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第十一話

「イクシアさん、本当にその恰好で……?」

「はい。これも正装ですからね。それに……一時、貴族の屋敷で働いていた事もあります。家令としての振舞いも身に着きましたし、こうして衣装に着られる、という事もありませんし。どうです、中々に似合いませんか?」

「……そりゃあ、似合ってますけど」


 たぶん何着ても似合うと思います。元が良いから。

 きっと〇ニクロの格安コーデでも普通の女性より目立ちそうです。


「では、父兄の入場は九時からとなっていますので、私は自宅で待っています。ユウキ、いってらっしゃい」

「……はい。いってきます」


『いってらっしゃい』が嬉しくて、これ以上は何も言えなかった。

 そう。早いもので今日は卒業式。友人達も続々と自分の進路が正式に決まった事を担任に報告し、未だ発表がされていない生徒も若干数いるが、無事に皆揃って卒業式を迎えることができそうだった。

 で、俺の今現在の心配事。イクスさんが、燕尾服を用意していたんです。まさに男装、何故に? スーツとか他に選択肢はあったろうに、彼女はまるでピアノ奏者のような見事な燕尾服を購入してきていたのだった。

 ところで『家令』ってなんぞや。貴族の屋敷で働いていたとか言っていたが……執事の凄い版? というか貴族って……グランディアでは普通の事なのだろうか。




「おはよう、ユウキ。今日も寒いな」

「ショウスケ! だな、自由登校の間、何してたんだ? 訓練所でも見かけなかったけど」

「ずっと宮城にいた。親戚がいてな、暫く向こうの学生に混じってトレーニングをしていたんだ」

「徹底してるな……ってことは?」

「ああ、受かった。これでまずは一歩前に進んだと言える」


 登校中、校門でショウスケに会い、そのまま一人、また一人と友人達が合流する。

 前に一緒に焼肉に行って以来、ショウスケも他の友人達と大分打ち解けたようだ。


「お、お前らも全員受かったのか」

「まぁな。仮にもここは進学校だぜ? 落ちたら親になんて言われるか」

「俺はそのまま就職、っていうか修行だけどな。いつかお前らのデバイス、格安でメンテナンスしてやるよ」

「ふふ、それはありがたい。それで……ユウキ、お前はどうなんだ? シュバインリッターは狭き門だ。お前の力はそこに通用……したみたいだな」

「は!? お前シュバ学受かったのかよ!」

「はえー……すっごい」

「まさか俺達のクラスからシュバイン生が出るとは思わなかったぜ」


 シュバイン生って直訳だと豚生なんですがそれは。

 しかしやはりこの反応を見るに……名門なんだなと改めて実感させられる。

 さて、このクラスの人間の大半は第一志望に受かっている様子だが……サトミさんはどうなったのだろうか。

 隣のクラスへいざ行かん。


「すんませーん。サトミさんいませんかー?」

「えー? お? なになに、ちょっとサトミー! ユウキ君来てるよー」


 若干のニヤケ顔女子。さては何かよからぬ勘違いをしておるな。

 そういうの、どんどんしちゃって。くすぐったいが嫌いじゃないから!

 ただ若干男子の目が恐い。仕方ない、夏休み以降、サトミさんは学校でもお洒落に気を使うようになったのか、可愛くなったし。それまでは模範的おさげ委員長だったのに。


「あ、ユウキ君。なになに? どうしたの?」

「いや、その。一応、同じ東京組だったから気になっちゃって」

「なるほど……ふふふ、私、受かっちゃった! ファストリア魔導学院に!」

「おお!? って……あれ、そんな学校あったっけ……?」

「あはは……じつはここ、東京ではないんだ、厳密に言うと」

「え! 志望校かえちゃったのか……じゃあ遊びに行ったりは出来ないのかな。でもなんにしても合格はめでたい!」

「ふふ、大丈夫だよ。この学校ね、実はグランディア側のゲートの近くにあるところなんだ。だから、海上都市から通う事にしたの。ちょっと早起きしなきゃだけど、一時間もかからないで通えるんだ」


 なんだって? 俺それ初耳なんですが! え、異世界の学校に入学とかもんの凄い羨ましいんですが???


「ほら、私が召喚した子ってグランディアの神霊獣だから、向こうの方が力の使い方も学べるし、私って元々魔術型だから、あっちの学校の方が遥かに進んでいるんだよね」

「へぇ……俺、向こうの事あんまり調べていなかったからなぁ……」

「それで、ユウキ君はどこを受けたの? さっきの口ぶりから合格したみたいだけど」

「シュバインリッター総合養成学園ってとこに入学が決まったよ。ここ、海上都市にある学校だし、俺も海上都市に住むから、ちょくちょく会えそうだ」


 サトミ氏無言。そんなに俺と遊びたくないと申すか。


「シュバ学!? 嘘、本当にあのシュバ学!? ユウキ君の召喚って事故だったはずじゃ!」

「声大きすぎ! あと事故って言わないで! まぁ……あれだよ、その実績と実技の成績がよかったから……なのかな」

「そっかぁ……でも凄いよシュバ学だなんて。たぶん私のとこと同じくらい魔術魔法の指導が進んでいるとこだし……グランディアから来た研究員の人とか、バトラーの人もいるって聞いたよ」

「ほほー……それはちょっと楽しみだな。じゃあ、春以降も顔合わせる機会もあると思うから、これからよろしく頼むよサトミさん」

「うん、これからも宜しくねユウキ君」


 ばっちり周囲に聞かれてました。露骨に近づいて来るのはやめろ! 約束された将来なんて俺にはたぶんないぞ!




 校内アナウンスにより、いよいよ卒業式本番となる。

 皆整列し、最後の日くらいはと気合を入れているのか、私語が一切ない中、温まるのに相当な時間を要したであろう体育館へと到着する。

『卒業生入場、どうか拍手でお迎えください』という言葉に体育館へと入ると、壁一面に紅白幕がかけられ、卒業生全員分のパイプ椅子が並べられ、そして同じくらい大量の父兄用の椅子が並べられ、それぞれの身内が座り、静かにこちらの行進を眺めていた。


「……ああ、やっぱ目立つ」


 行進がある場所に差し掛かると、俄かにひそひそ声が起き始める。

 父兄の中に混じる、眩いばかりの黄金の髪。燕尾服姿のイクシアさんが、他の人間よりも遥かに激しい拍手を打ち鳴らしていたのだった。




 校長先生の、微妙に短くしようとした努力の跡が見られる祝辞が終わると、体育館の照明が落とされ、大きなスクリーンが上から降りてきた。

 なんだか感情を盛り上げるような感動的なBGMに合わせ、我々三年生の三年間の思い出映像が映し出される。

 スライドショー的な何か。ナレーションは……あれサトミさんじゃん。そういえば放送部だっけ。


「なぁなぁ、ユウキさっき見たか? 父兄の中に綺麗なエルフのお姉さんがいたぞ」

「シー、静かにしろよ、今思い出にひたってんだから」


 嘘です。七月中盤で唐突にこの世界に迷い込んだので、それ以前の俺が何をしていたのか必死にその情報を映像の中から探って――あ! ショウスケに格闘訓練で負ける瞬間うつってたわ。ええい、やめだやめ。

 するとその時、父兄席から一瞬だけ『ああ!』という声が聞こえた気がした。

 ……俺の敗北シーンと同時だったなんですが、まさかね?


 照明が戻ると、次は在校生代表による贈る言葉が述べられる。

 ううむ、部活動に参加している人間なら、後輩との交流も深いだろうしぐっとくるのだろうが、俺は帰宅部だからなぁ。

 もしかして、この世界特有の部活などもあったのだろうか?

 そして、いよいよ終盤。卒業生代表による答辞が始まる。


「卒業生代表。コトウショウスケ君」

「はい」


 あ、やっぱり代表は君でしたか。そりゃそうだ。世界が変われど、皆が知っている優等生代表が彼なのだから。

 ……もし、俺が元の世界で、平穏に日常を過ごしていたら、今この場面でしんみりと感傷に浸る事もあったのだろうか。

 今この瞬間も、新しい生活に期待で胸がいっぱいで、悲しい、という気持ちがイマイチ湧いてこなかった。だが――少なくとも、寂しい。それだけは強く強く、思う事が出来た。

 明確なヴィジョンも持たず、ただおぼろげな道を辿るように集まった人間が多いであろう高校生活。だが、だからこそ馬鹿やったり、たわいない事でもりあがれたり出来たのではないだろうか。

 ……ここからは、本当に社会に出る為の最後の準備期間。もしかしたら、こんな生活はもう二度と味わえないのかもしれないと思うと、やっぱり寂しいのだ。


「――そして私は、この高校生活最後の一年で、初めて心の底から張り合いたい、負けたくないと思える好敵手に出会う事が出来ました。私を始め、ここに集まった卒業生一同は、この先の未来、それぞれの道、それぞれの明日へと向けて旅立とうとしています。ですが私は、その道はもしかしたら再び交わる事があるのではないか? そんな期待を同時に胸に抱いているのです。別れは、再会の為の第一歩。私はそう胸に刻み、今日この学び舎を旅立ちます。再会を信じて、それぞれが一回り成長した未来で再び出会う事を祈っています。それでは、これを以って私の答辞とさせて頂きます」


 前言撤回、やっぱり悲しくなってきた。

 なんだよ俺の事か、おい。狙い撃ちするのやめろ。

 大きな拍手に包まれながら、壇上から降りてくるショウスケ。

 そして、最後にもはやお約束とも言える『あの歌』を皆で歌う。

 そういえば、なんだか色々とこの歌が原因で問題が起きたというニュースあったっけ。

 嗚咽が混じるのも、きっとこの歌のお約束なんだろうな。




 式の進行の都合上、生徒の名前一人一人呼ばれて卒業証書を渡される、という事はなかった。

 まぁうちの学校、クラスがAからEまであるからね。代わりにクラスごとの代表が呼ばれて受け取り、それぞれのクラスで卒業証書が担任の手によって渡される。もちろん、キチンと一言そえられて。

 生徒一人一人をしっかり見ている担任が渡してくれた方がいいよな、やっぱ。

 という訳で場所は移動して自分達の教室。


「次、ササハラユウキ。卒業、おめでとう。先生正直心の底から驚いてるぞ。二年生までのユウキを知ってる先生方もみんな驚いていたんだ。正直、卒業生代表をショウスケにするかユウキにするか迷ったくらいだからな」

「でも正直事情知らない人間からしたら『なんでアイツなんだ』ってなるじゃないですか。ショウスケで正解ですよ。俺だって……アイツが一番相応しいって思ってますし」

「まったく、いつのまにそんなに仲が良くなったのか」


 受け取った卒業証書は、期待通り丸い筒に入っておりました。

 まぁ、当然教室のいたるところからスポンスポンって音が。


「――以上。これで全員に卒業証書が行き渡った。これで本当に……お前達全員が卒業だ。では、これで解散とする! 後は好きにして良いぞ、もう先生はなにも言わない! 連絡先の交換をしてもいいし、廊下に集まっている父兄の皆さんと帰っても良いし、なんだったら夜までここで思い出に浸ってもいいだろう。先生から校長にかけあってくる」

「さすがにそれはないわー。普通にこの後打ち上げに行こうとおもいまーす」

「そうか。あんまりハメをはずすんじゃないぞ。それと……くれぐれも未成年飲酒はしないように。その段階で卒業取り消しもありえると思えよ」


 さすがにそんなヤツおらんやろー。

 この後、打ち上げでボーリングにでも行かないか、と誘われもしたのだが……今日は、なんとなくこの気持ちをそのままにしておきたいからと、その誘いを辞退した。

 ……というかですね、廊下の父兄さんの中で一人だけめちゃくちゃ浮いてるイクシアさんを早く遠ざけたいな、っていう気持ちが強かったりします。

 なんかめっちゃ他のお母さん方に話しかけられていません!?


「おいユウキ! さっきうちのお袋から聞かされたぞ! あのエルフのお姉さん……お前の後見人って本当なのかよ!」

「え、あ、はい。うん、そうそう。後見人のイクシアさん」

「なんだと!? そんなの初めて聞いたぞ!」

「俺も初めて言ったからな」


 とりあえずでっちあげておきましょ。

 騒ぎに乗じてこっそりと教室から出て、イクシアさんの手を取りそそくさと教室を離れようとする。

 だがその時……ショウスケが立ち塞がっていた。


「グランディアから来た後見人……初耳だぞ、俺も。初めまして。ユウキ君と仲良くさせて貰っています、コトウショウスケです」


 すると、ショウスケがイクシアさんに握手を求めた。


「はい、初めましてショウスケ君。ユウキの後見人のイクシア、と申します。答辞、とても良い話でした。こちらの文化に疎い私も、色々と考えさせられる内容でしたよ」

「恐縮です。あの、失礼ですがイクシアさんはユウキとはどんなご関係なのでしょう。実は私、いずれはグランディアに携わる職に就きたいと考えておりまして、こうして近い場所にあちらの方がいるのが新鮮で、どうしても気になってしまい」


 それらしい理由をつけているが……内心、絶対なにか怪しんでいるな、これは。

 うーん気持ちはありがたいのだが、そこを突っ込まれるのは不味い!


「そうですね。ユウキの祖父母、この場合は祖母のヨシネさんですね。彼女が若し頃、私は彼女に東京で大きな恩を受けました。それから交流もあったのですが、私が故郷へと戻ってからはそれもなくなりました。ですがこの度、数十年ぶりにこちらの世界に来る事となり、恩人であるヨシネさんを訪ねたところ、既にお亡くなりになっていたという事を知りました。聞けば、彼女の孫であるユウキが一人で暮らしているという話でしたので、この春から東京に出るのならば、既にあちらで家も職もある私が後見人となり、生活の面倒を見させて欲しいと願い出た次第なのです」

「なるほど、そういう事でしたか。他人の事情に口をはさんでしまし、大変失礼しました。貴女のような人がユウキの支えになってくださるのでしたら、友人としても安心です。こいつ、少し勢い任せなところもあるので、東京でハメをはずし過ぎないよう、目を光らせてやってくださいね」

「お前は俺の父親か! まぁ、そんな訳なんだ。じゃあ、俺は引っ越しの準備とかあるから、今日は早めに上がるぜ? 連絡先も交換してるんだし、なにかあったら連絡くれよな」

「ああ、そちらもな。ではイクシアさん、ユウキ。またいずれどこかで」


 ……イクシアさんすっげ! 何その完璧なバックストーリー! 俺も思わず『もしかしてそうだったのかも』って信じちゃうところだったんですが。


「イクシアさん、いつの間にあんな話を……ていうかばあちゃんの名前知ってたんですね」

「はい。お仏壇に書かれていましたので。こういった話も、いずれ必要になるだろうと考えておきました」

「……なるほど。さすがですね」


 イクシアさんが完璧すぎて言葉もありません。ただ、今日の服装と、卒業式中に俺の負けるシーンで声を上げたの……気が付いていますからね?




「ふぅ……引っ越しの荷物、私服くらいしか持っていく物ないんだよなぁ」


 帰宅し、引っ越しの際に持っていくものを荷造りする。

 正直ゲームだってこの世界の物は態々持って行ってまでプレイしようとは思えないし、そもそも生活全てが楽しいので、漫画ですらあまり読まない。

 というか日常系とギャグマンガが圧倒的に多いので、若干飽きてしまった。

 だから持っていくものなんて、精々スマート端末の充電器や周辺機器、それにノートパソコン程度だけだったりする。

 イクシアさんに至っては、本当に服と歯ブラシだけ。日用品は全て向こうで揃える予定なのだ。


「ユウキ、お婆さん、お爺さん、それにお父さんの写真も持っていきましょう。向こうで小さな仏壇を用意しませんか?」

「……そうですね、そうしましょうか」

「はい。ニシダさんに連絡しておきますね」


 なるほど、その発想はなかった。三人は、ずっとこの家にいる。そんな考えが頭にあった。

 けど確かにそうだな、毎日なむなむさせて頂きます。


「ええと……後は今月の光熱費は……あ、そうか。居ない間も秋宮の人間が維持してくれるんだったな。じゃあ、本当にもう全部終わりか」

「そのようですね。では……どうしましょう? 水道の元栓というのも閉めたのですし、洗い物やゴミを増やすのも手間ですよね」

「あ、じゃあ外食しましょうか。たぶん今日はどの家も外食だと思うので、もしかしたら鉢合わせになっちゃうかもですが」

「外食……そうですね、今日は特別な日ですしそうしましょうか。正直、おめでたい日にふるまうような料理は私には作れませんし」

「いやーそれでも美味しいですよイクシアさんの料理。失敗しないだけ凄いですよ」

「いえ、本当にまだまだ全然ダメです。もっと生前、学んでおくべきでした」


 シンプルだけど美味しいと思うけどなぁ。いつも添加物たっぷりのお弁当だった俺からしたら十分です。

 焼き魚、スープ、サラダ。目玉焼きに、鶏肉の焼いたヤツ。十分です。たぶんこのローテーションがもう半年くらい続いたらさすがに飽きそうだけども。


「外食っていうと……一番近い繁華街まで歩きながら決めましょうか」

「はい。まだどのようなお店があるのかも把握していないので、ユウキが食べたい物で構いませんよ」

「と言っても……うーん、貧乏舌だし高級な物はわからないからなぁ……回転寿司は……」


 生魚、ダメだったらどうしよう。最近は魚以外のネタやサイドメニューも豊富だけど。


「カイテンズシ? ズシという物が回転しているのですか?」

「ニシダさんなんで国民食とか教えていなかったんだろう。教えておこうよ……連れて行こうよ……」

「国民食ですか。では、そこにしましょうか。食べてみたいです」

「一応、お寿司っていう料理をリーズナブルに、手軽に楽しめるようにと考案されたお店になりますね。お寿司って言うのは――」


 青年、寿司の概念説明中。


「行きましょう。お魚は好きですし、生でも問題ありません。オサシミというのは私の生きていた時代にもありました」

「え? あっちにもあるんですか?」

「はい。カルパッチョという似た料理もありましたし、ショウユというソースを使ったオサシミもありましたよ」


 マジでか。ううむ……異世界と地球が繋がる遥か昔の時代にも、もしかしたら何かのはずみで日本人が迷い込んだ事例でもあったのだろうか?


「好物はマグロです。もし食べられるのなら、とても……嬉しいです」


 微かに顔が赤い。可愛い。なるほどマグロ派ですか、僕はホタテ派です。

 亡くなった父がホタテ食べながらお酒飲んでいたのを見て好きになりました。

 イクシアさんの場合は父ではなく、母親の影響でマグロが好きになったそうだ。

 ああ……早く二十歳になりたい。一緒にお酒でも飲んでみたい。






「ほ、本当に回っている……なるほど、ここから自由に食べたい物を取る、と。お皿の枚数でお会計……よく考えられた仕組みです。ふむ、色と柄で値段も違うと……」

「マグロは一皿二百円のお皿ですね。あ、大トロは四百円」

「なるほど……今日だけは、特別ですからね。少し多めにお金を使いたいと思います。ユウキも遠慮せずに、金色のお皿を選んでくださって大丈夫ですからね」


 普段、無表情では決してないのだが、大きな変化を見せないイクシアさん。

 だが、今は遠目からでも分かるくらい、顔がキラキラしていました。

 眼福眼福。


「では……緊張しますね。は!」

「そんな勢いよく取らなくても大丈夫ですよ」


 シュシュっと素早くテーブルに現れる大トロさん。

 箸の使い方も慣れたもので、上手にネタに醤油をつけ、ぱくりと一口で食べています。

 あ、ホタテだ。俺も取ろ。


「……はぁ、良い物です。一口で完結する完璧な食べ物ではありませんか。ああ、もう無くなってしまいました。おや? このスマート端末に似た物はなんでしょう、ユウキ」

「あ、それは任意の種類を運んでもらう為のですね」

「なるほど……先程狙っていたマグロが他の方の手に渡ってしまい悔しかったのですが、これを使えば直接頂けるのですね」


 そして『予約』の台座に載せられて流れてくるイクシアさん宛てのお皿たち。

 大トロ、中トロ、腹身、赤身、鉄火巻きにネギトロ。見事にマグロ尽くし。

 負けじと俺も、ホタテ三昧を注文。なんだか楽しくなってきた。


「美味しいですね、ユウキ。これからも何か特別な日は来ましょうね」

「ですね。海上都市って海の幸も多く流通してるって聞きましたし、美味しいお寿司屋さんもきっとあると思います」

「そうなのですか。それは楽しみですね。いつか、私も自分で作れるようになりたい物です」


 イクシアさんの手作りお寿司……良いかもしれない。そういえば手巻き寿司なんてのもあったっけなぁ。子供の頃、ばあちゃんがやってくれたっけ。




 ドリンクバーを注文し、イクシアさんの分も一緒に飲み物を取り向かうと、見知った顔と行き会った。両手にメロンソーダ。やはり王道、メロンソーダ。


「サトミさんじゃん。もしかして家族で外食?」

「あ、ユウキ君。うん、そうなんだ。クラスの皆と映画館に行ったんだけど、改装中でやってなくってさ。解散しちゃったんだ」

「なるほど。よく見ると同じ学校の連中もちらほら見かけるし……みんな外食ってなるとここにくるんだなぁ」

「あはは……田舎の弊害かも。あの、ユウキ君は……誰かと来てるんだね」


 そう言いながら、両手に持つグラスに目を向けるサトミさん。


「そ、後見人をしてくれてる人。家族……になるんだと思う」

「そうなんだ! そっか、少し安心したよ。やっぱり……ね?」

「ははは……まぁさすがにこんな日に一人で外食なんてしないよ。だったら友達のとこいってバカ騒ぎするさ」

「あ、そういえばうちの男子もどこかに集まるって言ってたかも……大丈夫かなぁ」


 さすがの委員長気質。もう卒業したと言うのに、この気のまわしようである。

 すると、持っていたグラスが一つ、誰かの手に渡る。


「ああ、お友達がいらしたんですね。こんばんは」

「え? あ、あの……こんばんは」

「サトミさん、この人が俺の後見人のイクシアさん。イクシアさん、この子は俺の友達で、同じく海上都市に引っ越す事になっているサトミさん」


 時間をかけ過ぎたのか、イクシアさんが様子を見に来てくれた。

 大丈夫、ドリンクバーの使い方は慣れたもんです。この道のプロみたいなもんですから。


「それは喜ばしい。親しい人間が近くにいると何かと心強いですからね。サトミさん、そちらも新しい生活が大変だとは思います。それでも、もしも暇があれば、たまにユウキとも遊んであげてくださいね?」

「……あの、一応俺もう一八歳なんですけど」

「あはは……はい。私も友達が近くにいるのはとても心強いですから、これからも顔を会わせる機会も多いと思います。私の方こそ、宜しくお願いします」


 そして彼女もまた、メロンソーダを零さないようにソロリソロリと家族の元へ。

 うーん……やっぱり子ども扱いされている気がする。種族の差、だろうか?

 実は一八歳も八歳も大差ないとか考えていたりして。それとも……俺の身長の所為だとでも言うのだろうか。


「とても良い子ですね。さて、では私もこのドリンクバーなる物に挑戦してみましょう。お手本をお願いします」

「はは、了解です。じゃあコップをここに置いて――」


 新生活……色々不安もあるけれど、やっぱり楽しみの方が遥かに大きいかな。

 ところで……結局卒業式が終わっても俺のウェポンデバイスは完成しなかったんですが。

 すみませーん、ササハラですけど、まーだ時間かかりそうですかね?


(´・ω・`)すみませーん、らんらんですけど、まーだ時間かかりそうですか?

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