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第百六話

「あーヤバイ……ちょっとフラフラする……」


 飛行機での移動中も、なんというか身体がムズムズするような変な感覚はあったんだけど、ファストリア大陸に上陸した瞬間からもう、全身を襲う痛みに頭が危険信号を出していた。


「ユウキ、お前大丈夫か? まさかここまで拒絶反応が出るなんて……本当ならホテルで休ませるところだが……治療院に行くか?」

「ジェン先生……すみません、じゃあそれで……」


 これはちょっとホテルじゃ心もとないですわ。

 治療院の場所は前回の入院で知っていた為、自分で行けると言うと、心配してくれたのかキョウコさんも付き添ってくれるという。


「私も、先程から少し頭痛がしていたので、ついでに診察をしてもらいますわね。ヨシダ君はどうします? 私と同じく、グランディアの経験はあまりないのでしょう?」

「僕は大丈夫。ほら、もう変化は済んでるからね」


 え、お前もうどこか変わったの?

 じっくりと観察してみても、特に目立った変化は確認できないけど?


「ほら、僕の目をちゃんと見て。すこーし色が薄くなってる」

「地味! え、マジでそれだけなの?」

「うん。僕は武器を召喚した段階で、かなりグランディアの影響を受けているからね。髪の色が薄いのもその影響だし、実は身長が武器を召喚した時から一切変わっていないんだ。たぶん、ある程度の老化、肉体の変化を抑制してくれてるんだと思う」

「マジかよ……その武器やべーな……」

「仮にも神話時代の武器だからね。こっちだとそれなりに有名らしいよ」


 まじか……じゃあもしかしたらイクシアさんも知ってるかもしれないな。


「では、私とササハラ君は治療院へと向かいます。支給されたグランディア用の端末に、何かあれば連絡しますわね」

「まかせたぞ、キョウコ。ササハラが思いのほか苦しそうだ」

「ええ……ササハラ君、案内大丈夫? 難しそうなら私が調べますが」

「大丈夫……ゆっくりならいけるから……」

「……念のため、手を。しっかり握ってください」


 心配そうにこちらを見つめるクラスメイトに見送られながら、治療院へと向かうのだった。








 ユウキとキョウコが治療院に向かったのを見送ったクラスメイト達は、心配そうにしながら自分の身体の調子を確かめていた。


「カイ、お前はどうだ? 去年変化したばかりだ、何かないか?」

「俺はまぁ……もう既に完全に肉体が変質して固定化してるから……ミコトはどうだ? こっちに来るのは一年ぶりくらいなんだろ?」

「そうだな。だが私は半ばこちらの人間のような物だ。むしろ、身体の調子がいつもより良いくらいだ」

「そうか、ならよかった。……キョウコとユウキは大丈夫なのか……特にユウキ」

「ああ……ササハラ君は前回も途中で研修を離脱してしまったが、もしかしたら今回も……あれほどまでに拒絶反応が出るとは……」


 そう語るのはカイとミコトの二人。

 互いに、グランディアの影響で身体の具合がむしろ良くなっている二人は、なんだかそれをユウキに申し訳なく思っていた。


「コウネは春休みにユウキとこっちで会ったりしていないの?」

「私ですか? 確か、ユウキ君がミスティックアーツの登録でグランディアに来ていましたけど、その時も入院したと聞いて、私もお見舞いにいきましたね。ただ、その後は私だけ先に実家に戻ってしまったので……」

「そうだったんだ。ユウキ、ミスティックアーツの関係で同じくラッハールに行ったらしいけど」

「そうです、確か登録したのが魔導に分類されるのか、剣術に分類されるのかと議論になり、剣技に関する事なら私の国が専門だからと来たんですよ。その時は身体の具合もよくなっていた様子でしたので、今回もきっと大丈夫だと思うんですけど……」


 コウネも、あらかじめユウキと口裏を合わせていた為問題なく受け答えする事が出来ていた。

 それは『ユウキに迷惑をかけない為』なのか、それとも『ユウキとの思い出を独占する為』なのかは、本人にも分かっていないのだが。

 しかし、確実に訪れるユウキの大きな変化については、あえて黙っていた。

 それはひとえに『みんなの反応が見たい』が為。

 コウネは一人、みんなの反応を想像しながらほくそ笑んでいたのだった。




 一方その頃、治療院ではユウキが病室に運び込まれ、そのまま容態が安定するまでは薬を飲ませ安静にさせる他ないと言われ、ただ静かに寝かされていた。

 そんな最中、同じく薬を処方され、頭痛が収まり身体の調子も取り戻し始めていたキョウコは、ベッドの上で眠らされながらも苦しそうに呻き続けるユウキを見守りながら、強く後悔していた。


「……自分が嫌いになる。こんなに苦しんでいるのに」


 キョウコは、別に善意から同行を提案した訳ではなかった。

 前回の研修の一件や、これまでの研修でのユウキの活躍、情報網、事前準備。それら全てが『周到過ぎる』と、その謎を確かめる為でもあった。

『今回も、何か策を巡らせる為にあえて私達から離れようとしているのではないか』。

 そう考えたキョウコは、こうしてユウキに同行していた。だが――


「……嫌な性分。ササハラ君……貴方、こんな弱点があったんですのね……」


 医師は『彼はこちらの魔力を過剰に吸収してしまう体質のようです。恐らくそれを予防する為なのでしょうね、このチョーカーは。正直、彼が戦闘に携わる事には反対です』と言っていた。

 それはつまり、身体を壊しかねない危うい状態だと言う事でもある。

 キョウコは考えた『ユウキの周到さは、爆弾を抱えている己を守る為だったのではないか』と。

 だが実際には『身体が耐えられないので身体を進化させてしまう』という規格外の身体能力強化適正の持ち主である為、医師の心配はまったくの杞憂なのであった。


「こんなに子供みたいなのに……いえ、逆に貴方が子供みたいで良かったのかしらね」


 そう自嘲気味に漏らしたキョウコは、ベッド脇の物を整理し、先程着替えさせられた『何故か物凄くサイズが合っていないユウキの衣服』を綺麗に折りたたんでいく。

 まるで、弟の世話をする姉の様に。

 その時、ベッドの上で一層大きくユウキが呻き、身体がびくりと跳ねる。


「ササハラ君!?」

「ぐ……ぐぅぅぅ……が……あれ、キョウコさん……あぐ……」

「待っていなさい、今すぐ先生を呼んできます」

「いや……大丈夫! これ……予兆だ……ちょっとキョウコさん仕切りの向こうに行って!」

「え、え? 予兆? 一体なんの!?」

「大丈夫だから……お願い!」


 その必死な様子に、仕切りの向こう側に移動するキョウコは、その時確かに見た。

 ユウキのシルエットが仕切りの向こう側で、大きく膨らんでいく瞬間を。


「な、なにが……ササハラ君、大丈夫ですの!?」

「あ……うん、収まった。ちょっとまだ来ないで、服着替えてるから」

「わかりました……もう、身体は痛くないんですの? 今先生を呼びに……」

「あ、じゃあお願いしてもいいかな。後院内は端末で連絡取るの禁止されてるから、ついでに外でジェン先生に一報入れておいてもらえるかな『無事に魔力適合が完了した』って」

「分かりました。……では、行ってきます」




 治癒師を手配し、ジェンに連絡を入れたキョウコは、やはりまだユウキが心配なのだろう、急ぎ病室に戻る。

 だが、そこでは治癒師と見知らぬ男性が問診を行っている最中であった。


「申し訳ありません、病室を間違えてしまいました」

「いや、会ってるよ。おかえりキョウコさん」

「……え?」


 ユウキは、なんとも半笑いの状態でキョウコを見守る。

 キョウコは、事態を飲み込めず思考を巡らせる。

 そしてそんな場面に出くわした治癒師は、状況をしっかりと理解し治癒師としての義務、患者の状況を説明してくれた。


「付き添いの方ですね。驚くのも無理はありません……我々にも報告は一応上がっては来ていたのですが……ここまでの変化は前例がありませんでした。しかし……間違いなくこの人は『ササハラ ユウキ』君で間違いありません。本当に我々も信じがたいのですが……」

「ほら、証拠。こうなるって分かっていたからこのサイズの服を着てきていたんだよ」


 すると、少し前まで裾や袖が余りに余り、ベルトで強引に固定していたユウキの服が、ジャストフィットしている状態になっていた。


「でもなぁ……まさかまた髪が伸びるとは思わなかったなぁ……すみません、ヘアゴムとか治療院で売っていたりしませんか?」

「それでしたらこちらをお使い下さい。我々は常備していますから」


 そう言うと、治癒師の女性からヘアゴムを受け取り、伸びすぎた前髪をかき上げる様にしてオールバックの様に後ろでくくる。

 そのあらわになった顔は、確かにユウキの面影を残した物だった。


「ほ、本当に……? ササハラ君ですの?」

「うん、本当。身体の方はもう異常無しって分かったから、早めにホテルに戻ろうと思うんだけど、キョウコさんの方は具合、大丈夫?」

「え、ええ……」

「ならよかった。先生、じゃあ手続きとお会計の方に……」

「いえ、今回はシュヴァインリッターの方から事前に『生徒が運ばれるかもしれない』からと、協力するように依頼されていましたので、そのまま帰っても大丈夫ですよ」

「あ、そうなんですか。凄いな理事長……」


 言動が明らかに自分の知るユウキと同じだという事に気が付くキョウコ。

 だが、それがかえって彼女にある事実を気づかせてしまっていた。


「一応、少し前にここには来たからさ、戻りは俺が案内するよ。確か同じホテルだったはずだから。キョウコさんありがとね、付き添ってくれて」

「い、いえいえ。では……お願いします」


 元々、彼女は自分で口にしていたのだ。

『内面と外見が一致すると……少し近づきがたい』と。

 それは要約すると『内面が自分の好みに限りなく合致している』『外見が幼いから対等に付き合える』という意味でもある。

 つまるところ、現在の大人なユウキというのは『理想的な性格の大人の男性』でしかない。

 故に、キョウコは普段は見せない、少々焦りと照れを隠し切れないでいたのであった。


「もう身体も問題ないし、元々今日は身体を慣らすのを兼ねて自由行動だったんだよね。なら少しくらい、寄り道していかない? キョウコさん。ちょっとそこの屋台で買い食いだけでもしたいなーと……」

「え、ええ……それくらいなら構わないのではないでしょうか……」

「やった。前に来た時はバタバタしていて楽しめなかったんだよね」


 まぁ、当のユウキ本人はそんな自覚、微塵もないのだが。








 視線が高いって素晴らしい。歩く歩幅が大きいって移動が凄い楽。

 そして……キョウコさんの顔が目線より下にあるのが凄く新鮮だ。

 この人、背高いもんなぁ……たぶん一之瀬さんと同じか、もっと高い気がする。クラスの女子では一番高いかも。


「うーん……美味しい! この身体になったからって沢山食べられる訳じゃないけど、それでももう一つ欲しくなるね、これ。たぶん何かの魚? のすり身、かまぼこみたいな物だと思うんだけど」

「ええ……美味しいですわね。その……ササハラ君はその身体になるのは二度目、なのですよね?」

「そうなるね。春休みに一度経験しているよ」

「その時も……今回の様に苦しい思いをしたんですの?」

「前回の時は、何度も気を失ったり、三日くらい寝込んだりしたね。たぶん、身体が慣れてきているんだと思う。そのうち、地球に戻ってもこの状態が維持されるようになってくれればいいんだけど」


 夢じゃあないと思うんですよ、今回の事もあって。完全に身体が適応したら、魔力の薄い場所でもこの身体を維持出来るんじゃないかなって思っているわけですよ。

 が、なぜかキョウコさんが『それはちょっと困ります……』と呟いていた。


「え、どうして?」

「あ、ええと……ほら、武器の採寸や、バイクのサイズ。全て作り直しになるのはササハラ君も手間でしょう?」

「あー……たしかにそれはあるかも。でも……カスタムでサイズはある程度変えられると思うし、今使ってるデバイスだって、一生ものではあるけど、二本目を持つのだってアリじゃない?」

「ま、まぁそうですけれど……その際は是非、USH社で作ってもらいたいですわね」

「はは、そうだね。前と違ってある程度は経済力もついたし、今度は自分のお金で作りたいな、キョウコさんのところで」


 なーんかキョウコさん少し調子悪そうな気がする。なんというか、心ここにあらずというか。


「食べ終わったし、ホテル行こうか」

「ホ、ホホ、ホテル!?」

「うん、みんなと合流するのは難しそうだし、ホテルで待った方がいいかなって思ったんだけど」

「あ……そう、そうですわね。では、参りましょうか」


 ……本当どうしたんだろう。完璧が服着て歩いてるような人なのに。


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