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第十二話

「はい、遅れてしまってごめんなさいね。チセからの謝罪の品も預かっているわよ」

「ありがとう御座いますアケミさん。やっぱり無茶なオーダーしすぎたんですかね」

「ふふ、そうかもね。ただ、これ本当に使えるの? ケースに入ってるとはいえ、とんでもない重さよ?」

「一番頑丈な素材を選んだんですけど……たぶん大丈夫だと思いますよ」


 引っ越しの前日、ようやく連絡があった。『デバイスが今日の夜に届くから、明日一番に受け取りにいってくれ』と。まさにギリギリである。

 専用のケースには生体認証によるロックが施されており、俺以外では決して取り出す事が出来ないと言う。値段が値段だ、当然のセキュリティですな。


「おお……凄い、これ本当にウェポンデバイスなのか……」

「うわ、凄い綺麗ね。これ本物の刀じゃないのよね? ねぇ、ちょっと起動してみてくれない?」

「は、はい……思ったよりも重いな」


 出来るだけ衝撃にも魔力にも強い素材をと思い、選べる素材の中で最高品質の物を選んだ。なんでも、グランディアに存在する素材と地球にある合金を掛け合わせたものだとか。

 一般的にはゲートを通り抜ける為の航空機の先端部分に使われている素材らしい。

 その合金で刀身を作り、魔力が通る部分には素材ではなく、特殊な『空気』の道を作ってあるんだとか。真空タンブラーみたいな物かと一瞬思ったのだが、全然違いますよねたぶん。


「ほっ! おお! 綺麗に光るもんだなぁ」

「白色魔力光……珍しいわね、混じりっ気のない白なんて。なんにも左右されていないフラットな状態。自然が多い環境で育ったなら、山や川の魔力を受けて多少は変化するのだけど」

「なんでなんですかね? でもこの銀の刀身には似合ってるじゃないですか」


 本当は、予測がついている。魔力は身体よりも精神の影響を受けるという。

 そして俺の精神は……魔力が存在しない、ただの地球の人間。その影響なのだろう。

 ……今の状況とか境遇は、もしかしたら俺じゃない『俺』が受けるべきものだったのだとしたら……少し、罪悪感がある。けれどまぁ――なったもんはしょうがない。


「魔力を通すと割と動かしやすくなりますね。こう、身体と一体化するっていうか」

「そうね、魔力伝導率が高い素材だから、そうなんだと思うわ。それにしても……シュバ学ってすごいわねぇ、こんな物生徒に作ってくれるなんて」


 なお、明美さんは俺の事情を知らない模様。


「あ、それとこれ。遅れたお詫び、もとい卒業祝いだって、チセが」

「さっきから気になっていたんですけど、ニシダ主任と仲いいんですね」

「まぁね。同じ高校、大学出てるし、同じ会社だしね。向こうは超がつくエリートだけど」

「アケミさんも施設のトップじゃないですか」

「まぁねぇ……でもここだけの話……チセ、相当稼いでるわよ。お給料だって私の十倍はカタいわね」

「ひぇ……」


 小さなケースを渡され、それを開いてみると腕輪型のデバイスが入っていた。

 すると、ケースが開いたと同時にスマート端末が着信する。


『これはイクシアさん用のデバイスよ。彼女には必要ないかもしれないけど、咄嗟のセーフティー替わりはなるはず。彼女の魔法は、私達とは次元が違うもの。ついでに貴方の分のデバイスのメンテナンスに使える道具も一式入れておいたわ。以上、メッセージ終わり』


「新手の手紙ね。こんな手の込んだことするくらいなら直接渡せばいいでしょうに。素直じゃない子ねぇ」

「や、でも凄く嬉しいですよ。ニシダ主任、優しいですよね」

「……ま、ね。あの子苦労人だからねぇ……」


 それはなんとなく見ていたら分かります。


「さ、じゃあ私からも卒業記念よ。これ、系列施設のフリーパス。本当はそこそこ値がはるんだけど、ユウキ君は実験にも協力するんだーってチセから聞いてね。私からのプレゼント」

「え!? そんな高いものなんて……」

「チセの1/10の給料の私が大丈夫か心配? 安心して、平均の三倍くらいなら私も貰ってるから」

「……露骨にお金の話ださないでくださいよ、ちょっと世知辛いっす」

「貴方ももうすぐ社会人になるような物なんだし、現実を知っておきなさいって事よ。じゃあ、新幹線の時間もあるだろうし、これくらいにしておくけれど……そのデバイス運ぶの大丈夫? 重くない?」

「余裕ですね。じゃあ……夏休みにはこっちに戻ると思いますので、それまでお元気で」

「ええ、そっちもね。後見人さんにもよろしく言っておいて頂戴ねー」


 そう挨拶をかわし、先程から後ろの待合室のモニターに映し出される戦いを熱心に見つめているイクシアさんに声をかける。

 まさか彼女とは思わなかったのだろう。……説明が面倒になって彼女を離れた場所に放置していた訳では断じてありません。夢中で見ていたのでついつい。






「相変わらずすさまじい速度でしたね。聞けば、グランディアへ向かうヒコウキという物はさらに速いそうですね」

「アレより速いってちょっと想像出来ないですけどね……中の人間は大丈夫なのか」

「恐らく新幹線同様、空間保持の結界を展開しているのでしょうね。動くものに合わせて術式が可変していましたので、恐らく相当数の術式が駆動部に一緒に収められているのでしょう」


 何それ凄い。そんな仕組みだったのか。

 その後、今回は車ではなく公共の交通機関を使い海上都市へ。

 これからの生活の上で、これに慣れておくのは必須事項でもある。

 同時に、乗り換えはイクシアさんの操作するナビアプリ頼りです。ある意味最終試験。

 まぁ、結局モノレールに乗り換える時には俺が間違いを指摘する事になったのですが。


「橋に併設されたレールをつるされるように……電車とは少し違う仕組みなのでしょう。これは……海が真下に広がっていると思うと少し恐いですね……」

「イクシアさんって海に何か嫌な思い出でもあるんですか?」

「ええ、ありますね。幼いころ、乗っていた船が難破し、浜辺に流れ着いた事があります」


 嫌な思い出ってレベルじゃねぇ! 九死に一生じゃないですか!

 この話題は終わり! 閉廷!




「うわすげえ……最新の家電で揃えられてる……台所も……」

「これは凄い。ユウキの家にある道具も素晴らしいと思っていましたが……ここまで便利になるものなのですか。これなら目玉焼きを焦がす事もないでしょう」

「ですね! これならお湯をわかしているうちにお湯が蒸発した! なんて事もなさそうです!」


 なんだか微妙にレベルの低い会話をしているような気もするが、とにかく辿り着いた我らが新居。そして用意されていた家具家電に感激中。

 温度管理から時間を管理するコンロやオーブン、水を補充しなくても自動で氷を一定数まで数秒で補充する製氷ボックスつき冷蔵庫。

 料理にかざすだけで電子レンジの様に温めてくれる家電などなど……まさに未来の道具とも言える物が取りそろえられていた。


「魔術で行える事を道具の機能として封じ込める……魔術の得手不得手を解消し生活に役立てるとは……私の時代にあった研究の夢の形がこの世界では実現しているのですね……あちらでも、このような便利な世界になっているのでしょうか」

「たぶん、なっているんじゃないですか? こうして向こうの魔法をこちらが利用しているように、向こうもこちらの科学技術を吸収してるんだと思います」

「ふふ、それはよかった。……手を取り合い、先へ進む……それはとても素晴らしい事だと思います」


 本当にそう思う。お陰で俺も……新しい家族が出来たのだから。

 っと、くつろぎすぎて忘れるところだった。着いたら学園に顔を出さないといけないんだったな。


「イクシアさん、俺は学園の方に顔を出す事になっているので、ちょっと行ってきます」

「分かりました。では私は、近隣の町の様子を見てきます。明日、一緒に買い物に行くためにも大まかな道を調べておきますね」

「お願いします。じゃあまた後で。いってきます、イクシアさん」

「いってらっしゃい、ユウキ」


 毎日、彼女にいってらっしゃいを言ってもらえる学園生活。……幸せ過ぎでは?






「やはり広いですね……しかしこれだけ設備が整っているのであれば……料理の勉強、どうすればいいのでしょうか」


 真新しく、木の香りもうっすらと感じられる新居。

 自然に囲まれ、その空気が私の感覚をどんどん研ぎ澄ませていく。

 ……若い肉体というのは、ここまで素晴らしい物だったのですか。そんな事、生前は気にしたことなんて一度もなかったと言うのに。


「また……子供を育て、共に生きていける……私だけこんな幸福を得てしまって良いのでしょうか……ヨシネさん」


 生まれ変わるから、と消えて行ったユウキの祖母の名を呟く。

 きっと、貴女もユウキの行く末を見守りたかったはずです。

 ……代わり、という訳ではありません。ですが、貴女の心と遺志は確かに私の中に宿っています。ですからどうか……この幸せを享受する事をお許しください。


「荷解きは済みましたね、粗方。最後にユウキのお父さんとお爺さん、ヨシネさんを……よし。あとは花を……買うのでしょうかね。冬でも花が買える世界……不思議です」


 どの道山の裏にあると言う町へ向かう予定ですからね、お花屋さんを探してみましょうか。




 山を五分ほど下ると、舗装された道に出る。車道ではないようですが、この幅ならもしかしたら車も通るのかもしれません。後でユウキに注意するように言いましょう。

 町の様子は、ユウキの故郷にある繁華街を少し静かにした印象でした。時間によって町の顔つきも変化するのだとは思いますが、あの大量のビルが立ち並ぶ場所よりは、こちらの方がずっと過ごしやすそうです。

 そうして、道を忘れないように通った道をスマート端末で撮影、風景を保存しながら進んで行くと、ようやく大きな道に出ました。

 車の通りは少ないですが、女性の方々が皆同じ方向へ向かうので、私も同じ方向へ。

 すると、道の先に大量の車が停められている、大きな建物が見えてきました。

 あれは、恐らくスーパーマーケットに違いません。知識にある物よりもだいぶ大きいようですが……どれだけの品が並べられているのか、年甲斐もなく心がおどります。


「これは……園芸用品ではないですか。ではお花も売っているのでしょうか」


 後に、ユウキに教えて貰ったのですが、ここはスーパーマーケットではなく、更に多岐にわたる物が取りそろえられている『総合スーパー』と呼ぶそうです。


「農機具も……しっかりとした作りでこの値段……家の周囲の土地は自由にしていいという話でしたし、小さな畑を春になったら作りましょうか」


 これからの生活に思いを馳せる。ここに来るまで、久しく忘れていた事。

 なんだか心まで若返ったような自分に、ついおかしくなり笑いそうになる。


「そうですね……一先ず今日のところは料理の素材だけでも買っておかなければいけませんね」


 身近にこんなに大きなお店があるのならば、生活で困る事はなさそうです。ただ……いつまでも他人の好意に甘えている訳にもいきませんし、自分で稼ぐ方法も考えるべきですね。

 ……私に何が出来るのか。この平和な世界で役に立てるのか、それは分かりませんが。

 それになによりも……出来る事なら、家からは離れたくない。ユウキは家に誰かがいる事そのものが嬉しいと、以前言ってくれた。『おかえり』を聞くだけで、幸せだと。

 そんなあの子の笑顔を曇らせる事だけは……したくない。


「しかし、まず当面の目標は料理のレパートリーを増やす事が先決でしょう。近くに図書館でもあれば調べられるのですが……」


 大量に陳列された、どういう味かも分からない調味料や、箱に料理の写真が描かれている商品。こういった物の活用方法も学んでいけば、毎日帰って来たユウキが……。


「今日の献立を聞いて来るんです。それで答えると、ユウキが喜ぶ……ふふ、素敵ですね」


 子供が喜ぶ料理を作る事が出来る。それは、もしかしたら本来親が持つべき必須技能だったのかもしれません。私は……施設の管理と子供の躾だけを行い、時には子供に恐がられる存在でもありましたが……それでいいと、そういう役割なのだと自分を言い聞かせてきた。

 けれども……欲が、出てしまった。私だけの子供がいる今の環境に満足せず、更に求められたいと、思ってしまった。やはり……少しくらい料理を学ぶべきでした。


 ユウキは鶏肉とピーマン、ニンジンが好きだと言っていた。

 焼いて盛り付ける事しか出来ない私の料理でも、彼は嬉しそうに食べてくれていた。

 けれども、それが心の底からの言葉だったとは……思えません。私も飽きていました。

 どうにかしてレパートリーを……。


『今日は、最近値段の上がった海老の代わりに、安い鶏胸肉を使いトリチリに挑戦してみましょう!』

『わーわーパチパチパチ。でも私は海老の方が好きだよ?』

『今回の企画はお手軽節約レシピなので貴女の好みは二の次です。では改めまして――』


「これは……」


 お肉売り場に置かれていた、私の持つスマート端末に似た機械で、仮面の男女が料理を解説する映像が流れていました。

 これは……まさか料理をレクチャーしてくれる映像なのではないでしょうか?


「……なるほど、あの商品は料理に必要な調味料一式のセットでしたか」


『このコック堂さんのエビチリの素はですね、なんと秋宮リゾートホテルの料理長が監修しています』

『へぇ、今度連れて行っておくれよBB』

『はいはい、いつかね。では、まずは鶏肉の下処理から行います。今回はお手軽ですからね、まず肉の繊維を――』


 その映像から、目が離せませんでした。手順の理由、行為の意味。そして簡単にすませる方法。分かりやすくまとめられたその映像は、確かに私の脳裏に一つのレパートリーをしっかりと覚え込ませていくようで……。


「完成してしまいました……ああ、内容をもう一度見直したい……どうすれば……」

「あのぉ、ちょっと横に動いてもらえますか? お肉を取りたくて」


 その時、私は自分が売り場の前に陣取り、他人の邪魔をしていた事に気が付きました。

 急ぎ離れ謝罪をすると、どうやらお買い物中の女性のようです。


「申し訳ありません。つい、興味深い内容に足を止めてしまいました」

「ああ、BBクッキングですね。ふふ、私の家でもよく参考に作っているんですよ」

「BBクッキング……この映像は、他では見られないのでしょうか?」

「見られますよ。『ぶうつべ』にチャンネルもありますし」


 分かりません。それは一体どういう物なのでしょうか……しかし、残念ながら女性はお肉を手に会計へと向かってしまいました……これは後でユウキに聞いてみませんと。








「相変わらず広い……今日は理事長室に呼ばれてるけどあの総帥さんと顔会わせになるのかな。緊張するなぁ」


 相変わらずのマンモス校っぷりに溜め息を吐きながら、本校舎へと踏み込む。

 今の時期、在校生は当然休暇中なのだが、時折なにか用事でもあるのか、やったらとカッコいい制服を着た生徒が歩いていた。いいな、あれ。俺もあれに袖を通す事になるのだろうか。

 その時だった。在校生ではなさそうだが、俺と同じように私服姿の男が、道に迷った様子でウロウロとさ迷い歩いていた。

 よく見ると、それはどうやら……実技試験の最後に戦っていた爽やかイケメン君だ。

 ふむ、ここはあらかじめ繋がりでも作っておきましょ。


「どうした、青年。そんな挙動不審な動きをして。迷ったのかい?」


 無駄に先輩風吹かせるスタイル。


「あ、ええと……すみません、道に迷ってしまって……第二会議室という場所を探しているのですが……」


 以前訪れた際にアプリを使ったので、主要な施設の場所は把握済みでございます。


「ああ、それなら本校舎じゃないね。この建物から出て、大きな訓練用ドームがある方向に第二校舎があるから、そこの二階だよ。校舎案内用のアプリもあるから使うと良いよ。ほら、そこの案内板にあるQRコードを読み取るんだ」

「あ、ありがとうございます! 凄いな……学校専用のアプリまであるなんて」

「はは、俺も初めての時は驚いたよ。しかし春休み中なのに新入生がいるなんて、何か用事でもあるのかい?」

「え、ええ。実は今日ここに呼び出されていて……」

「なるほど。じゃあ急いだほうが良いかもしれないね」


 ふむ、彼もなんらかの事情があるのだろうか? そういえば試験の時も彼だけ担当教官の強さが違ったし、いかにも凄そうな剣を召喚していたな。


「本当だ……すみません、俺はこれで失礼します! 有り難う御座いました『先輩』」

「あ、いや――」


 行ってしまった。俺先輩じゃないよ、同じ新入生になるのに。まぁいいか。

 なんか面白そうだし態々追いかけて訂正しなくても良いだろう。

 なにはともあれ、こちらも呼び出しの真っ最中だ。早速向かわねば。




「失礼します。ササハラユウキです」

「どうぞ、入ってください」


 理事長室は、本校舎の最上階、五階にあった。すげぇよ……地元じゃ大型スーパーですらここまで大きくないのに。しかも第二、第三校舎も同じくらい大きいし。

 そして通された理事長室には、やはり以前と同じ、鼻から上をハーフマスクで隠す黒髪ロングなお姉さん、秋宮グループの総帥さんが待ち構えていた。


「よく来てくれましたね、ユウキ君。イクシアさんとの生活にはなれましたか?」

「い、いえ……まだ慣れてはいませんが……少しずつ打ち解けて……正直に言うと、俺が一方的に緊張してしまっている、という状態です」

「ふふ、正直でよろしい。健全な男子なら当然でしょうが……貴方が不埒な真似をしないことを信じていますよ。私も、ニシダ主任も、そしてイクシアさん自身も」


 開幕揺さぶりかけるのはやめて頂きたい! 正直そんな生活よりも今の状況の方が緊張しています! 下手したら俺消されない? 大丈夫? なんかそれくらいの力ありそうなんですけど。


「さて、では本題に入ります。貴方の戦闘データやデバイスの扱い、それに今つけているチョーカーに関わる話なのですが……申し訳ありませんが、この学園の敷地内にいる間は、自由に抑制レベルを変えられないような機能がしかけられています。貴方は少々……強すぎる。そう……ついカッとなり抑制を外された日には、教師陣が束になっても貴方を止められない程に。事後報告、そして一方的な力の封印、謝罪させて頂きます」

「な……それは……さすがにもっと早く知らせてくれても良かったんじゃないですか?」


 早速出された本題は、少々人の人権を侵すような内容だった。

 少なくとも……ニシダ主任も知っていたはずだ。ちょっとショックだな。

 ……けれども、確かに学園生活で、俺が三年間一度も怒らずに、心穏やかに過ごせるのかと問われると……。


「本当に申し訳ありません。ただ……この機能は使うべきか最初は未定でした。少々……我々も貴方の成長の速度を甘く見ていました。それに、懸念も生まれたのです。貴方の将来について」

「俺の将来、ですか?」

「ええ。貴方はその力で何をしたいと考えていますか? バトラーや異界探査、グランディアにて、どこかの王家や貴族に仕えるという道もあります。地球でどこかの研究機関に属するという道もあります。ですが――」


 そこまで言われてようやく気が付く。俺はこれから先も力を封じる事でしか人並みの生活を送れない可能性があるのだと。


「……その顔、自分でも気が付いたようですね。貴方の活躍の場は限られるのです。そして、もしも何らかの形で力が露呈した日には……」

「分かりました。力の抑制については納得します。正直、俺もちょっと自信なかったんで……ほら、組手とかそういうのでムキになってしまったり……」

「ご理解いただき感謝します。さて、ここまでが前置きなんです、実は。本当の本題はここから、貴方の学園生活について提案があるのです」


 なんですと? 割と重大な話だったと思うんですが今の。


「貴方の将来も含めた提案です。貴方のその力を遺憾なく発揮し、なおかつ人々の助けになる事が出来る素敵な未来を提示させて欲しいのですよ」


 そういうと総帥さんは、仮面の上からでも分かるくらい、良い笑顔で語り出す。

 ……うっさんくせええええええ!


「この学園には、少なからず貴方のように規格外の生徒が入学してきます。通常の生徒と一緒に講義を受けても得るものが少ない、そういう生徒が少なからず存在していました。ですが仮にも世界最高の学園を自負しています。なので、今年度からは異質な生徒だけを纏めたクラスを設立する事になりました。そこで――貴方にはそのクラスにおけるジョーカーとしての役割を担ってもらいたいと考えているのです」

「はぁ……なんですか? それ」

「……あまりそそりませんか?」

「正直ちょっとまだわからないです」


 響きだけはカッコいいと思います。でも自分の生活に関わってくるとなると、さすがにね? いや、でも響きはカッコいい。本当カッコいい。


「新しく設立されたクラスの生徒は、主にこのまま戦場に立たせても十全に戦えるような生徒や、豊富な知識、魔法、指揮能力を秘めた人間が含まれます。故に彼らを成長させるためには、通常の生徒と同じ指導方法では足りないと私は判断し、様々な任務、実習に出向いてもらいたいと考えているのです」

「あ、それは本当に実りがありそうで素敵だと思います、俺も」


 あれ? 普通によくないか? 課外活動みたいな物なのだろうか。

 通常の授業でも俺は十分に知識を得られるとは思うが、実際にこの世界を見て回る機会を学園側が提示してくれるのなら、願ったりかなったりだ。


「ですが、この学園の生徒は皆、相応に大きな物を背負っています。家名や将来仕える家。それに研究に従事する者。そういった生徒はまさに宝、万が一にも危険に晒す事ができないのです」

「まぁそうでしょうね……というかそもそも全生徒が守る対象なのではないでしょうか」

「ええ、それは勿論。ですが、普通の生徒にSPが配備される、なんて事はないでしょう? 私が今言ったのは、冗談抜きにそういう護衛が必要とされる生徒達なのです」

「うわぁ……改めて思ったんですが、俺場違いすぎじゃないですか?」

「……それについては、申し訳ありません」


 きっとお嬢様やお坊ちゃんが大勢なのでしょう。どうしよう、俺いじめられない? 友達出来る? いやさすがにいい歳してそんないじめやらなにやらはないと信じたいが。


「勿論、実習の際には生徒を守る人間も配備します。そして……貴方にはその一人としてクラスに入ってもらいたいのです。平時は生徒として共に学び、もしも有事の際は……貴方に全ての力を発揮してもらいたいのです」

「おー……確かに少しそそりますが、本末転倒では? 俺の事が露呈するのってマズいのでは?」

「大丈夫です。変装、もとい専用の装備も支給します。つまり貴方には学びつつ、非常勤の護衛となってもらいたいのです。当然、お手当も出しますし、ここで実績を積む事が出来れば、卒業後に正式に私の元で働く事も可能になるでしょう。将来的に、貴方を本当のジョーカーとして、世界の抑止力としての道を提示しているのです、私は」


 抑止力……随分と、話が大きくなってしまった。俺が本当にそこまで強くなれるのかは分からないが、以前ニシダ主任は『ジョーカーがいる』と言っていた。

 つまり、俺がその一員になる道を提示している、と。


「……正直、絶対的な力は必要なのです。ですがそれを、私以外の陣営が持つのを許したくない。これは独善的と取ってくださって結構ですが……グランディアを我が物顔で荒そうとする国、陣営は驚くほど多いというのが現状です。私はそれを牽制し続けたいのです」

「……そう、なんですか。まぁ、その気持ちは俺にも少し分かります」


 行った事も無いし、見た事も無い。けど、異なる文化がある国、世界に関わり過ぎるのは、侵食するようにこっちの人間が流入し続けるのは、少し嫌だな、と思った。

 こういう部分は元いた地球と同じだ。移民やらそういう問題が多かった気がする。


「引き受けてもらえますか? 勿論、貴方にそういう役目が訪れないようにこちらも尽力するつもりではあります。ただ、最後の切り札が欲しいのです」

「あ、今のは少しグッと来ました。……学園の外ではこのチョーカーも自由に解除出来るんですよね? つまり、実習等でそういう事があるかもしれない、と」

「ええ。一年目はそこまで大規模な実習はしませんが、二年目からはグランディアでの活動も視野に入れています。ですから、私としては受けて貰えると助かります」


 マジでか。異世界いけちゃうのか。それで力を振るう機会もあると申しますか。


「引き受けます。お給金もちょっと魅力的ですし……そちらの援助を受けていますが、さすがに貰いっぱなしなのは申し訳ないですしね」

「本当ですか!? では、出動があった場合に、その都度振り込ませて頂きます。後程書類を渡しますので、必要事項を記入して下さると助かります」


 バイトのような物、と考えよう。平時は普通に過ごせるのなら、問題ないさ。

 なぁに心配はいらん! そんな非常事態がぽんぽん起きる訳がない!


「ふふ、では後で専用の戦闘服や仮面……それにコードネームも考えましょう! ふふ、どうしましょうかね……シュバイン……豚ちゃん……ぶぅぶぅ……」

「すみません、豚から離れてください」


 なにこのお姉さん……急にウキウキしだしたんですけど。

 恐いし可愛いんですけど。そして豚がどんだけ好きなんですか。

 よく見ると部屋にも絵画が……あれ? この世界にも某掲示板ってあるんだっけ?

 すげぇ見覚えのある豚の立派な絵画が飾られているんですが……。


(´・ω・`)いったいなんの絵画なんだ……

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