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神様だと称えられない神様  作者: 原すばる
2/10

第二話

 餓死の心配はなくなったが、

今の俺様はほぼ100%、あの女の子の願いで構成されちまっている。

この状態は非常によくない。

神社や教会で奉られている神共にはピンとこないかもしれんがな。

俺様のような居場所を持たない神は

栄養バランスを考えながら願いを摂取しないとすぐ身体の具合を悪くする。

人間だって肉ばっかり食べてたら病気になっちまうだろ?

そんなわけで、重い足取りで、後ろ髪をひかれる思いを断ち切って、

都心へと戻ってきた。

 日は沈み、街は夜の準備を始めていた。

行き交う人々の喧騒に心地よく耳を傾け、橋の欄干に腰かけると

俺様はようやく一息つけた。

どろりと流れる濁った川に目をやると、

建物の窓明かりが提灯みたいにぽつりぽつり水面を潤ましている。

それを辿っていくと、本物の提灯をかけた船が桟橋に留まっていた。

若者が忙しく船の中を駆けずりまわっていて面白い。

いきのいい信仰でも貰おうかと、欄干から降りようとした時、

「よお兄ちゃん! 屋形船は珍しいかい?」

すぐ横からいきのいい声をかけられる。

「うおっ」

危うく真っ逆さまに川へ落っこちるところだった。

「あっはっは、そんなに驚くことはないだろ?」

「馬鹿野郎! 俺様の断りなしに、声をかけるんじゃねえ!」

俺様の怒鳴り声も意に介さず、

そいつは俺様の顔を覗き込んできた。

「ここらじゃ見ない神様だねぇ。甲州辺りの出身かい?」

「出身なんかどうだっていい!

俺様はな、自由気ままに旅しているんだ」

「あっはっは、風来坊やってる神様なんだねぇ」

何がおかしいのやら、よく笑う女である。

その身だしなみは赤い袴に白装束を着ていて、

俺様の嫌いな巫女姿だった。

また知らぬ間に神社へ入っちまったのかと、

俺様は慌てて橋の上を見渡す。

世の中には道路の途中だったり、湖の上だったり、

飛行場だったり、ありもしない場所に神社があったりするのだ。

今日もそれで死にそうな目にあった。

「あっはっは、そんなに警戒しなくても、

私はお兄さんから何かを奪ったりしないさ」

「はん、どうだかね。

この信仰不況なご時勢だ。

仕えている神のために俺様から信仰を取ろうってんだろ?」

「確かにうちは、こうして出張営業しないとやっていけない

名の通っていない神様を奉っているけどさ。

旅する神様から信仰を取るような、けちな神様じゃないよ」

「出張営業だあ?」

「そうさ。あそこにうちの屋台が見えるだろう?」

巫女さんが橋のたもとを指差した。

イマドキ珍しい手押しのリアカー屋台が、ちょこんとたたずんでいる。

赤い屋根で目立ちそうなはずなのに、言われて気がつく存在感の薄さ。

なるほど、苦労の伺える神だ。

「あれでお札でも売ってんのか?」

「お札も売ってるし、お酒も売ってる。

ほら最近は外国人の観光客も多いからさ。

コスプレって言うんだっけ、この格好も物珍しがって来てくれるんだよ」

腕を広げて見せびらかしてくれる。

普段は目障りな巫女装束も、そんな悲しい背景で着ていると思えば、

親しみを感じるから不思議だ。

当の本人はあっけらかんと楽しそうであるが。

「でさでさ、お兄さんもうちで一杯飲んでいかない?」

路上でよく聞くうたい文句を、まさか俺様に向けられる日が来ようとは。

「悪いが、俺様は神酒みきが苦手なんだ」

「あっはっは、神様も現代っ子なんだねぇ」

「うるせえ! お前さんのやってることの方がよっぽど現代っ子だわ。

見境なく外でも巫女装束を着やがって。

罰当たりで気に入った! 一杯貰おう!」

「そうこなくっちゃ! 一名様のご来店!」

たくましい巫女さんの勢いに乗せられるがまま、

俺様は小さな屋台へ向かった。

 のれんもなく、座る椅子もなく、

手のひら幅の白い長台の前に俺様は立った。

「やあやあ、いらっしゃいませ。

むさくるしいところですが、

どうぞ、くつろいでいってくださいな!」

「そうだ。俺様の今払える信仰が、一種類しかないんだが

これで問題ないか?」

裾からちゃりんと音をさせて、

あの女の子の顔の描かれた銀貨を五枚取り出した。

俺様の持っている信仰の半分だ。

「わお、お兄さん、この子の守護神だったのかい?」

巫女さんは小銭を掲げてきらんきらん目を光らせていた。

「馬鹿言うな。俺様は居場所を持ちたくなくて旅しているんだぞ?」

「あっはっは、なかなか危ない橋を渡っていたんだねぇ。

それにお父さんを生き返らせて欲しいだなんて、途方もない願いだ。

イマドキ珍しい、滅多にないレアな信仰だねぇ」

熱っぽいため息をつきながら、巫女さんは愛おしそうに小銭を撫でる。

「それ全部を、別の信仰と取り替えて欲しいんだが」

「もちろんうちとしても願ったり叶ったりだけどさ。

これだけの量に見合う信仰を今は持ち合わせていない」

そう言って巫女さんは銀貨を三枚返してきた。

「二枚分でもてなさせて貰うけどいいかい?」

「それが限度だって言うなら仕方ない」

「あっはっは、お兄さん口は悪いけど、

意外と話のわかる風来神なんだねぇ」

「風来神だあ?」

「風来坊のように旅する神様を

うちはそう呼んでいるのさ。悪くない名前だろ?」

にやっと得意な笑みを向けてくる。むかっ。

「良い悪いじゃなくて、俺様はそうやって一括りにされるのが嫌で」

巫女さんは俺様の文句なんか聞いちゃなく

ご機嫌な鼻歌で髪を束ねて白手ぬぐいを頭に巻いていた。

真面目に文句を言うのも馬鹿らしくなった。

 さて、何を注文しようか悩んでいると、

最初の一杯は任せて欲しい、と自信たっぷりに言われてしまった。

仕方がないので、ぼうっと後ろの(流れているんだかわからない)

川を眺めていると、

あの屋形船が水面の煌びやかな灯りを頼りにもっさり現れた。

「なあ、どうして地べたで飲まないんだ?」

「ん?」

「わざわざ船を用意して、燃料入れて操縦して。

お酒飲むために手間かけすぎだろ」

グラスコップに氷を入れながら巫女さんは軽く首を捻った。

束ねた髪が肩にかかる。

「あっはっは、自由に身動きも取れないし、

なんか揺れてるし、不便だろうねぇ」

「しかもそこの川、汚いし。近づけば臭いも」

と言いかけて、

あの女の子に臭いと言われたことを今さら思い出して傷ついた。

幸い巫女さんは俺様の様子に気づいておらず、

「芋焼酎のロックお待ち!」

と元気にグラスを目の前に置いた。

四角い氷が敷き詰められ、

その下に薄く透明なお酒が溜まっている。

「またしっぶいの入れたな」

「うちで一番美味しいお酒さ。

まあぐいっと一杯、やっちゃって下さいよ旦那」

ごくり、と生唾を飲み込む。

酒なんていつ以来だろうか。

京都でのトラウマが蘇り、こめかみに手を当てた。

「お兄さん、まさか神様の癖に下戸ってわけじゃないだろ?」

そんな俺様の様子を巫女さんが心配してくる。

「某神社の神酒を盗み飲んで、半殺しにされたことを思い出した」

「あっはっは、半殺しで済んで良かったじゃないか」

俺様は台に肘をついた。

「あれも酷い話さ。自分のところじゃ受け入れられない願いだからって

境内の隅に捨てられていたそれを拾い食いしたら、

神酒を飲みたいって内容だからよ」

「それで飲んじゃったんだ?」

「俺様は、お前んとこの参拝客の願いに従っただけなのに、

なんでしばかれにゃあならんのかって憤慨したね」

「あっはっは、風来神はどうしたって食が偏りがちだからねぇ。

人の願いに振り回されないよう、うちもできる限り応援はしたいんだ。

そのお酒も、お兄さんのバランスを考えて作ったんだよ!」

親指を立てて自信たっぷりに巫女さんは言う。

手の中でグラスを回すと、氷がくるりと滑る。

一口飲んでみると、どろっと濃い芋の香りが鼻の奥を突いた。

「ぐっ、想像以上の喉に引っかかる濃さ」

「女の子の清らかで純粋な願いには、やっぱり濃いい芋焼酎でしょ!」

「願いも、なんだこれ。

夫の浮気相手が死にますように、

って、お前さんの神社どうなっているんだよ!」

「あっはっは、これを見なさい!」

そう言って巫女さんが突きつけてきたのは、

『縁切り』のお守りだった。

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