伝説のオネェこと片乳のエバの半生
1「月刊Oneyan」
全国の名物オネヤンを全国に紹介する雑誌月刊Oneyan十二月号のOneyanは、あの伝説のオネェ片乳のエバさんを特集したいと考え中浦と大城が担当することになった。
2「エバの愛した人々」
エバの店にはいろんなタイプの方が集まる、有名音楽アレンジャーTEIZIや吉祥寺の元ホームレスの覚者花子との出会いやエピソードを語る。幽霊と一緒に生活してる娘などの話しを紹介する。
3「エバの仲間達」
アルバイトホステスに双子の姉妹(姉ミワは死亡)の妹アズミが家に内緒で働いていた。父が知らずに来店する、死んだミワさんを思う気持ちをアズミ本人とは知らずに心の内を話す。聞いたアズミに心の変化が芽生える。
4「エバの部屋」
「伝説のオネェエバ特集」の記事は予想以上に好評。編成会議では今後もエバのコーナーを設けようという案が浮上する。
5「エバとファイ」
中浦が「エバの客に著名人はいませんか、読者が喜びそうな芸能関係の人とか」の問いにファイのはなしをする。あることが切掛けで猫や犬や鳥たちの言葉や意識が感じられ、木や石にも意識があると語る。
6「ミナト電気・GUIDE(守護霊翻訳装置)」
中浦の同僚の須田から「体外離脱装置やメモリービジョン(潜在意識のビジョン化装置)リアルビジョンなど画期的な装置や世界的大発明の透明金属を開発した社長が守護霊翻訳装置の話しを聞かされる。
7「エバの駆け込み寺」
月刊Oneyanが年内で廃刊が決定する。Oneyanの中での人気コーナー『エバの部屋』を何らかのかたちで残したいと提案する。週刊誌に移行したエバの部屋。そして「エバの駆け込み寺」というラジオのコーナーを任される。
8「エバの青春」
リスナーから「エバさんってどんな人?エバさんの生い立ちが聞きたい、知りたい」という問い合わせが増えはじめた。つもの相談コーナーを割愛しエバが自身の半生を語る。
9「エバとHisae」最終章
エバは番組の中で親友の請負小説家Hisaeを紹介する。仕事のエピソード話を交え語る。放送で、Hisaeさんとエバさんの話からシズちゃんの話に移行、その中でパラレルワールドのお話しになり、それを聞いたリスナーさんからもっと詳しくその話を聞きたいという問い合わせが多く、三人にパラレルの話しやその他エピソード話しを交え放送される。
【オネェの髭Ⅱ】
一「月刊Oneyan」
全国の名物オネヤンを全国に紹介する雑誌月刊Oneyanの会議室で三人の男が打合せをしていた。
編集長の福島が「十二月号のOneyanは、あの伝説のオネェ片乳のエバさんを特集したいと考えている。 エバさんは知ってると思うが、今まで何度も取材を試みたがすべて拒否されてきた人物。 が、今回はある人を介して既に了解は取れている。 日時はエバさんからの連絡待ちだ。 中浦君と大城君、君達二人で取材してくれ」
今回は編集長独特の目力をふたりは感じとれた。
大城が「編集長、ちょっとよろしいですか?」
「なんだね大城君」
「僕はエバさんのこと正直あまり存じ上げません。 できれば失礼がないように取材前に多少の知識を頭に入れておきたいのですが……」
「中浦君、君はどうかね?」
「はい、僕も噂では聞き覚えありますが、それが実体かどうか詳しくは知りません」
「そっか、じゃぁ当社でもなにかと世話になってる請負小説家のHisaeさんがエバさんの事は詳しいから、彼女にいちど会って予備知識を入れるのもいいな。 アポをとってみるから段取りが整ったらまた連絡する」
「はい」中浦と大城は席を立った。
それから数日後、福島が大城を呼びつけてメモを渡した。
「中浦君と大城君は明日の十三時にここに行ってくれ。 Hisaeさんと連絡がとれから。 くれぐれも失礼の無いようにたのむ。 福島が宜しく言ってたと言ってくれ」
「はい、わかりました」
ここは渋谷にあるホテルグランドのカフェラウンジ。 ひとりの中年女性と中浦と大城の三人が座っていた。
中浦が「初めまして、私がOneyanの中浦と申します」
「同じく大城です。 宜しくお願いいたします」
「初めまして、Hisaeです」
大城がHisaeを凝視した。
Hisaeが「何を凝視してるの? 私はオネェじゃないわよ」
「いや、あの…… そんなつもりじゃぁ…… あっ、すみません」大城が顔を赤くして頭を下げた。
「良いのよ、よく間違えられるから」
中浦が「すみません。 こいつすぐ緊張するタイプなもんですから」
「いいの、気にしないで。 それよりエバのなにが聞きたいのかな?」
中浦は取材の経緯を話した。
「なるほど、じゃあ適当に話すから質問があったらその都度聞いてね。 あとは本人にどうぞ」
大城が「はい、宜しくお願いいたします」
「エバが先天性のオネェと気付いたのが小学生だったらしいの。 当然高校は男子校で卒業後はオネェの道まっしぐら。 まっ、どこにでもよくあるオネェのパターンね。 で、働くうちに身体も女性になりたくって、気が急いてたらしいの当然の事よね。 でも、エバの稼ぐ金なんて微々たるもの。 でもエバは、はやる気持ちをおさえきれず片胸だけ先に豊胸手術したの。 おかしな話しでしょ、片胸だけよ……
当然資金が出来たらもう片方を手術するはずだったけど…… で、どういうわけかエバの強烈な個性が客に受けて、付いたあだ名が『片乳のエバ』だったの…… そういう通り名が付いたものだから、それ以降もう片方の豊胸手術することが出来ずに、今でもずっと片胸のままなの…… それが良いのか悪いんだか本人も解らないって愚痴ってたわ……」
中浦が「そうですか、それで片乳のエバさんという名が」
大城が「名前のいわれは解りました。 では、エバさんがどんな能力の持ち主で、それがなぜ客の評判を呼ぶことになったのか聞かせて頂けますか?」
Hisaeは「その辺は直接エバに聞いたらいんじゃないの? 私が知る以上に面白い話しがあるかもよ」
「はい、当然エバさんにも聞きますけど、Hisaeさんからみたエバさんにも興味があるものですからできれば……」
「そうなの、解った。 じゃぁ私の見解はこうよエバは感応能力に長けてるのね、感応能力って知ってる?」
中浦が「感応能力って第三者の性格や思い感情などを感知する能力のことですか?」
「そう、それだけじゃなく目に見えない存在の波動を感知する能力がエバの場合長けてるの。 ガイドの声も聞き取れて通訳もするの。 エバが勤める店々には必ず別の個室、といっても椅子とテーブルを置いただけの小さな粗末な部屋が用意されてるの。 相談ごとがある客は別チャージを払ってエバに相談するの」
中浦が「エバさんが勤める店々って表現なさいましたが、結構店を変わってるんですか?」
「あの業界は当然といえば当然だけど、エバの場合は少し違うの。 最初、どの店のオーナーも珍しがって雇うけど段々店の雰囲気がスナックというよりも、何かの相談所か駆け込み寺みたくなるのよ。 結果、古くからの常連さんの足は遠のくし、オーナーもエバもそれが辛くなって、結局エバが自ら身を引くというかたちになってしまうのね」
大城が「自分の店を持たなかったんですか?」
「二十年程前に渋谷でEBAっていう店を構えたけど三年前に辞めたの。 高齢のせいか少し疲れたからのんびりしたいって……」
「Hisaeさんが印象に残っているエピソードなどあったら聞かせてもらえませんか?」中浦が言った。
「エピソードねぇ…… 私達から言わせると普通にあたりまえの事なんだけど、多いのは恋愛問題とか仕事の事ね。 相談者の多くは自分で結論を既に知ってたりするケースが多いらしいの。 それをエバさんに再確認したくって訪問するみたい。 交際が上手くいってる人はわざわざお金を払って相談に来ないって。 本人も上手くいってない原因を知った上で、なおかつ相談に来る人が多いって言ってた。 そんへんのところは直接聞いてちょうだい。
私は客観的に観て、エバは人の相談相手になる宿命みたいなものがあると思うの。 そしていつも相談者の立場に立った見方はしない。 相談者の一方的な意見で判断をすると誤った捉え方をしがちなの、その辺は終始変わらないスタンスをとっていたよ。 相談者の話が納得できない場合はしっかりと内容を見極めてから相談にのってた。 その辺は立派なものよ」
大城が「たとえば?」
「たとえば、暴力夫のことで相談に来た女の子なんだけど、話してすぐに彼女の話の内容に違和感を感じ、エバが質問したらしいの『あなたは、ご主人への会話は攻撃的に問い詰めたりする癖があるでしょ。 温厚な旦那さんはエネルギーの持っていき場がなくなって、発作的につい手を上げてしま』うって、その辺をエバはしっかりと見極めて相談者に話すの。 話を一方的に鵜呑みにしないところはたいしたもんよ」
大城が「話しは変わりますがエバさんには彼氏はいないのですか?」
「いたと思うけど紹介されたことないから知りません」
中浦が「現在のエバさんはどのような生活をなさってるんですか?」
「もう私と同じく高齢だから隠居したんじゃないの? あえて聞きはしないけど」
大城は「その能力はもう使わないのですかね?」
「それは本人に聞いてよ。 エバに会うんだから直接本人に聞いてちょうだい」
「解りましたそうします」
Hisaeが「そうだ、話しのついででいいからSizuは元気だよって伝えてほしいの。 そういえば分かるから」
中浦が「Sizuさんですねはい承知しました。 最後にもうひとつだけ質問させて下さい」
「どうぞ」
「Hisaeさんから観たエバさんはどんな人物でしょう?」
「そうねぇ…… ずばり男女を超越した自由人か宇宙人ってとこかしらね」
大城が「はぁ……?」
その後、Hisaeと分かれた大城と中浦は最後の彼女の言葉の意味をどう解釈していいのか考えあぐねいていた。
その事について大城が中浦に尋ねると「うん、僕にもなんでそう言ったのか分からないよ、とにかく会って、そのうえでその言葉の意味を判断しようや……」
「そうですね、なんか胸がわくわくします」
中浦は「そうか、僕はなにか心を見透かされるようで不安だけど考えすぎかな」
ここはHisaeとエバのことについて事前に情報を得た渋谷にあるホテルの一室。
大城が「中浦さん、なんか緊張します」
「おいおい僕だって、普段の取材と違って、何をどう話して良いのか分からないから、朝から緊張してるよ……」
二人は落ち着かないまま部屋のチャイムが鳴るのを待っていた。
しばらくしてチャイムが鳴った。 大城がドアを開けた。
「はい」
「ごめん下さい」
ドアから入ってきたのは、年の頃なら60歳半ばと思われる質素な感じのする婦人。 今まで大城の取材で出会ったオネェは、一見しただけでオネェと分かる。 どこか女性らしさをデフォルメした感が多かった。 部屋に入ってきたエバは普通に町を歩いている御婦人に見える装いだった。
「エバと申します」
中浦が「お待ちしておりました。 どうぞ中にお入り下さい」
名刺を差し出し「初めまして月刊Oneyanの中浦と申します」
「おなじく月刊Oneyanの大城と申します」
「エバですどうぞお手柔らかにお願いいたします」
「いや、こちらこそ宜しくお願いいたします。 今日は我々の取材協力に感謝しております」中浦はエバの顔を凝視しながら言った。
エバは「Hisae姉さんの口添えなので嫌という返事はできません」
「えっ、Hisaeさんの口利きだったんですか?」大城が咄嗟に声を出した。
エバは「あら、あなた知らなかったの? Hisae姉さんがおたくの編集長に頼まれて私に連絡がきたのよ」
中浦が「そうだったんですか…… 我々はある人の仲介とだけしか聞かされてなかったものですから。 そうですか大変失礼いたしました」
「ふふ、Hisae姉さんらしいのね」
大城が「先日編集長がエバさんに会う前に、Hisaeさんに会うようにいわれて会ったばかりなんです。 その時Hisaeさんもなんにも話してませんでしたし」
「Hisae姉さんは昔から私に対してサプライズ的なそういうところあるのよ。 相変らずHisae姉さんらしい……」
中浦が「そうだったんですか、それで納得しました」
大城が「早速なんですけど取材させて下さい」
「はい、かしこまりました。 でもその前にビール頂いてもよろしいかしら?」
大城が「はい、なんでもお飲み下さい。 なんならおつまみでもとりましょうか?」
「いえ、それにはおよびません。 ほしい時には私から言いますから」
そういいながら缶ビールを開け二口ほどで一気に呑んだ。
「……はい、どうぞ」
話しはエバの学生時代の事から、社会人になり夜の商売に入った頃の話しまで語った。
その頃には三缶目が開けられていた。 中浦と大城はその頃には緊張も解れ、エバの進めもあり二人も一緒に酒を交わしはじめた。
中浦が「色んな客が相談にみえられましたが、印象に残っているお客さんの話しを少し聞かせてもらえませんか?」
エバは即答で「そうねえ数あるから特別といわれても応えようないわよ」
大城が「話し変わりますがHisaeさんが『Sizuさんは元気です』って伝えてほしいと頼まれました」
エバは遠くを見るように「そうか、Sizuちゃんか…… もう何年も会ってないなぁ…… 元気なんだ」
大城が「Sizuちゃんという方はお二人共通の知り合いなんですね」
エバは椅子から急に身を起こし「そうだ、Sizuちゃんの話しを聞かせようね!」
中浦が「はい、是非Sizuさんの話しお願いいたします」
エバはSizuが感応能力という特殊な能力の持ち主で、以前勤めていた印刷会社ではスパイのようなことを強制されていて、Hisaeとエバが会社を辞めさせ、Hisaeのチャネリング小説執筆の手伝いを数年した事。 その後、たまにSizuは高尾の山にひとり籠もり仙人のような生活もしているという話しを聞かせた。
そのまま話しはHisaeに移り、小説請負人の先駆者であること。 その小説依頼者のまか不思議なことや。 Hisaeから紹介された花子という、もと横浜でホームレスをしていて、悟りを開いてからホームレスを辞め、実家に戻り、吉祥寺で色んな人間の話し相手をしてることなど二人に聞かせた。
大城が「中浦さん、なんだか話の展開がスピリチュアル世界に移行してるように思うんですけど」
「うん、僕もエバさんの話しに引きずり込まれていくうちに気が付いたら、そっちの話しに興味を持ってしまったよ」中浦が三缶目のビールを空けながら話した。
大城が「中浦さんもうビールありませんよ」
「フロントに電話して二十缶ぐらいまとめてもってくるように……」
エバは微笑んでいた。
中浦が「エバさんの廻りはそういう特殊能力というか一般的に変な人? がなんで多いんですか?」
「今の社会というのは、男女・右左・上下・白黒・善悪というように二つに分かれた考え方をするよね。 でも私達オネェのように中間に属するタイプも実在するの。 どちらか片方の偏った見方をすると見えないことがあるの。 オネェはその中間の見方が出来るから、目に見えない中間のものが見えたりするの。 だからオネェ系のタイプには感応能力者が多いのも事実なの」
大城が「じゃぁ、Hisaeさんもオネェなんですか?」
中浦は「ばか、お前はなんということを……」
エバは微笑んで「いや、Hisae姉さんはれっきとした女性。 ただ魂が男性系なので男っぽい性格なの。 身体も心も女性だけど魂が男性系が強く出たタイプそれがHisae姉さん。 といっても私より年上だから婆さんよね。 ふふこれ内緒、言ったらぶん殴られちゃうから」
大城が目を丸くして「はぁ、でもこんな話し初めてです」
「私達中間に生きる者は、世間からはどこか違う目で観られるからしかたないのよ。 オネェはテレビにも出て市民権を得たように扱われてもやっぱり異端児なの、私達オネェはみんなそのへんのところ自覚してるわ。 肉体がある世界ではオネェがどんなに正論吐いてもしかたないのよ。 宿命なの」
中浦が「今日はじめてエバさんと話していてそんな風に僕には思えませんけど。 むしろ、オネェに対して心地よさが感じられるんですが」
大城も「僕もです。 エバさんって凄い魅力的で好感もてました。 今日の出会いは一生涯心に残ると思います。 編集長やHisaeさんに感謝です」
中浦が「あと、話しの中で花子さんという、もとホームレスの女性の話にも興味持ったんですけど」
エバは追加できたビールに手をかけながら話し始めた。
「ハナちゃんはHisae姉さんと一緒に、以前働いていた池袋の『オネエの髭』に二人で飲みにきたの。 カウンターに座った瞬間だった、ハナちゃん今まで観たことのないくらいオーラが輝いてたの。 この商売やっていて色んな人のオーラ観てるけど特別な光り方してたのが印象ね。 やっぱ、悟りを開いた人って我々俗人とまったく違ったの。
話し始めるとまるで力みや偏りがまったくなく、逆にこちらの思惑が反射されて戻ってきてるような感じがあったわよ。 その瞬間この人には嘘隠しや俗世間でいう、つくろいやお世辞など通用しないと一瞬に感じたの。 だから、私も地でいったわよ。 生まれたままの地でね。 ハナちゃんは私より年下なのに優しいの。 当然誰にでもそうなんだけどね。 悟りを開くって本当に凄いことなんだと実感したわ。 後にも先にも悟った人にあったのはハナちゃんだけ」
中浦が「参考までにその花子さんの話しも聞かせてもらえないですか?」
「良いわよ、でもハナちゃんの話は私よりHisae姉さんの方が付き合いが長いし、詳しいわよ。 私の知ってる範囲でよければ話すけど……」
中浦が「是非お願いします」
「ハナちゃんは大学の哲学科を卒業してから『勤めたい会社が無い』と言って横浜の山下公園でホームレスやってみようと思い立ち、実際にホームレスを何年か経験してるの。
その時に、やはりホームレス中間に次郎さんという哲人がおられて、ハナちゃんは禅問答のような考案を出されたらしいの。 それが『花子の不安をここに持ってきなさい』というものだったらしいの。
ハナちゃんは真剣に寝食をおしみ、考案の意味を考え、半分ノーイローゼになったって言ってたの。 そうするうちに深夜の山下公園で、誰かをかばった次郎さんが若者数人に殺されたらしいの。 答えがないままハナちゃんは絶望の淵に立たされ、結論が出なければ死のうとまで思い込んだらしいの。 そんな絶望の毎日のある朝、死を決意して護岸から
カモメを観ていて大悟徹底、つまり悟りを開いたらしいの。 そして次郎さんの弔いを済ませて実家に戻り父母に報告を済ませたの。
その後、夜の吉祥寺サンロードで人生相談をやっているご婦人の相談を逆にハナちゃんがしてたら、そのご婦人が自分の使っていた椅子とテーブルをハナちゃんに差し出し『明日からこれを使って私の変わりに人の相談にのってほしい』と言い残して去っていったらしいの。 それが切掛けで譲り受けた椅子とテーブルを置いて不定期だけど人の相談に乗ってるという経歴の持ち主。 彼女がもとホームレスの自由人花子」
中浦が「エバさんの廻りには面白い経歴の方がおられたんですね。 他にはどんな方がおられるんですか?」
大城が「僕も聞きたいです。 是非……」
「そうね、音楽アレンジャーのTEIZIって知ってる?」
大城が「えっ、あのTEIZIさんも知り合いなんですか? たしか青森出身の音楽アレンジャーの奇才と呼ばれてるあのTEIZIさん」
「是非聞きたい?」
中浦も「是非お願いします」
「話しの前にビール無くなったから追加お願い」
追加で頼んだ二十缶のビールは三人で簡単に飲み干していた。
二「エバの愛した人々」
大城はビール二十缶を追加でたのんだ。
「じゃぁTEIZIの話しするわね。 彼は花ちゃん繋がりなの。 彼がまだまだ世に出る前は普通にストリートミュージシャンで、週末になると青森からギターを抱えてやってきて都内のいたる所で歌ってたの。 時にはアヤカなど有名なミュージシャンのライブに飛び入りで出ていって歌うのよ頼まれてもいないのに勝手に……」
中浦が「それってどういうことなんですか?」
「ゲリラの襲撃みたいなものなのよ。 当然スタッフに取り押さえられるわけなんだけど。本人はまったく反省してないの、反省どころか『僕の行動のなにが悪い?』ってな感じよ。
TEIZIは五年ほどそんな奇行を繰り返してたのね。 特に井の頭公園が好きでよく屋外ステージで歌ってたらしいの。 そんなある日ハナちゃんがTEIZIの前を通りかかったの。
「おっ、そこのお姉さんオラの歌っこさ聞がねえだが?」
「歌? はい聞かせて下さい」
「おっ、なにが聞きたい?」
「そうね、あなたのオリジナルがいいかなぁ。 あなたのフィーリングにあった歌聞かせてちょうだい」
少し離れたところにいたカップルの男性が「おい、あれって花子じゃねぇのか?」
「そうよ、花子さんだ! それにあのギターの男性ってTEIZIとかいう変態ミュージシャンよね」
「そうだ間違いない。 こりゃ面白くなりそうだもっと近くで見物しようぜ」
カップルはステージのそばに移動した。
「僕、TEIZIです。 シンガーソングライターってやってます。 じゃぁ、姉さん一曲歌うはんで聞いてけれや。 オリズナル曲『猫まるめ』歌います」
アルペジオの綺麗な前奏から始まった。 が、歌に入ったとたんカップルは天を仰いだ。
そのカップルは以前一度だけTEIZIの歌を聞き憶えあったがその時と全然進歩してないと思った。 進歩したのはイントロだけ。 歌は以前にも増して独特の癖が耳障りいや嫌悪感さえ憶えた。
花子はじっとTEIZIのオーラを確認するように後方を凝視していた。 やがて曲が終り花子は拍手をした。
「ありがとうございました。 引き続き『平安の夜』を聞いてやって下さい」
今度も少し長めのイントロがやたら美しく、平安時代のゆったりとした時の流れを感じさる優美な感覚。 イントロが心地よく感じさせた。 が、歌にはいると崖から突き落とされたような感に襲われ、カップルは再び天を仰いでいた。
曲を終えた刹那だった花子が「TEIZIさんありがとうございました。 とっても好かったですよ」
「姉さんありがとうね。お 世辞言っていただいて」
「お世辞ではありません。 本当に素晴らしいイントロ」
「イントロ……?」
「はい、イントロ」
「歌は?」
「歌はイマイチかな?」
TEIZIは少しイラっとして「姉さんも言いにくいことズバリいってくれるな」
「なんで?」
「オラ、仮にもミュージシャンだべ。 これでも歌うたいだんべよ、歌っこの評価もしてけれよ」
「歌ですか…… 歌はTEIZIさんにはチョット正直不向きかも。 歌よりも編曲者が向いてると思います」
「編曲…… なんで?」
「歌手がいて作詞作曲家がいます。 でもそれだけでいい曲と言えるでしょうか? そこに編曲家がいて曲に魂を吹き込んで奥行きが出て完成された曲になる。 人間も骨と肉だけだとタダの生物。 そこに魂が宿って初めて人といえるのでは?」
「はあ……?」TEIZIは突然ギャラリーのオバサンが今まで考えてもみなかったことをどうどうと話すものだから戸惑いを隠せない。
カップルの男が「さすが花子さんだよ、TEIZIを一発で見抜いてみせた」
「あんた何者なんだね?」
「花子」
「花子さんは何なさってるお人だが?」
「ただの花子です」
「お仕事は音楽関係の方ですか?」
「いいえ」
「じゃぁ、なんでオラの歌のことを分かるんだね?」
「私は歌のことは分かりません。 でもあなたのことは今のふたつの曲と歌から伝わってきたし想像できたけど」
「オバハンに、なんでオラの歌のなんたるかが分かるのってかって聞いてるべ」TEIZIは少し苛立った口調で話した。
花子は笑顔で「あなたの生年月日は?」
「な、な、なんだいきなり…… ははぁんさてはオラの話しをはぐらかそうっていう魂胆だなや。 どうだ図星だべ……」
「だから生年月日は?」
「はい、昭和五十五年四月二十三日だ! あっ、言っちまっただ」
花子の目は宙を仰いだ「うん、あなたは発想は豊かです、感覚も申し分ない。 が、歌の感覚というか耳の感覚が乏しいかも……」
TEIZIはじっと耳を傾けて聞いていた。
花子は続けた「編曲の仕事なされば。 けっこう向いてると思う。 音楽に対しての情熱は充分なんだから編曲の才能を磨いたら面白そうね……」
「ひとつ聞いていいだが?」
「どうぞ」
「さっきからオラのどこ見てるだが?」
「うん、ガイドを」
「ガイドってなんなんだっぺか? さっ、もしかして守護霊ってやつだが?」
「そうともいう」
「おめぇ、おっかねぇ姉さんだな」
「あんたも結構変よ」
「が、は、は、はは。 面白い婆さんだな~~や。 このお姉さん気に入ったでや俺に一杯おごらせてくんねえか?」
そうして井の頭公園の近くにある居酒屋「とりあえずビール下さい本店」に二人は座っていた。
TEIZIが「花子さんは何やってらの?」
「私はサンロードで長年座って色んな人の話し相手になってる」
「話し相手って、さっきみたいなガイドがなんとかってやつが?」
「まっ、そんなとこ」
「さっきみたいにづけづけもの言うだが?」
「言い方は色々あるわよ。 人を視て相手が分かりやすいように話す」
「へ~おったまげたなぁ。 オバハン神様か?」
「人間。 その前にわたしは花子」
「申し訳ねぇな。 許しでけろ」
「ふふ、いいわよ。 で、なんで私と飲みたいと思ったの?」
「うん、そこだ、さっき言ってた編曲の話しだぁ。 おら、そげな事いわれたの初めてだったはんでビックリしたべや」
「あぁ、あの話しね、話したとおりそのまま」
「オラ、瞬間的にあだまっこさ電気走ったんだ。 確かに他人の歌を歌う時オラなりにイントロばいつもアレンジするんだ。 イントロの時はみんな聞いてくれるんだけど、歌を歌うと反応が変わるはんで、どうしてかなぁっていつも不思議だったんだ。 だから花子さんに言われた瞬間に解かったんだぁ。 電気が走るってやつ。 ビックリした……!」
「そう、好かったわね」
「うんだ、オラの路線をちょっと変えてみるべがな」
「ガンバってね。 今日のあなたのイントロよかったわよ」
「今度サンロードに差入れ持って行くはんで、またオラと話しして下さい。 今日はありがとうございました。」
エバが「その後、TEIZIは東京の井の頭に居を構え、アレンジの勉強をしたの。 その頃からハナちゃんがTEIZIさんと一緒に私の店に飲みにきたの。 それからの付き合いになるわよ。 あの人のアレンジは型にはまってないから面白いのよ。 普通は時代劇の挿入歌にエレキでガンガンのロック調なんて使わないでしょ。
どちらかというと三味線などの和楽器を使ったそれこそ時代劇風な曲調がそれまであたりまえだったの。 でもTEIZIはその従来の型を無視、自由な発想で編曲するのよ。 でも曲の基本は崩さないところが受けてるらしいのよ。 私は音楽は専門外だからよく解らないけど。 ハナちゃんの影響が大きいわね」
大城が「TEIZIさんはズバリどんな人間なんですか?」
「彼はねぇ、KYと呼ばれてるらしいけど、私は純朴で一本気な人って思ってるの。 自分で思い込んだら脇目もふらずまっしぐらなのよ。 手段を選ばないところが誤解されてKYと呼ぶ人もいるの」
中浦が「奥さんはおられるんですかね?」
「独身。 彼に合わせられる女性っていないと思うよ」
中浦が「どうしてですか?」
「女性はとかく男性を型にはめたがるじゃない。 彼はそういうの嫌いなの。 いつも自分の思うがままに行動したい、だから結婚は合わないかも。 でも、これは私の見方だけど…… 本人はどう思ってるか?」
大城が「青森から出て来て下積み時代のエピソードなど聞かせてもらえないしょうか?」
「そうねぇ、詳しく知らないけど彼はなんでも前向きなのよ。 後ろを振り返ることがなかったわね。 そこは私も見習うところがあったわよ」
「たとえばどんな?」
「そうね、青森から出て来て音楽業界に知り合いもなくいきなり編曲の仕事なんて、依頼がくるわけないのがあたりまえ。 でも彼は音楽事務所に顔を出しては断られる日々が永遠と続いたの。でもあきらめないの。 とにかく僕の編曲した音楽を聴いてほしいと何社も訪ねたらしいの。 時には罵声を浴びせられたらしいの。
アルバイト先や友人にも『もう諦めたら』ってなんども言われたのね。 でも、そんな中でハナちゃんだけはいつも黙って頷いていたらしい。 ハナちゃんのことだから彼の先というか未来を視ていたのかもしれない。
そんな時だった、井の頭公園で友達のミュージシャンと、いつもの野外ステージでアレンジしたAyakaの曲を何曲か披露したのよ。 それをたまたま耳にした音楽プロデューサーの目に止まったのね。 それからはとんとん拍子。 今ではアレンジ依頼が後を絶たないらしいの。 彼独特のアレンジが世に受けたのね。 あのリョウやアヤカも編曲の依頼にくるらしいの」
中浦が「あのリョウやアヤカもですか?」
「そう、その二人は昔TEIZIが素人の頃、無断でステージに上がり歌ったらしいのよ」
「えっ、 勝手にステージにですか?」大城が身を乗り出して聞いた。
「そうなのゲリラよゲリラ。 TEIZIはKYだからそんなこと平気なのよ。 それが今の彼の根底にあるの」
大城が「ゲリラの結末はどうなったのですか?」
「本人はなにも言っていないけど、たぶん警察沙汰かそれに変わることがあったかもしれないね? なんせ付いたあだ名がKY・TEIZIだから」
中浦が「そうですか、あのTEIZIさんが…… 貴重な話しありがとうございました」
大城が「他にどなたか著名人の方でインパクトあるような方おりませんでしたか」
「うん、イラストレーターの零亜さんも顔を出してたよ」
「どんな方でした」
「零亜さんと一緒に来られた川添さんという方ほうが面白かったわよ。 その方が言うにはねぇ」
大城が「チョット待って下さい。 いまレコーダーのバッテリー変えます」
「そう、十五年ほど前かしら零亜さんが連れてきたお客さんで、年の頃なら当時四十五歳前後その男性は話してる途中で止まっちゃう人なのよ。 そして急に面白いことを口走るの……」
「零亜さんいらっしゃいませ~ ご無沙汰~ 元気してたの?」
「うん元気だよ。 エバさんも元気?」
「当然よ、こちらの方は?」
「川添って僕の幼なじみさ、宜しく」
「わたくしエバと申します。 この店のママをやっております。 初めまして」
「はい、川添です」
そこで話しは途切れた。
「ごめんねママ、こいつは話の途中で次元を飛び越える癖があるんだ。 仲間うちで『宇宙人川添』で通ってるんだ」
「あ、そうなんですか…… 川添さんは宇宙人なんですかでも私は驚かないわよ。 この店に来る人は宇宙人が多いの、ていうか地球外生物さんが多いから、川添さんのような方は大歓迎!」
「どうも川添です」
エバが「それ聞きましたけど」
「あははは」川添は赤ちゃんのように純粋な顔をして笑った。
「こういう奴なんだ。 これからもこいつ宜しく頼むね」
三人はグラス片手に「乾杯」
「それから、川添さんはひとりでも店に遊びに来るようになったの。 川添さんのなにが面白いって話しなんだけど、感性が並外れて変わってるの…… よく話していたのが『人間の頭に宇宙が広がってる』っていうのよ」
中浦が「人間の頭に宇宙?」
「そう、時たま電池が切れたように止まるっていったでしょ。 そういう時はたいがい『宇宙に行ってきた』って言ってたの、こんな事も言ってた『人間の目に見える宇宙は本当の宇宙じゃなく仮の宇宙だ』って…… 『本当の宇宙は自分の中に存在し、神みたいなのと繫がっている』っていうのよ、面白いでしょ」
中浦が「その川添さんって何かの宗教関係者ですか? なにやってる人なの? 大丈夫なの?」
「全然普通、普段は何なさってるの? って一度だけ聞いたの、よそしたら井の頭線の保線区だっていうからちゃんとしたの鉄道マンなのよ。 でも、酒がすすむとスイッチが入るのよ。 なんでも自分の奥深くと繫がりやすくなるって言ってたよ」
大城が「川添さんのなにかエピソードのようなもの無いですか?」
「宗教臭いというかそういうスピリチュアル世界の話しはそれだけよ。 とにかく酒が入ると時間の流れが止まって、数分、長い時で十分位は止まってしまうのよ。 なんかソクラテスみたいでしょ、たぶん彼も同じ類の人間だと思う。 鉄道マンやってなきゃ絶対に哲学者かなにかそれに類した職業ね」
中浦が「やっぱエバさんのところにはいろんなタイプの方が集まるんですね」
「商売が商売だから当然かもね。 私の商売ってある意味、憂さを晴らしたくって立ち寄るところでしょ、だから宿命なのかもね」
大城が「長年やってたら客の相手も疲れないですか?」
「逆よ、楽しいわよ。 だって向こうから話題とお金持って遊びに来るわけでしょ。 おまけに私はタダ酒ご馳走になれるし、だからなん十年も商売やってられるの。 私は好きでやってるのよ。 他は知らないけど…… やっていて辛いと思うんだったら辞めりゃあ
いいの…… どんな商売でもそうだけど愚痴ったらキリないでしょよ。 そういう性質の人は何年経ってもどこへ行っても愚痴ってるのよ。
私はいつも『じゃぁどうなれば幸せなの?』って聞いてやるの。 そしたら途端に考え込むの『幸せって何だっけ?』ってね。 あんたは、明石家さんまさんかってねまったく。 金でもいい、物でもいい、幸せがそれらにあるんだったら、それを手に入れるよう努力すればいいのよ。
金や物がある人は悩みが無く自殺者がいないとでも思っているのかしらねぇ…… 金や物が手には入ったら分かるわよ。 その類の人達はそれらが手に入っても、何かにかこつけて永遠に愚痴ってるわよ。
あっ、そうだ思い出した。 店で働いていたゴースト安部ちゃんがいた。 この人も面白いタイプ。 安部さんていう娘なんだけど幽霊と一緒に生活してる娘なのよ」
大城が「幽霊ってあの幽霊……?」
「そう、あのゴーストの幽霊よ」
中浦が目を丸くして「ど、どういうことですか?」
「彼女がひとりで…… いや、ふたりで初めて店に来た時だったわ」
「いらっしゃいませ~」
安部ちゃんがいきなり「バーボン頂けますか?」
「ぶっきらぼうな言い方だったの。 おまけに横には彼女そっくりな幽霊が立ってるのね。あ~また厄介なのが入ってきたなって思ったのよ。 当然でしょ、なんせ着てる服まで同じなのよ」
「エバさんですよね」
「はい、そうですけど……わたしエバです」
幽霊を指さして「彼女にも、一杯あげて下さい」
「……あっ、はいかしこまりました」
エバはバーボンをその彼女の左にそっと差し出した。
「わたし、安部アズミといいます。 横にいるのが姉のミワ。 エバさんには視えてますよね」
「えっ、あっ、はい……」
「私達は住む世界が違っても、いつもこうして一緒なんです」
「お姉さんは病気か何かでお亡くなりに?」
「そうです白血病で昨年他界しました」
姉のミワがいきなり「肉体は無いけど妹とは心で繫がってるの」
エバがミワに「どうして向こうの世界に逝かないのですか?」
アズミは「ふたりでこの世でやり残した事があるの、それを成就するまでは姉は旅立ちません」
「立ち入ったこと聞くようだけど事情聞いていい? でも、話したくなければかまわないの」
「姉は白血病にかかりそれを克服する運命に合ったの。 そしてその事が切掛けで将来医者になり白血病の専門医で世の中に貢献するはずだったの。 それが白血病に心まで冒され自らこの世を去ったんです。 でも、どういう訳か妹の私と繋がりが断ち切れずこういうことになってます」
「へぇ~ 面白い現象ね。 お互いどんな感じがするの?」
ミワが「肉体がない以外は全然以前と同じです」
アズミは「私も姉と一緒に生活してたころと変わりません」
「でも、これからアズミさんは肉体が確実に老化するでしょ。 その辺のところはどう考えてるの?」
ミワが「私に老いはありません。 ただ私も一緒に加齢するというイメージを持つと見た感じが老けて見えるんです」
「なるほどね、そっちは想念の世界だからね。 で、これからどうするのよ?」
「それで私達エバさんの意見が聞いてみたくなっておじゃましたんです」
「私のことはどこで聞いたの?」
「エバさんのことはけっこう有名です」
「片乳って事?」
アズミが「えっ、エバさん片乳なんですか?」
「やばっ!」
ふたりと霊は大笑いし、緊張していた部屋の空気が一瞬にして和んだ。
「私の意見ってとくに無いよ、あんた達が今後どうしたいわけ?」
アズミが「何をしたらいいのか分からない」
「ミワさんは?」
「わたしも」
「あのさ、ミワさんは他の霊の存在は視えるの?」
「はい、今はこっちの世界の存在なので意識すると視えます」
「その存在の思いは?」
「意識したら理解できます」
「じゃぁ、アズミさんが少しカウンセリングの勉強するの。 ゆくゆくはミワさんが相手のガイドと会話をしてアズミさんに伝えるのよ。 アズミさんがその情報をもとにカウンセリングするっていう手もあるわね」
アズミが「それって心霊占いみたいな?」
「正確には占いじゃ無くカウンセリング。 ただ相談者の情報入力のしかたがミワさんの場合は相談者のガイドから直接入手をするの。 それをアズミさんに伝達し判断して相談者とカウンセリングするの…… 早い話が、私がひとりでやってるカウンセリングという裏家業を、あなた達はふたりでするのよ。 ミワさんが通訳をしてアズミさんが判断してカウンセリングするの」
アズミとミワは黙ってしまった。
「どうしたのよ急に黙り込んで…… もういちど言おうか?」
アズミが「違うんです。 ビックリしてるんです」
「何が? わたしなにか変なこと言った?」
「いいえ、うれしいです。 こんなに的確に素晴らしいヒントをもらえて、私達感動して言葉が出てこないの」アズミは頭を下げた。
「でも、すぐに出来る仕事じゃないよ。 なんせわたしの場合はお店があって理解してくれたオーナーがいたから徐々にこんな立場になったけど、ところでアズミさんは今お仕事何やってるのよ?」
「スーパーのレジ打ちしてますけど」
「親御さんは厳格な方?」
「普通ですけど?」
「じゃぁ週に何度かこの店で働きなよ、働きながらカウンセリングのしかたをわたしの横で見て憶えなさい。 わたしも協力するから。 ただしここはオネェの店だからあんたは元男っていうことで働きなさいな」
「もと男って?」
「鈍いわね、すぐピンときなさいね。 本当は男で施術をして、今は女っていうシチュエーションにするの…… 理解できるの?」
「わたしがオカマですか?」目を丸くして言った。
「オカマじゃないの、オネェよ、ちゃんと区別しなさいね。 分かった?」
「はい」
「それと言葉もオネェ言葉よ。 普段女性が使う言葉をイヤらしくデフォルメするのそれがオネェ言葉。 それと極端な気遣いをしなさいねチョット、ミワさんあんたなに笑ってるのよ。 この店には変な霊が憑いた客も多いのよ、油断したらあんたが暗い世界に持っていかれるよ。 心はいつもニュートラルにして怒りは大敵。 相手の思うつぼだからね。
じゃぁ、これから宜しくね。それといい男には手を付けないでね。 いい男はみんなわたしのものだから。 手を付けたらその場でクビだから! 以上」
「こうして不可思議な関係が六年続いたの」
大城が「その後、彼女たちつまりアズさんは独立したんですか?」
「死んだのよ……」
中浦が「えっ、どうしてです? なにがあったのですか?」
「この話をするとわたし辛くなるの…… 本当はこの話はよそうって心に決めて来たのビール呑んだら口がゆるんでしまった……」
「なんとかお願いしますよ。 そうだ大城君ビール追加してくれるかな。 なんなら十リットルサーバーごともってこいって。 それとオードブルもほしいな」
「そう、 じゃぁ話すけど」
三「エバの仲間達」
たしか彼女が働いて一年ほど経った頃だったかしら。 週二から三日だったけど、だんだん店が気に入ったようで、その頃にはほぼ毎日出勤するようになったの。 家族には夜のアルバイトということで承認はもらってるの。けど仕事の内容は内緒なの。 オネェの髭っていう店も当然内緒。 そんなある日だったわ、お店に三人の客が入ってきたのよ」
エバが「福島さん、盛岡さんいらっしゃいませ~」
盛岡が「おう、来たよ。あれ?」
「盛岡さんどうなさいました?」
「エバさんの胸がふたつに見えたから」
「やだ~最初からふたつです~。 ところで今日はお連れさんですか? 初めましてエバと申します。 よろしくどうぞ」
「はい、はじめまして福島と盛岡の同僚で前橋です」
エバが「やだ~福島・盛岡・前橋ですって。 誰か地図持ってきて~」
「いや、ごめん、ごめん僕は安部といいます。 こいつらの幼なじみです」
「あ~~びっくりした。今日は三人で飲んでいらしたの?」
安部が「はい、久しぶりに三人が会ったんで、話しはずんでしまい、けっこうな量飲んでます」
「そうですか、楽しくてよろしいこと、安部さんこれからもごひいきにお願いいたします」
「はい、どうぞ宜しく」
その時だった幽霊のミワがエバに囁いた「この安部さんとアズミを合わせないで! 私達の父親。お願い」
「えっ? 分かった」
エバが「今日は私もこのボックスに座っちゃおうかな。 でご馳走になろうっと」
盛岡が「おや? ママがボックスとは珍しいね。 安部を気に入ったのかな?」
「皆さんが楽しそうだから」
福島が「ほんとうかな?」
「ほんとうだ、てめぇ。 あらごめんなさ~い。 つい男が出ちゃったみたい」
全員笑った。
安部が「愉快、愉快。ママ面白い。 ところで店の娘はみんなオネェなのかい?」
「そうで~す。 みんなオネェです。 まだ工事途中もいますけど」
「そうなんだ、あそこのカウンターの娘。 僕の娘ソックリなんだ。 化粧のしかたが違うけど輪郭や物腰なんてよく似てるよ。 そういえば娘も男っぽいからどこか似てるのかな娘に見せてやりたいよ……」
「そうですか、娘さんに似てるんですか……」
福島が「双子のお姉ちゃんが白血病で亡くなったんだよ」
「そうなんですか…… それは不憫ですね」
「うん、妻と妹は落ち込んだよ。 今でも妻は思い出す度に涙してる。 本当に辛くショックな出来事だった。 僕は今でもたまに死んだ娘が側にいるような気がするよ、声が聞こえてきそうだ」
「ご心中察します。 今日はごゆっくり飲んでいって下さい。 おい、そこのふたりお前らも飲めよ」
三人はまたこけた「だ、ははは」
翌日、エバがアズミに「昨日はビックリしたわね、帰ってからどうだった?」
「父は酔ったまま寝たらしく起きてもその事は話してません」
「そう、それならよかった。 けど不思議なこともあるのね、都内には沢山の飲み屋があるのにさぁ、よりによってこの店に。 とにかく今日もお願いね」
「その時はそれですんだの、そして私もアズミも忘れた頃にある事件が起きたの。 お父さんがひとりで店にやってきたの」
ふたりは身を乗り出した「で?」
「いきなりカウンターに座ったの、しかもアズの前に。 でっ、『焼酎ボトルで』って言ったの。 もう、アズミはフリーズしたまま。 当然よね。
私は咄嗟に分け入り『アズミちゃん向こうのお客さんお願い』
そしたらお父さんが『いや、このアズミちゃんがいい』っていうのね、もう最悪…… 完全にばれると思った。 どうにでもなれって感じよ」
大城が「もうお父さんは知ってたんですかね?」
「でもないの。 死んだミワさんを思う気持ちを、そっくりなアズミにただ聞いてほしかったらしいの、アズミ本人とは知らずに。 で、小一時間ほどひとりで話しまくっていたの。 アズミ目には涙が溢れていたわ。 横を視るとミワの心も泣いていたの。 結局気づかずに帰っていったの。 それはそれで好かったんだけどミワの心に変化がおきたみたいなのね」
安部が「どんな変化が?」
「アズミの話だと『私このままだと駄目、違う世界に戻らないといけない』って思うようになったらしいの。アズミが『そうね、私も精神的にミワに頼らないでちゃんと自立するから光りの世界に帰って』って言った瞬間『アズミありがとう』って言葉を最後に旅立ったの」
中浦が「で、なんで店を辞めたんですか?」
「アズミに好きな男性が出来たのよ。 その事は普通にあたりまえの事なのね。 その男性は海當ちゃんっていう男性で詩人なのよ。 タダの詩人じゃなく、前衛的というか自然児というか形容しがたいの……」
中浦が「自然児? どういう風にですか?」
「例えばこんな事があったの」
エバが「海當ちゃんいらっしゃい。 今日は早いのね」
「ママさん焼酎飲ませて下さい」
「どうぞ、というか、売るほどあるから好きなだけ飲んでちょうだい」
「そうだった、ここは飲み屋さんでしたなるほど」
「なにがなるほどよ、それになんでそんなところで感心するわけ?」
「そうでした、ボクは少し酔ってるみたいです」
「見れば解るわよ! そうだ、海當ちゃんはアズミちゃん初めてよね。 アズミちゃんちょっときてくれる」
「アズミです宜しくお願いします」
エバが「こちら、詩人の海當ちゃん」
「海當です。 詩を書いてます」
「どんな詩を書いてるんですか?」アズミは興味深そうな目をして聞いた。
「僕の書いてる詩のテーマは人間の根源と自然との係わりを表現します」
エバは「あら、わたし始めて聞いた。 いままで何で話してくれなかったのよ! それに、なんでそんな小難しいこと書いてるの」
「僕は小難しいと思ってない。 だって人間は自然の一部だし、どこかで繋がってるから、感じたまま、ありのままを書いてるつもりなんだ。 解釈する側が難しく思ってるのでは?」氷を混ぜながら淡々と言った。
アズミが「今までで気に入ってる詩はありますか?」
「どれも、その都度気に入ってるけど……」海當は不思議そうな顔をしてアズミを凝視した。
「あっ、ごめんなさい質問の意図は、よく自分の作品はイマイチ納得していないっていう アーティストがいるから、そういう意味で質問したんです」
「なるほどね、僕の場合はその都度作品に納得してます。 だから公表してます。 基本自分が納得してない作品は世に出しません。 よく陶芸の作家さんなど、何十年も作り続けて納得した作品は未だに無いとか言ってますけど、僕にはその心境はよく分かりません。
そういう方に聞いてみたいです。 どこが終着点なんですか? って、自分の作品に自信が持てないのにそれを世に出してるんですか? っね! てなこと言える身分に僕もなってみたいですね」
アズミは「あ~~ビックリした。 一瞬、海藤さんって厳しいものの見方する人なんだとビックリしました」
「冗談、冗談。 ごめんね僕はうだつの上がらない吟遊詩人。 季節によっては沖縄や群馬、愛媛とバイト先を転々して好きな詩を創る。 都内では美装のアルバイトをして、たまに作品が売れるとこうして酒を飲みに街に出る浮き草のような男です。 吟遊詩人は格好良いけど僕の場合は浮き草詩人です…… ハイ」
エバが「なんで詩を書いてみたいと思ったのよ?」
「僕は言葉で表現するのが苦手っていうか照れくさいんだ。 思ったことを随筆のように書いていたんです。 ところがある時、文章がだんだんと詩的に変化してきたんです。 短い文章に込める深い意味あいが快感に思えたんですね、気が付いたら詩人という肩書きで行動していたんです」
エバが頷いた「う~ん。 やっぱ海當ちゃんは根っからの詩人よね。 浮き草詩人なんか格好いいよ」
アズミが「嫌いなものって何ですか?」
「嫌いなもの? そりゃあ戦争の類は吐き気がする。 あと地位や権力を振りかざす人たち、それと他人を卑下してでも自分の我を通そうとしたり、上位に立とうとする人。 ちょっと苦手かな、だから個人的には自然や動物が心落ち着くんだ」
「それ分かります。 私は人と触れあう商売してるから本当に分かります。 たまに猫カフェに行ったり、衝動的にひとりで海をみに電車に飛び乗ったりします」
エバが「へぇ~アズミちゃんでもそういうことあるんだ」
「ママさんわたしも年頃のオネエですから」
「ごめん、ごめん、じゃあ後はアズミちゃんお願いね」そう言ってママは違う客の接客に入った。
海當が「君は正真正銘の女でしょ?」
「えっ、どうしてですか? ここはニューハーフのお店ですけど」
「だって君だけオーラが純粋な女性的だもの」
「えっ、オーラが視えるんですか?」
「うん、自然や動物と向き合ってるとなんとなくバイブレーションとかオーラみたいなものが分かるんだ」
「ママやあの娘はどんなにつくろっても、やっぱり男性なんだ。 でもアズミちゃんは完璧な女性…… ちがう?」
「おそれいりました。 お客さんにはわけあって内緒なんです。 ここだけの話しにして下さい」
「うん、分かったよ。 それに、僕には関係のない話しだから」
「これがアズミと海當さんの初めての出会いなの」
大城が「それからはどこにでもよくある、ホステスと客の恋愛に発展というパターンですね? でもそれがどうしてアズミさんの死と繋がるんですか?」
「そこなのよ、交際してから一年ぐらいした頃。 彼女が海藤さんの事でこんな話しをしてたの……」
アズミが「エバさんチョットいいですか?」
「なに?」
「じつは海當さんのことなの」
「海當ちゃんがどうかした?」
「私とお付き合いして一年ぐらいになるんですけど、徐々に気付いていたらしいの」
「なにが?」
「詩が創作出来なくなってきたみたいなんです」
「どういう事? 具体的に話してちょうだい」
「彼の創作って、あるパターンがあったんです。 感性でものごとを捉えて文章にするっていう。 たとえばスズメを見てスズメの波長に同調してそれを詩にするという具合なんですけど、それが最近は同調できないって悩んでいるの。 話を聞いた時は一過性のものかなって思ったのね、でも違ったんです。 最近は自然を見ても動物を見てもなにも感じなくなってきたみたいなんです。 どういう事か分かります?」
「チョット待ってね」ママは数分瞑想に入った。
目を開けて静かな口調で「海當ちゃんは普通の人間の感性になってきたのね」
「つまり?」
「アズミちゃんと付き合ってから普通に嫉妬心をおぼえたり、一般的な喜怒哀楽という彼に今まで忘れていた感情が芽生えたのね。 その感情が優先されたから詩が書けなくなったのかも。 つまり詩の感性とアズミちゃんへの感情は反比例してしまったのかもね」
「それって、恋愛したがゆえに詩が書けなくなっちゃったっていうこと?」
「うん、早い話がそういうことみたい」
大城が「で、ふたりはどうなったんですか?」
「直接アズミから聞いたわけじゃないけど、彼女が身を引いたのね。 死というかたちで、べつに死ななくてもいいと思うんだけど彼女は死を選んだのよ……」
大城が「単純な疑問ですけど、ただ別離ればいいことじゃないんですか?」
「そこ、そこなの、これは私の憶測なんだけど、たぶん彼を動かすには感性に訴えかけるのが好いと思ったんじゃないかしら、その手段が人間にとって最大の問題である死だったのよ…… 自分の付き合っていた彼女が自殺した。 これは一生涯心に残る出来事よね。自殺が海當ちゃんを復帰させる切掛けになると思ったんじゃないかな?」
中浦が「で彼は復帰したんですか?」
「逆。 あと追い自殺してしまった…… 雪の降る寒い朝になんともやるせない話しでしょ。 死ぬことはないのにね、生きていれば違う術もあるのにどうして死に急ぐかしらね。
ふたりとも素直で優しいひとだったのよ。 特にアズミちゃんは素晴らしい娘だった。 人間的にも魅力的な人。 店の客もみんな泣いたわ。 店ではアズミちゃんを偲んで追悼の会を客が変わる毎に何回もやったのよ! わたしはその都度大泣きした」
エバの目には涙が溢れていた。 中浦と大城は、アズミが本当にこの店のママと客に愛されていたんだと分かった。
中浦が「今日は本当に素敵な話しありがとうございました。 原稿が出来たら一度目を通して下さい。またこちらから連絡します」
四「エバの部屋」
月刊Oneyan十二月号「伝説のオネェ エバ特集」の記事は予想以上に好評で、編成会議では今後もエバのコーナーを設けようという案が浮上した。 エバもその案を快諾した。 但し、エバからの要求で前回同様中浦と大城が担当で、インタビュー形式でというもの。
初回インタビューが始まった。
中浦が「月刊Oneyan十二月号の記事が好評価で、多くの読者から『今後も継続してほしい』との声が多かった訳ですが、このことについてどう思われますか?」
「私も分からないよ、だってそうでしょ。 オネェの世界ではどこにでもある普通のことなのね、変わった話しや話を面白く作ったわけでもないのになにが好いのかしらねぇ?
月刊Oneyanの読者って変人が多いの……?」
中浦が「本の読者はオネェばかりとは限りませんよ。 隠れオネェやオネェファンなど全国に購読者はおります。 とくに十二月号は伝説のエバさん特集で予想の一.五倍は売れました。 これは快挙です」
エバが「良かったじゃない。 で、今回は何が聞きたいの?」
中浦が「大城君れいのものを……」
大城は書類封筒の中から一枚の紙を出しエバに差し出した。
「はい、これは当社に届いた読者の声をランクごとにまとめたものです」
エバが紙に目をやった。
「何々……? 1位が『エバさんの生い立ちが知りたいです』 答え、知ってどうすんのよ。 2位が『エバさんの好きな男性のタイプは?』 答え、好きになった人がタイプ。
3位が『今お付き合いしてる男性はおられますか?』 答え、今いない。 4位が『Hisaeさんのことを教えてください』…… 5位が『今後の展望は?』答え、そんなもの無いわよ。 ふ~~ん、どの質問もベタね。 Hisae姉さんか? これは私が言うよりあんた達が直接姉さんにインタビューして記事にしなさいな。 私なんかよりもはるかに面白い感性してるわよ。 ここの読者もきっと喜ぶわよ」
大城が「Hisaeさんもオネェなんですか?」
「馬鹿ね、そんなこと姉さんに云ったらぶん殴られちゃうわよ。 彼女はれっきとした女よ女。 たぶんね。 でも、正確には男に近い女かな…… これ、私が言ったって内緒よ。本人も気にしてるんだから」
中浦が両腕を組んで「初回ですし今回のテーマはどうします?」
大城が「とりあえずビールでも飲みますか?」
「あんたねぇ、なにも話してないのにもうビールって…… そういう気の利くところが好きで指名したのよ」満面の笑みだった
「かんぱ~い」
三人は一時間ほど別の話題で盛り上がった。
突然エバが「そういえば、今日ニュースで女性議員の鈴木鶴さんの政治献金問題やってたでしょう。 じつは店のというより私のお客さんなのよ……」
大城が「どっちの店の?」
「どっちも。 ていうか私の客なの、彼女も私のファンなの」
大城が「どこで知り合ったんですか?」
「知り合ったのは二十年ほど前かな? オネェの髭に通ってたお客さんだったの。 その頃は政治家でも何でもないただのOLさんだったの。 でもある時……」
「エバちゃん。 私、今の会社辞めようと思うの」
「夢園化粧品を…… なんで?」
「うん、じつは私、政治に興味があるのね」
「えっ、政治?」そのときは当然耳を疑ったわよ。
「私ねぇ、新聞の政治欄を読むのが小さい頃から大好きだったの。 当然朝夕のテレビニュースや報道番組は大体見てたの。 二十歳くらいの時は日本の政治の流れが読めるようになったのね。 あの中田丸男総理の飛行機の斡旋問題や脳梗塞で倒れるところまで読んでいたの。 正確には心筋梗塞か脳梗塞どっちかだと思ってたけど。 ニュースで見たときもああやっぱりって感じ!」
「なんで? そこまで読めたの?」
「ある時、この国の政治経済の流れを、角度を変えて斜めから観察して観るようにしたの。当然私流の、そしたら予想したことが次々に的中したの」
「つまり、どういうこと?」
「この国は、各党や団体の表現は様々だけど、全体的な流れの方向は一緒なの。 あるシナリオがあって、そのシナリオ通り事が運ぶの、無理なく自然と合法に。 政治家を失脚させるのも簡単、金のスキャンダルか身体の不調和なの。 最近は異性問題もその一つの手段。 ちなみに血栓を溶かす薬があるんだから、逆に血栓を作る薬も作れるの。 政治家は誰とでも握手をするから薬の注入は簡単なの……」
「国や役所の取り決めには、必ず反対する人も多い でしょ」
「うん、反対側もシナリオに仕組まれてたらどうします?」
「つまりどういうこと? 反対側にも賛成派の息がかかった人間がいるっていうこと? 反対派が勝つことだってあるでしょ」
「そこなの、彼らかすると負けもシナリオ。 反対派がいつも負けてばかりだと国民は疲れるでしょ。 たまには国側も負けないとね、反対派の空気抜きよ。 政治家もそう、与党野党がいてバランスをとるの。 今は、昔のように一方的では駄目なの」
「鶴ちゃんの言いたいことは分かるけど、そこまで読んでいてなんで今、政治家になりたいの?」
「知りたいの」
「知りたい? 何を?」
「この戦後脈々と続く日本の流れを覆す弱点が必ずあるはず。 その弱点を利用すれば何かが変わるそして好転すると思うの」
「面白いこと考えるのね、で鶴ちゃんの今後はどうするの?」
「とりあえず与党の関係事務所に所属するの。 そして私流の準備をする。 早く地位を確立して党からの推薦を仰ぐ。 今の流れだとそうなると踏んでるの」
「言ってることは分かるけど、もう少し具体的に話してくれる?」
「エバ姉さん、この国の国民は福祉に弱いの。 選挙に福祉を持ち出すのは票集めの手段。 但し、ただ普通に福祉を出しても駄目。 もう国民は飽きてる、そこで私の考えてる福祉政策を掲げて立候補するシナリオなの」
黙って聞いていた大城が「ど、どんな政策ですか?」
「私にも『姉さんにもまだ言えない』って、口を閉ざしたの」
中浦が「でも、彼女は当選してますよね。 僕の知る限り彼女は普通の福祉政策で特別印象に残るような政策では無いような?」
「そこなの、私も当選した後にそのことを聞いたの、そしたら『奥の手を出さなくっても簡単に当選を約束されたからとりあえずいいの』ってな具合よ」
中浦が「そうなんですか。 鈴木鶴議員はそんなことを、面白いサクセスストーリーですね、今度彼女に会わせてください。 興味あるな」。
「いいわよ、その時期が来たら言ってください。 あっ、ビール追加して」
中浦が「おい、大城君どうせなら十リットルのサーバーで持ってこさせて」
エバが「これはここだけの話よ。 彼女まだ現役だからね」
「でも今回の献金問題が……」中浦が言った。
「大丈夫、たぶん彼女は潔白。 それが証明されたら以前にも増して彼女の株が上がるわよ。 たぶんそれも彼女のシナリオかも…… 成り行きが楽しみなの」
ビアサーバーが運ばれ三人は一息ついた。
大城が「エバさんは政治家にも人脈があるんですね」
「人脈って言うほど大げさじゃないの、普通に店のお客さんよ。 私の場合客のコネを利用したことなんて今まで一度もないよ。 家電や服を買うにも利用したことないわよ。 街を歩いていて偶然会っても失礼だけど私は無視してるの。 むこうも昼にオネェと道ばたで挨拶したくないでしょ、そういうもんなのよ」
大城が「そうですか僕なら声をかけてもらったら嬉しいけどな」
「あなたが会社の大事なお得意さんと歩いている時でも?」
「……?」
「ねっ、そういうものなのよ私たちは、オネェが市民権を得たように気をつかって面白おかしくマスコミや世間は言うけど、それは表面的なことだけで本音は別かも。 それよりか、今思い出したんだけど客の中にソクラテスみたいな女の子がいたの。 どんな娘かといえば見かけはバラエティーに出る鈴木紗理奈似かな。 その娘ったら会話してる最中とか突然前触れもなく意識が抜け出てしまうのよ」
中浦が「抜け出るってもしかして魂が?」
「そう、店に一人でひょっこり入ってきた客だったの。 私は綺麗な娘がひとりで来たんだ珍しいなあって思ったの」
「いらっしゃいませ~お一人ですか?」
「あっ、はいひとりでもいいですか?」
「全然かまいません。 いらっしゃいませ私がこの店のママのエバです初めまして」
「瑠璃です」
「瑠璃さんかぁ…… 可愛いすてきな名前でね」
「今日は会社かなにか飲み会のあとですか?」
「はい、帰宅するため駅に向かってたら、急にこのビルに入らなくっちゃて思いました。気がついたらこの店の前に立っていたんです。 不思議? と思っていたら急に誰かに押されたような感じがして店に入ってしまったんです。 そしたらママさんが『いらっしゃいませ』って」
「そうですか、たまにそういう人がいるんですよ。 瑠璃さんと店と縁があるんでしょうかね・」
「私、みんなから不思議ちゃんっていわれてるんです。 やっぱり変ですよね」
「何をおっしゃいますか、私も不思議ちゃんですから瑠璃さんとおなじ。 とりあえず乾杯しましょ。 不思議にカンパ~~イ。 ちなみに瑠璃ちゃんはどういう不思議ちゃんなんですか? 聞いていい?」
「私はねぇ」
そのまま五分ほどグラスを持ったまま止まってしまった。 それを察知したエバは自分も体外離脱をして瑠璃の意識を追った。 次の瞬間目の前に広大な海が広がる砂浜に移動していた。 瑠璃と思われる少女が水平線をじっと眺めて座っていた。
エバが声をかけた「瑠璃ちゃん」
声のする方を振り返った瑠璃は「エバさん、どうしたんですか?」
「あなたの意識が飛んだから追いかけてきたの。 いつもここに来るの?」
「はい、わたしのよく来るところです」
「そう、ここ穏やかでキレイな海ね」
次の瞬間店のカウンターにふたりは戻った。
瑠璃は「えっ! エバさん今私と一緒でした?」
「そう、急に瑠璃ちゃんが止まったから私後を追っちゃった」
「初めてですこんなの、いつも突然意識が今みたいに突然飛ぶんです。 それを観た人達が私のこと不思議ちゃんって呼ぶようになったんです」
「なるほどね、分かるわよ。 でもその力自分で制御できないの?」
「何度か試みたんですけど無理でした。 勝手に飛んじゃうんです。 エバさんはさっきみたいに自分で意識して出来るんですね。 そのやりかた教えてもらえないですか?」
「他人に教えたこと無いけど私の場合はガイドにお願いするの」
「ガイドさんですか…… どうやって?」
「たとえば今の場合は『ガイドさんこの子の意識と重なりたい、お願いします』ってな具合にお願いしたの。 そしたらあなたの居る海に出たの」
「私も出来ますか?」
「瑠璃ちゃんは簡単だと思うよ。 但し、今は駄目よ試すのは家に戻ってからにしてね」
「それが彼女瑠璃ちゃんとの初対面だった」
大城が「体外離脱ってやつですね。 でも、それがどう不思議なんですか?」
「そう、体外離脱は誰でも経験してる普通のことなんだけど、彼女は自分のパラレルセルフにも重なることを習得したのよ」
大城が「ちょっと待ってください? そのパラレルセルフって何ですか?」
「パラレルワールドやパラレルセルフというのは、今この地球や自分と平行する似ているけど違う世界が、複数存在するという考え方なの。 もっと分かりやすくいうと同時に進行する複数の平行した世界」
中浦が「具体的に彼女の場合どのように?」
それからふた月ほどたった頃だった。
「瑠璃ちゃんいらっしゃい」
「エバ、ママお久しぶりです」
エバは棚のボトルを探しながら「その後どう? なんかいいことあった?」
「いいかどうか分かりませんけど、パラレルの自分と何度も重なって向こうのわたしの技術を習得してます」
「へぇ、面白いこと発見したのね、で、具体的にどんな?」
瑠璃はショルダーからスケッチブックを取り出してエバに開いて渡した。
「何かしら?」エバは微笑みながら目をやった。
「……なにこれ? 瑠璃ちゃんが描いたの?」
そこにあったのは鉛筆だけで描かれていた風景画や人物、動食物など緻密な写実画だった。
「はい、もうひとりの私は絵描きさんをやってました。 私も絵が好きなので彼女に重なって絵の描き方を勉強して出来上がったのがその絵です」
「へぇ、上手に技術を習得したのね、すばらしい。 で、これ何回ぐらい重なったらここまで書けるようになったの?」
「三回です」
「えっ、たった三回で…… そっか、元々絵の才能が瑠璃ちゃんにもあるから習得が簡単なのかしらね、私にはパラレルって理解できるけど実際にこの目で見ると感動するわすごいよ瑠璃ちゃん」
「私もびっくりです。 こんなに早く上達するんですもん」
「で、他に経験したこと無いの?」
「詩です」
「詩を書く瑠璃ちゃんも存在するの?」
「恥ずかしいけどいました」
「なにが恥ずかしいのよ立派な才能じゃないのよ」
「でもわたし詩は興味ないんですねだから」
「いっそのこと詩も習得して自分の絵に詩を入れて、ひとつの作品にしたら面白いと思わない?」
大城が「絵に描いた詩か? なんかラピスさんみたいですね」
中浦が声を大きくして「そっか、そういうことか……」
大城が驚いて「中浦さんなんですか急に? どうしました?」
「中浦さんには分かったようね」エバが笑みを浮かべていた。
中浦は深く頷いた。
「ど、どういうことですか? 二人して」
中浦が「瑠璃っていう字は瑠璃色の瑠璃だろ。 英語スペルだと?」
「R・U・R・Iですか?」
中浦とエバは顔を見合わせて笑った。
エバが「日本語で瑠璃、英語では?」
「ちょっと待ってください」大城はスマートフォンを取り出し操作した。
中浦が「なんて?」
「ラピスですけど」
中浦が「大城君、なんか気づかないか? 今までの話の流れから?」
「ラピス? えっ、もしかしてあの画家のラピスさん……?」
エバは笑みを浮かべ首を縦に振った。
「そうなのよ、ラピスも店の常連さんなの、画家ラピスの作品がどのように生まれたのかというエピソード。 もう一つは出会いよ。 これも面白い話があるけど、彼女のプライバシーだから私は言えないけど結構面白いのよ」
中浦が「エバさん記事には載せませんから。 頼みます我々にも教えてください。 絶対に他言はしません…… なんとか」
「いいわ、絶対内緒よ」
「はい」ふたり同時に返事した。
「ある時珍しく同伴で店にやってきたの、彼はちょっと年上の男性だったわ」
「いらっしゃいませ~」
小声で「瑠璃ちゃん久しぶり。 今日はデート?」
「ええ、ママに紹介したくて連れてきました」
「まあほんとに始めましてエバです」
「初めまして、志田と言います」三人はかるい挨拶を交わし飲み始めた。
「私が瑠璃に質問したの『どこで知り合ったの? 好青年じゃない』って、そしたら答えが面白いのよ。 瑠璃曰くパラレルの世界の私が付き合っていた彼が気に入ったので、こっちの世界にも存在するはずだと考え、そして実際に探し当てたらしいの。 でも、案外近場にいたっていってた」
中浦が「なるほど、理屈では合ってますよね、でもすごい根性というか気迫というか何かを感じます」
「そうでしょ、私もよく考えたねって瑠璃ちゃんをほめたわよ」
大城は「じゃあ今ある瑠璃さんはパラレルのおかげっていうことですか?」
「そういう見方もあるけど、おかげというよりも定めを早めに引き寄せたっていう言い方もあると思わない?」
中浦が「定めを早めに引き寄せたのですか…… なるほど。 でも単純な疑問なんですけど、本当は出会うはずの彼がこちらの世界では何らかの事故等で既に他界していたっていう場合どうなるんでしょうね?」
エバが「そうよね、そういう場合は独身で通すか、あるいは違う人と知り合うのかしらね?運命には保険が掛かってるって聞いたことあるから」
大城が「って云うことは、何でもありという事ですか?」
「あんたも歪な考え方するのね? でもこの世の未来は絶えず変化するのよ。 何らかの意味がそこにあるの。 偶然はひとつも無いの」
中浦が「話を戻しますが、その二人はその後どうなりました?」
「ちゃんと結婚して子供もいて、普通に幸せに暮らしてるわよ。 何年かに一度は彼女と会うようにしてるの。 やっぱり今でも会話中に飛んでるけどね。 そこんところは変わらないわ。 男女の縁ってどんな切っ掛けであれ上手に絡み合ってるのよ、すばらしい」
中浦が「政治家、芸術家、あと著名人はいませんかね? 読者が喜びそうな芸能関係の人とか?」
「沢山いるけど、みんな現役だしプライバシーの問題だから勘弁してね。 あっ、そうだ歌手のファイの話しようか。 彼ならいいかも」
五「エバとファイ」
中浦が「政治家、芸術家…… あと著名人はいませんかね? 読者が喜びそうな芸能関係の人とか?」
「沢山いるけど、みんな現役だしプライバシーの問題だから勘弁してね。 ん?…… あっ…… そうだ吟遊詩人? 歌い手? ファイの話しようか」
大城が「ファイさん? すいません勉強不足で、どんなジャンルの歌い手さんなんですか?」
「そうよね、ファイさんのジャンルは? フォーク? 無いね、ほとんど無名っていうか、夜の世界だけで食べてるっていう歌手。 でも昔のような流しとも違うしジャンルね? 分からない」
中浦が「分かりません」大城も頷いた。
「じゃぁ、私が彼のこと私的感情を入れずに、見たまま感じたまま話すから、そちらでイメージつくってよ。 変な先入観は入れない方が彼の場合いいかもしれない」
「はぁ?」中浦と大城はお互いの顔を見た。
「彼、つまりファイさんは店を始めた頃の客で、常連の三上さんが連れてきたお客さんだったの」
「三上さんいらっしゃいませ~ あらっ、今日は珍しくお二人ですか?」
「うん、ママこいつ僕の友達の村田、通称ファイっていうんだ」
「初めましてエバですようこそ」
「ぼ、ぼ、僕はファイです」
「ごめんママ、こいつ言葉少ないんだ。 こう見えても新宿で歌手をやってるんだ。 といっても流しともチョット違うんだけどお客の顔を見てその場で歌を作るんだ。 当然歌詞も曲もアドリブ。 一回歌った歌は二度と歌えないけどね」
「えっ、どうして歌えないの?」
「い、い、一回歌ったら忘れちゃうんです」ファイは下を向いたままぼそぼそと話した。
「そうなんだよ、こいつは記憶力が超悪いのが欠点なんだ。 歌っていて客にアンコールされても同じ歌は歌えないのさ。 それがこいつの持ち味かもしれないけど」
エバが「ふふっ、面白いのね……」
大広が「それだけじゃないんだ、歌は食べていくための手段で、本当に好きなのは動物や自然と会話するのが好きなんだ。 変った奴なんだこいつ」
「へぇ、動物と会話ねぇ面白い。 でも自然と会話ってどういう風に?」
ファイが「主に木とか、い、い、石と話すのがす、す、好きですけど」
エバが「動物は私も会話する時あるから解るけど、木や石はどんな風に?」
「は、はい。 自然や環境や気候のことだとかですけど……」
「……? 具体的に教えてくれる?」
「き、き、き、基本的に季節など自然のサイクルの循環というか、そういうものです。 ちゃんと意思があります。 た、た、多少の感情も感じます」
「感情ねぇ……」
「いつも、お、お、穏やかで心地良いです。 ぼ、ぼ、僕は好きです。 木は動物たちと触れあってます。 人間のような会話ではありませんけど。 す、すべてバイブレー
ションでコミュニケーションしてるようです」
「例えばどんな会話してるの? 興味あるおしえて」
「き、き、木がリスや小鳥に『これから嵐が来る』って教えたりします」
「で、リスたちはなんって?」
「ありがとうっていう気持ちを伝えます」
「ひとつ良いかしら、その時ファイさんは何処にいるの?」
「木の下で、こ・こ・小鳥たちと遊んでますけど……」
「ふ~ん、人間には興味ないの?」
「あ、あ、あります。 ぼ、ぼ、ぼくは人間だから……」
三上が「へ~人間に興味あるんだ。 初耳だよお前が人間にねぇ、へぇ、こりゃ大発見」
エバが「じゃあ女性は?」
「ま、ま、丸くて柔らかいです」
「それってファイさんの女性へのイメージでしょ。 そうじゃなくって女性に興味あるの? 付き合った人いるの? ってことよ」
「付き合った人いませんけど」
「付き合いたいと思わないの?」
「付き合ったこと無いからわ、わ、解りません」
「そっか、変な質問してごめんなさいね。 あなたと話してるとエバ母親になったような錯覚になるわよ。 ごめんね話し戻すね、いつ頃からその能力身についたの?」
「しょ、小学校の時、飼い犬のゴ、ゴ、ゴ、ゴンが死んだ時からです」
「どんな? かまわなければ聞かせてよ」
「しょ、しょ、小学校三年の時、道路で僕が遊んでいたらバ、バ、バイクが僕に向って暴走してきたんです。 そしたらゴ、ゴ、ゴンがどこからか走ってきてバイクに体当たりしたんです。 バイクは倒れゴンも口から血を流して、た、た、倒れました。 そのままゴンは起き上がることが出来ず、その日の夕方死んでしまいました。
それから僕は三日間食事も出来ずにいました。 正直、僕も死にたいと…… そんな四日目の朝目が醒めたらゴンが僕の布団の横に座ってたんです。 「ゴン何処行ってたの? 身体大丈夫なの?』って聞いたんです。 そしたらゴンが僕の胸に話しかけてきたんです『心配かけてごめんね。 ゴンは新しい世界で生きてるから心配しないで。 ちゃんとご飯食べて』って胸のあたりで聞こえたんです」
三上は「へぇ~そんなことあったんだ」
「その日から猫や犬や鳥たちの言葉って言うか、意識みたいなのが感じられ。 そのうちに木や石にも意識があることが解ったんです」
「ぼ、ぼ、僕にも解らないけどこのグラスは大量生産だから解らないけど、陶器など人の手で作った作品は作った人の意識みたいなものが伝わってくるです」
エバが「どんな風に?」
「師匠か誰かに叱られて内心イライラしながら作った作品だとか。 反対に、なにかは解らないけど楽しいバイブレーションが作品から伝わるんです」
エバが「何となくそれ解るような気がする~ 私は作品から意識の形? なんと表現したらいいのか、物には作った人やその物を考えた人などの形があるのよ。 穏やかな形とか伝わるの。 世に出回ってるヒット商品はそういう意味では綺麗な形をしてるの。 なんでこの商品が売れてるのか? 解らないことあるけどすぐ姿を消したりするものそういう事よね意識の形って私解るわよ」
三上が「そんなの考え過ぎじゃないのかな?」
ファイが「そう言われたらおしまいだけど。 三上だって電車で正面に座った女の子が悲しそうだなとか。 楽しそうだとか怒りを感じること無いの?」
「そりゃ人間だから伝わるのさ、でもファイ達のいってるのは石だよ、おかしいと思わない?」
「だって伝わるんだからしょうがないさ」
三上が「それはいいけどファイさあ、どもり直ってない? 今全然どもってないけど?」
エバも「確かに」
ファイが「そう、この感覚は歌を歌ってるときと一緒だ」
三上が「つまりどういう事?」
「頭を使わないで話してるってことさ。 僕の歌はアドリブだから頭を使ってないんだ。湧き出るものを言葉にしてる、だからどもらないけど考え始めるとどもりが出てしまうんだね発見だ。 三上くんありがとう」
「どういたしまして、相変わらず不思議なやつだなお前」
エバが「そうだこの時計から解ること何でも言ってみてくれる?」エバはそう言いながらカウンター下の引き出しから腕時計をとりだしファイに手渡した。
ファイは時計を手のひらに乗せて数秒目をつむった。
「この時計は男性物だけど所有者は女性で、元々の所有者の形見? その所有者は心に暗い影を抱いたまま他界した。 その彼女のことが本当に好きで、なんいがあったか解らないけど淋しい辛いという感情が伝わる……」
エバが「三上さん、ファイさんの能力本物ね」
三上が「どういうこと?」
「この時計はねぇ、女性の常連さんの時計なんだけど、彼氏が結婚寸前に自殺してしまったの。 上司に仕事上の失敗を彼にきせられ彼は死という形でその責任をとったの。 彼の親もなんだか分からないけど結婚に反対だったの、彼女の部屋に残っていた彼の遺品がこの時計ひとつだったってわけ」
三上が「ふ~ん、で、それが何でこの店に?」
「彼女は彼を偲んで過去ばっかり向いて生きるようになったの。 ことあるごとに『これは彼が好きな色』だとか、好みやそのほか何でも彼が彼がって彼女の思考は彼一色なの。
私も初めのうちは、しかたないよねって思ったのね、でも月日が過ぎても変らないのよ。で、私がその時計を半強引に預かることにしたの、それがこの時計ってわけ」
ファイが「ママ、ぼ、ぼ、僕、歌を歌いたいたくなった」
「良いけどうちカラオケないわよ」
ファイは立ち上がり「その彼女に捧げます。 『エンド・オブ・タイム』聞いて下さい。
『私は今も覚えている
湘南のホテル 港が見える窓辺
遠くから船の優しい汽笛が微かに聞こえる
カモメ達の声とともに
あなたは約束してくれた
僕たちずっと ずっと一緒にいようねって
私も黙ってうなずいたよね
そのことばを信じて 信じてきたのに
なのに、突然あなたは別れを告げ
私を残し旅立った 私の心の時計は
時を刻むことを辞めてしまった
もう動かない
もう動かない
時は刻まない
時は必要としない
永遠に永遠に……
今でも心の中にあなたの手のぬくもり
あなたの囁き
あなたのぬくもり
あなたの優しさ
もう動かない
もう動かない
時は刻まない
時は必要としない
永遠に永遠に……
永遠に永遠に……』
切ないバラードだったファイが歌い終わると店は一瞬静寂が走り、数人の微かな拍手がきこえた。
エバが涙を流しながら「わたし、悲しい、か・彼女になにもしてあげられないの」
三上は「なんか切ないね」
ファイが「だ、だ、大丈夫ですよ。 時が必ず解決してくれます。 どんな悲しみも。 また、喜びも、時が経てば必ず薄れます。 この世はイリュージョンですから」
「イリュージョンか…… そうよね」エバがグラスを片手にしみじみと言った。
三上は首をかしげながら「イリュージョンってどういうこと?」
「イリュージョンつまり幻影ってこと。 私たちが観てる世界はたえず変化してる、
つまり幻影なのよ。 どんな喜びも苦しや悲しみそのすべてが一刻一刻変化するでしょ。 変わるものはイリュージョン。つまり幻影…… この世は幻影っていう意味だってことをファイさんはいいたいんでしょ」
ファイは軽くうなずいた。
三上が「イリュージョンか、なるほど幻影・諸行無常…… 確かに言えてる」
ファイが「そ、そ、その彼女は今どうして?」
「うん、ここ数ヶ月店に顔出してないけど、風の噂だと北海道に旅に出たって聞いたけどどこでどうしてることか……?」
「それがファイさんが初めて店に来た時の話」
大城が「ファイさんか…… 面白いキャラですね、今も歌手活動してるんですか?」
「そこなの、それから半年ほど過ぎた頃だった。 もう店の馴染みになってたファイさんが仕事帰りに店に寄った時のこと」
「いらっしゃい、ファイさんお仕事お疲れ様でした」
「こ、こ、今晩は」
「ボトル切らしてるけど入れます」
「はい」
エバが小声で「ファイさん、カウンターの端の赤い服の娘がヨウちゃん」
「ヨ、ヨ、ヨウちゃんって? あの……?」
「そう、例のエンドオブタイム、イリュージョンの彼女」
「あっ、会えたやっと……」
「あらっ、やっと会えたってファイさん会いたかったの? 紹介しようか?」
エバがヨウにむかって「ヨウちゃん紹介するね、こちらファイさん常連さん」
ファイが「は、は、初めましてファイです」
「ファイさん? こんばんはヨウです」か細い声だった。
エバが「ヨウちゃんは最近まで札幌に行ってたのよ」
「さ、さ、札幌ですか、僕も札幌に一年間住んでました」
エバが「ファイさん札幌にいたの? 初耳」
「うん、白石区の菊水っていうところに住んでました」
ヨウが「私は西区西野の友達のところにいました」
エバが「綺麗な街よねぇ、札幌って」
ヨウが「ファイさんは札幌で何をなさってたんですか?」
「いろいろです。 こ、こ、これといった定職はありませんでした。 アルバイトしながら北海道を観光するのがす、す、好きでした。 ヨウさんは?」
「私はあまり外に出ません。 たまに近所ですけど外に出たぐらいです」
エバが「北海道は食べ物も美味しいわよねぇ」
ファイが「食べ物おいしいですよね。 大通りのビアガーデン行きました?」
ヨウは首を横に振った「わたし人混みあまり好きじゃなくって」
三人の会話は途絶え、その日は軽い挨拶だけで終わった。 後日、ファイがギターを抱えて店にやってきた。
「ファイさんいらっしゃいお疲れ」
ファイはカウンターの隅で飲んでるヨウを目にした。
ファイはいきなり「エバさん一曲歌っていいですか?」
エバは瞬間何かがおきると予感めいたものを感じた。
「ハイどうぞ、みなさ~ん。 ファイさんが歌を披露してくれるようです。 聞いたやってちょうだい曲はアドリブです。 あっ、忘れてた。 おひねりは全部わたしが頂きま~す。 よろしく」
ヨウ以外の客は笑顔でファイに目をやった。
「じゃぁ、歌います、聞いてやって下さい。 メッセージ」
もの悲しげなギターのイントロから始まった。 弦を弾く指のすれる微かな音まで悲しさをさそった。 突然変調されギターの音色が風や波音などの擬音を奏でいた。 そして歌い始めた。
君に捧げようこの歌を
小鳥の鳴き 星のきらめく音 みんな君に捧げよう
眩しい太陽が奏でる力音 木々の会話の音
君に捧げよう 君に捧げよう
土の臭い 雨の臭い 君を包むこの臭いはどこから?
誰が? なんのために?
君に伝えよう 愛の歌
君に捧げよう 愛の歌
君に伝えよう 悲しみの歌
君に伝えよう やすらぎの歌
くじけそうになったら 思い出してみよう
口ずさんでみよう 愛の歌を
疲れ果てた時 歌ってみよう勇気の歌を
さあ歌おう 明日の歌
さあ歌おう 未来の歌
君に歌おう 太陽の輝きの歌
君に歌おう 明日への賛歌
ねぇ~もう目を開けて前に進もう
ねぇ~もう目を開けて前に進もう
ギターの音色は一変して激しく弾かれた
立ち止まるな 立ち止まるな
さあ行こう 君の輝ける未来へ
さあ行こう 君の輝ける未来へ
立ち止まるな 立ち止まるな
明日へ 明日へ
ギターの音が止んだ
お帰り お休み
ファイこん身の一曲だった。 店に静寂が走った。 同時にカウンターの隅からすすり泣く女性の声。 エバとファイの視線の先にヨウの泣き崩れる姿があった。 ママはヨウの肩を優しく抱きかかえ会話ルームに消えた。 ヨウの事情を知らない外の客はこの店で今何が起きたのか理解できずにいた。 ファイは疲れた表情で黙って店から出て行った。
大城が「う~ん。 ファイさんって不思議な魅力というか独特の感性の持ち主なんですね。一度お目に掛かってみたいな歌を聞いてみたです」
中浦も「僕も同じです。 興味ありますねぇその感性。 で、その後の彼は?」
「その後、ヨウさんは徐々に変わったわ。 この時計は私に処分してって言ってたの。
ファイさんはそれ以降顔を出さなくなった。 三上さんに聞いたら彼も連絡取れなくなったって言ってた。 どうしたのかしらね、この商売って店で繫がってるから店を離れたらそれっきりって人が多いの……」
中浦が「ファイさんか…… 今日もいい話を聞かせてもらいました。 ありがとうございました」
六「ミナト電気・GUIDE(守護霊翻訳装置)」
月刊オネェ編集部。 中浦が「大城君、今日の帰り駅前で焼き鳥屋でグイといっぱいどうかな? 僕に付きあわない?」
「いいですね、ちょうど一段落できたことだし僕も飲みたい気分でした」
二人は駅前の焼鳥屋ポンポチ駅前店に入った。
中浦が「はい、お疲れカンパイ」
「今回もエバさん特集反響良かったですね」
「うん、やはりあの人は経験豊富だよな、僕たちとは住む世界が違うというかエバさんならではの世界感がいい。 取材する側も楽しいよ」
「ほんとですよね、僕はオネェの世界はもっとなよなよというか…… 独特の世界観を僕なりの持ってました。 エバさんと会うまでは」
中浦は焼き鳥を食べながら「正直、僕もこの編集部に配属された時は、少し不安だったよ、眠れない日が幾日もあったよ」
「中浦さんでもそんなことあったんですか?」
「当然だよ」
その時、後ろから突然二人に声をかけてきた男がいた。
「よっ、おふたりさん飲んでるね楽しんでますか?」
大城が振り向いた「あっ、須田さん」
中浦が「おっ、須田久しぶりだな元気だった?」
「僕もいっしょしていいかな? 中さんのおごりで」
「が! おう、いいよでもこのカウンター狭いから席を変えてもらおうか」
三人は席を移動して改めてカンパイした。 三十分ほど雑談を交わした時だった。
須田が「ところでさぁ、二人は自分のガイドと会話が出来たらどうする?」
大城が「自分のガイドってなんですか?」
須田が「守護霊って知ってるだろう。 それだよ」
中浦が「ガイドは知ってるけど会話ってどういうことよ?」
「会話は会話だよ」
中浦が「そんなこと分かるよ。 俺の云いたいのは」
中浦の話を止めた「全部言うな。 分かってるって非物質の存在と会話するって、どういうことかって聞きたいんだろう? この話は取り上げるかどうかまだ思案中なんだ、だからこれから僕のいうことは黙って聞き流してくれていいから」
「何だよその言い回し?」中浦がのぞき込むように言った。
「ミナト電気って知ってる?」
大城が「はい、知ってます。有名じゃないですか。 いろんな発明品を世に出しおきながら爆発的にヒットしてる最中に突然自ら発売中止にしたという社長。 幻のヒット商品がいくつもあるっていうあのミナト電気ですよね」
「そう、体外離脱装置やメモリービジョン(潜在意識のビジョン化装置)リアルビジョンなど画期的な装置を作ってヒットさせたんだ。 例の世界的大発明の透明金属もあの社長が絡んでるらしい。 そのミナト電気さんがまたとんでもない装置を制作してるらしいってことなんだ」
中浦と大城の目は釘付けになった。
大城が「そ、その先は?」
須田は急に意地悪そうな顔をして「内緒……」
中浦が「須田ちゃん、ここ僕のおごりだったよね、その先言わなくても解るよね、表に出る? 一発殴られたい? で、その話の先は?」
「聞きたい? 聞きたいんだ…… どうしようかな?」須田はにやけながら言った。
二人は素直になずき「聞きたい」
「じゃぁ、ビール」
中浦が「オネェさんビールお願い。 なんならサーバーごと持ってきて」
須田が「さっき言ったけど人間にはガイドっていうのが何人か存在するらしい。 そのガイドと直接会話が出来る装置なんだって」
大城が「装置って? ということは機械ですよね」
須田が「そう、その装置だよ。 ミナト社長は次元を超えるコツみたいなものに熟知してるんだ。 それが今までの発明品って訳」
大城が「で、その装置でなにをどうすれば?」
須田が「大城君は今まで悩んだこととか、大きな選択が目の前に出てきたことって無い?
占い師やその類に相談したこともない?」
「そりゃあ、ありますけど。 基本的に自分で何とか」
中浦が「まっ、大城はほっといてその先」
「その装置で聞きたいことは、おおかた遠回しでも答えてくれるらしい。 これから起こる悪いことも自ら経験して学ばなければいけないことなどは答えないらしい」
大城が「じゃぁ、なんのための装置なんですか?」
「そこなんだ…… ミナト社長曰く『個人的なことだけじゃなく、この世の中のあり方や仕組み、なんでこうなったかなど他に知ることがいっぱいある。 そのために開発したって。 それらに興味を持たない人にはなんの価値もないただの箱だ!』って言ってるんだ」
中浦が「なるほど、それはそうかもしれないよ。 案外本物かもねその装置」
大城が「ちなみにその装置は販売価格はとか販売時期って決まってるんですか?」
「正式には発表されてないけど、受注生産で一台五百万円とかって話だ」
「ご、ご、五百万円ですか? いい値段ですね」
「別世界との対話装置だよ。 真剣な思いで購入してほしいらしいよ。 だから破格なんだって。 安くするとそれなりの価値にしかならないって」
中浦が「その話し興味あるよ。 僕も取材に同行させてもらえないかな」
「中浦さんズルイっすよ。 僕だって同行させてほしいですよ」
「まっ、お二人は部署違いだから僕の書く記事をよんで、もっと聞きたければまたここで焼き鳥ご馳走してよ、その時は裏話も聞かせるから」
そうして三人は店を出た。
数日が過ぎ中浦の携帯が鳴った。 須田からだった。
「よう、先日はご馳走さん。 ところでさぁ、例のミナト社長の取材が今日の夕方あるんだけど、アシスタントが急に同行できなくなったんだ。 アシスタントでよければ中ちゃん取材に同行する? どうする? 興味ありそうだったから声かけたんだけど」
「そうか夕方か、くう、ちょっと無理かな。 大城なら空いてるけど」
「大城君かそれならうちの若いの連れて行くよ。 おまえが興味ありそうだったから掟破りするんだぜ……」
「分かった、俺行く。 何とかするから、はっきりした時間が決まったら教えてくれ」
そうして二人とカメラマンの三人はミナト電気に向かった。
場所はミナト電気社長兼作業場。
須田が「ミナト社長、前回はありがとうございました。 前回の話の内容と今回見聞きした内容を加味して特集を組みたいと思っております。 こいつは少し年をとっておりますが僕のアシスタントの中浦です」
「初めまして中浦です。 よろしくお願いいたします」
「ミナトですよろしく」
須田が「早速ですが前回の続きをお聞かせ願います」
「うん、その前にこのGUIDEを一度経験してみないかね? 君のガイドと対話してみないかね? その方が話し早いと思うんだがどうだね?」
「宜しいのですか? そんな貴重なものを」
「いやなら無理にとはいわんけど」
「いえ、やります。 やらしてください」
須田は装置を装着した。 装置はゴーグルよりも大きなメガネとヘッドホンを装着して胸には丸い円柱形の金属の箱が置かれた。 線がゴーグルとメガネに繋がれている一見簡単な装置に見えた。
須田は心の中で「これが五百万円? うちの社長が乗ってる高級車と同じ? 価値観が解らなくなってきた」
ミナトが「今からスイッチ入れるが、大体二分程度で眉間に光が見えてくる。 それには集中しなくてもいいです。 ほっといてください。 それが過ぎると全体が光の中に融合します。 後はガイドが話しかけてくるはず。 もし何も変わらない場合は自分から『ガイドに応答してください』って心で話しかけてください。 僕のアドバイスはそれだけです。 戻りたくなった場合は手元のスイッチを押してください。以上」
須田は軽く深呼吸をして心落ち着かせた。 眉間に白い光が確認され、そのうち全体が光に包まれた。 宙に浮いた感じがしたその瞬間だった眉間に暖かさが感じられ胸に「久しぶりです」という声が聞こえた。 聞こえたといっても耳ではない正確に表現すると胸で聞こえた? 同時に、この感覚この心地よさがとても懐かしくさえ感じた。
須田がその光に向かって「ガイドさんですか?」
「そう、話が出来て光栄」
須田の心にある思いが過ぎった「この感覚、この存在僕は知っているとても懐かしい」同時に熱いものがこみ上げ涙があふれ泣き出してしまった。
ガイドが「あなたと意思の疎通出来て嬉しい」
「僕をいつも守護してくれてありがとうございます」
「お礼の必要ありません。 あなたは私ですから。 私とあなたの魂はひとつ。 私はあなたであなたは私。 私が地上にいるときはあなたが私のガイドを勤めました」
「何となく分かります」須田はまた泣き始めた。
なおもガイドは「これからも永遠に一緒。 他に質問は?」
「僕は出版の仕事をしてます。 今後も続けるべきですか悩んでます?」
「あなたはどう思う?」
「わかりません」
「わかりませんという答えはない。 どうありたいのか? どう生きたいのか? 未来は未定自分がどうありたいのか思い描く。 そうしないと初めの一歩踏み出せない」
「質問を変えます」
「どうぞ」
「僕にはどんな道が適してますか?」
「過去世では物書きの経験が数度あります。 小説です」
「はあ。話し変わります。 昨年死んだ父はどのようなところに行きましたか?」
「どのようなところとは? 場所を意味しますか?」
「はい、場所です」
「自分の一番落ち着くところ」
「どのような?」
「総ての魂は調和を求めています。 宇宙・自然・動植物すべてへの調和」
「父の魂はこの世に母を初め残した家族をどう思ってますか?」
「どうも思ってない。 今の家族は転生の一環。 人間的な意味合いのいとおしい懐かしいなど人間的な感情は抱いてない」
「どういうことですか?」
「家族は肉体の関係。 実存の世界は肉体が存在しない。 だから家族の意味合いがそちらの世界と違う」
「じゃぁ父は父の求める世界に転生したということですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
「はい、ありがとう」
須田は目を開けた。
ミナトが「はい、お疲れ様でした。 どうでしたか?」
「はい、ガイドと会話しました。 僕のことを熟知してました。 それと昨年死んだ父のことも聞きました。 僕の頭が少し混乱してます」
ミナトが微笑みながら「あなたが装置を装着してからまだ三分しか経ってませんよ」
「そ、そんな? 結構長い時間話した感覚がありますけど」
「言葉で会話しましたか?」
「……? いえ、伝わる…… そう、瞬間的にお互いの思いが伝わった感じです。 今考えると不思議な感覚ですが、なんかそれが当たり前のような感覚です」
「そうなんです。 時間のない世界ではすべてが瞬間なんですね、それがこの世と大きく違うところなんです。 言葉には時間が必要ですがあちらの世界は瞬間、瞬間なんですね、時間の概念がありません。 タイム・ゼロです」
中浦が「あのう。是非僕もこの装置を体験させてもらえないでしょうか。 お願いします」
須田が「ミナト社長すみませんこいつもお願いできませんか?」
「ええ、けっこうですよ。 そうだそちらの方もどうですか? 一生心に残る経験になります。 どうです?」
カメラマンの川添も嬉しそうに深々と頭を下げた。 中浦は装置を着用し息を整えた。
「では、リラックスしてください」
光の中を意識すると光体が目の前に現れ、瞬間胸からこみ上げる熱いものを感じ涙が溢れてきた。
「待ってましたよ。 あなたと話が出来る機会を」
「ぼ、ぼ、ぼくのガイド?」
「はい」
「女性ですか?」
「基本、この世界に性別はありません」
「オネェですか?」
「ふふっ、私、エバさんに視えて?」
「えっ、エバさん知ってるんですか?」
「あなたの知ってることはなんでも」
「聞きたいことがあるんですけど。 この世とあの世ではどっちが本当の世界なんですか?」
「どちらだと?」
「そちら?」
「どちらも存在するので、ある意味真実の世界といえます。 あなたの世界は絶えず変化します。 時間という概念があるかぎり変化し続けなくてはいけません。 物質世界の宿命。これも真実ですイリュージョンですけど。 こちらはその時間という概念がない。 思ったことは即形になって現れます。 だから嘘偽りは通用できませんこれも真実」
「いいですね、僕も早くそちらの世界に行きたいです」
「もう少しそちらで楽しんでください。 その世界は考えようによって地獄も天国もひとつの世界で味わえる貴重な世界なんです。 人間界ならでは。 こちらはそういう意味での刺激はありません」
「そんなもんですか?」
「そうです、あなたも時が経てば必ずこちらに帰るときが来ます。 それまで人間世界を楽しむ。 リズム・波動を勉強してください」
「リズムと波動ですか…… 貴重なお話ありがとうございました」
こうして中浦の体験も終了した。
「この装置はすばらしい一語に尽きますね」中浦がつぶやいた。
ミナト「ああ、ありがとう懇親の自信作です。 発想から十年やっと形になりました。 が、これでも課題があるんです、それをクリアしないと僕的には納得がいかない……」
須田が「たとえばどんな?」
「まっ、カメラマンの方、先に経験してもらいましょう」
川添は二人と同じ段取りを終えた。
「さあいきますよ」
数分間川添の光景をじっと見ていた三人がほぼ同時に首をかしげた。
ミナトが「川添さんどうですかなにか視えましたか?」
川添は目を開けて口を開いた。
「全然何も変わりませんけど……」
ミナトが「川添さんはなにか宗教のようなものを信心されてますか?」
「ええ、Sの会に入信してますが」
ミナトは「ああ、なるほどそれが原因かもしれません。 先日も同じような経験しましたが、宗教の信仰者は独自の解釈というか宇宙観があるんです。 だから簡単に受け入れられないんですね。 たとえば、イスラム教の人に禅宗など自力本願は受け付けないんです。それと同じで宗教によってはガイドを認めないのです。 だからこの装置は無反応になってしまったのでしょう」
中浦が「じゃあ無理なんですか?」
「う~ん、この装置で深層心理を変えたことありませんし、視たくない人間に目を無理矢理こじ開けて視なさいとは言えません」
須田が「川添君は今回はあきらめようか」
「はい、わかりました・」
ミナトが「課題というのはこのことなんだ。 科学の見地から云うと誰でも経験できて初めて成功と云えるんだ。 人によって視える視えないというのは非科学的。 信じたら視えるというのならどこかの宗教信者と同じなんだ。 僕のめざしているのは誰でも垣間見ることのできる装置で思想や信仰なんて関係なく経験できるようにするのが目標なんだ」
「う~ん。確かに」須田は頷いた。
川添が「僕は否定してるわけではありません。 Sの会では唯一絶対神というのが存在し、それ以外のものは邪神扱いしています。 教義にガイドの存在が無いのです。 なんせその絶対神の教えが教義の柱ですから」
ミナトが「いいんです。川添さんのいいたいことはよく分かります」
「あっ、はい」
須田が「改めて聞きます。 この装置を今後どのように展開するおつもりですか?」
「正直解らない。いつもそうなんだ、僕は先のことを考えないで作る事に没頭してしまうんだ。 装置が出来て世に出してからいろんな弊害が起きるそして発明を封印する。 恥ずかしい話だが今まで幾度も繰り返した。 この商品は十年の歳月が掛かってるんだ。 でも、今思うに人間は先のことが解らないから努力し試行錯誤する。 その姿勢が素敵なんじゃないかなって。
なんでもガイドに頼ってたんじゃ駄目だと思わない? ガイドに頼る無難な道より、失敗しても失敗してもなん度でも立ち上がる行為が人間らしくって素敵だと思うんだ。 気づくのが遅かったかも……」こころなしか寂しそうなミナト社長の表情だった。
須田が「おっしゃるとおりかもしれません。 失敗が人間らしい好い言葉ですね社長」
「須田君もそう思うか。 うん、決まったこの装置も封印しよう。 人類の明日のために」
こうして三人はミナト電気をあとにした。
中浦が「ミナトさんか、面白い人材に出会えて良かった。 あの『失敗しても失敗しても何度でも立ち上がる行為が人間らしくって素敵。人間の明日のために封印』あのミナト社長かっこいいな。十年の努力を簡単に封印したよ」
須田が「そうだよな十年だもんな…… 俺には出来ないよな……」
七「エバの駆け込み寺」
編集室では中浦と大城が「あの話しだけど君どう思う?」少し浮かない表情の中浦だった。
「良いじゃないですか、僕はエバさんなら快諾してくれると思いますけど」
「うん、そうなんだけどとりあえず話しだけでもしてみようか?」
中浦が携帯をとりだしエバに電話した。
「中浦です。 お世話になってます」
「中さんお久しぶり」
「近々時間をとって欲しいと思いまして? 今後の件でご相談したいことがありまして」
「分かったわ。 じゃあいつものラウンジでどう?」
ホテルのラウンジで中浦と大城が待っているとエバが現われた。
「お待たせ。 今日は寒いわね、ところで中さん改まって何の話しなの?」
中浦が「実は月刊Oneyanが年内で廃刊になるんです。 エバさんの記事で発行部数も伸びたんですけど。 最近は競合も増えおまけに写真入りの記事で扱うもんですから読者がそちらに傾いたのが要因とお思われます」
「そうだったらOneyanも写真を載せたら?」
大城が「編集会議でその事を僕が提案したんですけど、上から『他者の真似は好まん。 当社は当社独自の路線でやるのが社風……』ということなんです。 出版業界にいるにもかかわらず時代の流れという言葉が通じません。 Oneyanを発刊させる時も正直大変でした」
「そう、それじゃ仕方ないじゃないね……?」
中浦が「そこでなんです。 Oneyanの中での人気コーナー『エバの部屋』を何らかのかたちで残したいと思いまして」
「あら、ありがとう」
「そこで大城君とも話したんですけど、当社の既存雑誌のコーナーを借り、違う形で掲載してみてはどうかなって思いまして」
「具体的にどんな?」
大城が「読者の質問や悩みに、エバさんらしい回答のしかたで応えるというちょっと、ありきたりなんですけど考えてみました。 エバさんのキャラならいけると思うんです」
中浦が「僕達、今まで取材して分かったんですけど、エバさんは質問に対していつも的確に即答なさいますよね。 しかも言い方がへんかもしれませんけどエバさんの答えは男と女を超越してる感じが僕はするんですよね」
「どうせあたしゃ、オカマだから…… しかも片乳のね」
「いえあのその……」
「冗談よ冗談。 中さんも早く私のやり方に慣れなさいな、相変わらずお堅いんだから、で?」
「同僚が週刊サンガで編集長やっておりまして、ここに来る前に話しを持ちかけたんです。
そしたらOneyanのエバさんのコーナーのファンだったんです。 で、一度お会いしたいと言われました」
「あらそっ、いいわよ私はいつでもかまいません」
こうして「週刊サンガ」の新コーナー「エバの部屋」として掲載されることになった。読者からの相談や意見にエバなりの言い回しで応えるというもの。 Oneyan最終刊でエバの部屋が今後週刊サンガに移行するとの告知もあり、サンガには読者からの相談やコメントが多数寄せられた。 今まで同様対話形式で記事は作られた。 質問する側は大城が担当することになった。
「エバさん宜しくお願いいたします」
「はい、こちらこそ宜しく」
「第一回目の質問に答えていただきます。 岐阜市はMさんからの質問です。 『私は結婚三年目の主婦です。 主人とは恋愛結婚、子供は男の子ひとりおります。 私の困っていることは旦那が全然私の事を理解してくれないこと。 私は主人のためになると考え行動してるつもりなんですけどとうの本人は理解してくれません。 というか理解しようとしません。私はこのままこの生活を継続していく自信がありません。 どう思われますか?』はいこのようなお便りです」
「どこにでもある話よね。 いいかしら、まず自分の御主人のことを旦那っていう表現はどのようなもんでしょ。 せめて主人とかいってほしいもんよね。 あと誰にでもいえることなんだけど。 相手が自分のこと解ってくれないっていう人がけっこう多いのね、でも反対なの、解ってもらうのではなく解ってあげることが大事だと思うの。
エバの部屋に恋愛相談等にくる人の多くがこのような勘違いが多いのね。 解ってもらうんではなくMさんあなたがご主人のこと解ってあげてください。 あなたが子供を解ってあげるようにご主人にも同様に理解しようと心がける。 それが出来ればご主人との関係はすべて変わります。 愛情の押しつけは自分のエゴの押しつけ。 お節介と愛情をはき違えないように幸運を祈ります。 すべてがハッピーになりますように……」
「具体的にどういう事なんですか?」
「離婚の原因に今の質問のようなケースが多いのよ。 愛情は受けるもんではありません。愛情は与えるものなの。 与えるから帰ってくるの。 この世のいや宇宙の法則。 それをはき違えちゃあだめ。 愛情は与えるもの、与えたものは必ず帰ってきます。 宇宙の法則なの、善いことも悪いことも必ず発した本人に帰ってきます。 次読んでくださいますか」
「次の方は、ハッピーママさんからです。 『エバさんはじめてお便りします。 私の息子はオネエの世界に憧れ高校を卒業し二十歳になったら夜の世界で働きたいと申しております。 私たち夫婦は反対です。 息子の心境が理解できません。 同じような立場のエバさんの意見をお聞きしたくペンを取りました』エバさんどうでしょうか?」
「私の見解を言います。 私の場合なんでオネエになったか、たぶん魂レベルの問題だと考えてます。 理屈では解りません。 理屈で解るのならなんらかの形で解決してます。
私の場合はオネエが楽なんです。 居心地が良いから続けてます。 オネエのほうが私自身を表現しやすいのそれだけです
オネエをやってそれが居心地が良いようであれば、それはそれで正解のように思います。逆にオネエの世界に入ってみたけどしっくりこなくって男の世界に戻る人も多く存在します。 それも良しと私は思うの…… 無理強いをすると息子さんはストレスで押しつぶされますよ。 もう一度よく話し合ってください。 但し、決して感情的にならないでください。 本人が一番悩んでいると思います。 息子さんの人生は息子さんで選択させてほしいものです。 幸運を祈ります。 すべてがハッピーになりますように……」
言い終えたエバの目に涙がひとしずくたれていた。
「エバさん大丈夫ですか? 休憩をとりましょうか?」
「いえ、私は大丈夫。 次お願い」
「はい、次の質問者は山根さん女性の方です。 『エバさん初めまして、私の悩みはお付き合いする人がことごとくDVなのです。 そういうタイプを選んでるつもりはありません。 が、いつもそのような男性と知り合います。 私の何処がそうさせているのでしょうか?見解を伺いたいです』エバさんお願いします」
「はい、この類の相談も多いの。 私が視る限り相談者の親も子供の頃に虐待を受けた経験のある方が多く見受けられます。 自分が大人になってもそのような結婚だけはしまい、
そういう伴侶は絶対に選ばないと心に言い聞かすのですが結果的に親と同じようなタイプを呼び込んでしまうの。 全く違うタイプを選ぶ人も当然いますし、ただ多いのが親と同じタイプを選ぶかどちらかです。 あなたは後者のタイプだったのね。
今度恋愛するときは、あえて好きなタイプと反対なタイプを選択してみたら? いいですか、あなたは自分でDV癖のある彼を選択したの、そのことに気づいたからもう修正できると思いますよ。 意味解るかしらね幸運を祈ります。 すべてがハッピーになりますように……」
中浦が「へ~。そういう事ってあるんですか?」
「けっこう多いです。 幼児期の虐待。 自分が大人になったらこういうタイプが絶対嫌と思いこんでしまうの。 それが知らぬ間に潜在意識に焼き付いていて、気がついたら呼び寄せる結果になるの。 執着って案外厄介なのよ」
「自分に悪影響を及ぼす可能性のある事柄には、あまり執着しないことですね。 ありがとうございました。 次ぎいっていいですか?」
「はい、お願い」
「次は、山形県の栄山妙子さんからです。 『私は、長く生きられません。 肺の腫瘍が確実に大きくなっていて抗ガン剤の摂取も辞めました。 薬を辞めたらなんか心が穏やかになったように感じます。 死を迎える準備が出来たのかもしれません。 エバさんに質問です。 人は死んだらどうなりますか? 良い死に方ってありますか? 教えてください』このようなメールが来てます。 エバさんどう思われます?」
「死の問題ね、この質問思ったより早く来たのね。 死の迎え方は当然人それぞれです。死への恐怖を抱いたまま死を迎える人。 この方のようにちゃんと受け入れて旅立つ人。不慮の事故で一瞬のうちに死を迎える人。 どれも肉体の死は同じ。 じゃあ、人はなぜ死が恐怖と感ずるのか? それは未知への不安から恐怖を感ずるわけ。 人は死が最大の問題なわけで生まれると同時に死に近づいてるのね。
ずばり、死後の世界は死に際の思いが左右されますが、一番左右されるのは生前の行い、考え方がそのまま移行しやすいです。 死んだからといっていきなりガイドが来て天国に直行なんて事はありません。 ましてや坊さんのお経や高額の戒名では天国には行けません。 かんじんなのは生前の思いと行動です。
人は死んだら自分の一番居心地の好い世界に魂は移行します。 色恋が好きな人は好色の世界へ、物欲やお金に執着のある人はそういう意識の人たちのばかりの世界に、暴力や権力の好きな人はそのような世界に行きます。
死んだら突然仏になるなんて都合の良い事はありません。 死んだ人を仏といいますがあれは死んだ人を悪く云う習慣がないので、この国ではそう云ってるだけです。 死んだら誰でも成仏という言葉の使い方は間違ってます。 死んでも仏に成れません。 生前なにをしたか思っていたかこれで決まります。 思いと行動は連動するけどね。
栄山妙子さんあなたは死を超越しました。 だから死への恐怖が感じられないの。 今のあなたは穏やかな気持でいることでしょう。 死後あなたが逝く世界はどういう所か解りませんがこれだけはいえます。 死後すぐに死後ショックという状態が現れます。 何が起こってるのか解らない空白の状態です。 その後、あなたのガイドが逝くべき世界に誘ってくれますから従ってください。 きっと、納得のいく世界が待っています。 すべてがハッピーになりますように……」
「エバさんと付き合い長いですが死後の世界観は初めて聞きました興味あります。 今度ゆっくり聞かせてください」
「聞かせるよりも自分で体験なさいよ。 ハーデス観光っていう霊界専門のツアー会社があるの。 ハーデスって霊界っていう意味なんだけど、そこの会社が考案した装置があるのね、それを装着し体外離脱してそれぞれのハーデス、つまり霊界の階層を地獄界から天上界、神の領域まで実際に体験できるの。 ちゃんと臭いもするし、その世界の住人と話しも出来るのよ。 超リアルなのというより現実よ現実。 私もじつは体験したの。 今もすべての階層を鮮明に覚えてるよ。 機会があったら一度経験してください。
人生観が変わる人が本当に多いの。 当然よね肉体の死後移行する世界がリアルに体験出来るんだから。 この世の生き方が死後の世界に大きく影響するんだから生き方を考え直さないといけないのよ。 多くの人に経験してほしい。 特に戦争をやってる人とか権力を振りかざす人はね…… ただ、高額なツアー代金なのよね。 でも価値あるわよ一生涯心に残るもの。 オプションで死んだ親類とも再会できるプランもあるのよ。
人間世界の考えと全然違うんだ。 経験したらわかるけどなるほどと思うよ。 ハーデス観光は私のお薦めツアーです。 ハワイ旅行より何倍も、いや何十倍、何百倍楽しいよ、生き方に影響与えるわよ。 しかもたった数十万円で。 ごめんね話し脱線してしまったわごめんチョ」
「いえ、興味あるお話でした。では今日最後の質問です。『僕は二十五歳独身です。 僕は何もやる気が起きません。 そういう場合はどうしたらいいですか?』こういう質問ですどうですか?」
「そう、やりたいことがない…… じゃぁ何もしなければいいでしょ。 何日も何日も部屋から出ないでじっとしいてればいいのよ、足の裏にカビが生えるまでね。 そのうち何かやりたくなるの、その時にやればいい話し。 人間生きてればやることあるのよ。 何もすることがないって事はないです。 じゃなければこの世に生まれる理由がないから。 今は見あたらないだけか観ようとしないだけの話し。 以上。すべてがハッピーになりますように……」
このような言い回しが読者、とくに若者層に受け、それを読んだSKUラジオ局の制作スタッフからオファーがあり「エバの駆け込み寺」という名で人気番組内の三十分コーナーを任された。 エバの人柄とオネェ口調がリスナーに受け、生放送の質疑応答形式で任されることになった。
初回は問い合わせのハガキやメールが無いので、エバの生い立ちと経歴で話は終わり。
翌週二回目の放送が開始された。
スタッフからキューのサインが出た。
「はい、エバです。 今週もよろしくお付き合い下さい。 先週は私を知らない方のために簡単な経歴を話させてもらいました。 今週はメールが沢山届いてます。 皆さんありがとうございます。 さっそく電話したいと思います。 その前に内容を簡単にお話しします。 ばず、最初のメールです。
『エバさんラジオを聞いて早速メールいたします。 今私は二人の男生とお付き合いしてます。 どちらかひとりにしたいのですが決断が下せません。 このような場合どうしたらいいのですか? アドバイス願います。 MKより』じゃぁ早速電話してみましょうね」
スタッフがエバのヘッドホンに電話を繋いだ。
エバが「もしもし、初めましてエバです」
「あっ、は、初めましてMKです。 よろしくお願いいたします」
「まず初めにあなたは年齢お幾つですか?」
「二十五歳です」
「それで、二人の彼氏とはお付き合い長いの?」
「二人とも半年ぐらいです」
「じゃぁ、それぞれの癖だとか短所、長所なんてのももう解るよね?」
「はい」
「どっちの彼がデートしてて落ち着く?」
「Fさんです。 でも性格はSさんの方が明るくて楽しい」
「なんで、どっちかに決めないといけないのよ」
「えっ? 普通はどっちかひとりと真剣な交際を選ぶんじゃないですか?」
「なんで? 二人と付き合っちゃ駄目なのよ? 誰が決めたの? 多重婚はこの国では罪だけど付き合う分には関係ないでしょ。 それともどちらかを選ばないといけないわけでもあるの?」
「そんなわけではありませんけど自分的にふしだらというか・」
「あんたねぇ。自分でやってきたことでしょうが。 どっちも好きで真剣ならそれで好いじゃないの。 自分に自信持ちなさいよ。 二人の彼に失礼よどっちかと別れるときは教えて私がその彼の相手するわよ…… なんちゃってね」
「わかりました。 なにか罪悪感を感じたものですから」
「二人とも好きならしょうがないでしょ。 あなたが罪悪感を感じてることがよっぽど罪よ。 二人を比べちゃ駄目。 遊びは良い結果が出ないから注意してね。 あなたの声から察しするとそんな打算的な考えは無いと思うけど。 もし、心に打算的な考えがあるようなら二人とも別れて下さい。 良い結果には鳴りません。 とにかく、すべてがハッピーになりますように……」
「はい、ありがとうございました。 よく考えてみます」
「ラジオを聞いてる皆さん。 自分の行為には必ず責任を持ってくださいね。 逃げ道を用意しないでね。 逃げても逃げても自分の行為の責任は自分で採る。 この世はそう出来てるの。 どんな人も例外は無いの。 次の方お願いします」
「こんにちは僕は二十二歳のHTと申します。 僕って何者か? 何をしにこの世に誕生したのか? 解らなくなってしまいます。 そういう場合どう生きたら良いのですか?」
「自分ってなにか? あんた難しいことで悩んでるのね、正直私自身なんなのか未だ解らないで生きてるけど、たぶん死ぬ間際か死んだら解るかもしれないけど。 やっぱり解らないと生きていけないわけ?」
「できれば知りたいです。 エネルギーを全力投球したいんです」
「なるほど、解る。 解るけどそれを探す旅をしたらどうですか? つまり、とにかく目の前にあるものは自分のために存在するの。 それをこなすとまた違うものがやってくる。そのうち本当にやってみたいものが目の前に現れるかもしれないでしょ。 そういう考え方出来ないわけ?」
「毎日が退屈なんです。 食べるために働くのがしんどいというか面倒くさいのです」
「HTさんは好きな人はいないの?」
「いません」
「そっか、誰かのために生きるとかないんだ」
「はい」
「HTさん、あなたを慕っている家族はいないの?」
「はい」
「毎日何をやってるの?」
「本を読んでます」
「働いてないの?」
「はい」
「じゃぁ、親に食わせてもらってるの?」
「はい」
「いい加減になさい…… あのね、おめえは馬鹿じゃねえの!」
スタッフが慌てて「エバさん抑えてください。 生放送ですから」
エバはヘッドホンを自ら外した。
「いい、よく聞いてちょうだい。 親に食べさせてもらっていて、やりたいものが見つからないって? あんたいい加減にしなさいね。 自立もしてない半端者が生意気言うんじゃないわよたく……」
「どういう意味ですか?」
「世の中、働きたくても諸事情で働けない人間がたくさんいるの。 働いていても派遣の安給料で一生懸命生活してる貧困家庭もたくさん存在するわ。 働きもしない親のスネっかじりがナマ言うんじゃないのよ。 やりたいものが見つからなければ一生そうやって親のスネをかじって活きる気なの?」
「……だって……」
「だって、どうしたのよ!」
「……」
「HTさん、強い言い方してごめんね。 でも聞いてほしい。 あなたがなにもしてないから怒ったわけじゃぁないの。 やることをやってからいう言葉と、何もやらないで言う言葉では同じことを言っても重みが違うの。 あなたのいってることはその後者なの。
とにかくこの社会に属してる限り義務があるの、その義務とはどんな形であれ社会・自治体・国に貢献すること。 つまりあなたが働くことによってその恩恵をたくさんの人が受けることになるの。 それが社会に属する我々の義務なのよ。 その義務をあなたに果たしてほしいの。 それが自分のためになるの。 私の言ってること理解してもらえます?
あなたはご飯食べるでしょ、服も着る、テレビも見る。 それらはみんな誰かだ働いて建設的にあなたの生命や娯楽をつかさどっているわけ。 ひとりで生きられないの」
「やっぱ働けってことですよね」
「究極の話しになるけど、確かにあなたが働けばお金が動いて貢献になる。 でも、私がいいたいのはあなたが動くという事の行為そのものが結果社会貢献つながるの。 あなたが動くために他の人も恩恵を被るし自分も動くことになる。 つまり社会もあなたのために動くの。 あなたも社会のために動く、それがこの世の社会に属するという意味」
「なんだか知らないけど、おとこおんなさん難しいこと言って自分でわかって言ってるの?」いきなりHTの態度が変わった。
「そっか、HTさん。 失礼だけどあなた父親に虐待を受けて育ってない?」
「な、なんでそんなこと…… あ、あんたに判るんだ……」
電話の向こうの青年は明らかに同様の色を隠せない。 エバは青年のある部分を透視した。
「あなた家から出なさい! 一日も早く。 正社員でなくていいから、アルバイトでも何でもいい…… 親元から出ようよ。 安いアパートでも借りて自立してごらん」
「お、お金が」
「そっか、じゃあ半年頑張ろうか? 半年お金を貯めよう。 そして安いアパート借りようよ。 そこから出直そう……」
電話の向こうからすすり泣く声が聞こえた。
その時スタッフが「エバさんあと三分。 エンディングよろしくお願いします」と書いた紙をエバに見せた。
「HTさんもう時間なの番組がもう終わるのね、そのまま電話を切らずに私とお話し続けましょうよ」
「はい、お願いします」
「じゃぁ受話器はそのままね。 え~とラジオをお聞きの皆様話し途中で大変申し訳ありません。 今日の話しの結果は来週報告させてもらいます。 ご試聴感謝いたします。 すべてがハッピーになりますように…… エバでした」
ラジオは終了した。
エバが「もしもし、HTさん聞いてる?」
「はい、聞いてます」
「じゃぁ続き話すね」
「よろしくお願いします」
「さっきも言ったように独立なさい。 あなたにはDVのトラウマがあるの、あなただけでないよ、あなたの父親と母親にも同じようなトラウマ。 つまり親もその親からのDVを受けた心の傷があるの」
「そんなこと、何で解るんですか?」
「あんたがこの世に生まれる前から、私はそういう類の相談を受けてるの。 それはともかく私の話し聞く耳を持ってるなら独立なさい。 いいですか、やるのは自分しかないの、ここで勇気を出して脱皮するか。 従来の自分のままでいるか、どちらも選択権はあなた自身にある。 決めるのはあなた。 私からは以上です。 半年後、もし気が向いたら、またここに電話頂戴よ。 解ってもらえましたか?」
また電話の向こうから泣く声が聞こえた。
「それじゃぁ、幸運を祈ります。 HTさんがハッピーになりますように」
エバはスタッフに一礼をして部屋を出た。 局には放送を聞いた聴視者からたくさんの反響があったが、とうのエバは全く興味を示さない。 エバの頭の中はHTの今後の動向が気になっていた。
スタッフのひとりが「エバさんすごい反響ですよ」
「あっ、そうですか。 視聴率が上がるといいですね。 また来週来ます。ごきげんよう」
八「エバの青春」
エバの部屋がラジオで放送され三ヶ月。 好評で相談の申し込みが局に殺到していた。
チーフデレクターの相木が「エバさん、今日もよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく。 面白そうな内容届いてない?」
「そうですねぇ…… 最近多いのが『エバさんってどんな人? とかエバさんの生い立ちが聞きたい、知りたい』という問い合わせが増えてますけど」
「あら、わたしのこと聞いてどうするのかしらねぇ、物好き? 怖いもの見たさ?」
「エバさんの子供の頃とか、思春期など興味あるのかも、私も聞いてみたいと思いますもん」
「相木ちゃんまで? 聞いてどうすんのよ」
「だって、普通一般と違う世界の生き方って興味ありますよ。 リスナーの皆さんも同じだと思いますけど」
「そんなものなの?」
「そうですよ。 エバさんはある意味新しい風なんです」
「新しい風ね…… んじゃぁ、今日はそれで行きましょうか。 私の子供の頃や思春期の頃から水商売にデビューするまでの男性だった頃の話しに…… だれか相手してくれない? ひとりで話すのつまんないよ。 そうだ、相木ちゃんあんた言い出しっぺだからあんたやってよ」
「えっ、私がですか? ありがとうございます。聞きたいです。 でも私がエバさんのお相手ですか…… どうしよう」
しばらく相木は考えた
「解りました引き受けます。 じゃあいつもの相談コーナーを割愛します」
エバはマイクに向かった「こんにちは、エバの部屋始まります。 今日はいつもの相談コーナーをお休みさせていただき、リスナーの皆さんからのメールの多かった、私に対しての質問のお答えしたいと思います。 内容はエバの子供から青年期までの男だった頃の話しをしたいと思います。 なんで私みたいなオネェに興味あるのか解らないけど、物好きな人がいるようで特別企画『エバの秘密部屋』でいきます。
今日、私のお相手してくれるのは、いつもこのブースの外からガラス越しに指示を出してる生意気なお姉様の相木ちゃんです。 オネェではありませんけど男っぽいおんなです。よろしく」
「こんにちは男っぽいおんな相木です。 よろしくお願いいたします。 押忍! 早速ですがエバさんの生い立ちから聞いていいですか?」
「私は、神戸市で生まれたの、母と姉二人の家に生まれました。 子供の頃はふたりの姉から着せ替え人形のように、スカートなど姉の服を着せられて遊んでいたの。 まっ、それはどこの家でもよくあるある光景よね」
「私も弟にスカートをはかせたりしました」
「でしょ! で、エバは人見知りのせいもあって表で遊ぶよりも家の中でままごとだとか着せ替え遊びなんかして小学校の中頃までずっと姉と遊んでました。 でも、下の姉が中学に入った頃から姉は私を相手にしてくれなくなったのね。 今考えると当然のことなんだけど、私は急に疎外感を感じたの、で、私も同級生と遊ぼうとしたんだ。 でも、どうやって遊んだらいいか解らないし。 来る日も来る日も悩んだけど誰も相談に乗ってくれる人がいなかったの。 学校から帰ると部屋でままごと遊びをやってたの。 当然ひとりで……
そのうち中学に入学し学生服を着る事になったでしょ。 最初は普通に学ランを着て登校していたの。 当然男子学生だから。 でも一年の夏休み前頃、突然その学ランに違和感をかんじたの。 ある時すぐ上の姉のセーラー服着用してみたくなったのね。 姉の留守を見計らって部屋に忍び込んで、ひとりセーラー服を着てしまったのが女装に興味を持った始まりかな?」
「でも、女装は容姿だけど内面はどうだったんですか?」
「そこ、そこなの…… 野球部の長尾君というクラスメートがいたの、話しはあまりしなかったけどいいなって憧れみたいなものがあったの。 それが男の人に初めて興味を持ったはじまり」
「その頃のエバさんは奥手だから、上手にお話が出来なかったということですか?」
「そう、でもそれ以外の面で決定的なことがあって登校拒否。 引きこもりになってしまったの」
「決定的な事って? 聞いてもかまいません?」
「私ねぇ、小学校五年頃からなんだけどガイドと話しを出来るの。 最初はたまにだったけど中学に入った頃からそれが頻繁に起こるようになったの。 友達と話しててもそのすぐ後ろでその友達を慈愛の目で視てる存在がいるの。 私はそっちと話ししていて友達の話し半分しか覚えてないのね。 だからよく友達に『おまえ人の話きいてる? 聞きたくないならそっちに行ってな』てな具合。 そういうことが多くなってきたの」
「母親とかに相談しなかったですか?」
「何度か母に話したことあったけど全然取り合ってくれないの。 そのうちガイドの話しは自然とわたしからは言わなくなったわ」
「それが切掛けで引きこもりになったんですか?」
「ガイドのことは黙っていればすむことなんだけど、心の奥ではみんなとの違和感。 なんでこんな事でみんな喜んでいるの? 本当にこんなことで喜べるの? あんた達みんなに合わせてるだけなんでしょって、そういう角度で友達を見るようになったの。 私はみんなとなんか違う、体も心もすべてがどこか違うと思いこんだの。 そしたら学校に行くのが苦痛でどうしようもなくなったの」
「わかります。 楽しくないけど一緒に喜んでいないと疎外感が感じられる、わたしもそうでした。 嫌だけど私は笑いました。 そして自己嫌悪になりました」
「私は引きこもりを選んだのよ。 何ヶ月も何ヶ月もひとり。 他人に合わせようとする心の葛藤がなくなったから楽だった。 でもそのうち自己嫌悪になったの。 生きてるんだけど霧の中にいるみたいだった。 自分が何処にいるのか? 何処に行きたいの?
自分ってなに? 誰? なにしにこの家に生まれてきたの? もう、疑問と不安で頭の中パンパンだったわよ。
このまま死んだら楽なのかなって、そう思ったら今度は死に方を考えたの。 ガス・リストカット・飛び降り・劇薬だとかそんなことしか考えられないのよ。 相談する友達もいない。 そんな時だった姉が声をかけてくれたの。 私は胸の内を話した『なんのために生まれたのか? その答えを教えてほしい……』って。姉には返す言葉がなかった」
「そうですね、難しい問題ですよね」
「そんな私の悩みを無視してかどうか解らないけど、母は高校進学という進路を提示してきたの『もし母親の決定に従わないなら家を出て行きなさい』ってハッキリ言われたの。
そんなに状態になってる私に三年間学校に行けっていうの。 どうして? 今度は頭の中真っ黒。 母親の話のあと幾日か過ぎたころ、テレビを見ていたら禅宗のお坊さんが『白陰禅師曰く、泣きたいときには泣くがよき候、苦しいときには苦しむがよき候、笑いたいときには笑うがよき候』ってことを言ってたのね。
なんか解らないけど胸が急に熱くなり涙が出て止まらないの。 どのくらい泣いたか解らないけどそのうちなんか知らないけど、開き直ったっていうか胸の奧にあった何かが落ちて急に楽になったの。 なんで? 今までのわたしってなに? どうかしたの? そんな感じだった。 あの経験があってから確実に自分が変わったの」
「で、学校行ったんですか?」
「うん、登校した。 そんなある時母親が学校から帰ってきて泣いてたの。 私の進路の件で担任に相談したら。簡単に無理ですねってあしらわれたの、そんな肩を落とした母を見てわたしはがぜんやる気が出たの。 それから猛勉強してとりあえず都立の工業高校に受かったわよ。 その先生に『絶対無理だ』って言われてた高校にね」
「エバさん根性あるんですね」
「だって目の前で、しかも私のせいで肩を落としてる母親を見てごらん。 申し訳ないの気持ちでいっぱいよ」
「で、工業高校ですか?」
「そう、何でだと思う?」
「機械とか電気関係が好きだから」
「そんなありきたりの事でないの」
「う~ん…… 解りません?」
「工業高校の九〇%以上は男子生徒なのよ」
「えっ! それだけの理由ですか?」
「それだけの理由ってどういうことよなんか文句あるの?」
「あっ、いや、なにもありません」
「高校時代は男ばっかりで気が楽だったわよ。 ちゃんとカミングアウトもしてみんな理解もしてくれたよ。 今でも付き合ってるよ生涯の友ね。 私以外にも数人オネェもいたし、それなりに高校生活は楽しかったよ。 当然お気に入りの男子も三人いたし」
「三ツ股ですか……」
「イヤらしいこといわないの、その頃はプラトニックなんだから」
「じゃあ、案外普通の学生生活だったということですね?」
「表向きはね。 ガイドとの会話などで気が紛れた部分もあるの。 たしかにガイドとの会話は最初は戸惑うこともあったけど、慣れたらどってことないのよ。 いろんなこと教わったよ。 商売、特にエバの部屋では役に立ったの。 ここにこうして座ってるのもその頃の対話が役に立ってるの」
「話し戻るけど家族にはカミングアウトしたんですか?」
「夜働くようになってまもなく家族みんなの前で言ったわよ。 そしたら『なんで今更なの?前から知ってるよ』って簡単にいわれたの」
「プッ!」
「相木ちゃんまた笑った。ちょっと顔かしな」
「じゃぁ、エバさんはオネェで困ったこととか心に深い葛藤は?」
「無いけど母親は悩んだみたいよ。 なんせ長男がオネェだから娘が三人になったわけでしょ、あと継ぎが途絶えたんだから。 たいした家系ではないけどね」
「夜働くようになったのは二十歳過ぎですよね、高校卒業してからの二年間ぐらいなにをなさってたんですか?」
「ミシン売ってたよ。 縁日や地下鉄の入り口でハガキ配ったり、ミシンでハンカチに刺繍したりしてたの。 それなりに売ったよ、私の場合美容室とか女の集まりそうな店にアポなしで飛び込みで入って行くの。 女の職場は嫌だったけど我慢したよ。 どの店も私の会話で笑う人が多かったのね。 それが夜の商売で活かされたっていうか。 ひとつの才能なのかな?」
「夜の世界に入る切掛けはどうしてですか?」
「店舗のディスプレーデザインする会社だったのね。 何度かミシンのカタログ持って出入りしてるうちにある時声かけられたの『あなた私の知ってる新宿の店なんだけど、働いてみない? きっと好いホステスになるよ』って。 僕は男ですからって言ったら失笑されたけど。 何度か顔を出してうちに同じ事言われたの、そしてついわたしから『連れてってください』って言ってしまったの。 今考えてもなんであんな事言ったのか解らないけど」
「それが切掛けでその店で働くようになったんですか?」
「そうなの。 はじめて店に連れて行ってもらったときはビックリしたよ。 だって私みたいな雰囲気のオネェさんがその店に数人いるんですもの。 むこうも同じ臭いのする客が来たって思ったらしいの。 その時に相手してくれたホステスさんが後のオネェの髭という店のママ。 色々と教わったわ。 公私ともに本当に世話になったの、ママが死ぬまで……」
「亡くなったんですか?」
「そう、世をはかなんで逝ってしまったの。 ママが死ぬ前なんだけど数人の客に『エバちゃんを頼む。 あの娘は欲がないから自分で店を持とうとか思わないと思う。 でも必ず彼女を頼ってくるひとがたくさんいるの、そんな人たちのためにもエバちゃんが必要なの。 彼女はそんな役割を持ってるし宿命なの。もし私になにかあったらエバが店をもつ手助けをしてほしい……』といってたらしい」
エバの声が震えていた。
「それは私の店のオープンでみんなが集まった時に初めて聞かされたの。 私はその場で大泣きしました。 死んでから改めてママに感謝しました。 本当に私のこと思ってくれてたんだって…… 取り立てて面白いことや賞賛されることなんかなにもない。 ただのオネェ人生」
「そうですかやっぱりエバさんは面白いです……」
「本当に人生どうなるか解らない 。特に人と人の出会いはすばらしい。 巡り合わせってう言葉があるけど。 人は何度も何度も生まれ変わってる、その中でちゃんと出会いがあるの。 めぐりめぐって再び出会うのよ素敵だと思わない……」
「はい、思います。 今まで思ったことなかったけど今わかりました。 素敵です。 巡り合わせって良い言葉ですね」
「相木ちゃんも縁のある人と巡り会えますように」
「そろそろ時間になりました。 エバさん。 ラジオお聞きのリスナーの皆さんになにかひと言お願いします」
「今日はお便りにお答えして、わたしの若い頃の話しをしてしまいました。 来週からはまたいつものような番組でお届けします」
相木が「エバさんお疲れ様でした」
「なんか終わってみると、エバ恥ずかしいよ。 みんなの前で男の頃の話しなんてつまらないこと話してしまったわ」
「いえ、そんなことないです。 リスナーさんの中には引きこもりの人とか性同一性障害で悩んでる方とかたくさんおられます。 エバさんなら解ってくれると相談数が増えるかもしれませんよ」
放送後、局には普段の数倍、相談申し込みが殺到した。 相木の予想通り性同一性障害者からの相談が非常に多くなった。 月に一度、性同一性障害のコーナーが設けられ、たくさんの相談に答えた。
九「エバとHisae」最終章
「こんにちはエバですご機嫌いかがですか? 今日はとっても素敵なお姉様がスタジオに遊びに来ております。 このお姉様はエバとは長い付き合いで、エバのよき飲み仲間であり相談相手でもあります。 職業は請負小説家です。 今では何処にでもある当たり前のお仕事ですがじつはHisaeさんがこの仕事のパイオニアなんです。 そう先駆者。
自己紹介と仕事の簡単な説明を本人にして頂きます。 Hisae姉さんお願いいたします」
「はい、皆さん初めましてHisaeですよろしくどうぞよろしく。 私は請負小説家をやっております。 この仕事はお客様の理想とした人生や、なりたかった職業などを一冊の小説にしてしまおうと思い立って始めた仕事です。 よく間違えられるのがゴーストライターと混同されがちですが、あちらは本人の代わりに執筆する仕事。 私のは自叙伝もありますがフィクションもあるんです。
例えば、本人が歌手を目指して上京したが挫折して一般の主婦で人生を過ごした。 せめて小説の中だけでもアイドルとして活躍したい、それを小説の中で叶えるのです。 今のご主人と知り合う前に別れた彼や、昔し一番好きだった彼と結婚し人生を終えたい。 そういうシュチュエーションで書いてほしいというのも多くあります。 そういう仕事をしております」
「やっぱり恋愛ものが多いわけ?」
「恋愛ものは三分の一ぐらいかな? あとは職業、叶えたかった夢、自叙伝これは会社社長さんや重職に従事した人が多いね自負心かしらね」
「やっぱり自分に自信があるのかな?」
「そうね、そういう人は打ち合わせしていても自信と迫力あるわね」
「エバはHisae姉さんのお仕事の話し聞いたこと無かったけど変わったエピソードなどラジオでも話せる内容のことなど聞きたいな? ラジオで話せない内容は個人的に終わってから聞くけど」
「今日はそういう話しになるとよんでたから予めチョイスしておいたよ」
「さすがHisae姉さん。 ありがとう」
「いいえどういたしまして」
「じゃぁ、誰か大切な身内なり知人なりが亡くなったっていう方の依頼は?」
「そういうのはたくさんあるよ。 けっこう多い方かな、私がこの商売をやって間もない頃だったよ。 本の題名はピュアマインド。 依頼者は主人公の妹さん。 当時中学生だった兄さんは精神傷害者の特別学級だったの、そのお兄さんはとってもピュアーな心の持ち主なのよ。 中学校に入学して、その子の絵の才能を見いだす女教師と巡り会うの。
途中悪ガキがその生徒にちょっかいをだし万引きを強制するの。 それを知った担任の女教師と美術の女講師二人がその悪い生徒を咎めたりする場面も印象的だったよ」
「それって、よくある弱者を強制的に手下にするっていうあれ?」
「そう、それが言葉巧みに『おまえ万引きやったんだ警察に言ったらおまえの保護者つまり母親が警察に捕まることになる。 俺の言うこと聞かないと警察に言うからな』そう脅して万引きを強制させてたの。 そいう悪だったのよ。 でも、その子の様子の異変を察した先生が絵を描かせたの、そしたらその悪い生徒の顔がハッキリ描かれてたの。 なんせそのこの絵は点描画で写真と錯覚するぐらい精密なの。 一度目にしたものは忘れないで精密に点だけで描けるの。 典型的なサバン症候群。
そして三年になり卒業間近になって銀座で個展を開くことに決定したの。 美術の講師と会場の下見ということで銀座に行ったのね、地下鉄駅から地上に出てすぐだったの、車がその子めがけて突進して来たわけ。 それに気づいた講師はその子をかばう為に飛び出したんだけど、かばいきれずに二人とも犠牲になってしまったの」
「うわ、可哀相」
「で、卒業式には二人の遺影が飾られ。 個展も無事終了したというなんとも痛ましい依頼だった。 これが彼の作品」
Hisaeは携帯の待ち受けに猫が描かれた点描画をエバに見せた。
「わ~~すごいリアル…… これがその子の作品なのね。 ラジオを聞いている皆さんにお見せできないのがとっても残念。 母猫に寄り添う子猫がとっても可愛いの写真みたい」
「ねっ、凄いでしょ。 作品集を妹さんから頂いたの。 私の宝物なの」
「うん、納得。 他には?」
「お客さんの話し?」
「ええ」
「う~ん。これはちょっと不思議な話です。 依頼者が不明というかやっぱ依頼者よね、それがあとで解ったんだけど病院で意識不明の寝たきりのご婦人だったの……」
「……どういう事?」
「PCにメールで依頼を受け、打ち合わせも何度かして作品にしたの。 最終の概略をメールしたら。 同じアドレスで違う本人からメールが入ったの『私の母は病院で植物状態。嫌がらせは辞めてください』って」
「エバ姉さん、途中で口だして申し訳ないけど意味が飲み込めないけど?」
「そっ、私もそんな感じだったの。 話しをよく聞いてみると私の話してる方はその方の母親でPCなんてとんでもない。 話しすら目を開けることも出来ない、つまり寝たきりの植物状態のお母さんだったの」
「不思議ね、寝たきりの母親が姉さんのパソコンにメールしたきたってことなの?」
「そういう事。 で、とりあえず製本して彼女と待ち合わせをしたの病院に持参して。 。 話しどおりベッドで寝たきりだったのよ。 とりあえず本は置いてきた。 無料で」
「無料で? 娘さんから頂かなかったの?」
「だって、依頼者不明っていうか依頼者が解らないもの請求できないから……」
「で、どんな内容だったの?」
「もう忘れた」
「ここらでコマーシャルにしま~す」
曲の最中エバは「本当に忘れたの?」
「覚えてるけど、取り立てて話すような内容じゃないから」
「はい、今日はスタジオに請け負い小説家の先駆者でエバの親友Hisaeさんにお越し頂いてます。 というわけでいつものエバ駆け込み寺はお休みさせて頂きます。 今日はHisaeさんの作品依頼の中で記憶に残る面白エピピソード話しを紹介してます。 ラジオをはそのままでお付き合い願います。 で、Hisaeさん他にも面白い話し聞かせてください」
「面白いかどうか解らないけど。 黙示録って知ってる?」
「聖書の中のヨハネか誰かの預言書でしょ?」
「そう、私が受けた仕事で夜のお仕事の女性がいたのね。 依頼内容が預言者だったの。その子仮にKさんはある時、事故の後遺症か何かで急に未来が分かり、つまり予言ができるホステスになるっていうお話しの依頼だったの。 まっ、小説だから案外適当な予言でいいから私も適当に中国のダム決壊や大手家電メーカーの破綻など小説の題材として入れたのね」
「あっ、それ例の事件でしょっ」
「そうなの、私が書いた後に実際に起きてしまったのと、似たようなことが何度か」
「で? どうしたの?」
「その依頼者はそのまま不明のまま」
「また、入金無し?」
「いや、製本して入金後に事件が起きたからお金はもらったわ、でも、依頼者の失踪のことで二人の刑事さんも私の家にきたの、理屈で解決できないこと多いのよ。 エバなんかもっとたくさんあるでしょ」
「お互い様ね、私ラジオの仕事やってるでしょう、リスナーの方からけっこう色んな話し聞くのね。 その中に自然や地球の異変に関する事が最近特に多いの」
「だって人間の想念つまりエーテル体が地球のエーテル層とシンクロするんでしょ。 当然といえば当然と思うけど。 人間が心ある考えや行動をとったら調和がとれ穏やかな天気になると思うけど。 こんなにあっちこっちで戦争や領土の確保などしていて調和がもてるはずないもん。 地球だって荒れるよ…… 残念だけど」
エバは急にマジな顔になり「いつの時代も人間は愚かね。 今の奪い合う経済。 物作りしないとやっていけない一方通行の経済。 そんなんで真の安定は無いよね。 これから地球はどうなるのかな?」
「急に重たい話題になったのね」
「エバ最近こういう話ししてないのね、だから少しストレスたまってるかもしれない」
「私もエバと別な意味で人とふれあうでしょ。 別の意味ってメールだけでふれあうっていう意味なんだけどね、そうすると昔と違うなって思うの。 具体的に両極端っていうか、昔ながらの昭和タイプと今の平成的なタイプは表現や行動の仕方が違うような気がするのよ」
「エバもそれ感じてた。 昭和の団体協調型タイプと平成の個人重視的なタイプに変わってきてるわよね確実に。 Hisae姉さんはこの先どうなると思う?」
「人間のことだから、どうにかすると思うけど、心の伴わない文明はそれ以上発展しないと思う。 でもその切っ掛けよね、どういう形でいつ来るのか」
「Hisae姉さん、会話の内容が重くなってきたみたいだからこの辺で音楽にいきたいと思います。 Hisae姉さんのリクエストでブラザーサン・シスタームーン。 これも昭和の臭いがします。 どうぞ」
音楽が流れてる中ブース内に相木が入ってきた。
「Hisaeさんエバさんお疲れ様です。 残り五分になりました。 そろそろ最後の閉めに入ってください。 宜しくお願いします」
曲が終わり二人は話し始めた。
エバが「ハイ、残り少なくなってしまいました。 私との付き合いもうん十年になるのに初めて聞く話ばかりでした。 とっても楽しかったっていうか、不思議な話しが多かったように思います」
「エバと話すと不思議系の話しが多くなるのよね。 毎回そう。 知り合いも不思議ちゃんや不思議くんが多いしね」
「そうよねシズちゃんなんか、もってこいのキャラよね。 ラジオをお聞きの皆さんは解らないと思いますが、パラレルワールドつまりこの世と平行している、似ているけど違う世界をっそういいます。 だから複数の地球や自分も存在すると云うことです。 その世界を旅して依頼者のパラレルの生活を視て、小説に書くというパラレルの請負小説家なの。解ってもらえるかな……?」
「この話しをすると長くなるので機会があったらエバが紹介しますね。 今日は本当にありがとうございました。
ゲストは請負小説家のHisaeさんがでした。 Hisae姉さんから皆さんにひと言お願いします」
「すべてがハッピーでありますように」
「以上、エバの部屋でした」
そして放送は終了し、エバはHisaeと局を出た。
「Hisae姉さん今日は無理云ってごめんね。 今度新宿あたりでどう?」
「エバありがとう。 どうせならシズちゃんと三人で焼き鳥なんてどう?」
「そうね、しばらく合ってないから好いかも、それじゃあ連絡します」
「またね」
こうしてHisaeのラジオ出演が終わり、翌週エバが打ち合わせで早めに局を訪れた。
「相木ちゃんおはようございます」
「エバさんお待ちしてました」
「今日はどうしたのよテンション高いわよ」
「先週の放送終了後、Hisaeさんやシズちゃんの事やパラレルワールドのことをもっと詳しく教えてほしいっていう問い合わせが殺到したんです」
「あっそうなの。悪い反響じゃなくって好いじゃないの」
「それで、そのシズちゃんっていう方もエバの部屋のゲストで呼んでみないですか?」
「う、#%$#$#”%・・・・ん。 シズちゃんはどうかな?」
相木はエバの反応に少し気落ちした。
「どうかなさいました?」
「シズちゃんは話すのが苦手なのよ。 もともと自閉症気味の娘で感覚が普通の人とちょっと違うのね。 色んな事があってHisae姉さんと一時期一緒に暮らしたの。 それから普通に会話も出来るようになって、Hisae姉さんの仕事の手伝いもしたの。 そうこうしてるうちにパラレルにコンタクトすることを覚えたのよ。 姉さんお話だとシズちゃんが勝手に覚えてたっていうの。
姉さんよりパラレルにかけては上手になったの、依頼者のパラレルの人物の生い立ちや今の生活ぶりを小説にするの。 それがけっこう人気あるのよ。 こっちの依頼者と共通することが多いのね。 本人しか知らない事もシズちゃんは向こうの人物の癖など視て克明に書くから間違いないと依頼者はビックリするらしいの。
今は自分でマンションを借りて、しっかりと自活できてるの。 姉さんと同じマンションだけどね。 あの二人は親子みたいなものなの。 そんなんで生放送はどうかなって思うのね。 どうしてもっていうなら三人で収録っていう形はどう? それなら好いかもしれないよ。 話し三〇分では収まらないし前やったように相木ちゃんがインタビュー形式でやったらどう?」
「わたし、なにを聞いたらいいのか解りません」
「それがいいのよ。 私たち的には普通の会話だから観点がちがうの。 そこいくと相木ちゃんは初めての世界観だからたくさんの質問が出るでしょ。 そこがいいのよ。 私たち三人だと番組にならないよ」
「解りました上に相談してきます」
こうして話しは進み収録となった。
相木が「エバの部屋の時間です。 わたくし司会進行を担当します相木と申します。 今日のエバの部屋は特別企画でお送りします。 先日エバの部屋にお越し頂いた請負小説家のHisaeさんと、お二人の親友のシズちゃんをお招きして四人で進行していきたいと思います。
以前の放送で、Hisaeさんとエバさんの話からシズちゃんの話に移行しました。 その中でパラレルワールドのお話しになり、それを聞いたリスナーさんからもっと詳しくその話を聞きたいという問い合わせが多く寄せられました。 それで今回はお三方にパラレルの話しとか、その他エピソード話しを交えて進めていきたいと考えております。 進行担当の相木です宜しくお願いいたします。 まずはお声を聞かせてください」
「エバですごきげんよ」
「Hisaeです。 ご無沙汰しております」
「シズです。 よろしくお願いいたします」
「はい、今日はこのメンバーでお届けします。 今日おこしいただいた方達はどのような方なのかエバさんから説明していただけますか?」
「まず、我らの姉御Hisae姉さん。 この番組は二回目です。 請負小説家のパイオニア的存在です」
「Hisaeですご無沙汰しております」
「続きまして初参加のシズちゃん。 彼女は同じ請負小説家なんですが、おもにパラレルワールドの世界を多く執筆してます。 宜しくお願いします」
「シ、シズです。 よろしくどうぞ」
相木が「はい、この四人で今日はお送りいたします。 エバさん、お三方はどのようなつながりなんですか?」
「この二人とは数十年前に知り合ったんです。 Hisae姉さんさんは店に飲みに来ていた常連さん。 シズちゃんはまだ勤め人だった頃、会社の二次会で利用してたのがオネェの髭という私がオネェでデビューしたお店の池袋店だったの。 ある時シズちゃんがHisaeさんのブログのファンだと聞いたのよ。 エバはもうビックリ! 当然合わせてあげるって約束して渋谷で三人が会ったのそれがはじめ。 それから色んな事があって今に至ってるってわけ」
相木が「シズちゃんが初めてエバさんと合ったときの印象はどうでしたか」
「お兄さん姉さん」
「?フフ面白い表現ですね」
Hisaeが「シズはそういう感性の持ち主なの」
エバも「彼女は浮世離れしてるのよ。 私たち三人ともそう言われてるけどね。 特にシズちゃんは同年代の女の子が興味ある事はまったく興味ない。 逆にみんなが興味を示さないものに興味を示すのよ」
「面白い、例えばどんな?」
「例えばHisae姉さんとか」
「コラッ!」Hisaeだった。
エバが「店に来てもおとなしいのね。 カラオケ勧められるといつも歌うのがベートーベンの第九。 しかも完璧なドイツ語で歌うのねっ、シズ!」
「うんシズベートーベン好きですハイ」
Hisaeが「シズ。このお姉さんはあんたの仕事のこと聞きたがってるから少しお話ししてごらんよ」
「はい、私はHisae姉さんと同じ請負小説家です。 おもにパラレルワールドを担当してます。 依頼人のパラレルを視て、それを本人にいくつか紹介します。 その中で興味のありそうなものを決めてもらい、あとはその世界の人生を透視して小説に仕上げます。
ある意味ノンフィクションです」
相木が「じゃあ、私のパラレルワールドはなにをやってるか解りますか?」
シズは目を瞑った「宝石を作る仕事とアナウンサー・イラストレーターです」
「わっ!凄い、私が興味あるものばかりです。 アナウンサーなんて友達や家の者にも話したこと無いのにそれって、パラレルワールドの私の職業って事ですか?」
「はい、働いてますSKU文化放送で」
エバが「こんな具合に一瞬にして視てくるの。 シズには時間の概念がないから一瞬で人生が把握できるのよ」
相木が「その、時間の概念が解りませんが?」
Hisaeが「この世界は時間軸が存在するから思ってから形になるまでタイムラグがあるの。 時間がないって事は思ったらすぐ実行の世界。 たとえば今エバなにしてるかな?って考えた瞬間にエバが前にいるのよ。 時間のない世界はそういう世界をいいます。 わかる?」
「……」相木は首をかしげた。
エバが「思ってから形になるまで時間っていうものがあるでしょ」
「ハイ」
「その時間を取ってごらん、消滅させるの時間が無いっていうことはいつも瞬間瞬間の連続。 今しかないの」
「思った瞬間? 即かたちに?」
シズが「そんな感じで~す」
相木は不安な表情をしながら「その考え方は何となく解ります。 でも、なんでそうなるの?」
Hisaeは笑いながら「あんたは欣ちゃんか」
エバが「姉さんも欣ちゃん表現が古い。 でも、それが本来の形なの。 嘘も偽りも通用しなくなるの。 何故なら思ったらすぐ形になる世界ではそういうものが通用できないの。
真実以外は存在しないの」
相木は不安な表情で「今私たちのいる世界はどういう位置づけというか?」
エバが「混乱させてごめんね。 時間のない世界が真実の世界なの。 この世は仮の世界なの」
「この世が仮なんですか?」相木はますます混乱した。
じっと聞いていたシズが「思いだけが真実の世界。 この世は幻影です」
相木は「はあ、何となく理解できました。 で、一度話しをパラレルワールドに戻させてください」
エバが「そうよねパラレルの話しよね。 脱線させてごめんね」
「あっ、いえ私の方こそ勉強不足ですみません」
Hisaeは「シズ、あんたの仕事に興味があるのよ。 もう少しパラレル小説のこと説明してあげて」
「はい、私の仕事のやりかたは、依頼者のパラレルワールドの中からお気に入りの世界を選んでもらいその世界の自分を主人公にした小説を書くのだ。 依頼人の多くがパラレルワールドの自分は一生懸命頑張ってる。 だから負けないように私も頑張りますっていう人が多いです。 中には同じ事やろうと思ってたから、いいヒントになったって喜ぶ人もいたのだ。 シズの経験ですが、むこうの自分がやってることはこっちの自分にも同じ才能があるから努力次第でなんとでもなるのだ」
エバが「シズ、あんたもしっかり話すようになったね…… で、相木ちゃん解っていただけましたか?」
「ごめんなさい相木頭がパニクっております…… ハイ」
エバは「頭の中ゆっくり整理してごらん。 ここが解らないとシズの仕事も理解出来ないの」
「はい、漠然とですが整理出来てきました。 平行した宇宙がいくつかあって各宇宙に自分も存在する。 但し微妙にどこかが違う。 ですね」
Hisaeは「よくこんな短期間で理解できたね。 相木ちゃんすごいよ」
「はあありがとうございます」
こうして無事収録は終わったが編集会議で「これは視聴者の頭が混乱する」との理由から放送は見送りとなった。
THE END