第百二十九話
「あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
絶叫が荒野に木霊する。
人間がこんな大きさの声を出せるのかと、喉が本当に裂けるのではないかと、そんな心配すらしてしまう程の。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
気でも触れてしまったかのように絶叫を続けるナシアを尻目に、俺は『二人』の元に駆けつける。
「こっちの役目は果たしましたよ」
「ん、そうか」
「お、マジだったのか。んじゃま……時間稼いで迎えを待つか?」
「ふむ……この戦力ならば強引に突破する事もできそうだが」
俺は……アラリエルとカナメの二人ではなく……六光とロウヒさんの隣に並び立つ。
俺さ、最初からアラリエルとカナメに声をかけていた訳じゃないんだ。だから……ごめんな、期待させて。
「は? おいユウキ、なにしてんだ」
「ユウキ君?」
「ん-……悪いね」
時間を稼ぐのならば。
俺の戦力が必要ならば。
全ての絆を断ち切る事が必要ならば。
「“風絶”」
カナメとアラリエルに向かい、風絶を無数に放ち、ダメージを与え大きく引き下がらせる。
「おいテメェ!」
「……まさかとは思うけど、ユウキ君?」
信頼も信用も全て捨てろと言うのなら。
これが正しい道であり、その先にイクシアさんがいるのなら。
俺は……全てを捨てよう。ライバル達との日々を、学園生活を。
俺は、出来るだけ平坦な声色を意識して語り掛ける。
「悪いな、ちょいと時間稼ぎさせて貰う。“仲間”のオーダーでね」
「クク……ああ、そういう事になる。すまないな、シュヴァインリッターの諸君」
「はー、マジでこっちに付いたのか。お前と会うのは三度目だがついに、か」
そんなロウヒさんと六光のぼやきとほぼ同時に、植樹地の中心、つまり先程まで俺がいた場所から、絶叫と共にナシアが駆けつけてきた。
「あああああああ!!! その人! ユウキは敵です!!!! 殺された……! 苗が殺された!!!! 粉々に消えた!!!! その人は世界の敵です!!!!!!!!」
「うん、悪いね。完全に破壊させてもらったよ」
「みんなの祈りを! 願いを! 歴代の聖女の心を!!!!」
狂乱とも呼べる叫びに、カナメもアラリエルも事態を飲み込めずにいた。
だが、少なくとも俺が……俺が裏切り者で敵だという事は理解したようだった。
「……てめぇ、シャレにならねぇぞ」
「シャレじゃないからね」
「……ユウキ君、いつからだい?」
「秘密。敵に情報は渡さないよ」
二人が飛び掛かる。ロウヒさんと六光は、駆け付けつつある各国の軍人を散らしてくれている。
なら、俺は……クラスメイトを、“元”クラスメイトを引き受ける。
散々、想定していたじゃないか。
仮想敵として、もしも自分がみんなと戦う事になったらどうなるか……とか。
……違う。そんなのただの“ゲーム感覚”での仮定の話だ。
もしも戦うとしたらどうなるか、ただのゲーム感覚で考えていただけだ。実際に戦う事になるなんて思っていなかった。
「甘い。カナメ、力押しでどうにかなるのは“学園にいる俺”だけだ」
カナメの渾身の一撃を、平然と押し返し、同時に放たれたアラリエルからの狙撃をカナメの身体で防ぎ、思い切り投げつけ巻き込む。
「っ! やっぱりあの時僕が勝てたのは……全力じゃなかったって訳かい」
「カナメ、もう少し粘れ。あのチビがなんか準備してる」
知ってる。ナシアが魔法の準備に入っている事くらい、気が付いている。
それを最速の移動、全力の身体強化で止めに入る。
ナシアの杖と腕を同時に折るくらいのつもりで、蹴りとデバイスを振るう。
しかし杖を弾いたところで、今度は一振りの刀がこちらの首筋を掠める。
「何故だ、ササハラ君」
「一之瀬さんか。さぁね、必要だからじゃないかな」
連続する斬撃をいなしながら、背後から忍び寄るカナメの一撃を片腕で止め、さらに飛来するアラリエルの魔法を回避する。
すると同時に、落雷が目の前に落ちてくる。
「カイ、そりゃダメだ。周りを巻き込む」
「ユウキ! お前どういうつもりだ! ……こんなの、流石に許されないぞ!」
こちらに向かうカイ以外の人間を引き離し、今度は全力でカイに向かう。
先に潰すべきはカイだ。確実に本気で来られたら不味いのはコイツだ。
カイの剣を同じくこちらの斬撃で弾き、打ち合い、隙を探る。
一撃の重さが違うだろ。そうだよ、これが俺なんだ。
学園の為に生きていた俺じゃない、俺が俺の為に振るう剣の重さだ。
「な!?」
「沈め」
剣を大きく弾き飛ばし、その瞬間カイの戦力が大幅に落ちる。
カイの強さは、剣によるところが大きい。歴代の所有者の力を引き出しているのなら、それさえ引きはがせば、誰よりも早く力を削ぎ落とす事が出来る。
瞬間、カイの身体をデバイスで貫く。
「ここが、術式で守られていてよかったな」
「くそ……なんで……」
血は出ない。だが確かに身体を貫かれ、大ダメージ受け体力が尽きたカイが地面に崩れ落ちる。
それを見届け、すぐさま大きく距離を取る。
気が付くと、今度はコウネさん、それにセリアさんまでもが戦線に加わっていた。
それに……キョウコさんもどうやら軍の装備を再配備してこちらに向けている。
厄介だな。カイに時間を掛け過ぎて残りのメンバーが勢ぞろいになってしまった。
「ユウキィィィィィィ!!!!! よくも、よくも世界樹を!!!!」
「……恐いよ、セリアさん」
「私の名前を呼ぶなぁぁぁぁ!!!!」
巨大な斧が、一撃でこちらを切り潰すような勢いで振るわれる。
それを――
「……残念、力不足だよ」
左手だけで受け止める。
瞬間、ズンっと音と共に地面にクレーターが生まれる。
凄いよ、一年の頃とは段違いだ。
斧ごとセリアさんを振り回し、そのままコウネさんに投げつけ、追撃の風絶を放ち二人同時に戦闘不能にする。
「グッ……ユウキ君……」
「……恨んでくれていいよ、コウネさん」
コウネさんとセリアさん。対照的な反応だった。
激高していたセリアさんに対して、コウネさんはただ、こちらを見つめているだけだった。
……そんな目で見ないでよ。俺は君達を、仲間を選ばなかった人間なのだから。
するとここで、今度はロウヒさんと六光が、キョウコさんが配備している最中の兵器を破壊し始めた。
「青年、もうまもなくだ! ……全員、行動不能に出来るか?」
「四秒時間を作ってくれたら。六光、あんたそういうの得意でしょ」
「へいへい。まぁ攪乱は俺の得意分野だ」
その瞬間、六光が強烈な閃光と共に俺の隣に現れ、そのまま残った一之瀬さん、カナメ、アラリエル、キョウコさんの前にゆっくりと移動する。
その間に俺は……自分が去年、進級の為に生み出した技の準備に入る。
「……分け身風……六光、何か感じたらすぐに後退」
倒れているカイ、セリアさん、コウネさんをも範囲に入れ、技の準備をする。
そして――瞬間、地面を大きく切り裂きながら“俺達”が同時に疾走する。
大地に描かれる紋章は、この場所に満ちている魔力を大量に吸い出し、技を完成させる。
「登録する為の名前、一応は付けてある。“タイラントブレス”これがこの技の名前。死ぬなよ、みんな」
その瞬間、荒野に巨大な風の球体が生まれる。
地面に転がる石を、兵器を、人を飲み込みながら大きく育つそれは、無数の斬撃を内部の空間に与える。
一際大きな高周波のような、耳鳴りのような異音を慣らしてその一撃は――
「ロウヒさん、任務完了。全員……無力化した」
「これは……末恐ろしいな」
「ギリギリ、だな。全員虫の息だ」
「でも、生きてる。……流石にとどめは刺さない……それに、絶対に刺させない」
「ま、そうだな。とりあえず第一目標が達成出来た以上、殺す必要はねぇか。最悪、この式典場にいる連中、全員殺す算段はついてたんだけどな」
「な……!?」
「だが、君一人がこちらにつくだけでそれを回避出来た。約束だ、これ以上犠牲者を増やすつもりはない」
荒野が、さらに荒野になる。字のごとく荒れた野になる。
地面に刻まれる無数の傷跡。砂と化した数多の兵器、機材。
そして横たわるクラスメイトを含む関係者達。
それはもう、本当に全てをなぎ倒した、暴虐の吐息の痕。
ずっと見てきたみんなが、ぴくりとも動かず地面に転がるその光景は、決定的に――
「俺も……みんなと卒業したかったな」
「泣くのはこの場所を離れてからにしてくれ。……すまないな、青年」
「選んだのは俺ですから」
感情を飲み込むように空を見上げると、上空から今度はヘリの音が聞こえてきた。
既に周囲の報道関係者、ヘリはこの場から退避している、つまり――
「迎えだ」
雲の上から、突然落下する様にして降下してきた輸送機。恐らく特別性、魔法の力を利用しているのか、信じられない速度で地面に迫り、地面すれすれでピタリと水平に浮遊した。
目の前まで降りてきた輸送機の扉が開かれると、焦るような、せかす様な声がかけられる。
「ロウヒ! ロっくん! 早く乗って! ……それに、君も」
それは、ブリーフィングで見せられたテロリスト三人の顔写真のうちの最後の一人。
水色と銀を混ぜたような髪を持つ、女性の姿だった。
そうか、戦闘員じゃなかったのか。
「お嬢! まだだ、まだ苗の破壊しか出来ていねぇ! あっちの回収がまだだ!」
「そんなの今度で良いよ! 思ったよりも空軍の展開が速い……ゲートまで逃げられるか微妙なとこだから!」
「青年、乗り込め!」
輸送機に乗り、凄まじい速度で高度を上げる中、たった今まで戦場だった荒野を見下ろす。
砂埃と瓦礫が舞い、クラスメイト……だった人間が散乱するように倒れ伏している光景。
それは、絶対に生み出してはいけない光景。生み出さないために俺が派遣された光景。
それを、俺が生み出してしまった。
「急いで離脱す――」
「うお!?」
「きゃ!」
みんなの身体が見えなくなりかけたその時、輸送機が大きく揺れ、計器からアラートが鳴り響く。
「……どうやら逃がしてくれるつもりはないようだ」
「……ロウヒさん、俺が行く」
輸送機の扉から地表を見下ろすと、その姿が見えた。
それは、間違いなく俺がどうにかしなければいけない相手だと……見て分かった。
「……あの攻撃を受けて無傷か。魔導主体の技では分が悪かったか」
「……俺が降ります。少しの間、周囲を旋回して攪乱していてください」
砂埃の切れ目から見えたのは、ナシアだった。
見たことのない、憎しみの込められた視線に射抜かれる。
魔法がこちらを狙っているのが分かる。輸送機を墜落させるつもりだ。
なら……誰かが止めなきゃいけない。
「……五分。五分後、またこの上空に戻ってきてください。それまでに終わらせます」
「……青年、聖女は我々が敵う相手ではない。だが、恐らく今の彼女は衰弱している。どうにか意識を奪うんだ」
「ナシアってそんなに強かったんですね」
「……環境次第ではな。ここは今、地球上の魔力が集中している。君の敵は文字通り世界そのものだと思った方が良い。聖女とは……そういうものだ」
輸送機から飛び降りる。
そこには、無傷で立ち俺を睨みつけるナシアの姿があった。
「……凄いな、俺の奥義だったんだけど、ノーダメージか」
「……私に魔法でダメージは与えられません。ユウキ、ヘリごと墜落させるつもりでしたけど、良い心がけです。あっちは捕縛して、貴方だけはここで……殺します」
「恐いな。やっぱり聖女にとっては一番大切な物だったのか」
「当たり前だ!!!!! 私だけじゃない、世界で一番大切な物だ!!! グランディアも、地球も! 過去も未来も! その全てにおいて最も尊い物だ!」
俺には、いまいちよく分からないんだ。けど、大切な物だっていう事は今になって実感している。
ナシアが、セリアさんが豹変してしまう程の物なのだから。
「……悪いけど、もう技の選択を間違わない。ナシア、すぐに終わらせる」
「……私は元々魔導師ではないので」
そう言うと、ナシアは手に持っていた杖を手放し、虚空から一振りの短剣を取り出した。
錆びたような色の、儀礼剣のような装飾のされたそれ。
まさか……剣士なのか?
「……“再生”。会話にお付き合いいただき感謝します」
「は?」
だが、どうやらそれも間違いだったようだ。
砂煙が風に吹かれ消えると、そこには――
「……まさか、夢にも思わなかった。君にこうして戦場で剣を向ける事になるなんて」
一之瀬さんが、立っていた。
「信じない……俺は信じないぞ……ユウキ、どういうことだ!」
カイが、剣を手に叫んでいた。
「……さすがに、この人数相手ならこっちに分があるよね」
カナメが、珍しく敵意を込めた視線を向けていた。
「なんつぅか……予想しえぬ最悪の未来ってヤツだな」
アラリエルが、泣きそうな顔をして立っていた。
「殺す……絶対に殺す……! ユウキ、お前だけは絶対に!」
セリアさんが、怨嗟の声を上げていた。
「……事情はどうあれ、貴方はもう絶対に許されない行いをしました。もう、我々の手で処断する事が、最後に出来る事……ですわ」
キョウコさんが、涙を流していた。
「……本気で、ぶつかる日が来てしまいましたね」
コウネさんが、戦いの準備を始めていた。
「報告を聞いて飛んできた。……ユウキ、お前はどうあがいても死罪だ」
ジェン先生が、最後にそう締めくくった。
「私の本業は“再生師”……回復なんて、無限に出来ます。貴方はここで終わりです、裏切り者」
「ん、そっか。ナシアだけなら速攻で終わらせられたんだけど」
“再生師”、それはグランディアに存在する希少な職業。
聖騎士同様、殆ど現存しないと聞いていたが、その性質は“再利用”。
曰く、魔導師のように強力な魔法を放ち、そして周囲の身体を癒す事も出来るらしく、さらに魔力切れを起こすことがないという、文字通りぶっ壊れ職業と聞いた。
……本当に存在してたのかよ、そんな人間が。
「ユウキ……貴方を先輩と呼んだ事を後悔する日が来るとは思いませんでした。ここで貴方には死んでもらいます」
みんなが、俺の目の前に広がる。
武器を構え、大罪人である俺を打ち倒す為に。
「……五分だ。五分だけ相手をするよ。それで、俺とみんなの道は違う。ごめんな、みんな。もう、俺は手加減してやれない」
ああ……本当に、本当に俺も……俺もみんなと一緒にいたかった。
けれども、どう頑張っても、どう贔屓しても……。
天秤はそちらに傾かなかったんだ――