兄が、静かに本社からチセと共に立ち去る。
……そう、命拾いしたのだ。リョウコは今この瞬間、知らず知らずのうちに、己の破滅を回避してみせたのだった。
「……クク。嗅覚が鋭いのか、ただの偶然か。悪運が強いところはそっくりだ」
「なに? 兄さん」
「いんや、なんでもない。ちょっと盗み聞きしてただけ」
「は? なにをよ」
「秘密。まぁ俺は地獄耳でもあるとだけ言っておこうか」
「……本当なんでもありよね兄さん」
「そう、なんでもあり。さーてと……グランディアに出発する前にレストラン閉店のお知らせ出しておかないとなー。チセ、今日何食べたい?」
「豚肉料理!」
「あいあい。中々良いチョイスだ」
舞台は、一度グランディアへと移る。