閑話
夢を見た。古い、古い、古い夢を。
若い頃、本当にまだまだ未熟であった頃。
あれはそう……まだ母と頻繁に連絡を取り合っていた、そして義父に初めて娘と呼んでもらえた頃の――
「イクス、開園おめでとう。ギルド主体とはいえ、園長に就任したのはとても誇らしいわ。私はもう……昔みたいに子供達の親にはなれない。でも、貴女が私と同じ道に進もうとしてくれた事が、何よりも誇らしい。……辛い事、大変な事も多いでしょう。そんな時は総帥さんに相談するんですよ。あの人は……助けを求める人には必ず手を差し伸ばしてくれます」
「はい、お母様。幸い、子供達の直接の指導は、私のような鉄仮面ではなく、他の職員ですからね」
「はは……―――さんは鉄仮面なんかじゃありませんよ。気づいていないかもしれませんが、ここ数年で驚くくらい表情が柔らかくなりましたよ。それに……子供達はいつだって貴女の近くに来る。子供達は正直です。好きな人の傍にいたいと思う物なんですよ」
「―――――さん……ふふ、まだ私を呼び捨てにする気はないのですか? まもなくお母様とも正式に婚姻を結ぶのです……本当に私の義父になるんですから、ね? 呼び捨てで構いませんよ」
「あー……そっか。まだ少し慣れないけど……これから、娘として末永く宜しくお願いするよ――イクス」
幸せな記憶。生まれて初めて出来た父親。そして――母の結婚。
園の経営が軌道に乗り始め、子供達も成長し、園を巣立ち。
時には、権力者の子供を預かり、教育を施す……という、学校のような事もした。
そんなある日、義父から連絡があった。
『たまには、家族で語らないか』と。
私は、久々に会う義父と母にどんな話をしようか、どんな話を聞けるのか。
それが楽しみだった。
「まぁ……では―――様が妊娠したのですか?」
「ええ、そうなの。先を越されてしまった形かしら? なんてね」
「ははは……既にイクスさんの父親ではあるけど……やっぱり緊張するよ」
「それは、当然なのかもしれませんね。沢山……沢山愛情を注いであげてくださいね」
「うん、ありがとう。……そうだな、今日はおめでたい日だ、少しくらいお酒、飲もうかな」
「まぁ、珍しいですね? 最近は飲まないようにしていたのに」
「立場上ね、まだそんな優雅に構える事も出来ないから。……そうだな、久々に俺がカクテルでも作るよ」
「あら、本当に懐かしい。では……私は――」
「そうだね……君に相応しいカクテル……同じ材料は手に入らないけど『ゴッドマザー』でも再現しようかな?」
「まぁ……そんな名前の物が?」
「お母様にぴったりですね。お義父様、では私にも同じ物をお願い出来ますか?」
「了解。これはちょっと度数が高いからね、イクスはお酒に弱いから、氷をよく溶かして飲むんだよ」
本当に、幸せだった。
でも、今なら分かる。私は幸せを感じていたと同時に『羨ましかった』のだと。
自分だけの子供。いつまでも自分の子供でいてくれる存在。
自分から離れて行ってしまわない、どこにいてもずっと自分の子供と言える存在。
そんな子供を授かった―――様と、やがて授かるであろうお母様が。
私は……どうしても自分が子供を授かる事に対して臆病だった。
自分のような存在が子供を授かるなんて……と。
でも、私は――新たな命として生まれた今の私は――
「はっ……いつの間に……すっかり夕方に……」
ユウキが研修でアメリカにいってしまってから、どうしても日常に締まりがなくなってしまっている。
これではダメです。お母さん失格です。そうですね……たまにはユウキの部屋でもお掃除しましょう。よく『自分の部屋は自分でしますから』と言っていましたが……最長で一週間も空けるのです、私がしっかりしなければ。
「本当に……懐かしい夢でした。珍しいですね、生前の夢を見るなんて」
在りし日の思い出。過去を忘れようとは微塵も思わないけれど、今の幸せの枷になるのなら、少しだけ心の中の隅に移動しておきましょう。
毎日毎日、幸せな思い出が新たに生まれるこの人生、整理整頓をしっかりしないと、溢れてしまいそうですから。