第八話
「おー寒い……身体強化で身体も温まれば良いのに」
「確かにな。訓練場内に暖房を設置するべきだ。今年で卒業する身ではあるがな」
冬。雪国特有の寒さを受けて、室内にキンキンに冷えた冷気を閉じ込めた学校の訓練場で、今年度最後の格闘術の授業が行われようとしていた。
いや本当季節が流れるのって早いね。なんだか時間が消し飛んだ気分だ。
「今日こそ白黒つけさせてもらうぞ!」
「これが最後の授業だ。引き分けた場合は放課後、訓練施設だからな」
そして、この寒さをもろともしないクラスメイト。
寺生まれと教会生まれの二人が、今日も熱い火花を散らしていた。
ははは、元気すぎでしょ二人とも。
そんな二人を眺めていると、ポツリと隣のショウスケが話しかけてきた。
「……結局、お前には一学期以降一度も勝てなかったな」
「ん。毎回粘り過ぎてこっちも大変だったわ」
「ふふ、そうか。お前ほど保有幻力が豊富じゃないからな、工夫しているうちに戦い方がいやらしくなっていったんだ」
「なるほど。ショウスケは運用の仕方が上手だし……たぶんデバイスや魔法も全部解禁される大学から、もっともっと伸びるって俺は思ってる。でも俺はこれしかないからな」
「……極めた一程恐い物はないさ。それ、抑制バングルだろ? 一学期の後半から付け始めていたが、結局それを外させる事も出来なかった」
「……これには、少し事情もあるんだよ。決して学校の授業をないがしろにしていた訳じゃない」
「知っている。昔のお前とは違って……今は真摯に向き合っている事くらい、俺にも分かる」
クラスメイトの戦いぶりを眺めながら、一年を振り返る。
この世界に来て、何も分からなくて。けれども、その生活が楽しく。
自分がどこまで行けるのか、それを試すのが楽しくて、ひたすらに走り続けて。
そこまで仲が良くなかったショウスケと、こうして語り合えるようになって。
……とても、実りある生活だったと、胸を張って言えるようになっていた。
「……一年間、俺は俺で自分を伸ばす為の道を選んだ。そしてここからお前とは道を違う事になる。だが忘れるな、俺はお前に完全に負けたとはまだ、思っていない」
「ああ、そうだろうよ。たぶんここから本番なんだろ?」
「そうだ。俺は……いつかお前にまた挑みに行く。今日はたぶん、勝てないだろうが」
「……おう。待ってるからな、ショウスケ」
そして、俺達の番がやってくる。
学年トップとナンバー2の俺達は、いつも最後に回って来る。
俺は、今年の秋から抑制レベルを最大にして戦っているが……ショウスケと戦う時だけは、その抑制レベルを最大ではなく、半分まで下げて戦っていた。
……それくらい、ショウスケは力をつけているのだから――
「そこまで! 惜しかったな、ショウスケ。それにユウキもだいぶ攻められていたな?」
「はい。たぶん……純粋な格闘だけじゃなかったら負けてましたね」
「ありがとう御座います、先生。ユウキも感謝する。お前のお陰で……俺もまたもう一段階上に進めるよ」
組手の結果は、俺の勝利という形で終わった。
魔法は、組手で使う事は禁じられている。だが、ショウスケは本来……魔法型なのだ。
俺にいわせりゃお前の方がデタラメだ。なんで魔法型がここまで戦えるんだよ。
「よーし、じゃあ全員フィールドに集合!」
これにて今年最後の訓練が終わりだと告げられ、ここからは自由登校となる三年生。
早い者は既に受験まで一カ月を切っており、いよいよ卒業が迫ってきているのだと実感させられる。
まぁ一部の推薦、特待生は既に受験を済ませているのだが。
「ショウスケの受験は……来週だったか。お前クラスなら受験免除かと思ってたわ」
「そんなわけないだろう……だが、心配はしていない。実技試験はお陰様で最高の出来だったから、後は得意の勉学だけだ」
「はは、さすが。んじゃあ……今日くらい、一緒に飯でも行かないか?」
「ん、それもいいかもしれない。そうだな、そういう事、したことなかったな」
「うは、マジか。じゃあ、高校生活最初で最後の夜遊びでもするか」
「……一応、親に連絡をいれてからな」
「ですよね」
ジャージから着替え、すっかり物がなくなった自分のロッカーからカバンを取り出し、下校の準備をする。
すると俺達が何を食べるのか相談しているのを聞きつけた他の友人達も、一緒に行くと言う話になり、気が付けばクラスの男子大半が一緒に飯を食いに行く事となってしまった。
おいおい、どうすんだこれ。
「ササハラ、店の予約取れたぞ! 多数決により今夜は焼き肉食い放題!」
「マジでか、お前ら金は大丈夫なのかよ」
「問題なし! こういう日の為に貯金くらいしてるわ」
世界が、変わっても。たぶんこういうバカ騒ぎが出来る根本的な部分は変わらない。
そこにショウスケも加わり、俺達は学生の強い味方、食い放題へと向かうのだった。
沢山、聞いた。それぞれの進路と、将来の夢。
それはいつの間にか、優等生としてエリート街道と呼ばれる道に乗っていた俺とショウスケには、少しだけ眩しいと思える物だった。
アマチュアバトラーチームに所属しながらプロを目指す者。
前の世界で言う警察学校のような場所に入り、行く行くは『異界調査団』を目指す者。
ウェポンデバイスを扱う会社への就職を目指し、メカニックとして修業を積む者。
「みんな……それぞれの道に行くんだな」
「ああ。少し……眩しかった。この道だって自分で選んだはずなのにな」
「はは、ショウスケも同じこと思ってたか。俺はたぶん……夢っていうより、もう少し学びたいんだと思う。それも自分が興味のある分野を」
「そうか。俺もたぶん、そうなのかもしれない。勿論最終目標はグランディアに関わる仕事、交流や文化の伝達。そして人助けだ。向こうは戦う人間が多いからな、そこに地球人が入り込むのは中々難しい」
駅で、ショウスケと別れる。次に会うのは、きっと卒業式だろう。
そして帰路についた俺は、明日に備えて早めに眠りにつくのだった。
朝。モーニングコールのつもりなのか、明海さんからの電話で起こされる。
『おはようユウキ君。いよいよ明日ね、受験。今回は駅までだけど、応援してるわ』
「おはようございます明海さん、ええ、荷造りももう済んでますから、今そっちに行きますね」
『残念、もう家の前にいるわ。早く支度してらっしゃいな』
受験。本来は必要ないと言われていた。だが、偽装の為にも会場には来て欲しい、という話だった。
そして同時に……本来入学する生徒達が、どの程度のレベルなのかも見ておくように、と。
身近な人間ですら騙さなければいけない程の秘密を、既に抱えているという今の状況。
不自由で、心苦しいという思いもある反面……申し訳ないが、少しだけ『かっこいいかも』なんて遅れてやって来た中二病的な事を思ってしまっていた。
明日、秋宮グループ傘下の『シュバインリッター総合養成学園』の受験、それも実技試験があるそうだ。
俺は一週間前、既に座学の受験を済ませた事になっている。
それにしても……明海さんも秋宮傘下の人間なのに知らされていないとなると、本当に極々一部の人間にしか俺の事は知らされていないのだろう。
逆に、ニシダ主任がそれほど特殊な人間という事にもなる。
「おはようございます、では、駅まで宜しくお願いしますね」
「ええ、まかせて頂戴」
県中央の駅で、今回もあのバカげた速度の新幹線に乗る。
というかあれはリニアなのではないだろうか? 浮いてるし。
指定席に着いて気が付いたのだが、車内に同年代の人間の姿が目立っていた。
彼等も、遠方の学校の受験組なのだろう。
だが、俺が入る事になっているシュバインリッター総合養成学園を受験する人間は、少なくとも俺の高校には誰もいなかった。
そう、サトミさんですら受けない……いや、受けられないのだ。
あんな凄い存在を召喚、宿したと言うのに、まだ足りないと言うのだ。
曰く、特異な能力を手に入れるのは初めの一歩に過ぎないとか。
そこに実績や推薦、コネや口利きがないと受験すら出来ないと言うのだ。
まぁ、元々彼女は別な学校を志望していたようなのだが。
「あーあ……まぁ同じ東京なら、会う機会はあるでしょ」
なんだかんだで一緒にいる時間も多かったので、ちょっと寂しいなんて思っている訳です。
そうして今回も僅か一時間半という早さで、この国の首都にして今や世界中から重要視されているこの国の中心部に到着したのだった。
「迎えの車が来るって聞いてたけど……車多すぎてどれだかわからない問題」
相変わらず人多すぎっていう。今視界に入った人間だけでたぶん地元の人口越えてそう。
さすがに言い過ぎか?
するとその時、スマート端末が振動し、慌てて通話に出る。
『ここよ、ここ。右向いて右。そう、そこ。ストップ。私見える?』
「あ、見えます見えます……って、なんじゃそりゃ!」
ニシダ主任が手を上げていた。そしてその後ろには……豪華なリムジンさんの姿が。
すげえ、実際に見たの初めてですわ。あれどうやって道曲がるの?
「久しぶりねユウキ君。あれからバングルの調子はどう?」
「あ、今は最大レベルで過ごしてます……って開口一番それですか」
「まぁね。さて……じゃあ早速乗ってもらうけど……偉い人が一緒に乗ってるから、失礼のないようにね?」
「ひぇ……開幕なんか恐いんですけど」
開けられたドア。そしてまるでホテルのような内装の車内。
……そこに座っていたのは、不思議な仮面をつけた女性だった。
「あの、失礼します」
「ええ、どうぞ楽にしてくださいね」
「は、はい……」
「ふむ、思ったよりも華奢……ですね。とてつもない力を秘めているという話でしたが、どうやら純粋な魔力強化による賜物でしたか」
その女性は、こちらの身体を嘗め回すように見つめてきた。
鼻から上をハーフマスクで覆ってはいるが、恐らく相当な美人。
黒髪ロングと言う、日本人男性なら半分以上は惹かれるであろう属性を持つ人。
何者だろうか? まさかまた秋宮関係の人だろうか?
「あの……失礼ですが貴女は一体……俺の事を知っているみたいですが」
「申し訳ありません。これから向かう学園の関係者です。決して怪しい者ではありません」
「なるほど……」
まぁこんな車に乗れる人だから、少なくともしっかりとした身分の人なのだろう。
それ以降、特に会話らしい会話はなかったのだが、時折楽しそうにこちらを見ているのが少し気になった。
そうして今回も、長い長い海に架かる橋を通り抜け、海上都市へと辿り着いたのであった。
「そういえば、貴方はシュバ学を実際に見た事はなかったんでしたか?」
「あ、そういう略し方なんですね」
「ええ。他にも豚ちゃん騎士団などとも呼ばれています」
「薄々そうじゃないかって思っていたんですけど、本当にそういう意味なんですか?」
「ええ。豚騎士団です。可愛いでしょう?」
その辺の感覚はちょっと僕にはわかりません。
そうしてリムジンが走っていくと、海上都市だというのに広大な山が見えてきた。
おいおい、つまりあれも人工の山や森だとでも言うんですかい?
「あの山の麓の土地全てがシュバ学の土地です。生徒数に対して圧倒的に大きな敷地面積を誇り、戦闘訓練に必要な自然環境、VR環境、魔術式戦闘フィールドも全て備わっています。どうです、驚いたでしょう?」
「……正直、ここが海の上だって信じられないレベルです。物凄く大きいじゃないですか」
「ええ。世界最高の学園と自負していますからね。最高の環境で最高の人材を育成する為に私のグループの資産の一〇%を割いているのですよ」
ほー、秋宮の資産の一〇%ねぇ……ん? 『私のグループ』?
「今聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気がしますが、僕の精神衛生上聞かなかった事にしてもいいですか?」
「ふふ、中々ウィットな物言いをしますね。ええ、私はたまたま同乗したお姉さんという事にしておきましょう。では、私は挨拶があるのでこれで失礼しますが……貴方は、受験者の皆さんの戦いぶりを見ておくのでしょう? どうか、貴方にとっていい刺激になる事をお祈りします」
そう言い残して、黒髪のお姉さんはリムジンから降り、関係者用の入り口へと入っていった。
うわぁ……あの人が秋宮の当主なのかね? 結構若く見えたけど……最初に名乗られなくてよかった。きっと緊張で死んでたわ。
「って、さっきから何で一言も話さなかったんですかニシダ主任」
「無茶言わないでよ。私は彼女が総帥だって知ってたのよ? 話に入るなんてそんな事出来る訳ないでしょう」
「確かに。しかしなんでまた一緒の車だったんですか」
「一応、特例を受けた生徒だもの。理事長としては顔くらい見ておきたかったんでしょうね」
「なるほど……こりゃ素行不良で指導なんて起こしたら大変な事になりそうですね」
「あら? そんな予定でもあったのかしら? 結構素直で良い子だと思っていたわ」
若者にとって、東京というのはあまりにも誘惑が多い街なのですよ。
それに一八歳ですよ一八歳。色々な制約から解放される歳なんですよ?
「さて、じゃあ私達も移動するわよ。受験者数が多いからね、実技試験は複数ある訓練場で幾つかに別れて行っているわ。貴方には……そうね、学園が期待している生徒達が集められた試験場の試合を見てもらいましょう。……話さないといけない事もあるからね」
「なんかまた難しい事言われそうな予感に少し胃が痛くなってきましたが了解っす」
「あなた本当余裕あるんだかないんだか分からない子よね……」
虚勢張ってナンボなんですよ、男の子っていうのは。
特に綺麗なお姉さんの前ですと。
連れられてやって来たのは、以前研究所で俺が助手さんに怪我を負わせてしまった訓練場よりも更に立派な戦闘場だった。
ここもVRではなく、実際に生身で戦う場所らしく、ダメージが体力の消費という形に変換されるのだとか。
あれ? んじゃあ過去に俺がVR訓練施設でリオちゃんに負けて気を失ったのは……魔力の枯渇だったんですかね? いやはや、あの頃が懐かしい。
戦闘場には観客席もあったのだが、他の受験者に戦いの様子を見せる訳にもいかず、当然学生は誰もいなかった。
だが、恐らく学園関係者や試合内容を評価する為であろう職員らしき人達はいたのだが。
「……あ、あの人もエルフだ。やっぱり教師にもいるんだろうな」
ふと、少し離れた席にいるエルフさんが目に入った。
遠目からではあるが、かなりの美人さんだ。もしやエルフの美形率は一〇〇%だとでも言うのだろうか。
「一人目が来たわ。ここだけの話、あの子は座学で受験者の中では上から三番目。かなりの秀才と見て問題ないわ。召喚した物は、かつて封印された刀剣。デバイスとして使えるように調整されているとはいえかなりの名剣よ。実家は有名な剣術道場らしいわね」
「なんですかその物語の主人公ばりのハイスペック。嫉妬心ムクムクなんですけど」
「ふふ、確かにね。それに見ての通り中々将来有望だと思わない?」
一人目に現れたのは、濃い青色、藍というのだろうか?
そんな長髪を先端でまとめた――女子生徒だった。
よかった。これで男だったら本当に嫉妬で声をあげてしまうところでした。
「ふぅむ……未来の美人剣士様か……いいなぁ、俺もデバイス作るとしたら剣、出来れば刀がいいなぁ……」
「……そう。それについては、全ての試験が終わったら話があるわ」
なるほど、ついに僕のオーダーメイドが手に入るわけですな?
などと言っているうちに、試験が始まった。
どうやら生徒と戦う試験官は外部から雇ったプロのバトラーらしく、しっかりと手を抜きつつ、限界まで生徒を追い詰める事になっているらしい。
試合時間は一人三〇分。降参か、戦闘不能と判断された段階で試験終了らしい。
「たぶん、この会場の生徒達なら……あのバトラー程度じゃよくて引き分けかしらね。プロもピンキリなのよ。試験官のバイトをするなんて、下位のバトラーくらいだもの」
「ちょっと世知辛いですね。でも……バトラーって対人のプロですよね。やっぱり戦い慣れしているのが見ていて分かります」
既に始まっている戦い。試験官は確かに、相手の間合いを見極めるのに長けているのか、上手く攻撃を躱し、的確に相手の体勢を崩すように戦いを組み立てていた。
けれどもあの女子生徒は……素人目に見ても、そもそもの基礎スペックが違って見える。
どんなに試験官が上手くても反撃のチャンスはある。その反撃一回で、傾いた天秤を一気に自分に傾ける程の力を持っているように見えるのだ。
そして……時間は掛かっても、当然あの生徒も試験官の動きに慣れてくる。
降参を試験官が宣言するまで、そう長くはかからなかった。
「強いっすね……あの子が特別強いって訳じゃあ……ないみたいですね」
「ええ。この会場に集められているのは、いずれも潜在能力、家柄、召喚結果、経験的に見て間違いなく一級と思われる受験者だけが集められているもの」
「……まさかここまで凄い生徒が集まってるなんて思いませんでした。こりゃ置いて行かれないようにするので精いっぱいですかね……」
毎日の練習量、今からでも増やすべきか。いや、それよりも早いとこ自分のウェポンデバイスを手に入れるべきか。
そう考え込んでいると、ニシダ主任が溜め息を吐いた。
「うちの助手。元はプロリーグでもそこそこ活躍していたバトラーなのよ。あの試験官とは比較にならないくらいのね。貴方、そんな彼に反応もさせずに一撃で沈めたのよ? もうちょっと貴方は自分の力の異常性を認識してもらわないと困るわよ?」
「ふぁ!? あの人そんな凄い人だったんですか!?」
「そ。色々あってやめたのよ。というか、上の人間が貴方に試験を受けさせなかった理由を考えたら当然でしょう。……君は、生徒として扱える能力じゃないのよ、本来」
その時、ニシダさんの眼差しか鋭く変化する。それはどうやら俺に向けられている物ではなく……離れた場所にいる学園の関係者達に向けられていた。
「……将来有望な人間を今から見定めているってところかしらね。いい? グランディアに関わる大人達が、みんな平和主義者、仲良しこよしを望んでいるわけじゃないの」
「それは……なんとなく分かります」
利権を考え、独自に動く人だってきっといるのだろう。
地球ではない土地。未知のエネルギー、魔力が豊富な世界。そして……数多くの国。
そうだよな。この世界の地球の人間だけが皆、元の世界と違って平和主義者、なんて事ないよな。
「どうする? まだ見ておく? 正直、今の子さえ見たら後はどんな流れになるか分かると思うけれど」
「そう、ですね。でも一応もう少しだけ見て行ってもいいですか?」
「構わないわ。私は先に……そうね、学園の研究室に向かっておくわ。この会場から少し離れたところ、丁度総帥が入っていった建物の中にあるから、案内板を見てきて頂戴」
「了解です。確かにこの広い敷地……通い始めたら全部覚えなきゃいけないですし、今のうちに自分で歩いて覚えておきますね」
「ん、良い心がけね。じゃあ、また後でね」
そうして俺は、また一人の受験者が試験官を打ち負かす姿を見学するのだった。
……制限時間三〇分なんて必要ない制度じゃないかって思えてくる。みんな一〇もかからずに倒してるし。
「みんな武器関係の召喚や、戦闘補助の魔法が使えるんだな……羨ましい話だ」
そうしていると、この会場最後の受験者の番がきたようだ。
男子生徒だ。爽やかなイケメンさんが、珍しく試験会場に用意されていたウェポンデバイスを手に取る。
皆、自前の召喚した武器か、オーダーメイドと思われるデバイスを使っていたというのに。
ちょっとシンパシーを覚える。
そして、新しい試験官が現れる。まぁ一人で全員の相手なんてさすがに無理だし、後の人間程有利になるからな。
だが、最後の試験官は先程までとは違い、学園のものと思われる制服ではなく、本格的な戦闘用スーツを身に付け、さらに使う武器までもが既製品ではない、見た事も無いくらい大きな大剣型デバイスだった。
「……なんか雰囲気違うな。絶対強いだろ、あの人」
こちらの予想は正しかった。試験開始の合図と同時に、男は大剣を推進力にしているかのように、後ろに構えたまま猛烈な速度で近づき、そのままあの受験者を弾き飛ばした。
が、生徒も生徒で、まるで空中に足場でもあるかのような動きで場外に飛ばされるのを防ぎ、凄まじい速度でやり返しに行った。
……なにか、見覚えがあった。あの生徒ではなく、試験官に。
「大剣……あの戦い方は……」
思い出す。この世界に迷い込み、力の使い方を理解し始め、少しだけ調子にのりはじめた頃に敗北を教えてくれた……あの小さな女の子、リオちゃんを。
よく見ると、使うデバイスも酷似していた。
「……リオちゃんより数段上だ、あの人。でも……粘るな、アイツも」
何度飛ばされても、何度攻められても、ギリギリで致命的な一撃を防ぐ姿。
デバイスがイカれてきたのか、魔力光が消えかけてなお、降参をしようとしない。
そしてついに――デバイスが両断さる。しかしその瞬間――
「ちっ……なんだよ、結局お前もそういうの持ってるんかーい!」
輝く銀の刃を持つ剣が、彼を守る。
彼が召喚した剣なのだろう。そして……驚いた事に、動きが変わった。
まるで歴戦の戦士の様に、互角の戦いを見せている。
そして――ついに三〇分が経過したのであった。
「……最後まで見て正解だったな。いやぁ……ピンチに現れた剣の力で持ちこたえるとか、王道すぎるでしょ……ああ羨ましい」
結局最後まで試験を見た俺は、急ぎ本校舎にあるという研究室を目指していた。
案内板? いやいや、ナビアプリ必須でしょこの広さ。
そうして迷いながら目的地を探していると、先程俺と同じく試験を見学していたエルフの教師(推定)と出くわした。
何故か、こちらを見た瞬間酷く驚いた顔をしていたが。
「……あの、すみません。少々道をお尋ねしたいのですが」
いや、どうやら教師ではない模様。道を尋ねられてしまった。
俺も分からないのだが、ナビアプリがあるのでなんとかなります。ニシダ主任、もうちょい待っていておくんなせぇ。
「はい、大丈夫ですよ。どこに行きたいんですか?」
エルフさんってやっぱりみんな美人なんだなって。近くで見て分かった、この人も相当な美人さんだ。肌めっちゃ白い。目めっちゃ綺麗。エメラルドですかそれ。
TVで女優をしているエルフさんを見た事があるが、引けを取らないどころか越えていませんか貴女。……あのお姫様、ノルン様を思い出す程だ。
「研究室、という場所を探しています。よければ案内して頂けますか?」
「あ、それなら丁度僕も向こうところでしたよ。一緒に行きましょうか」
「……ふふ、ありがとうございます。では行きましょうか」
微笑まないで下さい、ときめくから。年上スキーな僕には貴女ドストライクなんです。
ノルン様がもう少し外見の年齢が上がったら、この人みたいになるのではないだろうか。
やっぱり僕はね、同年代よりも四つか五つくらい上のお姉さまが好みなんです。
「あ、待ってください。ここで階段を上るみたいです」
「なるほど、そうでしたか。階が違ったのですね」
「ですです。それじゃ行きましょうか」
すぐ後ろにいると思うと、緊張して手足の動きがぎこちなくなってしまいです。
すると、彼女はさらに緊張を加速させるように話しかけてきた。
「貴方は、今日初めてこの場所に来たのですか?」
「はい、そうです。お姉さんも初めて……みたいですね」
「お姉……? ええ、初めてです。しかしその割には足取りに淀みがありませんね」
「あ、この端末に行先まで案内してくれるアプリが入っているんです。この学園専用の」
「ふむ……なるほど、そういった便利な物があったのですね。私ももう少し勉強した方がよさそうです」
「簡単ですから、すぐに使えるようになると思いますよ」
だってこの世界のスマート端末、元の世界のスマホより遥かに高性能なんだもん。
凄いぜ? 調べたい物調べるのにいちいちブラウザ開かなくても、起動する直前の会話とか探知してある程度情報リストアップしていたり、通信速度が田舎でも爆速だったり、挙句の果てに通信料がものすごく安いんですよ。
『ギガ足りない!』『通信制限が!』なんて言葉、存在しません。
「あ、ありましたよ。あそこが研究室です」
「本当ですね、有り難う御座います。……本当に、貴方は良い子ですね」
その時だった。お姉さんが突然近づき、薄っすらと笑みを浮かべながら、頭に手を伸ばし――
「はじめて会った人間に、当然のように尽くす。人として当たり前だ、と言う人もいますが、私はそれでも感謝しています。有り難う御座います、ユウキ君」
頭、撫でられてしまいました。え、なんで? そんな小さい子に見えますかっていうか……名前なんで?
そんな疑問に思考を乱されている間に、お姉さんが研究室の扉を開ける。
「あ、ごめんなさい、もしかして迷ってしまいましたか? 幸い、まであの子は来て――って、ユウキ君も一緒だったのね」
「ええ、少し彼に道案内を頼んでみました。この学園という場所は、随分と広く入り組んでいるのですね」
「えっと……お知り合い、だったんですか? すみません、俺の方こそ結局最後まで試験を見ててしまいました」
すると、ニシダ主任がこのお姉さんに話しかけていたではないか。
これからする俺の話に彼女も関係しているのだろうか。
「一緒に来たのなら、先にこっちの話を終わらせましょうか。ユウキ君、この人は――」
「申し訳ありません、自己紹介は私自らさせて頂けないでしょうか?」
「そうですね、配慮が足りませんでした」
先程から思っていたのだが、随分とこのお姉さんには丁寧な口調だ。
……さっきの総帥さんみたいな超VIPだったりするんでしょうか。
「改めまして。初めまして、ユウキ君。私の名前は『イクシア』と言います。貴方に召喚され、この世界で第二の生を授かる事になりました」
「……え」
イクシアと名乗るお姉さんが、そっとこちらの手を取った。
「まだ、この世界でどう生きていくべきか、明確な展望を持っている訳ではありません。ですが……貴方が大人になり、自らの人生を選び歩き出すその時まで、近くで見守っていきたいと考えています。改めて、お願いします。私が貴方の傍にいる事を許してくれますか?」
彼女はまるで言い聞かせるように、しっかりと一語一句伝わるように、どこか力のある、思わず背筋が伸びてしまうような調子でそう言い切った。
だからつい……もっと色々考える事もあるはずなのに俺は――
「は、はい。よろしくお願いします、イクシアさん」
そう、答えていたのだった。
「よかった。これで今日から家族ですね。これからよろしくお願いしますね、ユウキ君」
そして再び撫でられる頭。その微笑み、やばいっす。
「イクシアさん。年頃の男の子には少し刺激が強そうです」
「そうですか? こんな老婆を気にする事もないでしょうに」
「ですから……貴女はもう、老婆ではないのです。少しずつ慣れていかないといけませんね」
「なるほど……そういった感覚を忘れて久しいですが、善処したいと思います」
よ、よく分からないんですが……とにかく俺はこの近づくだけで緊張してしまいそうなお姉さんと一緒に暮らす事になるんですか……?
(´・ω・`)イクシ「ア」さん