第九十五話
「あ、ユウキ君。探したんですよ? 魔力応用学の研究室にも顔を出していないって聞いて」
「ごめんごめん、ちょっと家の事で理事長に相談していたんだ」
「相談? 何か問題でもあったんですか?」
「ほら、一応イクシアさんって秋宮の関係者で、そのお陰であの家に住んでるんだよ俺も。間接的にだけど俺も秋宮の人間の身内、って事で、ちょっとした進路相談みたいな感じ」
理事長との話を終え、外に出る頃にはもう、日が暮れ始めていた。
どうやら俺の事を探していたコウネさんと合流し、いざ彼女の家に向かう事に。
そういえば、誰かの家に行くのって初めてだな、こっちに来てから。
確か裏のシンビョウ町に空き家を買ったって聞いたけど。
「割と近いんですよ、ユウキ君の家から。鞄や荷物を置いたらそのまま向かいましょう」
「了解。んじゃちょっと失礼」
誰もいない家。確かにちょっと寂しい感じがするな、これ。
そうしてコウネさんと今度は山を下り町へと向かう。
「こっちですユウキ君。この先に、以前他の生徒さんが借りていた空き家があったので、そこを私が買い取ったんです。もしこっちに移住するなら私の家になりますし、そうじゃなくても別荘として利用出来ますから」
「へぇ……おおー、かなり大きいね、周りの家と比べても」
「ふふ、確かにそうですね」
辿り着いたのは、豪邸という程ではないが、一軒家としてはかなり大きい部類になる、割と新しめの家だった。ここに一人で暮らしているのか……。
「さ、入ってください」
「おじゃましまーす」
意外な事に、家は既に『コウネさんらしさ』が現れ始めていた。
玄関にはなにやら風景画が飾られ、そして何故か大きな魚拓も飾られており、さらには『BBちゃんねる』と書かれたサイン色紙や『マザー』と書かれた色紙も飾られている。
リビングに通されると、対面式のキッチンや、明らかに一般家庭にはないはずの大きな業務用冷蔵庫も設置されていた。後大きなテレビも。
「すげえ、一人暮らしを満喫してるって感じ」
「ふふ、大きなモニターでBBちゃんねるを見ながら料理が出来るんです。この冷蔵庫も、瞬間的に食材を冷凍出来るすぐれものなんですよ」
「はは、やっぱこだわりが凄いや」
「じゃあぱぱっと作っちゃいますから、ユウキ君はテレビでも見ていて下さいね」
「いいの? 何か手伝うよ?」
「ふふ、今日は良いんです。前回のお礼も兼ねているんですから」
あ、そうだったのか。別にお礼とか気にしないで良いのに。俺も貴重な体験が出来たんだし
「ユウキ君、何か食べたい物はありますか?」
「コウネさんが食べたい物でいいよー」
「そうですか? では……カツオのカツレツと、カルパッチョにしますね。今の季節は美味しいと聞きまして」
「おー、いいねカツオ」
コウネさんが作る料理は信頼できるので、とても楽しみで御座います。
そうしてテレビでニュースを見て時間を潰していると、コウネさんがこちらに声をかけてきた。
「ユウキ君、そういえば今日は食欲がなかったそうですが、何かあったんですか?」
「ん-? ちょっと実戦戦闘理論の研究室で、食欲が失せる体験をね? 今はもう平気」
「なるほど……どうでしたか、新入生の皆さんは」
「ん-、正直俺達SSクラスの感覚だと、誰が来ても物足りなく感じちゃうよ。コウネさんの方はサークル、どうだった?」
「そうですねぇ、見学者は例年よりも遥かに沢山いたんですけど、入団希望者が多すぎるので、後日選抜テストを行うそうですよ。去年は私とカイを含めて一二人入団したんですけど、結局今も残っているのは七人だけです」
あ、その辺りは察しがつきます。退学者も多かっただろうし。
「やっぱり去年のコウネさんとカイの影響もあるんだろうね?」
「そうですねぇ、シュヴァ学は元々関東大会や全国大会には出場出来ないので、そこまで希望者は多くならないと踏んでいたそうなんですが、今年は大変な賑わいでしたよ」
「たぶん、男女ともにコウネさんとカイに憧れて入ろうとしてるんだろうね。たぶん二人ともモテモテなんじゃない? 告白とかされるかも」
「あはは、確かにありえますね。それにカイは……飢えた男子ですから、案外コロっとOK出しちゃうかもですね? ミコトちゃんも気が気でなさそう」
「あー……確かに。コウネさんはどうなの? やっぱりまだ恋愛とかはどうでも良い感じ?」
「そうですねぇ、先日の一件もありますし、まだそういうのは考えられませんね。ただ――」
すると、コウネさんはキッチンの作業を一度中断して、こちらにやってきた。
「ただ、私がもし、そういう色恋に本格的に興味を持つようになったら、まずはユウキ君に会いに行きます。ユウキ君は私の事を『家族と同じくらい好き』と言ってくださいました。私も、ユウキ君の事を家族と同じくらい大好きです。だから、その時が来たら、確認もかねて貴方のところへ行くと思います」
「確認、ていうと?」
「……貴方への好きが、本当に家族と同質の好きなのか、それとも異なる好きなのか。今はまだ分かりませんから、ね?」
そう言いながら近くに来たコウネさんが、普段見せない、真面目な表情でこちらを見つめる。
……やばいな、これは一瞬揺らぎそうになった。やっぱりこの人、本気出すと凄い可愛いよ。
「さてと……後は冷蔵庫で食材を馴染ませて仕上げるだけですから、私も一緒にテレビでも見ましょうか。最近はバラエティー番組もよく見ているんですよ」
「へぇ、そういや俺ってあんまりそういうの見ないや」
たぶん、どう転がったとしても、この人とは長い付き合いになりそうだなって、そう思った。
「ご馳走様。じゃあ俺はそろそろ戻るよ」
「そうですか? 泊っていっても良いんですよ?」
「いやー、さすがに二人きりで一つ屋根の下っていうのもね?」
「私は泊った事があるのに?」
「あれは他にも人がいたからです。俺だって同級生の男、カイと大差ないような欲望に塗れた青年だって事、忘れないで下さい」
なんて冗談を言い合いながら、コウネさんの家を後にする。
いやぁ……この人意外としっかりしてるから大丈夫だろうけど、外聞とかありますからね? 一応この辺りにはシュヴァ学の生徒が利用してるアパートも多いんだから。
すっかり辺りが暗くなっている中、明りの無い我が家に帰宅する。
いや本当、これは確かに少し寂しいかもしれない。イクシアさんが帰って来るのは明日の夕方って話だから、明日学校から戻る頃には彼女も戻ってきているはずだ。
「明日はオリエンテーションも終わって通常の講義か……実務研修についても発表があるんだったな」
結局、実戦戦闘理論の研究室の件でのお咎めもないし、明日は平和な一日になりそうだな。
そう思っていた時期が僕にもありました。
『あれがササハラ先輩だ……大人しそうな外見してるけど……』
『SSクラスなんだろ? やっぱり見た目じゃわからないよ……』
『ごめん、私もう行くね……あの人見ると思い出しちゃうから』
『他のグループも散々な目に逢ったらしいけど、まだマシだったってよ』
『……やっぱり俺達とは違うんだよ。SSはもう生徒じゃないって』
『でも例の研究室以外の人達は優しかったらしいぞ』
『アラリエル先輩とササハラ先輩だけは、関わらない方が良いよな』
くっそ居心地悪いです、助けて。
登校したら新入生がめちゃめちゃ噂流してるんですが。
いいよいいよ、別に恐がってくれたって。こっちだって積極的に一年生と関わる気なんてないからな!
一年通して生活続けてたら、そのうちここがどういう学園なのか理解してくれるでしょ、きっと。
「ユウキ先輩! お話しがあります!」
「お、ナシア。おはよう、どうしたんだ?」
「ちょっとこっちに来て下さい!」
すると、昇降口でこちらを待ち構えていたナシアに連れられ、使われていない教室へと案内される。何やらプンプンと擬音が聞こえてきそうな調子なのだが……。
「寮で噂になっていました! ユウキ先輩が罪もない新入生達を大量殺戮したと! 本当なんですか!?」
「あー……VRでね? 試験だよ試験」
説明中。とりあえず悪いのは研究室です。
「試験……? 噂では、何も知らない見学者を一方的に殺戮したという話でしたけど……」
「そりゃただの噂だよ。もし本当にそんな事件が起きていたら、今俺が無事に学園に来られる訳がないだろう? おおかた、悔し紛れにデマを流して憂さ晴らししてる人間でもいるんじゃないか?」
「むぅ……信じますからね? けど、試験でVRなのは分かりましたけど、そんなにひどい倒し方をしたんですか?」
「いや、出来るだけ苦しまないように全員一撃で。まぁ徐々に数を減らしていったから、残った人間からすれば恐ろしいかも?」
「ひぃ……私あの研究室にいかなくてよかった……」
いや、普通に事前に説明もされた試験だったんですけどね?
実はこの件、後から聞かされたのだが、積極的に嘘の噂を広めた生徒がいたそうだ。
『学園の風紀を著しく乱した事。そのほかの問題行為の積み重ね』という理由で、その生徒は停学処分になったそうな。
ちなみに、この学園における停学処分は、特例を除いてはほぼ退学と同じ扱いらしい。
戻って来る頃には講義についていけない&元々エリート思考の人間ばかりだから、停学した事実を受け入れられず、そのまま復学して周囲にどんな目で見られるか気にするあまり、退学を選ぶんだとか。
……まぁ、そんなのおかまいなしに復学、有無を言わさぬ結果や成果を出して戻って来る生徒もいるのだが。カイとか俺とか。
追伸。この日を境にナシアに対するストーカー行為をしていた生徒が学園から姿を消したそうな。
「ふぅ……カイ、お前のノート汚すぎないか?」
「いいんだよ、これはメモというか走り書きなんだから。一応スクショ撮ってるから、後でまとめ直すんだよ。復習になるし」
「……意外としっかり勉強してるんだな。驚いた」
「まぁな。ミコトにいろいろ勉強のコツを教えて貰ったんだよ」
そんな朝の一幕を忘れて今日の講義を受ける。
『魔術理論』の講義だが、やはり受講者の数が多い。
まぁ二年に進級出来た人間が少ないので、それでも去年よりはずっと少ないのだが。
「では、今日の講義のおさらいです。ノートにまとめておくようにお願いします。『魔術』の基本体系は三つ。そのうち私達に使用出来るのは『一般魔術』と『妖術』のみになります。この学園にはドラゴニアの生徒がいませんので、恐らく『龍魔導』に触れる事はないでしょう。ジェン先生は残念ながら、身体強化に特化しているので龍魔導は使えないんです」
そろそろ講義が終わるからと、ネスツ先生が話を纏めてくれる。
ちなみに一般魔術というのは、魔法や魔導も含めた物の事だそうだ、回復魔法も含んだ。
で、妖術がコスパに優れる分、発動が少し難しい魔法? みたいな感じらしい。
俺にはあまり関係ない話ですな。というか風以外使えないんですけどね俺。
あくまで理論を学んでいるんです。実技の時は風だけ参加してます。
「では、本日の講義はこれで終了です。ああ、ササハラ君とヤナセ君はこの後自分達の教室に戻るように。なにやらお話しがあるそうですよ」
「分かりました。なんだろうな?」
「んー、時期的に実務研修関連じゃないか?」
あ、今日は結構早い時間にやるんだな。
早速教室に向かうと、既にカナメとアラリエルが来ていた。
「お、二人とも早いな。今日は講義無かったのか?」
「僕は午前なし。だから先にここで待機してたんだ、寮で寝てたら連絡があって」
「俺はアレだ、俺の単車ここに停めっぱなしだったから取りに来たら連絡が来たんだよ」
「え、アラリエルバイク持ってるのかよ! 後で見せてくれよ」
「お、なんだカイも興味あるのかよ」
「そりゃな! 去年の夏休み、グランディアに行く予定がなかったら免許取りに行く予定だったんだよ」
「くく、良い心がけだな。そのうち本州縦断とかしてみてぇんだ」
おー……単車なんて言い方、今日日聞かないぞアラリエル。こっちも田舎だから結構な頻度で珍走……じゃなくて暴走族の騒音が聞こえてきたけど。
なお、俺には身長という壁があるので、割と免許は諦めています。この世界じゃ違うかもだけど。
そんな話をしていると、今度は女子組が揃って教室にやってきた。
「こんにちは、皆さん」
「こんにちは。恐らくこの集まりは、実務研修に関わる物でしょうね」
「ああ、恐らくそうだろう。今年ではグランディアでの研修も視野に入れるという話だったが……どうなるだろうな」
「もしかしたら里帰りになっちゃうかもだねー……」
残念、今年一発目はアメリカです。たしかええと……フロリダだフロリダ。名前だけは聞いた事があるけど、実はどこにあるのか、どういう場所なのか知らないんだよね。
すると、こちらの席の隣にコウネさんが移動してきて、コソコソとこちらに話しかけてきた。
「ユウキ君ユウキ君」
「ん? どうしたのひそひそ話なんて」
「もしグランディアでの実習なら、またあの姿になれますね」
「……! 確かに! みんなにあの姿をお披露目出来ちゃうのか」
く……! だが残念ながらグランディアではないのです! それはまた今度のお楽しみ!
行先はどこかで盛り上がっていると、ジェン先生とリョウカさんがやって来た。
「皆、静かに。これより理事長が今年度の実務研修について発表する」
「皆さん、お久しぶりです。新しく後輩が出来た関係か、皆さんも昨年度よりも良い表情をするように感じますね。残念ですがSSクラスの後輩は出来ませんでしたが、それでも皆さんにはこの学園の模範となるよう、立ち居振る舞いを意識してもらいたいと考えています」
「聞いているか? アラリエル」
「なんで俺だけ名ざしなんだよ」
そんなリョウカさんの挨拶から始まる。
「さて、今年度最初の実務研修ですが、五月の末に、貴方達SSクラスの皆さんには『アメリカ』の『フロリダ州』に向かって貰う事になりました。グランディアでの実務研修を想定していたのですが、少々予定が変わってしまいました。申し訳ありません」
「と、言う訳だ。全員、既にパスポートは持っているのは確認済みだが、今回はさらにもう一つ、お前達には取得してもらいたい資格がある」
お? なんだなんだ?
「今回は日本よりも遥かに大きな国土を持つ国での任務だ。従って、移動手段として『自動二輪』の免許、海外でも使用出来る物を新たに取得してもらうつもりだ。来月末までに集中的に座学、実技共に受けて貰うので、時間割を後でお前達にも決めて貰う事になる」
「と、いうわけです。今回の任務は、フロリダ州南方から伸びる『セブンマイルブリッジ』周辺で、ここ数か月、魔物がらみと思われる被害が増えているという報告を受け、我々秋宮の人間が調査、討伐を行うと、先方の国との合意の上での派遣となります」
その説明を受け、キョウコさんが手を上げる。
「はい、キョウコさん」
「発言失礼します。アメリカでの魔物の出現というのは、ここ一〇年以上観測がされていません。やはり、ゲートから空を移動して来た魔物なのでしょうか? 現状、我々はまだ対空の戦闘手段が満足に揃っていないのですが、どう対応するおつもりなのでしょうか」
「その件ですが、どうやら翼竜のような魔物ではなく、海洋生物に似た姿だという目撃例がありました。なので、その事実確認の上、皆さんには戦闘を行って貰う予定です。また、翼竜タイプの魔物がいた場合を考え、既に向こう側の軍、アメリカ空軍と海軍、その両方から選抜された部隊を貴方達に協力者として配備する事になっております」
「了解致しました。質問は以上です」
ふむ……なるほど? つまりアメリカ側もこちらを監視するつもりなのかね。
「さて、ではここからは免許取得についての話になる。アラリエルとキョウコの両名は、既に地球全土、グランディアの一部で使用可能な自動二輪の免許を取得済みだとある。両名には他の生徒の相談に乗ってもらえると助かる。また、既に自分の自動二輪を持っているのなら、任務にそれらを持って行く場合、あらかじめ申請を出しておくように」
「すみません、持ってない場合はどうすればいいのでしょうか?」
「一応、学園の備品としてある物を貸し出す事になっている。性能は問題ないが、アレは拘りのある人間では中々満足出来ない類の物だろう? 私も、自分の物を持って行くつもりだ」
「免許取得の為の授業は土日も行う予定ですので、出来るだけ参加し、余裕を持って取得するようにお願いします。では、免許取得後、来月にまたブリーフィングを行いますので、皆さん、免許取得を目指し頑張ってくださいね」
そうしてリョウカさんが去っていったところで――話はアラリエルとキョウコさんに移る。
「キョウコちゃんも免許持ってたんだね! 車の免許を持ってるのは知っていたけど」
「ええ、高校のうちに。アラリエル君も持っていたんですのね?」
「まぁな。グランディアにいた頃に取ってたんだよ。しかしお前も持ってんなら、今度お前のマシンも見せろよ、興味がある」
「ええ、私も貴方のマシンに興味があるわ」
やはりメカニック志望、この辺りは抜かりなしってわけですな。
そうして、俺達はひとまず、アラリエルのバイクを見る為に生徒用の駐輪所へ向かうのだった。