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第百二十四話

「ふぅ……久しぶりですね、ユウキ君のお家」

「俺も久しぶりに人を呼んだよ。いらっしゃい、コウネさん」


 いそいそとコウネさんがキッチンに向かい、勝手知ったる我が家のように作業を進めていく。

 コウネさん、寮暮らしの時は結構な頻度でイクシアさんとご飯作っていたみたいだからな。


「イクシアさん、やはり暫くは戻ってこられないのですね? どうです、これからちょくちょくご飯作りに来ましょうか?」

「あー……たぶん暫く戻ってこられないと思う。でも俺も任務で出かける事も多いと思うから……むしろ俺がコウネさんの家に行こうかな?」

「なるほど、歓迎しますよ、ユウキ君」


 たぶん、前までならもっとこのシチュエーションにドキドキしたりしたんだと思う。

 いくら腹ペコガールコウネさんでも、二人きりなら緊張してしかるべき美女なのだから。

 俺が慣れたのか、それとも心に余裕がないのか、イマイチ最近感情が鈍ってきている気がする。


「ところで今日は何を作るの?」

「ふふふ、出来てからのお楽しみです。最近BBチャンネルで見たお料理なんですよ」


 やっぱりまだ少しだけ、後ろ向きになってしまう事もある。

 このやり取りがイクシアさんを思い出させるとか、さ。

 でも俺の為にしてくれているコウネさんに対して失礼だろ、そんな事考えるなんて。

 だから、喜ぼう。素直に楽しみにしよう。俺は、久々の手料理に本当に喜んでいるのだから。


「楽しみにしとく。すっごい良い匂いしてるし。今度そうだなぁ……台所の道具の使い方とか教えてよ、もっと料理できるようになっておくから」

「ふふ、任せてくださいね」


 コウネさんにも、それにイクシアさんにも……作ってあげるのだ。

 これまでの感謝を込めた料理を、いつの日か必ず――




 テレビを見ながら時間を潰していると、コウネさんから完成したと知らせを受け、配膳する。

 あれ……この料理見たことがある。一つは、前に誕生日にイクシアさんが作ってくれた料理にそっくりだ。

 それに……他の料理も全部俺の好物、ピーマンと鶏肉ばかりだ。

 え、普通に嬉しい。


「コウネさんに俺の好物って教えた事あるっけ? 俺、ピーマンと鶏肉が好物なんだけど」

「え? そうだったんですか? 私、BBチャンネルで丁度この料理一式を作っている回を見て真似したんです。『友達を元気にする料理』って紹介されていて」

「そうなの? っていうかやっぱり元気ないって思われていたのか……」

「うーん、前より少しよくなったと思いますよ? 私も、結構ユウキ君の事はしっかり見ているんですから」

「やだ照れる。じゃあ、早速いただきまーす」

「めしあがれ! あ、ご飯沢山炊いておいたので、おかわりしてくださいね? まぁこのお家のお米ですけど! 余ったら冷凍してくださいね」

「うん、ありがとう」


 ピーマン肉詰めオーブン焼き。から揚げ。ピーマンの佃煮。

 鶏皮とピーマンのトマト炒め。ピーマンのサラダ。

 もうここぞとばかりに好物ばかりだ。

 というかこれ、たぶん一度はイクシアさんに作ってもらったことあるかも……。

 そっか、イクシアさんもBBチャンネルで料理の勉強してたんだもんな。


「美味しいな……凄い美味しい。やっぱり同じ動画見てた影響なのかな、イクシアさんの料理にかなり似てる」

「そうかもですねー。美味しいですよね、細かい工夫が隠されていて、一味違って」

「そうなんだ。……美味しいなぁ、お店とかじゃなくて、身近な人に作ってもらうのって倍くらい美味しいよね」

「……はい、本当にそうですね」


 凄いなぁ……全部ほとんど同じ味だ。たぶん……俺にとってはこの料理たちが、おふくろの味になるのかな?

 ばあちゃんの料理も勿論そうだけど、ばあちゃんの料理だから『おふくろの味』じゃなくて『おばあちゃんの味』って扱いなのかな?


「美味しい……やっぱりご飯が美味しいって大事なんだねぇ。人間らしさを補給出来てる感じする」

「……はい。食べる事にここまで情熱を燃やすのは……人間だけですから。美味しいご飯をたくさん食べて、それで少しずつ……取り戻せばいいんです。いろんな物を」


 ……美味しいのに、せっかく美味しいのに。味をかえちゃいけないって分かってるのに。

 なんで人の涙って味がついてるんだろうね。

 久々に、この家で誰かの手料理を堪能した俺は、終始馬鹿みたいに涙を流しながら、心の底から堪能した。




「ユウキ君」

「うん?」


 食事を終え、気恥ずかしさから率先して後片付けをしていた俺に、コウネさんが歩み寄る。

 だがその時、唐突に――


「……私、やっぱりユウキ君が大切みたいです。恋人なのか、家族のようなものなのか、その辺りはまだ分からないんですけど。でも……こうしなくちゃいけないって思いました」


 背後から、両手を回され強く抱きしめられた。


「たぶん、ユウキ君は無理して元気になろうとしているんです。分かります。でも、悲しんで元気なくして、それでいいと思います。無理に元気になろうとしても疲れるんです。だから……これからは私が元気になれるご飯、作りに来ます。無理しなくても、勝手に元気になれるような」

「……ありがとう、コウネさん。でも年頃の女の子が男に抱き着くのはダメだよ?」

「ユウキ君、この姿だと小さいからノーカウントです。お姉ちゃんに抱きしめられてください」

「……本当、いろいろ危ない人だなーコウネさん……」


 今の俺に、その安息は、安らぎは、優しさは、毒になりえるんだ。

 コウネさんに甘えたら、依存したら、たぶん俺は弱くなる気がする。


「……コウネさん、そろそろ放して。かなり、元気貰ったから」

「分かりました。……イクシアさん、早く戻って来ると良いですね、ユウキ君」

「うん。だから俺はそれまで頑張るよ」

「よければお弁当も作りましょうか?」

「ううん、さすがにそれは俺を甘やかしすぎ。気持ちだけ受け取っておくよ、コウネさん」

「ふふ、分かりました。ではユウキ君、また明日、です」

「うん、また明日。今月の研修、頑張ろうね」


 そうして、コウネさんが家を後にする。

 彼女は……たぶん、俺がイクシアさんに出会っていなかったら、間違いなく……。


「なんて……ね」


 そして俺は、美味しい余韻に浸りながら、久しぶりに深い眠りについたのであった。








 コウネさんと過ごした夜から三日、研修前夜。

 これまで、実務研修の前日には着替えやコンバットスーツ、その他デバイスの整備用の道具等を一式鞄に詰めるという準備をしてきた。

 勿論、そこにはいつもイクシアさんの姿があり『ユウキ、着替えはこれを持って行ってくださいね』そんな風に、イクシアさんが手伝ってくれていた。

 俺がいない間、ベッドの布団を天日干ししてくれたり、掃除をしてくれていたり。

 些細な事。でもその些細な事がどれほどありがたく、温かった事か。

 俺は一人家で荷造りをしながら、改めて彼女がいない事を噛みしめていた。


「いよいよ……世界樹の植樹か。もし……地球も魔力で満ちるようになったら……どうなるのかな」


 もし、豊富な魔力によりこれまで以上に魔法技術、研究が発達するのだとしたら、イクシアさんの治療だって……でも、そうなるのはまだずっと未来の話、か。

 でも、これでオーストラリアにでも新しく秋宮の研究所が建てば、世界樹に回される豊富な魔力の一部を流用する事も出来るようになるかもしれないのだ。

 だったら、今回の実務研修は本気の本気で臨まなければ――

 最後の決意をしたその瞬間、夜だというのに家のチャイムが鳴らされた。

 なんだ……?


「こんな時間に誰だ?」


 モニターを見ても誰も移っていない。いや、でも小さくてカメラに映ってないだけで――


「って……ナシアは今いないはずだろ……おい、なんだよ夜だぞ今……」


 相変わらずオカルトには弱いのですよ。俺はデバイスを構え、玄関の扉を開く。

 するとそこには――


「来ちゃった。やっほ、ユウちゃん」

「……リオちゃん」


 リオちゃんがいた。

 いつも通りの姿で、いつも通りの口調で。

 けど、決定的に違うのは、彼女がコンバットスーツを纏い、デバイスを持っている事。


「その恰好……そっちも任務って訳かな」

「ん-ん、まだ。これはここから逃げる時の為」

「追われてるの?」

「たぶん。だから家には入れないよ、私の仲間だって思われちゃうし。だからここで話すね」


 すると、リオちゃんは展開中のデバイスの刃を消し、同時ににこやかな笑顔をも消す。


「とうとう、ここまで来てしまったね、少年。ここが運命の分岐点だよ」

「……そっか。俺は直接口には出せない契約だけど……実務研修の事、だね」

「ちっ……念入りだね、もう契約で縛ってるんだ。うん、世界樹の件。これは、本当に世界の運命を分ける任務になるよ。……私達は君と敵対する。私さ、もう長い事グランディアには帰っていないから、向こうが今どういう状況か分かってないんだ。でも、仲間から聞いてる。既に……両世界のバランスは狂い始め、そしてこの先に待ち構えるのは……たぶん地球の衰退。少なくとも私達はそう睨んでる」

「……だとしても、俺はこの任務を遂行するよ」

「……ユウちゃん。これが最後。最後の勧誘になる」


 すると、リオちゃんがこちらの顔をじっと見つめながら、その小さな手をこちらに差し伸ばして来た。


「この手を取って。私達の仲間になって。私達の下部組織は随分ユウちゃんに潰されたから、きっと良い顔をしないメンバーもいる。でも、それでも、私は君を迎え入れたい」

「下部組織……ここ数か月、暗躍していたテロ集団ってやっぱりリオちゃんの仲間だったんだ」

「うん。本当に下位の下位、目的も何も知らされてない集団だけどさ。だから私は今、ユウちゃんに秋宮を裏切れって言ってる。お願い、この手を取って欲しい」


 即答すべきだ。『断る』と。

 イクシアさんの治療がかかっているんだ。それに……リオちゃんの開示する情報があまりにも少ない。

 世界樹の植樹がどうして地球の衰退に繋がる?

 どうして地球でテロ行為をしていた?

 いや、たぶんグランディアでも暗躍しているんじゃないのか?

 ……彼女は、俺にとっての恩人で、全てのきっかけを与えてくれた存在だ。

 だが――俺はその手を取る事は……決して出来ない。


「秋宮は……リョウカは変わった。文字通り。だからもう信用しちゃいけない。この任務の裏には何かある。それはきっと、リョウカも気が付いていない何か。たかだか二〇かそこら生きただけの人間がグランディアの人間と対等になれるはずがないんだ。少なくともまだ、世界樹は植えちゃいけない……絶対の阻止しなきゃいけないんだ。だから一緒に行こう、ユウちゃん!」

「……リオちゃん。俺はその手を――」


 俺の答えを述べようとしたその時だった。

 唐突に山の気配が変わった。何者かの足音、戦場の気配。

 間違いない、誰か集団がここに向かっている!


「っ! 時間切れ。ユウちゃん、ばいばい。……良かったね、やっと私とまた戦えるよ」

「っ! ああ! 今度は負けない、絶対に」


 そう最後に言い残し、夜の闇の中に消えていくリオちゃん。

 そして間髪入れず殺到してきたのは、秋宮のコンバットスーツを纏う集団だった。

 恐らく、秋宮の部隊だろう。


「ササハラ殿! ご無事ですか!? 先程、学園の敷地内に侵入者の反応がありました。かなり強大な魔力反応でしたが……」

「強大な……いや、ちょっと変な子供が来た程度だよ。ただ……おかしな事を言っていた。どうやら俺に『実務研修に行ってほしくない』みたいな事を言ってダダをこねていたよ。……ちょっと言えないけど重大な任務にも関係する。一応、理事長に報告しておいて欲しい」

「は!」


 俺は、全てを報告する事はしなかった。

 しきりにリオちゃんは『リョウカは変わった』と言う。

 いや、前から『リョウカを名乗る女』とか、どこか含んだような呼び方をしていた気がする。

 もし……本当に今のリョウカさんを信用出来ないのなら、俺も少しだけ警戒した方がいいのか……?


「それに前回の研修の前……リョウカさんは『私から貴方に厳しい任務を言い渡す事は……きっとないと思いますよ』って言っていた……でも、俺は今……」


 本当に変わったのか? 心変わりしたのか? だが、少なくとも彼女は地球への世界樹植樹に関わりを持ち始め、地球をより良い方向に導こうとしているではないか。

 セリュミエルアーチ主導の今回の件、彼女はしっかりとグランディアと手を取り合いこの大プロジェクトを成し遂げようとしているではないか。

 もし、植樹を妨害するのがリオちゃん達の目的なら、前回の研修の敵だって……彼女の組織に関わっているのではないか?


「……もう、分からない……一体何が起きようとしているんだ」


 イクシアさんは、何か知っていたりはしなかったのだろうか。

 それに身体の不調だって前々からリョウカさんに相談していたというし……何か話を聞いていたりはしないのだろうか?


「……これは、少しでも手掛かりが欲しいから。断じて私利私欲じゃないから……許してくれますか」


 俺は、初めてその扉を開く決心をする。

 階段の下にある、少し大きな物置。イクシアさんが落ち着くからと、わざわざ自分の部屋として使っているスペース。

 まるでどこぞの魔法少年のような、階段下物置に存在する彼女の自室。

 俺は初めて、その扉を開いたのであった――


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