第百十五話
セリアさんの故郷、通称『隠れ里』への行軍は、間に一つ街を経由してただ進むだけという、特に障害もなく平穏無事に進んで行った。
というよりも、賊やら魔物やらは街道に現れる事はまずないのだとか。
『本来のシュヴァインリッター』や『王国騎士団』による街道警備が徹底されており、犯罪やら魔物の被害が出る事はないのだとか。
まぁ……その騎士やシュヴァインリッターの中に、テロリストに感化された人間が紛れているのが問題なのだが。
「現状、地球が自前で魔力を生成出来るようになるのがそんなに都合が悪いのかねぇ……」
「そこが、おかしいんですよね。『地球との関りを無くす』っていうのがテロリストの主目的なら、地球が独立した方が何かと距離を置きやすくなると思うんですけど」
「だよなぁ……でも逆に『地球が魔力面でも対等になる』事への不安とかもあるんじゃないか? そのテロリストやらがどんな思想を掲げてるのかはよく分からないけど」
「うーん、私にも分かりません。でも、セシリアは今回の儀式、必ず邪魔が入るだろうと見ているみたいですねー。たぶん、先輩達は面倒な相手と戦う事になるかと」
「……ただの賊じゃなくて、こっちのシュヴァインリッターや王国騎士の人間も混じってるかもしれないからな。確かに厄介だよ」
そんな話をしながら、俺達の行軍もいよいよ終わりが見えて来ていた。
もう、遠目からでもうっすらと見えていたのだが、巨大な樹木がどんどん近づいて来たのだ。
あれが……セリアさんの里に生えている樹なのか。
「じゃあ、ここからは速度を落として専用のゲートに向かいますねー」
どうやら、小さな村が近場にあるらしくて、その村の中にさらにゲートがあり、そこを通らないと決して里の結界を越える事は出来ないのだとか。
で、そもそもゲートを強引に突破しても、結界が侵入を拒むらしくて内部には入れないのだとか。
「後ろの皆さんもついて来ていますね? じゃあ、結界を抜けますよー」
「おー」
なお何も感触はない模様。てっきりこう……薄い膜みたいなのを潜る感触があるのかなーと思ってました。
結界を抜け里に入ると、なんとも懐かしいような景色が続いていた。
うちの地元も結構田舎だけど、なんだかんだで文明の利器が目立つんですよね、電信柱とか自動販売機とか。でも、この里はそういう物が存在しない、本当の農村地帯のようだった。
「里の通り抜けについては既に許可を貰っているんですけど、一応里の責任者さんに御挨拶に向かいますね。奥の方に大きなお屋敷が見えますよね?」
「お、ほんとだ。……なんていうか、この里にそぐわないような」
「確かにそうですねー。貴族様の御屋敷って感じです。でも、住んでるのは優しいお爺さんですよ。あのお屋敷はこの里が出来た当初から建っていたという話です」
へー……この里もやっぱり神話時代から続いているのだろうか?
見た感じ長閑な農村……それに働いている人も普通におじいさんおばあさん……じゃないわ。
そっか……エルフだから外見上は若いままの人が多いんだな……。
里を進み、先程から見えていた巨大な樹木、その根元に建っているお屋敷へと向かう。
なんていうかずいぶん『ゴスっぽい』というか、ただの洋館っていうよりも、ゴスロリ着たお嬢様とか住んでいそうな印象だ。
ナシアを先頭に、俺達クラスの人間が後ろに続く。
こら、セリアさん前に来なさい。知ってる顔があった方があちらさんも安心するでしょう。
「ひー……やだやだ、押さないでよー……」
「なんで隠れるのさ。里長さんに挨拶するくらい良いじゃないか」
扉をノックし、ナシアが元気よく声をかける。
「こんにちはー! 私です、ナーシサスですー!」
『おー? 待て待て、今開ける』
扉が開くと、真っ白な髪のエルフのおじいちゃんが現れた。
おー……なんというか本当に優しそうなおじいちゃんだ……。
「お久しぶりですー! 国から連絡があったと思うのですが、今回隠れ里の小路を使わせていただきたく、ご挨拶に参りました!」
「おお! ナーシサスか! 久しいのう……いや、今はもう聖女様と呼んだ方が良いかの?」
「やだー! “ミシオ”おじいちゃんはずっとそのままでいてよー!」
「ほっほ、すまんすまん。それで……後ろの皆さんが護衛の方達ですかいの?」
「うん、そうだよ。私が今地球で通ってる学園の先輩達なんだ。みんなすっごく強いんだよ」
「そうかそうか。ナーシサス様は聖女である前に、私のもう一人の孫のような子。何卒、この子を守って下さるよう――おろ?」
まるで本当の孫と祖父のようなやりとりを微笑ましく見ていたその時、ミシオと呼ばれた里長さんが、俺達に視線を向けたところで――
「セリア! セリアではないか! なんじゃ、お前まで来ておったのか!?」
「あははー……三か月ぶりー……お爺ちゃん」
「え? お爺ちゃん? じゃあセリアさんって里長さんのお孫さん?」
「う、うん……実は」
「なんじゃ、一度に孫が二人も戻って来るとは……ということはもしや、貴女は孫の担任の?」
すると、ミシオさんはジェン先生に向き直る。
「はい。セリアさんを預からせて頂いているジェン・ファリルと申します」
「これはこれは、不肖の孫が大変お世話に……」
「いえいえ、セリアさんの存在は我がクラスの術者を志す者にとても良い刺激を与えてくれていますよ」
あー……セリアさん顔真っ赤だよ。これは恥ずかしい……。
「小路の利用でしたな? 既に準備に取り掛かっておりますので、行先が安定するまで二時間程お待ちくだされ。その間、屋敷でくつろぐも良し、里の様子を見て来ても構いません」
「お心遣い感謝します。では、一旦お邪魔させて頂きます」
「はー……中も凄い凝ってるなぁ……ゴシック?」
「どちらかというとバロック調ですわね。しかし配色が黒や赤、確かにゴシックとも呼べます」
「なんつーか、俺の故郷の城に少し似てるな。しかしこんな里にあるのはやっぱり違和感があるぜ」
マジモンの屋敷です。壁やら手すりやら家具の装飾が凄いんです。
昔からあるっていう話だけど、凄い手のかけようだな……。
「んで、ここってセリアの実家なのかよ?」
「ううん、ここはお爺ちゃんが里長として働くための場所だよ。私の家はここから少し離れた場所にある牧場の近く。お父さんとお母さんと暮らしてるんだ」
「へぇ、そうなんですね。ご挨拶には伺わなくてもよろしいんですか?」
「うーん……別にいいや。あくまで任務だもん」
ふと、屋敷の応接間に案内されたところで、部屋の中にある大きなガラスのショーケースに、人間と同じサイズの見事なドールが飾られているのに気が付いた。
屋敷にぴったりなゴスロリ姿の、綺麗な美少女の人形だ。
「まぁ……これは素晴らしい……セリアさん、この人形は一体?」
「それ? この屋敷に昔から飾られているお人形だよ。なんでも、何代も前の里長さんが、生涯大切に扱っていた由緒正しい品なんだとか。粗末に扱うとその人形に襲われるーとかなんとか」
「そ、それは……なんとも恐ろしいお話しですわね……」
なるほどなぁ……人形には魂が宿るって言うし、この世界なら案外真実なのかもしれないな。
「……でも、本当に生きてるみたいだ。今にも目を開きそうな感じ……何百年にも渡ってこの里を見守ってきたって事かな」
「もしかたら何千年、かもね。実は他にも人形があるんだ。里の神殿? みたいな場所に安置されてるんだけど、どうしてあるのかは伝わっていないんだ」
「昔、人形職人でも住んでたのかもしれないねー」
お屋敷を見て回ったり、屋敷の裏手にある大樹を見て回って時間を潰す。
コウネさんは里の畑を見に行ったり、アラリエルはその辺の原っぱで寝転がったり。
皆が思い思いに時間を潰していると、里長のミシオさんが『そろそろ小路が安定しますぞー』と声をかけてくれた。
「はー……なんだかすっごくリフレッシュ出来たよ」
「そうですわね……これほどまでに澄んだ空気、地球ではそうそう味わえませんもの」
「任務前に気力の充填が出来たな、お前達。では、再び魔車に分乗、割り振りは先程と同じだ」
ここも今度は任務抜きで遊びに来たいなー。
今度は魔車で里の中を通り、外れの森へと向かう。
なんでも、あの森を抜けると、あっという間にノクスヘイム港に続く街道に出るのだとか。
「こんな便利な術、もっとあちこちにあればいいのにな」
「それが、どうやっても再現出来ないんですよねー。解析も無理、下手にいじくったら使えなくなってしまう、という事で、誰も手を加えられないんです」
「やっぱり神話の時代から続いていると、もう失われた術とかも沢山あるんだなぁ……」
地球ですら昔の時代の全てを保存出来ている訳じゃないし、当然と言えば当然なのかね。
魔車での移動は、直射日光に晒されながらの移動であり、当然御者席の俺とナシアはその日光に晒されている訳なのだが、ナシアの魔法により周囲の気温を下げられているお陰で、割と快適に移動する事が出来た。
「もうちょっとですよ、ユウキ先輩。少し潮の香りがしてきました。運河もだいぶ広くなってきていますし、そろそろ到着ですよ」
「おー……結構早かったな。ナシア、お疲れ様。御者をしてくれてありがとうな」
「どういたしましてー! じゃあ、このまま領主様の御屋敷に向かいましょうか。恐らく儀式場の警護を手伝ってくださる人員の皆さんを紹介してくれるはずですから」
「おー、そっかそっか。……セシリアの読みだと、その中にテロに加担している人間が混じっている可能性があるんだよな?」
「……残念ながらそうなります。元々、私達エルフって閉鎖的な一族なんです。だから今みたいに地球との交流、周囲にオープンな政策に反発する人間は少なくないんです。……たぶん、そういうところを突かれて、テロリストさんに言い包められちゃったんだと思います」
「こう言っちゃなんだけど、指導者の人望不足っていうのもあるんじゃないか?」
「そんな事はありません……凄く、凄く立派な王様なんですよ。セシリアが王位を自ら譲る程の名君主なんですから! でも……」
少しだけ語気を強めて反発するナシア。だが、少し静かになったかと思うと――
「……清廉潔癖、弱きを助け強きを挫く。常に公平であり、国民の良き隣人であり、指導者であり、民の言葉に耳を傾ける。そんな完璧な人間を『純粋に妬ましい』と思う人間が存在するのも、また自然な事。良き指導者というだけで、それが万人に愛され尊敬されるとは限らない。もしかしたら……真の平和というのは、この世に存在しないのかもしれませんね」
……まただ。また、ナシアの声も、髪の長さも色も、別人の物になっている。
あれは見間違えなんかじゃない、今となりにいるこの子は……誰だ?
「君は……誰なんだ?」
「そのうち分かります」
そう告げると、またしてもその姿が一瞬でナシアの物になる。
「なぁナシア? 今自分で言った事、覚えてるか?」
「へ? だから、凄く立派な王様だーって」
「あ、ああうん。分かった」
やっぱり覚えてないのか……。
疑問も増える中、俺達は再びノクスヘイム港へと戻り、領主の館へと向かうのだった。
領主の館は、港町全域を見下ろせる小高い丘の上に建っていた。
すでにナシアの到着時刻はあらかじめ予想されていたのか、すぐに領主の男性が彼女を歓迎し、そのまま屋敷の裏手にある修練所に通された。
「ナーシサス様。この度の儀式の際、慰霊島の沿岸に配備される『シュヴァインリッター』と『王国騎士』の精鋭達です。本来であれば祭壇周辺の警護も任せるつもりでしたが、セシリア様より『別口で用意する、口出しは無用』と言われ、こちらで用意はしていなかったのですが……」
「はい、そっちの方は私の後ろにいる皆さんが担当してくださいます」
そう言ってナシアがジェン先生率いる俺達SSクラスの面々を紹介する。
今回もしっかり制服に着替えております。バラバラの私服だと舐められるからな。
「ほほう、どうやら多種族混合の部隊のようですな。どういった方々なのでしょう?」
「皆さん、私が通う学園の先輩と先生なんです!」
そうナシアが答えると、領主の男性は驚きの声を上げた。
「なんと……では皆学生であると……? その、儀式の護衛を勤めるのが学生というのは――」
そこまで男性が口にしたところで、今領主に紹介された騎士団の中から、一際装飾の凝った鎧を纏う美丈夫、まぁお察しの通りエルフの男性が前に出る。
「聖女ナーシサス様。どうかお考え直しを。神聖な我が国の儀式に、他国の、それも地球の子供を傍に置くと言うのはいかがな物かと。万が一賊が現れた際、この者達だけではあまりにも心もとない……!」
「え、ええとその……」
すると、意外な人物がその苦言を遮った。
「全員、私と戦っても引き分けるか、中には勝る者もいる。肩書だけで判断しているようだが、だったら私の肩書も教えてやろうか?」
「……なんだ、貴女は」
「こいつらの指導教官をしている『ジェン・ファリル』という。どうだ、肩書を重んじるのなら、私の名前くらい聞き覚えがあるんじゃないのか?」
ジェン先生が、珍しく威圧的な声で前に出る。
うおお……かっこいいぞ先生!
「ジェン……『ファリル』だと!? まさかあのファリル家の……」
「丁度良い、ここは修練場だ。私の言葉を信じられない、または私の力を信じられないようなら今すぐ相手をするが、どうする?」
「……遠慮しておこう。……分かった。少なくとも貴女が傍にいるのなら、今は納得しておく」
そう言いながら、用意されていた兵力である皆さんが立ち去っていく。
「なんとなんと……まさかファリル家のご息女でしたか! ファリル家の方とお会いするのはいつぶりでしょうなぁ……これなら私も安心です。なるほどなるほど……貴女様がご指導なさっているのでしたら、この生徒さん達も余程の手練れなのでしょうなぁ」
「……まぁ、そうですね」
「と、いうわけなんです! 儀式は明日の早朝、船の手配をお願いしたいのですが、問題はありませんか?」
「勿論ですとも。兵士達も先んじて配備しておきます。今宵はどうか、ごゆるりとお寛ぎ下さい。街の最高級の宿を用意させておきましたので、案内をさせます」
「ありがとうございます!」
いやー、ジェン先生この大陸だとマジで雷名が轟いているというか、もはや水戸黄門みたいな状況なんですね……。
「へへ、中々かっこよかったぜジェン」
「まぁファリル家って言ったらさすがにねー……」
「ふむ……教官は有名人だったのだろうか?」
なんか凄い武門の名家? らしいです。
「あまり名乗りたくはないけどな。正直出奔してるような不良娘だし。けどま、アタシの生徒を見下すのは許さんよ。少なくとも、あの連中の中にお前達より強い人間はいない」
「そ、そうなのか……俺、強くなってるんだな……!」
「あまり調子に乗るんじゃないぞ、カイ」
ただ、地の利は向こうにある。それに先んじて配備されているのなら、何かしかけられる可能性もある、か。
今ここで領主にセシリアの言葉を伝える……って訳にもいかないんだろうな。
もしもこの領主までグルだったとしたら……面倒な事になる。
用意された宿。てっきり高級ホテルのような場所に宿泊するのかなーと思っていたら、まさか過ぎる宿に俺達は案内された。
「ユウキ! 凄いぞここ! 下見てみろよ!」
「見てる見てる! すっげー……海底までくっきり見える……」
「海の上のコテージ……なんだかこういう場所、地球のテレビで見た事あるよ僕」
「ドバイやマレーシアなどが有名ですわね。なるほど……これは確かに最高級ですわね、この絶景、ロケーションはどんな高級な調度品にも勝ると言えますわ」
そう、海外のセレブが利用したりするような、水上コテージでした。
すっげぇ……床の一部が透明なガラスで出来てる……真っ白い砂の水底が丸見えだ。
「ユウキ君、僕は今日ほどシュヴァ学に入学してよかったと思った事はないよ。僕は今日床で寝るよ、この光景をずっと見ていたい」
「カナメ……そういえば水が好きなんだったっけ」
「大好き。任務じゃなかったら近くで釣り具でも買って来て釣りしたいよ」
あ、それはいいな。そういえば俺の実家も家の裏がすぐ川だな。
リフォームが済んでるなら、カナメの里帰りとタイミング合わせて誘ってみるのもいいかもな、実家に。
結構釣れるんだぞー、家の裏の川。
「もうすぐ暗くなっちまうから、浜辺に今から言っても姉ちゃん拝むのも無理そうだな。残念だ」
「アラリエル……任務中だぞ」
「目の保養だ、保養」
まぁ気持ちはわかる。
みんなで過ごす夜は楽しく、ホテルとは違う開放的なこの空間は、やっぱり俺達をいつもよりも少しだけ無邪気にさせてくれるんだなって。
そんな用意された極上の宿で、明日の任務前に最後の英気を養うのであった。