第百十九話
⎛´・ω・`⎞イクシアを失ったユウキVS天野君を失ったウドちゃん
身体が重い。動くのが億劫だ。家が遠い。鍵を開けるのに手間取る。
自分の身体が自分じゃないようだ。
ようやく帰宅した俺は、一瞬だけイクシアさんが駆けよって来る姿を幻視し、そして次の瞬間には無人の廊下が目の前に現れ、そこで俺はたぶん、折れてしまった。
「なんで……平気そうにしてたじゃないか……なんでだよ……」
座り込み、こぼれそうになる涙を堪え、家の中を見て回る。
家の様子は何も変わらない。ただ、洗濯機に洗濯物が入れっぱなしだったり、台所に食材がおきっぱなしだったり、ついさっきまでイクシアさんがいたような、そんな様相だった。
「緊急……だったんだ。片付けしないと……」
ダメになった食材の処分。洗濯のし直し、外に干してあるものも再度洗濯。
まさか、イクシアさんは急に倒れて……それで秋宮の人間が運んでくれたのだろうか。
「……お見舞いには……いけないよな、きっと」
かなり深刻そうな様子だった。ただの病気じゃないのだ、おいそれとお見舞いなんて出来るはずもない。なら本当に……俺に出来る事はただ、国に、世界に名を売る事だけなのか。
何もする気力が湧かないまま、俺は気が付いたら居間で眠りについていた。
翌朝、リョウカさんから連絡が入った。
なんでも、中米の小さな町に派遣される事になったんだとか。
どうやらグランディアで活動していたテロリストグループの下部組織と思われる武装集団が潜伏中なのだとか。
もう何も考えたくない。ただ戦ってさえいれば結果に繋がるのなら、今はそれに従おう。
俺は、誰も待つ人のいない家に鍵を掛け、そのまま理事長の元へと向かうのだった。
「来ましたね、ユウキ君。今、学園のヘリポートに迎えが来ます。貴方が表舞台で活躍する最初の任務です。期待、していますよ」
「はい」
「今回は日本の外務省に寄せられたある国からの要請です。しっかりと貴方の名を国の上層部に知れ渡らせる良いきっかけとなるでしょう。貴方の活躍はそのまま、イクシアさんの治療の後押しとなります。どうかご武運を」
「はい、必ず任務を遂行します」
殆ど、頭に情報が入ってこない。
迎えのヘリの中で、相手の情報を教えられるが、そんなの関係ない。
「すみません、まず相手を生かすのか殺すのか、それだけ教えて貰えますか?」
「分かった。まず、現地に配備されている友軍に合流、そのまま建物の内部や哨戒の人間を無力化。この際、命を奪うのもやむなし、とされている。ただ、内部にいる人間達はグランディアでの活動家との報告があり、腕も立つ。可能ならば我々と合同で――」
そうか、殺していいのか。ならもういい。
ひたすら、殺すイメージを湧かせる。何人いて、どんな武器があって、なんて関係ない。
どういう訳か、俺がグラディアから戻り、学園の敷地内に入ってもリミッターをかけられる事はなかった。
つまり『常に全力で』『ササハラユウキとして』という意味だろう。
そうだ、俺の名前を広める為にも、もうダーインスレイヴもユキも必要ないのだ。
有名になる? それがどうした。そんなもの、俺の負担なんて、イクシアさんに比べたら無価値もいいところだろ。
「聞いているかね? ではもう一度確認する。まずは付近の拠点に――」
「全員殺せばいいんでしょう。それで充分です」
そして俺は、しっかりと己に課せられた任務を遂行する。
作戦? 全員殺すなら過程はどうでもいいだろ。
俺は現地に到着したその足で、ターゲットの施設を人間ごと全て破壊しつくした。
ほら、すぐ終わる。地球の脅威なんてこんなもんなんだよ。
これで名前が広がるなら安いものなんだよ。
こんな事でイクシアさんが助かるかもしれないなら、俺はなんでもやる。
一足先に武装集団とアジトを文字通り壊滅させ、どこの国かも分からない地で空を見上げる。
すると、一足遅れて友軍と思われる人間が合流した。
「馬鹿な……一体何が……」
「任務完了ですね、これで。ついでです、何かやって欲しい事はありますか? もし近くに壊滅させたい組織でもあれば、ついでに潰してきますよ」
「……今は、ない。協力感謝する……ササハラユウキ殿」
日帰りで、任務を終わらせる。これならあと一件くらいはいけそうだ。
戻りの便の中、俺は疲れを癒すように眠りに落ちる。
たぶん、リョウカさんもなりふり構わず動いているのだと思う。
俺が初めて任務に出てからというもの、リョウカさんも容赦なくこちらに任務を割り振ってくれる。
俺を、秋宮を認める様に。ある程度の特権を、ある程度の目こぼしをしてもらえるように。
俺の夏季休暇は、任務によりほぼ完全になくなったのだと思う。
今日が何日なのか、夏季休暇がいつ終わるのか。それすら確認せず、今日も俺はどこかの国に搬送されていた。
「ミスターササハラ、ご協力感謝する。今回は海底魔力ラインから違法に――」
「任務の背景に興味はありません。標的をどうして欲しいのか、それだけをお教えください」
「失礼しました。目的は、この島に存在する施設の完全破壊です。恐らく武装した人間もいるでしょうが……貴方には関係のない話、ですかね」
「了解しました。島の人間を一人残らず始末すれば良いのですね」
「ええ。ですが、未確認ではありますがここに連れてこられ労働を強いられている人間もいる、という情報もあります。依頼の達成条件には含まれていませんが、留意していただけると――」
「達成条件には含まれてない。それで、十分です」
今日は、たぶん面倒な依頼なんだと思う。
前に魔力プラットフォーム建造予定地で実務研修があったけど、その近くのようだ。
リョウカさんが、国が大々的に派兵できない場所と言っていた気がする。
島に一人上陸した俺は、今日も標的を全て殺害する為、心を殺し、秋宮の魔剣となる。
任務を終え、久々に理事長室に呼び出される。
任務からそのまま次の任務。日に数度任務を受けるのも珍しくない生活を送っていた俺は、気が付いたら自分が日本にほぼいなかったのだな、と今更ながら気が付いた。
「お久しぶりです、ユウキ君。どうです、久々の日本は」
「いえ、特になにも。今日の任務はもう無いんですか?」
「……武装集団の壊滅八件。途上国に拠点を置くテログループの壊滅七件。グランディアの要人警護における、襲撃者の撃退三件。僅か一月半で貴方が成し遂げた功績です」
「……少しは、世界に俺の名前が広まりましたか?」
「少なくとも、現状地球の主要国は貴方の存在を意識して動いている。確実に、流れはこちらに傾いて来ていますよ」
「じゃ、じゃあ! イクシアさんは!」
「ですが、正直イクシアさんの治療の進捗はそこまで喜ばしいものではありません。と、いうのも、現状日本の研究室では、自由に出来る魔力が少ないのです。出来れば、強力な霊地、国外に大規模な研究室を建造し、そこでイクシアさんの治療やその他の研究をもっと効率的に行いたいところではありますが」
……だめなのか。秋宮に出来ることが増えても、そもそもの治療が難しいのか。
「イクシアさんにお見舞いに行く事は……出来ないんですか?」
「残念ですが、今は人に見せられる状態ではありません。きっと、イクシアさんもそう思うはずです」
「……分かり、ました」
治療で、もしもまた身体を再構成している段階とか、人には見せられない状態だとしたら……確かにその姿を見られるのは、イクシアさんもきっと嫌がるだろうな。
「……しかし、予想以上です。この短期間で貴方は『地球における掃除屋』という認識です。まだ一般メディアにはそこまで広まっていませんが、一部ネットでは既に取り上げられております。時間の問題でしょう」
「それで名前が売れるなら、なんでも背負いますよ。秋宮は新しい研究所の設立を目指しているんですよね?」
「勿論。今、オーストラリアの世界樹植樹地の付近に秋宮の研究室を設立出来ないか交渉中です。また、まだ一般には植樹地については内密にしていますので、そこも留意してください」
「分かりました。それで、今日はどういった理由で呼び出したのでしょうか? 新たな任務ですか?」
「いいえ。ユウキ君、すっかり忘れているようですが、貴方は秋宮の生徒です。明後日には二学期が始まりますので、その為に呼び戻したんですよ」
「……学園、ですか」
「そんな暇なんてない、ですか? ふふ、ですが貴方の存在がこの学園をさらに世界に広めてくれる。貴方の存在が必要なのですよ、この学園には」
「……分かりました。では……新学期の準備をしてきます」
「ええ。これからも、貴方の活躍に期待していますよ。私のジョーカー」
ユウキが立ち去った理事長室で、リョウカは一人愉悦に表情を歪ませる。
「素晴らしい……こんな素晴らしい手駒を持ちながらお姉さまは何をしていたのか……! これで、もはや地球にお姉さまの残滓はほぼ消えた。途上国も皆私の財閥の援助を受け入れる……世界に、世界に私が認められていく……ふふ、ふふふ……さすがです、私のジョーカーは」
想像していたよりも遥かに強く、遥かに扱いやすいユウキという駒に、リョウカも半ば正気を失い掛けていた。
それほどまでに、思い通りなのだ。それほどまでに、強力な駒なのだ。
そうしてリョウカは計画最終段階とも呼べる、世界樹の植樹に関する計画を煮詰めていくのだった――
そうだ。うん、そうだ。俺は学生、なんだよな。
その学園生活も、任務なんだよな。
研修でみんなを守るのも、俺の任務なんだよな。
久しぶりの我が家。誰も住んでいなかった一か月以上の期間を経た家は、なんだかまるで自分の家じゃないような、そんな居心地の悪さを感じさせる。
「イクシアさん……俺、頑張ってますよ」
スマ端の待ち受け画面にいるイクシアさんに見つめながらひとり呟く。
そして今度は久しぶりに、小さな仏壇を拝む。
「爺ちゃん婆ちゃん、父さん。俺、今新しい家族を取り戻す為に頑張ってるよ。だから、ちょっと水とか花の交換……出来ない日があるけど許して欲しい」
すっかり水の蒸発したコップに新しい水を注ぎ、枯れた花を捨てて外の山から適当な花を生ける。
それが、俺を秋宮の兵士から、学生へと切り替える儀式のように思いながら。
「準備するもの出しておかないとな……あ、そうだ髪も……裏の町に美容院あるかな」
すっかりグランディアから戻ってから放置していた自分の伸びてしまった髪、予約とかしてないけれど、ダメ元で美容室を探してみるかな。
そうして俺は、半ば惰性のような気持ちで、新学期の準備をすませていくのだった。
「……マジかよ」
新学期の準備を済ませ、適当に畑の野菜をチンした物にドレッシングという手抜き夕食を頂きながら、久々に日本のテレビを見ていた時だった。
『NGO団体が人質に取られていた〇〇〇国での事件でしたが、現地メディアによりますと、既に昨晩、解決したとの情報が入っております』
『これは恐らく、また“ササハラユウキ”氏の協力があったのではと言われていますね、ネット上では』
『確か、昨年度の――』
『一説によるとNGO団体ではなく――』
……俺の名前、テレビではっきり言われたんだけど。
正直任務の詳細なんて聞いていなかったし、俺は言われた通りの任務をこなしてきただけだ。
そこに人助けの気持ちなんてなく、ただ名を広め、イクシアさんの治療の邪魔が入らないようにする為だけに戦っていた。
それが、まさかこんな形で広まっていたとは思ってもみなかったのだ。
「……新学期、色々面倒そうだな」
少しだけ面倒だなと、学生でいる事に焦りを感じ始めながらも、俺はこの一人で暮すには大きすぎる家で眠りについた。