表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/315

第九十九話

「終わったー!!!!」

「お疲れ様、セリアさん。いやー……ギリギリだったね」

「本当だよー……今日ダメだったら私、拠点待機要員になってたかもだからさー」


 五月も終わりが見えてきた頃、いよいよ実務研修に向けて各々が準備を始めていたこの日、ついにセリアさんが試験に合格したのだった。

 ……一番最後だったんです、彼女。


「実技は出来るんだよ? でも問題が意地悪すぎるんだよね……」

「あー……なんていうかほぼ揚げ足取りばっかりだよね」


 他の面々は既に免許を取得し、また俺はキョウコさんに頼んだバイクが既に納品されている。で、今日はあらかじめ海運会社に頼んで、現地にバイクを輸送してもらう手筈になっていた。

 なお、自前のバイクを持ち込むのは俺とアラリエルとキョウコさん、そしてジェン先生だ。

 他の皆は学園の備品であるバイクを一緒に輸送する事になる。


「でもこれで安心して研修に行けるな。じゃあ、そろそろ研究室の方に行こうか」

「だね。ジェン先生も大変だよね……今年はナーちゃんが研究室に所属してるんだもん」

「ああ……そういえば同じ国の出身なんだっけ?」

「あ、そっか。ユウキ知らない? 先生の家って『ファリル家』って言って、ドラゴニアの超名門なんだよ? 要人警護はほぼあの家に関わる人間の仕事だから、先生も内心ナーちゃん相手だと相当やりにくいと思うよ」


 ほー……そういえば、ナシアの護衛として付いていたのはジェン先生だったよな、去年。

 っていうか名門なのかあの人も。……アラリエルと良い、名門って感じしない人だよなぁ。


「さ、じゃあ行こうユウキ」

「あいあい。明後日はもう移動だし、軽く流す程度でやるかー」


 研修まで残り僅かな平穏な日々は、こうして今日も何事もなく過ぎていく。

 その裏で、もしかしたら世界の平穏が、均衡が崩れてしまうかもしれない事件が起きていたとしても。

 そうだよ、みんなにとっては日常の中にある些細な事件、学園の授業の一環でしかないんだ。なら……その些細な事件って認識のまま終わるように、俺が頑張らないと、な。






「イクシアさん、じゃあ行ってきますね。戻って来るのは最長で七日後になりますから」

「分かりました。ユウキ、研修中は外部との連絡は禁止されているのですよね……? こっそり電話するというのはやっぱり……?」

「はは……さすがにダメですよ。大丈夫ですって、しっかりバックアップも付いていますから」


 研修出発の日、イクシアさんに見送られながら家を後にする。

 別に、戻ってこられない可能性があるって訳じゃない。ただ世界が混乱するかもしれないってだけ。

 少なくとも、この大切な家族の元には戻ってこられるのなら……なんてね。

 冗談ですよ、無事に平和な世界を維持したまま戻って来ます。

 ただ……どう転がっても『俺が負傷した』っていう形の報告になるじゃないですか!

 くそう……最近イクシアさんに心配かけてばかりだ。


「ユウキ!」


 そう考えていたその時だった。家を出た俺を追いかけるようにイクシアさんが駆けてきて、そのまま背後から強く抱きしめられた。


「……なんだか、少しだけ胸騒ぎがします。くれぐれも……気を付けて下さいね。何か、巨大な力が貴方に迫っている、そんな予感がするんです……私の勘はよく当たるんです、こういう悪い予感に限って」

「……分かりました、何かあったら全力で逃げてきますね」

「はい、必ずですよ? 約束です」


 それは魔法なのか、親としての勘なのか分からないけれど。

 いつもと様子の違うイクシアさんに、俺は改めて気を引き締めるのだった。








 息子の後ろ姿が見えなくなるまで、いつまでも家の前に立つ。

 悪い予感……いえ、力への予感です、これは。

 生前……二度ほどこういう『生物の本能』のような、巨大な力への予感を感じたことがある。

 それは……どちらも外れることが無かった。ただ……それは悪い出来事の前触れではなかったのだけれど。


「何かが……何かが起きる……ユウキ、どうかご無事で……」


 家に戻り、ソファに一人座り込みながら、最近の心境の変化、そして己の変化について考える。


「こんな予感をしてしまうなんて……ますます生前の力に近づいてきているのですね……」


 軽く、指先に魔力を込める。すると、三本の指に同時に魔法の兆しが現れる。

 青い炎。色を持つほどに濃密な魔力をはらむ緑の風。そして……紫色に輝く小さな雷。

 私の、三つ目の属性。この世界に生まれてから再現出来ないでいた、最も得意だった魔法。


「もしも十全に力が使えるのなら……ユウキを連れてどこか遠くの地に逃れてでも……」


 時折、全てのしがらみを捨て去り、ユウキと人里離れた地で二人で暮らせていけたら、と思う事がある。

 でもそれは私のエゴであり、ユウキに不自由な思いをさせる事にもなる。

 なによりも、それはリョウカさんへの裏切りであり、この世界へ迷惑をかけることにもなる。

 これは私のとびきりのエゴ、思いの暴走だ。それほどまでに私は、ユウキを愛してしまっている。

 だからこそ……この予感が不安でならないのだ。この『まるでもうすぐ世界が滅びる』とでもいうような、逃れようのない不安が。








「飛行機ってマジで速いよね……さっき下の方にハワイ諸島見えたんだけど」

「そうですわね。確かササハラ君や一之瀬さん、吉田君は去年の夏休みにあの辺りに行ったのでしょう?」

「うん、そうだよ。まだ二時間ちょっとなのにほんっと凄い速度」

「まぁ今回の飛行機が軍用機だから、というのもありますわね。どういう訳か今回は通常の旅客機ではなく、アメリカ側の用意した物でしたから」

「なんかうっすらと光? みたいな物も見えてきた……」

「まぁ実際に着くまではまだかかりますけれどね。……最新鋭の輸送機を学生の運搬に使うというのは、いくら秋宮と言えど考えられませんわ。アメリカは、日本やアジア圏内よりも秋宮の影響力は少ないはず……それだけ今回の任務に注目しているということかしらね」


 そのぼやきに、俺は俺だけが知る事情に思いをはせる。

 やはり、こちらの事を監視したいのだろうな、と。


「去年、ハワイ諸島で起きた事件については私の方でも調べました。どうやら秋宮の猟犬……『ダーインスレイヴ』と名乗る兵が現れたそうですわね。いえ……初お披露目、といったところでしょうか」

「ああ……俺は直接戦うところは見ていないけど、テロリストをほぼ皆殺しにしたって聞いたよ」

「ええ。そして、その後アメリカ軍にどういう訳か極端に警戒されている、とも」

「そうだったんだ……」

「今回の件、私達が思っている程簡単な任務ではないかもしれませんわね。さもすれば、秋宮の主戦力が投入される可能性もあります。この輸送ももしかすれば、そういった事への警戒も兼ねた措置かもしれませんわね」


 ……なんというか、キョウコさんってたまに鋭すぎて、逆に秋宮に消されるんじゃないかって思う事があるんですよね。

 大丈夫? 『お前は知り過ぎた』とか言われない?




 そうして俺達は、無事に目的地であるマイアミ国際空港に到着した。

 すげえ、聞いたことあるぞマイアミって。


「では、これよりこちらの軍が手配して下さったバスによる移動を開始する。皆、くれぐれも礼節を守って行動するように。他国の軍に対して、くれぐれも下手な真似をするんじゃないぞ」

「あいよ。軍人ねぇ……そういや日本にはいなかったな」


 そういえば、この世界でも日本には軍隊ってないよなぁ。まぁ大きな企業が抱える私兵団はかなり多かったらしいけど。秋宮とかその最たる例だ。

 こちらが固まり移動しようとしていた時だ、軍服ではないがいかにも軍人の正装って感じの衣装を身に纏った男性がこちらに近づいて来た。


「失礼、シュヴァインリッターの皆さんであっていますか?」

「はい、我々は学園の者です。そちらは?」

「やはりそうでしたか。私は今回、そちらの実務研修のサポートチームの総指揮を任せられている『デイヴィッド・スチュワート』と申します」


 そう言いながら、何やら身分証のような物を見せる男性。

 おお……軍人さんだ本物の。洋画でしか見た事ないって……。


「これはこれは……ご足労をおかけして申し訳ありません。今、そちらのバスに移動しようとしていたところでした。申し遅れました、私は――」


 お互いの身分を明かしたところで、俺達は空港に横付けされていた、やたらと頑丈そうな……明らかに一般の車道を走っていないであろうごっついバスに乗せられる。

 しかも、中には既に軍人さんが、マジの軍服を着て数人乗り込んでいるっていう。


「では、私は他の車に同乗して先導します。お前達、くれぐれも秋宮の生徒さん達に御迷惑をかけるんじゃないぞ」


 すると、軍人さん達からあの有名な『さーいえっさー』の声が……感動した。

 だが……一人、気になる人がいる。恐らくこのバスに残る軍人さんの中でも立場ある人のようだが……見覚えがある。どこでだ……?


「では、これより任務地であるセブンマイルブリッジへと出発します。貴方達のバイクは、既にセーフハウスとして借り受けた島へと輸送済みですので」

「どうせなら空港に置いておいて欲しかったな、俺は。噂の橋で転がしてきたかったのによ」


 アラリエルお前恐れ知らずすぎるだろ。


「ふふ、気持ちは分からなくもない。確かに今日は風も少なく日差しも強すぎなかった。君達は良い日に来たと言えるな。明日も快晴という話だ、存分に飛ばしたまえ」

「お、わかんじゃねぇか話が。窓にも鉄格子はめられて、まるで俺達の事、監視してるじゃねぇかって思ったぜ? 安心したぜ、アンタみたいな人が一緒で」


 おっと……中々鋭いなお前も。すると、軍人さんはややオーバーなリアクションと共にそれを否定した。


「まさか、大事なお客人に万一があったらいけないというだけだ。ここは、日本と比べて多少は安全度が下がってしまうからね?」

「なーるほどな。まぁそれで納得しといてやる」


 他の軍人さんがアラリエルの態度に少し顔をしかめていたが……ごめんなさいこれはこっちが悪いですね。


 そのままバスが走り出すが、別段車内の空気が悪くなったりはしていなかった。

 むしろ、アラリエルのおかげで『俺達が子供』っていう認識が生まれたくらいだ。

 ……まぁ、それで逆に困ってる生徒もいるんですけどね?


「へぇー君達ヒューマン組はまだ一〇代なのかい? もう立派なレディに見えたよ」

「ありがとうございます。ですが、紛れもない子供、学生の身ですので、それに見合う対応をしてくださると助かりますわ」

「おっと……そうだったね」


 女性陣が軽い感じで軍人さんに話しかけられておりました。

 あとジェン先生が露骨にナンパされてる。注意しないんかい責任者さん。


「おい、あんまり私の生徒にちょっかいだすなよ。これでもお前達以上の化け物揃いだ」

「ははは、了解だよセンセイ。しかし、シュヴァインの関係者は美人しかいないんですかね? 今夜歓迎の証として細やかなパーティーを開くつもりなんですよ」

「……随分、浮かれているのだな? 我々は任務で来ているというのに」


 ……なーんか、不自然なくらいフレンドリーなんですよね、この人達。


「……なんか雲行き怪しいんだよな」

「そうですか? 結構晴れてると思うんですけど、お日様だって綺麗に見えますし」

「コウネさん……いやまぁそうなんだけどさ」


 どこかほんわかと周囲の様子を見ていたコウネさんが、またしても気づかぬうちに隣に腰かけた。が、それとほぼ同時に、今のままでキョウコさんのところにいた軍人さんがやってきた。


「君も随分とキュートだ。グランディアから来たのかな?」

「そうですよ。日本語、お上手ですね?」

「まぁ、軍人は皆グランディア対策として学んでいるからね。ん? そっちの君は誰かの弟かな?」

「は? 失礼じゃないですか、同い年ですよ。あんまりおちゃらけた『雰囲気』作るのに必死だと逆に疑わしいですよ」


 もう俺の中で今回の任務に関わる人間全員が『裏の事情の関係者』って認識なので、心なしか対応が厳しくなってしまっている。


「うーん、まぁお堅い任務じゃないから、ハメ外してるのは否めないな。そうか……同い年か……てっきり飛び級かなにかだと思ってしまったよ。そっちにはそういう風習がないんだったかな?」


 ないです。

 一九才なんですけど! しゅヴぁいん……の学園? に通ってるんですけど!




 セブンマイルブリッジが巨大だとは知っていたが、本気で海上都市と日本本土を結ぶ橋より大きいんですねこれ。

 バスで走りながら、海面に映る夕日の美しさとどこまでも続く橋に思わず感嘆の溜め息が出てしまいましたよ……俺以外から。

 こんな綺麗な海なのに、魔物が潜んでいるのか……。


「凄いですよねぇ……確かこの先の島でしたよね? 橋から直接島にいけるんでしたっけ?」

「そうらしいよ。確かにバイクで走りたくなる気持ち分かるなぁ……」


 俺が持たされている、魔力の異常を察知するセンサーに反応はない。

 これ、なんで金属探知機にひっかからなかったんだろう? 魔法関係の物も探知機にひっかかるはずなんだけど。

 バスが橋から伸びる下り坂を通り、一つの島へと向かって行く。


バスが停まると、まるで大きな平屋のような、なんとも海外チックな、庭でバーベキューパーティーでも出来ちゃいそうな大きな家が見える。


「ここが、皆さんに使って頂くセーフハウスとなります。まもなく完全に日も落ちますが……時差の関係でまだ本調子ではないでしょう? 任務ではありますが……せめて今日くらい、慰労と歓待の宴を開き、そこで疲れを癒して貰いたいのですが」

「まぁ確かに星も見え始めたからね。僕は本場のバーべキューを堪能したいかな、ジェン先生」

「……まぁ、今日くらいは許可します。明日以降はしっかりと締めていきますからね、我々も」

「勿論ですとも。よし、お前達。ジェン先生の許可を得た。本格的に宴の準備を始めろ! バーベキューを御所望だ!」




 本当に準備が良すぎる。軍人さん達が一斉にバーベキューコンロをどこからか庭に運び出し、あれよあれよという間に本当にバーベキューパーティーが始まってしまった。

 あー……こりゃ確かにみんなテンションあがるよなぁ……しかも肉体年齢が二〇超えてる組、つまりアラリエルとセリアさんにいたってはビール飲んでるし……。


「……たぶん、これが自然な流れなんだろうな。任務とはいえ学生の研修。それに……協力する軍人も半ばおもりのようなものって意識なんだよな。歓待の宴だって普通ならしてもおかしくない……か」


 まさにアメリカンなサイズの肉塊を目の前に、嬉しそうにナイフを使い切り分けるコウネさんと、自分にも寄越せとせがむアラリエル。地球のビールに舌鼓を打ちながら、ジェン先生と話し込んでいるセリアさん。カイは一之瀬さと一緒に串に野菜を刺しているし、カナメは星を眺めながら優雅に肉を片手に座っている。

 もし、俺も何も知らずにこの時間を楽しめたら、どれほどよかっただろうか。


「……行くか」


 俺は、この宴の席からいつのまにか消えている『スチュアート』さんを探すべく、俺達のセーフハウスから離れた場所にある、軍人さん達のセーフハウスへと向かうのだった。


「探知機には反応……あいかわらず無しか」


 軍のセーフハウスに向かうも、明りはついておらず、無人のように見える。

 それでも、俺は屋根へと上り、静かに家の中へ侵入できる排気ダクトへと潜り込む。

 中はいたって普通の一般家屋、ただ軍の備品と思われる通信機や装備がところどころに置かれているが、それだけだ。

 俺の杞憂か?


「……いや、違うな」


 かすかに、本当に微かに声がした。セーフハウスの、窓に面していない部屋を探す。

 そうして奥へ向かうと、扉の隙間から暗い廊下に光が漏れている場所を見つけた。

 すかさず、さらに気配を殺し、足音を殺し、扉に近づき耳を澄ませる。


『一部の生徒と引率の教師はまだ若干の警戒の色が見えます。……はい。アラリエル・コウダとジェン・ファリル。そして件のユウキ・ササハラです』


 まだ俺は名乗っていないが、しっかり名前は把握済み、と。

 あとアラリエルはその苗字つけられるとキレちらかすぞ。


『ええ、何も知らずにバーベキューですよ。このまま、魔物の処分を任せて無事に帰国してもらうつもりです。……恐らく、明日以降はもう少し態度も軟化するでしょう』


 このスチュアートさんだけが、裏に関わっているのだろうか?

 もう少し話を聞きたいが、別段ただの定時報告のようにも聞こえる。これ以上深く立ち入るのは現段階では危険か。それにまだ、証拠となるような事は何も言っていない。


「……戻るか」


 セーフハウスを脱出した俺は、何食わぬ顔でパーティーに戻る。

 アラリエルが酒瓶片手に軍人さんと何やらゲームをしており、セリアさんは今度はビールでなくワインを飲みながらカナメに絡んでいる。

 一之瀬さんはカイと一緒に今度は肉を焼いているし、ジェン先生は少しだけ表情を緩め、軍人さんと一種にビールを飲んでいた。

 もしかしたら、こっちの軍人さん達は本当に何も知らないのかもしれない、な。


「どこに行っていたんですの?」

「うお!? キョウコさんこそどうしたの?」

「ササハラ君の姿が見えなかったので。外から戻って来た様子でしたけれど?」

「ああ、ちょっと海外の自動販売機ってどういうのがあるかなって探して来たんだけど……見つからなかったよ」

「日本くらいですわよ、道端に自動販売機が置かれているのは。小さな商店にでもいかないと買えませんわ」

「マジでか……文化の違いに疎かった……」


 俺も、随分と言い訳に慣れてしまったなぁ、と思いつつ、キョウコさんとパーティーに戻る。

 じゃあ俺も本場のバーベキューを頂きますね。とりあえず……野菜食べたい野菜。






 研修二日目。とはいえ実質初日なのだが、俺達はまず二人一組で行動することになった。


「今回、既にこちらの軍が魔物の出現報告のあった地点をマーキングしてもらっている。お前達はその周辺の調査、および魔物と遭遇した場合は討伐、こちらに報告するように」

「該当地域の島には既に軍が展開しています。君達は許可を与えているので自由に行き来出来ますが、現在この海域の島々は、自由に住人が出歩くことが出来ません。また、我々では魔物の討伐に大規模な重火器、部隊の展開が必要となります。出来るだけ、周囲の人間に影響を出さずに討伐を行いたいから、という事で今回はそちらに協力を要請しました。その事を念頭に入れ、任務にあたってもらうと助かります」


 なるほど、つまり静かに殺せと。


「では組分けをする。まずキョウコ、お前はユウキとだ」

「分かりました」

「了解でっす」


 なるほど、キョウコさんか。これは後衛前衛を組み合わせてるって事かね。


「アラリエルはカイとだ」

「あいよ。カイ、少し俺のバイク乗ってみていいぜ」

「マジでか!」


 こいつら……完全にツーリング気分だな?


「カナメはコウネと組んでもらう」

「よろしく、コウネさん」

「宜しくお願いしますね」


 うん、この二人はたぶん大丈夫。途中で誰かさんが買い食いしようとしなければ。


「一之瀬はセリアと頼む。また、セリアと一之瀬には一番遠い島を担当してもらうつもりだ。……二人とも、バイクに慣れて貰いたいからな」

「あはは……了解です」

「承知しました。……やはり慣れないんだ……私は」


 バイク苦手組……実は一之瀬さんも免許ギリギリだったんですよ。主に実技の成績が悪くて。意外だ。


「では、現地時刻一七時を目途にセーフハウスに戻るように。また、魔物と遭遇した場合は速やかに情報の共有をするように」


 そうして、俺達はこの大きすぎる橋へと向かい、それぞれのバイクに跨るのだった。




「セリアさんと一之瀬さんはどこに向かうか決められてるんだよね? じゃあ俺達はどうしようか」

「あん? じゃあ俺とカイは次に遠いところ希望だ。走りてぇ」

「だな。アラリエル、後で一回バイク交換な」

「まったく……これは任務なんだぞ、二人とも」


 どことなく、旅行のような緩さがある任務……とでも思っていそうなアラリエル。

 実際、ただの討伐任務なら、俺達にとっては朝飯前だ。

 俺は、一先ず渡されたマップの中から、最も『それらしい』場所を希望する。


「俺とキョウコさん、この島の調査を希望していい?」

「あら? どうしてこの場所なんです?」

「ほら、一つの島に目撃情報が密集してるよね。それだけ数が多いんだろうけど、同時にほら、これ米軍の施設じゃない? 協力してもらえるなら負担も減りそうだし」

「……なるほど? では、私とササハラ君はここに行きたいと思います」

「では、私とカナメ君はここですね! 一番栄えている場所ですからねぇ……観光向けのお店とかあるでしょうか?」

「あると思うよ。でも、それだけ一般の人間に被害が出るかもしれないって事だから、気合いれないとね」

「もちろんです。ふふ……海辺の観光地……飲み物がメインでしょうか」


 うん。完全にこの人観光気分だ。気持ちはわかるけど。俺も浜辺でブルーハワイみたいなの飲みたい。


「では、出発しますわね」

「了解」


 新品のバイクは、既に一度だけ乗ったのだが、やはり俺の身体でも問題なく扱う事が出来る。

 デザインも良いし、カラーリングもメタリックグレーで渋いし俺好みだ。

 そして……キョウコさんのバイクは、アラリエルのバイク同様、物凄くごつい……カラーは白で綺麗なんだけど、あきらかにシルエットがごつい。

 エンジン音は綺麗だけど。


「あー……風が気持ちいい……」

「元気ですわね、ササハラ君。私はまだ少し時差ボケで頭が重いです」

「ありゃ……じゃあ島に着いたらちょっとだけ休憩しようか? コーヒーでも買って」

「そうですわね、本格的な調査の前に飲んだほうがよさそうです。……ササハラ君はこういう体調の変化、調整に慣れていますのね」

「ん-……元々不健康な生活を高校時代続けていたからかな」


 おっと。もしかしてキョウコさん、俺の事少し気にしてる? 警戒的な意味で。

 まぁ、昨日はごまかせたと思っていたけれど……正直キョウコさん相手だと無理かなぁとは思っていたんだよね。


「風を浴びていれば、少しは気持ちも晴れますわね」

「うん、そうだね」


 周囲を美しい海に囲まれた大きな橋を、バイクで疾走する。

 シチュエーション的にはこれ以上ないくらい清々しい物なのだが、俺の心は少しだけ、本当に少しだけ……曇っていた。




 上陸した島で、俺達はすぐにバイクを軍の関係者に預け、魔物の報告があった海岸沿いを調べて回る事にした。

 砂浜……という訳ではなく、どちらかというと遠浅の海という感じだ。ただ、明らかに水がきれいで、もう岩場だろうがなんだろうが泳ぎたくなるほどなのだが。


「魔物ねぇ……軍の施設があるのなら、結構な数処分されてるんじゃないかな、魔物も」

「そうですわね。調べたところ、この島にある施設はまだ建造されてから三年程しか経っていないらしく、元は海軍の倉庫、ガレージだったようですわね」

「今見た感じだとだいぶ軍人さんが詰めてる感じだったけどね」

「恐らく、魔物対策の前線基地、のようなものなのでしょう」


 話を合わせながら、俺は自分の太ももから脇腹に掛けて、まるで誰かが内側からノックでもしているかのような感覚を味わっていた。

 ……探査機が、反応を示していたのだ。つまり……あの施設、元はただのガレージ、物資置き場だった施設が、今は別な事に……前線基地ではなく、なにかグランディアがらみの研究をしているのだと、確信していた。


「一応、施設の方に話しを聞きに行けないか試してみようか」

「そうですわね」


 ……少なくとも俺が調査すべき場所の一つって事は間違いなさそうだな。

 徐々に強くなる探査機からの信号を感じながら、俺達は施設へと向かうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ