第百四話
(´・ω・`)まずウチさぁ……親いないんだけど集まらない?
リョウカさんの話を聞いた翌週、いよいよ実務研修まで残り四日というタイミングで、クラスメイト達の奉仕期間が無事に終わりみんな学園に登校してきていた。
「お、みんな戻ったんだ。任務お疲れ様」
「ユウキ! お前身体は大丈夫なのか? あれからお前とも会えずじまいだったし、なんていうかその……容態を見た感じ、かなり重症みたいな雰囲気だったけど」
「ん-、その話は学園でするのは無しで。一応、あの件については極秘なんだろ?」
今日は別に講義があるわけではないのに、みんなクラスルームに集まりこちらを待っていたようだ。たぶん、俺と話がしたかったのだろう。勿論、俺もみんなの話を聞きたかった訳だが。
「そうだな、ここで話す内容でもない……か。私達は今日講義の予定が入っていないんだ。ササハラ君の講義が終わったら、改めてどこかで話せないだろうか?」
「ん、そうだね。じゃあ俺ん家でいいかな? 一応、イクシアさんには事情を話して出かけて貰うから」
「すまない、そうしてもらえると助かる……。だがなんにしても……君が無事でよかった」
あー……イクシアさんは騙せても、あの事件の詳細を知ってる皆は騙せないか。
あの時の影武者さん、かなり重症っぽい雰囲気で集中治療室に寝かされてたしなぁ。
本日の講義は『古術学』のみなので、とりあえず昼前には戻れそうだな。
イクシアさんに連絡しておかないと……なんか申し訳ないな。
「じゃ、今日はここまでね。最近ササハラ君とホソハさんだけだから、講義楽で助かるわー……あんまり突っ込んだ質問してこないし」
「いやぁ、俺としては先生の話聞いてるだけで凄い面白いし満足なんで」
「私も同じく。やはり、グランディア側の視点で語られる地球の古術の話はとても興味深いです。次回は西洋、主に北欧神話の伝承と魔力との関りですよね? 楽しみです」
無事に古術の講義を終えた俺は、みんなと合流すべくクラスに戻る。
イクシアさんは既に『了解しました。では伊藤さんとランチに行ってきますね』と返事が来ていたのだが……申し訳ない、本当。
「んじゃ俺の家いこっか」
「お邪魔させて貰う」
「何気に俺は初めて行くな、ユウキん家。イクシアさんはいねぇのかよ」
「まぁ話す内容が内容だからな。んじゃ行きますか」
さて……何を話すべきかね。とりあえずみんなの無謀な行動についての話とか、奉仕活動についてとか、その辺りかね。
「へぇ、良いとこ住んでんじゃん」
「適当にみんな座ってよ。アイスティーしかなかったけどいいかな?」
皆にお茶を配り、まずは奉仕活動を労う。
「確か半月くらいだっけ? 奉仕活動お疲れ様。警護任務がメインだったって?」
「ああ。俺とミコトは主に企業施設の警備だった」
「今の日本にも、場所によっては中々厳重な警備のされた施設があるのだな……今回、任務の重要性という物を学んだつもりだ」
「確かに交わした契約書の量とか凄かったもんな……実務研修って、いかに学園側が色々負担していてくれたのかあらためて実感したよ」
一之瀬流の二人は、どうやらどこかの研究施設の警備として働かされていたようだった。
うーん……やっぱり場所によっちゃあ下手な軍施設よりも厳重な守りがされているんだろうな。
「僕とアラリエル君は皇居周辺に詰めていたね。正直、何か事件があったら洒落にならない場所だし、毎日緊張のしっぱなしだったよ」
「さすがにな。俺も今回ばかりは真面目にやらせてもらったわ」
「うわこわ……俺ならプレッシャーで逃げ出しそうだ」
なにそれこわい。この世界での天皇陛下とか皇居の方々の扱いって、元の世界とそう変わらないと思うんだけど……それでも恐いよなぁ……。
「私とセリアさん、キョウコさんは三人で霊地の警護でしたよ。男子禁制の聖域らしく、地球でもかなり重要なパワースポットだとか」
「なんだか雰囲気が私の故郷の聖地っていう場所に似てたんだよね」
「恐らく、魔力とは別の力が満ちていたのでしょう。肌で変化を感じる事は出来たのですが、魔力的な変化はなにもありませんでしたわね。恐らく……こういうグランディアとは違う力が眠る場所こそ、本当の意味で地球が守るべき資源なのでしょうね」
なるほど……みんなそれぞれ重要な任務に従事していた、と。
「そっかそっか。みんな貴重な経験をしてきたんだね。じゃあ……そろそろ聞けせて欲しいかな? なんで……なんで無茶な真似をしたのか。どうして独断専行なんて真似をしたのか」
少しだけ。少しだけ皆を威圧するように問いかける。
「っ! それは……」
「それはユウキが……お前が怪我をした状況が不自然だったから……」
「ええ。ササハラ君、貴方……あの研修で何かを探っていた……もしくは掴んでいたのではなくて?」
おっと……キョウコさん、結構痛いとこ突いて来るな。
「状況的に、ユウキ君があの場で負傷するのが不自然だったんだよ。それに、病院で意識を失う程の負傷。ちょっと、僕達には考えられなかったんだ」
「……むしろ、私達の方が聞きたいくらいです。ユウキ君、あの時本当は何があったんですか?」
「ユウキ、もしかして……魔物じゃなくて人に襲われたんじゃないの? その……軍の人間とかに」
……なるほど。そうだよな、ちょっと不自然だったよな。ヨシキさんだって言っていた。
『状況的に無理がある』と。確かにあの魔物程度に俺が、俺達が後れを取るのは不自然が過ぎる。
なら、そこから魔物以外に原因があったのではないかと勘繰るのは自然な流れ……か。
それに、キョウコさんは俺が初日に怪しい行動を起こした事に気が付いている。俺と行動を共にした時間もあったし、疑いの目を向けるのも納得できる。
けど……それを認める訳にはいかないんだ。
「……みんなは俺を買いかぶりすぎているよ。俺はね、強いよ。たぶん自惚れじゃなく、この中で全力で殺し合えば一番強い自信はある。それはみんな納得してくれるかな?」
「……それは納得できる。直接戦った俺が一番よくわかる……ユウキは……俺と戦った時、致命傷にならない攻撃ばかりを選んで放っていた」
「ならば、その逆も可能だった。その気になればカイに何度も致命傷を与える事も出来た。そういうことだな?」
「正解。でもね、俺が強いのは殺しの時だけ。たぶん、去年俺と同じ研究室、実戦戦闘理論の研究室にいた人は理解出来てるんじゃないかな? 俺は、殺す事に特化してる。対人戦じゃなくて殺し合いに特化してる。だから――『背中に守るべき人がいる戦いには不慣れ』なんだよ。たぶん、本気なら街の人間も巻き込んで殺してた。そこまで器用じゃないんだよ俺」
これは嘘でもあり本当でもある。俺はたぶん、知らず知らずのうちに殺す事に慣れてしまっているんだと思う。けど――相手を選んで器用に殺す事だってもう出来る。
それが、悲しいけど俺が一年間で手に入れた強さだ。
「俺は、ただ普通に不覚を取った。そこに裏の意図なんてないよ。まぁ、確かにあの時の任務を怪しんでいたのは事実だけどさ。結果、みんなは俺が睨んでいた施設に侵入して……『ある事件に巻き込まれた』そうだね?」
「……本当に、そうなんですの?」
「妄信だよ、それは。俺は誰かに負けたりなんかしない、絶対だ、なんていうのは幻想だよ。実際、一度はカイに負けてるし、俺より強いヤツなんていくらでもいるのは……身をもって知ったよね?」
そう口にした瞬間、皆の脳裏に『あの光景』がよぎったのか、肩を震わせる。
……もはや暴力とすら呼ぶのもおこがましい、力の化身ジョーカー。
あの時、海を割ったあの光景は……みんなだけじゃない。ダーインスレイヴとしてその場にいた俺にも、深い衝撃を与えた。
「あれは……あれは一体――」
「ストップキョウコさん。それ、かん口令が敷かれているんだよね? 俺も概要だけは聞いた。『世界の裏側に関する事象』ってヤツ。それ、たとえ仲間内でも口にしたらダメなヤツなんでしょ?」
「っ! ……ええ」
「……そうだな。世界は、私が思っていたよりもずっとずっと広かった。だが、これだけは聞かせてくれ。その……かん口令の件ではない、あの場にいたもう一人の人物についてだ」
「ああ……あの黒い女だな。ユウキ、お前が負傷した後に病院に運んだのかは分からねぇけど、病室にいた兵士についてだ」
ああ、ダーインスレイヴか。
「私とカナメは、去年の夏休みに彼女を見た事がある。ササハラ君も彼女に会っていたのではないか?」
「コードネーム『ダーインスレイヴ』秋宮の猟犬、魔剣、その他様々な名で呼ばれている人物です。彼女は……私達よりも先に施設に潜入していたようでした」
「……それで、ミコトは彼女の事を……」
まぁ、これくらいはいいかな。むしろ俺と結びつかなくなるし都合がいいか。
「ダーインスレヴがユキじゃないかって話? それ正解」
「っ! やはり……そうだったか」
「まぁ、同じ流派の人間だし、一応長い付き合いだしね? 秋宮の暗部の人間だし、あまりこの話もしない方が良いかもね。……ユキだって、今回の件については思うところがかなりあったみたいだし。ちょこっとだけ話したんだ『……少し、怒ってる』ってさ。まぁそれこそ、学生の領分を越えた事に関して怒ってるのかもね、ユキって学園には通えない人間だから」
少しだけ意地悪を言う。もう、無茶な真似だけはしないで欲しいと願って。
無茶をするのは俺だけで良いのだ。それが……俺本来の役割なのだから。
「そう、か。その通りだ。実務研修は、研修と名はつくが……その実、私達が受けた任務と比べても遜色のない重大な任務だった……」
「俺達はそれを失念してたんだよな……その、頭に血が上ってたんだと思う」
「私達が未熟だったって、改めて教えられる結果になりました」
「僕も、今回は大いに反省、だね。企業に勤める上で、上の命令に従う事の重要性を忘れてたんだ。これは、本当に危うい事なんだなって学生のうちに再確認出来てよかった」
「……自分を賢いと思い込んでいたのだと、まざまざと見せつけられる形になりましたわね。香月家として……大いなる汚点、未熟さを認識させられました」
「……逆に、ユウキはもし無事だったら、あの施設に潜入はしなかったのかよ?」
おっと、アラリエルがちょっと難しい切り返しをしてきた。
だが……うん。
「するだろうね。それで……たぶん失敗はしないよ。俺は臆病だからね、物凄く慎重に、じっくり侵入する」
「は、そうだろうな。……おめぇが欠けた状態で先走ったのが一番の失敗だと俺は思う。万全じゃなかった。その状態で敵地に突っ込むなんて無謀だって、あんときの俺達は気が付いてなかった。それが一番のミスだろうな」
「そういうこと。気持ち的に俺の敵討ち、みたいな感じだったんだと思う。でも……この先、もしも俺だけじゃない、他の誰かに何かがあったとしても、私情にかられて動くのはやめよう。俺も、今回自分の未熟さでこういう結果を引き起こす原因になったんだし、皆もここから成長していこう、絶対に」
そう最後に締めくくり、前回の実務研修の洗い直しを終えるのだった。
「あー……お腹空いた。昼だし、ご飯でも食べに行かない? 学食行こうよ皆で」
「ああ、そうだな。……そうだな、一緒に皆で行こうぜ」
「うん、賛成。僕いつも菓子パンだからね、たまには学食もいいかな」
「けけけ……奉仕活動だから給料や報酬が出た訳じゃないけどな。まぁたまには俺もあそこで飯食うか」
「そういや学食でアラリエルってあまり見かけないよな? いつもどうしてんの?」
「カナメと同じだ。適当にパン買って済ませてんだよ」
初めて、みんなで一緒に学食に行く。
そう……みんなで一緒。それは、本当に大事な事、大切な事、かけがえのない事なんだって、俺は改めて思うのだった。
翌日。みんなも通常通りのカリキュラムに戻り、それぞれの講義を受けているであろう日に、俺が受けている『グランディア民俗学』の講師に、この後クラスに戻るようにと言われる。
そっか、そろそろみんなにも実務研修について説明会があるんだったな。
クラスルームに戻ると、既にみんな席についていた。んじゃ俺は……キョウコさんの隣で。
「全員、揃っているな?」
ジェン先生とリョウカさんが教室に入って来ると、先日まで罰則を受けていた関係か、みんながいつもよりも少しだけ肩を震わせているような気がした。
「さて……ユウキ以外の全員は先日奉仕活動の任務を終えたばかりだとは思うが、既に今月の実務研修が始まろうとしている。明後日、二日後に行われると既に連絡はしてあるはずだ」
あ、みんなも既に早めに実務研修が行われるって聞いてたのか。
「ではここからは私が。皆さん、特別任務お疲れ様でした。任務の重要性、命令の重要性を改めて認識してくれたことを願っています。では、今回の実務研修についての概要をお話しします。今回、ついにグランディアでの研修が行われる事に正式に決定しました」
瞬間、かすかに空気がどよめく。
「今回は、ある人物を警護しながら、セリュミエルアーチへと向かってもらいます。移動距離が長いので、それを踏まえて早めのスケジュールだった、という訳です」
少し離れた席で、セリアさんがちょっとだけ動揺しているのが見える。
さては……『ある人物』に心当たりがあるな? ナシアの事だ。
「その後、セリュミエルアーチ王都で今回のクライアントと合流。その後に任務地へ向かい、ある物の警護をしてもらう予定だそうです。詳しい日程等は事前に教えられてはいませんが、依頼主は……『セシリア・アークライト』様です。グランディア組の皆さんは、これがどれほど重要な任務なのか、もうお分かりですね?」
その名前に驚いたのは、セリアさん……ではなく、むしろアラリエルの方だった。
「嘘だろ!? アークライト女卿からの任務!?」
「アラリエル、発言は挙手をしてからだ」
「っ……! 発言、いいすか?」
「どうぞ」
「本当に、アークライト女卿からの直々の依頼だったんですか」
「はい。直接、書状が届きました。彼女の魔力印が刻まれていたので、偽造は不可能です」
「……マジか。発言は以上です」
なんだ? もちろんセリアさんもコウネさんもめっちゃ驚いているけど……アラリエルの驚き方は少し異常だ。
「今回、貴方達と同行してもらう護衛対象の方にも本日はお越しいただいております。どうぞ、お入り下さい」
お、ナシア来てるのか。
教室の扉が開くと、私服ではなくしっかりと学園の制服を着たナシアが、少し照れながら入って来た。
「……かわいい」
「あ、キョウコさんナシア見るの初めてだっけ」
「いえ、以前見かけましたわ。……小さくて可愛らしい子ですね」
んむ、可愛い。照れてる姿がまたなんとも。
「あん? なんでちびっ子が護衛対象なんだ?」
「ふむ……まさか要人のご息女だったか……」
いや、その子が要人らしいですよ。
「皆さんは既に彼女とお知り合いだったのですね。ナシアさん……いえ、ナーシサス様。改めてご挨拶をお願いします」
すると、ナシアが佇まいを正し、こちらに向かい、少し緊張した様子で話し出す。
「初めて……ではありませんが。正式に名乗るのは初めてです。『ナシア・フラウニー』というのは、偽名でした。セリュミエルアーチ王国一八代目聖女『ナーシサス・ダリア』と申します。この度は我が国の依頼を受けて頂き、誠に感謝致します」
「な……聖女だったんですね……一一年ぶりに聖女が……」
「はい。昨年末、正式に一八代目の聖女として、初代様の信託を受ける事が出来ました」
あ、コウネさんも聖女って知ってるんだ。ん-……やっぱり有名なんだな。
「まさか……グランディアの聖女がこの学園に……秋宮の力はここまで……」
「あれ、キョウコさんも知ってるんだ聖女って」
「……ササハラ君、聖女がどんな物か知らないんですの?」
「うん。なんだろう、宗教とかの偉い人みたいな?」
「……セリュミエルアーチに置ける……日本でいうところの天皇陛下のような方ですわ」
「は!? え、そんなレベルなの!?」
うっそだろ!? この号泣お菓子クレクレキッズが!?
「ササハラ、静かにしろ」
「あ、すみません」
「やー、やっぱりユウキ先輩、イマイチ分かってなかったんですね?」
「いやー……なんかごめん?」
再びリョウカさんが話し出す。
「今回、詳しい任務内容を事前に説明出来ない事を改めて謝罪します。ですが、まずはナーシサス様を無事にセリュミエルアーチまで護衛する任を、全力で遂行してください」
一同が了解と声を揃え、今回のブリーフィングを終えたのだった。
さーてナシア……色々質問攻めだぞ、覚悟しておけよー?
(´・ω・`)サーッ!(迫真)