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1.旅路

戦国時代風ファンタジーです


赤くただれたような雲が空を覆う逢魔刻(おうまがとき)というのは、魔が獲物と逢瀬するには最適の刻だ。田丸葦鷹(あしたか)は、自身が身を潜めている芒畑(すすきばたけ)の一本一本に至るまで神経を尖らせて注視した。

喰われるのではなく、喰わなければならない。

風の凪ぐその一瞬、動く芒は自分を刺し殺すだろう。また、風のそよぐその一瞬動かぬ芒が射てくるはずだ。汗で張り付く着物までもが己を留め立てているかのように思えるほど、葦鷹はこの場からビタリと動けないでいた。ただ、眼球の動きだけが罠にかかった鼠のように忙しなくあった。

――刹那。音を立てて近づく芒。けもののような速さでズゾゾと地を這う動きに、葦鷹が小太刀を抜くよりも早く、飛び道具が(はし)った。動きが数歩前で止まると、葦鷹は踵を返し、火がついたように駆け出す。

サワサワ、ザワザワ、葦鷹を阻む草が音を立てた。耳や目を掠る枯れ草の感触がチクチクと痛く、走ったままぎゅっと目を瞑ると何かにぶつかった。

人間(ひと)

そう思ったのもつかの間、葦鷹は腕を掴まれた。


「葦鷹様!俺です!」


見上げると、そこには葦鷹にとって見慣れた顔があった。


(さつき)。」


葦鷹より一回り大きい忍び装束の男が、兎の脚を掴んで眼前へやった。兎には手裏剣が刺さっており、舌がだらしなく垂れている。



「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ですね。」

「あぁ…。やはりお前だったか、飛び道具を使ったのは。」


葦鷹はその場に胡座をかいてへたり込むと、肩で息をしながら項垂れた。


(おぶ)え」


忍びは、兎を主に持たせてから背中を向けた。葦鷹は忍びの肩に腕を預け、その手には兎を持った。


「なあ、皐。いつからそばにいた?」

「片時も離れた事はありません」

「私はお前が居なくてもやれる所を見せたかったよ。」

「見ておりましたよ。」

「うん…。」


兎から流れる鮮血が忍びの体を沿って滴るのを見ながら、葦鷹は目を瞑った。

片時も離れた事は無い――その言葉を反芻しながら、如何にも、と小さく呟いた。

皐は田丸葦鷹の忍びで、物心ついた時から共に過ごした。それは半年前に邸を出るまでは、葦鷹自身も知らない事だった。由緒ある武家の子である葦鷹と妹君といち農民の子である皐。三人でよく遊ばせて貰っていたのも、今となっては無垢なる思い出と簡単には思えない。

その頃の二人は友で、好敵手で、望まれないもの同士だった。


「葦鷹様」


いつの間にかずっしりと重く体重を預けている背の主に、皐は声をかけた。返事は無いが、眠っているにしては息がちっとも整わなかった。


「おい…」


皐が少し背を伸ばすと、主はずりずりと力なく落ちてゆく。慌てて尻を支えようとする手が躊躇した刹那、肩から、頭から、ずしゃりと崩れるように背を滑り落ちた。


「千鶴!」


主こと田丸葦鷹は、相変わらず肩で息をしたまま、ぜえぜえと喉を鳴らした。うわ言のように言葉を紡ごうとする唇が指に触れると、辛うじて読み取れる四語。


あ、に、う、え……


皐は、もう一度しっかりと落ちぬよう、主を肩に担いであゆみ出した。

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