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第百十四話

 夜。与えられた宿舎の部屋から、研究院のセシリアの部屋へと向かう。

 具体的な時間を指定されていなかったのだが、とりあえず夕食を摂り終えてからすぐに向かう事にしたんだが……。


「すみません、ササハラユウキです」

『入りなさい』


 あっさりと中に通されると、何やら書類に目を通していたセシリアが、意味ありげな笑みを浮かべていた。


「本当に興味深い。魔力による変質は、地球で言う『遺伝子』に含まれる情報が魔力により活性化。様々な要因が具現化する事なく眠っていた状態の地球人を変質させる物。過去に、人間が獣人に変質、特定属性への親和性により半精霊化現象、というのは確認済みよ。そうね、貴女の友人である『ヨシカゲサトミ』などが最近の事例ね」

「な……結構俺の事、調べているんですね」

「偶然よ。ノルンの付き人だもの、調べるのは当然。そうしたら偶然貴方に行き着いた」

「……なるほど。あの、一つ質問しても良いでしょうか」

「許可するわ」


 俺は、今日聞いた『自国にもテロリストの思想に感化された人間がいる』みたいな話について、少し気になっていた事を訊ねる。


「……レオン・ネイルディアは本来エレクレア公国の人間です。前回、地球への護衛に彼を選んだのは……やはり自国の人間を信用出来ないから、ですか?」

「……ええ。やはり中々鋭いわね、貴方。ノルンと良いナーシサスと良い、どうやら人を見る目は確かなようね」

「……恐縮です」

「それで……私が何故貴方を呼びつけたか分かるかしら?」


 すみませんさっぱり分からないです。


「……貴方、どうやら他のクラスの人間に隠している事があるみたいね。察するに自分の立場については内密にしているのかしら」

「……そうです」

「なら感謝なさい。あの場では答え難い質問もあったでしょう。だから、改めて訊ねたいの。あのクラスの人間達は『使えるのかしら?』」


 そういうことか。やはり、今回の任務はフェイクではなく本物の依頼なのか?

 そこまでみんなの質を問うとなると……。


「恐らく、アラリエル以外は荒事とはほぼ無縁の人間だと思います。とはいえ、実際に護衛、警護、魔物討伐の任務はこなしてきた実績があります。また少なくとも……吉田カナメ、短髪で一番背の低い男子は、恐らく……人を殺せる人間です」

「そう。一之瀬の娘はどうかしら?」

「戦えます。そして冷静な判断も下せます。ですが……殺すとなると躊躇するでしょう」

「ふん……なるほど。シェザードの令嬢、そしてセリアは無理そうね、私でも分かる」

「はい。それに、もう一人の日本人の女性、香月キョウコの戦闘力はそれほどではありません。むしろ後方支援で突出した力を発揮するでしょう」

「そう。最後の一人は?」

「柳瀬カイ。恐らく純粋な戦闘力は俺に次いでいると思います。ですが……彼も人を殺せないでしょうね。物凄く真っ直ぐな人間です」

「……使えない人間ばかりね」


 少し、反論したくなる。でもそれは……あくまで俺の感情論だ。

 でも、せめてこれだけは言わせて貰いたい。


「ですが、戦闘員としてはこの上ない人員です。恐らく地球に存在する中では最上位かと」

「……なら、殺しは貴方の役目。今回の任務は間違いなく邪魔が入る。その人間を一人足りとも逃さず仕留めて貰いたいの。地球への世界樹植樹。それは今の歪な地球との関係を終わらせる為の重要な一手だもの」

「……随分と、急な話ですね」

「ふふ……こっちにも色々あるのよ。まぁ、遠路はるばる来てもらった以上、互いに成果なしという訳にもいかない。励みなさい、シュヴァインリッターの生徒達」


 もしかしたら……あらかじめクラスメイトの事情を知って、適切な任務に付けさせる目的だったのだろうか? だとしたら……案外悪い人じゃあないのかな?


「はい。全力で任務に励みます。では、俺はこれで失礼します――」

「待ちなさい。誰が下がって良いと言った? 私がお前を呼んだのはそんな話をする為ではないわ」


 え!? 今の終わる流れだったんじゃないんですか!?

 セシリアは席を立つと、こちらに歩み寄って来た。

 そしてなんと――突然こちらの胸に身体を預けてきた。

 ……は? え? なに!?


「ふむ……貴方、誰にこの加護を貰っている。私の魔力痕が上書きされているわ。ノルンでもナーシサスでもない……誰の物かしら、これは」

「……俺の母親だと思います」


 び、びっくりした……そういえば前にあった時、何やら急に俺と写真を撮り出したりしていたよな……。

 あの後家に戻ってからイクシアさんに『……随分と質の悪い人に目を付けられたようですね』なんて言われたっけ……。


「……私の魔力痕、それもかなり強く絡みつかせていたのだけどね。ノルンなら気がつけるかと思って悪戯をしたのだけれど。貴方の母親は何者なの? それに……消されただけじゃない。さらに上書きされている。まるで『もう関わるな』と私に警告するように」


 え、ええ……イクシアさんもそんな事してたんですか……?


「えーと……本人はこの大陸で生まれたエルフだと言っていました。ただ、育ったのはセミフィナル大陸だとか……あ、俺養子なんです。身寄りがいなかったので」

「……そうなのね。ふむ……間違いなく王族の魔力……過去に去った一族の末裔……か?」

「さ、さぁ……」

「まぁ、今はいいわ。ササハラユウキ、もう少しこのままでいさせなさい。身体が大きい分、魔力に包み込まれているようで心地が良い。最近、ストレスが多くてね、良い解消法がやって来てくれて助かるわ」


 く……今度はアニマルセラピーみたいに扱いおって……!

 はたから見たら俺が一方的に抱き着かれてるみたいなんですけど!?


「本当に、心地が良い。ササハラユウキ、今晩寝室に来ても良いわよ。私の寝具にしてあげるわ」

「すみませんさすがに断固拒否させてください」

「ふ、冗談よ。私もそこまで人としての常識を捨てた覚えはない。……もういいわ。下がりなさい」


 マジでやめろ、そういう提案俺にしていいのはイクシアさんだけだから。

 似てるけどアンタじゃないです。


「……代わりにナーシサスでも抱いて寝るとするわ。あの子も良い魔力香をしているもの」


 冗談じゃなかったんかい。








 ユウキが立ち去った後、セシリアは一人部屋に残り、先程は簡単に済ませた疑問への追及を一人続けていた。


「ブライトエルフ、それも極めて強い力を持つ存在……気になるわね。少し、調べてみる必要があるかしら……折角『あの女に協力した』のだもの、少しくらい私にも益がないと割に合わない。ふふ、愚かしいわね。同族、同胞同士で争うのがいかに無益な事なのか、理解していないなんて――」


 そう意味深に呟くセシリアは、もう一度大きく部屋の空気を吸い込み、作業に戻るのであった。







 二日目。今日はついに任務地、最初に俺達が降り立った港、ノクスヘイムへと向かう事になった。

 残念ながら港町から王都までは運河を利用して移動出来るのだが、逆は川の流れ的に難しいらしく、大人しく陸路で向かうのだとか。

 運河下りですら丸一日以上掛ったのに、陸路だともっと掛かるんじゃないのか……?


「ナーシサス。私は今回の儀式に同行はしないわ。さすがに私が動いては色々と勘繰られるもの。段取りは既に分かっているわね?」

「……うん。セシリア、もしもの時は私も戦ってもいい?」

「……ダメよ。けれども……もしも初代様の意思がそうしろと言うのなら、私に止める権限はない」


 城の入り口に見送りにきたセシリアが、珍しく優しい表情を浮かべナシアと言葉を交わしていた。


「シュヴァインリッターの生徒達。それにジェン。貴女達に与えた任務の重要性をしっかりと理解した上で、しっかりとナーシサスの指示に従いなさい。この子には私から儀式の段取り、人員の配置まで全て教え込んでおいたわ」

「は! 必ずや任務を達成し、ナーシサス様も目的の品も地球に移送してみせます」


 珍しく、ジェン先生がキビキビと返事をし、俺達もそれに続く。


「ササハラユウキ。無事に任務を果たしなさい。そして……その時は私が直接地球にお礼を言いに行ってあげるわ。だから貴方の母親に会わせなさい」

「え゛! ええと……聞いてみますね」


 とりあえず濁しておきますね……?




「じゃあ御者は私とセリアちゃん。魔車二つに分乗でいきますね」

「今更だけど、他の人員が一切いないのって大丈夫なのか?」

「一応、儀式についてはノクスヘイムの管理者に伝わっています。当日の警護にはあちら側の人がついてくれるそうですよ。勿論、主戦力、近場の護衛は先輩達ですけど」


 本当に必要最低限の人数で向かう任務。確かにこれまでは秋宮からのバックアップがあったのを考えると、若干不安ではある。

 ここはグランディア、地球の戦力をおいそれと投入出来ないのは知っていたけれど……。


「ナーシサス様。陸路で向かうのならば、旧共和国側の街道を使うのではないですか?」

「あ、違いますよ? 『隠れ里の小路』を経由して向かうんです。だから、御者は私とセリアちゃんなんだ」

「ゲ! うそ、本当に?」

「少なくともこれで追跡される事もないし、良い案だと思うんだけど」


 なになに? なんかファンタジーなキーワードが聞こえてきた気がするんですけど!


「セリアさん、解説プリーズ」

「ええと……本来、ノクスヘイムに向かうには王都の南門から出て、そこから古い国境を越えて、山を越えて他の領地を越えて向かうんだ。でも……その、道と道を結ぶ、ある種の転移ゲートみたいな物がこの大陸には存在していて……それを使えばかなりのショートカットになるんだ……」

「へー! そんな便利な物があるんだ」

「うん……まぁそれでもその小路まで丸二日かかるんだけど……」


 何やら歯切れの悪いセリアさん。なんだろう、そのショートカットには致命的な問題があるのだろうか?


「ふふふ……ユウキ先輩! そのゲートってセリアちゃんの故郷の里にあるんですよ! つまり里帰りです!」

「うー! クラスメイトと里帰りって、ある種の拷問だよぉ……恥ずかしい」


 あ、察し。なるほど確かにそれは気恥ずかしいな……。


「隠れ里……まさか! セリアさんの里ってあの『隠れ里』なんですか!?」

「え、知ってるのコウネ?」

「知る人ぞ知る、選ばれた人間だけが立ち入りを許可されている天然の『豊穣魔力区』。そこで育つ作物は絶品、世界中で高値で取引されているのですよ……! まさかその産地に直接向かう事が出来るなんて……!」

「あー……確かにうちって野菜で有名だもんねー……」


 なになに、そんな凄い里なのセリアさんのところ。


「ちなみに、里には強力な結界が張られているので、里出身の人間のエスコートが無ければ決して入る事が出来ないんです。なので、今回の任務の特性上、ここを通る事で仮に追跡者がいた場合も振り切ることが出来るんですよー!」

「へー……すっごいな……」

「ちなみに、アタシもあの場所には入った事がない。あの場所は農作物や畜産物の輸出で有名だが、同時に食品加工でも有名でな。地球でもあの里産のジャーキーやら燻製が手に入るが、値段がべらぼうに高い。アタシの給料の1/3はその代金に消えているくらいだからな」

「……ダメな大人だ」

「なんだと……! この、この!」


 まぁとにかく、色々有名であり有能である里を経由して任務地に向かう、って事か。

 そうして、ナシアが御者を勤める魔車には俺とジェン先生、一之瀬さんとカナメが同乗し、残りはセリアさんが御者を勤める魔車に乗る。

 さて、じゃあその不思議な里へ向かいましょうか!




「それにしても、ユウキ先輩セシリアとも知り合いだったんですねー?」

「まぁね。前にちょっと任務でさ。そっちも、やっぱセシリアとは知り合いだったんだ?」

「知り合いも何も、私とセリアちゃんの子供の頃の先生ですよ? 大きくなってからは別な先生になりましたけど」

「へー」

「それより、私的にはユウキ先輩がセシリアに好かれている事の方がびっくりですよ」


 は? 俺がセシリアに? あれで?


「いやいや、そんなことないだろ」

「うーん? そうでしょうか? セシリアって徹底的な血統至上主義なんです。だからコウネ先輩やアラリェール先輩の事は当然知っていますし、一応、ミコト先輩も有名な出ですからね、名前を知っていたんだと思います。でもそれ以外の方は名前を呼ぶ素振りどころか、無関心でしたよね?」

「言われてみれば……」


 キョウコさんですらとくに触れられていなかったしなぁ……地球の企業で大手と言っても、地球規模で言ったら秋宮程の影響力もないから、か。


「それなのに、ユウキ先輩の事はフルネームで呼んでいましたし、沢山話しかけていましたよ? 何よりも、ユウキ先輩が最初クラスメイトの中にいないと思って、わざわざ確認したくらいですから。これ、セシリア的には考えられない事なんですよ? 絶対、好かれてます。昨日夜に会った時、なにかされませんでした?」


 ……思い出されるのは、突然身体を預けてきた時の事。

 でもあれって俺が纏うイクシアさんの魔力に反応してるだけだしなぁ。


「ところで、セリアさんの故郷って具体的にどんな場所なんだ?」

「えーと……まず世界樹がありますね。正確には『白霊樹』って言うんです。世界樹って言うのは、あくまで『称号』なんです。世界の魔力を支え、司っている樹木への敬称といいますか。で、セリアちゃんの里には、同質の白霊樹があるんです」

「なるほど……じゃあ今の世界樹っていうのは……?」

「勿論、お城の母体になっているあの大きな樹ですよ。神話時代は、あの樹じゃなくて、ファストリアの魔導学園の校舎になっている朽ち木が、世界樹だったみたいですけど」


 ほうほう、って事は今のグランディアで一番力を持っているのはサーディス大陸、セリュミエルアーチ王国って訳なのか。

 そりゃ確かに他の国が太刀打ち出来ない訳だ……。


「それと、さっきも言った通り許可のない人間は決して立ち入る事が出来ないんです。今回はセリアちゃんと私だけが入れますけど、同行者として認めているので、皆さんも入れます。まぁ……今回は通り抜けるだけですけどね。本当ならゆっくり皆さんにセリアちゃんの故郷を案内してあげたいんですけど」

「そうだなぁ……こんな遠いところまでそうそう来られないし、ちょっともったいないかも」

「そうだ! 今年の夏休みはセリュミエルアーチに遊びに来ませんか?」

「あー……ごめんな、今年の夏はイクシアさんと北海道旅行に行くって決めてるんだ」

「あらら……それは残念ですねー。でも、いつか絶対来て下さいね。イクシアお姉さんの事、セシリアに紹介して驚かせたいですから」

「驚くって?」

「だってイクシアお姉さん、セシリアに凄く似てますし、なんだか魔力も似ていますから、きっと仲良く出来ると思うんです」


 そいつはどうだろうなぁ……なんか強引に自分の元に引き入れようとしかねないから恐いな。


「じゃあ、後は暫く街道沿いに移動なんだっけ? 一応魔車とか馬車の御者の技能は教えられているけど……今回は任せたぞ、ナシア」

「お任せください! さー、久々の里ですからねー! 楽しみです!」


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