第百三十話
(´・ω・`)おめでとう、君はみんなを裏切った
全力。全身全霊。戦うんじゃない、これは虐殺だ。
たとえ死ななくても、命を奪う事にならないとしても、これは虐殺だ。
俺は最初、どんな役割を期待された。
“未来のジョーカー”だ。即ちかつて俺達が見た光景、あの暴力の化身だ。
俺にはまだそこまでの力はない。だが――
「……お前らくらい、一瞬で沈められなくてなにがジョーカーだ」
一瞬で、ナシアとキョウコさんが地面に横たわる。
そしてそのまま倒れたナシアにデバイスを突き立て、完全に意識を奪う。
本当、心の底からこの場所が結界内で良かった。そうじゃなきゃ死んでた。
「……ぐ……はむ子、いきなさい」
「させないよ」
同時に、倒れたキョウコさんが最後に呼び出した電気ハムスターを消し飛ばす。
駆ける。足を止めるな、次に討つべきは――
「俺相手に付け焼刃の狙撃なんて無駄だ」
「ガッ……くそが……」
狙撃を回避しアラリエルの背後に回り込み、デバイスごと身体を切りつけ、そのまま気を失ったアラリエルの身体を盾にジェン先生へと向かう。
生徒を攻撃する事への一瞬のためらい。それがあれば十分だった。
「くそ! くそ! なんでだ!」
「……悪い生徒でごめん」
アラリエルの身体を貫く刃で、ジェン先生の身体を一緒に切りつける。
それと同時に風の刃を射出し、迫って来ていた氷の刃を切り崩す。
「……ユウキ君」
「……」
氷の欠片が宙を舞う。その欠片から逃れる様に、今度は近くで様子を窺っていたカナメの元へ向かう。
氷により動きを封じられる可能性があるのなら、近くに味方であるカナメがいれば巻き込む事を恐れてそれは使えない。
「はぁ!」
「ふっ!」
カナメの一撃、重すぎるそれをデバイスで受けながら、大きく弾き飛ばす。
が、同時に死角から突き出された刀を、一瞬だけこちらの脇腹で受けながら、なんとかデバイスで引きはがす。
体力がごっそりと削られた。俺も結界に守られた形だ。
「流石実戦戦闘理論の研究室出身。……なら」
「……もはや、君を友とは……思わない」
一之瀬さんが、刀を再び構え直す。
そこにカイとセリアさんが並び立ち、その背後にコウネさんの姿も見える。
カナメは……また回り込んでるか。
「そろそろ時間だ。……これで終わらせる」
駆ける。駆ける。駆けながら分身を作り出す。
速く速く、これまでで一番速く。
既に、俺の姿を捉えられないのだろう。焦りが生まれているのが分かる。
分身と俺の見分けすらつかない状態。つまり、各個撃破はもう出来ない。
なら当然――
「……そうくると思った」
「ガッ……く……お前なんか……」
「……それでも私は……」
魔法を放つ為、一瞬だけ周囲への警戒が疎かになるセリアさんとコウネさんを分身と共に切り伏せる。
各個撃破が無理なら、全てを範囲ごと薙ぎ払う。
なら魔法を使うしかない。つまりこの二人を釣ったという事だ。
残り、三人。
「ユウキ!」
「ユウキ君!」
「ササハラ君!」
同時に、三人が攻めたてる。
薙ぎを、突きを、斬撃をデバイスでいなしながら、分身を生み出していく。
反撃の切り払いが分身からも放たれ、それが相手の背後に炸裂する。
分身の利点。それは同時攻撃ではなく、裏からも攻撃出来る事。
表裏同時攻撃が出来る事だ。つまり――ゲームで言うガー不攻撃。
「グッ」
「ああ!?」
「チッ」
それでも結界で守られている以上、致命傷には至らない。
一瞬動きが止まるだけ。しかしその一瞬で十分だった。
三人の武器を同時に弾き飛ばしながら、風絶を放つ。
鈍い金属音をさせながら、三人の武器がはるか後方に消える。
そして――返す刃で、三人を切り裂いた。
「ササハラ……君」
「……負けるのか、僕達」
「なんで……お前が行くんだよ……」
見渡せば、今度こそナシアを含め、全員が地に伏せていた。
すると、丁度時間になったのか、再びヘリの音が聞こえてきた。
だが――
「逃がすものか……逃がすか、絶対に! ぜっだいに! おまえだげはあああああああああああ!!」
周囲の地面が割れる。石礫が、砂が巻き上がる。
肌をビリビリと震わせる異質な気配が充満する。
「……まだ起き上がるのか……あれが聖女かよ……むしろ魔王だろ」
ボロボロになりながら、石礫と共に俺が弾き飛ばした三人の武器を周囲に浮かべ、ナシアが幽鬼のようにふらふらと歩み寄って来ていた。
「ああああああああああああ!!!!」
「ぐっ!」
三人の武器が射出され、それをデバイスで防ぐと、鈍い音が響き渡った。
……くそ、さすがにグランディア産のアーティファクトの攻撃を防ぎ過ぎたか。
完全に、へし曲がってしまっている。
「ここまで飛べ!!!!!! 最速で離脱するぞ!!」
「お嬢、頼む! 一撃だけ聖女の攻撃を凌いでくれ!」
「了解! 飛んで、ここまで飛んで!!!」
ナシアには既に周囲の様子が見えていないのか、まるで暴風のように暴れまわっていた。
そこから逃げ出すように、俺は全力の助走と共に、空へと跳ぶ。
空中で再跳躍。そしてさらにもう一度跳ぶ。
これが俺の限界。届け、ここから逃げるんだ。
「手! 伸ばして手!」
「はい!」
あの女の人が、ヘリから身体半分乗り出すようにしながら伸ばす手を、ギリギリ――
「やっと……今度こそ……君の手を取れた……よし! ろっくん引っ張り上げて! 私は結界張るから!」
「おうさ! 坊主、上がれ!」
ヘリによじ登ると同時に、あの女性が杖を構えヘリの外に向かい、光の膜を生み出していた。
そこに、ナシアから放たれた暴風と雷、炎と氷がぶつかる。
……属性のオンパレードかよ。
「速く! ロウヒ速く!」
「……まだ追うか!」
ナシアの魔法から逃れる様にヘリ、いや輸送機が高速で空を飛ぶ。
結界が軋むのが見て分かる。執念が見てわかる程のナシアの魔法が、機体に迫る。
「もうちょっと……!」
「六光、ジャミングだ! 周辺空域の包囲網を一気に抜ける!」
「おうよ。全員目一瞬閉じろ!」
急ぎ目を閉じると、瞼越しにも分かる強烈な閃光を感じた。
そして再び目を開くと――
「離脱……完了」
「ふぃ~……聖女の魔法でたらめすぎ……結界の維持で寿命縮むかと思った……」
「だいぶ働いたな俺……これで後はゲートまで無事に移動出来たらいいんだが」
三人が、座り込み安堵の息をついていた。
「……これで、俺は本当に地球の、世界の敵になったんですね」
「……ああ。そして我々の仲間となった。この功績は……組織の誰の文句も許さないだろう。世界樹の苗を破壊したのは紛れもなく君だ。それはいつの日か、烙印から称号へと変わるだろう」
「お陰で、こっちの手間も双方の被害も最小限になった。最悪、結界を解除して皆殺しにするつもりだったからな」
平然と恐ろしい事を口にする辺り、やはりテロリストなんだな、と実感する。
だが――
「だから、私はこんな手段を使って彼を引き込んだ。……一般人の血は流さないと決めた。少なくとも今回の作戦では。正しさを免罪符に命を奪う事だけは避けたい」
「……奪うなら、奪うと決めた上で奪うってか」
何か、信念のような物も感じるのだ。
果たしてこの人達はどんな目的で動いているのか、それがまだ分からないが、それでも俺はみんなを裏切りこちらについた。
「……今度こそ――」
すると、小さくそう呟きながら、女性がこちらの手を取った。
お姉さんどうしたですか……ちょっとびっくりしたんですが。
「あの……?」
「……今度こそ、私の手を取ってくれたね……“ユウちゃん”」
「……え?」
今、なんて? ユウちゃんって……。
「……リオちゃん?」
その名を口にした時、こちらを掴む手が光り、彼女の全身が光に包まれた。
その光が止むと、俺の手を掴む手が、小さな……小さな子供の物になっていた。
当然、目の前にいた女性も、小さな子供の姿となる。
「そーゆうこと。今回は任務内容が任務内容だからね、ちょっと裏技使ったんだ」
「ええ!?!? なに、大人になる裏技なんてあるの!?」
「ん-……魔力を強引に取り込んで、一時的に元の姿に戻った感じかな? 地球って魔力が薄いから、私身体の維持が出来ないんだよねー」
え、なに。じゃあリオちゃんって元々大人なの!?
ていうか俺の逆!? 俺がグランディアに行くと成長するヤツの逆パターン!?
「ふふ、私は元々ユウちゃんよりずっと年上なんだよん。たぶん……こっちに来ると一〇才以上若返るんだけど」
「ふ、そうだな。まだそのダボダボの服を着ておいた方が良い。ゲートを潜ればまた元に戻る」
「うん。このままいけそう? ゲート付近に空軍の展開とかない?」
「中立地帯であるあの場所に国が単独で軍を展開する事は難しいだろう。ましてや……強大な空軍を保有する“あの国”は今、ジョーカー殿に首根っこを掴まれている。軍を動かす事は出来ないだろう」
あ、なるほど……ヨシキさんが今あの国の動向を監視しているのか。
そういえば、今回の植樹式にもあの国の軍関係者は出席していなかったな。
「……で、そろそろ教えてもらえませんか。世界樹の植樹。それをここまでして妨害した事について。そして……苗を完全に殺すっていう、もはや妨害では済まない事を俺にさせた理由について」
妨害なら、また別の機会にやり直せば良い。だが苗の破壊となると……植樹の機会は二度と訪れない。
苗がどうやって生まれるのかは分からないけれど、少なくともこんな事態が起きてしまえば、もう二度と苗を地球に植えようとは思わないはずだ。
「……そうだな。まず大前提として……“あの苗は世界樹にならない”」
「……は?」
「ま、予測でしかないんだけどさ? ユウちゃん、もし世界樹が地球で順調に育って、魔力が自前で供給出来るようになったらどうなると思う?」
「そりゃあ……便利になる?」
世界樹にならない? いや、どういう意味だそれ。
「そりゃ便利になるけど……そうじゃなくってー、世界がどう動くかって事。たとえばそう『もうグランディアに頼る必要がないのなら、もっと他の道を探れる』って考えだすと思わない?」
「そして、その他の道の中には『グランディアとの交流を断つ』という選択肢もある。それこそが、今我々が最も危惧している道でもある」
「いや、でもそんな事……秋宮が許すはずが――」
「その秋宮が、グランディアとの交流を断つ事を目的としているとしたら? ユウちゃん、もうロウヒから聞いてるよね? あれは秋宮リョウカ……少なくともユウちゃんがリョウカだと思っていた女じゃない、別人。だからこそ私達はこうして動いた。秋宮の力を、リョウカ以外の人間が手に入れてしまったから」
「そして肝心の世界樹が育たなければ、地球はどうなる? グランディアと決別しておいて育たなかった。そうすれば地球はどうなると思う?」
それは聞いた。でも、俺はあの人が別人だとは思えないのだ。
人が変わったような言動が節々から見え隠れしたのは否めない。でも……。
リョウカさんが別人なのも、苗に欠陥があったのも、今の俺には確認のしようがないではないか。
「……詳しい話は直接聞いて貰った方が良いだろう。約束だ、君を我々の本拠地に連れていく。その場所で君は……秋宮リョウカと会い、直接今世界で起きつつある事を聞くといい。そして……大切な家族と再会するんだ」
「……本当にイクシアさんがいるんですよね? もしもいなければ俺は……」
「安心しろ。彼女達はいる。きっと、君を待っている」
それだけが、俺の原動力だった。
俺が全てを裏切ったのも、全てはもう一度イクシアさんと会う為。
もし、イクシアさんに会ったら俺はどうなるのだろうか。
彼女は俺を怒るのだろうか。俺はそこでなんと言えばいいのだろうか。
「ねぇロウヒ、さっきから言ってるけど、家族って? ユウちゃんの家族がどうしたの?」
「そうか、まだお前達には説明していなかったか。私は、地球に来る直前に秋宮リョウカとグランディアで顔を会わせている。そして……その際に護衛として、青年の母親である女性と言葉を交わしている」
「へー! ユウちゃんのお母さんって護衛を勤められるくらい強いんだ! 会うの楽しみだなー!」
そうか、ロウヒさん以外の二人はずっと地球にいたのか。ならイクシアさんにもリョウカさんにもまだ会っていない、と。
「昨今のユウキ青年の働きの裏には何か事情があるのだろうと考えた結果、私はある結論に辿り着いた。逃亡した秋宮リョウカ、そして彼の母親だという人物の同伴。つまり現在の秋宮カンパニーは秘密裏に総帥が据え変わっている。ならば……何故ユウキ青年がそれに付き従うのか」
ロウヒさんは、限られた情報を推理し、俺がどんな状況にいるのかを探り当て、そして最も効果的な交渉カードを切り、俺を引き込んだ。
その事実をロウヒさんが説明した次の瞬間だった。
突然、輸送機が大きく揺れる。その原因は――
「ふざけるな!!! 母親を人質に働かせてたって!!! ユウちゃんはずっと騙されてあんな汚れ役をさせられていたの!? あの女……殺してやる!!」
「お嬢! 機体を殴るのはやめてくれ! アンタにキレられたらこっちがもたねぇ」
「でも! ……許さないよ、秋宮リョウカもどき。少なくとも今回の一件はあの女に大きなダメージを与えた……弱ったところを今度こそ食い殺す……!」
「クク……随分と青年に入れ込んでいるんだな、リオ」
「当たり前でしょ。元々、ユウちゃんに最初に目を付けたのは私なんだから。秋宮なんて私の後にユウちゃんの価値に気が付いた出遅れ組なんだ」
はは……確かに俺を最初に認めて道を指示したのはこの人だったな。
リオ……さん? 年上なんだよな、本当は。
いや、それよりももし俺が『母親を餌に地球を裏切りました』って言ったらどんな反応をするのだろうか?
大丈夫? ロウヒさんと喧嘩しない? いやまぁ別にイクシアさんが自ら望んで地球を去ったようだから俺がロウヒさんを恨むのは筋違いかもしれないけど。
「そういえば……リオ……さん? は、どうしてあんな田舎に来ていたんです?」
「ちゃん、でいいよ? 私は、元々用事があった訳じゃないんだ。ただロウヒの仕事の付き添いで来ていただけ。なんだっけ、日本における異常、特異な魔力流の観測地を調査していたんだよね」
「そうだ。日本を含め、地球の各地には特異な魔力の発生、滞留、淀みが生まれる場合がある。その地点の調査をしていたんだ」
「へー……じゃあ偶然だったわけですね」
「だねぇ……私調査とか出来ないから、とりあえずあの辺りで暇潰し出来そうな場所がないか探して、あの施設に辿り着いたんだ」
「まさか、その人物が後に私とも偶然手合わせする事になるとはな」
「俺もそうなるか。俺も偶然、任務中にお前さんと遭遇して交戦した。……ここまで来ると偶然とは言えねぇかもしれねぇ」
言われてみると確かに……って、そもそも六光はなんで誘拐の手伝いなんて……?
「俺の場合は、裏で動いてるリョウカ……の妹か。アイツとある程度のコネクションを作っておきたかったからな。あの狂言誘拐、あれもそもそもリョウカの妹が仕組んだ物だったらしい。セリュミエルアーチに恩を売り、地球との繋がりを強める目的でもあったんじゃねぇか? まぁ……本当は秋宮の人間が解決する予定だったんだろうが、それを偶然通りがかった坊主に解決された訳だけどな」
「だが、結果として君は秋宮に連なる者となった。計画通り、という訳になるな。尤も、君を秋宮に引き込んだニシダ女史と秋宮リョウカに、この計画は知らされていなかったのだろう。これも、偶然になる」
「なんか、つくづくユウちゃんって数奇な運命に生きてるよねー?」
「その運命に導いてくれたのはリオちゃんなんだけどね? 俺、リオちゃんに会わなきゃ絶対東京になんて行ってなかったと思うし」
リョウカさんの妹の計画……その妹が、今リョウカさんに化けている……?
もしかして双子だったのだろうか。仮面越しとはいえ……似すぎている。
「ま、なんにせよもう一時間程でゲートに突入だ。今のうちに休んどけ」
「そうだな。何もグランディアに着けば安全という訳でもない。むしろそこからが本番だ。少なくとも安全にファストリア大陸を抜けるまでは油断は出来んよ。青年、君も覚悟しておくように」
「ま、向こうに行ったら私も元の姿に戻るし力も発揮出来る。大船に乗ったつもりでいてよ、ユウちゃん」
「……はい。宜しくお願いします」
こうして、俺はたぶん、大きな選択を自分で決めた。
正しいか正しくないかなんて俺には分からないけれど、少なくとも……多くの人間を悲しませ、憎まれ、裏切る選択だった事は、十分に理解していた。
同時に、今になって俺は自分がしでかした事の大きさ、苗の破壊ではなく、クラスメイトを手にかけ、殺してはいなくとも、心に大きなダメージを与えたであろう事実に……少なくない衝撃を受けていた。
けど、それでもいい。俺は、俺の人生は……大切な家族の為に使うと、ずっと決めていたのだから。
「少なくとも、俺は後悔していません。だからそんな顔しないで下さい、ロウヒさん。俺は、イクシアさんと共にありたい。それが地球で叶わないのなら、俺は……喜んで貴方達につく」
「……改めて感謝する。……そうだな、私も自分の責任は持つとしよう。君のお母上に正直に言うさ。リオ、六光、ユウキ君。どうか私の骨を拾ってくれよ」
た、たぶんそこまで酷い事はしないと思いますよ……?
(´・ω・`)こうして主人公は世紀の大罪人となりました
果たしてこの先で彼は救われるのでしょうか




