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第百二十八話

 それは、結界の影響が周囲にも出ていたのか、死者こそ出ていなかった。

 いや、正確には『一般人の死者は出ていなかった』。

 命を懸け、人の前に立ち市民を守るという役割を持つ軍人達は、まさしくその本懐を果たす結果になっていた。

 結界の外に転がる無数の死体と、体力を極限まで奪われて気を失う結界内の人間。

 世界中が注目する中、その惨劇は幕を開けた。


「結界の解除、破壊は後回しだ。今は周囲の人間の数を減らす事に専念しろ」

「了解。とりあえず軍関係者を集中して狙う。下手に被害を広げて『大それた手』でも使われちゃたまったもんじゃねぇ、程々に時間稼ぎに徹するぜ」

「くく……幸い、この国は『保有国』ではない。だが……そう簡単にはいかないようだぞ」


 そんな縁起でもない軽口を叩く惨劇を引き起こした張本人達。世界に指名手配され、現状最も危険と警戒されていたテロリストであるロウヒと、共に行動する男、通称六光。

 その二人が今、植樹地の結界の周囲で巨大な爆発を引き起こし、数多の人々に被害を出していた。

 だが、当然対テロリストとしての兵力は既に投入されている。

 テロリストを捕える為、その兵力が集結していく。


「セリア、コウネは他の結界要所の警護に徹してくれ。ここはカイと私の二人が受け持つ」

「……無理だよ、僕も協力する。アラリエル君、君も残って」

「だな、ちょっとこりゃタイマン張るにゃ骨が折れる相手だ」

「……本当に、テロリスト……なんですね?」


 その戦力とは即ちSSクラスの生徒。ロウヒと面識のあるミコト、そしてカナメが立ちはだかり、カイとアラリエルがそこに加わる。


「申し訳ないが今日は時間がない。指導は無しだと思ってくれ」

「それは残念です。ですが……これからたっぷり時間を作れるようにしますよ」

「お、噂のSSクラスか。『あの少年』以外とやるのは初めてだな」

「まさかユウキ……今度は俺が相手だ」


 武器を構えるや否や、ロウヒが駆け出し、ミコトに向かい自身の武器『大剣』を振るう。

 その一撃を回避したミコトが切り返そうと刀を振るうと、今度は当然ロウヒがそれを躱す。

 だが、その躱した先には既にカイが高速で回り込み迎撃を試みる。


「さすがは同門。良い連携だ」


 カイの迎撃を、大剣で払いのける。

 ただそれだけの行動で、カイが遥か後方まで弾き飛ばされてしまう。

 そしてそれは……一瞬だけ、ミコトの注意を反らす結果となってしまった。

 六光が同じく高速で回り込み、ミコトの腹部に深々と拳をめり込ませる。

 そのまま蹲るミコトに追撃を入れようと今度は自身の武器である小剣を向ける。

 が、今度はアラリエルがミコトの手を掴み引き離し、さらに割って入るようにカナメが現れ、小剣を防ぐ。


「一之瀬さんカイ君と合流して。今の間だけ僕が引き受ける」

「すまない、すぐ戻る」


 腹部を抑えながら、弾き飛ばされたカイの元へ向かう。


「セリア聞こえるか。こっちに合流してくれ。被害はそっち出てないんだろ?」

『分かった!』


 今度はカナメとアラリエルがロウヒ達の前に立ちふさがり、さらにセリアを応援に呼ぶ。

 明らかに均衡が崩れ、SSクラスの方が押し込まれていた。

 おびただしい被害状況に、周囲の軍人からの援護はもはや望めず、ただ見守る事しか出来ない。

 そんな中、ユウキとナーシサスは、植樹地の中心部でどう行動するか思案していた。


「……ユウキ先輩、どうしよう……」

「俺があっちに合流するのも手だ。けど……目的は苗を守り切り植える事。なぁナシア、植樹ってしてしまえばもう安全なのか?」

「そうですね、持ち運び用の結界では弱いですし……植えてしっかり閉じてしまえば……」

「……本当はもっと大切に扱うべきだろうけど、今の内に……やってしまうか?」

「……はい。他の皆さんが耐えているうちに終わらせます」


 ナーシサスが苗を覆う結界を解き、植樹地の中心部の結界を一時的に解除する。

 そこに苗を植え、完全に結界で保護、もはや手出し出来ない状況にしてしまうという案だった。


「聞こえるか二人とも! 今からこっちの役割を終わらせてそっちに合流する! もう少しだけ時間を稼いでくれ!」


 戦っている最中のアラリエル、カナメの方向へ声をかけると、二人はロウヒと六光の攻撃をかろうじて凌ぎながら『出来るだけ早く頼む』と返事が来る。

 そして――


「本当はもっと大切にしたかったんですけど……まもなく植樹が完了します、ユウキ先輩」

「ん。そっか」


 ユウキは、すぐにでも攻撃が出来るようにデバイスを構え――










「聞くだけ、聞きましょう」

「……君は、聖女の護衛なのだろう?」


 それは、ユウキとロウヒが地下駐車場で再会した日に遡る。

 イクシアは入院していない。秋宮に利用されているだけ。

 そう語るロウヒの言葉に、疑念以上の物を感じ始めたユウキは、ただロウヒの言う『条件』について尋ねる。


「……苗は、一度大地に根付いてしまえば、もはや聖女の儀式無しで持ち出す事も、破壊する事も出来ない。私達が勝利する為の絶対条件は『植樹される前に分離結界ごと奪取し時間を掛けて破壊する』もしくは『植樹の為結界を解いた瞬間に破壊する』だ。そしてその為には……当然、君達SSクラスを排除する必要がある。君は強いよ、ユウキ君。もしかすれば私に匹敵する程に。だが――他の皆はどうだ? 守り切れるか? 私は目的の為なら障害を排除出来る。結界を越えたダメージで精神を壊す事も……いや、ダメージの肩代わりなどという結界、無効化する事だって時間さえかければ可能だ」

「……それはなんの脅しですか?」

「これは前提条件を教えているに過ぎない。だが、もしもだ。もし君が協力してくれるのなら……少なくともSSに犠牲は出ない。いや……それは君次第かもしれないな」


 まるで勿体ぶるように、同時にユウキを気遣うように回りくどい話し方をするロウヒ。

 そして、核心を語る。


「君が、壊すんだ。聖女の全幅の信頼を得ている君が、すぐ隣で無防備に結界を解除された苗を、完全に破壊する。それにてミッションコンプリートだ。我々はSSクラスとの交戦よりも撤退を選ぶ。強引にだが、逃走する方法も用意してある。だが……君はきっと、友人達と戦う事になるだろうね。そして……確実に君は『この世界の敵になる』」


 その提案は、あまりにも重い、重い、重すぎる物。

 地球の全てを、いや植樹に関わったグランディアの国々をも裏切る物。

 信頼を、信用を、関係を、未来を、過去を、全て壊してしまう物。

 自分の母親と比べるにしても、あまりにも重すぎる条件だった。


「これは、世界の未来を決める大きすぎる作戦。そして大いなる犠牲を払ってでも我々は確実に成功させるつもりでいる。たとえ多くの命を奪う事になったとしても」

「……俺に、全てを捨てろって……言うんですか」


 絞り出すようにユウキが呟く。するとその瞬間、ロウヒは声の調子を僅かに強め語る。


「君のその手は十分に汚れているだろうが。君はどんな相手であれ『その人間の全て』をいくつも奪ってきているだろうが。君はもう汚れ切っている。これ以上汚れたくないという理由では葛藤してほしくはない。私は『人殺し』に『裏切り』を頼んでいるのだ」

「っ!!!!!! そうですよ! 俺は人殺しだ! たぶん、俺を殺したい程憎んでいる人だっている! 全てを俺に捨てられた、壊された、失った人だっているんでしょうよ」

「そうだ。だから今度は君に全てを捨てろと言っている。……本当に大切な一の為に百を捨てろと言っている」

「……理由は。何故世界樹をそこまで憎む。そこまでする理由はなんです」

「それは教えられない、少なくともまだ仲間ではない君には。だが……この植樹そのものがどこかおかしいと、君にも分かるはずだ。……ここでかつて六光と戦った君には、時系列がおかしい事に気が付けているはずだ」


 会談は昨年。事前準備は三年以上前。渋っていた植樹が急遽スムーズに開始される。

 それら全ての違和感に、数々の任務をこなし、そしてリョウカの傍にいたユウキが気が付かないはずがない。

 だがそれでも、まだ一九の学生は、誰か大人に縋るしかなかったのだ。

 家族を突然奪われたユウキには、そんな違和感よりも目に見えて分かりやすい目的に縋る方がずっとずっと楽だったのだ。


「……世界樹を頼む。今は言えない、だが確実に……この植樹は今、実行されてはいけない。それだけは本当だ」

「今は……ですか。こんな大きな事件を起こそうとして、ジョーカーは黙っていると思っているんですか?」


 ユウキは文字通り切り札を切る。抑止力として存在する、世界のジョーカーの話を。


「これは……彼の語る『正しく起きた争い』を止めようと『正しく足掻いている』に過ぎない。彼は……間違いなく黙認するだろう」

「……確信しているんですね」

「……少なくとも、我々を総帥は止めなかったからね」


 ジョーカーことヨシキ。総帥と知り合いだという彼が動こうとしないのは、つまり彼のポリシーである『正しく起きた戦争は止めない』という事に他ならない。

 そしてそれを食い止めようとするのもきっと……正しいとユウキは判断する。

 少年は、いや青年は……大人になりかけている一人の戦士は今、自分が運命の分岐点に立たされている事に気が付いていた。

 だが……どんな事を考えていても、根本にある目的は変わらない。

 その分岐路のどちらが自分の目的に通じているか明白である以上……。


「……明白な間違った選択肢を選ぶのは……事前にセーブを分けられる時だけ、か」

「ふむ?」

「……俺がもし地球を敵に回したら、その先にイクシアさんはいる。そうですね?」

「敵に回さなくても、いずれは会えるだろう。他の全て、未来や世界を失った後になるかもしれないが」

「じゃあ俺はどっちみち失うんじゃないですか」

「……敵に回したとしても、敵が全て敵のままとは限らない。いつか……戻れるかもしれないだろう。だが少なくとも、全てが死んでしまえばそれはもう二度と戻らない」

「……そうですね」


 全てを天秤にかける。

 友との日々。

 家族との日々。

 祖父母と暮らした家。

 学園での日々。

 イクシアと過ごした家。

 様々な繋がり。

 世間の評価。

 自分の未来。

 それら全てを天秤に乗せ、天秤を大きく傾ける。

 そして――空いているもう片方に、最愛の人間を、イクシアを乗せる。

 その天秤は――








 デバイスを構える。

 今まさに襲撃が行われ、カナメとアラリエルの交戦中の姿が見える。


「聞こえるか二人とも! 今からこっちの役割を終わらせてそっちに合流する! もう少しだけ時間を稼いでくれ!」


 交戦中の二人に声をかけ、ナシアの様子を見る。

 植樹の最終段階に入り、今まさに苗を植えようと結界を解除していた。


「本当はもっと大切にしたかったんですけど……まもなく植樹が完了します、ユウキ先輩」

「ん。そっか」


 苗が地面に置かれたその瞬間――




「“風絶”」




 全力で、それを破壊した。

 ごめんな、みんな。俺の天秤は……イクシアさんに傾いた。


(´・ω・`)ルート『イクシア』が選ばれました。

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