第百十話
初めのうちは慣れなかった船での移動も、三日目を過ぎる頃にはみんなも海上の生活スタイルに慣れ、俺達の体調も特に崩れる事無く順調に航海は続いて行った。
まぁ元々船旅には慣れっこのグランディア組に、俺もなんだかんだで慣れている。
一之瀬さんもそうだし、不慣れなのは精々カイとカナメとキョウコさんだけだ。
そこから更にセカンダリア大陸の港に一度だけ立ち寄りはしたが、特にトラブルも起きる事無くさらに航海は続き、早いもので俺達がファストリア大陸を出発してから、もう十日が経過、今日はいよいよサーディス大陸に到着する予定だった。
「ふー……まさか就職した先で里帰りをする羽目になるなんてな」
「あれ? ジェン先生ってこの大陸に戻る事ってないの?」
「ん? ああササハラか。そうだな、かれこれ一七年ぶりだ」
「……そろそろこの姿に慣れてくださいよ。って一七年!? 家の人とか心配しないんですか?」
「さぁどうだかな。人の顔を見る度に『見合いだ』『魔界調査団に立候補しろ』だの煩いんだ。だから地球にとんずらしたって訳だ。今更実家に戻る気なんざないな」
「へー……なるほど」
そういえば、先生も良い所の出って話だったな。
「さて、全員集まったな? まもなくノクスヘイム港に到着する。そこで夕方の便に乗り、王都へと向かう事になる。船が出るまではしばし自由行動とするが、くれぐれも羽目を外さないように。これもあくまで任務行動の一環だと思うように」
目的地の港が見えてきたところで、先生からの言葉が告げられる。
なんでも、サーディス大陸には港が四カ所もあるらしく、ここは大陸西の港だとか。
南の港の方がセカンダリアから近いが、あちらは漁港としての側面が強いのだとか。
さらに言うと、東の港が一番王都に距離的には近いらしいが、東の海洋には『異界』こちらで言う『魔界』へのゲートがあるらしく、危険である為一般人が近づく事は現在禁止されているそうだ。故に、今回は西の港に降り立った、と。
「おー……すげぇ、あれがノクスヘイム港……なんだか街並が全体的に白いっていうか」
「そうですわね。なんだかギリシャのサントリーニ島みたいです」
「……ごめん分かんない」
「ふふ、地球に戻ったら画像をお見せしますわ。ここではインターネットは自由に使えませんから」
「すっげぇな……ちょっと眩しいくらいだな、ミコト」
「ああ……確かにこの光景は中々お目にかかれないな……」
「やっぱり他の出身の人から見ると驚く光景なんだねー」
特に地球組の驚きは凄く、上陸を待ちきれない様子だった。
なんでも、この大陸の街並は基本的に神話時代とほとんど変わっておらず、国としての歴史は浅くても、こういった建築物、地理に関しては最も神話時代の形を残しているのだとか。
「ん? あっちに小さい島も見える。港もあるし、観光地か何かなのかね?」
港から少し離れた場所に、まさしく離れ小島と呼ぶべき小さな島がぽつんと浮かんでいる。
木々が鬱蒼と生い茂り、なんだか凄い自然豊かに見えるのだが。
「いいえ、あそこは一般の人は入っちゃいけない場所なんですよ。ちなみに私は入った事があります!」
「マジでか! ってそうか、ナシアは聖女なんだもんな」
「ふふん、そうですとも。実は、あの島は『初代聖女の魂が眠る島』と呼ばれていて、聖女任命の最後の儀式が行われる場所でもあるんです。あの島には大昔からある慰霊碑があって、そこを聖女の最終候補が参拝して、初代聖女の魂を宿す事が出来たらめでたく聖女に任命、という訳なんです」
「へー……じゃあ割と最近行ったばかりなのか」
「そうなります。去年一度だけ地球に遊びに行ったんですけど、その後戻ったらすぐに連れていかれました」
マジか。じゃあ俺がユキとしてナシアと会ったあの後か。
「ただ……恐らく、今回の任務ではあの島に行く事になるんじゃないかなーと……思っています」
「ふむ……なんでまた」
「私を呼びつけたのは研究院の責任者のセシリアおばさんだからです。研究院の管轄なんですよ、あの島って。それに……いいえ、これはまだ言えませんね」
「なんだか気になるな。まぁとにかく教えてくれてありがとな」
なんか奥歯に物が引っ掛かったような言い方だなナシア。セシリアはどんな依頼内容をこちらに……って、仮に目的地があそこなら、わざわざ一度王都まで呼び寄せるなよ……。
「さてとー……夕方まで自由なら……どうしようかなぁ、観光もしたいけどこっちの武具も見てみたいな」
港に着いた俺達は、宣言通り思い思いに過ごす事になったのだが、やはり知らない、前知識も殆どない、さらに調べる手段もない以上、ばらばらに動く事は出来そうになかった。
「ここはまとまって行動した方が良いのではないか? もう船の上でも遠く離れたファストリアでもない。ナシア君の素性を知る者もいるだろうからな」
「あ、確かに。そうだな、ナシアの護衛も兼ねてるんだったよな。じゃあ……一緒に動くかね」
「了解です。セリアちゃん、観光案内任せても良いかな? 私じつは街の中って殆ど自由に動いた事なくって」
「いいよー。じゃあ、みんなどこか行きたいところがあったら言ってね?」
行動方針が決まったところで、先生から通達が。
「私は港付近で待機しておく。皆、時計の時刻は既に合わせているな? 午後四時にこの港まで戻って来るように」
「ん-……僕は観光、遠慮しておこうかな。さすがに船が長かったから変な感じだよ。この近くの適当なカフェで時間を潰そうかな」
「分かった。カナメは私と来ると良い。セリア、では他の人間の案内を任せた。くれぐれも治安の悪い場所には立ち寄らないように」
珍しくカナメがダウンしただと……そういえば船の上でも割と調子取り戻すの遅かったしな。
いや、どうやらカナメだけじゃないみたいだ。
「先生……俺も。船の上にいた時はなんともなかったんですけど……陸に降りたら逆になんだか変な気分で……」
「下船病……というヤツだな。任務に支障をきたす訳にもいかないからな、他にも体調が万全でない者は休憩するように」
「カイ、お前もか。……仕方ない、念のため私も付いていよう」
「クク、やっぱり地球組は長い船旅には慣れてないんだな。まぁ俺も今更何か観光って気分でもねぇし、カフェで適当に物色するかね」
あらま。アラリエルまで観光は辞退か。んじゃセリアさんと俺とコウネさんとキョウコさんとナシアか。……凄いな、ナチュラルに男子俺だけになってしまった。
「えーと……じゃあ俺の希望は武具店なんだけど、いいかな?」
「了解、武具店だね? 確か……魔法関係のお店とそうじゃないお店の二店舗あるけどどっちにする?」
「それでしたら、私は魔法関係の店舗を見てみたいですわね」
「俺も両方見たいかな」
「ユウキ君好きですねー本当。私は後で、どこかご飯を食べられる場所を……」
「そうだね、お昼もうすぐだし、武具店見終わったら一度ご飯食べに行こうか」
分かり切っていた事なのだが、さすがエルフや獣人の故郷でもある大陸。街を往く人の大半がエルフや獣人、それに地球では見かけた事のなかったダークエルフさんまでいる。
エルフは多種多様な色の髪、瞳を持っているのに対して、ダークエルフは皆揃って白銀の髪と褐色の肌、そして濃い赤茶系の瞳という特徴がある。
なんでも、エルフと獣人が交わると、遺伝子の関係で高確率でその特徴が現れるのだとか。
そして極まれにエルフに寄った結果のダークエルフではなく、獣人に寄った『先祖返りのように動物的特徴が顕著に出た獣人』も生まれるのだとか。
「ここがまずは普通の武具店だよ。入ろっか」
「おー……グランディアの武具店は何気に初かも俺」
「私もですわね」
「実は私もだったりします! 自由行動とか夢のようです」
キャイキャイと店内に入ると、いかつい戦士風の人間が『ここは女子供が来るところじゃねぇ!』なんて怒声が……聞こえてきませんでした。そりゃそんな時代と違うか。
まぁ武具店なんてお土産屋さんみたいな側面の方が強いのかねぇ……異界のゲートに近い東の港町ならまた違うんだろうけど。
「へー! 銃刀法とかない関係かかなり大雑把に武器が陳列されてるんだね」
「そうだねー」
「なるほど……けれども中にはデバイスとしての機能も後付けされた物もあるみたいですわね」
どうやらキョウコさん的にも興味惹かれる物があるようだった。
コウネさん? コウネさんなら入り口の近くで外に向かって顔突き出してなんかクンクンしてますよ。さっき良い匂いしてたから……。
とまぁ、俺達の観光は順調に消化されていった訳なのだが、問題はコウネさんのお腹が途中で可哀そうなくらい鳴いていた事なんですよね。
「魔法関連のお店に行く前に先に食事にしましょう? セリアさん、おすすめのお店はありますか?」
「ん-、なら港の近くに戻るか、街の入り口近くの大通りかな? いってみよっか」
「提案ありがとうございますキョウコさん……船で食べた朝食が少なかったので……」
「……コウネさんにとっては船の食事は少々少ないみたいでしたからね。よくレストスペースの売店で買い食い、していましたし」
「あはは……今日はその時間がなかったので……」
平常運転である。マジで燃費が悪い……!
その後、大通りで港町のウリである魚介料理のレストランに向かった俺達は、そこで昼食を摂る事に。
そして残念ながら、やっぱりファンタジーのお約束の『一人で何人も女はべらせやがって、俺らと一緒に食おうぜ』的な人間にからまれるイベントは発生しませんでした。
治安が……良い! 観光スポットになっている通りなので、巡回の人間が多いのだとか。
「んぐ……へぇ、じゃあシュヴァインリッターって本来はグランディアの警察組織の名前なんだ? あの辺り歩いてる人もそれ?」
「……ササハラ君、さすがにそれはシュヴァ学の生徒として不勉強が過ぎますわよ?」
「う……ごめん。一般常識レベルの方が俺には足りてないんだよね……」
教科書や参考書で調べるまでもないレベルの常識って、逆に俺は調べる機会がないから知らないままなんですよね、後からこの世界にきたせいで。
あとコウネさんさっきから無言でめちゃめちゃ食ってますね? ゴハンは逃げないぞ。
「そ、そこまで落ち込まなくても良いですからね?」
「うん、ありがと。けどそっか……シュヴァインリッターか……」
「神話時代から続く組織で、元々は『冒険者』っていうなんでも屋さんが所属するギルドだったんだってさ。それが各国の王家おかかえの騎士団と統合、世界規模で活動する地球の警察みたいになったんだ」
「…………ふぅ、ですが我が国やこの国は、未だにシュヴァインリッターだけでなく国の騎士団が残っているんですよ、ユウキ君」
「あー、だからコウネさんの出身の学園の名前ってああいう感じなんだ。仕事内容ってやっぱり警察みたいな?」
「そうなりますね。後は有事の際の国軍、ですね」
「コウネ先輩は、シェザード家を継ぐおつもりなんですか?」
「いえ、恐らくは弟が継ぐ事になるのではないでしょうか? 私は地球に移住することを希望していますから。さすがに、当主になったのに家の義務を果たさない訳にはいきませんし」
「え、継がないんですか? てっきり誰かお婿さんを貰って継ぐのだとばかり……」
「ん-……最近、家を継ぐ為に婿を貰うっていうのに抵抗があるんですよね。結婚するとしたら、地球に移住してから……?」
コウネさん、こっち見ない。凄くドキっとしちゃいます。
「へー……コウネ移住を考えていたんだ……」
「セリアさんはどうするんです? 貴女もラッハールの卒業生ですし、騎士団に所属しようとした時は大歓迎で迎え入れて貰えると思いますけど」
「うーん……私はシュヴァインリッターに所属したいかなー。一般の人との距離感が近いし、人助けしてる! って感じだし」
「なるほど……確かに騎士団はかなり規律が厳しいですからね……我が家が言う事ではないですけど……ちょっと堅苦しいですし」
「セリアちゃん、その時は是非サーディス支部に配属されるように頑張ってね! 私と遊べる!」
「あはは、そうだねー。出来たら里の詰め所とかだといいなー」
「なるほど、皆さんしっかりと目標があるのですね。私は……やはり父の後を継いでUSHの発展に尽力したいですわね。出来れば現状、秋宮がほぼ独占しているこちらの術式をもっと取り入れてさらなる発展を……」
「はは、キョウコさんらしいね。じゃあ未来の発展の為にも、食べ終わったら魔法のお店に行かなくちゃ」
「え、ええ。ふふ、そうですわね、何か参考になる物があると良いのですけど」
みんな、既に自分の進路をおぼろげに決め始めている。
それは二年になったからなのか、それともこの学園に入ったからには当然の事なのか。
俺は……ただ学びたい、自分を試したい。そんな理由で東京行きを決め、そして気が付けば、今のようなポジションにいる。
後悔している訳ではないけど、少しだけ、他の三人が眩しく映った。
「ユウキはどうするの? やっぱり強いし、プロのバトラーとか?」
「あれですよ? もしもグランディアで働き口を探すような事があれば、私もお手伝い出来ますからね? それに……まぁ言わなくても分かりますよね?」
「え? コウネ、なになに?」
「ふふ、なんでもありません」
いやそれはあれですか、婿入りしろと言うのですか貴女。
「……貴方はこのまま秋宮の仕える事も視野に入れ動いているのでしょう。ですが、貴方は自覚がないかもしれませんが、引く手数多だと言う事を忘れないでください。無論、私もその数多の手の一つだという事を覚えておいてください」
「はは……そうだね、ありがとうキョウコさん。俺がどうするか……か」
「むむむ……シュヴァインの卒業生ならこちらでもたぶんかなり有利に動けると思いますよ? なんでしたら我が国の王城に仕える兵士として雇えるかもしれませんし? ユウキ先輩なら出世間違いなしですよ! 私は見た事ありませんけど、強いんですよね? それに私含めてコネもありますし! ノルンとか使節団にいた司祭とか!」
「あー……そっか、想像以上に俺が選べる道って多いんだなぁ……」
それを、秋宮が許してくれるかどうかは、相談してみないと分からないんですけどね。
ただ、個人的にはグランディアの親地球派の元になら、案外すんなり送り出してくれるのでは? なんて思っていたり。
そうして、将来について語り合った後、俺達は魔法関係の品を扱う商店を見て回り、約束の時間には無事に運河を行く船に乗船する事が出来たのだった。
そういえばこの港町、運河がめっちゃ多いんだよね。
元々は天然の川が海に流れ込むだけだったそうだが、今では大陸の反対側に位置する東の港まで、大陸を横断する巨大な運河があるのだそうな。
ううむ……船旅がこれ以上続くと、さすがにカナメが可哀そうになってくるな……。




