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神様だと称えられない神様  作者: 原すばる
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第四話

 昨日と同じ、橋のたもとに目当ての赤い屋根の小さな屋台を見つけた。

「おっ、今日も来てくれたんだ!

悩める巫女さんは嬉しいよ!」

にぃ、と白い歯を見せてくる。

相変わらずの巫女装束姿で出張営業しているようだ。

「お前さんにも悩みとかあるんだな」

いっつも笑って、あっけらかんとしているイメージであったが。

俺様は懐からはるひの顔が描かれた信仰銀貨を

二枚取り出して巫女さんに渡す。

これで俺様の中ではるひの信仰はおよそ六割まで減らせた。

まいど~、と巫女さんは慣れた手つきで小銭入れの缶に入れてから、

酒瓶を取り出した。

「人間誰しも悩みは抱えているさ。

そういうのが積もりに積もって、

願いとなって、信仰となって、神様の糧となる」

「そういうことなら、人間には存分に悩んでいて欲しいものだ」

「あっはっは、神様の悩みってのも聞いてみたいもんだねぇ」

トンッ、と目の前に置かれたのは昨日と同じく

グラスに氷が敷き詰められて薄くお酒の入った……。

「とりあえずこの、喉越しも後味も

最悪の芋焼酎を飲まなきゃいけないことが俺様の悩みだ」

「あっはっは、良薬は口に苦しって言うだろ?

今日も姉妹で同じ男を好きになっちゃう、

どろっどろな三角関係を混ぜてみたからさ。

気に入ると思うよ!」

親指を立てて自信満々な巫女さん。

「気に入るわけないだろ!」

「血縁関係の縁切りってのは、業が深くてねぇ。

縁切り神社のうちでもなかなか手に入らない、極上の一品なんだけど。

お兄さんから受け取る、純真無垢な少女の信仰と釣り合うのも

そうそうないってことさ」

「なんだかなあ。

はるひの信仰がそれほど価値があるとも思えないんだけどよ」

「風来神のお兄さんを窮地から救ったのにかい?」

「まあ、信仰をほとんど失くした状態から、

満腹までいったのには驚いたが。

ってかおい、俺様を風来神呼ばわりするな!」

「へぇ~、この可愛い子、はるひちゃんって言うんだ」

俺様の訴えは無視して、

巫女さんは缶に入った銀貨を見て微笑んでいる。

都合が悪くなるとすぐこれだ。

「そいつの守護神になってもかなわんし、

今はありがたく信仰を交わして貰うよ」

俺様は目を瞑ってグラスを仰いだ。

ぐええ、液体の通っていった場所が熱い。

嫉妬の炎で焦がしていくようだ。

「あっはっは、涙目になってるし」

巫女さんに指を差されて笑われた。

「うるせえ。強烈なのよこしやがって」

潤んだ視界の隅で、屋形船の提灯がぼんやり浮かんでいた。

 どうにかして一杯目を飲み干したと思ったら、

もう二杯目の用意を始めている。

「あ、あの巫女さん。もっと飲みやすい、

ジュースみたいなお酒はないのか?」

「あっはっは、女子大生みたいなこと言うんだねぇ」

「いいから、甘い夢の願いでも混ぜてくれれば、それで」

「そんなものはない!」

巫女さんは腰に手を当てて、きっぱり言いやがった。

「馬鹿か! 小さくても神社だろ?

多種多様な願いがストックされていないのはおかしい!」

「ないものはないさ。

参拝客はみんな縁切りを願っていくし、

数少ないそれ以外の願いは

うちで奉っている神様の信仰で使いきっちゃうもん。

うちから余分に出せるのは、こういうドロドロしたのだけ」

はいっ、と容赦なく二杯目の芋焼酎ロックが目の前に置かれた。

「両方の意味で頭が痛くなってくる」

「まあまあ、飲んでたら癖になるさ」

「なるか!」

飲む前から苦い顔をしながらグラスに口をつける。

巫女さんはそんな俺様の様子にため息をついた。

「これでも昔は、他の種類の信仰も出したみたいなんだよねぇ」

文句の一つでも言おうかとした時、

巫女さんは申し訳なさそうに縁切りのお守りをいじり始めた。

「流行り廃りはあれど、今はかつてない信仰不況だからねぇ。

参拝客自体、減っちゃっているのさ」

「確かに、最近は消滅する神も増えているが

それが時流じゃないのか?」

「次に消滅しそうな神様なのに、のん気なものだねぇ」

「うるせえ! 終わる時は終わる。

俺様がどうこうできる問題じゃねえよ」

それはそうなんだけどさ、と巫女さんは屋形船を流し目で見る。

「うちは科学の発展のせいだと思っているよ」

「科学の発展だあ?」

「例えば、昔は農耕のための天候のお願いなんてごまんとあったのに、

今はからっきしさ。

天候の影響を受けにくい農業が開発されたから」

「まあ、確かに聞かなくなったな」

年貢の取立てがあった時代は農耕信仰バブルだったなあ。

あれで荒稼ぎしながら飛び回る神の多かったこと。

多分に漏れず、俺様も一口乗っていたが。

「この前、大きな地震が来たときに、

すぐにスマフォで震源地を確かめて、

震度がいくつで、二次災害の影響もなくて、それで安心したんだ」

巫女さんは手に持った縁切りのお守りをぎゅうっと握り締めた。

「でもね、スマフォとかなくて、地震の原因もわからない時代はさ、

人知を超えた、それこそ巨人とかがどこかで揺らしているって

思うしかないよね。

早く鎮まれって、神頼みするしかないじゃん」

俺様は大きくため息をついた。

「それがお前さんの悩みか?」

「うん。科学が発展して、生活が安定して、便利になったけど、

神様がいなくなっちゃうのは、寂しいなって」

巫女さんはお守りの両端を、頬を引っ張るがごとく伸ばした。

「まったく、そういう甘い信仰を飲ませてくれって頼んでいるんだ」

「あっはっは、うちので良ければ今度作ってあげるさ」

「楽しみにしているよ」

ぐいっと俺様は残ったお酒を飲み干した。

喉元がひりついた。

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