第百二十三話
「ユウキ君、今晩うちに来ませんか?」
「いきなりだね? どうしたのさ」
昼。久しぶりに食堂でご飯を食べていると、こちらを遠巻きに見ながらひそひそと語る周囲の人間などどこ吹く風という具合に平然と隣に座るコウネさんがそんな事を言って来た。
「ユウキ君、最近まともな食生活を送れていないのではないかと思いまして! どうです、久々に私の手料理というのは」
「いやぁ……まぁ確かにちゃんとした料理食べたの、コレがたぶん一カ月ぶりくらいだけど」
「ふむふむ……これは鶏ごぼうピラフですね。良いですね、ごぼう。グランディアでは食材としてあまり活用されていないんですよ、これ。サーディス大陸の一部でのみ『きんぴらごぼう』という料理がある程度です。確か日本の料理なんですよね?」
「そうそう。たぶんサーディスには大昔に日本人が紛れ込んでいたんだと思うよ」
この辺りの事実関係は、結構長い間研究されているのだとか。
グランディアの技術の発展には、太古の昔に地球人が紛れ込んだ影響が見られるとかなんとか。
……イクシアさんも、何か知っていたりしないのだろうか? あとヨシキさんとか。
あ、逆か。ヨシキさんはグランディアから地球に来たパターンなんだっけ?
「分かった、たぶん今夜なら問題ないと思うよ。ただ……出来れば俺の家の方が良いかな、もしかしたら火急の呼び出しとかあるかもだし」
「了解です。サークルが終わったら直接ユウキ君のお家に伺いますね」
確かにコウネさんの申し出はありがたいかも。
最近、わざわざ外食なんて行く気力もないし、適当に帰りに購買で売れ残りのパンを買うか、適当に畑の野菜レンチンして食べるだけだったし。
畑の世話……今の野菜が秋宮に全部買い取られたら、もう次は植えなくていいかな……。
去年は芋ほりとか色々あったな……。
昼食を摂り終え、午後の講義を受講中、一緒に受講しているホソハさんが隣から話しかけてきた。
「ユウ先輩、さっきの資料の考察、私と見比べてみませんか?」
「いいよ。ホソハさん本当熱心だよね、この講義受けるの」
「ええ。地球の呪術、黒魔術、そういった古術はとても興味深いですから」
グランディアと繋がったのは五〇年前。そしてこの古術と呼ばれているものの大半はそれよりも古い時代から存在している。
つまり、この分野に限っては、俺のもといた世界とは大差がないと言える。
オカルト的には面白いけど、それは俺がこの世界の住人でないからこそだ。
元々魔法が普通に存在するこの世界の人間にとって、眉唾物の古術なんてそんなに面白いものではないと思うのだが。
「知識欲、ですかね。ユウ先輩と同じだと思いますよ。知りたい……ただそれだけ」
「なるほどね」
この子も……何か特別な事情でもあるのだろうか?
なにせ聖女であるナシアと同等の力を持ち、SSクラスを打診された程なのだから……。
なんとなく、自分以外にも様々な事情を抱えている生徒がもっといるのではないか、と今朝のアラリエルの話を聞いて考えるようになった俺は、講義中にそんな事を考えながら一日を過ごしていくのであった。
そういえば、そろそろ今月の実務研修の内容が発表される頃だろうか。
正直、夏休み中毎日任務漬けだったせいで、イマイチ研修の実感が湧かないのだが。
もう、研修もただの任務と変わらないからな、俺にとっては。
それに研修の内容も……もう察しが付いている。
夏休み中、俺の主な任務地は海外、それもその半分以上がオーストラリアやその周辺海域の島の掃討作戦だった。
つまり……世界樹の植樹の不安要素を取り除く事が俺の主な任務だったという訳だ。
なら、その本番である世界樹植樹に、俺やSSクラスの人間を関わらせないはずがない。
「ふぅ……どうしようかな」
今日はもうなんの予定もないし、コウネさんのサークルが終わるまでどうやって時間を潰そうかと考えていると、またしてもスマ端から着信音が鳴る。
リョウカさんだ。
「もしもし、ユウキです」
『ユウキ君、まだ校内にいるのでしたら、教室で待機していてもらえませんか?』
「わかりました。何かあったのですか?」
『今日、実務研修についての説明を行います。今他の生徒も呼び出しているところです』
「随分急ですね……了解です」
なんだか慌ただしいな。もしかしてギリギリまで調整で忙しかったりしたのだろうか?
どの道暇だった俺は、そのまま教室で時間を潰すのだった。
「おや? 僕が一番乗りだったと思ったのに」
「カナメか。俺もさっき来たとこだよ」
「なるほど、僕は寮で寝ていたよ。アラリエル君はたぶん、遅れそうだね、今本土だってさ」
「マジで。もしかして……」
「なんでも、コウダ家に呼ばれたそうだよ」
なんだ、俺はてっきりマジでそういうお店に一人で行ったのかと。
「そういえば、こうやって話すのは久しぶりだね。やっぱり忙しい?」
「そりゃね。カナメも今の企業に正式に所属したら忙しくなるのか?」
「そうだね、たぶん海外の他の支社所属の人間との演習とか、どこかの紛争地帯の支援になると思う。うちの会社ってそういう活動してるとこだしさ」
「なるほど……傭兵じゃないけど傭兵みたいな事してるんだ」
「そうなるね。まぁバトラーチームとしての側面もあるんだけどさ」
なんだかカナメもそのうち俺みたいにあちこち飛び回る事になるのだと思うと、仄かにシンパシーを感じてしまうな。
そうしていると、今度はキョウコさんがやって来た。
「お二人とも早いですわね」
「午後の講義、一緒に受けてたけど、キョウコさんはあの後どうしていたの?」
「私は古術学の後にデバイス工学の講義を受けていましたわ」
「なるほど」
キョウコさんも近くの席に座る。何気に、ここにいるのは企業に関係し、既に働き始めているような感じの三人だ。
「ササハラ君、秋宮にかなり酷使されていませんこと?」
「まぁ結構されてるね。まぁ俺が望んでる事でもあるんだけど」
「望んで……?」
「そ。秋宮の事情が変わったっていうより、俺の事情が変わったんだ。だから、心配しなくても大丈夫。秋宮に無理やり働かされている訳じゃないよ。お給料もたんまり貰っているから」
「そうならいいのですが」
「……ユウキ君、ここだけの話どれくらいお金溜まった?」
「おいおいやめろよ……ちょっと口に出せない額だから」
「うーわ気になる。じゃあさ、直近で大きな買い物とかした?」
「したぞ、実家をリフォームした。築六〇年でかなりガタが来てたから」
「おー……! 今度遊びに行っていい? 今年の冬には里帰りするからさ」
「……予定が合えば歓迎するよ。ちょっと確約は出来ないけど」
「ま、それもそっか」
少しして、サークル活動を終えたコウネさんとカイ、そしてそれに合わせて一之瀬さんもやって来た。
セリアさんとアラリエルももう間もなく来るそうだ。
すると、まだ予定時刻ではないがジェン先生もやって来た。
「はぁ……はぁ……いやいや……急だったから私も急いで戻って来た……皆揃って……はいないか」
「ジェン先生、どこか行ってたんですか?」
「ちょっと都市部に買い物に出かけていたんだ」
買い物袋が見える。あのシルエットは……食べ物?
そういえば先生ってどこに住んでるんだろ。
するとすぐ後にアラリエルとセリアさんも入室し、全員が揃う。
おお、時間ギリギリだ。
「おっすアラリエル。コウダ家に呼び出されていたって?」
「ああ。ちょっとイラついて途中で抜けてきたわ」
「なに、直接ノースレシアに行けとでも言われた?」
「だからお前たまになんでエスパーなんだよ」
「マジでか。もう露骨に権力狙いじゃん。卒業したらコウダから離れた方いいんじゃない?」
「だな。お袋にも戻ったら提案するわ。幸い、秋宮の研修で最近ちょいちょい研究所でも顔も覚えられてきたからな、向こうの魔術工房との顔つなぎとして重宝されてんだ」
「ああ、そういえばみんなも秋宮から任務割り振られているんだっけ」
「ああ。俺はまぁ、たぶんどっかの魔術工房に就職して、秋宮との交渉役にでもなるんじゃねぇか? そういう誘いがもう来てる」
「へぇ……みんなももう進路が決まりつつあるって訳だ」
二年ももう後半。そろそろ卒業も視野にいれて動き始めているんだろうな。
そういう意味では……今回、リョウカさんが皆にも任務を割り振るようにしたのは、そういった先の事の為に、みんなに色んな世界を体験させたかったからなのか?
……さすがだ。
そうこうしていると、時間を知らせるチャイムが鳴り響き、それと同時にリョウカさんがやって来た。
「皆さん、お揃いですね。まず初めに、夏休み中、および今学期中に皆さんに割り振った任務の達成状況について、クライアントからも良い報告が届いています。皆さんの活躍、大変うれしく思います」
「この任務に関してだが、割り振りは学園側が精査した物とはいえ、正式にお前達個人が請け負った物という扱いになる。諸々の手続きはこちらで済ませておくので、後日正式な報酬を受け取るように」
あ、そうかみんなにもしっかり給金が出るのか。
露骨に嬉しそうな顔してるな、カイ。
「既に皆さんの評判、ひいては秋宮の名、学園の名も大きく広がりを見せています。今まで、ブランドが一人歩きしていたとも言われていましたが、こうして在学中に結果を出した事で、改めて学園の評価も上がり、この度……とても栄誉ある任務を研修として受ける事が出来ました」
その報告に、皆がざわめく。
きっとこの後の言葉は――
「今回の実務研修の内容は、まだ世界には発信されていない情報を含む物となります。ですので、このお話を聞いた皆さんは、決して外部に漏らさないよう、今から皆さんに『強制契約書』に目を通してもらいます。極めて単純な内容ですので、どうか身構えないで下さい」
そう言われ俺達に手渡されたのは、なにやら古めかしい羊皮紙に書かれた『日本語』。
なんかこういうファンタジーチックなアイテムに日本語ってミスマッチだよな。
まぁグランディアでも日本語が共用語なんだけどさ。
契約書は極めてシンプルな物だった。
『本日九月一四日に秋宮リョウカが語った内容を、この教室の外で決して口外しない事。この契約書は全一枚の物であり、この契約によりこの契約書に書かれている事は必ず厳守、執行されるものとする』。
まぁ口に出しちゃダメって事だ。
しかし……もしかしてみんなはジョーカーの事についても、こういう契約書にサインさせられたのだろうか?
いや……でも俺の家に来た時、普通に話そうとしたよな?
今回はリョウカさんもさすがに慎重なのかね。
「なるほど。実は二枚目が隠されており、そこに記された不利な内容の契約を結ばせる……という訳ではないのですね。しかし、こんな術式を持ち出すとは」
「本当です! これ、グランディアでも殆ど現存してない術式ですよ、それを使うなんて……サンプルでもあったんですか?」
「ふふ、それは企業秘密です」
……もしかして、イクシアさんが前に理事長に使った契約書だろうか?
あれを解析して再現した……?
そっか……イクシアさんが使った古代の術式、その一部はこうして利用されているのか。
俺達はその契約書にサインし、そしてリョウカさんの話の続きを聞く。
「今回、正式に世界樹の植樹地と日取りが決定しました。世界中にこの事実が電撃的に発表されます。場所はオーストラリアのエアーズロックからほど近い荒野。既に大規模な地鎮、及び魔力や地脈の流れも調整済み、結界も張られています。後は発表と植樹を待つのみとなっています」
やっぱりそうだ。
つまり今回の研修内容は――
「皆さんには、植樹の式典での会場の護衛、及び聖女ナーシサス様の護衛をお任せします。世界中が注目し、多くの報道陣がつめかける中での護衛任務です。その責任の重さは……これまでの比ではありません」
「理事長、発言よろしいですか」
すると、一之瀬さんが手を上げる。
「どうぞ」
「はい。大変光栄なお話しではありますが、そのような大任を我々学生が受けてもよろしいのでしょうか。さすがに……これは任務の質があまりにも……」
「聖女が信頼を置ける人間以外を傍に置く事は出来ませんからね、これはある意味当然の結果です。無論、遠方に各国の軍隊も配備されていますが、もしもグランディアから『金勲章級の使い手』がテロリストとして侵入した場合、残念ながら地球の人間ではどうする事も出来ません。あらゆる理由をふまえた上で、貴方達SSクラスの人間が選ばれたのですよ」
「……そういうことですか。ご説明、感謝致します」
テロリストは、間違いなくこの式典を妨害しに来る。
そしてそれは……たぶんこれまでの相手とは違う。
世界樹の植樹は、どういう訳かグランディアのテロリストにとっては絶対に防ぎたい事のようだし、言うならばこれが最後のチャンスだ。
もしかしたら……自爆特攻もありえるかもしれない。
「研修の開始日は四日後。オーストラリアに向けて出発し、そこで式典の段取りを徹底的に覚えて貰います。そして……九月二七日、全世界に植樹を発表。間違いなく世界中から多くの報道陣が詰めかけるでしょう。そして月が替わった十月一日……苗が植えられます」
俺も質問しようかな。
「質問良いですか」
「どうぞ」
「各国首脳、および上層の人間やグランディアとの条約に賛同している国々の役員、グランディアの各国政府は既にこの事実を知っているのでしょうか?」
「はい。地球の主要国、条約加盟国は承知済みです。最後まで難色を示す国もありましたが……まぁ、さすがにセリュミエルアーチの代表とも言えるセシリア様に逆らう事は出来なかったわけですね。グランディアでも反発はありましたが、特に動きはありません」
「もう一つ、良いですか」
「どうぞ」
任務の根本に関する質問。
「テロの可能性があるのなら、内々で先に植樹を済ませてしまい、事後報告をするだけで良いのではないでしょうか?」
「ふふ、確かにそうですね。ですが、それでは意味が薄い。これは世界樹を植えたという事実を大々的に取り上げ、地球の人間の多くに見守られる中行われてこそ意味があるのです。世界樹とは、大地と共にその地に生きる人間の意識に根付く物。地球の人間に見守られ、思われ、その中で行われてこそ意味があるのです」
「なるほど……説明、感謝します」
ただ魔力を生むだけの植物って訳ではないのか……。
そうしてリョウカさんの説明が終わり、俺達生徒だけが教室に残る。
俺も早々に教室を出ようとしたところで――
「ストップ。ササハラ君、こちらに来て下さい」
「うん? キョウコさんどうしたの、それにみんなも」
「契約書にはこの教室の外で話す事を禁ずるってあったよね? だから任務について話せるのはこの教室の中でだけって事なの。今のうちにみんなで話そう?」
「あ、なるほど」
……確かにこれほど大きな任務、皆思うところはあるだろうな。
「ユウキ、さっきの質問について少し解説したげよっか」
「人々の意思とかって話?」
「そ。世界樹ってさ、ただ魔力を生む他にも、その土地に合った魔力を生み、その土地を豊かにするっていう効果もあるんだ。今回はそれをオーストラリアだけじゃなくて地球規模で実現させる為、報道されてみんながテレビとか見守ってる中でやるんだと思う」
「テレビでもいいんだ?」
「うん。その瞬間の意識を感じ取り、魔力や地脈に人々の意識の断片が混じり、苗に流れ込む。そうして植えられた苗は、ただの白霊樹ではなく、文字通り世界の木、世界樹となる。凄いよね……世界樹の誕生に間近で立ち会えるなんて、エルフ冥利につきるよー」
なるほど……? つまりあれだな、元〇玉みたいな物だな!?
「まぁ、もしかしたらこういうことになるんじゃねぇかとは思ってたけどな、前回の任務ん時から」
「まぁ確かにね。……凄いな、まさかこんな大任を任せられるなんて」
「ああ。しかも報道もされるとなると……一之瀬流として無様な姿は見せられないな」
「僕もさすがに今回は緊張するね。それに……テロリストにとってはこの式典、絶対に妨害したいはずだし」
その通りだろうな。
今回のテロリスト……もしかしたら、これまでとは次元の違う相手が立ち塞がるかもしれない。
例えばそう……かつて俺が戦った六光とか。
いやまぁ、さすがに露骨に秋宮の妨害はしないと思うけど。
けど……六光はリオちゃんの仲間、何かの組織の人間だという。
もし……リオちゃんが所属する組織とやらが丸々敵に回ったとしたら……。
「みんな、とりあえず体調は万全に整えておこう。俺達がこの任務に就くのは決定事項だし、代わりもいない。だったら、全力であたるしかない」
「うん、そうだねユウキ。……私、聖女ではないけど、聖女についてはずっとナーちゃんと学んで来たんだもん。代々の聖女の祈り……グランディアに住む人間の祈りを受けて育った大切な苗。しっかり守って、この世界に根付くように見守るつもり」
「まぁセリアも気合い入ってることだし、俺もまぁ今回は真面目にいくぜ。おいユウキ、お前は俺達の要なんだ、シャキっとすんだぞ」
「カナメは僕だよ」
「……そういうギャグはいらねぇ」
そうだな、そうだ。もう、悩むのはやめだ。それだけ大きな任務……これを無事に遂行出来れば、もはや秋宮の地位は絶対。
イクシアさんの治療だって問題なく行えるに違いない。
あとカナメは唐突にボケるのやめた方がいいぞ。一之瀬さん噴き出しそうになったの一瞬見えたから。
そうして、教室を出た俺達は一切任務について話すことなく、それぞれの帰路についた。
「ユウキ君、待ってください! ちょっと家庭科室に寄ってから帰りましょう? 今日のご飯の材料、あそこの冷蔵庫に保管してあるんですよ」
「あ、忘れてた。じゃあ一緒に帰ろうか」
今日は久々にまともなご飯が食べられそうだな!