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神様だと称えられない神様  作者: 原すばる
9/10

第九話

 雨の降る都心を、傘を差しながらでも迷い無く歩ける。

見慣れてきた以上はそろそろ、

いや明日にでもこの街を離れようと思う。

遅く流れる川にはいつもの屋形船、

川沿いには様々な屋台が立ち並ぶ。

賑やかで飽きさせない街だった。

そんな中、自分の家のような赤い小さな屋台を見つける。

「よお、今日も閑古鳥が鳴いているか?」

「あっはっは、余計なお世話だよ」

お馴染み神社から出張営業している巫女さんが笑顔で迎えてくれる。

売れているんだか分からない縁切りのお守りを

大してずれていないのに整理していたようで。

「なあ、そのお守り買ってやろうか?」

「これは人間用だからねぇ。神様に効用はないと思うんだけど。

大体、風来神はお金持っているのかい?」

「はるひの信仰銀貨ならあるが」

本日もはるひの信仰銀貨を二枚、巫女さんに渡す。

これで俺様の中のはるひ信仰は残り一割。

「まいどーって、これは信仰通貨じゃないか。

信仰のやり取りは信仰だけ、お守りは人間のお金だけだよ」

「わかっているよ。あまりにも売れてなさそうだから

慰めに言ってやったんだ」

「よその神様に慰められるようじゃ、

うちの神社もおしまいってやつかねぇ」

深いため息をついて、屋台の柱に寄りかかる巫女さん。

「いいから、いつもの注いでくれ!」

「ごめんごめん、落ち込んでいる暇じゃなかった。

質の良い信仰が逃げちゃわないよう、

今すぐに用意するからね!」

慣れた手つきでグラスに氷を詰めていき、

芋焼酎の瓶を取り出してすぽんと栓を抜く。

「そういや、もう結構な量の同じ種類の信仰で取引しちゃってるけど、

そっちの神社は大丈夫なのか?

はるひ大明神とかになってんじゃねえの」

「あっはっは、うちのは小さいけども一応神社の体裁は保っているからね!

今まで受け取ったはるひちゃんの信仰量でも、

全体の一割いくかいかないかぐらいさ!」

「げっ、そんなに余裕だったのか」

昔からその土地にある神社ってのは、

そこに住む人々に親しまれて、生活風景の一部なんてこともある。

「神社舐めて貰っちゃ困るさ!」

はいよっ、とドロドロの芋焼酎ロックが目の前に出された。

最初飲んだときは思わず戻しそうになるほど

ドロドロ愛憎信仰まみれの酒だが、

今は味にも慣れて美味しく飲めるようになった。

一口飲むと、喉元が憎悪でひりつく。

これがたまらん。

「今日のは、会社の人間関係で縁切りしたい願いだな」

「集団行動してるとソリのあわない人にも出会うからねぇ。

学校とか会社とかによくある、割とオーソドックスな信仰さ」

「巫女さんは人間関係とやらは大丈夫なのか?」

興味本位で聞いてみると、

巫女さんはふっと柔和な表情になり、

後ろの川の屋形船へ遠い眼差しを送った。

ぽつぽつ雨の波紋も川に浮かんで、

どことなく哀愁が漂っている。

「関係修復が困難になる度、

うちの神様に頼んで縁切って貰っています」

「おいおい、それって職権乱用じゃないのか?」

「いやはやドロドロした雰囲気を見ちゃうと

首を突っ込みたくなるのが性分といいますか。

双方の言い分を聞きながら、あっちこっちしていたら

いつの間にか自分にヘイトが向かっていたなんてこと

ざらだったり」

「お前さん、とんだ物好きだな」

あははー、と巫女さんは照れている。

褒めてはいないのだが。

「世渡りが上手いんだか、下手なんだかわからん」

「うちの神様にもやぶ蛇みたいなことはするなって、

いつも叱られちゃうんだけどさ」

「でも、結局力を貸しているところを見ると、

お前さんのところの神様も甘いな」

「そんなこと言って、

お兄さんだって今日もはるひちゃんに会ってきたんだよね?

もうほとんどはるひちゃんの信仰はないはずなのに」

両腕を腰に当てて、巫女さんがどうだと反撃してきた。

「お別れの挨拶をしただけだ。

俺様がいなくても、大丈夫なように」

あっ、と巫女さんが何かに気づいたように息を飲んだ。

「そっか。お兄さん、もうここを出て行くんだね」

「なんだ寂しいのか?」

「せっかくの上客だったのに、いなくなって寂しいさ!」

軽口を叩いてやがるが、

無理して強がっているようにも見える。

「まあ、なんだ。生きていればまたどこかで会えるよ。

死にそうな目にあったけど、

なんだかんだでこの街も好きになれた」

「そうだ! お土産に、昨日言ってたうちの甘い願いをあげるよ!」

親指を立てて巫女さんが言ってくる。

「せっかくこのドロドロを好きになってきたのだが」

俺様はグラスを掲げてみせる。

「縁切り信仰ばかりだと、人間のことが嫌いになっちゃうからね。

うちの信仰はぴったりさ!」

そう言いながら、巫女さんは今までの酒瓶とは違った、

白桃色の瓶を取り出した。

それを細長いグラスになみなみと注ぐ。

「はいよっ、ジュースのように甘い信仰さ!」

見た目は赤ッ気のある白(ピンク一色ではなく、

人肌にところどころ赤みが差しているような)で、

香りも熟れた桃のように甘ったるい。

口につけて一口飲む。

とろけるように、優しく喉元を通り過ぎていく。

「どうだいどうだい?」

早く感想を聞かせろと身体を揺らし、

目を大きく開けてせがんで来る。

「神様がいなくなりませんように、ね。

お口直しには甘すぎる願いだな」

「じゃあ、いなくなるって思うのかい?」

巫女さんが不安そうに尋ねてくる。

「そいつは人間の想像力次第じゃないか?

人間が死ぬのと同じように、

神だって誰からも忘れられたら死ぬし」

むむう、と納得のいかない表情をしている。

まあ、この巫女さんにも散々お世話になったしな。

「俺様はな、お礼が苦手なんだ」

「なんだい唐突に」

「お礼を言われているのはいつも奉られている神ばかり。

俺様のような流れもんは、言われる頃にはそこにいないことが多い。

だから、お礼を言われても何をすればいいかわからない」

「うん」

「そこでだ! お前さんから最後に学ばさせて貰う。

この甘い酒、とても美味かった。ありがとう」

俺様は巫女さんの目を真っ直ぐ見てお礼を言った。

すると、にこっと優しく微笑んで、

「どういたしまして」

と言った。

これで心置きなく、残ったはるひの信仰を使い切ることができる。

「さすがは縁切り神社の巫女さんだ。おえっ」

ダメだ、酒が甘すぎて吐きそうになる。

巫女さんは深いため息をついた。

「お兄さんとの縁をまず切ったほうが良ささそうだねぇ」

「巫女さんが神との縁を切るな!」

「だってお兄さん、神様だと称えられない神様だもの」

「なんだと!」

巫女さんはけらけら愉快にいつまでも笑っていた。

その姿に、どうにか酒は自分の中におさまった。

 巫女さんとの別れを済ませ、

俺様は橋の下に潜り、はるひと作った笹舟を川に浮かべる。

笹舟の上にはるひの似顔絵が描かれた最後の信仰銀貨を乗せる。

今日の日中に仕掛けは打ったし、

はるひ、お前さんの願い、少しだけ叶えてあげよう!

俺様は、パンと音を立てて両手を合わせた。

途端に信仰銀貨が光り出し、止まっていた笹舟はゆるりと流れ出した。

そうして、桟橋につけた屋形船の辺りまで流れたところで、

一気に速度を上げて、俺様と共に空の彼方へと消えていった。

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