第十話
繰り出される蹴りを、躱すのではなく意識して武器で受け流す。
だが、どうしても流すのではなく受ける形になってしまい、衝撃で一歩後退ってしまう。
純粋な技量不足。これまで正面からぶつかり合う事しかしてこなかったが故の弊害。
そして一歩引いた瞬間、まるで狙っていたかのように魔法による突風が吹き荒れ、さらに体勢を崩される。
「貰った!」
「それでも負けたくはないんですよ!」
なりふり構わず、浴びせ蹴りのような形で迫る足を防ぐ。
ぶつかり合いなら、そこまで分も悪くない。
が――今の自分の能力を少々過信していたようだった。
「うわっと……」
「はい、俺の勝ち。なんで負けたか明日ま――」
『テスト終了! どう? ユウキ君。これが一般的な学生の目線、世界よ。今はまだ前の癖が抜けていなかったり、そのデバイスにも慣れていないからあっさり負けちゃったけど、これから学んでいけば……そうね、以前彼を一発でノックアウトした時くらいにはなれるんじゃないかしら?』
「主任勘弁してくださいよー、折角雪辱を晴らせたのに、そんな現実つきつけるの……いや本当ユウキ君さぁ、今つけてるチョーカーって……負荷どれくらいなもんなの?」
「ええと……マックス一〇〇〇で、今二三〇ですね。前のバングルはマックス三〇でした」
「ええとレベル一につき既製品の1/3だから……バングル七二個分かよぉ……おじさんそこまでしてやっと勝てたって訳か……引退して正解だったわ」
『何言ってんの。彼がもっと慣れたらアンタなんてまたすぐに倒されるわ。ほら、さっさと戻って来なさい。デバイスの調整始めるわよ』
ついに、俺のデバイスの作成が始まった。
同時に作られた抑制バングルに変わるチョーカーは、その性能や強度、抑制の幅が以前とは段違いになったというのも大きいが、なによりも目立たない。
一般には腕輪型が多い抑制器具だが、これならば周囲に感づかれることはないだろう、とのこと。
これが、一般的。いや、シュバ学に入れる生徒の平均って事なのか。
確かに正面からただぶつかり合うだけじゃ、大人、プロのバトラーには勝てそうにない。
ましてや、俺には魔法も特殊な力もないのだから、より一層武器の扱いに慣れていかないと。
「お疲れ様です、ユウキ。やはり坂田助手は強いですね。恐らく相当数、対人の経験を積んでいたのでしょう。初見の相手を見切る速さが異様ですね」
「あ、ありがとうございますイクシアさん。やっぱりまだ使い始めて二日、全然だめですね。どうしても受けてから流すまでの繋ぎが甘くて」
「そのようですね。剣の形状からして、最初の受けの段階で流しを意識した動きにしないといけないのでしょう。少し貸してみてください」
調整用の訓練を終えると、今日も綺麗なイクシアさんが、まるでお母さんの様にタオルでこちらの頭をくしゃくしゃとふきながら汗を取り、すかさずスポーツドリンクを飲ませてくれる。
まぁ、俺に母親なんていた事はありませんが。さらに言うと今のは死んだばあちゃんが子供の頃よくしてくれていたのですが。しかし、この人をおばあちゃんと形容するのは……さすがに無理がある。
「私の足をよく見ていてください。初めから、つま先を次に動く方向を意識して向けているんです。膝を柔らかく動かすように意識して――」
足長い、ラインが綺麗、お尻が可愛い。
聞いてます、聞いていますとも。でも眼福過ぎて。
「と、このように身体の使い方を根本から見直す必要があります。これまで、ユウキは剣士ではなく格闘主体の戦士として動いていたように見えますから、中々矯正は難しいかと思いますが、私も可能な限り協力しますからね、頑張りましょう」
そうして今日の訓練が終わり、デバイスの調整へと向かうのだった。
「家の候補を探す、ですか?」
「そうよ。調整は今日であらかた終わったし、後はこの試作機を参考に実物を作るだけ。だから、まだ卒業まで時間はあるけれど、先に家を決めておこうと思ってね」
「卒業……ユウキは学生でしたね。式典には是非出席させてくださいね」
「あ、はい……」
クラスメイツが血涙流す姿が頭に浮かびます。
羨ましかろう! 俺も正直これが現実なのか今でも疑っちゃうし!
「それで、とりあえずこの地図を見て頂戴。この丸い部分が候補地」
「多! これ海上都市だけじゃなくて東京近辺もあるじゃないですか。土地代とか大丈夫なんですか?」
「秋宮だから」
「あ、はい」
世界有数の財閥にとっちゃあ、百円も百万も変わらないんですね、分かります。
こうなると……本当に立地条件だけで決めてもいいのだろうか。
「私のお勧めはここ。海上都市のオフィス街にあるマンション。最上階とその下の階、二フロアを使った居住スペースね。以前は傘下の会社の社長家族が暮らしていたのだけど、失脚させられてね。今はその家賃の関係で誰も住んでいないの」
「最後の情報は秘密にしておいて欲しかったな、僕」
「……あの高い建物が立ち並ぶ場所、ですか……」
利便性は高そうだが、落ち着けそうにない。
それにイクシアさんも心なしか、嬉しそうではない気がする。
もっとこう、庶民的でありながら贅沢というか快適な物件お願いします。
「それならここ。海上都市でなく、東京湾に面したここ。本土だから色々行ける場所も多いし、それになんだかんだで通学所要時間も一〇分だし」
あ、そうか。通学の事も考えないといけないのか。
でも、この世界って乗り物の安全性も速度も、前の世界とは段違いなんですよね。二〇キロ離れていようが、自転車みたいな乗り物で一〇分程度でついちゃう。
「ここは元々別荘が多い区画でね。海上都市にも近いから人気なの。数ある別荘の中でも、ここはある有名な芸術家が所有していたのだけど……っと、こういう情報は言わない方がいいのよね」
「そこまで言われると逆に気になるんですが」
「浮気相手との密会場所。バレて離婚。慰謝料の代わりに差し押さえられた後、結局他の女や憎い元旦那の気配が残る場所だからと気に入らず売却」
「やっぱ聞かなきゃよかった」
もうこんな場所しかないんですかね?
「海の近く、ですか。海に落ちたら大変です、ユウキ」
「さすがにそこまで子供じゃないんですが」
「それでも……何かあってからでは大変ですよ?」
過保護! もしかしたら嫌な思い出があるのかもしれないので、これ以上は言えませんが! というか別荘地って、シーズン入ったら騒がしそうだしパスで。
その後もことごとくとんでもない物件、億ションやらデザイナーハウスなどが紹介されるも、なんだか落ち着かない&曰くありげで決まらない。
ええい、もうちょっと庶民に寄り添った提案をですね?
「あ、じゃあもうここで。ここって秋宮学園の敷地内じゃないんですか? もしかして寮ですか? それだと一人暮らしになっちゃいますけど」
「ではダメですね。私と住める場所じゃないと絶対にダメです」
ですよね。
「いえ、違うわ。そこはまぁ……通学に特化しているから一応選択肢に入れているけど、ただの管理用の家よ? この裏山も一応、訓練で使う事になるのだけど、周囲の管理をする為に住み込みで働けるように作ったの。まぁ結局、だれも使わないで山の管理は裏にある町の人間がやってくれているのだけど」
「んじゃここで。一番落ち着きそうだし」
「いいの? 正直ただの家よ? 一応ペンション程度には大きいけど」
「自然が近くにあるのは嬉しいです。ユウキの学校が近いので、私も色々と安心です」
もう最初からここにしとけばよかった。悪い曰くもないみたいだし。
ただ、確かに通学にはこれ以上ないくらい便利なのだが、他の利便性には欠けるな。
日用品や食材を買うのに、かなりの距離を移動しないといけない。
「畑でも作りましょうか? 山ならば動物もいるかもしれませんし」
「イクシアさん……さすがに現代社会でそんな生活しようとするのは……」
「っすね。さすがに田舎育ちの俺も、動物狩るっていうのは……」
「では畑だけでも。ふむ、確かに買い物が難しくなるのは、私も困ります。まだ公共交通機関の利用は完ぺきとは言えませんし、すまーと端末にも慣れていませんし」
はい。最近夜に色々と教えているのですが、機械は苦手みたいです。
どういう訳かアダルト広告踏んで顔真っ赤にしながら『ユウキは見てはいけません、見てはいけません!』なんて言ってたし。
「それなら一応山の反対側、この辺りは住宅街ですのでお店もありますよ。若干、時代錯誤なんて声もありますが、総帥の後押しもあって、小さな町として機能しています」
「おー、田舎暮らしの人間としては嬉しいっすね。じゃあここにします」
「熊、出るから気を付けてね」
「人工山のはずですよね?」
なんで自然環境そこまで再現しちゃうんですか。
早速件の管理小屋へと向かう事に。改めて見ると、とことんでかい学園である。
まぁ海上都市唯一の教育機関ということで、盛大に力を入れているのだろうが。
これ、徒歩だとその山小屋から校舎までで随分かかりそうだ。
「ふぅ……寒いわね、今の季節の山はさすがに。さ、到着よ。一応掃除はしてあるけれど、家具家電は後で発注しておくから、追加で必要な物があったら教えて頂戴」
そこは、本当にペンションのような、自然と調和したログハウスのような家だった。
まぁ外観はともかく、内部は……うん、かなり快適そうだな。ほぼ普通の一軒家と同じだ。少なくとも俺の実家よりは近代的だし。
「良い家ですね。少し広すぎる気もしますが……なるほど、ここがリビングで……台所と一体になっているのですか。素敵ですね」
「ここ、なんで管理する人間が住まなかったんですか? 凄く良い場所じゃないですか」
「熊」
「あ、はい」
そうでしたね。この世界の住人全員が素手で熊を倒せるわけじゃないですよね。
そもそも許可されていない場所での魔術やデバイスの使用は、色々取り締まりが厳しいんですよね。
「あ、他の部屋も結構広いんですね。じゃあ俺の寝室はここにしようかな……」
「ふむ。では私はここの押し入れにしましょう。丁度良い狭さで落ち着きますし、ユウキの近くなので安心ですね」
「なんで?」
「はい? ああ……分かりました」
なんで押し入れの広さ確認して満足気にそんな事言うんですか?
部屋なら他にもあるじゃないですか。
「一緒のベッドというのは、さすがに子供扱いが過ぎると思いましたが……ふふ、構いませんよ。ニシダさん、お布団の用意は一組で構いません、枕は二つでお願いします」
「いやいやいや、そうじゃなくてですね」
とりあえず部屋を分けましょうという事で。
が、結局広い部屋は落ち着かないからと、彼女は階段下の物置スペースを確保したのであった。
どこぞの魔法少年か! この世界にはそういう作品ないけど!
「じゃあ、ここに決定で良いのね? 生活に必要な物は全て寸法を測って用意させるから……どうする? デバイスが完成するまでこっちにいる? それとも一度実家に戻る?」
「あ、じゃあ戻ります。まだ秋宮の人が実家の管理とかしてくれてる訳じゃないと思いますので……家の屋根の雪下ろしとかしないと」
「……懐かしいわね。私の実家も古いから、屋根に雪が積もると戸が開きにくくなるのよね」
「わかります」
戸の枠が重さで少し歪むんですよね。なので俺も一度戻って雪を下ろさねば。
「……入学にあたってのパンフレットや必要な資料、教科書は実家の方に送っておくわ。キチンと予習をしたら、少しは楽になると思う。主にグランディアの歴史や戦闘体系の変化についての歴史が一年生のメインになるから、ちょっと大変かもだけど」
「大好物です」
ゲームの設定集みたいでその手の参考書読むの大好きなので。
「意外と勤勉よね、君。じゃあ研究所に戻りましょう。切符の手配をしておくわ」
「あの、実家には私も同行しても宜しいのでしょうか?」
「ええ、問題ありませんよ。ユウキ君も良いでしょう? 一緒に暮らす予行練習だと思って」
「え、ええ。ちょっと散らかっていますけど……」
よかった。ある程度片付けておいて。
一人暮らしだからって人様の目に触れさせてはいけない物を放置、ってのは絶対ダメです。……今度こっそり処分しておかないと。
再び、山を下りて車へ向かう。その途中、こちらでは珍しい雪が降って来た。
綺麗とか、ロマンチックだとか、積もると良いな、とか。たぶんそういう感情が出てくる人間も多いのだろうな、こちらでは。
が、北国育ちなもんで、それとは真逆な感情しか湧きません。
「雪ですか。ああ、もう冬なのですね。自然に触れていない時間が多い所為か、少し季節の感覚がずれていたようです。……この世界の春は、どのような季節になるのでしょうね」
「楽しみにしていてくださいイクシアさん。春にはこっちに引っ越しますから……まだ桜も見られるかもしれません」
「ふふ、そうね。桜はこの国の象徴。是非、満開の桜をお見せしたいわ」
ただどんな季節であれ、これからは少し違って見えてきそうだな、なんて思った。
翌日。再びあの長い橋を渡り東京、そして駅に到着する。
海上都市も十分人は多いのだが、やはり本土となるとレベルが違う。そのうち観光もしてみたいところだ。俺今まで県外出たことないし。修学旅行? そんなもん県内だわ。
「じゃあ、何かあったら連絡頂戴。デバイスの方は出来次第、最寄りの訓練施設に送っておくから、そこで受け取って頂戴」
「家に直接じゃないんですか?」
「物が物だからね。本社の人間が直接届ける事になっているの。丁度施設の備品入れ替えがあるから、その時に一緒に渡して、初期設定やメンテナンスもお願いしてあるの。君、明海と顔見知りなんでしょ? なら丁度良いじゃない」
「なるほど……ちなみに、もしも自腹で買うとしたらどれくらいの……?」
「七〇〇万ってところね。君、大分欲張ったわね。材質指定、鏡面加工、継跡処理、魔力光指定まで全オプションつけていたでしょう? まぁ開発部は気合が入っていたけど」
大事に使います。本気で。
「じゃあそろそろ行きなさい。イクシアさんが迷子になってしまうわ」
気が付くと、彼女は大量の人が出入りする駅を珍しがり、少しずつ離れて行っていた。
ああ、そんなフラフラとどっかいかないでください。
「はい。じゃあ、また春に」
「ええ、またね」
イクシアさんを捕まえにいき、いざ駅構内へ。どうやら、バス停の時刻を確認していた模様。
「ものすごい数が同時に走っているのですね。本数が馬車などの比ではありません」
「ですね。ここはこの国でも有数の大都会ですから。でも、これから行く俺の地元はだいぶのどかですよ」
「ええ、そうでしたね。親しみが持てます」
「そうでした……?」
はて? 既に情報として知らされていたのだろうか。
そうしてもはや慣れつつある高速過ぎる新幹線に運ばれる。
イクシアさんもさすがにこの速度で風景が流れていく事に驚きを隠せていないのか、小さな声で『飛竜よりも速いかもしれませんね』なんて言っていた。
マジか。ドラゴンに乗った事あるのかイクシアさん。すげえ羨まし。
『〇〇よりはやーい!』とか言ってみたい。たぶんこの世界じゃ通じないネタだけど。
「ユウキ、学校のこれからの予定を教えてくれませんか? 聞いた話ではもう二か月程で式典があるという話でしたが」
「そうですね、三月一九日が卒業式になります。その前に一度登校日というか……本来なら学校に、受験の結果を伝えに行く日があるので、合格発表があった生徒は行かなければいけません」
「なるほど。ユウキの場合はどうなるのです?」
「後日、形式上の合格通知が送付される予定ですね。それまでは割と自由ですし、イクシアさんに必要な物でも買いにいきましょう」
ほら、イクシアさん服とかあまり持ってないし。というか研究所で渡された、無地の落ち着いた服を数着と、恐らく前にチラリと見てしまった下着数点しか持っていなさそうだ。
今日の荷物だって、俺ですら中くらいのキャリーバッグを持っていると言うのに、彼女はリュック一つだけ。
「必要な物……あ、そうですね。式典用の服、それに普段着も数着買わないといけませんね。安心してください。お金を渡して頂きましたので、必要な物はこれで買いましょう」
「さすが用意が良いですね、ニシダさんは」
「ええ、本当に。では、到着まで色々お話をしましょうか」
好きな場所はあるのか。どんな食べ物が好きか。学校ではどういう事を学んでいたのか。
他愛のない話でも、彼女は親身になって聞いてくれた。優しく相槌をうちながら、時には驚いて見せながら。その様子は、本当に親のような、家族のような。
……ばあちゃんとは、少し違う。もしかしたらこれが母、もしくは姉のような反応なのだろうか?
そんな話でも、やはり聞き手が良いお陰か、あっという間に時間は流れ、まもなく到着すると言うアナウンスが流れる。
「先程まで山や水田が多かったですが、この辺りは建物も多いのですね」
「ええ、一応県……国を四七に分けていて、ここが俺の地元で、そこの中心なんです」
「なるほど。この後は乗り換え、というのをするんでしたよね。私はその乗り換えがとても苦手です。研修で色々と乗せられたのですが、未だに完全とは言えません」
「……たぶん、東京だとこの国の人間でも完璧な人なんて少ないと思います」
ビバ、スマート端末。乗り換えアプリ万歳。
さすがに地元でアプリに頼るなんてこともなく、そのまま無事に自宅へと到着する。
途中、知り合いにこそ行き会わなかったものの、やはりこんな田舎ではイクシアさんはとても目立っていた。
エルフ……都心でこそたまにみかけたけど、こっちじゃあ全然みないからなぁ……それにすっごい美人だし。ただ、幸いな事にナンパ、みたいな事は起こりえないそうだ。
なんでも、地球に滞在、旅行に来ているグランディアの人間は、ある程度の特権階級である事が多く、中でもエルフは国の要人、その関係者である事が殆どらしい。
下手な事したら問答無用でお縄だとか。まぁそれ以前に、自己防衛に限り、魔術、魔法の使用は『グランディアの人間に限り』許可されている。
そして少なくとも……彼女は語らないけれど、きっとイクシアさんは……強い。
「どうしましたか? そんなにこちらを見て。何か……おかしな事をしてしまいましたか?」
「あ、いえ。なんでもないんです。ただ、みんな注目してるなーって」
「なるほど、エルフは珍しいのですね」
たぶんそれよりも美人だからだと思います。こらそこ、スクショとろうとすんな。
ディーフェンス! ディーフェンス!
そんなこんなで我が家の最寄り駅。すると、イクシアさんが前に出て、俺を先導するように歩いていく。
え、道知ってるんですか? 迷いません? 結構細い道沢山通りますけど。
「雪の積もり具合が、海上都市とはだいぶ違いますね。その鞄、雪道では引くのも大変でしょう? 私が先に歩いて道を整えておきますよ」
そう言った彼女の足元が、少しだけ光った気がした。
すると、彼女の足元の周辺だけ、見る見るうちに雪が溶けだしていた。
「『魔法は無暗に指定された場所以外で使ってはいけない。場所によっては感知され、状況を確認に来る警察機構の人間に状況の説明をしなければいけない』ですね? ですがこれは魔法ではなく、あくまで周囲の魔力に火の属性を付与しているだけ。魔法もなにも使っていませんから」
「な、なるほど? じゃあお言葉に甘えます。道は俺が教えますね」
「いえ、この辺りの道なら私もしっていますので」
すると確かに彼女は正しい道を選び、まるで小さな除雪機のように道を整えてくれた。
何故? まさかアプリであらかじめこの辺りの予習をして……ないな。まだ満足にメールも使えないのに。
「本当に到着してしまった……」
「ふふ、おかえりなさいユウキ」
「あ……そうですね、ただいま、ですね」
数年ぶりに、この場所でその言葉を聞いた。やっぱ、中々来る物があるなぁ……。
すると彼女はしっかりと靴を脱ぎ、そのまま真っ直ぐに……仏間へと向かって行った。
……なぜ? 道はともかく、家の間取りまで知っている?
彼女は、仏壇の前にしっかりと正座し、手を合わせていた。
これが何か知っているとしか思えない動き。これはさすがに……。
「イクシアさん。教えてください。何故、俺の家の事も、仏壇……それが死んだ人間を奉っている物だと知っていたんですか?」
「ああ……私としたことが、すっかり話すのを忘れていました。私は、一度この家に来た事があるんです。魂だけ、ですけどね」
すると彼女は、とんでもない事を言い出した。
魂だけ? まさか幽体離脱? そんなことまで出来てしまうのか。
「この世界に来て間もないころ。貴方が、遠くに行くのを感じ、ついていってしまいました」
「まさか……ニシダさんが、イクシアさんがいなくなった時があったって言っていましたが……」
「ええ、そうです。そして……その時に私は、貴方をこれから先も見守っていこうと、決意したんですよ」
「決意……なんでそんな……」
彼女は、俺の行動を見ていたらしい。
俺が当たり前にしている事。そして、俺の境遇。それらをすべて見て、どうにか助けたいと思い始めていた事。そして何よりも――
「ばあちゃんが……? ここに?」
「はい。その日は、たまたまこちらに来ていたようでした。そこで、お話を聞き、自分はまもなく消えてしまうから、たまに様子を見てくれないか、と言われたのです。ですから私はたまにではなく……新たな家族として、共に生きようと思いました」
頼まれたからなのか、という考えが一瞬過った。だがそれよりも前に、俺についていこうと考えてくれていた事が、驚きだった。
境遇への哀れみ。そういう気持ちには、たぶん俺は敏感だ。伊達にガキの頃から片親やってない。けれども……イクシアさんからは、そういう気配がまったくなくて。
「……それに、新たな生を得ても……家族が誰もいないのは少し、寂しいですからね。たぶん、本当に家族が欲しかったのは、私だったのかもしれません」
「っ……そう、だったんですか。じゃあ、これから二人きりの家族ですね、宜しくお願いします」
「ええ、宜しくお願いします、ユウキ」
俺よりも、彼女の方が求めていたから、なのだろう。
彼女がどういう境遇だったのかは知らない。けれども、孤児院の院長だったというのなら、誰よりも家族のありがたみを知っている、のだろうな。
「こうして、あらためてこの場所に来ることが出来てよかった。では、挨拶もすみましたので、居間へ向かいましょう。こちらはだいぶ冷えますからね、温かくしませんと」
「あ、そうですね、今ストーブつけてきますから」
そういえば一人で暮らし始めてから、友人を呼んだこと、なかったな。
仕事や用事で人が来ることは合っても、居間だけは、生活に密接な場所には誰も近づけてこなかった。
それはもしかしたら、無意識に過去の思い出を、家族と過ごした場所を変えたくないと守っていたからなのかもしれない。
けれども俺はその日、彼女をそこへ招いた。
きっとそれはもう、彼女の事を家族と認めたから……なのだろうな――
「それに、どの道形式上は既に私はユウキの義母となっているはずですからね。本来、経済状況や素行などの調査、身分の確認もあるようですが、どうやらそういう手続きはニシダさんが所属している研究所のオーナー? さんでしょうか。その方が手配したそうです」
「また秋宮か!」
どうやら、イクシアさんは僕の初めての母親になったようです。
ええ……。
(´・ω・`)ママー!