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第百二十一話

「……さっき約束したばかりだけど、仕方ないよな」


 セリアさんにスマ端で『ごめんセリアさん、土曜日にまた仕事が入った』とだけメッセージを送る。

 きっと、秋宮のエージェントになるという事は、本来こういう事なのだろう。

 自由な時間なんてない。求められれば働くだけ。

 ましてや、今はイクシアさんの命がかかっているのだから。

 もしかしたらもう、俺に平穏はやってこないのかもしれない。たとえ……イクシアさんが戻ってきたとしても――






 土曜早朝。午前五時という時間に集合せよと命令された俺は、もはや早起きなどなんの苦にもならなくなった自分の慣れに感謝しながら、コンバットスーツを纏い第二訓練場に赴く。

 そこには既にリョウカさんや、俺のバックアップと思われるヘリのパイロットや他の戦闘員も待機していた。


「おはようございます、ユウキ君。今日の任務は近場となります。本日正午、海上都市に存在する会員制レストラン『リアンエタルネル』にて、オーストラリアの外交官と我が国の総理が会食を行います。これは、向こうの上層部に貴方の事をアピールするチャンスであり、ひいては研究所設立にも直結する任務となります」


 それを聞き、高揚する。イクシアさんの治療にまた一歩近づく!


「レストランの場所は知っています。今回の任務は護衛ですか?」

「いえ、会食を妨害する人間は恐らくレストラン内部にいます。今回の任務の難易度はこれまでの比ではありません。昼食の時間までに、リアンエタルネル内部の人間を全員捕縛してください。彼等は、秘密裏にグランディアと取引を行っており、そのルートがテログループにも利用されていた可能性があります。十中八九クロです。抵抗されレストランに被害で出る前に、迅速に全ての人間を捕えてください。また……抵抗する者には容赦は必要ありません」


 おいおい……会食に行われる場所を事前に襲撃、敵の排除って事ですか。

 そりゃ確かに暴れられないし、いつもより格段に難易度が高いなこりゃ……。


「さらにもう一つ。あのレストランは朝食も提供しています。当然、すでにスタッフが詰めています。朝食中の客に悟らせないようよう、厨房、および作業員用スペースにいる人間を捕えてください」

「……かなり、難しいですね」

「ええ。電撃作戦であり、隠密作戦です。期待していますよ、ユウキ君」




 かなり、無理がある。だがそれでもやらなくてはならないのだ。

 俺はヘリコプターからレストランが入っている高層マンションの屋上に着陸し、念のため他の人員が屋上でマンション入り口に待機する。つまり侵入は俺のみだ。


「……偵察班。そちらから確認出来るレストランの客は?」

『こちらT2。現在時刻は六時二七分。モーニングメニューを注文中の客が六名。また、マンション内にあるレンタルルームに宿泊中の客三名がレストランに向かっている模様』

「了解。じゃあ……面倒だし客も全員始末して後処理に丸投げする?」

『御冗談を。……客に気がつかれる事無く、スタッフルームの人間と厨房の人間を無力化してください。代わりの人材は既に手配、待機済みです。客人には少々料理が遅れてしまいますが我慢してもらいましょう。営業のピークは午後八時。客足が本格的になる前に任務を終わらせるようにお願いします』

「簡単に言ってくれる」


 ま、半分冗談だよ。けどこの場所がテロリストと繋がっている……か。

 確かにグランディアの食材をふんだんに使った高級レストランだけど、独自のルートがあったとは。

 しかもそれが……テロリストに関わってる可能性が高い、と。

 しかしなんでまたそんなレストランを総理は会食の場所に選んだのだろうか?

 まさか、知らなかった? 秋宮が事前に察知した?

 場所を変更させる事が出来なかったのだろうか……それとも何か理由が……。


 通風ダクトに潜り込み、内部に潜入する。店の詳細なマップはすでに入手済みだ。

 このまままずはスタッフルームに向かい、そこを制圧する。サーモグラフの反応的に……四人か。


「っと。おやすみ」


 換気口を静かに取り外したと同時に、従業員と思しき制服の男女四人を一瞬でスタンさせ、猿轡と手錠で拘束する。

 そして、念のためスタッフルームにあったロッカーを全て確認してみると――


「へぇ……珍しい。日本で魔力を一切使わない銃なんて」


 元の世界で、FPSゲームでも見かけたことのある有名なアサルトライフルが七丁あった。

 もしかして……魔力の発動を妨害される事も加味して武装していた?


「最低でも七人は戦闘員がいるのかね」


 静かに部屋を後にし、厨房に向かう。

 ここは、オープンスタイルキッチンだ。つまり厨房の一部が客席に見えている。

 厄介だなぁ……バックヤードに呼び出した人間を順番に仕留める必要があるのか。

 すると、既にホールに出ているウェイターやウェイトレスでは人手が足りなくなったのか、ウェイターの一人がキッチンに向かって来た。


「シェフ、休憩しているみんなが遅いので呼びに行ってきます」

「分かった。今日は大切な日だから、何事も万全にしなくてはならん。朝の接客も間違いがあってはいけない、気合を入れるよう休憩中の皆にも伝えてくれ」


 なるほど……一番目立つところにいるシェフが責任者なのかな?

 俺はスタッフルームに一度戻り、ウェイターを待ち構える。


「おーい、そろそろ休憩終わりだろー……って、あれ? おいみんなどこ――」

「おやすみ。……この店員は普通の一般人かな。身体つきが素人だ」


 先程眠らせた人間の中には二名、明らかに鍛えていると分かる人間が混ざっていた。

 カモフラージュの為だろうか、一般の人間も働いているのか。

 またしても拘束し、スタッフルームの物陰に身体を隠しておく。

 さて……このまま待つのも効率が悪いな。

 キッチンに近い場所に移動し、思い切って声を上げる。


「すみませーん! ちょっと人手貸してください! 棚が崩れて通れないんですー!」


 バックヤードには物が沢山あった。崩れくらいするでしょ、たぶん。

 そう声をかけると、キッチンスタッフのうち、手の空いてる、目立つ場所で作業をしていなかった人間が四人程やってきた。


「あれ? おい、どこだ?」

「まだ客が少ないとはいえあまりキッチンを離れられないんだが」


 四人、同時に首を刎ねる感覚で、首を攻撃し全身を痺れさせる。

 随分手慣れたもんだなぁ我ながら。

 大人四人を一度に運び、スタッフルームではなく資材置き場に放り込み、拘束する。

 さて……これで残りはさっきの責任者とおぼしきシェフと、ホールにいる女性だけだ。

 ここまで数を減らせば、もう俺が何かする必要もない。

 今にでも――


「どうしたんだ……おい君、悪いけどバックヤードの様子を見て来てくれ。誰もいないじゃないか」

「分かりました。お客様、少々お待ちください」


 バイトだろうか、たぶん同い年くらいの女の子が向かって来た。

 手加減は出来ないんだ、ごめんよ。

 バックヤードにやって来た女の子に、一瞬で脇腹へスタン効果の付与されたデバイスで斬撃を放ち駆け抜け、すぐに引き返し駆け寄り崩れ落ちるのを抱きかかえる。


「って……この子プロじゃん。めっちゃ身体鍛えてる。見かけによらないんだな……」


 はい、後はシェフ、貴方だけです。

 様子を窺うと、さすがに異変に気が付いたのか、表情をスっと消し、作業を止めこちらにやってきた。

 ……手に持ってるのはなんだ? デバイス?

 誰もいないバックヤードに現れるシェフを、俺は物陰からじっと探る。

 だが次の瞬間――


「そこですか」

「っ! あぶな……投げナイフ……」

「子供……いや、その顔……」

「任務で顔見て生かした事って一度もないけど、今回は生かすよ」

「……そうか、君が来たという事はやはり秋宮はもう……」


 何かを言い切る前に、一瞬で近寄り、驚異的な反応速度で投げられたナイフを近くにあったガラクタで弾き、そのまま最短距離で――


「終了。……こちらユウキ。全従業員の無力化、拘束を完了。至急代わりの人材を求む。客からお呼びの声が上がってる」

『了解、現場に急行する』


 ふぅ……色々面倒ではあったけど、難易度そのものはそうでもなかったかな?

 まだ時間も八時前だし……これならセリアさんのお誘い、断らなくてもよかったんじゃ――


『おそいですねー……ちょっと私、厨房の方覗いてきてしまいましょうか?』

『い、いいのかなぁ? 念のためもう一度声かけてみよっか。すみませーん』

『まったく……秋宮の出資しているレストランだというのに、この有り様……いつの間にかホールスタッフも見当たりません』


 え?

 え、ちょっとまって!?

 慌てて客席の方を覗いてみると、なんとそこにはセリアさんとコウネさんとキョウコさんの姿があった。

 しかもコウネさん、席を立ってこっちを覗き込もうとしているし……。


『人が見当たりませんねー……何かトラブルでしょうか?』

『あ、ほんとだ』

『ふむ……気になりますわね。ですがキッチンに部外者が入るわけにはいきません。スタッフ入り口の方に回って見ましょうか』


 あ、待って。そっち今戦闘で棚とか崩れてる! 俺も急いで隠れないと……!

 補充のスタッフはまだか!?


「申し訳ありません、誰かいらっしゃいませんか?」


 キョウコさんが、顔だけこちらに入れて声をかけてきた。

 どうする、俺はヘルメットも被っていないし、隠れる場所も――


「はい、お待たせしました! いえすみません、防犯装置の誤作動が起きてしまい、スタッフが控室に閉じ込められてしまい、今管理会社の人間に解除してもらったところなんです」


 その時、恐らく秋宮が用意したであろう替えのスタッフが間に合い、従業員入り口から駆けつけてくれた。

 間一髪だ。

 すると次々に他の従業員が、既に制服に着替えて現れ、何事もなかったようにホールに出始める。

 キッチンスタッフも……さすがに責任者のシェフが突然変わった事に疑問を持つ人もいそうだけど。


「あぶねぇ……んじゃ俺はさっさと撤収しようかな」


 屋上へ向かい、後はこのまま装備を解除して撤退するだけ。

 早朝とは違い、もう人通りもあるからな。ヘリは目立つ。

 これならセリアさん達に合流出来るかだろうか?

 そう思いスマ端を取り出した矢先――


「はぁ……もうリョウカさんどこからか見てるのかね」


 リョウカさんから、連絡が来た。


「もしもし、ユウキです。任務完了しました」

『お疲れ様ですユウキ君。一度、セーフハウスDに戻り、そこで制服に着替えてください。会食の護衛として、一緒に入店してもらいます』

「……了解です。かなり……顔は売れますね、これで」

『ええ、勿論。引き渡された人間のうち、無関係の者は数日で解放しますのでご安心ください。では、くれぐれも首相によろしくお伝えください、ユウキ君』


 やっぱ、俺に安息はない。いや、イクシアさんが戻るまで安息なんて……必要ない。








「うーん……ううーーーーん……」

「どうしたの? コウネ」

「いえね、私はこのお店に来るの二度目なんですけど……一品目と二品目で味の系統が違うんです。いえ、シェフが交代したので当然といえば当然なんですけど……」

「そうなの? 私にはわからないけど……物凄く美味しいって事しか」

「確かに、悔しいですがここの味は日本……いえ、世界でも五本の指に入るでしょう」

「そう、そうなんです。美味しいんですけど、料理ってやっぱりその店の味……たとえメニューが違っても『あ、この調味料の使い方、この味付けはあの店だな』って感じ取れるんです、私のような人間ですと」


 ユウキが撤退し、全てのスタッフが入れ替わったレストランで、コウネが一人頭をひねっていた。

 スタッフが入れ替わった後、しっかりと注文した料理が再び提供され、客達も存分に舌鼓を打つ中、コウネだけがその味に違和感を覚えていた。


「微妙に、違うんです。なんというか……優等生なんです。個性のように見える特技は持っていますが、それでもオンリーワンではない……例えるならSクラスの生徒のような……」

「あ、貴女……中々酷い事言いますわね……分かりやすいですけど」

「ああ、なるほどリィクみたいな」

「うーん……このお店って一応、秋宮の系列で、さらに少しだけあのB.Bか監修していたんですけど……さっきスタッフさんが入れ替えになりましたし、何かあったんですかねー」


 とはいえ、それでも一流の味なのは間違いなく、コウネは幸せそうに料理を次々に平らげていく。

 朝食だと言うのに。


「しかし……まさかこのレストランのモーニングチケットが余っているから一緒に使おうと誘われるとは思いませんでしたわね。ミコトさんも誘えたらよかったのですが」

「ですねー……まぁお家の呼び出しなら仕方ないですけれど。カイなんかは誘えば喜んできてくれそうでしたね」

「ヤナセさんも一緒に呼ばれていたんでしたか?」

「みたいです。それに……」


 何か言おうとすると、それをセリアが途中で受け取り続きを語る。


「私はユウキと買い物に行く予定だったんだけどねー……一度はOK貰ったのに、すぐにやっぱり無理―って連絡きちゃったんだ。お仕事って言ってたからまぁ……」

「……秋宮からの任務、ですわね」

「ははー……最近めっきり私達と接点がなくなってしまいましたよねぇ……彼の能力的に、表に出たらこうなるのは分かっていたんですけれど」

「本当はさ、気分転換になるかなって思って誘ってたんだ。実はさ、ユウキが元気なかった原因、分かったんだ」


 そうセリアが口にした瞬間、食い気味にコウネとキョウコが声をあげる。


「なにがあったんですか?」

「原因が判明したんですの?」

「うん、実は――」


 そしてセリアは、ユウキに教えられた嘘の理由を語って聞かせた。


「なるほど……確かにそれはへこんじゃいますね……ユウキ君、イクシアさんの事大好きですから」

「確かに、かなり甘えているというか……境遇的にいたしかたないのかもしれませんが。なるほど……セミフィナル大陸ではおいそれと戻って来る事も出来ません、か」

「あのへこみっぷり間違いないかも。任務をいっぱい受けてるのも、もしかしたら気を紛らわせる為だったのかな」

「任務で疲れていたのではなく、任務で疲れを紛らわせる……それはちょっと常人には分からない考えですわね」

「それは……まぁタフなユウキ君ならない話とも言えませんね……」

「あーあ……やっぱり今の私達にどうにかする事は出来ないのかなー」


 そうして、クラスメイト達はユウキについて語るのだった。

 先程まですぐ傍にいたとも知らずに……。


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