第百話
(´・ω・`)いつのまにか百話に到達していた
「許可出来ない。ここには関係者以外は立ち入ることが出来ないことになっている。君達の事は報告されていたが、協力はあくまで魔物討伐のアシストに過ぎない。ここは軍の資料や兵器も配備されている、おいそれと外部の人間を通す事は出来ない」
「あー……やっぱりそうなっちゃいますよね……? ただ、出来ればここで魔物と戦闘した経験のある人間にお話しを聞きたかっただけなんですが……」
「それなら、君達のアシストに回された人間がそうだ。話なら連中に聞いてくれ」
はい門前払い。うん、知ってた。
そしてキョウコさんは、交渉を俺に任せて、何やら視界の隅で自分の精霊を呼び出していた。あの電気ハムスターちゃんだ。
「ただいま、キョウコさん。はむちゃんに何かさせていたの?」
「ええ、恐らく断られるだろうかと思い、施設の回線にハム子を潜り込ませてみました。ただ……どうやら物理的に深部までは到達出来ない構造のようで、目ぼしい情報は得られませんでしたわ」
「おー……そっか、任務中だから使っても良いんだね」
まぁ、恐らくこういう力も警戒しているんだろうなぁ、と。
先程から探知機の反応も続いているし、十中八九この場所が何かの研究施設と見て間違いなさそうだ。
そうして、俺達の初日の調査はとくに目立った手がかりもなく、何事もなく終わった。
調査開始から三日が経った。
大規模な戦闘こそ起きていないが、既に三体、魔物を発見、討伐に成功した俺達は、今日もまた魔物の出現地点を重点的に見回る事になった。
もはや調査ではなく巡回のような形だが、実際これで成果が出ている以上、他にやりようはないのだけれど。
「それにしても……報告に対して魔物の出現頻度が少ないと思わない? 軍の方でかなりの数を既に討伐してしまっていたのかな?」
「ふむ……考えられなくもないが、それでは我々の実務研修を受け入れた理由が分からなくなる。自分達で対応可能ならば、極力外部の人間を入れたくないと考えるのが自然だろう」
今日の相方は一之瀬さんだ。そしてローテーションで巡回地を変えている関係で、今日は二人で一番栄えている島、観光地として多くの客で賑わっている浜辺に来ていた。
「たしか、ここだよね? 昨日アラリエルが魔物と遭遇したっていうのは」
「そうだ。昨日、私とアラリエルがこの地区の担当だったのだが、立ち入りの禁止されている浜辺に無断で入り込む観光客の対応をしていた軍の人間に協力要請を受けてな」
「ふぅむ……ここってそんなに目撃報告が多い場所だったのかね。こんなに大規模な区画封鎖なんて、他の場所じゃ見られなかったけど」
広がる砂浜。だが先程言ったように、大勢の軍人とバリケートが展開されていた。
ありゃ? 出来るだけ大ごとにしたくないって話じゃなかったのか? しかもよりによって観光地で。
「ふむ……まぁ一般の人間が多いからだろう? さすがに、もう見られている以上、下手に隠さない事にしたのではないか?」
「……そう、だといいんだけれど」
可能性1『既にこの場所に魔物が押し寄せてくると確信している』。
可能性2『この場所に現れた魔物を万が一にも俺達に倒して欲しくない』
可能性3『一之瀬さんの言う通り、割り切って封鎖しているだけ』
そうだな、こうやってまとめると……可能性3はちょっと都合がよすぎるかな。
1であれ2であれ、今日はこの場所を暫く張っていた方がよさそうだ。
「……時折、君がどんな風に物事を捉え考えているのか、不思議に思う事があるよ。思えば、いつだって君は『最も深いところにある真実』に辿り着いていた。君は……今何を考えているんだ?」
「買いかぶりすぎだよ。俺はただの『杞憂民』なだけ。心配性って事だよ」
あとフ〇ム脳混じりってだけです。身体は闘争を求める……。
「ふふ……心配性か。君には力相応の『慢心』が少ないように思える。私では心配しようとすらしない事にすら君は気が付く。やはり……身近に自分よりも上だと思わせてくれる誰かがいたからなのだろうな」
「あー……確かにそうかもね。俺なんてまだまだだって、いつでも思わせてくれる人が頭の中にいるからね」
某悪魔ハンターな兄弟とか玉収集の人達とかラーメンの具とか。
最後の幻想な方達とかね、もう憧れの対象ですよ。
ああ……せめて漫画読みたい……。
「……彼女は、今どこにいるのだろうな。あれからカイはよく彼女の話をするようになったよ。何故だろうな、少し悔しいと感じてしまう私がいるよ」
「え、彼女?」
「む? 君の頭の中に思い浮かべていたのはユキさんではなかったのか?」
「あ、ああ。うん、ユキだよユキ。ユキはなぁ……もしかしたら地球にいるかもね。グランディアで今大掛かりな戦闘って起こっていなさそうだし」
やべぇ。マジで失念してた。
しかしそうか……カイは相変わらずユキの幻想を追いかけているのかね……。
罪な男だなカイ。
「私は、幼い頃には兄が。そして今はカイという同門がいるお陰で、自分はまだまだだと思う事が出来る。それに……君もそうだ。私は正直に話すと、この学園に入学した当初は、自分こそが最も優れているという自惚れを、どこかで抱いていたのかもしれない」
「……実際、少なくとも俺は一之瀬さんが一番の剣士だと思って見ていたよ。真っ直ぐで綺麗な人だなって思ってた」
「……ふふ、嬉しいよ。君は、本当に素直に物を言える。好ましいよ、その有り方は」
この場所を張るつもりで、海の見えるベンチに座り、海を眺めていた。
その所為だろうか、いつもより少しだけ、一之瀬さんがセンチメンタルに思える。
「……ササハラ君。今の状況をどう見る? 君の考えを聞かせて欲しい」
「ん-……不自然。出来れば調査が終わった他の面々をここに呼んで、ジェン先生に許可を貰ってこの周辺を張った方が良いと思う」
俺は、先程自分の中で浮かんだ三つの可能性について語る。
そして、その先に起こりえる事についても。
「もしかしたら、既に米軍は魔物発生元とも呼べる何かを把握しているのかもしれない。それを自分達で封殺しようとした結果、今こうしてこの場所が厳重に警戒されているかもしれないんだ。だから、今の俺達もここで待機した方が良いかもってさ」
「……先日魔物が出現したから警戒している……にしては確かに警戒の仕方が厳重過ぎるとは私も思っていたが……」
「それに、ならどうしてSSの俺達に協力を求めないのかって話になる。出来るだけ目立たずに処理をしたいって話だったのに、これじゃあ真逆だよ」
「確かにそうだな……よく考えれば分かる事なのに、また私は気がつけなかったよ」
「最初から相手を信じていないから、気が付けたのかもね、俺」
「ふふ、なるほど。たとえクライアントであっても疑ってかかる……実戦戦闘理論の研究室で去年学んだ事だったな」
たぶん、今回は俺が最初から疑っていたからだとは思うけど。
俺達は先程の考えの通り、ここでの長時間待機、定められていたセーフハウスへ戻る時間を越えての作戦行動の許可を取り、他のメンバーが集合するのをこの場所で待つのであった。
夕暮れ。伊達に有名な浜辺ではないですな、海の美しさが尋常じゃない。
少し離れた場所に武骨な軍人、兵器が大量に配備されていたとしても、この美しさはちょっとやそっとでは損なわれないな。
「……綺麗だなぁ……イクシアさんにも見せてあげたいな」
「ふふ、確かにそうだな。確か……あんずビーチ? という名の場所だっただろうか」
「確かそんな感じ。もうそろそろ他のメンバーもこっちに集合する時間だけど……軍に動きは特にないね」
「ああ。だが、時折こちらを気にしている風な素振りを見せている。恐らく私達についての情報はあちらにも回されているのだろう」
果たしてこのまま何も起きずに終わるのか。それとも――
「おーいミコトー! ユウキー!」
「お、カイだ。それにコウネさんも」
「お待たせしました! どうやら私達が一番乗りですね」
「来たか、二人とも。ササハラ君が言うには、この場所で何か動きがあるかもしれないという話だが……」
「まぁ夜になっても何も起こらないなら、その時は交代で見張るって形で」
既にジェン先生や今回協力してくれている軍の人達に、この島にあるホテルを仮のセーフハウスとして借りて貰っているので、深夜の見張りも問題ないのである。
それに、その方が色々と都合が良いし。
「昨日俺が倒した時にゃ、特に他の気配なんかなかったんだがな?」
「ですが、ササハラ君が言うのなら、何かしらの可能性があると見た方がよさそうね?」
「キョウコさんにアラリエルも。一番遠い島からなのに速いな……」
「この時間は交通量も少ないですからね」
「一応作戦関係者って事でいくらぶっ飛ばしてもおとがめなしなんだよ」
なにそれ面白そう。時速いくら出して来たの二人とも。
「途中で思いっきり追い越されたよ、僕達」
「ね……同じバイクでもあんなに性能変わるんだね」
そして遅れてカナメとセリアさんも合流、と。
たぶんこのメンツなら今展開している軍よりも成果出せると思うんですがね、それでもあの場所を譲るつもりはないんだろうな。
一応、一度俺が向こうの作戦指揮をしている人に話してみたんだけど、とりあってもらえなかったんだよね。
「まぁ被害が大きくならないならそれに越した事はないかな。軍の損害は被害のうちに入らないから」
「結構厳しい事言うな、ユウキ」
「まぁね」
その時だった。音は何も聞こえないし、海に変わった変化も見られないが、突然俺の持つ探査機から、体内に信号が発せられた。
これは……魔力が高まっている?
「みんな、何か来る!」
「セリア!?」
「なにか感じたんですか?」
先んじてセリアさんが声を上げる。そうか、エルフは感応しやすいのか。
その瞬間、今度は軍の方から、突然銃声が鳴り響いて来た。
「海から何か出てきたのかな。凄いね……まるで待ち構えていたかのような一斉射撃だよ」
「これなら私達の出番はなさそうか……?」
魔物の声だろうか。闇に染まる海からおぞましい雄叫びが木霊する。
銃声に混じる怨嗟の叫びがこちらの恐怖を煽って来るようだ。
だが――そこに人間の悲鳴が混じり始めた。
「撤退しろ! 一度浜辺から――グ」
「う、やめろ!来るな!」
海が、盛り上がる。離れていたこちらでも目視できる程の巨大な影が現れる。
なんだよ、俺達が倒した奴とサイズ感違いすぎだろおい……どういうことだよ。
「全員、軍に合流! 軍の撤退を援護しつつ迎撃!」
一之瀬さんの号令と共に全員が駆け出す。
砂を蹴り、足場の悪さなどものともしない速度で軍に介入する。
「撤退の援護をします! そちらの指揮官は!」
「私だ! ……すまない、援護を頼む」
兵士が砂浜から走り去ると同時に、海への弾幕が弱まる。それはつまり、魔物たちの上陸を許してしまうという事に他ならなかった。
「コウネさん海に氷で壁! 時間稼ぎ程度でOK! アラリエル遊撃! 氷でモタついてるヤツ狙いで! セリアさん今回は魔術メイン! コウネさんとアラリエルと似たような感じ! カナメとカイと一之瀬さん、あのでっかいヤツ任せても大丈夫!? 俺は撤退の援護しつつ上陸した魔物片付けて来るから!」
「ササハラ君、私は!?」
「キョウコさんは今回直接の魔法なし! ジェン先生への連絡と、残された兵器へのハッキングで兵器活用!」
「なるほど……了解しましたわ」
ごめん。俺は今みんなよりも自分の任務を優先します。
俺がそのデカイの片付けて一気に流れを持って行く事も出来るかもしれないけど、これはチャンスなんだ。……大丈夫だよ。もうみんな、十分に強くなったもん。
ちょっとデカイだけのB級サメ映画みたいな魔物になんて負けないよな。
俺は、撤退していった軍人と、それを追うように市街地へと向かう魔物を追いかけ、浜辺を後にした。
駆け抜け一閃、浜辺から市街地に入り込もうとしていた魔物の群れを一つ潰し、撤退していた軍人が再びバリケートを展開するのを援護する。
「時間を稼ぎます。そちらが展開するまでは俺が持ちこたえますから」
「了解した! ……やはり、最初から君達と連携を取るべきだったのかもしれないな」
大勢に目撃され、夜の歓楽街に悲鳴が溢れる中、ひたすら魔物を狩る。
どうやら浜辺に出現した大型個体以外は、以前倒した事のある鮫の魔物と同じように見える。
ただ……ここに来て、俺はゲートから離れた地で生きている人間と、ゲートに近い場所で生きている人間とで、戦闘能力に大きな格差があるのだと知った。
軍人の皆さんは、身体能力強化を使っている様子には見えるが、それでもシュヴァ学の一年生にすら満たない動きしか出来ないのだ。
魔物から逃げ遅れ、なすすべもなく食べられようとしていた兵士を助けながらそれを実感する。
「大丈夫ですか」
「あ、日本人……そうか、シュヴァ学の……助かった」
「急いで離れてください。強力な重火器は市街地では危険です」
「……すまない。助かった」
複雑な思いを抱きながら、殺し、救う。
もしかしたらこの後、俺は貴方達の仲間を大量に殺す事になるかもしれない。
もしかしたら、この惨状は全て自業自得なのかもしれない。
そんな思いを感じながら、市街地に入り込んだ魔物を皆殺しにしていく。
「……そろそろか」
最後の一匹の魔物が、軍関係者と思われる人物に襲い掛かる瞬間を待つ。
そして――ギリギリ間に合ったと、身を挺したと見えるようなタイミングで――
「……これが最後の一匹です、浜辺で仲間達が魔物の親玉と交戦中です。念のために医療班を向かわせておいてください」
「キミ……! おい、キミ大丈夫か!?」
鮫の一噛みに耐えられる自信はさすがになかったけれど、どうやら全力の、リミッターなしの身体強化の前では、鮫の牙ごとき、皮すら貫けないのだということが判明した。
そっか。攻撃力だけじゃなくて……防御力も上がるのか、これ。この状態で攻撃受けた事なかったからなぁ……。
「すみません、ちょっと辛いので、離脱します……一般人の避難と市街地の新しいバリケートをお願いしますね……」
「……なんて事だ……こんな少年に……小さな子供に我々は救われたのか……」
小さいは余計じゃい!
俺はわざと自分が重症かのような演技をしながら、フラフラとその場を後にし、すぐさま現地の病院に待機しているニシダ主任に連絡を入れる。
「主任、作戦通り負傷を装う事に成功しました。回収をお願いします」
『了解。そちらの状況はこちらでも把握済みよ。すぐにヘリを向かわせるわ』
「おー……なんかマジのエージェントっぽい」
『……マジのエージェントなのよ、貴方は』
そうでした。
俺はそのまま、人払いのされた交差点でヘリを待ちながら、しきりに俺を搬送しようと車に乗るように言う軍人さんの相手して時間を潰していたのだった。
「だから、今学園から派遣されていた医療班の迎えが来るんです、大丈夫ですよ」
「しかし……ここから軍の施設も近い、応急手当だけでも――」
「いえ、どうやら迎えが来たみたいです」
数分後、本当にあっという間にやって来たヘリが、元いた世界では見られないような軌道と速度で着陸して見せた。
すげえ……UFOみたいな動きしてなかった今? プロペラだけじゃなくて魔法も使われてんのか……。
「失礼、我々の生徒が負傷したとの報告を受けて参りました。身柄をこちらで預かっても問題ありませんね?」
「あ、ああ……彼はこの辺りの被害を一人で最小限に抑えてくれた。絶対に助けてくれ」
ヘリに乗せられる。そして当然のように、そこに医療スタッフは誰も乗っておらず、ただニシダ主任と操縦士の姿だけが確認出来た。
「かなり大規模な魔物の氾濫だったようね。……不謹慎だけど、都合が良かったわ」
「はい。正直クラスメイトを放って離れるのは結構来る物がありましたよ」
「……そうよね。ユウキ君、この後君は隣の島にある病院に搬送される。そこでは既に影武者となる人間を変装の魔導具で貴方に似せて眠らせているの。貴方はその場面をダーインスレイヴとして目撃、そしてジェン先生を同席させるわ」
「準備良いですね……ところで影武者って?」
「背格好の似てる日本の学生を『治験のアルバイト』って騙して、強力な麻酔を施して運んできたのよ。身体に害もないし、本人も何も知らない。寝て起きたら大金が支払われるだけ」
何それ羨ましい。
「……二年になって、いよいよ本格的にエージェントとして動く事になってしまったわね。本当に……これでよかったの?」
「はい。俺は後悔していませんよ」
何か言いたそうな表情を浮かべるも、そのままニシダ主任は病院に到着するまで、一言もしゃべらなかった。
……思えば、この人は一番最初『俺に秋宮の学園を勧めた』時から、俺に謝っていたもんな。たぶん……とびっきり優しい人、なんだろうな。
ヘリの中で、俺はダーインスレイヴとしての装備に身を包む。
相変わらず女性の身体になるのは恥ずかしいけれど、ユキよりは顔が隠れている分気持ちは楽ではある。
意識して、口調を変える。人格を演じる。ユキのような事務的な態度ではなく、本気で任務の事しか考えていない、殺戮者、魔剣。
「ニシダ主任、これを。このデバイスを眠っている青年の脇に置いておくといい」
「ええ、そうさせて貰うわ」
自分の武器を手渡す。よかった、鞘を換装しておいて。元々の鞘なら今頃主任の肩、外れてたよ。
病院内を移動する。どうやら既に人払いはされているのか、看護師の姿すら見えない。
緊急医療だったか治療だったかを意味する『ER』と記された病室に向かうと、本当にそこには俺とそっくりな顔をした青年が眠っていた。なるほど……こりゃ騙されるな。
「私はジェン先生を迎えに行ってくるわね。デバイスはそこに立てかけておいて」
「分かった」
不思議だ。俺はここにいるのに、ベッドに俺が眠っている。こうして見ると……認めたくはないけど俺って童顔だなぁマジで……。
デバイスを近くの椅子に立てかけ、そして手持無沙汰のまま、壁にもたれかかる。
おお……なんか凄い中二っぽいぞこの仕草! 鏡、鏡はどこかにないか!
その時だった。廊下から慌ただしい足音が複数響いて来た。
お? 先生が来たのか? 早くないか?
すぐさま扉が強く開かれ、そして――
「ユウキ!」
「ササハラ君!」
「ユウキ君!」
ジェン先生に続き、クラスメイト達が飛び込んできた。
ええ……もしかしてもうあのでっかい魔物倒しちゃったのかよ。
「騒がしい。場を弁えろ」
出来るだけ冷酷に、平坦な調子で言葉をかける。
「貴女は……そうか、夏休み中の……」
「SSクラスの担当教官殿か。見ての通りこの生徒は深い眠りについている。出来ればこの場所で騒いでくれるな」
「……眠っているだけ、なんだな?」
「そうだ。全員、病室から出ろ。このまま彼は本国に送還されるそうだ」
とりあえずみんな出ましょう? 後ついでにデバイス回収……ここに置いてたらどうなるか分からないし。
廊下に出ると、クラスメイト達がこちらに殺到してきた。
「ユウキの容態はどうなんですか!?」
「騒ぐな。私は医者ではない。片腕を欠損手前だ。応急手当は済んでいるがここでは満足に再生医療や魔術を受けられないだろうな。まぁ……英雄気取りで無謀な戦いに挑んだ以上、相応の覚悟はしていたんだろうさ」
あえて、皆の神経を逆なでする。俺が別人だと印象付ける為にも。
「英雄気取り……だと! 気取りじゃない、英雄だろ、ユウキは!」
「ならそう思うと良い。目が覚めたらそう言ってやるんだな。で……お前達は魔物の親玉と交戦中だとあの青年から聞いたが?」
「……残念ながら、深手を負わせた段階で海に逃げられました。我々には追撃する手段もなく」
「……そうか。まぁ、学生の身ならばこれで十分『良い経験』になったのではないか? ここからは私が引き継ぐ。お前達は担当教官と一緒にセーフハウスに戻ると良い」
そっか、逃げられちゃったか。海から直接上陸しようとしなかったみたいだし、ある程度知恵のある魔物だったのかね。
「私がもう少し魔力の配分を考えていたら逃げられなかったんですけど……」
「それを言うなら私もリスク承知で雷を浴びせていれば動きを止められたかもしれませんわ」
「そもそも、陸におびき寄せてから戦う方がよかったのかもしれないね」
「ああ……それにしたって、あの魔物は不自然だろ……なんでゲートから離れた場所にあんなのがいるんだよ」
確かにアラリエルの言う通りだ。つまりこれは……魔物がこちらで成長しているという事になる。魔物ってどうやって成長するんだ? まさかこれも研究の産物なのか?
「なんにせよ私は失礼させてもらう。ではな」
「……待って貰いたい!」
立ち去ろうとしたその時、一之瀬さんが目の前に立ちふさがる。
「貴女は……ユキさんではないのですか?」
「誰だ、それは。悪いが私にはコードネーム以外の名前はない」
「……では、何故魔剣とまで呼ばれた貴女が彼の部屋にいたんですか」
「ほう、随分と突っかかるな。私をユキという人物にどうしてもしたいように見える。理由はなんだ?」
「な……理由なんて……そんな……」
やば。別にばれてもいいけど、出来るだけ長居はしないほうがよさそうだなこれ。
「ミコト、やめろよ。ユキさんがこんな奴の訳がないだろ! こいつは……ユウキを『英雄気取り』なんて馬鹿にしたんだ、こいつの訳がない!」
あ、察し。なるほど……もしもユキが邪悪な人間なら、それを慕うカイが哀れだと思ったからこそ、真実を知りたかった訳ですねこれは……。これは俺の失敗だ。
「『英雄』とは……『犠牲者』の最も崇高な呼び方に過ぎない。仮に、あの場でこの青年が命を落としたら『英雄』と呼ばれたろうさ。『我が身を犠牲に町を守った英雄』とな。そんなもの……反吐が出る」
これが精いっぱいのフォローでございます……キャラを崩したくないので……。
それだけを言い残して、最後にデバイスを一之瀬さんに投げ渡し、今度こそ病院を後にする。
「持っておけ。命を救う場に殺しの道具は相応しくない」
さて……ここからはダーインスレイブとして、夜の闇に紛れて潜入捜査だ。
「ミコト……なんでアイツがユキさんだなんて思ったんだよ」
「……私は一度、あの人物が戦うところを見た事がある。信じられない強さを持つ、まさしく秋宮の魔剣の名に相応しい力を持っていた。……そんな人物が何人もいるとは思えない。背格好も似ているし、髪もそうだ。なによりも……ササハラ君は『ユキはたぶん地球にいる』と言っていたんだ」
ダーインスレイヴが立ち去って廊下で、クラスメイト達がその話題を口にする。
自分達の仲間を『英雄気取り』と小馬鹿にされ、少なくない怒りを覚えていた一同は、カイと同様、ダーインスレイヴに対して悪い印象を持ち始めていた。
だが――
「正直ユキって姉さんもさっきのヤツもよく知らねぇが『英雄』って言葉を神聖視してるところがあるよな、お前ら。案外さっきのヤツが言ってたのは的を射ているってヤツだぜ?」
「……そうですね。英雄とは、周囲に決められて初めて名乗る事が出来る物。そして……英雄と呼ばれる人間は二種類しか存在しないんです」
「そうゆうこった。『大いなる結果を残し生き残った人間』か『命を捨てて偉大な事をした人間』。そして少なくとも俺は前者を知らねぇ」
そう語るのは、グランディアという、地球よりも『英雄の生まれやすい』環境で生きてきた二人。
「……確かに、ユウキは立派な事をしたと思うけど、それで自分が死んじゃったら……本末転倒だよ。去年の今頃……あの橋の爆破でユウキは『英雄』って一部で言われたけれど……あの時だって一歩間違えば……」
「そうですわね。……もし、仮に先程の方がユキさんだとすれば、彼に対して厳しい事を言うのも一理あると思いますわ。どうやらそのユキという人物は……ササハラ君の姉のような人だそうですから」
「あ……それは……」
「そういうことだ。……やはり、彼女は……」
「まぁ……秋宮の裏の仕事を一手に引き受けているであろう人物です。あまり詮索するものではありませんわね」
そう結論付ける。ダーインスレイヴは、決してユウキを馬鹿にしているのではなく、その行動を咎めているのだと。
「……けれども、何故彼女はこの場所にいたのでしょう? 彼女は知る人ぞ知る秋宮の掃除屋……私達の研修に同伴させるにしてはいささか物騒ではありませんか? まるで……他の目的があってこの地にいたかのよう」
「それは……確かにそうだ。だが、ササハラ君は彼女……かはまだ不明だが、ダーインスレイヴがこの地に来る事を予期していたような気がする」
「そういえば……少し前にユウキ君……いえ、なんでもないです」
コウネは一瞬『理事長と進路について相談していた』とユウキから聞いた事を口にしようかとも思ったが、それを思いとどまったようだった。
それはまるで、ユウキになんらかの疑いを持ち、そしてそれを告げ口するかのようで気がとがめたのだ。
「ササハラ君は、恐らくこの任務に何か裏があるのだろうと考えていたのではないでしょうか。一之瀬さん、貴女はササハラ君の口から、直接今回の浜辺が怪しいと、そう聞かされたのですよね?」
「ああ。彼は、浜辺に展開されていた軍に懐疑的な感情を抱いていた。そして実際、あの場所に魔物が襲来した。……つくづく彼には頭が下がる思いだよ」
「……もしかしたら、なんらかの確信があったのかもしれませんわね。私も初日に彼と行動を共にしましたが……彼は真っ先に自分が調査したい場所を立候補したのを覚えていますか?」
「ああ、そういやそうだったか? それがなにか気になるのかよ」
「ええ。あの場所は、数ある調査候補地の中で、唯一軍の施設がある場所でした。そして彼は施設内部に入れないか、どうにか関りを持とうとしていた。ですので私もあの施設について調べようと思ったのですが……奇妙な事に、不自然な程内部の情報にアクセスが出来ない構造になっていましたの。まるで外部との物理的な情報網を拒絶するかのような構造でしたわ」
「それが何か問題なの?」
「……もし、ユウキ君があの施設になんらかの疑いを持っていたのなら……いえ、そもそもこの研修に何か感じる物があったのだとしたら……」
キョウコは思案する。研修初日、歓迎会を不自然に抜け出していたユウキについて。
それは、まるでユウキがこの研修を最初から疑っていたのではないか、という自分の推論を補強するかのようで。
「……まさか……ササハラ君は何かを知っていた?」
「というよりも、何かを知ってしまった、というべきかもしれませんわ」
「へぇ、ならもしかしたら、彼は『消されかけた』のかもしれないね?」
「ああ。じゃなきゃ、ユウキがあんな魔物相手に不覚を取るなんて考えられねぇ」
「な……! じゃあ、口封じ!?」
「ジェン先生は今、日本に直通する便をササハラ君の為に用意しに向かっています。ですので、無事に彼がこの場所を発ったのを確認した後に――」
クラスメイト達は、当たらずとも遠からず、という推論を広げていく。
それはただの子供の邪推なのか、それともユウキに触発された物なのか、はたまたツメを誤ったユウキの自業自得なのかはわからないが。
だが、彼女達の中では既に、一つの答えに辿り着こうとしていた。
『ササハラユウキは、なんらかの情報を知り、口封じをされかけた』という。
だがそれは、ある種ユウキへの妄信と、仲間が傷ついた事への怒り、何よりも『またしてもユウキだけが犠牲になってしまった』という、自分達への不甲斐なさへの反動が導き出した、誤った答えだった。
「……ジェン先生が戻って来たら、俺は動くからな」
「……まぁ、今回くらい俺もアイツの為に動くとするか」
「正直、リスクとメリットが釣り合っていませんけれど……そうですわね、私もあの施設については調べておきたいですわ」
「魔物の発生を軍が予知出来ていた可能性もあるんだからね。確かにここを調査するのは僕達に与えられた当然の権利……とも言えるかもね」
そして、彼等もまたそこへ向かおうとする。
秋宮の魔剣。そして世界におけるジョーカーが集いつつあるその場所へと。