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第百二十六話

「先輩の皆さん!」

「おーおー、お疲れナシア。そっか、ずっとここで頑張っていたのか」

「はい! ユウキ先輩も最近すっごく頑張ってましたね! 私も負けないように頑張りました」

「そっかそっか」


 小さな後輩、そして現聖女ナーシサス、偽名ナシアの元へ向かうと、正式な聖女としての衣装なのか、金色で縁取りされた白い薄手のローブ纏うナシアが嬉しそうに駆け寄って来た。

 その姿に癒されるのは勿論俺だけではない。一之瀬さん、頬が緩んでますよ。


「なるほど、当日の護衛は先輩達だったんですね!」

「そうなります。ナーシサス様、具体的な配置や当日の警備についての責任者は貴女本人だと聞いていますが……」

「はい。セシリアより前回の研修の折にすべて仕込まれました。おおよそ問題なく想定通りに事は運んでいますよ。警備の人間だけは知らされていませんでしたけれど……」

「そうでしたか。では、人員の配備については私に一任してもらっても構いませんでしょうか?」

「はい。あ、でも……出来れば直近の護衛はユウキ先輩でお願いします」

「お? なんだなんだ、セリアさんじゃなくて俺でいいのかー? ナシア」

「変な意味じゃないですからね? ユウキ先輩って、魔力の色が薄いですし、イクシアお姉さんの魔力の影響か少しだけ私に近い魔力の癖がついてますから」


 ふむ……そういえば初代様も似たような事を言っていたな。俺には魔力の特色があまりないみたいな。


「セリアちゃんかユウキ先輩が苗に最も影響が少ないと思って。セリアちゃんどうする?」

「うーん、元聖女候補としては世界樹の儀式を傍で見守るのは凄く光栄だとは思うけどー……なんだかそんな大役、途中で候補から抜けた私が勤めるのもなんだかなーって」

「もー! そんなに気にしなくていいのにー。セリアちゃん、昔っから世界樹が大好きだったもんね。いっつも王城の世界樹の近くにいたし」

「へへ、里にある大樹と似た雰囲気で落ち着けたんだよね。じゃあ、そういう訳だからユウキにお願いしようかな?」


 むむ……そんな重大な役目を俺に譲ると申すか。……まぁ実績的に俺の方が適任であるのは否めないけれど。


「当日は恐らく戦闘も予想されます。なので、既にこの辺り一帯には『損傷変換術式』俗に言うダメージを体力の損失に変換する術式を張りめぐらせておきました。この辺りは魔力が潤沢ですからね、思いっきり強力な術式にしちゃいましたよ」

「なるほど……今回のテロリスト実行犯は恐らく、ユウキ……いえ、それどころかナーシサス様でも苦戦必至な相手と目されています。英断かと」

「……やっぱりそうなんですね。ユウキ先輩、それに先輩の皆さん……くれぐれも気を付けて下さい。この術式は命を守りますけれど……深刻なダメージは時に心を壊します。それだけは……忘れないで下さい」


 確かにその通りだ。現に、ただのVRですら俺は新入生にトラウマを植え付けてしまった。それがもしも現実だったらどうだ? いくら命が守られるとはいえ、その精神的ダメージはVRの比ではないだろう。


「では、ユウキ以外の人間の配置についても決めていく。ユウキ、お前はここでナーシサス様の警護を任せる。私達は要所の確認をしてくるからな」

「了解」


 俺とナシアが取り残され、皆が離れた場所にある様々な術式の要に配置されていくのを見届ける。


「ついに、ですね」

「だなぁ……これで、すぐにではないけど地球も自前の魔力を生成出来るようになる、と」

「はい。凄いですよね、ここまでの場を整えておくなんて、一朝一夕では不可能です。もはやこの場所は地球における聖地と呼べますね。少なくとも三年でしょうか、この辺りの調整をしていた期間は。物凄い入念に魔力の流れが整えられています」

「マジでか。そうか……三年も前から」


 ……だよな。つまりリョウカさんの知らない場所、水面下ですでに計画は動いていた……ということか。

 じゃあ、俺が以前オーストラリアでセシリアを含めた要人を警護したあの任務は……どういう意味があったんだ?

 セシリアは世界樹植林に対して否定的ではなかったのか? それとも……必ず頷かせる算段が揃っていて、その上で先に調整に取り掛かっていた……?

 凄いな、大人って。そんな腹の探り合い、水面下での動きを悟らせずに行っていたのだから。あのリョウカさんですら欺いて。


「ユウキ先輩? どうしたんです、黙っちゃって」

「ん? 任務について考えてた。これ、俺が思っている以上に大ごとなんだろうなって」

「当たり前ですよもう。時々ユウキ先輩ってちょっとズレてますよねー」

「自覚あるなー。ところでナシアって今回の植樹が終わったらどうするんだ?」

「学園に戻りますよ? なんと今学期からは製菓サークルでバームクーヘンを焼くそうです! 専用の機材が無くても、工夫次第であのふわふわしっとりな層を作り出せるらしいです!」

「へぇ、そっか。じゃあ是非俺にも食べさせてくれよ」

「勿論です! 今度お家に持って行きます。イクシアお姉さんとユウキ先輩には以前バームクーヘンを食べさせてもらいましたからね、お二人に真っ先に食べさせるつもりです」

「……うん、嬉しい。ありがとうな、ナシア」


 なでりこなでりこ。ちっちゃくて撫でやすいな、君は。

 ……そうだな、イクシアさんの事はナシアにはまだ黙っておこう。大切な儀式前に心配させる訳にもいかないしな。




 暫くすると他の皆の配置も決まり、今日の所は俺達の宿舎として借りているホテルに戻る事となった。

 結構離れてるけど、警備の方は大丈夫なのだろうか?

 まぁ苗は現段階では手出し出来ない場所に保管されているらしいが……。


「問題ない。植樹地の警備はこの国の軍隊が行っている。お前達の任務はあくまで『植樹式の警護』だからな。だからお前達は当日にだけ全力を注いでくれたら良い」

「了解しました教官。確か……全世界への発表は明後日行われるんでしたか」

「そうだ。当然この場所に報道陣が詰めかける事になるだろうが、メディアに迂闊な事を言わないように注意するように。お前達の一挙一動に世界が注目していると思えよ?」

「まぁアラリエル君以外は大丈夫じゃないかな?」

「んだとコラカナメ」

「ひゃー緊張するねー……」


 確かに俺だって緊張する。今回ばかりはしょうがない。


 俺達はいつもより高揚した気持ちで、それぞれ自分達にあてがわれた部屋に向かうが、今回は特別高級な部屋という訳でなく、一般的な客室だった。

 とはいえ、日本のビジネスホテルとは雲泥の差ではあるけれど。

 凄い、冷蔵庫に最初から飲み物たくさん入ってる。しかもこれ有料じゃない。


「ふぅ……これで、きっと秋宮の地位が盤石な物となる、か。ここまで来たよ、イクシアさん」


 ミネラルウォーターを一口飲んだ俺は、そのまま仮眠を取るつもりではベッドに横たわる。

 もう辺りは暗くなっているし、本眠りでも良いかも……。

 思い直して着替えてしまおうとしたその時だった。スマ端から着信メロディが流れる。

 しかもこれは……総帥からの直通アプリによる物だ。


「珍しい……最近はもうこのアプリ使っていなかったのに」


 どういう訳か最近ではもう普通に電話で要件を伝えられるようになっていたのだが、もしかして何か機密性の高い連絡だろうか?


「はい、ユウキです。どうしましたか?」

『ふふ、久しいな、青年』


 だが、聞こえてきたのはリョウカさんの声ではなく、見知らぬ男の声だった。


「……どちら様でしょうか。この方法で連絡を取れるなんて」

『なに、君の雇い主にこの方法で連絡を取れと言われてね。絶対に盗聴もされない、足のつかない連絡方法と聞いた』

「……それで、貴方は?」

『ふむ、やはり声だけでは思い出せないか。すまないが、今から私の言うルートで移動してきてくれないか。人目に付きたくないのでね』


 なんだ……? 怪しさが半端じゃないが、でもリョウカさんの指示で連絡をしてきたということだし……この回線の存在はリョウカさんしか知らない筈だ。


『君の母親からの伝言……と言えば、こちらの指示に従ってくれるだろうか?』

「っ! どういうことだ! イクシアさんの容態に何かあったのか!?」

『容態? ……そうか読めたぞ……ユウキ君、怪しんでくれても構わない。だがすぐにこちらに来てくれ。ルートは――』


 その男は、俺にホテル内の厨房近く、そこにあるダストシュートのダクトに侵入しろと指示を出して来た。

 そこからなら、地下駐車場に誰の目にも触れず向かう事が出来るから、と。

 イクシアさんの話……? ここまで、俺はイクシアさんの話をリョウカさんからしか聞いていない。だが……リョウカさんに言われて接触してきた? どういう事だ。

 俺は念のためデバイスを携え、指示通りのルートで地下へと向かった。




「……汚くはないけど、なんか複雑な心境……ゴミ箱の中に着地って」


 地下駐車場に併設されている、ゴミの廃棄用ダクトから降り立った俺は、そのまま指示された通り駐車場へと向かう。

 人気もなく、車も一台も止まっていない。もしかしたら、このホテルも既に関係者以外は全員退去した状態なのかもしれないな。


「……声の主はどこだ……?」


 そうぼやいた直後、駐車場の照明が全て落ちる。

 身構え、辺りを窺う。すると――


「流石だ、隙がない」


 非常灯だろうか、うっすらと相手の姿が浮かび上がる。

 そこにいたのは――


「……ロウヒ選手」

「もう、選手としての活動は無理そうだがね。久しいな、ササハラユウキ君」


 テロリストとして手配されている相手、ロウヒさんだった。


「……何故テロリスト扱いの貴方がイクシアさんの話をした。まさかまだリョウカさんと繋がっているのか……?」

「ふむ……そうとも言える。だがそれはあくまで君が秋宮リョウカだと思っていた相手だ」

「……どういう意味だ」

「今、学園理事長を務めているあの女は、秋宮リョウカではない。少なくとも君を学園に呼び寄せた人間ではない。既に入れ替わっているのだよ」

「は? いや、あれはリョウカさん本人だ」

「そうだろう。だがそれでも違う。私ではうまく説明できないが……だがこれだけは伝えよう。君の母親、ササハライクシアは既に地球にはいない。君の知る秋宮リョウカともども、既にグランディアに逃れている。そして今秋宮リョウカを名乗るあの女は、それを隠し、嘘をつき、君を思うままに操っているに過ぎない」


 ……バカバカしい。

 なんだ、俺を懐柔する為の嘘か?


「秋宮リョウカは、妹であるあの女に総帥の座を追われた。そして彼女は優秀な護衛と共に地球を逃れた。それが……君の母親、ササハライクシアだ」

「黙れ。そんなウソで俺は動かない。……悪いがロウヒさん、俺は今この場にデバイスを持ってきている。その戯言、なによりも俺をイクシアさんの話で騙そうとした事……決して許さない。この場で終わらせる」


 抜刀の構えを取り、出方を窺う。

 視界の悪さももう慣れた。この人は今武器を持っていない。分は俺にある。

 だが――


「……これは、私の独断であり、断じて君の母親が指示した事ではない。私はただ伝言を頼まれただけだ。だが……利用させて貰う」

「なんだ、まだ何か言う気か?」

「……『きっと、いつか全てが終わる。全部解決したら、今度こそ北海道、行きましょうね』と。この言葉を伝える事が、今日私が君を呼び出した本来の理由だ」


 ……え? いや、でも……北海道の事を教えたのは……ナシアだけだ。

 何故、それを知っている?


「私はファストリアですぐ彼女とリョウカ氏の二人と別れた。だが、私が任務でこちらに行く際、いつか確実に君と遭遇するだろうと、確かに彼女本人に伝言を頼まれた。君は『リョウカだと思っている女』に、母親が入院中だとでも言われているのではないか?」

「……本当に、イクシアさんと会ったんですか」

「会った。緊急事態だったのだろう、その後すぐに二人は遠く離れた我々の拠点へと向かい旅立った。だから今どうしているかは分からない。だが、少なくとも君は騙されている」

「……そんな」

「私はあくまで伝言を頼まれただけだ。だが、私はこの伝言を利用する事にした」


 その時、ロウヒから強烈な殺気をぶつけられる。


「私達に協力しろ。世界樹の苗は確実に破壊しなければいけない。もし仲間になるのであれば、私は君を母親の元へ連れていくと約束しよう」

「な……!」

「彼女を理由に君を勧誘しては、恐らく後で烈火のごとく私は怒られるだろう。だが……今、最も被害を出さずに作戦を成功させるには、この手段しかないと判断した。いいか、この世界樹植樹は偽りだ。やがて起こるであろう両世界の衝突の序章となる。だから、協力しろ少年。そうすれば……君を正式な仲間として迎え、そして母親の元へと案内する」

「……ふざけるな、アンタの話が真実だとは――」

「真実だ。君も、薄々違和感を覚えていたはずだ。何故秋宮リョウカが急激に任務を割り振るようになった。何故、突然様々な破壊工作を君に任せるようになった。何故直通アプリを使わない。何故入院中の母親についての情報を一切開示しない。感じているはずだ、彼女が変わってしまったと!」


 そんな事、そんな事……分かってた。リョウカさんの様子がおかしい事なんて。

 けど俺にはそれしかない。あの人の指示に従うしかないんだ。


「……君は、あまりにも我々の側の組織を潰し過ぎた。故に君を仲間に誘うにあたり、それなりの貢献、働きをしてもらわないと示しがつかない。もし、私に協力するつもりがあるのなら、母親の元に向かいたいのなら……私の指示に従って貰う」

「……本当に、俺は会えるのか? イクシアさんに……また会えるのか?」

「私は決して嘘はつかない。君の母親は入院などしていない。今頃、きっとグランディアの海の上だ。かなり船での移動はしぶっていたがね」

「っ! ……話だけなら、聞きます」

「……いいだろう。実行するかどうかは君の判断に任せる。もし実行せず、この話を他に漏らすのなら、我々の敵となるのなら……被害が大きくなるとだけ伝えておこう」

「イクシアさんをどうにかするとは言わないんですね?」

「人質を取って言う事を聞かすような事はしない。なによりも、あの二人を私がどうこう出来るとは微塵も思っていないさ」


 それは正解だ。少なくとも……イクシアさんは強い。俺よりも。

 そしてリョウカさんも……。


「もし、この話を君が誰かに漏らす事があれば、我々は決してもう君を迎え入れる事はないだろう。いつか世界が大きな混乱に飲み込まれ、全ての秩序が崩壊した先、もしかすれば母親と再会出来るかもしれない。だが、我々に協力すれば、少なくともよりよい形で再会出来るだろう」

「聞くだけ、聞きましょう」

「……君は、聖女の護衛なのだろう?」


 ……俺は、少なくともこの話の一部だけは信じても良いように思えた。

 だから……話だけは聞こう。俺を迎え入れる為の条件、俺にして欲しい事とはなんなのかを。


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