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第百二十五話

[三月九日]


[本日より生活の記録、思い出の記録として日記をつける事にする。]

[今日、ユウキの高校卒業式に出席する為に衣装を買いにデパートという場所に赴き、その場所でこの日記帳を購入した。]

[既に知識として学んではいたが、やはりこの地球と言う世界は物資が潤沢に存在しているようだ。]

[生前よりも幾分胸が大きくなっている影響か、服のサイズ選びを間違ってしまったのが少しだけ心残りだ。]

[卒業式の日までにどうにかしなければいけない。]

[四月七日]


[本日よりユウキにお弁当を持たせる事にした。]

[びーびーちゃんねるで学んだ事を生かして初めて持たせたお弁当は、どうやらユウキの舌にあってくれたようだ。]

[もしかしたら、他の生徒との交流のきっかけになるかもしれないと思い、多めに持たせ食器も持たせたのが功を成したようだった。]

[今度は何を持たせよう、こんな幸せな悩みを持つ日が来るとは思わなかった。]

[五月二七日]


[今日はもしかしたら私の第二の命日になっていたかもしれない。]

[テレビでユウキの死亡が報じられたのだ。]

[結局それは誤報ではあったが、あの時私はすぐに追いかけようと考えてしまった。]

[ユウキは今、病院のベッドで眠っている。こうしてユウキの隣で日記を書くのは、もうこれで最後にしたい。]

[もう二度と、こんな思いはしたくない。]

[ユウキ、起きたらなんと声をかけたらいいのだろうか。]

[私はやはり、母親としての経験が不足しているようだ。]








「……イクシアさん……」


 彼女の部屋には、小さなテーブルと書類棚、それと布団が置かれているだけの、文字通り倉庫のような様相だった。

 服はどうやら別な部屋にしっかり保管してあるらしい。

 そしてそんな狭い部屋の壁中に……俺と撮った写真や、様々な日記に書くまでもない事柄のメモが張り付けてあった。


『今週末はお芋掘り』『ぶぅぶぅマート特売日は明後日』『バームクーヘン屋は五のつく日』

『ユウキ今日はお弁当のアスパラを残す要工夫』『みりんがもうすぐ切れる!』


 本当に、些細な事。生活に必要な事。そこに陰りなんて物はなく、いつも通りの日常がありありと浮かんでいた。


「日記……勝手に読んじゃったな……でも……」


 俺は、イクシアさんが病院に運ばれたであろう日の記述を探す。

 最後に書き込まれた日がきっとそれだろう。だが――


「ページが破り取られてる……なんで……?」


 誰かが……破り取った? それともイクシアさんが?


 もしかして、この膨大なメモ群の中に使われているのだろうか?

 それとも……。

 俺はゴミ箱を漁る。何か、何かないだろうか。


「あった、これだ」


 しわしわになったページを開く。するとそこには――


[考えがまとまらない]

[私ではダメなのだろうか]

[私では彼女の助けになれないのか]

[考えてみれば、彼女にはずっとお世話になりっぱなしだ]

[リョウカさんには心から頼れる人がいないのだろうか……?]


 それはきっと、リョウカさんについて考えていた時の物だろうか、殴り書きの様にしるされていた。


「リョウカさんの為……? 自分の相談をしていたんじゃないのか……?」


 なんだろう……違和感がある。彼女は日記にまで自分の不調について一切書いていなかった。なのにリョウカさんの事は……やっぱり自分よりも他人を優先してしまう質なのだろうか?


「結局何も情報は得られず……か。ていうか日記に俺の事書きすぎだよ……イクシアさん」


 彼女の思い出をたっぷり取り込み、俺は明日の研修開始に備え、眠りにつく。

 どうか、イクシアさんの夢を見られますように――




 翌朝、空港に集合した俺達は、そのままオーストラリア行きの便……ではなく、学園で手配したチャーター機で向かう事になった。

 凄い、今回の気合いの入り方が尋常じゃない。

 飛行機の内装も、以前俺が総理の護衛として同行した時の物と比べて遜色がない程だ。


「へぇ、さすがにこいつは驚きだ。随分太っ腹じゃねぇか」

「私達が向こうで任務に就いた後、大々的に世界の人間に植樹について発表されますもの。当然私達の動向にも注目が集まるのでこういう待遇と言えますわね」

「緊張してきたぞ……流石に。戻りの空港とか報道陣がつめかけたりして……」

「それは考えすぎだ。流石に警備の人間だっているだろう」

「逆に、警備員が動員されるような事態にはなるかもしれないって事だけどね。ユウキ君は……落ち着いているね」

「まぁね。一応、最近じゃそういう報道関係の人間に任務帰りに待ち伏せとかされていたし」

「すっかり時の人だよねーユウキ。もしかしたら私達もそうなっちゃうのかなぁ」

「それは困りますねー……迂闊に海上都市から出られなくなってしまいます。吉祥寺に新しく美味しいパフェを出すカフェが出来立て聞きましたし……」


 コウネさん平常運転。それに、なんだかんだでみんなもそこまで浮かれているようには見えない。みんなも一年でだいぶ成長したんだよな。もう、俺の護衛なんて必要ないくらいまでに。

 最初のうちは『俺が何とかしないと』みたいな義務感が働き、無理をしていた面も確かにあったのだと思う。

 けど、いつからだろうか、俺は平然と皆に頼る、皆に任せる事が出来るようになっていた。

 本当の意味で、俺達はクラスメイトになれた気がしたんだ。

 今……俺は少しだけみんなとは少しそれた道を歩いているけど、きっとまた共に、共に歩める場所に戻る事が出来るはずだ。

 少なくともこの任務が終われば……事態は変化するはずなのだから。

 ……だからリオちゃん。俺は君が敵に回ったとしても、もう次は負けない。






 目的地である空港に到着した俺達は、そのまま物々しい外見のバスに乗せられる。


「先生、この後はどこに移動するんですか?」

「まずは現場の下見からになる。現在、植樹地として整備された地域にて、最終調整が行われている。実際にその場所を確認、当日の配置を決める予定だ」


 まるで襲撃に備えているかのような、バスというよりも装甲車と呼んだ方がよさそうなそれで俺達は広大なオーストラリアの地を進む。

 植樹……なんだか、ひっかかる。だってそうだろ、この計画には……元々秋宮は関わっていなかったはずだ。

 なにせ、国が秘密裏にグランディアの人間、セシリアを含めて会合を執り行う予定だったのだから。

 実際にあの会合の任務に就くことになった時、確かにリョウカさんは寝耳に水という様子だった。

 少なくともあの時点ではリョウカさんは何も知らされていなかったはずだ……。


「皆、移動時間を使って今の内に話しておかなければならない事がある」


 するとその時、バス内に大きなスクリーンが展開される。

 何か映し出すつもりだろうか?


「今回、秋宮および式典に関わる各国の諜報部隊、それにセリュミエルアーチが内々に探っていたテロリストの情報が入り……実行犯と思しきメンバーの写真を入手した。お前達にも見ておいてもらいたいんだ」

「……いよいよ、俺達がテロリストと戦うかもしれないんですね」

「対人戦は前回の任務でもあったけど、今回はもっと厳しそうですね」

「ああ。……一応、会場の近くには警備として他国の軍人もいる為、協力もしてもらえる。だがその上で言う。この相手は……危険だ。かなりの被害が予想される」


 そんなにか? いや、リオちゃんのような人間が動き出したなら、本気で主戦力と目される人間が動いているって事になる……か。

 そして、ジェン先生はまず一人目の写真を表示したのだった。

 だがその瞬間――


「嘘だ!」

「……カナメ、落ち着け。皆、見知った人間もいるかもしれないが、この人物が今回テロリストの一員として最も警戒されている人物だ」

「……この方は……」


 そこに映されていたのは、去年の夏休み中に行った合宿において、秋宮に協力してくれていた世界最強のバトラー、ロウヒさんだった。

 ……彼も、リオちゃん同様秋宮と協力関係にある組織の一員である事はしっている。

 つまりリオちゃんだけでなく、その組織が丸ごと敵対した……って事なのか。


「ジェン教官。これは、何かの間違いなのではないでしょうか。彼とはプライベート、道場で顔を合わせた事もありますが、決してテロを行うような人間では……」

「残念だが、既に証拠が出そろっている。私も、去年の合宿の件もありこの人物の事は多少知っている。だが……今回、この相手は敵だ。決して躊躇せず、油断せず対応しろ。交戦は避けられないと思うように」

「……正直、僕達で抑えられるとは思えません。ユウキ君でも……」

「正直、グランディアでの俺ならまだ可能性はあったと思う。でも地球じゃちょっと厳しいかも」


 少なくともディースさん並の強さはあるのだろう。そもそも、去年の合宿で彼は本当に本気だったのだろうか?

 曰く、人質がいる状態ではまったく抵抗せずにいたそうだ。

 だが、確実にあの人なら俺を待たずして動けたのではないか?


「実行犯と目されているのは彼だけではない。続いてはこの人物だ」


 すると、さらに画像が切り替わり、ある男の顔写真が表示される。


「六光……」

「! 知っていたのか、ササハラ」

「はい。過去に二度遭遇しています。そのどちらでも仕留める事は出来ませんでした。明らかに、場慣れしたプロです」


 通称腹筋チラ見せ兄貴。かつてノルン様誘拐の手助けを行い、そしてここオーストラリアで開かれた植樹の為の会合を襲ったテロリストだ。

 真正面から勝負した訳ではないが、確実に俺では仕留めきれないであろう手札を持っている相手。


「へぇ、ユウキで仕留めきれねぇってなると……さっきのロウヒってヤツと同格かもしれねぇな」

「……現状、地球最強の人間とそれに匹敵するかもしれない人物を相手にするわけですか。少々任務内容が重すぎる気もしますわね」

「そうだ。だが、それほどまでに重い任務を我々は引き受け、期待を寄せられている。同時にそれほどまでに重要な任務を任せられる戦力が……私達をおいて他にいないのが現状だ」

「どうしてそこまでして植樹を妨害しようとするんだろうね……地球人だけじゃないんですよね、テロリストって」

「恐らく、グランディアに連中の本拠地があるだろうとセシリア様から報告があった。なんらかの後ろ盾が向こう側の世界にあるのは確実だろうな」


 秋宮が後ろ盾じゃなかったのか、リオちゃんは。協力関係にあったはずが何かの拍子に決別した? リョウカさんが何かしたのか? 俺が最近受けていた対テロの任務は全て……リオちゃん達を相手にしていたということか?

 分からない、俺には分からない……。


「最後にもう一人。この人物はかつてグランディアで確認された人間だが、四年前から消息を絶っていた。今回、地球で姿が確認されたが、その正体は不明。だが過去に起きた大規模な事件には必ず『彼女』の姿が確認されている。こちらもロウヒと同格の実力者と過程して挑むように」


 スクリーンに最後の一人の写真が映し出される。

 一瞬、リオちゃんの事かと思ったが――別人だった。


「まぁ……私に似ている髪をしていますね。恐らくグランディア出身者でしょうけれど……間違って私を攻撃しないでくださいね、皆さん」

「コウネ……さすがに間違うはずがないだろう。しかし……紅一点か」

「結構な美女じゃねぇか。テロリストなんてもったいねぇな」


 その人物は、コウネさんの言う通り、リオちゃんやコウネさんに似た青みがかった銀髪の女性だった。

 歳の頃……二〇代中頃くらいか。確かに美人さんだ。

 もしかしたら……リオちゃんの関係者、かもしれないな。


「以上の三名が現在要注意人物として手配されている。だがこの三名だけとは限らない。くれぐれも留意しておくように」


 けど……本当分からない事ばかりだよ。一体何が起きているのだろうか。






 それから半日程移動が続く。元々、この世界の車って元の世界より最高時速は出るけれど、法定速度が大差ないからあんまり目立つ事がない。

 が、今回の様に国を挙げてのプロジェクトではしっかりハイウェイも整備されており、想像よりも遥かに早く目的地に到着した。

 いや、でも半日って……やっぱオーストラリアって広いわ。

 到着したのは、周囲に建物の影すら見えない荒野。だが、そんな中でも大きな存在感を放っている物があった。

 そう、まだまだかなり離れているというのにその巨大さが見て取れる『一枚岩』。

 エアーズロックだ。凄いな、生で見るのは何気に初かも。教科書でしか見たことなかった。

 でも俺知ってる。実は世界一大きい訳じゃなくて、二番目なんだって。


「なるほど……この辺りが植樹地なんだね。凄い、グランディアでも中々ここまで魔力が集中している場所、ないよ」

「だな。あの岩に向かう魔力が途中で方向変えてこの辺りに留まってる。確かに世界樹植えんならここだ」

「凄いですねぇ、地球にもこんな場所があるなんて。ここ、観光地なんですよね?」

「そうですわね。昔はあの大岩に昇る事も可能だったらしいのですが、様々な問題が重なり立ち入り禁止になってしまった、という話もありますわね」


 それは、確か元いた世界でもそうだった。マナーやゴミの問題だったとは思うけれど……もしかしたらこの世界では別な理由……なのかもしれないな。


「全員、ここより先に見えるフェンスが確認出来るな。あの場所より先が植樹地となり、今も厳重な警備がなされている。苗は現在、ナーシサス様が決して手出し出来ない場所に安置しており安全ではあるが、彼女自身の安全は確保出来ているとは言い難い状況だ」

「あ、ナーちゃんここにいたんですね? 休学中だって聞いていましたけれど」

「そうだ。ここ二月程、ナーシサス様はこの場所の地鎮、魔力の流れの調整や苗との適合性を高めるための儀式を行っておられる」


 あ、やっぱそうだったのか。


「では、まずはナーシサス様の元へ向かうぞ」


 俺達は、前回の実地研修以来顔を会わせていない、可愛い後輩の様子を見に向かうのだった。


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