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第九十八話

 五月に入り、新入生も本格的に講義が始まり、新年度特有のどこか浮ついた空気も落ち着いた頃、俺達SSクラスは通常の講義の他に、自動二輪の免許を取るべく、夕方以降の専門授業を受けていた。


「うー……難しいよ道路交通法……地球の規則って物凄くたくさんあるよね……」

「ですねぇ……キョウコさんはともかく、アラリエル君はよく合格出来ましたね」

「あん、どういう意味だコラ」


 グランディア組はやはり苦労しているようですな……俺とカイはモチベーションが高いので、割と余裕ではあるけれど。


「ふふ……いずれ必要になるとは思っていたが、まさかカイに勉強を教わる日が来るとはな」

「僕もそのうち取らなきゃって思っていたから、丁度よくはあったんだけどね」


 カナメと一之瀬さんは、そこまでバイクに興味はない様子だったのだが、任務に必要な以上、サボるという事はないようだ。そして、そんな俺達の監督をしてくれているキョウコさんはというと――


「ササハラ君。これなんてどうでしょうか。元々女性用に開発された物ですが『デザインがあまりにも可愛らしすぎる』という声を受け、こういった男性向けのデザインに寄せた物なんです。カスタマイズ性も高く、オフロードでも問題なく運用出来ますよ。ただ在庫も少なく、一部カスタムにはオーダーメイドのパーツが必要になりますので少々値段が張るのですが」


 絶賛宣伝中です、俺に。

 どうやら週末にお父さんが学園に来ていたらしく、バイクの話をしたら『是非ユウキ君に我が社の製品を使わせるようにしろ』と言われたのだとか。

 まぁ正直贔屓のメーカーもないし、別にキョウコさんのところで買うのもやぶさかではないんですがね。


「おー、いいね。タンクの換装含めてフルカスタムにしたら大型と変わらないねこれ。じゃあこれにしようかなぁ……」

「フルカスタムですの? 正直、自社製品ながらかなり値段が張るのだけれど……」


 ですね。普通に高級乗用車買ってもおつり出てくるレベルですねこれ。


「大丈夫、注文書作るよ。実は結構色々なバイトしてるんだよ」

「……まぁ、そうなのでしょうね。貴方ほどの能力のある人間を、間接的とはいえ秋宮は手元に置いている……さぞや有用なデータが取れるのでしょう。正直羨ましいわ」

「ははは……そういうことです」


 納得してくれてよかった。

 ともあれ、俺達は概ね例年通りに平和な日常を過ごし、実務研修に向けて勉学に励んでいたのだった。


「よーし終わり! 技術考査明日だっけ? 俺とカイは明日の教習終わったら試験だよな」

「だな。たぶん普通に受かりそうだから、そしたらミコトにつきっきりで教えられるぞ」

「そ、そうか……頑張ってくれ、カイ。それにササハラ君も」


 あれだろ、どうせ君らはそのうちツーリングデートでもするんじゃないんですかね。


 勉強終えた俺は、その足で理事長の元へと向かう。

 そろそろ実務研修が近づいて来たからと、本格的に任務の内容を詰めたいとかなんとか。


「失礼します」


 ノック四回、扉を開く。すると――


「ああ! せっかく磨いたのに!」

「経費でこんなもん作る暇あったらもうちょい食堂の設備に金かけろ。こんなガラクタ溶かして売った方がいいだろうが」

「そんなー! 私の黄金豚がー!」


 ……リョウカさんとヨシキさんが、金色の豚の置を物取り合いしてました。

 ええ……なにしてるんですか二人とも……。


「あ、あの……呼ばれていたと思ったんですけど」

「は! よく来てくれました、ユウキ君」

「よく来たな青年。とりあえず扉を閉めてくれ」


 まるで先程のやり取りをなかった事にするかのような調子の二人。

 そして、今回も扉を閉めると同時にシャッターが閉まり、完全な密室になる理事長室。


「今回は具体的な任務内容、及び必要になる装備の説明や、ジョーカーとの連携についての打ち合わせです。丁度学園に来ていたので、彼にも来てもらいました」

「大体一月ぶりだな、青年。随分と面倒な役目を回してしまったな、今回は」

「い、いえ……。その、任務の内容について説明をお願いします」

「分かりました。まず、ユウキ君には『自由に動ける秋宮の研修生』として、異常のあった地域の調査を行って貰います。これは研修の内容にそった物なので、怪しまれる事はないでしょう」

「補足だが、一応ゲートの発生地点を予測する為のソナーを君に託す。本来なら俺や、俺以上に魔力察知に長けた人間を派遣して調べられたらてっとり早いんだが……俺も、その人物も警戒されている。満足に調査出来ないんだ」


 そう言いながら、ヨシキさんが小さい携帯端末のような物をこちらに投げ渡して来た。


「ちょ……乱暴に扱わないで下さいヨシキさん。それ、どれくらい予算が掛かっていると思っているんですか」

「そうなのか? まぁ、使い方は簡単だ。明らかに魔力濃度が高い場所に入ると、ソイツから所持者の体内に信号が流れる。骨伝導のような物だな、周囲に気づかれないから安心してくれ」

「なるほど……じゃあこれを持って怪しげな場所を見て回るだけで良いんですね?」

「そうなります。そしてここからが問題なのですが……なるべく自然な状況で、ユウキ君は研修を離脱してもらいます。ベストとしては、魔物と遭遇、そこで負傷する事で戦線離脱……という形なのですが」


 そうか、魔物との戦闘も想定されているんだったな、今回は。


「だが、無理がある。報告によると、目撃されている魔物は去年君達が魔力プラットフォーム建設予定地で戦った鮫のモンスターと同型だ。それ相手に負傷するなんて、正直不自然だろう? 俺が手に入れた情報によると、君はあの魔物数体相手に、無傷で瞬殺したとある。負傷する余地があるのか?」

「……どこで手に入れた情報ですか……」

「秘密。俺に隠し事は無理だ」


 確かに……俺どころかクラスメイトがあの魔物に後れを取る姿が想像出来ないかも。


「なんとか、それらしい状況を作れないか試してみます」

「ええ、こればかりは現場のユウキ君に任せるしかありませんね」

「そうだな。俺は実際に動けるようになるまで、離れた場所にいるから協力は出来ないが、君が何か証拠を外部に送信出来た段階でそちらに急行する」

「ええと……そうなるとヨシキさんが俺と合流するまで、結構なタイムラグがあると思うんですけど……俺はその研究所? 秘密基地? みたいなところから離脱した方が良いんでしょうか?」

「いや、一瞬で着く。大体四秒くらいで着くから安心しろ」

「ドウイウコトナノ」

「くく、まぁ俺はそういう事も出来るって事で納得してくれ」


 もうやだこの人デタラメ過ぎる。


「ユウキ君は負傷した後、私が手配してある病院に運び込まれるように手筈は整えておきます。そこで、身代わりとなる人間がユウキ君に扮し、輸送機に運び込まれる事になりますので、その現場を変装した貴方と……そうですね、ジェン先生にでも見て貰えば証拠としては十分でしょう」

「正直無駄な段取りだとは思うがね。だが、これは君がただの生徒であると周囲に思わせる上では必要な段取りでもある。君は……生徒でいたいって事で良いんだろう?」

「……はい。これは我儘ではなく、この先もSSクラスに所属するという、リョウカさんからの指令を遂行する為の行為だと俺は思っています」

「……そうか」


 少しだけ、心がざわめく。

 俺は生徒としてみんなと一緒のクラスにいる。けれどそれは……裏の立場に立つ人からすれば『どっちつかずなままの人間』と思われても仕方ない事なんだと理解した。


「……彼は、私がこちら側に半ば強引に引き込んだ子です。あまりそういう事は言わないで下さい」

「……そうだったな。悪いな、青年」

「いいんです、ヨシキさんの立場からしたら、俺は不安要素みたいな物なんですよね」

「ああ、正直な。しかしまぁ……前は色々言ったかもしれないが、正直君が秋宮を裏切るとは思っていないさ。なんたって……あの子の息子だからな」


 すると、どこか隙を見せないように鋭い表情をしていたヨシキさんが、表情を緩めながらそう語った。

 あの子? イクシアさんの事だろうか? ……何故あの子呼び?


「んじゃま、俺は君からの連絡が来るまで、アメリカ西海岸で地平線を眺めながら優雅にコーヒーでも飲んで過ごすとするかね」

「なに柄にもなく意識高い事言ってるんですか……サードウェーブ発祥地じゃないですか」

「西海岸から四秒でこっちに来られるんですか……」


 本当、つかみどころがないというかなんというか……。


「ところで、今はバイクの免許を取るのに勉強してるらしいじゃないか。どんな調子だ?」

「ええと、とりあえず俺は問題なく来週中に免許とれそうですね」

「そいつは良かった。恐らく現場はセブンマイルブリッジから途中で降りた先にある島だが、研修中は島を渡り歩く事になる。どうしてもボートでの移動は不便だからな、ああいう移動手段が必要になってくる。バイクはどうするんだ? この学園のポンコツを使うのか?」

「ポンコツとは失礼な! 一応、二年に一度は新調している我が社の主力製品ですよ」

「任務に使うにはお上品が過ぎる。さっきこの学園の駐輪場に良い感じのマシンが停めてあったぞ。ああいうのにしたらいいんじゃないか?」

「……違法改造すれすれの品にしろと言いますか」


 あ、アラリエルのバイクの事だ。やっぱり性能良いのか、ヨシキさんの目から見ても。


「一応、オーダーメイドのマシンをキョウコさんに頼んで注文する事にしましたよ」

「ふむ。リョウカ、喜べ。お前の未来の部下は上司のグループに忖度する事なく、自分の為に最良の選択が出来る骨のある人間らしいぞ。俺もUSHのバイクに乗ってるしな」

「く……! 我が社はデバイスにこそ重点を置いているんです……! それに我が社のバイクは一般の人間向けの製品がメインですから……」


 なんかすみません……。


「……まぁ、緊張していないようでなによりだ。どうせコイツの事だから、君を追い詰めるようなやり方をしたんだろうと思って心配していたが、その様子なら大丈夫そうだな」

「ははは……ご心配おかけしました。任務について大体の流れは理解出来ました。では最後に……施設に潜入した後についてはどうしましょうか?」

「証拠を見つけるまでは、あくまで貴方は密入国の侵入者です。可能な限り見つからないように行動、見つかった場合は高負荷のスタンモードをオンにした武器で相手を無力化してください」

「そして俺に証拠を送信した後は……俺同様、君にも大義名分が与えられる。『世界の条約を破り、親愛なる隣人グランディアに不当な力奪行為を行う悪しき国の人間を殺しまわる』大義名分が。殺せ、邪魔する者は誰だって。秋宮の魔剣の恐ろしさをしらしめてやるんだ」

「っ! ……了解しました」


 やっぱり、そうなるのか。


「……まぁ任意だがね。スタンで済ませても良いさ。だが、それがどんな結果を生んでも恨みっこなしだ」

「……だから、あまり私の生徒を困らせないで下さい」

「前から思っていたが……リョウカ。彼は君の生徒なのか? それとも未来の部下なのか? どっちなんだ? せめてお前だけは彼の立ち位置、扱いをはっきりさせておいた方が良いんじゃないのか?」

「大丈夫です、殺します。俺は……殺せますから」


 正直、俺の周りにいる大人は、俺に対して親切で優しかった。

 それは勿論俺の力、イクシアさんに配慮した結果なのかもしれないけれど、それでも優しかった。

 けど、この人は……ヨシキさんは厳しい人だなって思った。

 凄く厳しい。どこまでいっても『俺を一人の人間、秋宮の人間』として扱おうとする。

 それは厳しく恐いことだけれど……たぶん、必要な事なんだろうなっていうのは俺も理解出来た。


「……では、抹殺を。世界間に戦争の火種を生もうとする人間に容赦はしないでください、ユウキ君……いえ、ダーインスレイヴ」

「了解しました」

「……お前より余程覚悟が決まっているな、リョウカ」

「……はい。ユウキ君、この道は遠からず……貴方の行く道を他の生徒の皆さんとたがう事になるかもしれません。引き返すことがもう許されない場所に貴方は来てしまっている。その事を……言っておきます」

「……俺もそんな気がしていました。でも……誰かがやらないといけない事、なんですよね。それに……少なくともリョウカさんは、地球とグランディアの関係が壊れる事を……ヨシキさんの言う『正しく起きた戦争』っていう道に進まないように尽力しているって分かります。俺も、イクシアさんの故郷が、折角手を取り合えた世界と仲違いするのは嫌ですから。俺『グランディアを含めた今のこの世界』が本当に大事なんです」


 ニシダ主任は俺に『いつでもこの道から抜け出せる』と言っていた。

 たぶん、あの頃なら戻る事も出来たんだと思う。でも俺は秋宮の為、ひいてはグランディアと地球の関係が壊れない為に動く事を『自分の役割』のように思うようになっていた。

 きっと、今回の任務が俺の分岐点なんじゃないかなって思う。


「本当に、難儀な世界だな……この世界は。青年、君の覚悟に俺も応えると約束する。君が成果を出すのなら、俺は最大限の力を以って、馬鹿な考えを持つ国を抑え込んでみせる。それがたとえ……俺が世界全てに畏れられる事になるのだとしても」

「はは……正直ヨシキさんの力がどれほどの物なのか、想像が出来ないのでイマイチピンとこないんですけどね」


 学園の一室で話した内容が、もしかしたら世界の在り方を左右するのかもしれないと思うと、なんだか不思議な気分になってくるよ。








 ユウキが退室した理事長室で、リョウカとヨシキが再び部屋を密室にし、言葉を交わす。


「たぶん、想像以上にあの子は歪んでいるぞ、リョウカ」

「そうでしょうか? 確かに少々歪な部分は見受けられます。ですが……それを取り繕い、他者を思いやれるまっすぐな心の持ち主だと私は感じました」

「……違う、そういう事を言っているんじゃない。『この世界に対して歪んでいる』って話だ。俺やお前と同じように」


 ヨシキが口にする歪み。その言葉の真意を読み取ったリョウカは『まさか』と口にする。


「恐らく、今になって覚悟が決まって来たんだろう。だから気が付かない。いや……そもそもお前があの青年を見つけた時にはもう、徐々に適応しようとしていたのかもしれないな」

「と、言いますと?」

「簡単な話だ。『地球とグランディアが手を取り合えなかった今とは違う世界を知っている』かのような物言いだっただろう? それに……あの青年の戦闘映像をいくつか目を通して分かった事がある。あれは……『ゲームの再現』だ」

「っ!? まさか!?」


 確信。この世界では誰も気が付かない筈のソレに気が付くヨシキ。そしてその言葉を理解したリョウカもまた『それを知っている』という事に他ならなかった。


「『ササハラユウキ』は、魔法も魔力も異世界も存在しない『あるべきだった世界』から迷い込んだ人間という事になる。……俺と同じでな」

「……薄々、そんな予感はしていました。……やはり……歪みの原因は私、なんですね?」

「そう、だろうな。今から約六〇年前、本来の歴史では存在しなかったゲートの顕現。それにより地球の歴史は分岐し、本来交わる筈の無かった世界どうしが交わった。その弊害の一つが彼なのかもしれないな」

「……そして、ゲートが生まれたのはグランディアに住む愚かな研究者の責任。つまりは……私達ですね」

「……ああ。もうそろそろ『本来の総帥に座を明け渡した方が良いかもしれないな』」

「そう、ですね……年齢的にも、そろそろ仮面で誤魔化すのは難しいですか」


 そう言いながら、顔の上半分を覆っていた仮面を外すリョウカ。


「今はまだ『秋宮リョウカの妹』とお前の容姿にほぼ差はない。だが、そのうち『姉であるはずのお前』より『秋宮リョウカの妹』の方が老けてくる。遅かれ早かれ、俺達はこの表舞台から退場する必要があったんだ。なら……後は秋宮リョウカの妹と未来の魔剣に全てを託すべきなのかもしれないな」

「……そうですね。今、彼女はグランディアの全てを学んでいます。その果てにあの子がどういう選択をするのか、それ次第では、私は……」

「まぁその話はその時になってからで良いだろ? 目下、俺達の目的は一番大きな歪み……『魔界』だ。あれを調査、消滅させた場合どうなってしまうのか、それを探るのが目的だろう? だからそれまではなんとか地球とグランディアの関係を保っていきたいんだろ?」

「この世界が生まれた原因は私にあります。ならば……責任を取る義務がありますから」


 第三者が聞いても、話の半分も理解出来ない内容。

 だがそれは、確かに世界の真実、根底に迫る内容であった。


「あの青年が『今の世界を受け入れて』くれてよかったよ、本当。『受け入れられず破壊しようとする連中』の側についたらと思うとゾッとする」

「……貴方の予測が正しいのなら、同意します。彼はきっと、もっともっと強くなる。それこそ……いつかは貴方を脅かす程に」


 そう最後に口にしたリョウカ。そして、どこか自嘲気味に笑いながら、ヨシキが部屋の密室を解除して立ち去るのだった。


(´・ω・`)バレちゃった

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