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第百十七話

「船が……! コウネさん、カナメ! 状況を!」

「カヅキさんと先生が船ごと隔離、アラリエル君は森の中でセリアさんの援護中。僕は絶賛この人もどきと交戦中」

「気を付けて下さい、たぶんこれ何か……ドーピング……いえ、おかしな魔法の気配もします」


 港に向かうと、海の沖の方で煙を上げる船が見えた。

 それだけじゃない……なんだか、俺の嫌いな『ゾンビ』のような姿をした、人の原型を半分残した化け物が港にたむろしている。

 嫌悪感が湧いてくる。が、沖の船の様子に、もう恐いだとか作戦だとか、そういうのが全部頭から吹き飛んでしまう。


「カイ、セリアさんと合流して。お前なら最速で見つけられるだろ?」

「ああ、分かった」

「一之瀬さん、あの化け物たぶん相当タフだと思う。俺が怯ませるから……うん、頭を俺が狙うから、心臓だと思う場所を攻撃して」

「人の原型を残しているのが幸いしたな。了解した」


 リミッターなんて、そもそも任務に入ってからは全て解除している。

 それでも、全力を出し切るとたぶん命に関わる。

 不本意だけど少しだけリミッターを自分にかける。

 デバイスを握る力が、いつもより強い。そういえば、この姿でこのデバイスを使うの、初めてだったかも。

 前はコウネさんの剣だったし。


「……今なら、いける」


 再現第三弾。今の俺なら、きっともっとすごい技の再現だって出来てしまうはずだ。

 駆け抜け、駆け抜け、駆け抜け、恐らく配置されていた騎士連中だったと思われる化け物の群れを、あますことなく切り抜けながら、その軌道を『風絶』が追いかけるように発動する。

 まるで空間を無数に切り裂き、そこに縦横無尽に発生する風絶に、化け物の頭が残らずはじけ飛ぶ。

 だけど、頭を吹き飛ばしたにも関わらず、化け物はそのままカナメ、そしてコウネさんへと向かい動き出していた。


「なんだよ本当にゾンビかよ……!」

「違います! これ、まるで生き物じゃないみたいです! 人に擬態していた……なんらかの魔法兵器かもしれません! 普通の攻撃じゃ止まりません! 生き物だと思って挑まない方が良いです!」

「兵器……それにしては行動が単純というか……再生力でごり押ししてるだけに見える」


 すると、俺の動きに合わせて化け物の心臓があると思われていた胸を攻撃していた一之瀬さんが、一度離脱してこちらに報告する。


「手ごたえがおかしい、やはり心臓はないようだ」

「……自律思考って感じじゃないのかも。カイがセリアさんと合流したら、たぶんあっちも苦戦すると思うし、じきにこっちと合流するんじゃないかな。そしたら俺はちょっと……沖の船まで頑張って移動してみる。正直、キョウコさんと先生が心配だ」

「確かに……この距離は君でないと無理だろう。しかし、先生がついているなら――」

「それだけじゃない。船に、何か仕掛けがあるのかも。こいつら自律思考じゃないと思うんだ。遠隔でなんらかの命令を受けてる可能性もある」

「キョウコがいるのなら、それに気が付くことも――」

「もう一つ。騎士団のリーダーっぽい人、あれの姿がどこにもない。この化け物、たぶんアイツの部下に変装していたんだろうけど、アイツは間違いなく人間だった。だとしたら……」


 たぶん、船にいる。そして先生を予め隔離するつもりだったのなら、なんらかの対抗策を用意していたとしてもおかしくはない。

 なにせ……先生の事を知っていたのだから。


「もう一度、こいつらを一時停止させる。どうやら再生の速度は遅いみたいだし。コウネさん! 次に俺がこいつら潰したら、氷漬けにしてみて! 時間稼げるかも!」

「了解しました! ユウリ……ユウキ君、無理はしないでください!」


 キョウコさんは正直そこまで直接的な戦闘には向いていない。もしもジェン先生がなんらかの方法で力を削がれていたら……いや、最悪キョウコさんが人質になっていたら……。


「カナメ、一之瀬さん、一度下がって。ちょっと強めの一撃放つ」

「了解した!」

「頼んだよ」


 抜刀の構え。俺の奥義は禁術指定されてしまった以上、使う事は出来ない。

 でも、それに含まれる分身は別にそういう訳じゃない。

 ……いける。今の俺ならいける。

 自分のすぐ横に、半透明な自分が六人並ぶ。

 自分を含めて七人。全員で同時に――駆け抜け一閃。

 風の余波が海を大きく引かせ、押し返した海が高波を上げる。

 ゾンビもどきが、一瞬で細切れになり風で舞い上がる。

 そこに間髪入れずにコウネさんの魔法が炸裂し、空中で全てが凍り付く。


「後は任せた! じゃあ……行ってくる!」


 そのまま、港の桟橋を駆け抜け、沖を進む船に向かい跳躍する。

 距離はだいぶある。たぶん去年の橋を渡る時よりも。

 まして、あっちは移動しているんだ。けど、俺だって成長している。


「イクシアさんに滑空の魔法、今度教えて貰わないとな」


 眼下を海原がどんどんと過ぎ去っていく。

 朝の陽ざしを浴びながら、海上を跳ぶ。

 船の移動先を計算して、空中でもう一度跳躍、そしてさらにもう一度跳躍、微調整をする。

 すると、船の甲板にキョウコさんが大量の電気ハムスターを従えて、あの派遣されて来た騎士のリーダー格の男と対峙している姿が目に映った。

 ジェン先生は……だめだ、ここからじゃ確認出来ない。でも少なくともキョウコさん一人で持ちこたえているのが分かる。


「狙いよし……そのまま――」


 甲板に着地すると同時に――騎士を頭から真っ直ぐ剣で貫き、殺す。

 情報を聞き出すべきだったかもしれないけど。


「……キョウコさん、目瞑ってて」

「は、はい……ありがとうございます、ササハラ君」


 生々しい感触と共に剣を引き抜き、男の死体を近くにあったシートで覆い隠す。


「もう大丈夫。キョウコさん、ジェン先生は?」

「それが……どうやら何か魔導具を取り付けられ、身動きがとれないようでした。操舵室にいるはずですわ」

「分かった。キョウコさん、船の操舵任せても良い?」

「問題ありませんわ。先生を宜しくお願いします」


 操舵室に向かうと、ジェン先生が床に転がされていた。

 しかし……様子がおかしい。こちらの言葉が聞こえないのか――


「先生、先生! 俺です、ユウキです! 敵は倒しました、大丈夫ですか!?」

「ガアアアア!!!! アアアアアアア!!!」


 まるで獣のように、叫びながら床を転がっている。

 それも、なにかがおかしい。

 目が血走り、口から牙が覗き、さらには背中が妙に盛り上がっている。

 これは……翼か?


「ドラゴニアって……確か昔は翼が生えていたって聞いたことがある……先祖返り?」


 なにか魔導具を取り付けられた様子だとキョウコさんは言っていた。

 暴れる先生を抑えつけ、身体を調べてみると、なにやら丸く光る拳くらいの大きさの玉が、先生のコンバットスーツの胸の部分にくっついていた。


「く……外れない……緊急事態だし……ええい!」


 スーツごと胸の部分をはぎ取り、そのまま全力で砕く。

 すると先生がおとなしくなり、先程まで見えていた翼や、むき出しになっていた牙が消え、血走った目も閉じられ気を失ってしまった。

 こ、こっちも何か身体を隠す物……とりあえずこのレインコートみたいなのをお借りしましょう……。


「キョウコさん、こっちももう大丈夫! 直接操舵しても大丈夫だよ!」

「分かりました。はむ子、一度船の操舵を止めて戻って来なさい」


 いやぁ便利だなぁ……はむちゃんがいれば魔導具も機械も大抵は遠隔操作出来ちゃうんだから。

 そのまま、船が港へと到着すると、既に他の皆も戦闘を終え、こちらが戻って来るのを待っていたようだった。


「みんな、あの化け物は!?」

「おかえりなさいユウキ君。それが……どうやらあの化け物、なにかしらの兵器かと思ったのですが……」

「突然、姿が元の人間に戻ったと思ったら、急に復活しなくなってね。どうやら、本当に人間だったみたいだよ。てっきり人間に化けた兵器だと思っていたのに」

「たぶん……これの影響で兵器になっていたんだと思う。これ、どこかからか魔力を受け取って、人を変質させていたんじゃないかな……」


 そう言いながらセリアさんが取り出したのは、先程俺がジェン先生の胸から外して破壊した玉とよく似た姿をした玉だった。

 でも、色が違う。もしかして……これはジェン先生の魔力で動いていた?

 俺は先程までの先生の様子を皆に告げ、この推論を語って聞かせた。


「先生は魔法こそ使えないけど……ドラゴニアだから、私達エルフよりも遥かに内包している魔力が多いんだよ。もしかしたら、魔力源として使われたのかも……」

「先生は、初めあの騎士の男性と何やら魔導具による援護の話をしていました。詳しくは聞こえなかったのですが、ジェン先生は『自分の方が適任だろう』と言い、自らあの魔導具を受け取り……その直後具合が悪くなり、それで船に一度運び込もうと提案されて……」

「それで、キョウコさんも付いていたって訳だね。たぶん、最初から自分が分断される可能性を考えて、それでキョウコさんを近くに置いたんだと思う」

「……ですが、今回私は船を奪われるのを妨害する事しか出来ませんでした。どうやら、このボートでないと結界を越えて島に上陸出来ないらしく、この船でさらに仲間を呼ぶつもりだったようです」


 いやいや、それは十分に大活躍ではないでしょうか。

 少なくとも他に仲間がいるのなら、この辺りに潜んでるって事になる。こりゃいよいよあの領主も怪しくなってきたな。


「コウネさん、先生の様子見てあげて。それと、殺した死体を港に集めてくれる? 気持ち悪いかもだけど」

「分かった、俺が森の死体を回収してくる。カナメ、港周辺のやつらを頼む」

「了解。ユウキ君はどうするの?」

「俺は……ナシア、いや、聖女様を迎えに行ってくる」




 襲撃犯は、そもそもあのエルフの騎士以外、使い潰すつもりだったのか?

 それとも、魔力を供給して他の面々を強化するつもりが、ジェン先生の膨大な魔力を供給されて暴走した結果があの化け物の姿なのか?

 だめだな……やっぱりあの騎士を殺すべきじゃなかったかもしれない。

 ただ……どの道国の象徴たる聖女に仇をなす計画だった以上、素直に情報を吐くとも思えないよな……最悪自害されていたかも。


「ええい、やめだやめだ。今回はそういう任務じゃないんだから!」


 あくまで生徒として実習に参加、クライアントのオーダーに沿ったに過ぎないのだ。

 俺は先程の獣道へと向かい、聖女様が張った結界の前に辿り着く。


「これどうしたら良いんだろう……すみません、聖女様! 聞こえていますか!」

『ユウキ君ですね。どうやら、そちらの戦闘は終わった、という事でしょうか』

「はい。これから、港町に戻って領主を問い詰めたいと思います。聖女様も一緒に戻りましょう」

『そうですね、ではそろそろ彼女に身体を返しますか。……その前に、ユウキ君、結界に入ってください』


 入るって言ったって……あ、普通に通り抜けられた。


「お疲れ様です、ユウキ君。少し、お話しておきたい事があってお呼び出ししてしまいました」

「は、はあ……俺に、ですか?」

「ええ。……貴方は、どうやら人一倍周囲の魔力に影響されやすいようですね」


 すると、聖女様が唐突にそんな事を言い始めた。


「人は大から少なかれ、生まれた時からなんらかの色を帯びて生まれてきます。ですが……貴方は無色透明。まるで……色の無い世界で生まれ、そして唐突に色のある世界に連れてこられたように」

「な……それは……」

「だからでしょうか。貴方には、貴方がこれまで出会って来た人間の様々な色が移っています。……その中には、とても懐かしい物、とても恐ろしい物、とても……愛おしい物も。だからでしょうかね、つい……貴方の前に現れてしまう」

「え、ええと……それはつまり?」

「私は、ナシアの中にいます。そして貴方を見ているとつい、外に出てきたくなってしまう。懐かしくて懐かしくて……つい」


 そう言いながら、聖女様が俺の手を取る。

 小さな手。だけど、まるで巨大な大木に触れているような、大きな存在感が伝わって来る。

 優しいような、落ち着くような、そんな自然の雄大さを感じる。


「……どうか、貴方もこの石碑に祈りを捧げてもらえないでしょうか」

「あ、それはもちろん。……誰かのお墓、なんですね?」

「ええ。そして……貴方が祈る事に大きな意味がある。……あの子の、イクシアの息子である貴方の祈りが」

「っ! イクシアさんの事、知ってるんですか?」

「まぁ、私はナシアの中にいますからね?」

「いや、そうじゃなくて……生前のイクシアさんの事を……?」


 そうだ、この人は神話時代の伝説の聖女様だ。なら、イクシアさんの事を知っていても……不思議じゃない。


「……あの子は、この場所で生まれた最後の子供。今風に言うのなら、聖女候補……でしょうか? あの子の名付け親は私なんですよ?」

「ええ!? 聖女様が名付け親って……じゃあイクシアさんって一体……」

「とても、特別な子、とだけ。多くの親に愛され、そして多くの子供に愛され、自身も多くの子供を愛した優しい子。貴方の知るイクシアとなんら変わりませんよ?」

「あ……確かに……そうですね、何も変わりません」

「ここは、沢山の子供が非業の死を遂げた場所。ですが、長い時を経て神聖なる土地へと昇華され、そして今、生き残りだったイクシアの息子が祈りに来た。これほどうれしい事はありません。ふふ、まぁもう一人生き残りの子孫が今この島にはいるようですけれど」


 あ、それはなんとなく分かった。たぶんセリアさんの事だ。


「……世界樹の苗を地球に植える。それは、もしかしたら何か運命を決定づけるのかもしれない。私はそれを、止める事は決して出来ない。過去を生きた者が、今に関与してはならない。何故ならそれは『正しくないから』」


 なんだかそのフレーズは、ヨシキさんを思い出す。

 神話の時代を生きた存在は……みな同じような考えに至るのだろうか。


「戻りましょう。きっと、世界は大きく動きます。その始まりを告げるのはきっとこの子、ナシア。そしてこの苗。どうか、この子達を無事に送り届けてください」

「分かりました。お任せください」

「さて、ではそろそろこの子に身体を返しましょう。きっと疲れて眠ってしまうでしょう、後の事は任せましたよ」


 そう言うと、金髪の女の子は消え、亜麻色の長い髪のナシアが現れる。

 言った通り、そのまま地面に崩れ落ちそうになるのを急いで受け止める。

 ……気持ちよさそうに寝てる。


「よいしょ。軽いなナシア」


 そうして、俺はこの聖女様、ナシアを港へと運び、船でノクスヘイム港に戻るのだった。








「先生、目が覚めましたか?」

「……ああ」

「よかった……」


 港に戻り、まずは領主の屋敷ではなく俺達の宿へと戻り、先生の目覚めを待っていたのだが、無事に意識を取り戻し、目立った後遺症も確認出来なかった。

 そこで、まずは事件の顛末を彼女に説明する。


「そうか……私は、あの騎士が『見張りの者達に加護を与える』と、怪し気な魔導具を取り出したから、それについて尋ねたんだ。どうやら魔力を分け与えて力を増す、という話だったからな、嫌な予感がして奪い取ってやったんだ。だが――」

「それが、そもそも罠だった訳ですね」

「そうだ。私の意識はそこで途切れている。……すまない、ササハラ。結局お前に助けられてしまった」

「謝る事はないです。任務に出た以上俺達は仲間じゃないですか。他の皆も、持ちつ持たれつ協力して当然です。一応、例の騎士の遺体は船に積み込み、他の死体も島の港に集めておきました。現場検証に必要かもしれないと思い」

「……やっぱりお前、プロなんだな。手慣れている、頼もしいくらいだ」

「あはは……ナシアは今隣で眠っています。誰かを護衛につけて先に領主の元へ向かうか、明日まで待つか考えているんですけれど」


 起き抜けの先生と今後について打ち合わせをしている時だった。

 同席していた他の皆が、急に背後でざわめきだした。


「領主の元へ向かう必要はないわ。既に処断した」


 その有無を言わさぬ物言いは、紛れもない――


「セシリア様!? 何故ここに……」

「そろそろ解決している頃合いだと思ってね。時間差で移動していたのよ私も。予想通り、この地に巣くう膿を取り除いてくれて感謝するわ、学園の生徒達」


 まさか、最初から全部お見通しだったとでも言うのだろうか?


「ここの領主は狡賢くてね、私が動くと決して尻尾を出さないの。けれども、今回は随分と大胆に動いてくれたわ。ちょっと力を貸し与えたらすぐ気が大きくなって」

「力を貸し与えた……?」

「あの騎士、名前はなんだったかしら。試作中の魔導具を貸し与えていたのよ。間接的に、あの領主の力になるように。まぁ結果は暴走したみたいだけれど。ジェン、よかったわね、貴女に魔力が逆流しなくて。私も知ってる顔が醜い化け物になるのは寝覚めが悪いもの」


 ……おい、じゃああの化け物もお前の研究の産物なのか……?

 こいつ、端っから黒幕も全部分かっていたのか……?

 いや、そもそもナシアに儀式を受けさせたのも、この任務も最初から……。


「でも、結果として良いデータが手に入ったわ。それに……一人か二人、死ぬかもしれないと思っていたのだけれど……全員無事じゃない。思ったよりも使えるわね、貴方達」

「っ! セシリア様! もう少し情報を与えて下さってもよかったんじゃないですか!?」

「ダメよ。それではあの領主に感づかれる。ササハラユウキ、貴方は力相応の強かさと冷酷さを身に着けた方が良いわ。騙し、騙されて人は大義を成す。それでは貴方はいつまで経っても騙される側のまま」

「……騙されたって良いです。騙した相手に責任をとらせさえすれば」

「まぁ、では今回は私に責任を取らせるつもりかしら? どうやって?」

「それは……」

「……大人になりなさい。今の貴方は他の人間よりもずっと子供に見える。口をつぐみ、ただ黙る事も時には必要なの。せっかく私好みの身体になったのに、それでは台無しよ」


 だめだ。俺はこの人が苦手なんじゃない、嫌いだ。大嫌いだ。

 たぶん俺が一番嫌いな人間はこれから先もずっとコイツだ。


「ジェン。事後処理はこちらでやっておくわ。貴女達は直接船でファストリアに戻りなさい」

「は。……この度は寛大な処置、感謝致します」

「ふふ、功には報いるのよ、私。じゃあこれで失礼するわ。それと最後に――」


 そう言いながら、セシリアがもう一度こちらを見る。


「貴方の怒りの原因はなに? それをよく考えなさい」

「……はい」


 そう最後に言い残し、今度こそ立ち去るのだった。




「ササハラ……お前、命が惜しくないのか」

「どういう意味です」


 セシリアが去ってすぐ、ジェン先生がそんな事を言う。


「クライアントが隠し事をするのはよくある話だ。だがそれは結果的に、目的を達成するのに必要だった。それだけの事だろ? なのに食って掛かるような事をして……」

「でも! 結果としてジェン先生もあんな目に遭ったんですよ? あの魔導具、セシリアが騎士に持たせたって……!」

「それも必要だったってだけだ。いいか、今までは学園が安全だと分かった上で受けた任務ばかり受けてきたからそう感じるだけで、こういう依頼は当たり前にある。それをいちいち憤っていたら……お前の身が持たない」

「く……みんなはこれでいいのかよ……」


 先程から一言も発しないみんなの意見を問う。


「実戦戦闘理論の研究室で、散々学んできたからね……納得は出来なくても、我慢しなきゃいけない事だってあるよ」

「ヨシダ君の言う通りだ。ササハラ君、君はきっと、良いクライアントに巡り会えたのだろう。だが……私も、悪徳な人間による依頼を受けた事はある。むしろ、私達の元に直接会いにきてくれただけ、セシリア様は優しいと言えるんじゃないか?」


 みんなまで……。


「まぁあれだ。平然と人の命を捨てようとしたり、コマのように扱える人間だからこそ上に立てるって訳だ。ああいう手合いの任務を受ける以上、ある程度は覚悟しろって事なんだろうぜ。……気に入らねぇ気持ちは俺も十分分かるけどよ」

「……ササハラ君。貴方はきっと私達の為に怒ってくれているのでしょう? ですが、私達も命の危険を承知の上でこの学園に通い、任務を受けています。あまり……過保護が過ぎるのはどうかと思いますわよ。……気持ちは凄く、凄く嬉しいのですけれど。ただ――」


 すると、今回一番危険な目に逢ったキョウコさんが隣にやってきた。

 そして俺の手を取り――


「貴方が苦しむ理由にはなりたくありません。私は、私達は対等な貴方の仲間。貴方が私達を大切に思ってくれている事は分かりました。けれども……私も、私達も貴方を大切な仲間だと思っている。その事を忘れないで。その貴方がこうして苦しんでいるのは、私達も辛い。だから今は心を落ち着かせ、お互いに無事である事を喜びましょう?」

「そうだよ。それに、何よりもまだ任務は終わってないんだもん。ナーちゃんと苗を地球に持ち帰る。それが任務なんだから」

「そうです、地球にだって有名な言葉があるではないですか。『家に帰るまでが遠足です』怒ったりなんだりするのは、全部終わってからです。そして全部終わる頃には、ユウキ君の怒りだって薄れているはずですから。ね?」


 なんだよ……これじゃあ本当に俺だけが子供みたいなじゃないか。

 ……俺が、怒り過ぎなのか? 子供過ぎなのか?


「……分かった。熱くなり過ぎた」

「ま、元々お前はセシリア様が苦手なんだろ? 苦手っつーか嫌いな相手が何をしても気に入らないのは世の常ってやつだ。まぁ少し落ち着けよ、帰りは時間に余裕もあんだしよ?」

「そうだよ、またプールにでも浸かりながら優雅に船旅だと思えば、ね?」

「お前ら……」


 分かった、分かったよ。今回は俺が子供すぎた、それでいい!

 くそ……少し前にみんなに説教みたいな事した癖に……今度は自分が皆にたしなめられるなんて……。

 けど、セシリアにはそのうち、しっかりと報いを受けて貰うからな……。

 なにかこう、恥ずかしい思いをさせるとかそういう感じで。


「ところで……ナーちゃんめっちゃ寝てるね? 隣でこんなに喋ってるのに」

「だな。よっぽど疲れてんじゃねぇか?」


 そうして俺は、この小動物のような後輩の寝顔を眺めながら、荒ぶった心を落ち着かせるのだった。






 その心が、地球へと帰還したと同時に、再び大きく揺さぶられるとも知らずに――








「解析班に死体を回しなさい。それと、体内から禍玉を摘出。データを取っておいて」


 ユウキ達と話し終えたセシリアは、その足で船に乗り、慰霊島に上陸していた。

 死体を回収し、そして自分が与えたという魔導具からデータを抜き出す為に。


「想像以上ね。やはり遠隔でもある程度の操作は可能……たとえ聖女の加護の強いこの島であっても。これならそうね……もっと離れていても、魔力の流れをこちらで操作する事も可能かしら。……地球で試した時よりもだいぶ完成度が高まってきたわね」


 血濡れた禍玉を愛おしそうに摘まみ上げる。

 どこか倒錯的な表情を浮かべながら。


「本当に馬鹿な女……精々私を利用したつもりでいなさい。もう種は蒔いたのだから……ふふ、この場合は『苗』かしら?」


 それは、果たして誰に向けた言葉だったのか。

 だが、明確な悪意がこの女性に芽生えていたのは確かだった――


(´・ω・`)これにて九章は終わりです

さーて今年も目立ったお祭りも全部中止だし暇になるぞー

NGSでブレイバー育てたらその後どうしようかしら……。

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