第九話
イクシアと名乗るエルフと、自分がいた世界とは似て非なる世界にいたユウキ。
二人の邂逅から、時は四カ月程遡る。
季節は秋。ユウキが召喚実験を行ってから一月半程経った頃。
彼女は意識だけの存在から、肉体を持つ存在へと生まれ変わった。
「聞こえますか? 今日からは思念による意思伝達ではなく、口頭による意思疎通を行う訓練を始めたいと思います。液体の中なので聞こえづらいかもしれませんが、大丈夫ですか?
「ぁ……不思議な感覚です。水の中なのに呼吸が出来ます。話す事が出来ます」
「はい。それは水に見えますが、空気とほぼ同じ物だとお考え下さい。現在、肉体生成の最終段階として、体表の硬化、および日差しへの抵抗をつけている状態です。もう二日間、不自由な思いをさせてしまいますが、何卒ご容赦ください」
「……この世界は、本当に凄まじく魔術が発達しているのですね。死者をよみがえらせるなんて……」
「厳密には、死者ではなく、強い霊魂に肉体を与えている、という形ですね。そういう意味では、貴女を呼び寄せた彼こそが、死者を呼び戻した存在、と言えるかもしれません」
「あの、少年ですか」
ニシダ女史は、イクシアの言う『あの少年』という言葉に『ああ、呼び出された当初の記憶はしっかりと残っているようだ』と考えていた。
だが、実際にイクシアが考えていたのは、霊魂だけという状態でユウキを追いかけた時の事を考えていたのだ。
自分を呼び出した、なんの変哲もない少年。ただ平凡でも、人として持っていて欲しい心を持つ、環境に恵まれずとも、腐らずに楽しく生きている少年。
ただ一つ訂正するとしたら『少年』ではなく『青年』だという事。
尤も、ユウキの身長が低く、顔つきも同年代の中では幼く見える為、長命種である彼女からすれば、どう贔屓目に見ても『少年』という認識でしかないのだが。
彼女は、偶然ユウキの近くで彼の守護霊とも言える祖母の霊と言葉を交わした。
だから、という訳ではないが、彼女はユウキの事ずっと気にかけていたのであった。
それは、もしかしたら生前の彼女の境遇からくる条件反射なのかもしれない。
「明後日からは、ようやくここから出ることが出来ます。そうしたら……彼と暮らす為にも、この世界がどういう場所かという一般常識や、制度などをお話します。ですから……貴女の事も、話せる範囲で良いので教えて頂けると幸いです」
「わかりました。こんな老婆の長話でよければお話します」
「あの……今の貴女はその……魂の全盛期の姿ですので、そういった感覚のずれも少しずつ修正していくと良いかもしれません」
そう言いながら、ニシダ女史は大きな姿見をイクシアが収められたカプセルの前へ持ってくる。
するとそこに映し出されていたのは、人間でいう二〇代中頃、どう逆立ちしようが、特殊な化粧を施そうが老婆とは言えない美女が、一糸まとわぬ姿で映し出されていた。
それは、彼女の生前の姿と殆ど差異がなく、エルフという種族故に、長い間老婆として過ごして来た彼女には中々受け入れがたい大きな変化でもあった。
「まぁ……これは……これは……六〇、いえ七〇になりたての頃でしょうか」
「……やはり、エルフという種族の成長の仕方は、同性としては少々羨ましい部分がありますね」
最近、化粧にかける時間が伸びてきたと感じているニシダ女史は、その同性から見ても美しすぎると言える容姿と、歳を取りにくい肉体に、どこか憧憬を抱いているようだった。
だが、それはイクシアも同じ。彼女は気が付いたのだ。自分の肉体が、完全に同じではない事に。
「魂が思い描く姿を映し出す、というお話でした。それは、もしかしたら私自身の憧れも、含まれていたのかもしれませんね」
「と、言いますと?」
「多少、スタイルが良くなっているような印象を受けました。私は、そんな理想でも持っていたのでしょうかね」
具体的に言うと、胸。多くは語るまい。だが、確かにいつか抱いたその思いは、魂に刻まれていたのであった――。
「では、ここからがユウキ君に伝えるべき本題になるわ。貴方のこれからの生活について、注意点がいくつかあるの」
「は、はい!」
そりゃあるでしょうよ! こんな美女と若い男が二人きりなんてマズいですよ!
何かあったらいけない。他人事のようだが、実際心と体は裏腹だったりするものなんです! 特に男っていうのは!
だが、こちらの予想に反して語られるのは、そんな内容ではなく――
「貴方、今抑制値を最大にしているのよね。その状態で、さっきの受験者達と戦って勝てそう?」
「……正直、抑制レベルを五つも下げれば十分に勝てるかと。あ、でも最後の受験者はちょっと分からないです。たぶん……一〇くらい下げたらいけるかと」
「最大抑制レベルが三〇。それなのにその程度で勝ててしまう。何よりも……君はまだ成長している。たぶん……その抑制バングルじゃ追いつけなくなるくらい」
そう、抑制値を上げても、身体がそれに慣れ、次第に動けるようになっていく。
俺はそれが成長だと喜んでいたのだが、なるほど、俺にはニシダさんが何を言いたいのか分かって来た。
「お話に口を出すようで申し訳ないのですが、ユウキ君に何か問題でもあるのでしょうか。私に出来る事ならどんな事でもします。彼の生活に、何か問題があるのなら協力します!」
するとその時、深刻な様子でイクシアさんがニシダさんに駆け寄る。
……なんか本当に凄く心配してくれて、嬉しいんですけど、反面申し訳ない気持ちが。
「安心してください。問題というよりは……そうですね、彼は強すぎるのです。周りの子供達から異質だと、異常だと思われるくらいに。そして……そんな力を利用しようと企む大人が大量に近づいてきてしまう程に」
「はは……そういう訳なので、そんなに心配しなくても――」
瞬間、あまり表情の変化が大きくない印象のイクシアさんが、目に見えて怒りの表情を浮かべている姿に驚いてしまった。
「……それは、捨て置けません。子供は自由に大人への道を歩むべきです。利用しようと考える? そんな事、断じて私が許しません」
「う……正直耳が痛い思いです。ですから、彼の力を抑制、通常通り他の生徒と過ごせるように対策を、と考えているのです」
「なるほど、話は理解出来ました。話の途中で申し訳ありませんでした。では……私は少々席を外しましょう。申し訳ありませんでした、ニシダ女史、そしてユウキ君」
「え、あの、別に大丈夫です」
「こちらこそ無神経な物言いでした。同席しても構いませんが……外すと言うのでしたら、隣に魔術やこの世界で生まれた魔術理論の研究レポートがまとめられていますので、ご自由に閲覧してくださって結構ですので」
「それは助かります。では、また後程お会いしましょう」
……ニシダさんが心なしか、顔を青くしているような。
「……ふぅ。イクシアさんは、聞いたところ生前は孤児院の院長をしていたそうなの。だから……子供をとても大切にする方なの。それに、どういう訳か貴方に随分とご執心みたいだから……」
「孤児院の……なんだか凄く優しそうな印象ですね。実際にやられると、ちょっとこそばゆいくらいですけど。撫でられたり」
「けれどその反面、あの人は神話級の時代のエルフでもあるの。だから当然……その魔力量、扱える魔術の質は高いと見て良いわ。正直研究者として非常に興味がそそられるのだけど……本人の意思を無視する事は出来ないからね。そういう部分にはノータッチなのよ」
もし、呼び出されたのがとても邪悪な心の持ち主だったらどうなっていたのだろうか。
それこそ現代の人間では太刀打ちできないのでは?
そう思ったのだが、ニシダさん曰く『そういう事態に備えたジョーカーもしっかりこの世界にはいる』とのこと。ううむ……つくづく恐ろしい世界だ。
「話を戻すわ。まず、貴方の力をさらに抑制するバングルを作成します。そうね、受験者達と同じレベルまで落としつつ、成長に追いつける程の抑制レベルの幅を広げた物を」
「あ、それは願ったりかなったりっすね。もっと鍛えられる」
「それじゃあ本末転倒でしょう。貴方は身体強化を育て過ぎた。だから……ここからは魔力運用の技術を磨きなさい。抑制バングルと同じように、扱いの難しい、出力が安定しにくいデバイスをオーダーメイドしてね。そこで効率的な魔力運用、そして武器の扱い方を鍛える方向にシフトチェンジして欲しいの」
……魔力の運用。魔法が扱えない以上、後はパワーで攻めるだけと思っていたのだが。その反動で抑制バングルが追い付かなくなっているのなら、その方がいいのかね?
強くなりたい、成長して楽しみたいという欲はあるが。なるほど、技術面を鍛えると言うのも立派な成長だ。俺の欲も満たされますな。
「ついに俺のオーダーメイドが……」
「ええ。基本的にデバイスには魔力を引き出す、安定させるという効能があるのだけど、貴方の物には付けないわ。代わりに、万が一全力の魔力を流しても壊れない、頑丈な物にするつもり。まぁ細かい要望は……後で一般的なカタログを渡すから、それで決めて頂戴。これは私の研究の成果を見せる意味でも重要な案件だからね、多少無理を言っても大丈夫よ」
まじかー……タダで武器作れちゃうかー。気分はクリスマス前の子供だ。
いやはや懐かしい。親父が生きていた頃の記憶なんて、何か貰った時くらいしか覚えてないわ。嗚呼、げんきんな子供時代よ。
「まぁ重要な話はこのくらいね。ただ……極力、その力が露呈するような事態は避ける事。勿論、命が関わる状況ならその範疇ではないわ。でもね、さっき受験会場で見たと思うけど、学園の中にも色んな思惑を持って送り込まれた教師たちがうずまいているの。政界を差し置いて日本を代表してグランディアと交渉を進める秋宮グループを快く思わない人間も多い。そんな人間達に……君を利用されたくない。これはグループの利益の事じゃなくて、君自身の為」
「それは……なんとなくわかってます。ニシダさん、正直グループに忠誠誓ってるタイプには見えませんし。優しいんですね、本当に」
少なくとも、俺の周囲にはそういう悪い大人がいなかったのだと思う。
本当に……俺は恵まれているんだな。
「最後にこれもオフレコなんだけど……総帥にも気を付けて。あの人は、普通の人間じゃない。何を考えているのか、どんな未来を望んでいるのか。誰もあの人の目線に立つ人間がいないせいで、少し……不気味なのよ。今日だって君と会ってみたいって言いだしたくらいだいしね」
「まぁ得体のしれない人だって事は俺も重々理解してるつもりっすね。仮面とか豚とか」
まぁ、要するに目立たずに平和な学園生活を送れ、って事だ。
正直、自分の境遇的にそんな平和な未来が待っているとは思えない。
けれども、それを願う人が今の俺を支えてくれるのなら、極力それに沿いたいではないか。
「話は終わり。ちなみに、私はこの学園の非常勤の講師でもあるから、これからもちょくちょく顔を会わせると思うわ。それに実験の協力もあるしね。ウェポンデバイスについては、明後日までに基本的なスペック、デザイン、方向性を決めてデータを送って頂戴。細かい調整はそうね……実際に戦って調整していきましょう」
「念のため聞いてもいいですか? て事は毎回こっちまで来るんですよね? 交通費出ますよね……?」
「……そういえば今日も自費で来たのよね。安心して、最低限の保証はすると言ったでしょう? それに今は学校、自由登校のはずでしょう? 暫くこっちに泊まりなさい。研究所の居住スペース貸してあげるから」
マジか。二泊三日のつもりだったから普通にビジネスホテル予約しちゃったんだが。
結局、ホテルの予約もキャンセルする事となり、そのキャンセル料すら払ってもらう事に。
なんか本当、ごめんなさい。勝手に自分で全部決めるのは不味かったですね。
「お話は無事に終わったようですね。少し、表情が嬉しそうです」
「あ、はい。分かる物……なんですか?」
「ええ。雰囲気が違います。何か楽しみが出来た子供に似た雰囲気ですね」
図星を着かれながら、すぐ隣に座るイクシアさんに緊張しっぱなしの僕です。
さすがにリムジンではなく、学園の車で研究所に戻るところなのだが、当然の権利のようにイクシアさんの隣に座らせて頂いております。
いや、先に座っていたらイクシアさんが隣につめてきたんです。
「ふむ……ユウキ君は私と身長がほぼ同じのようですね。今は私の方が少し高いですが、人間はその年齢でも身体が成長しますからね。そのうち越されてしまいそうです」
「は、はは……去年は二センチしか伸びなかったです」
「大丈夫です、きっとまだ伸びますよ。よく食べ、しっかりと眠ることです」
近い近い近い。後めっちゃいいにおいする。心臓、大人しくしろ。
やはり自分が若い女性だという意識が低いのか、スキンシップが多いんですこの人。
まるで、おばあちゃんが孫を可愛がるように、撫でたり色々してくるんです。
もう大人一歩手前ですよ僕。曰く、一八才はエルフだと小学生くらいなものらしいのだが、その感覚で来られると……色々と暴発しそうです。
「ユウキ君。この車と言う乗り物は慣れているのですか?」
「はい、それなりに……」
「なるほど……。私はこれで二度目になります。これはどういう原理で動いているのか、先程見せてもらった『すまーと端末』なる物で調べられるのでしょうか?」
「多分調べられると思いますよ。後でニシダさんにお願いしてみましょうか」
「はい、お願いします。基本的な常識は教わりましたが、この世界は知らない物、知りたい事が想像以上に多く、正直目が回る思いですから」
彼女は嬉しそうに、微かにはにかみながら言う。
……それは、俺だって同じなのだ。まだ、この世界の事を完全には分かっていない。
それを一緒に学んでいけるのは、とてもとても楽しそうだな、なんて。
「一緒に暮らす家も、用意して頂けると言う話です。もしも何か要望があるのでしたら、私に希望も含め、後で提出するように、という事でした」
「家の手配ですか……自分はてっきり物件の紹介だけかと思っていましたが」
「私も詳しくは知らないのですが、そうニシダさんが仰っていました。今日はお忙しそうでしたが、明日以降、聞いてみましょう」
ニシダさんは、まだ学園に残って仕事中だそうだ。曰く、受験者達のデータを確認、検証したいのだとか。
本音を言うと、イクシアさんと二人きりというのは中々緊張してしまうのだが、これから一緒に暮らすのなら、少しずつ慣れていった方がいいだろうな。
「あの、一緒の部屋で良いんですか?」
「ええ。これから一緒に暮らすのなら、態々別れて二つも部屋を使わなくても良いでしょう。空きがあるとはいえ、清掃をする方の仕事を増やす訳には行きませんからね」
イクシアさん、いんざまいるーむ。そして平然と外行きの為に着ていたシンプルなスーツを脱ぎ、目の前で過ごしやすそうなワンピースに着替え始める。
あえて止めませんでした。そのうち、こういう光景も見られなくなるだろうからと。
……ただ、支給された下着は装飾の一切ない、シンプルな白でした、とだけ。
「ユウキ君は何をしようとしているのでしょうか?」
「あ、ちょっと自分のデバイス……武器の注文ですね。その注文書みたいなのを書いてるところです」
「ふむ。先程から気になっていましたが、あまり畏まらなくても良いのですよ? 疲れるでしょう?」
「あ、いやでもなんていうか……イクシアさんも君づけですし」
「なるほど。ではユウキ」
見つめながら呼び捨てで呼ぶのはやばい! またときめいた!
「ふふ、少しずつ慣れていくでしょう。ユウキが話しやすいように話してくださいね」
そう言いながら笑うイクシアさん。ええい、脳内変換だ。これは全部おばあちゃんが俺に話しかけている言葉だと変換すれば……無理だわ。こんな美人なおばあちゃんいるか!
「わかり……分かったよ。じゃあ、ちょっと武器のカタログを見ますね」
「私も一緒に見てもいいですか?」
武器に集中。顔が近いけど集中。端末でカタログ開いた俺が悪かった。
「おお……やっぱりぱっと見でも大分違うな……ええと……」
「ユウキはどういった武器を使うのです?」
「ええと、俺は剣しか使った事がないですね。今回は、前から気になっていたこれ……サムライエッジ。刀っていう形の武器にしたいと考えています」
「片刃の片手剣……いえ、これは柄の長さから言って片手半剣の一種でしょうか。片刃と両刃では取り回しが見た目以上に異なりますが、大丈夫ですか?
ちょっと驚き。突然、専門的な言葉がスラスラと流れてくるその様子に。
やはり昔の異世界というのは、戦いが日常茶飯事だったのだろうか?
「弧の描き方から、恐らく切り裂く事に特化しているようですが、こちらの武器は魔力を物質に影響を与える状態で維持し、刃を形成していますから、正直このフォルムはそこまで機能しないのではないですか?」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。両刃の物の方が攻撃の幅も増えますが……いえ、しかしこのフォルムは刃の形成を薄く鋭くしているのでしたら……中々奥が深い形状ですね」
なんだか急に、俺の中でイクシアさんとの距離が近づいてきた気がする。
俺、そういう話大好物です!
「ええと、この刀というのは、この国……つまり日本で生まれた武器で、実用性も去ることながら、一種の憧れもあったりするんです」
「なるほど、そういった理由もありましたか。扱いは難しそうですが、自分の手足の延長となる武器でしたら、本当に愛着が持てる物の方が良いかもしれません。素人ならば絶対に扱いやすさで決めさせたいところですが、ユウキはニシダさんが言うには、相当強い、という話でしたからね」
「あはは……でも、剣の扱いは初心者に毛が生えた程度ですけどね」
「ふふ、そうなのですか。では……刀型だけでもかなり種類がありますね。刀身の長さから反りの具合……それに魔力の消費効率、出力……ここまで細かく指定出来るとは……戦闘における技術もかなり発達している世界なのですね」
ううむ……世の車好きの人達が嬉しそうにカタログを眺める気持ち。今なら俺も分かる!
イクシアさんも、いつの間にか熱心にカタログを眺めながら『申し訳ありません、画面を少し上にずらしてくれませんか?』などとお願いしてくる。
……本当に、今この瞬間の為には俺はこの世界に来たのではないでしょうか。
「あ、あの、大きい画面に映せるので、少し待ってくださいね」
が、しかし。マイリトルハートには少々刺激が強いので、テレビに画面を表示させることにします。
凄い世界だよ。ケーブルもいらないし、対応機種とか考えなくても表示できちゃうし。
「ユウキ。その上から二番目、左から四番目のモデルをベースに決めてはどうでしょう?」
「ええと……これですか?」
すると彼女は、刀の中でも反りが少なく、刀身がやや長めの物をチョイスした。
「あれが、今のユウキの身長に適した刀身の長さで、扱えるぎりぎりの長さです。今後の成長を考えると、これが適しているかと思います。魔力効率という物は詳しくわからないのですが、そこはニシダさんとご相談してみてはどうでしょう?」
「なるほど……そうですね、これくらが丁度良いかな。じゃあとりあえずデザイン的な部分を決めてしまいますね」
「はい。ここからはユウキの好きなように決めてくださいね」
正直、凄く助かる。五センチ単位で長さが違ったり、反りの深さにも種類があったりで、ベースを決めるのも一苦労だったのだ。
よく、ぱっと見で俺に向いている長さとかわかったなぁ……孤児院の院長をする前はなにをしていたのだろうか。
「色は……塗装無しで金属面剥き出しの鏡面加工だな。本物の刀っぽく。魔力光は……白だな。余計な色付けたくないし」
「魔力光……これは本人の資質に左右されないのですか?」
「多少はされるみたいですよ、特に白だと。でも俺ってそういうのないみたいなんです」
「なるほど……面白いですね。武器にデザイン性を取り入れる……それが一般的ということは、それだけ今が平和な証拠、なのですね」
もっと、親しくなれたら。その時は、もっと彼女の事を聞いてみたいな、と思った。
言動の節々から、確かに感じる彼女の戦いの経験。
戦乱と隣り合わせな時代だったのか、はたまた戦いに携わる者だったのか。それは分からないけれど。
でも……やっぱり聞いてみたいと思ってしまうのだった。
「ユウキ、そろそろ食事の時間です。食堂の場所は知っていますので、私が案内しましょう。その『すまーと端末』のアプリなる物は、今回はおやすみです」
「はは、分かりました。ではお願いします」
自分の注文する物以外にも目を通し、二人で様々な事を語り合っていたら、大分時間が経っていた。
今日から三日ほどはここで生活するのだが、イクシアさんは既にここで数か月過ごしているからか、かなり内部には詳しい様子だ。
学園で案内した時のお返しをしたいのか、微かに笑いながら先導する彼女に続く。
……手足長! こうして歩くと本当にモデルじゃないですか貴女。
「イクシアさんこんばんは! そちらの方は……もしかして以前言っていた召喚主さんですか?」
「こんばんはイクシアさん! 召喚主さんと会えてなによりですね!」
道すがら、施設の研究員達がイクシアさんに声を掛けてきた。
どうやら、彼女の人柄はここでも伝わっているらしく、通る人みんなに声をかけられ、それら一つ一つに彼女も丁寧に対応していた。
ただ……その内容に少しだけ問題があるんです。
「ええ、ようやく会えましたよ。可愛くて仕方ないです。これから私の家族になるのですよ」
とか。
「そうなんです。これからこの子に何をしてあげようか迷ってしまいます」
などなど。
完全に、発言が『里親』のそれなんです!
嬉しいというか、照れると言うか、だが同時に男として少しだけ情けないというか。
「あの、イクシアさん?」
「はい。ああ、皆さんとはここでお世話になってから、様々なお話をしたんですよ。この世界の子供達が喜ぶ事や、好きな食べ物。どうすれば仲良くなれるか。ふふ、いたらないところもまだまだあるでしょう。ですが……どうぞよろしくお願いします、ユウキ」
「あ、う……はい、こちらこそよろしくお願いします」
なんも言えねえ! 心底嬉しそうなその笑顔の前に、なんも言えねえ!
「ですが心配もあります。既に聞いているかもしれませんが、生前私は孤児院のような施設で院長を務めておりました。大きな機関が運営している場所でしたので、子供達の食事などは専門の人間が用意してくれていたのです。私は……自分ではそこまで料理が得意な方ではなかったので、この世界でちゃんと料理が出来るかどうか……」
「あー……そうですね、それは俺もあまり得意ではないです。でも、生活の援助はしてもらえるみたいなので、最悪出来あいの物だったり外食で……」
「いえ、それはいけません。節約出来る部分節約したいですし、生活に必要なスキルは身に付け、磨くべきでしょう。一緒に暮らしながら、少しずつ……学んでいきましょう」
はい喜んで。余計な事言ってすみませんでした。
一緒に頑張ろうなんて、そんな素敵な提案されたことないっす。
死んだばあちゃんも料理上手だったしなぁ……頼りっきりで自分で作ろうなんて考えた事もなかったし。
俺が作れる物なんてカレーと炒飯くらいっすよ。あと黄身が潰れた目玉焼き。
そうして、夕食のビュッフェでイクシアさんに『あれも食べてください、これも食べてください』とお皿に山盛りのおかずを盛られ、お腹いっぱい、胸いっぱいになりましたとさ。
……あとイクシアさんはお魚が大好きみたいでした。