第百二十七話
『――協力の元、ここに我がオーストラリア政府は正式に“世界樹マザーアース計画”を発表します』
式典の二日前。電撃的に世界樹の植樹が世界中に向けて発表された。
勿論各国上層部は既にその事実を知らされていたが、そうではない組織、この場合は民間の保護団体や活動家、国と直接関わり合いのない企業には大きな、大きすぎると言っても良い衝撃をもたらしたのであった。
「すげぇな、さっきから同じ映像が何度もテレビで流れてやがる」
「ライブ中継からもう二時間経ったけど、この映像流れるのこれで七回目だよ。たぶん今頃――」
俺達がホテルのロビーにある巨大テレビで地元メディアの映像を見ていたその時だった。
ホテルの入り口からざわめきが聞こえてきた。
「ほら来た。人がいる以上、必ず僕達の事がどこかから漏れる。式典の警備に抜擢された僕達の居場所を誰かにリークされたんじゃないかな?」
「ま、流石に周辺の宿泊施設には全部チェックかけられたんだろ。そうすりゃおのずと関係者のホテルはバレる。どうすんだ、ジェン。取材依頼とかじゃねぇのか?」
「メディアへの対応は後日日本で行う。現段階でこちらから接触するのは無し、だ」
恐らく地元メディア。そして明後日の式典の前には……もう世界中のメディアが詰めかけてくるだろうな。
……世界中が、俺達の様子を中継するって事だ。
「ユウキ君どうしましょう、これでは近くにあるショップにおやつを買いに行けません」
「うーん……コウネさん、ここはルームサービスのビスケットで手を打とう」
「えー……さすがに飽きますよいくら私でも……」
「ユウキユウキ、ユウキなら夜にこっそり外出出来ない? 素早いし見た感じ……子供だし?」
「子供とはなんじゃ! まぁ小さいのは認めるけどさ? でも俺、こっちでも結構任務で顔出してるし、逆に目立つんじゃない?」
「あー……そうだった。コウネ、我慢しよ?」
「分かりました……」
だいぶリラックスしている。
そうだよ、俺達はもうこのくらいじゃ狼狽えないんだ。
……そう、狼狽えない。冷静沈着にいつも通り動けるのだ。
たとえどんな提案をされようと、どんな話をされようと、どんな揺さぶりをかけられようと――
「んじゃ今日も予行練習……リハーサルに行こうか」
「へいへい。なんつったって俺らも式典の主役? らしいからな」
俺達SSクラスもまた、関係者として報道陣の前に姿を晒すことになるのだ。
シュヴァ学の地位を盤石な物にする。秋宮の地位を絶対にする。その為に夏休み以前より各企業に研修と言う名の宣伝行為を皆も行わされてきたのだろう。
そして――その広告塔の目玉は俺となった。
「……どこまで、読んでたんだろうな、あの人」
次代の英雄。そう呼ばれ始めた俺を最も効果的に使う術。
地球にとっての記念日に、俺に聖女の護衛をさせる。
完璧だ、完璧過ぎると言っても良い。
俺は今日も、その歴史的瞬間の為に、植樹地へと向かうのだった――
日々行われていた予行練習や打ち合わせを経て、ついに本番の日がやってきた。
式典当日は、なんと『スタイリスト』と呼ばれる人間が俺達SSクラスの人間一人一人につけられる事になった。俺、生まれて初めてですよ。
いやぁ……そういえばもう伸びた髪、結局切らずにグランディアから戻ってからずっと放置してたもんな。綺麗にまとめてくれるのなら歓迎だ。
あと化粧はやめろ。男の化粧は肯定派だけど俺には必要ないんです。
「ま、他のみんながどう変わるのかはちょっと楽しみだけどさ」
式典という事で俺達は制服に着替える。尤も、俺は一瞬でコンバットスーツに着替える事が出来るのだが。
もう、俺はダーインスレイヴとしても、ユキとしても活動する事がなくなった関係で、あまりこの機能は使わないのだが。
ちなみに、一応ユウキとしてコンバットスーツを纏うモードも完備しております。
最近はもっぱらこのモードばかり使っていたな。
「今日も……使う事になるんだけどな」
折角スタイリストさんが制服の皺やら襟の調節やら、ネクタイの結び目を綺麗に整えてくれたのに、申し訳ないな。
戦闘が行われるのはまず確定だろう。なら本来は俺以外の人間も最初からコンバットスーツでよかっただろうに。
身支度を終え、俺も皆と合流し、既にホテル前に集まっている報道陣の間を抜けながら植樹地へと移動するのであった。
『二日前に電撃的に発表されました『世界樹の植樹』ですが、本日ついに植樹式が取り行われようとしています! 会場には既に各国の代表団が詰めかけ、式典は全世界に中継されているという状況ですが、今回の植樹により世界の情勢にどのような影響が出ると見ているのか、専門家であるシュヴァインリッター総合学園のネスツ・ナハト教授に尋ねてみたいと思います!』
『こんにちは。ご紹介にあずかりましたネスツです。まず、情勢の前に世界樹が地球に植えられる事で起こりえる変化についてお話ししたいと思います』
全世界同時中継。その中でも日本の報道陣が、世界樹について日本向けに紹介する放送をしていた。
その様子は他国の報道陣にも撮影され、今まさに世界樹についての正しい知識が世界に浸透していっていた。
『――つまり、地球でも魔力が精製され、行く行くは大気を覆い、その影響を受けて地球上の植物が変質する、という事になります。これにより、微量ではありますが光合成と同じ要領で、他の植物からも僅かですが魔力が発生するようになります。緑の重要性が高まるのは確実でしょう』
『なるほど、では世界樹に近い国だけが恩恵を受ける、という訳ではないのですね』
『そうです。そもそも、地球の面積はグランディアよりも遥かに小さい。世界樹が育ちさえすれば、その影響も地球全土を覆う可能性もあります。こうなると現状の“ゲートからの距離でエネルギー格差が生まれる”という事がなくなりますね。確実に、地球は一段階上の環境へとシフトチェンジする事になるでしょう』
『なるほど、つまりパラダイムシフトが起こりうる、という事ですね』
『ええ。これでグランディアと地球の技術水準が拮抗し競争し合い、さらに上の段階へと進む。それはやがて魔界……いえ、異界の調査にも大きな影響を与えることになるでしょう』
『世界樹の成長には時間がかかりますが、もしもそうなれば……後世に大きな影響を与えるという訳ですか?』
『はい。我々エルフの尺度では、二、三〇年というのはそれほど長い時間ではありません。ですが地球人は違う。次世代へとこの苗を守り、育てていくという大きな役目を、これからもバトンとして渡していけなくてはいけません』
世界にとっての大きな節目となる今日、世界の目はこの場所に集まっていた。
当然、各国の報道陣も植樹地の結界ギリギリに詰め掛け、警備として配備されていたSSクラスの生徒達に注目している。
その中でも、やはり最近世界中であらゆるテロリスト鎮圧、掃討作戦に従事していたユウキの注目度は高かった。
『今回の植樹にあたり、苗の護衛を任されているのは秋宮財閥の経営するシュヴァインリッター総合学園。その中にあるSSクラスの生徒達です。昨年度はアメリカで起きた魔物の氾濫の鎮圧にも従事し、その実力は既に地球最強との呼び声も高い皆さんです。そして今回の植樹には、セリュミエルアーチ国の聖女ナーシサス様も協力して頂ける事になりました。これにより、グランディアと地球により一層深い信頼関係を築く事が出来るでしょう』
そんな報道陣を前にしても、SSクラスの生徒達はいつも通り落ち着いた様子で、結界の要を守り、式典の始まりに備えていた。
ダメージを変換する術式。それは聖女の身を守るに留まらず、護衛を勤める人間をも守る。そして同時に、万が一襲撃者が現れた場合、相手の命を奪う事なく、あらゆる手段で鎮圧出来るという事に他ならない。
結界の外から内に向かい、大量に配備されている兵器と、武器を構えた各国の軍人たち。
さもすれば中の人間も危険に晒されそうな配置だが、結界によりその心配はない。
まさに鉄壁の布陣とも呼べる中、今まさに儀式が取り行われようとしていた。
「緊張しますね~……ユウキ先輩は平気なんですか……?」
「ま、さすがにこの辺は場数の違いだねぇ。俺も他の皆も、なんだかんだで大舞台に立つのは初めてじゃないし、任務での気持ちの切り替えだって散々経験してるしね」
「はー……ちょっとSSクラスの凄さを再認識しました。アラリェール先輩とかセリアちゃんはともかく、ユウキ先輩とか地球出身者はまだ一九才なんですよね……それでここまでの練度を誇る兵士なんてグランディアにはいませんよ。本当……地球が本気で人間を育成するとこうなるんですねぇ……まさしく次代の英雄です」
「ははは……そう言われると緊張しちゃうな」
そんな中、結界の中心部でナシアとユウキだけが、植樹の為に浄化された、石造りの祭壇のような、花壇のような、そんなスペースで最後の打ち合わせをしていた。
「現地時刻の正午、苗の結界を解いて、この場所に植え替えます。それまでは絶対に安全ですが、植え替えの為にはどうしても結界を解く必要があるんです。そして……襲撃があるとしたらその直後。一度解いた結界を再展開するには一〇分は確実に掛かります。もし襲撃があった際は、なんとか持ちこたえてください」
「了解。ただ……もしかしたら結界解除前に仕掛けてくるかもしれない。結界ごと苗を奪う可能性だってあるんだ。ほら、持ち運びできる大きさだし」
「……たしかに無いとは言えません。解除は私以外では難しいですが、時間をかければ可能でしょうから」
「そういうこと。だから、式の一〇分くらい前からはもう警戒するようにみんなにも言ってある。ナシアも、そのつもりでな」
いよいよ近づく本番に、ナシアが微かに震える。
そんな彼女の頭に、ポンと手を置くユウキ。
「リラックスリラックス。終わった後の事でも考えようぜ?」
「そ、そうですね……あの、カメラにうつっちゃいますよ?」
「聖女と仲良しの英雄ユウキ君ってね。はははは」
「ふふふ。私の直近の護衛がユウキ先輩で良かったです。他の皆さんも信用してますけど……やっぱりユウキ先輩が一番信頼出来ますから」
「お、そうなのか?」
「はい。なんだかんだで……私がこっちで初めて出来た友達はユウキ先輩ですから」
嬉しそうに、笑顔を浮かべユウキを見上げるナシア。
「……本当、可愛い後輩を持って俺は幸せだったなぁ」
「もう、まだ気が早いですよ? 卒業は来年なんですし、まだ過去形にするには早いです」
「だなぁ」
「今年は秋の文化祭も大々的に行われるそうですよ! 植樹の祝いもかねて、他国からも要人を招くそうです! なんとですね、製菓サークルでクレープ屋も開くんです。イクシアお姉さんと是非食べに来て下さいね!」
「ん-……そうだな、行けたらいいなぁ」
そうして、時間が刻一刻と迫って来る。
そんな最中、会場に『まもなく式典を開始します』というアナウンスが流れるのと、報道陣が一斉にカメラを構え、シャッターを押す音。そして――大きな爆発音が辺りに鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。
……その轟音にユウキの呟きがかき消されるのも。
「……俺も、みんなと一緒に――」