サンダードラゴンの調査 ノワールの力を使ったら編
200メートルほど離れた場所の平原で、どうやらセバスに飛ばされたことに気づいたサンダードラゴンが、狂ったように雷を落としながら暴れている。
サンダードラゴンの攻撃の種類は二種類。普通の攻撃は主に体内に貯めた電気を、体のどこからでも相手に出す放電。
もう一種類は、電気と魔邪力を貯めて口から放つ雷撃。こちらはめったに使わない、サンダードラゴンの必殺技。
当然、口から吐く攻撃の方が威力は高いが、力を溜めるのに多少の時間を要する。
それ以外にも、サンダードラゴンは電気を纏っているのである程度の距離まで近付くとスリップダメージが入る。
あんな中に生身で入ったら普通は死ぬわ。ファンタジーマジファンタジーだわ。
「流石はセバスさん…、いい位置に飛ばしてくれた」
「うん、ここなら見つからずにある程度のダメージを与えられそう」
イロハが低木の影に座り込み、弓に矢を番える。ユウナがイロハに『攻撃力上昇』をかける。
「タカアキ様、気を付けて下さい…。『攻撃力上昇』『速度上昇』」
ひとしきり放電して暴れた後、サンダードラゴンは恐らく城の方へ戻ろうとして、踵を返す。多分セバスを探すのだろう。
「いくわよ、アキ」
イロハの瞳が緑色に光り、ギリギリと弦が引き絞られ、彼女の魔力がその一本の矢に込められていく。
サンダードラゴンはこちらに気づいていない。彼の敵対範囲は恐らく150メートル前後。ここなら十分に安全にイロハの攻撃を入れられるだろう。
「イロハ、分かってると思うけど、僕のフォローは『二陣』までにして。討伐じゃないからね。まあ、『三陣』まで入れてももしかしたらサンダードラゴンは死なないかもだけど…」
「分かってる。出る準備して。もう数秒で打つから…」
彼女の弓から矢が放たれる前に、僕は飛び出す。
考えなくても敵との距離感が大体分かる。
まだサンダードラゴンは僕に気づいていない。180、160、150メートル。
敵対範囲に入ったらしき感覚がすると同時に、サンダードラゴンはこちらを振り返った。
これは恐らく、『タカアキ』が鍛錬や実戦でものにした、戦闘勘なのだろう。
なるほど、世のチートプレイヤーは、こんな風に世界を見ているのか。こんな風に見えるなら、動けるなら、僕も『俺TUEEEE!』したくなるわ。
体が軽い! ドクドクと今まで出たことのない量のアドレナリンが出てる感じがする。
ぞくぞくと背筋を怖気が這い上がる。強敵と相対した時の恐怖で体が竦みあがりそうなのに、なぜか浮きたち、僕の足は止まらない。
死んで初めて、僕は高揚している。
「『一陣 譲葉』」
イロハの矢が放たれたようだ。
僕の斜め上上空を、イロハの矢が木の葉を纏わせながらサンダードラゴン目がけて飛んでいくのが見えた。
僕はその瞬間にサンダードラゴンに対して右90度折れて、ぐるりと回りこむように近づく。サンダードラゴンの死角に回り込むためだ。
『一陣 譲葉』は弓のスキル。
一本の矢が、魔力を込めることによってヒットする前に数本の矢へ分散する。敵の外皮をそぎ落とす様に飛び、主に敵の注意、敵愾心を集めるために用いる技だ。『二陣 紅葉』は、『一陣』と同様数本の矢に分散し、致命傷にはならない程度に敵の体力を削るスキル。こちらは、しっかりと体に矢が刺さる。『三陣 寒樹』は、とどめを刺す時に使うスキル。的確に致命傷を負わせる場所に飛び、威力は『二陣』の2~2.5倍。
敵対範囲に入った僕を見ていたサンダードラゴンが、イロハの攻撃を受けて森の方へと向き直る。しかし見つけられず、そのトカゲのような目をギョロギョロと動かしながら射手を探している。
よし、僕への注意は完全に逸れた。撃ちこむなら今しかない。
僕はサンダードラゴンの斜め下で立ち止まり、剣に力を貯める。
剣には水が纏われて、その水はゆらりゆらりと意思を持つように揺れる。
下から打ち上げるように剣を振り上げ、僕はそれを放った。
「『閃空洸刃撃』!!」
僕が放った立ち昇る水の一閃が、目にも止まらない迅さでサンダードラゴンの頬から左瞳にかけてを抉るように貫かない。
ドラゴンも当然地面に落下しない。
「「「!?」」」
バッサバッサと、ドラゴンの羽ばたく音だけが聞こえる。
全員が唖然とした。「ポカーン」という音が聞こえそうなくらいだ。みんなの顔なんて、見えないのに。
――……え……、はず…した…?
そのサンダードラゴンの体の中から、馬鹿でかいモーターの駆動音のような音が聞こえてくる。
(アキ…!! ボーッとすんな!)
リーンの声で我に返った。
まずいまずいまずいまずい!!
サンダードラゴンは僕に雷撃を打ち込むつもりだろう。このモーター音は、体内で電気を発生させる時に出る音だ。
バチバチと雷を纏わせていくサンダードラゴン。
遠雷の腰当の力で恐らく直撃はない。この腰当は雷属性の攻撃を軽減と、逸らす効果がある防具だ。そうでなければ、ここまでサンダードラゴンに近づくことさえできない。だがそれでもある程度のスリップダメージは入る。戦闘訓練を積んでいない者なら当然死ぬほどのダメージだ。
僕にはユウナの魔法がかかっている。近付いてる今だってダメージは受けていない。
けれど、相手はほぼ最強の魔邪生物。
避けなければと思っているのに、予想外の展開と、サンダードラゴンという魔邪生物の設定が頭の中を駆け巡って……足が竦んで動かない。
外すと思わなかった、外すはずがないと思い込んでいた。
揺らぎの耳飾りなんかつけなきゃ良かった! 揺らぎの耳飾りは、命中率が少し落ちる代わりに、攻撃力を1.5倍に強化するアイテムだった。
自分の運を、物語を、過信しすぎた。
『タカアキ』は、この世界のすべての魔法、スキルを使えて…、最強だから。
僕は今この物語の主人公『タカアキ』で…、救世主だから、補正が…かかるって。
一度も戦闘をしていないのに、僕はなぜこんな慢心ができたんだ!?
僕の足は、まだ動かない。全身に鳥肌が立って気持ち悪い。
「タカアキ、危ないっ…!! 『マジカルラブ★ウォール』……『ラッキーぱにっく』!!」
「えっ!?」
「きゃっ!」
「ちょっ!?」
「んっ!? えっ!? ひゃあああああ!!」
ノワールが魔法を使いやがった! あんなに使うなって言ったのに!!
でも、これでなんとかなっ「ぐえええええ!!」
みんながドサドサと僕の上に落ちてくる。
その『みんな』の中には…、《《人間の女性の姿になった》》サンダードラゴンが含まれていた…。翼がなくなっている為、浮力をなくして落ちてきたのだろう。
銀色の長く美しい髪、金色の目。透けるような白い肌。胸は割と控えめで、しなやかな筋肉が分かるほどの脂肪の薄さだ。
「なっ! なんなんだこれは!! 人間! お前わたしに何をしたあああ!!」
「あああ、動かないで! 暴れるならどいてから暴れてよ! ちょっと! どこ触ってるのよアキ! やだっ! やぁあ!」
「タカアキ~ノワールはもっと触ってもらっていいよ~」
「タカアキ様っ あっ、ん…んっ…♡」
「良かった…ウチはこれには含まれへんのや…良かった…。本当に良かった…」
一人だけこの災難に巻き込まれずに済んだリーンは、心底ほっとした顔で僕らを見下ろしていた。
とりあえず、みんなのいろんなところに触れてしまったが、絡まりを解いてなんとかどいてもらって、サンダードラゴンを拘束する。ノワールが『マジカルラブ☆ウォール』を使うことで、サンダードラゴンの力を全て封印することができた。
「人間めぇえ!! わたしをこのような姿にしおって!! なっ、何年掛かろうとも皆殺しにしてやるからなぁ!!」
裸で半泣きのサンダードラゴン。
流石に裸はまずい。僕の上に着ている戦闘服と、遠雷の腰当を巻いてあげて、持っていた縄で縛ったのだが、人間の姿のサンダードラゴンはあまり大きくないので自然とぶかぶかになる。
「ごめん、こんなはずじゃなかったんだけど…ええと…」
「娘を返せ!! お前たち人間が娘を連れ去らなければ私だってこんな…こんな屈辱っ!! 絶対殺す!! 絶対に!! 殺してやるからなー!!」
めっちゃ怒ってる。そりゃ怒るわ。
でも子どもを産んでいるのに、えらく言動が幼い気がする。それだけ屈辱が上回っているのだろうか。
「あなたの娘様を、連れ去った…!?」
「そうだ!! お前たちの悪臭が巣の中に残っていたのだ!!」
ユウナは静かに座り、サンダードラゴンに土下座した。
それが通じる相手かどうかは分からないが、頭を地面につけて誰かに頭を下げるなどという行為は、王族は普通しない。だが、サンダードラゴンの怒りは国民の命に直結する。最上級の礼儀、振る舞い…、それが必要だと彼女は感じたのだろう。
「サンダードラゴン様、サント王国第一王女ユウナ・デ・サントーニュ・ベールが、わたくしの名にかけて、貴方の娘様を連れ戻してきますわ。ですから…どうか怒りを収めて下さい」
「お前達にできるのか…?」
「出来なければ、この国が滅ぶだけですわよね…?」
「私にこんな屈辱を味あわせたその女…、それにお前の力…、そいつらの力があればわたしを殺すこともできるだろう、だがわたしもこの国にいなくなれば、どうなるか位お前たちにも分かっているはずだ。結果は変わらない」
「承知していますわ」
「わたしは気が短かい、何日も待たないぞ…?」
「では、何日ほど時間を……」
「今日の夜には、連れてきます」
その僕の言葉に、不安な眼差しを僕に向けるユウナ。
太陽は今ほぼ真上。夜までとなると、恐らくあと六時間ほど。
あまりにも短すぎる、とその瞳が訴えている。
「タカアキ様…!」
「その言葉に、二言はないな」
「はい。守れなければ、僕をどうしてもらっても構いません」
サンダードラゴンは瞳孔を細めてにやりと笑った。
「ふふふ、良かろう。国を滅ぼさないとは約束しないがな」
あんまり迫力ないな。
なにせ相手は今力を使えないただのノーパンの女の人だし…。
この原っぱの真ん中にこんなノーパンの女の人を放置するわけにはいかないので、連れて行くことにする。半裸っぽい女の人なら、すでにうちのパーティにいるけど、なんかそういう人ばっかり増えたら僕がそういう趣味のパーティだと思われるのではないだろうか。
救世主は変態であるというレッテルが貼られそうで怖い。
「暴れないから、ロープを外してくれ」
「はい…」
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こっちの方が面白かったんじゃないかと思わなくもなかったのですが、この後続いてくるストーリーとの落差が酷過ぎるのでやめました。




