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前編

 私は長嶺桐絵(ながみねきりえ)

 とある病院の内科病棟に勤めるナース三年生。

 そして今日のシフトは夜勤。


 当直医は循環器内科の佐竹先生。

 それを思い出すと安心して、少し夜勤の緊張が軽くなる。

 佐竹先生は眼鏡に口髭のある中年の穏やかなドクターで、ナース向けの院内研修会で講義をしてくれることもある。

 その講義はわかりやすくていつも大好評。


 それに今夜は柳原(やなぎはら)先輩と一緒の夜勤。

 彼女は私を新人の時から指導してくれた先輩ナース。

 けれど柳原先輩とペアの夜勤もそろそろ終わりになってしまうかも。

 来年には私も新人ナースとペアを組むことになる、と主任さんが言ってたから。


 寂しいな。

 それに自分が教わる側から人に教える側になるなんて信じられないし不安もある。

 でも、それが経験を積むってことなんだろう。


 明るい茶髪を一つに束ね、まつ毛エクステを欠かさない柳原美緒(みお)先輩。

 最初彼女は「元ヤン」だという噂を聞いてドキドキした。

 でも話してみたら違って、中高と女子バレー部で体育会系だったノリが染み付いているのだった。

 先輩は仕事がきちんとしてて厳しくて、ちゃんと勉強してこないとガンガン叱られる。

 明るくさっぱりしていて、キンキンに冷えたビールが大好き。

 長い休暇はハワイかディズニーに費やす。

 柳原先輩には、いろんな意味で鍛えられた。



 幸い今夜は安定の穏やかな空気で勤務が流れている。

 そして夜中の二時過ぎ。


 ナースコールに応えて行った病室からナースステーションに戻ると、佐竹先生が病棟に来ていた。

 二十四時間で患者さんの心電図を見守るモニター画面の前に立っている。


「こんばんは先生。何かありましたか?」

「ああ長嶺さんが夜勤か?お疲れ様。少し前に外来があってね、点滴で落ち着いたから帰して。ついでに寄ったんだよ」

「それは。夜中にお疲れ様です」

「三好さんは変わりない?」


 三好さんは入院したばかりで、今この心電図モニターで心臓の状態を観察している佐竹先生の患者さんだ。

「はい。心拍は安定していて波形も変化ないです。胸の症状も特に訴えていません」

「そう、なら良かった。あとよろしくね」


 先生が帰ろうとした時、柳原先輩がラウンドから戻って来た。

「あれ、先生。お疲れ様でーす!どうしました?」

「ハハハ。なんだ美緒ちゃん、あんたも夜勤か。心強いね」

 佐竹先生が笑って言う。


 新人の頃の柳原先輩は、今の主任さんに指導を受けていた。

 叱られてはドアの陰でべそをかいて、よく佐竹先生に励まされた。


「それであだ名は『半べの美緒ちゃん』だったんだよ」

「えー!とても信じられません」

「そうだろう?」

 初めての忘年会で佐竹先生から聞いた話だった。




 先生が医局に戻った二時半過ぎ。

 ピッ、ピッと一分間に五十回くらいで規則的に音を刻んでいた心電図のモニター音が急に乱れた。


 ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ!


 緊急を告げる高音のアラームが鳴り出し、二人同時に椅子から立ち上がる。


「何これ!長嶺、これ誰の波形?」

 モニター画面を見た柳原先輩に訊かれた。

 反射的に時計を見る。


 午前二時三十七分。


 黒いモニター画面に三好さん以外の、別の心電図波形が流れていた。

 その緑色のラインがひどく乱れて、誰かに致死的な心臓発作が起きたとしか考えられない形を描く。


 ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ!


 画面でアラームのサインが紅く点滅し、異常を知らせる高音が鳴り続ける。

「誰のって、三好さんの他には誰も……。私、新規で送信機を付けてはいません」

「私も。じゃあ誰?誰にも新規でつけた覚えないよ!」

「私、まず三好さんを診て来ます!」

「わかった。チームの他の人たちの様子も確認して。私はモニター見ながら他の送信機を点検する。あんたが戻ったら交代ね」

「はい!」


 ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ……。


 廊下の向こうで小さく響くアラーム音を聴きながら、担当している全ての患者さんのベッドを巡る。


 患者さんの誰かに異常が起きていないか慎重に確かめていった。

 まず、三好さんは大丈夫。

 胸の小型送信機もちゃんと着けている。


 まかり間違って、どこかに小型送信機が落ちていたりしないかな?

 懐中電灯でベッドの下も照らす。気配に寝返りを打つ人も何人か居た。

 眠りを乱してごめんなさい、そう思うけど仕方ない。

 結局、誰にも異常はなかった。



「そうか。送信機も全部揃ってたし問題ない。片付け忘れでもないって事。でも今度は私がラウンドしてくる」

「いってらっしゃい」

 柳原先輩も患者さんたちの様子を見に行った。


 ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ!


 アラームが止まないし、危険を訴える心電図波形もそのままだ。


 これは緊急の診察が必要な状態、けれど。

 佐竹先生にドクターコールしようにも、この波形が誰のものか全くわからない。

 患者が誰で、実際どんな状態なのか確かめないことには無理だ。

 一刻も早く突き止めないと。


 ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ!

 頭に響くアラームの中で考えを巡らす。


 何故だろう?


 だいたい、小型送信機を患者さんに付けたら必ず名前を入力する決まりだ。

 夜勤ならペアのナースにも伝えて観察する。

 それは最低限の約束事だ。


 まず、名前の入力がないのがおかしい。

 いや。

 そもそもこの波形、送信機を付けると自動で表示されるはずのコード番号が表示されてない。


 細長い記録紙に波形を記録しておくのも決まり……。

 でもアラームに対応して自動で記録されるはずだよね。


 あれ?記録紙が動いてない。

 これはまずい。やっぱり機械の故障?


 三好さんの方は大丈夫かな?そう思って手動で記録してみる。

 ちゃんとできる、こっちは大丈夫。

 でも、この謎の波形の方は記録ができない。

 何度かやってみたけど、全くダメだった。


 ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ、ピリリリッ!


 午前二時五十分。


 どうにも出来ないアラームが虚しく響き渡った。






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